BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
北東の空に現れた黒い点は、時間と共に輪郭を得ていった。
最初は雲に見えた。
だが違う。
雲にしては動きが揃い過ぎている。
鳥の群れにしては密度が高すぎる。
煙にしては、こちらへ向かう意思があり過ぎる。
神喰い工廠虫群。
その背後に、巨大な影がある。
海上を渡ってきたそれは、聖堂と呼ぶにはあまりに攻撃的だった。
尖塔の先端は祈りではなく砲口であり、外壁は装甲板であり、窓のように見える穴は観測器官か射出口だった。
下部には脚のような駆動構造がいくつも伸び、空中に浮かぶというより、見えない地面を踏みしめるようにこちらへ進んでいる。
夜空の中で、黒い聖堂がゆっくりと近付いてくる。
▼
モンスター名:
ランク:S
詳細:第七融合大陸外縁部より派遣された移動式機械聖堂。内部に疑似神性炉を備え、周囲の機械・兵器・魔導構造物を吸収して自己改築する。単体で都市規模の戦闘能力を有し、随伴する神喰い工廠虫群を通じて敵性権能情報を収集する。
推定討伐P:18億P
▲
表示された情報を見て、口元が少しだけ動く。
S級。
亜神ほどの圧は感じない。
だが、あれとは別種の厄介さがある。
亜神が極まった個だったのに対し、今回のは質と量を兼ね備えたハイブリッドってところだろうか。
都市規模の機械聖堂と、六十万を超える捕食虫群。
まともに飲まれれば、こちらの兵器も機構も片端から解析され、奪われ、喰われることになるだろう。
「開戦準備」
【全艦、戦闘姿勢へ移行】
【機神霧壁《デウス・ミストウォール》、展開密度上昇】
【クリア・オール・クラスター、射撃待機】
シャングリラ・アークが、静かに戦闘態勢へ移った。
中核都市艦の外殻が開き、防衛砲座が露出する。
砲撃艦十二隻が半円状に展開し、互いの射線を邪魔しない位置へ滑る。
工房艦と資源処理艦は後方へ下がり、支援艦が中核都市艦の上下へ付いた。
銀の霧が広がる。
デウス・ミストウォール。
夜空に溶ける薄い粒子群が、こちらの空域全体を覆っていく。
その霧へ、最初の神喰い工廠虫が突っ込んだ。
黒い粒。
虫というより、刃と脚と口器だけで構成された小型機械だった。
六枚の薄い翅が高速で震え、腹部に相当する部位には紫色の小さな炉心が脈打っている。
▼
モンスター名:
ランク:A
詳細:神性反応や権能反応を検知し、対象へ群体で殺到する機械昆虫群。単体性能は高位モンスターに劣るが、数十万単位で出現し、捕食・入手した権能情報を大陸中枢へ送信する。
討伐P:1億5000万
▲
接触。
次の瞬間、霧の中で工廠虫が痙攣した。
機神霧壁が作動する。
まず通信を乱す。
次に捕食対象の識別情報を書き換える。
さらに、機械神性符号へ毒を流し込む。
先頭の数百体が、突然互いを攻撃し始めた。
翅を切る。
脚を噛む。
炉心を貫く。
同士討ちの火花が夜空に散る。
「中々効いてるな」
【効力を確認】
【ただし、後続群が即時補正を開始】
【敵群、符号変調中】
「まぁ、そりゃ向こうも対策するわな」
当然だ。
第七融合大陸の外縁戦力。
単純に毒を撒いただけで全滅するほど甘い相手ではない。
黒い虫雲の一部が形を変える。
先頭の群れが盾のように固まり、後続を守る。
さらに外側の虫群が、自分たちの通信符号を切り替え始めた。
デウス・ミストウォールが食い込み、敵が補正する。
補正へさらに霧が食い込む。
目に見えない速度で、侵入と防御と再解析が繰り返される。
空中で、戦闘より先に情報戦が始まっていた。
「虫は霧壁と防衛ドローンへ任せる。砲撃艦は聖堂を狙え」
【了解】
クリア・オール・クラスター十二隻が、同時に砲身を上げた。
出力は次弾を見据えて五割。
まずは相手の防御方式を引き出す。
「撃て」
十二条の光が夜空を貫く。
それぞれが別角度から走り、途中で交差し、機殻聖堂の正面へ集中する。
旧クリア・オールのような単一の破滅ではなく、分散しながら同時に噛み付く光の群れ。
機殻聖堂が反応した。
聖堂の鐘楼に相当する部分が開き、紫黒の光が漏れる。
同時に、側面の装甲板が聖歌隊のように展開した。
音が響く。
金属が軋む音ではない。
祈りにも似ているが、耳障りなほど機械的な律動だった。
疑似神性炉の出力が上がり、聖堂全体を覆う透明な幾何学障壁が生まれる。
十二条の光がぶつかった。
障壁の表面に、白い亀裂が走る。
だが、抜けない。
【敵性障壁、健在】
【構造:神性炉由来の多層聖堂結界】
【単純熱量・エネルギー反応への耐性高】
「流石に50%じゃ貫くまではいかないか」
だが、無傷でもない。
聖堂前面の障壁は確かに揺らいだ。
側面に展開していた聖歌板の一部が焼け落ち、外壁の装甲にも浅い溶解痕が見える。
「二射目用意。前回より軌道をずらして全弾正面じゃなく、上下左右から圧を掛けろ」
【了解】
砲撃艦が散る。
六隻が上方へ。
三隻が左右へ。
残り三隻が低空へ潜り込む。
機殻聖堂も動いた。
背面から黒い鐘のような構造物が浮かび上がり、虫群の一部を吸い込む。
吸われた工廠虫が、聖堂の外壁へ貼り付いた。
そのまま溶けるように形を失い、装甲の一部へ変わっていく。
「…これが書いてあった自己改築か?」
【敵聖堂、こちらの砲撃特性を学習中】
【外壁組成、耐高温、耐エネルギーへ変化兆候】
「手が早いな」
なら変わり切る前に削っておくか。
俺は中核都市艦の外殻から足を離した。
空へ立つ。
肉体の一部を霧へ散らし、周囲のデウス・ミストウォールと接続する。
戦場が広がった。
自分の皮膚が、アーク周囲数十キロの霧へ拡張されたような感覚。
虫の群れが触れる。
聖堂の結界が揺れる。
砲撃艦の炉心が唸る。
それらが全部、感覚として返ってくる。
「ネメシス・ムーン、補助を頼む。聖堂の防御層を剥ぐ」
【要求受理】
【三機同期:対機械神性解析】
三つの月が、高空で角度を変える。
一機目は聖堂結界の構造解析。
二機目は砲撃艦の照準補正。
三機目は虫群の行動予測。
展開霧装を細く伸ばし、機殻聖堂の結界表面へ触れさせた。
まぁ当然弾かれ、焼け落ちた。
霧の粒子が紫黒の聖光に触れた瞬間消滅する。
だが、触れた事には変わらない。情報は取れた。
結界は聖堂の外壁に重なっているのではなく、聖堂内部の疑似神性炉から歌のように発振されているらしい。
なら、その歌を乱すとする。
「神性符号汚染弾、試射。今のうちに主砲群の次弾を準備しておけ」
【了解】
【汚染弾、第一波射出】
支援艦四隻から、黒銀の細い弾体がばら撒かれた。
それは砲弾というより種だった。
聖堂の結界に触れる直前で弾け、極微細な符号を乱す粒子を放つ。
聖堂の歌が、一瞬だけ濁った。
結界表面にノイズが走る。
薄い穴。
ほんの一瞬、防護が弱まる。
「今だ。撃て」
クリア・オール・クラスター第二射。
今度は十二条が一点ではなく、聖堂の外周を囲むように走った。
結界の弱い層へ角度を合わせ、外側から削り込む。
紫黒の障壁が砕け、上層結界の三割が剥がれた。
聖堂の外壁が露出する。
そこへ防衛ドローンの群れが小型穿孔弾を叩き込み、工廠虫の一部が慌てて装甲修復へ回る。
敵の虫群が割れた。
アークへ向かう群れ。
聖堂修復へ回る群れ。
こちらの霧を喰おうとする群れ。
選択肢を増やし、処理を分散させる。
実に順調に事が運べていた。
だが、敵もただ受けるだけでは終わらない。
機殻聖堂の正面扉が開いた。
内部は暗い。
だが、その暗闇の奥から巨大な何かが伸びる。
それは歯車で出来た槍のようだった。
先端に、紫黒の光が集まっていく。
【高エネルギー反応】
【疑似神性炉、直接砲撃形態へ移行】
【目標:中核都市艦】
「アーク、防御姿勢。都市艦を三分割」
【了解】
【中核都市艦、三分割防御形態へ移行】
シャングリラ・アークの中核都市艦が分離する。
中央部を残し、左右の区画が滑るように離れる。
三つの巨大な装甲都市片が互いに距離を取りながら防御障壁を展開した次の瞬間、機殻聖堂の砲撃が来た。
紫黒の光柱。
それが中核都市艦の中央を狙って一直線に走る。
霧壁を前面へ濃縮展開。
空間反転障壁を三層。
分散炉心によるエネルギー吸収層。
さらに、展開霧装による防護機構も多重展開。
激突。
銀の霧が一気に焼ける。
反転障壁が黒い火花を散らす。
中央都市艦の外装が鳴り、表面装甲の極一部が剥離する。
【中核都市艦中央部:外装損傷率1.2%】
【内部損傷:無し】
【第二区画:軽損傷】
【第三層障壁:突破】
【自己修復機構:起動】
余波までは防げなかったが、本命部分はほぼ遮断できた。
敵の砲塔は2射目の準備をし始めるが、今度はこちらの番だろう。
俺は空中で右腕を砲塔化し、一撃を差し込む。
さっき奪った情報を元に設計した特効の一射。
狙いはチャージを始めた砲塔。
疑似神性炉の砲撃器官だ。
白銀の細線が走った。
聖堂の結界が修復を始め、防がれそうになるも、ネメシス・ムーン三機に補正させる。
途中にある展開霧装の粒子によって軌道を曲げ、腕の根元へ向かわせる。
命中。
機械腕の関節部が崩れた。
未知なる金属質の機械神性材が、ガラス細工のように散る。
機殻聖堂が、初めて大きく傾いた。
そこへ砲撃艦六隻が追撃。
連携射撃。
外壁の露出した部分へ光が集中する。
外壁が割れた。
聖堂内部の一部が見える。
紫色の炉心光。
歯車のような祭壇。
その周囲を這う無数の工廠虫。
自己改築の中枢が見えた。
遊離自機を射出する。
小さく、薄く、索敵を抜ける偵察兼侵食機。
結界の破れ目から聖堂内部へ潜り込ませる。
外では、さらに虫群が押し寄せてくる。
神喰い工廠虫は、デウス・ミストウォールへ順応し始めていた。
先頭集団が自壊を前提に霧を削り、後続がその穴を通ろうとしている。
【虫群、霧壁突破率上昇】
【外周防衛線へ接触まで八十秒】
「防衛ドローン全機を虫の対応へ回せ。支援艦は霧壁の製造、散布を量を増やせ」
【了解】
空が黒くなる。
六十万を越える機械を捕食する虫の群れが、アークの防衛圏へ押し寄せる。
銀の霧と黒い虫雲が接触し、空中に無数の火花が咲く。
防衛ドローンが飛ぶ。
小型レーザー。
符号汚染弾。
微細機械分解散布。
虫が落ちる。
だが、その数より多くが前へ来る。
工廠虫の一部が、こちらの防衛ドローンを喰い始めた。
外装を貫いた侵食牙が内部機構へ潜り、こちらの情報を抜き出そうとするのを見て即座に自爆命令を出す。
喰われかけたドローンが爆ぜ、周囲の虫を巻き込む。
【工廠虫群、こちらの兵器構造を解析中】
【解析完了前の自爆処理を継続します】
「そうしてくれ。…ああ、あと毒餌を喰わせてやれ」
意図を理解した量子AIが自爆する防衛ドローンへ、汚染データを詰め込む。
自爆が叶わず喰われたとしても、虫の通信網へ毒が流れるように。
数秒後、虫群の一角が大きく乱れた。
隊列が崩れる。
一部が聖堂側へ逆流する。
別の一部は空中で回転しながら同族へ突撃する。
毒が回った。
だが、勝利にはまだ足りない。
◆
聖堂内部へ侵入させた遊離自機から、映像が来た。
内部は異常だった。
床も壁も天井も、全部が祭壇であり工場だった。
祈祷文のような回路が走り、その上を小さな工廠虫が這っている。
中央に、巨大な炉がある。
疑似神性炉。
紫黒の光を吐き、聖堂全体を支えている中枢。
そこへ近付こうとした瞬間、内部の工廠虫が一斉にこちらを向いた。
見つかった。
「ステルスを推進に回して突っ込め」
遊離自機の隠密を捨てる。
全てを速度へ。
霧化した粒子群を炉心の隙間へ走らせる。
工廠虫が殺到する。
内部結界が閉じる。
機械聖歌が鳴る。
間に合う。
遊離自機が炉心外殻へ触れた。
その瞬間、解析データを全艦へ流す。
【疑似神性炉の構造解析データを取得】
【結界位相、同期可能】
【クリア・オール・クラスター、貫通照準更新】
「全砲撃艦、同期。出力八割」
【了解】
【十二隻同期射撃準備】
【照準:疑似神性炉】
機殻聖堂が危険を察知した。
外壁が閉じようとする。
虫群が聖堂前面へ盾を作る。
結界が再構成される。
が、一手遅かったな。
「やれ」
十二隻のクリア・オール・クラスターが、同時に火を噴いた。
十二条の光が、一直線ではなく螺旋を描いて走る。
聖堂の結界位相に合わせ、干渉し、こじ開け、炉心への最短経路を作る。
虫の盾が蒸発する。
結界が剥がれる。
外壁が溶ける。
光は聖堂内部へ届いた。
疑似神性炉へ直撃。
夜空に、紫黒の太陽が生まれた。
機殻聖堂の上半分が吹き飛ぶ。
尖塔が折れ、聖歌板が千切れ、外壁が剥がれ落ちる。
内部で工廠虫が焼け、神性炉の光が乱れる。
しかし、倒れない。
下半分が蠢く。
崩れた部分を、周囲の虫と瓦礫と自分の外壁で再構築し始めた。
「しぶといな」
【疑似神性炉、完全破壊には至らず】
【出力低下:六二%】
【敵性存在:第二形態へ移行】
機殻聖堂の残骸が、変形する。
聖堂ではなく、巨人になっていく。
瓦礫と虫群と外壁を吸収し、四本の腕を持つ機械神像へ。
壊れた聖堂の中から、戦闘形態が立ち上がった。
▼
モンスター名:
ランク:S
詳細:機殻聖堂が疑似神性炉を中心に自己改築し、戦闘特化形態へ移行した姿。聖堂結界を捨てる代わりに機動性と近接破壊能力を上昇させ、周囲の神喰い工廠虫を外部装甲・修復材・攻撃端末として運用する。
推定討伐P:18億
▲
それを見て中核都市艦の外殻から飛び降りる。
再びバトルモードへ移行。
身体が黒と白銀へ変わり、背部から薄い推進翼が広がる。
周囲の霧が集まり、腕の周りへ刃と砲身を形成した。
「アークは虫群を抑えろ。聖堂の本体は俺がやる」
【了解】
聖堂機神像が、四本の腕を広げた。
その背後で、まだ残る虫群が黒い雲として渦を巻く。
前方には、
その周囲には銀の霧。
空には十二隻の砲撃艦。
初陣としては上等。
空を蹴り、機械の巨人へ向かって突っ込んだ。