BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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先の展開で悩んでたせいで遅れました


第六十九話:分体運用

 

 シャングリラ・アーク本体は、夜の海上を低く滑っていた。

 空と海の境目を縫うように進んでいる。

 機械聖歌による隠密発振が艦隊全体を包み、外部からの観測に対して輪郭を曖昧にする。

 

 進路は敵の死角を縫うように移動するため直線ではない。

 

 一度南へ大きく逸れ、魔素乱流の濃い海域を経由し、そこから北東へ回り込む。

 すこしでも観測される危険を減らすためだ。

 正面から行けば見つかる。

 今回の作戦は油断した敵の寝首を掻くのが目的であり、重要なのだ。

 

【隠密航行:安定】

【逆観測遮断:正常】

【影方舟との欺瞞同期:継続】

【第七融合大陸方面からの観測干渉:影方舟側へ誘導中】

 

 量子AIの報告を聞きながら、俺は司令層の中央で複数の視界を同時に扱っていた。

 本体の視界。

 アークの観測層。

 影方舟にいる一号分体の視界。

 潜入用の二号、三号分体の待機感覚。

 防衛用四号。

 隔離保存された五号。

 処理自体は安定している。

 だが、運用してみて一つ気付いた。

 

「……一号、二号って呼び方、地味に分かりづらいな」

 

【識別番号としては明瞭ですが】

 

「俺の感覚だと、全部同時に動かしてるせいで一瞬混乱するんだよ。役割込みの名前にした方が扱いやすい」

 

【名称の登録をしますか?】

 

 ただの番号では味気ない。

 それに、今後さらに分体を増やす可能性もある。

 数字だけで管理していると、役割変更や作戦中の切り替えで混乱しそうだった。

 なら、数字と役割を合わせる。

 まず、一号。

 影方舟に乗せた欺瞞用の分体。

 外部観測に対して、俺がそこにいると見せかけるための影。

 

「一号は【影壱(かげいち)】」

 

【登録完了】

【一号分体:影壱】

 

 影方舟の司令層に座る俺が、軽く指を動かす。

 向こう側の身体感覚が、名前を得たことで少し扱いやすくなった…ような気がした。

 

 次は二号。

 今回の先制侵攻で、最初に敵圏へ潜り込む分体。

 隠密性と索敵、潜入に寄せて調整している。

 

「二号は【潜弐(せんじ)】」

 

【登録完了】

【二号分体:潜弐】

 

 続いて三号。

 潜弐と同行するが、役割は少し違う。

 敵性機械の捕獲、構造奪取、情報分解。

 巡礼工廠艦や聖骸収集機団から、必要なものを剥ぎ取る役だ。

 

「三号は【参奪(さんだつ)】」

 

【登録完了】

【三号分体:参奪】

 

 四号。

 アーク防衛担当。

 影方舟を見抜かれた時や、本体アークが離れている間に襲撃された時の備え。

 守りを司る分体。

 

「四号は【肆守(よつもり)】」

 

【登録完了】

【四号分体:肆守】

 

 最後に五号。

 隔離保存。

 残基。

 俺自身が消滅に近い状況へ追い込まれた場合に起動する最後の保険。

 

「五号は【終伍(しゅうご)】」

 

【登録完了】

【五号分体:終伍】

 

 登録が終わると、意識内の管理層がすっきりした。

 影壱。

 潜弐。

 参奪。

 肆守。

 終伍。

 

 ただの番号よりずっと扱いやすい。

 名前に役割が乗るだけで、意識の割り振りが滑らかになる。

 

【機神分体群、名称同期完了】

【意識配分補助へ反映します】

 

「よし。以後はこの名称で運用していく」

 

【了解】

 

 

 影壱は、影方舟の司令層で予定通り欺瞞行動を続けている。

 小型化したアークの外殻では、わざと目立つように修復作業が行われていた。

 工房艦らしき区画が開き、汎用人型機が資材を運び、機械蟲軍が外殻の周囲を飛ぶ。

 外から観測すれば、俺が次の試験に向けて拠点強化を進めているように見えるはずだ。

 実際には、その光景そのものが罠。

 影方舟から漏れる権能署名。

 影壱の存在反応。

 機械聖歌の発振癖。

 全部を本体アークの反応に似せている。

 量子AIが観測データを流す。

 

【第七融合大陸側の観測線、影方舟へ集中】

【本体アークへの直接観測:現時点で未検知】

【欺瞞成功率:高】

 

「今のところは上手くいってるな」

 

【はい】

【ただし、長時間維持した場合、欺瞞構造の解析リスクが上昇します】

 

「分かってるさ」

 

 第二試験の戦力がこちらへ来る前に、その準備段階を叩く。

 

 巡礼工廠艦(ピルグリム・ファクトリーシップ)

 聖骸収集機団(レリック・コレクターズ)

 この二つを先に見つけ、情報を奪う。

 可能なら捕獲。

 無理なら破壊。

 それでも手に入るものはある。

 

 

 航行開始から数時間。

 海上の景色が変わり始めた。

 普通の海ではない。

 波の形が不自然に歪み、海面に黒い幾何学模様のような反射が浮かぶ。

 磁場乱流の影響だ。

 ところどころで水面が上へ盛り上がり、透明な柱のように固定されている。

 その横では、逆に海水が円形に凹み、底の見えない穴になっていた。

 空もおかしい。

 雲の流れが途中で折れ曲がり、星の位置が微妙にズレて見える。

 普通の航行なら避けるべき海域だろう。

 だが、今回はこれが都合いい。

 乱れた魔素と歪んだ空間が、こちらの隠密を助けてくれる。

 

【磁場乱流域へ進入】

【航行安定性:許容範囲】

【逆観測遮断効果:上昇】

【外部通信:一部減衰】

 

 潜弐と参奪を起動状態へ引き上げる。

 二体の分体が、それぞれ待機区画で目を開けた。

 潜弐は薄い外装。

 霧化と隠密に寄せた構造。

 参奪は解析と捕獲用の機械蟲軍を多く内包している。

 同じ俺だが、役割に応じて微妙に感覚が違う。

 潜弐の身体は軽い。

 存在感を薄めるため、出力を絞り、情報反応を低く抑えている。

 参奪は逆に、内側が騒がしい。

 機械蟲軍の母巣として調整しているため、身体の奥に無数の小さな処理層が動いている。

 

「潜弐、参奪、接続確認」

 

 口に出す必要はないのだが、意識を切り替える為に言っている。

 

【潜弐:同期正常】

【参奪:同期正常】

【潜入用簡易支援月:起動待機】

 

 潜弐が指先を霧へほどく。

 参奪が掌から小さな機械蟲を一匹だけ出し、すぐに戻した。

 問題ない。

 

 

 さらに進むと、遠方に黒い帯が見えた。

 海の上に、巨大な影が横たわっている。

 夜の闇とは違う。

 空間そのものが塗り潰されたような黒。

 第七融合大陸の外縁観測圏。

 まだ大陸そのものではない。

 だが、その影響が届き始めている領域だ。

 

【第七融合大陸外縁反応を検知】

【距離:推定八百二十キロ】

【複数の機械神性通信を傍受】

【既知符号:機殻聖堂系統】【一致率:41%】

【未知符号:多数】

【大陸外縁部には複数体系の機械神性が混在していると推定】

 

 情報は取れるだろう。

 だが、近付き過ぎれば逆にこちらも見つかる。

 ここからは慎重に進む必要がある。

 

「アークはここで待機。潜弐と参奪を先に出す」

 

【推奨します】

【本体アークは魔素乱流域内で待機し、観測遮断を維持】

【潜弐・参奪による先行偵察を開始します】

 

 中核都市艦の下部格納層が静かに開いた。

 潜弐と参奪が、黒い海上へ降りる。

 足場はない。

 だが問題ない。

 ナノマシンの身体を薄く広げ、海面の上に立つ。

 そのまま、二体は海霧へ溶けるように姿を消した。

 潜弐が前。

 参奪が後方。

 潜弐は観測線を避ける。

 参奪は残された機械神性符号の痕跡を拾い、逆に辿る。

 視界がまた増える。

 アークの司令層にいる俺。

 影方舟にいる影壱。

 海霧の中を進む潜弐。

 その少し後ろで蟲群を隠し持つ参奪。

 複数の自分が、同じ作戦の別々の場所を動いている。

 不思議な感覚だが混乱はない。

 むしろ、これが自然に思えてきた。

 

 

 潜弐の視界で、海上に浮かぶ残骸を見つけた。

 黒い金属片。

 大きさは小舟ほど。

 表面には、聖堂とも工廠虫とも違う符号が走っている。

 触れれば罠の可能性がある。

 潜弐は近付かず、霧だけを伸ばす。

 薄く、薄く、観測に引っ掛からない密度で表面を撫でる。

 

【外部機械神性残骸を検出】

【由来:巡礼工廠艦系統の可能性】

【状態:廃棄部品】

【通信機能:停止】

【自己修復機能:微弱残存】

 

「参奪で喰えるか?」

 

【参奪:解析開始】

 

 参奪の指先から、極小の機械蟲が数十匹ほど放たれる。

 蟲は海面すれすれを滑り、残骸の下側から取り付いた。

 噛む。

 読む。

 分解する。

 すぐに情報が流れ込んできた。

 工廠艦の外装材。

 自己製造ラインの規格。

 巡礼用通信符号。

 素材採取ドローンの接続痕。

 

「当たりだな」

 

【巡礼工廠艦の通過痕跡と推定】

【進行方向:北北東】

【経過時間:三十二時間以内】

 

 近い。

 十五日後にこちらへ来る予定だったはずの敵は、既に移動準備を始めている。

 あるいは、向こうもこちらの反応を見るために前進しているのかもしれない。

 

 潜弐には追跡させ、参奪には残骸を最小限だけ吸収させ、離れる。

 

 残骸を丸ごと回収したい気持ちはある。

 だが、ここで欲を出して痕跡を残せば気付かれる。

 必要な情報だけ抜き、残骸は元のように海上へ漂わせる。

 壊れた部品がただ流されているように見える程度に整える。

 潜弐と参奪は、さらに北北東へ進む。

 

 

 それから一時間ほど進んだところで、海上の様子がまた変わった。

 水面に、灰色の膜が浮いている。

 油膜ではない。

 微細な機械粒子が、海面へ薄く広がっているのだ。

 工場の排出物。

 あるいは、自己製造に使った残滓。

 

【機械性浮遊粒子を検出】

【成分:加工済み金属粉、魔導樹脂、疑似神性触媒】

【巡礼工廠艦の作業痕跡と一致】

 

「ビンゴだ」

 

 その時、潜弐の感覚が微かに引っかかった。

 観測線。

 細い。

 ほとんど気配がない。

 だが、確かにこちらの周囲を撫でている。

 潜弐は即座に霧化し、密度を下げる。

 自分の輪郭を海霧と同じものへ寄せた。

 参奪は機械蟲軍を完全収納し、ただの浮遊粒子のように偽装する。

 観測線が通り過ぎる。

 止まらない。

 戻らない。

 見つかっては…いない。

 

【敵性哨戒観測:通過】

【発信源:前方約六十キロ】

【規模:小型哨戒機、または聖骸収集機団の先行端末】

 

「前方六十キロか。近いな」

 

 潜弐をさらに薄くする。

 参奪は後方へ下げる。

 機械蟲軍をばら撒くのはまだ早い。

 ここからは、見つからないことを最優先にする。

 数分後、海霧の向こうに影が見えた。

 小さい。

 いや、距離があるから小さく見えるだけだ。

 実際には、全長数百メートルはあるだろう。

 細長い機械船。

 船体の上に、棺のような装甲箱をいくつも背負っている。

 その周囲を、骨片めいた小型機械群が飛んでいた。

 巡礼工廠艦ではない。

 

【敵性機械群を確認】

【形状照合】

聖骸収集機団(レリック・コレクターズ)先行部隊と推定】

 

 目的の片方。

 しかも先行部隊。

 上等だ。

 まずは、こいつらから食う。

 潜弐は海霧の中で完全に動きを止めた。

 参奪がゆっくりと指を開く。

 黒銀の機械蟲が、音もなく海上へ散った。

 霧に紛れ、浮遊粒子に紛れ、敵の収集機団へ向かっていく。

 先制喰奪作戦(プレデター・ストライク)

 最初の獲物が、視界に入った。

 

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