BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第六十六話:情報更新

 

 聖堂機神像(カテドラル・デウスフォーム)は、巨体に似合わない速度で動いた。

 四本の腕がそれぞれ別の軌道を取る。

 右上の腕は巨大な槌へ。

 左上の腕は歯車の刃へ。

 右下の腕は砲塔へ。

 左下の腕は工廠虫を束ねた鞭へ。

 機械聖堂だった頃の鈍重さはない。

 結界を捨て、装甲を削り、余剰機能を全て近接破壊へ回した形態。

 その判断自体は悪くなかった。

 ただ、相手が悪い。

 俺は真正面から突っ込んだ。

 槌腕が振り下ろされる。

 受けない。

 半身を霧へほどき、衝撃の端をすり抜ける。

 通過と同時に右腕を刃へ変え、槌腕の関節部を斬った。

 黒銀の刃が、機械神性材を裂く。

 切断まではいかない。

 だが、関節内部の駆動符号を抉った。

 槌腕の動きが一瞬だけ遅れる。

 そこへ上空の砲撃艦が合わせた。

 

【クリア・オール・クラスター三番艦、補助射撃】

 

 細い浄滅の光が、俺の斬った関節へ正確に刺さる。

 槌腕の肘部分が爆ぜ、巨大な腕が肩から垂れ下がった。

 

「一本」

 

 聖堂機神像は即座に修復へ入る。

 背後の虫雲から数千体の神喰い工廠虫が殺到し、壊れた腕へ貼り付いた。

 虫が溶け、外装になり、内部機構になり、欠損を埋めようとする。

 だが遅い。

 アークのデウス・ミストウォールが、その修復虫群へ割り込んだ。

 銀の霧が虫の符号を汚染し、修復材へ変わる直前の工廠虫を内側から狂わせる。

 腕へ貼り付いた虫の半数が、逆に関節内部で自壊した。

 修復どころか、損傷が広がる。

 

【敵修復行動を妨害】

【神性符号汚染、浸透率上昇】

 

「いい仕事だ」

 

 次の瞬間、歯車刃の腕が迫った。

 巨大な円刃が回転しながら空間を削る。

 避けた先へ、砲腕から紫黒の弾丸。

 さらに虫の鞭が回り込み、退路を塞ぐ。

 三方向からの同時攻撃。

 確かに、普通の相手なら厄介だろう。

 俺は左腕を盾へ変えた。

 ただの盾ではない。

 表面に展開霧装を薄く流し、接触した力を横へ逃がす可変盾。

 歯車刃を受け流す。

 紫黒の弾丸は右肩を霧化して透かす。

 虫鞭は左脚で踏み、重力を十倍へ引き上げてその場に縫い付ける。

 動きが止まった虫鞭へ、遊離自機を流し込む。

 小型の黒銀粒子が鞭を内側から走り、構造を解析。

 解析した瞬間、俺の権能がそれを上書きする。

 虫鞭が、敵の腕ではなくこちらの拘束具へ変わった。

 逆流するように聖堂機神像の左下腕へ絡み付き、関節を締め上げる。

 巨体がわずかに傾く。

 そこへ、アーク側の防衛砲座が一斉に火を噴いた。

 小型浄滅弾。

 神性符号汚染弾。

 重力針。

 結界崩し用の振動弾。

 派手な一撃ではない。

 だが、今の聖堂機神像にはよく効いた。

 装甲の隙間へ入り、修復回路を乱し、疑似神性炉から伸びる制御線を一本ずつ断っていく。

 聖堂機神像が咆哮めいた機械聖歌を鳴らした。

 音が空間に広がる。

 神性炉から放たれる強制制御の波。

 周囲の工廠虫が一斉に動きを変え、こちらの霧壁を破るための捨て石になって突っ込んでくる。

 

【虫群、突撃密度上昇】

【外周霧壁、第三区画で浸食】

【対応中】

 

「虫は任せた」

 

【了解】

 

 アークの支援艦が前へ出る。

 霧壁の濃度が局所的に上がり、虫群の突撃正面へ銀の壁が生まれた。

 そこへ防衛ドローンが符号汚染弾を撒く。

 虫群が弾ける。

 落ちる。

 だが全ては止まらない。

 止まらないが、こちらへ届く速度は落ちた。

 それで十分だ。

 

 

 残った三本の腕が一斉に組み替わる。

 槌ではなく、槍。

 刃ではなく、鋏。

 砲ではなく、杭打ち機。

 近接戦で俺を拘束し、超出力を直接叩き込む構成。

 悪くない。

 だが、遅い。

 構築途中の腕へ、こちらの霧が入り込む。

 敵の自己改築に合わせて、こちらも情報を読む。

 材質。

 駆動符号。

 炉心供給路。

 虫群との接続端子。

 全部が見える。

 聖堂機神像は機械であり──疑似神性を帯びていようと、格で言うなら俺の権能の方が上だ。

 

「分解」

 

 左手を軽く握る。

 構築途中だった鋏腕の内部で、機械神性材の接続がほどけた。

 別神性の所有物であるために完全な支配はできないが、関節一つを狂わせるには十分だった。

 鋏腕が自壊し、ばらばらに散る。

 それらを展開霧装で包み、再編。

 鋏腕だった残骸を、無数の短剣へ変える。

 

「そら、プレゼントだ。受けとれ」

 

 黒銀の短剣群が、聖堂機神像の胸部へ殺到した。

 敵は工廠虫を盾にする。

 短剣の半数が虫の壁に食われるが、それも作戦の内だ。

 短剣の中には、神性符号汚染弾と同じ毒を仕込んである。

 食った虫から汚染が広がり、虫群の一部が胸部装甲の上で暴れ始めた。

 聖堂機神像が自分の虫を切り離そうとする。

 その隙へ、俺が入った。

 距離を詰める。

 右腕を杭へ。

 左腕を刃へ。

 背部推進を最大。

 脚部重力制御で踏み込みを固定。

 胸部外装へ杭を叩き込む。

 衝撃が走る。

 装甲が割れる。

 だが、その奥にある疑似神性炉まではまだ遠い。

 四本目の腕が、真横から来た。

 杭打ち機に変形した腕。

 先端に紫黒の光。

 直撃すれば、今の身体でも多少は削られるだろう。

 受けない。

 上半身を霧化して受け流し、そのまま肩口へ左腕の刃を入れる。

 切断。

 腕一本が落ちた。

 

【敵腕部、一基破壊】

【疑似神性炉出力、低下傾向】

【虫群による修復開始】

 

「そんな悠長な事していいのか?」

 

 思念で命令を送り、クリア・オール・クラスターの一隻に低出力の掃射を行わせる。

 修復へ向かう虫群を狙い、焼き払う。

 同時に、防衛ドローンが聖堂機神像の背後へ回り込む。

 背面装甲の隙間へ小型汚染弾を撃ち込み、虫群の制御系を乱す。

 敵の修復速度が落ちた。

 巨体が一歩下がる。

 

「逃がすかよ」

 

 遊離自機を前方へばら撒く。

 砲型。

 刃型。

 鎚型。

 拘束型。

 それらが聖堂機神像の周囲へ散り、逃げ道を塞ぐ。

 敵は残った腕でまとめて薙ぎ払おうとする。

 だが、遊離自機は本体ではない。

 砕かれる前に散り、別の場所で再構成する。

 虫群が喰らい付く前に爆ぜ、汚染を残して消える。

 その間に、胸部へ二撃目を入れた。

 右腕を再構成。

 杭ではなく、今度は貫通に特化させた収束砲。

 撃つ。

 砲撃は胸部装甲を貫き、内部の祭壇構造へ届いた。

 紫黒の光が漏れる。

 疑似神性炉が見えた。

 

 

 敵も最後の抵抗に出た。

 聖堂機神像が、残った工廠虫群を全て吸い込み始める。

 空を覆っていた黒い雲が渦を巻き、巨人の背中へ流れ込む。

 外部装甲が増える。

 腕が再生する。

 頭部に相当する部分から、巨大な鐘が生えた。

 機械聖歌が鳴る。

 今までより重い。

 音ではなく、命令だ。

 聞いた機械を従わせ、従属を強制する信号。

 アークの外周防衛ドローンの一部が、わずかに動きを乱した。

 

【敵性強制信号を検知】

【下位機械への干渉あり】

【遮断処理開始】

 

「霧濃度を上げろ。こっちの領域に触れさせるな」

 

【了解】

 

 銀の霧の濃度が上がる。

 強制信号を散らし、反転し、虫群の残骸へ押し返す。

 それでも聖堂機神像の出力は上がった。

 四本の腕が六本へ。

 背中には砲塔。

 胸部には疑似神性炉を晒したまま、逆にそれを主砲として使おうとしている。

 自爆に近い形だ。

 こちらを巻き込んで、アークごと吹き飛ばすつもりなのだろう。

 

【高エネルギー反応】

【疑似神性炉、暴走照射準備】

【対象:シャングリラ・アーク全域】

 

「アーク、分散」

 

【了解】

【全艦、分散回避機動】

 

 中核都市艦が七分割へ移行する。

 砲撃艦十二隻が散り、工房艦と支援艦が後退。

 居住艦を中心から逃がし、資源処理艦を盾になる位置へ動かす。

 分散式にしておいて正解だった。

 旧エデンなら、ここで巨大な的になっていた。

 聖堂機神像の胸が光る。

 紫黒の光が収束していく。

 撃たせてもいい。

 アークは分散している。

 直撃を避ければ壊滅はしない。

 だが、初陣で傷を増やす必要はない。

 

「三機同期。炉心の暴走点を出せ」

 

【要求受理】

【疑似神性炉、臨界点解析】

【照準共有】

 

 視界に一点が浮かぶ。

 胸部の奥。

 炉心外殻と聖堂祭壇の接続部。

 そこを断てば、暴走照射は不発になる。

 ただし、正面からでは六本腕と装甲に阻まれる。

 問題ない。

 内部へはもう道を作っている。

 さっき撃ち込んだ貫通砲の穴。

 そこに残しておいたナノマシン粒子。

 遊離自機の破片。

 汚染弾の残滓。

 全部を繋ぐ。

 外からではなく、内側から刃を作る。

 

「内刃展開」

 

 聖堂機神像の胸部内部で、黒銀の刃が生えた。

 外から見れば、ただ胸の奥で何かが光っただけだろう。

 だが、内部では疑似神性炉の接続部を狙って、無数の細い刃が展開していた。

 切る。

 炉心の歌が乱れた。

 収束していた紫黒の光が、内側で暴発しかける。

 聖堂機神像が身を仰け反らせた。

 

「今だ。やれ」

 

【クリア・オール・クラスター、全艦同期】

【出力:九割】

【照準:疑似神性炉露出部】

 

 十二隻の砲撃艦が、散開したまま同時に火を噴いた。

 十二条の光が、別々の方向から巨人の胸へ向かう。

 今度は螺旋ではない。

 網だ。

 逃げ場を塞ぎ、腕で防ぐ角度を奪い、結界の再発振より速く到達する。

 聖堂機神像は六本腕を前へ重ねた。

 虫群を装甲化し、胸を守ろうとする。

 そこへ俺が突っ込んだ。

 六本腕の中央。

 最も火線が濃い場所。

 そこで、身体を霧化して抜ける。

 虫装甲が喰らい付く。

 霧の一部が喰われる。

 だが、喰わせた粒子には汚染符号を詰めてある。

 虫装甲が内部から暴れ、腕同士の連携が崩れる。

 俺は胸部へ到達した。

 右腕を原子分解爪へ。

 左腕を重力杭へ。

 背部から短砲身を展開。

 同時に叩き込む。

 外から俺。

 内側から内刃。

 遠方からクリア・オール・クラスター。

 三方向の破壊が、同じ一点へ重なった。

 疑似神性炉が割れた。

 紫黒の光が噴き上がる。

 巨人の胸部から、聖堂だった頃の鐘の音が断末魔のように鳴った。

 六本腕がばらばらに動き、空を掴み、虫群を吸い込み、最後の修復を試みる。

 だが、もう材料が足りない。

 アークの霧壁が虫を抑え、汚染弾が通信を乱し、砲撃艦が外装を焼き続けている。

 俺は割れた炉心へ、さらに腕を突き入れた。

 

「終わりだ」

 

 権能を流す。

 人造機械偽神。

 機械を創り、扱い、組み替える神域の行使権。

 敵の神性は抵抗する。が、上位格の権能で直接触れているのだ。無意味に近い。

 

 炉心内部を分解する。

 聖堂祭壇を解体する。

 修復虫の接続を遮断する。

 最後に、残った神性符号へ汚染データを流し込む。

 聖堂機神像の全身に、黒銀の亀裂が走った。

 胸。

 肩。

 腕。

 背中。

 脚。

 巨体が崩れる。

 空中に浮いていた虫群が、一斉に制御を失って落ち始めた。

 聖堂機神像はまだ動こうとしたが、もう腕がない。

 炉心もない。

 歌もない。

 最後に、頭部に生えた鐘が砕けた。

 機械の巨人は、夜空で崩壊した。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 いつもの音声が流れる。

 だが、それで終わらなかった。

 別の声が重なった。

 

『異体系の【情報種別:機械】を入手しました。権能:人造機械偽神(デミ・エクス・マキナ)の創成情報が更新されました』

 

「……更新?」

 

 視界に新しい情報が開く。

 

【異体系機械神性情報を解析中】

【取得対象:疑似神性炉】

【取得対象:機械聖歌型結界発振機構】

【取得対象:自己改築式聖堂構造】

【取得対象:群体捕食情報網】

【創成候補に反映します】

 

 崩れ落ちる聖堂機神像の残骸から、黒銀の粒子がこちらへ吸い寄せられていく。

 ただの素材ではない。

 設計思想。

 機械神性の符号。

 聖堂という構造を兵器として成立させる理屈。

 それらが、権能の中へ取り込まれていく感覚があった。

 聖堂機神像の残骸が、海上へ落下していく。

 アークの砲撃艦が周辺の虫群を掃討し、デウス・ミストウォールが残った神性符号を分解する。

 

【敵主力個体の消滅を確認】

【工廠虫群、統制崩壊】

【残存群、掃討可能】

 

「残りはアークに任せる。使える残骸は回収しろ」

 

【了解】

【戦場回収シーケンス開始】

 

 シャングリラ・アークの初陣は、勝利で終わった。

 損傷は軽微。

 戦果は十分。

 そして、敵の技術まで手に入った。

 夜空に広がる銀の霧の中で、アークの各艦が残骸回収へ動き始めた。

 

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