BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
先制侵攻に必要なのは、火力だけではない。
奇襲を成立させるための欺瞞。
むしろ、今回に限れば火力よりもこちらの方が重要だった。
第七融合大陸はこちらを観測している。
しかも、ただ見ているだけではない。
権能反応。
種族情報。
機械神性への適合度。
戦闘記録。
そういったものをまとめて覗き込む類の観測だ。
なら、生半可な囮では意味がない。
見た目だけの偽物。
反応だけを似せたデコイ。
権能波形だけを模した発信機。
そんなものでは、向こうの機械神性観測を騙せないだろう。
必要なのは、本物に限りなく近い偽物。
規模だけを縮小したシャングリラ・アーク。
そして、俺自身の複製。
いわば、本物のダミーだ。
小型化した分散式空域機械都市。
それを、本物のアークと同じ構造思想で作る。
中核都市艦。
小型砲撃艦群。
工房機能。
霧壁。
機械聖歌型結界。
自己改築式外殻。
機械蟲軍生産機能。
ネメシス・ムーンを模した簡易支援月。
規模は本艦隊の十分の一以下。
だが、権能上の署名と中枢構造は本物と同系統にする。
そして、その中に俺自身の複製を置く。
外側だけ似せた人形では駄目だ。
種族:機神(偽)。
権能:
ナノマシン化した肉体。
機械聖歌。
機械蟲軍。
展開霧装。
遊離自機。
それらを扱える、本物に限りなく近い複製。
これなら観測されても、向こうは簡単には見抜けないはずだ。
◆
工房艦の内部に、大型創成区画を確保する。
機器創成だけでもできないことはない。
だが、サポートはあるに越したことはない。
最初に作るのは都市。
次に俺自身。
床へ幾重もの創成陣が走り、黒銀の線が立体的に組み上がっていく。
量子AIが設計を補正し、ネメシス・ムーン三機が観測欺瞞用の波形を重ねる。
最初に現れたのは、小型アークの骨格だった。
全長は本体より遥かに小さい。
だが、縮尺模型ではない。
中核の密度が高い。
反応炉は小型ながら、疑似神性炉情報を組み込んだ高効率型。
外殻には自己改築式構造。
表面には機械聖歌型結界の発振層。
艦隊機能は圧縮され、単体の多層機構としてまとめられている。
【小型分散式空域機械都市:構築中】
【欺瞞用権能署名:付与】
【機械神性観測対策:同期中】
【名称登録待機】
「ダミーって呼ぶのも味気ないしな」
方舟の影。
偽装された拠点。
それでいて、本物と同じ役割を持つ身代わり。
「……
【登録完了】
次に、俺自身の複製へ移る。
ここからが本題だ。
肉体をナノマシンで複製するだけなら難しくない。
問題は、俺という存在情報をどこまで移すか。
薄いコピーでは駄目だ。
観測されれば見抜かれる。
だが、完全に独立した別個体にするのも危険だ。
意識が分岐し、勝手に判断されると面倒になる。
解決方法は一つ。
完全同期。
複製体は独自の意思を持たない。
だが、操り人形でもない。
俺の意識と処理領域を分散し、同時に動かすもう一つの身体。
右手をかざす。
【自己複製体創成を開始します】
【種族情報:機神(偽)】
【権能情報:人造機械偽神《デミ・エクス・マキナ》】
【存在情報:高精度複製】
【同期制御:所有者主体】
【必要討伐P:算出中】
表示された金額はかなり高かった。
ぬらりひょん討伐前の俺なら、冗談かと思うような額だ。
だが、今の残高から見れば払えないほどではない。
塔型迷宮。
亜神。
機殻聖堂。
工廠虫群。
そのほとんどが億を越える存在だった。
既に相当額が貯まっていた。
「実行」
【承認】
【自己複製体創成開始】
創成陣の中央に、黒銀の粒子が集まり始める。
骨格。
肉体。
神経網ではなく情報伝達網。
炉心。
権能接続層。
ナノマシン肉体。
外装展開構造。
機械聖歌発振器官。
人の形が生まれていく。
数分後、そこに俺が立っていた。
鏡写しとは少し違う。
外見は同じ。
気配も同じ。
だが、見ている感覚が奇妙だった。
俺はそいつを見ている。
同時に、そいつの目からこちらも見ている。
視界が二つ。
身体感覚が二つ。
思考は一つ。
気持ち悪いかと思ったが、そうでもなかった。
処理能力に余裕があり過ぎるせいだろう。
偽とは言え、機械の神。
身体が一つ増えた程度では、負荷にすらならない。
同期が終了する。
意識はそのままに、使える肉体が一つ増えた。
「戦闘形態」
複製体の全身へ、黒と白銀の外殻が走る。
「解除」
外殻がほどける。
「機械蟲軍」
複製体の掌から、黒銀の小さな蟲が数百体生まれた。
【同期率:99.997%】
【権能出力:本体比91%】
【戦闘形態展開:正常】
【機械聖歌:限定発振可能】
【機械蟲軍:展開可能】
【自己再構築:正常】
【権能出力:微増傾向】
【新機体が馴染めば、本体同等域まで上昇すると推定】
「時間が解決する感じか」
これで、万が一先制侵攻に失敗して俺が惨敗したとしても、影方舟内の複製体へ戻れば最悪の事態にはならない。
残基。
そう呼ぶには、あまりに高性能な保険だった。
◆
試験はすぐに行った。
まず、意識の同時運用。
本体は中核都市艦の司令層へ。
複製体は影方舟へ。
さらに、機械蟲軍を数万単位で展開。
遊離自機を八基。
ネメシス・ムーン三機と、影方舟側の簡易支援月一基を同時接続。
視界が一気に増える。
海上。
空域。
艦内。
影方舟内部。
蟲の群れの視点。
支援月の演算視界。
普通の人間なら、発狂するか意識が砕けるだろう。
だが、問題ない。
情報は勝手に整理される。
必要なものだけが意識の前面へ出てくる。
それ以外は背景処理へ回される。
「完全同期、いけるな」
【処理負荷:4.8%】
【複製体十体運用時の予測負荷:最大43%】
【追加補助演算を使用すれば、更に低下可能】
「十体までは普通に運用できるのか」
【演算上は可能です】
これは良い意味で想定外だ。
元々はダミー用途程度に思っていたが、この性能なら単純な切り札戦力として連れていくのもありだ。
自己複製体とは、もう一つの俺。
並のS級相手なら、単独で勝利可能な戦力である。
少なくとも、A+以下なら一方的に蹂躙できる。
残高を確認する。
ある程度ポイントを残すとしても、あと十体くらいは余裕で作れそうだった。
「……増やすとしたら、何体くらいが効率的だと思う?」
【推奨数を提示します】
【作戦用複製体:三体】
【拠点防衛用複製体:一体】
【残基用複製体:一体】
【総数五体が現時点での効率最大と判断】
「十体じゃなくていいのか?」
【過剰投入は敵に権能構造を解析される危険を増やします】
「なるほど。なら五体でいくか」
【了解】
追加で四体。
工房艦の創成区画に、黒銀の粒子が立ち上がる。
一体目。
二体目。
三体目。
四体目。
同じ顔。
同じ肉体。
同じ権能の断片。
ただし、それぞれに役割を与える。
一号複製体は影方舟の中核管理。
二号と三号は先制侵攻への同行。
四号はアーク防衛。
五号は純粋な残基として隔離保存。
完全同期は維持する。
だが、不要な場面では意識深度を下げる。
半自動運用に近い状態へ落とし、必要な時だけ前面へ引き上げる。
【自己複製体群、登録完了】
【総称を設定しますか】
「そうだな……」
複製体。
残基。
分身。
どれも少し違う。
俺であって、俺の端末。
神の身体の予備。
機械神の分体。
「【
【登録完了】
◆
次は、欺瞞精度の引き上げだ。
影方舟へ分体一号を搭載し、権能反応を同期させる。
さらに、本体アークの活動パターンを一部模倣させる。
外部から観測すれば、そこには小型化されたシャングリラ・アークと、その中にいる人造機械偽神が見えるはずだ。
【観測結果】
【影方舟:本体アーク系統反応と一致率93%】
【搭載分体:所有者反応と一致率96%】
【第七融合大陸の既知観測方式に対する欺瞞成功率:高】
「そこは極力上げておきたいな。98は厳しいか?」
【調整します】
影方舟の外殻へ、アークと同じ機械聖歌の発振癖を持たせる。
分体の権能出力に、わざと揺らぎを混ぜる。
俺自身の戦闘後ログを一部再現し、観測者が本人らしい不安定さを拾うようにする。
【再観測】
【影方舟:一致率97.8%】
【搭載分体:一致率98.4%】
【欺瞞成功率:極めて高】
「よし」
これなら、少なくとも第一観測は騙せるだろう。
影方舟は、この空域に残す。
外から見れば、俺はアークと共にここで第二試験を迎え撃つ準備をしているように見えるだろう。
実際には、本体アークは隠密航行へ移る。
向かうのは、第七融合大陸方面。
目的は、第二試験の侵攻戦力である巡礼工廠艦と聖骸収集機団への先制接触。
正面から叩き潰すだけではない。
情報を奪い、構造を喰い、可能なら一部を鹵獲する。
◆
作戦案が固まっていく。
【先制侵攻作戦:仮案提示】
【一:影方舟による本拠地欺瞞】
【二:本体アークの逆観測遮断航行】
【三:機神分体二体による先行潜入】
【四:機械蟲軍による捕獲網形成】
【五:巡礼工廠艦の生産機構奪取】
【六:聖骸収集機団の解析機構逆利用】
【七:危険時は即時分散離脱】
「悪くない」
【仮称作戦名:
「それでいこう」
【登録完了】
アーク内部で準備が進む。
隠密航行用の機械聖歌。
観測を吸わせる偽信号。
神性符号を逆流させる毒餌。
捕獲用の機械蟲軍。
分体用の簡易支援月。
敵中で破棄するための偽装炉心。
二号分体と三号分体は、潜入用に調整する。
戦闘出力を少し落とし、隠密性と情報収集能力を強める。
外装は薄く。
霧化能力を高める。
機械聖歌は低出力で、敵の通信に紛れ込む波形へ。
一号分体は影方舟の司令層に座らせる。
こちらは観測されることが役割だ。
あえて目立つように、アーク再建作業の一部を演じさせる。
四号分体は本拠地防衛。
万一、敵が影方舟を見抜いて奇襲してきた時の対応役。
五号分体は、アーク本体の深部隔離区画へ入れる。
完全遮断。
外部通信無し。
同期も最小限。
俺自身が消滅に近い状況へ追い込まれた時に起動する最後の保険。
「ここまでやれば、流石に最悪は避けられるな」
【断定はできません】
【しかし、生存確率が大幅に上昇している事は確かです】
観測卓に、第七融合大陸方面の航路が浮かぶ。
海を越え、空白領域の外縁へ接近するルート。
正面から向かえば捕捉される。
だから一度南へ大きく逸れ、海流跡と魔素乱流の影を通り、そこから北東へ回り込む。
巡礼工廠艦と聖骸収集機団は、十五日後にこちらへ来る予定だ。
なら、向こうが動き出す前。
もしくは移動準備中を叩く。
相手の選んだ戦場では戦わない。
こちらが戦場を選ぶ。
◆
出発前夜。
影方舟が先に浮上した。
小型ながら、外見は十分にアークらしい。
黒銀の外殻。
淡く巡る青白いライン。
周囲を覆う薄い銀の霧。
一号分体は、その司令層でわざとらしく建造作業の指揮を執っている。
外部観測から見れば、俺はそこにいる。
本体アークは、低空で静かに姿を薄めた。
機械聖歌が流れる。
音はほとんど無い。
ただ、空間の認識から艦隊そのものを滑らせるような隠密発振。
【隠密航行態勢へ移行】
【逆観測遮断:起動】
【影方舟との欺瞞同期:正常】
【機神分体二号、三号:待機】
【機械蟲軍:捕獲仕様で格納】
【
俺は中核都市艦の司令層に立つ。
同時に、影方舟の司令層にも座っている。
潜入用分体二体の中にもいる。
隔離区画の五号分体にも、薄く意識が残っている。
身体は複数。
意識は一つ。
処理は安定している。
「出るぞ。作戦、実行だ」
【了解】
シャングリラ・アーク本体が、夜の海上へ静かに滑り出した。
後方には影方舟。
前方には第七融合大陸。
十五日も待たない。
試験される側では終わらない。
こちらから喰いに行く。