BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
聖堂機神像の残骸が、夜の海へ落ちていく。
【敵主力個体:消滅確認】
【神喰い工廠虫群:統制崩壊】
【残存個体:掃討中】
【回収可能素材:多数】
「使えるものは全部拾え。疑似神性炉の欠片と炉心系残骸を最優先。聖堂外殻と聖歌板は次点だ」
【了解】
アークの資源処理艦が前へ出る。
無数の回収ドローンが夜空へ散り、海へ落下する前の破片を捕まえていく。
疑似神性反応が残る破片は、その場で中和。
危険度の低い装甲材や聖堂構造材は、資源処理艦の格納区画へ運び込まれる。
その間も、俺の内側では別の処理が進んでいた。
『異体系の【情報:機械】を入手しました。権能:
先ほど聞こえた音声の後、権能の奥に新しい領域が開いた感覚があった。
以前の創成情報は、俺自身の経験、購入情報、迷宮核由来の強化を土台にしていた。
そこへ今、第七融合大陸由来の機械神性体系が混ざった。
疑似神性炉。
機械聖歌型結界。
自己改築式聖堂構造。
群体捕食情報網。
神性符号による機械の強制奪取。
「まずは俺からだな」
空中で静止したまま、
黒と白銀の外殻がほどけ、ナノマシンの肉体が素の状態へ戻った。
そこへ、今手に入れた異体系の【情報:機械】を流し込む。
【所有者ナノマシン群へ異体系機械情報を付与します】
【対象:全構成単位】
【疑似神性炉情報:適合処理】
【自己改築式構造:適合処理】
【機械聖歌型発振機構:限定適合】
【群体捕食情報網:防御用途へ変換】
全身の内側を、細い針でなぞられるような感覚が走った。
肉体を構成するナノマシンの一つ一つが、新しい使い方を覚えていく。
損傷した部分を再生するだけではない。
受けた攻撃を糧とし、構造を変え、次の一撃に備える。
触れた敵性機械を解析し、可能ならそのまま取り込む。
防御であり、回復であり、捕食でもある。
右腕を持ち上げる。
指先をほどき、霧へ変える。
そこへ、聖堂由来の発振機構を重ねた。
細かな金属音に似た震えが空気へ走る。
音ではある。
だが、耳で聞くだけのものではない。
機械へ命令し、構造へ干渉するための律動。
機械聖歌。
敵が使っていた時は不快でしかなかったが、自分の制御下に置くとかなり便利そうだった。
機神霧壁で鹵獲していた工廠虫の一体を、試験用に隔離する。
認識を正常に戻した途端、そいつは口器を開き、こちらを喰おうとした。
そこで機械聖歌を流す。
工廠虫の動きが止まった。
こちらを捕食対象として認識していた符号が塗り替わり、数秒後には制御下へ落ちる。
「霧無しで捕獲まで行けるのか」
【通常個体であれば可能】
【ただし、上位権限者がいる場合は抵抗が予測されます】
「十分だ」
掌を閉じる。
捕獲した工廠虫が分解され、俺のナノマシン群へ吸収された。
情報が入る。
捕食牙。
神性符号の通信癖。
小型炉心構造。
群体制御の基本形式。
指先からナノマシンを放出する。
粒子群は空中で構造を変え、銀と黒が入り混じる機械虫へ変わった。
それに次ぐ、量を司る手段。
「名称……【
【登録完了】
◆
俺の強化の次はアークだ。
中核都市艦へ戻ると、量子AIが既に更新案を並べていた。
【異体系機械情報をシャングリラ・アークへ適用可能】
【推奨改修項目】
【一:機械聖歌型防御結界】
【二:自己改築式外殻】
【三:群体捕食耐性強化】
【四:疑似神性炉構造の安全転用】
【五:神性符号汚染弾の高位化】
「全部だ。一から順に取り掛かれ」
【了解】
アーク全体へ改修指示が飛ぶ。
中核都市艦の外殻に、薄い紫黒と青白いラインが走った。
損傷を受けた際、周辺の予備素材や破損部品を自動で再編して装甲へ戻す機構。
機械聖歌型結界を、こちらの仕様に再構築した攻性防壁。
群体捕食情報網を応用した、新たな機械軍勢用ネットワーク。
疑似神性炉構造を安全側へ落とし込んだ、分散式の高出力補助炉心。
既存の分散炉心にも機構理論を適用し、出力と安定性を底上げしていく。
【改修進行率:12%】
【自己改築式外殻、第一層適用】
【機械聖歌型結界、試験発振開始】
中核都市艦全体が、低く鳴った。
反応炉の駆動音でも、装甲の軋みでもない。
都市そのものが構造を調律しているような響きだった。
「……悪くないが…。これ、他の音でも代用できるか? できるなら単調な発振音じゃなく、曲にしてほしいんだが」
【出力を調整すれば可能です】
「じゃあ色んなパターンに変えられるようにしておいてくれ」
【発振音を調整します】
数秒後、音の質が変わった。
単調な低音が、管弦楽のような厚みを持つ。
次にロック調。
ジャズ。
ポップス。
環境音楽に近い穏やかな旋律。
性能表示に低下は無い。
むしろ、艦内の雰囲気は少し明るくなった。
改修は夜を越えて続いた。
砲撃艦十二隻へ、異体系の【情報:機械】が順次適用される。
クリア・オール・クラスターは、単純な高火力兵装ではなくなった。
敵性結界の位相を読み、砲撃そのものの性質を変化させる機能を得る。
熱量で焼く。
光で削る。
構造をほどく。
神性符号を乱す。
相手の防御方式に合わせて、撃つたびに砲撃の中身を変えられる。
支援艦には、機械聖歌型結界を強化した防御機構。
工房艦には、自己改築式構造を深く組み込む。
資源処理艦には、敵性機械を素材だけでなく情報として分解する工程を追加する。
【改修進行率:48%】
【砲撃艦群への位相可変砲撃機構、適用完了】
【支援艦への機械聖歌型結界、適用完了】
【工房艦への自己改築式構造、適用中】
【資源処理艦への情報分解工程、適用中】
工房艦の外装が開き、複数の作業アームが伸びる。
自分自身の外殻を外し、組み替え、足りない部品をその場で創成し、また組み戻す。
船そのものが、自分の身体を整備しているようだった。
「これ、汎用人型機いらなくなるんじゃないか?」
【完全代替は非推奨です】
【自己改築式構造は高効率ですが、外部作業員による点検系統は冗長性として有用です】
「まあ、それもそうか」
作れるからといって、全部を一つに頼る必要はない。
旧エデンで学んだ通り、単一の強みはそのまま弱点になる。
だから分散し、役割を分け、壊れても続く形にする。
◆
明け方までに、基礎改修は一通り終わった。
まずは俺自身の新機能から試す。
アーク外縁の試験空域へ出る。
海の上。
周囲に人間の生存圏はない。
多少派手にやっても問題ない。
右手を開く。
ナノマシンが指先から溢れ、空中で形を取った。
小さな機械蟲。
黒と銀が混じった外殻。
翅は薄い金属膜。
腹部には極小炉心。
口器は解析と分解に特化させてある。
「【
掌から、数百、数千、数万と機械蟲が生まれる。
黒銀の群れが空へ広がった。
以前の遊離自機よりも、一体一体の自律性が高い。
展開霧装よりも、物理的な干渉力が強い。
そして群体捕食情報網を防御用途へ変換したことで、群れ全体が一つの大きな感覚器として機能する。
視界が増える。
上空。
海面。
アーク外殻。
遠方の雲。
試験用に浮かべた標的艦。
それらが、同時に見える。
「悪くない」
標的艦へ向けて、機械蟲軍を飛ばす。
群れは一塊の雲のように進み、接触直前で三つに分かれた。
一群は装甲表面へ貼り付く。
一群は砲口や隙間から内部へ侵入する。
残りは外周を巡り、反撃を受けた時の防御層になる。
数秒後、標的艦の外装がほどけた。
破壊ではない。
解体だ。
接合部を読み取り、固定具を外し、動力線を切り離し、部材ごとに分解していく。
同時に、得られた素材情報がこちらへ流れ込んでくる。
敵性機械を壊すだけではない。
使えるものへ変える。
【機械蟲軍、試験標的の解析完了】
【分解効率:想定値を上回っています】
【敵性機械捕食に対する防御機能も確認】
「よし。次は戦闘運用」
標的を追加創成する。
疑似工廠虫群を一万体。
大型機械獣を三体。
敵性符号を混ぜ、こちらの命令に抵抗するよう設定した。
機械蟲軍をぶつける。
黒銀の群れと、紫黒の疑似虫群が空中で衝突した。
単純な数のぶつかり合いではない。
通信への侵入。
符号の書き換え。
個体制御の奪取。
自壊命令の押し付け。
捕食牙への逆汚染。
小さな戦争が、空中で起きる。
最初の数十秒は拮抗した。
だが、すぐにこちらの機械蟲軍が優勢へ傾く。
疑似工廠虫群の半数が制御下に落ち、残りは空中で分解された。
「いいね。これは
【量産設備を工房艦へ追加します】
「頼んだ」
◆
次はアーク側の試験。
まず、機械聖歌型結界。
中核都市艦の外殻から、低い音が流れ始める。
最初は単調な発振音。
そこへ量子AIが調整を加え、旋律へ変える。
重厚な管弦楽風。
ロック。
ジャズ。
ポップス。
環境音楽に近い穏やかな旋律。
曲調が変わっても、結界性能は落ちていない。
【発振安定】
【外殻強化率:基準値内】
【敵性接触時の攻性反応:正常】
【音楽化による性能低下:確認されず】
「戦闘中にクラシック流しながら結界張れるの、無駄に優雅だな」
【精神安定効果も期待できます】
「それは大事だな」
試験用の攻撃ドローンを飛ばし、アーク外殻へ接触させる。
触れた瞬間、外殻表面の旋律が変わった。
防御の音から、攻撃の音へ。
ドローンの外装に青白い亀裂が走り、内部機構が焼ける。
結界で防ぐだけではない。
触れた敵を調律し、壊す。
次に自己改築式外殻。
外殻の一部へ、試験用砲撃を撃ち込む。
表層装甲が抉れる。
すぐに周辺の予備装甲材が流れ込み、傷口を塞いだ。
さらに、受けた砲撃の性質を反映し、同じ属性への耐性が上がる。
【自己改築式外殻:正常稼働】
【受撃情報の反映を確認】
【再被弾時の損耗予測:低下】
「敵の攻撃を受けるほど硬くなる、か」
【限度はあります】
【高位権能攻撃や存在消去等には追加対策が必要です】
「それを使ってくる様な存在は俺が相手するさ」
◆
試験は昼過ぎまで続いた。
クリア・オール・クラスターも試す。
位相可変砲撃機構を入れたことで、同じ光でも性質が変わる。
高熱型。
範囲型。
構造分解型。
符号汚染型。
結界穿孔型。
砲撃艦十二隻が、標的ごとに弾質を変えながら射撃する。
単純な火力はもちろん高い。
だが、今回の重要点はそこではない。
相手の防御へ合わせて、砲撃の意味を変えること。
外殻の硬い相手には構造分解。
結界持ちには位相穿孔。
機械神性には符号汚染。
群体には範囲。
【クリア・オール・クラスター、全試験項目完了】
【位相可変砲撃、安定】
【十二隻同期時の負荷、許容範囲内】
【追加砲撃艦の建造を推奨】
「どれくらいまで増やせる?」
【現行中核都市艦の管制能力では二十四隻まで】
【専用砲撃管制艦を追加すれば四十八隻以上も可能】
「その案でいこうか」
【了解】
最後に、機械蟲軍とアークの連携試験。
アークのデウス・ミストウォールに、機械蟲軍を混ぜる。
霧の中を虫群が泳ぐように動き、敵性反応を探知すると一斉に食い付く。
霧が感知し、蟲が噛み、アークが砲撃する。
流れができていた。
「防衛圏の密度がかなり上がったな」
【特に小型群体・微細機械・浸透型兵器への対応力が向上しています】
「第七大陸相手には必須だな」
◆
試験を終えた翌日。
再び警告が鳴った。
【警告】
【第七融合大陸方面より飛来物】
【数:一】
【速度:極超音速】
【前回と同系統の機械神性反応】
「また黒い楔か」
【形状一致率:91%】
【ただし、内部反応は前回より高密度】
観測映像が出る。
北東の空から、黒い楔が落ちてきていた。
前回よりも大きい。
表面の紋様も濃く、紫黒の光が脈打つたびに周囲の大気がわずかに歪んでいる。
「前回と同じだ。一応、着弾地点を囲んで封鎖霧と機械蟲軍を展開しておけ」
【了解】
楔は、火口外縁から十七キロ離れた荒地へ落ちた。
爆発はない。
ただ地面へ深く突き刺さり、周囲の石を黒い結晶状へ変えている。
俺が到着する頃には、既にデウス・ミストウォールと機械蟲軍が周囲を囲んでいた。
前回とは違う。
触らせない。
解析される前に解析する。
黒い楔の表面に文字が浮かぶ。
【外部機械神性言語を検出…翻訳完了】
今回は、解析が速い。
楔の表面が割れ、中から黒い板が浮かび上がった。
【人造機械偽神へ】
【第一外縁聖堂の喪失を確認】
【貴機の機械系権能は成長中】
【貴機は捕食対象から、観察対象へ分類変更された】
【第七融合大陸は、貴機の成長を歓迎する】
【次なる試験を提示する】
板の裏面が光った。
【第二試験】
【期限:十五日後】
【目標:貴機の空域機械都市】
【侵攻戦力:二】
【一:
【二:
【目的:貴機の都市機構、権能構造、神性符号運用の採取】
続いて、詳細が開く。
▼
存在名:
ランク:S
詳細:第七融合大陸外縁部を巡回する機械工廠艦。戦場で資材を採取し、兵器・虫群・聖堂部品を即時建造する。単体戦闘能力よりも、継続生産能力と戦場改築能力に優れる。
推定討伐P:22億
▲
▼
存在名:
ランク:S
詳細:神性反応を帯びた残骸、敗北した機械神性、権能戦闘の痕跡を収集・解析する機械群。直接戦闘よりも回収・解析・複製を目的とするが、捕獲対象の解体能力は極めて高い。
推定討伐P:15億
▲
前回より、明らかに嫌な組み合わせだった。
聖堂は正面戦力だった。
今回の相手は工廠と回収。
殺すだけではなく、戦いながら学び、複製し、奪うつもりだ。
「…量子AI」
【第二試験を想定した迎撃計画を作成します】
「違う」
【……】
「第三の選択肢だ。迎撃でも逃走でもない。こっちから出向く」
【推奨しません】
【敵勢力圏への接近は危険です】
「それは分かってる。だが、このまま試験ごっこを受け続けるのは癪だ」
黒い板を指で弾く。
金属音ではない。
神性符号が軋む、妙に不快な音が鳴った。
「それに、いつまでも向こうの都合で動かされるのは危ない。試験とやらが終わった後、奴らがどう動くか分からない以上、少しでも情報を奪っておく必要がある」
【敵領域への先制接近は、アーク損耗リスクを増大させます】
「アークは、災厄から逃げるためだけに作ったんじゃない。災厄を撃ち破るために作ったんだ」
北東の空を見る。
その向こうに、第七融合大陸がある。
神を蝕む機械の大陸。
俺を
全く随分と上から見てくれる。
「幸い、機械なら俺の糧にできることが分かった。それなら奴らの中枢を食い荒らして、更に上のステージに立ってやる」
【作戦目的を確認】
【第二試験の迎撃ではなく、敵侵攻戦力への先制接触および情報奪取】
【必要項目:隠密航行、逆観測遮断、捕獲用機械蟲軍、情報分解設備、即時離脱経路】
「全部用意しろ。十五日も待たない。こっちから仕掛ける」
【了解】
【先制侵攻作戦を策定します】
黒い板を握り潰す。
砕けた破片は、機械蟲軍がすぐに食った。
神性符号が分解され、解析情報として俺の中へ流れ込む。
招待状も、試験も、分類変更も。
全部、俺のモノにしてやる。