BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
大陸の内側へ降りた瞬間、理解した。
ここは、こちらが好き勝手に動ける場所ではない事を。
壁。
床。
天井。
どこを見ても、機械的な構造物で満たされている。
歯車。
配管。
炉心。
神性符号。
迷宮のように折り重なった空間構造。
それらが一体化し、大陸の内臓として動いていた。
通路の端では、作業機械らしきものが何体も動いている。
外見だけなら、資材を運ぶための簡易作業機に見えた。
だが、情報を表示しようとしても何も出ない。
名称も。
ランクも。
詳細も。
ただの作業機械に見えるものですら、今の俺では底が読めなかった。
「……これは、早まったか?」
展開霧装を出す気にはならない。
機械蟲軍を撒くのも論外。
遊離自機を忍ばせることすら危険に思える。
こちらが何かを仕掛ける前に対処…いや処理される事だろう。
大人しく、続く道を進む。
道はまっすぐではない。
緩く曲がり、時折こちらの歩幅に合わせるように床の構造が変わる。
案内されている。
そう感じる程度には、通路全体が俺の動きを見ていた。
しばらく進むと、扉が見えた。
未知の素材でできた巨大な扉。
金属にも石にも見えるが、そのどちらでもない。
表面には細かな神性符号が走り、光が文字ではなく鼓動のように脈打っている。
扉の前に立つ。
触れる必要はなかった。
扉は、音もなく消えるように開いた。
中へ入れ、ということらしい。
促されるまま、足を踏み入れる。
中は議場だった。
雰囲気だけなら、かつて映像で見た国会議事堂に近い。
ただし規模も、材質も、そこにいる者たちも、何もかもが違った。
中心へ向けて曲線を描くように机が並ぶ。
その一つ一つに、異形の存在が座っていた。
機械の集合体。
装甲を纏った神官。
多腕の機人。
炉心を胸に抱えた巨躯。
虫群を肩へ侍らせる女王めいた機械体。
生物に見えるものもいれば、完全な機械にしか見えないものもいる。
だが、共通して分かることがあった。
格が違う。
瞬時に理解できる。
俺より上の存在が、何十、何百といる。
そして中央。
議場の最奥に一人の男が立っていた。
身長は二メートルほど。
偉丈夫、と呼ぶのが一番近い。
所々に機械的な装備を身に付けている。
肩。
腕。
胸。
首筋。
人工物めいた装飾こそあるが、俺の目には生物のようにも見えた。
機械でありながら、生きている。
生物でありながら、機械そのもの。
そういう矛盾を、当然のように成立させている存在だった。
「良く来た。未完の機神よ。我がこの大陸を治める【
その言葉と同時に、視界へ情報が流れ込む。
限定的な閲覧権限が与えられたのだろう。
▼
モンスター名:|大陸中枢機神・対話分体《コンチネンタル・デウスコア・メッセンジャー》
ランク:SS+
詳細:大陸中枢機神が持つ無数の分体の内の一つ。対話を目的として創られており、戦闘機能は殆ど持たないが、それでも一つの文明を滅ぼせる程のスペックを誇る。
討伐P:10兆8000億P
▲
対話用。
戦闘機能はほとんど無い。
それでSS+。
討伐Pは、十兆八千億。
桁が狂っている。
俺が固まっている間にも、大陸中枢機神は当然のように話を続けた。
「我は長々と談笑に興じる質では無くてな。単刀直入に言おう。我が軍門に下れ」
「……それは随分と急な話ですね。そもそも俺…私は、観察対象ではなかったので?」
近くの席にいた、宝石のような物質で構成された機人が勢いよく立ち上がった。
「貴様! 陛下に対してなんたる──」
「よい」
たった一言。
機人は即座に口を閉じた。
「……は。失礼いたしました」
「部下がすまんな。我を思ってくれての言なのだ。許せ」
大陸中枢機神が軽く片手を上げる。
機人は静かに席へ戻った。
それだけで、この場の上下関係が分かる。
ここにいる格上たちの中でも、中央のあれは別格だ。
「さて、話を戻そう。何、貴機の成長率を見て気が変わったのよ。貴機が我が陣営に加われば、良い結果が起こるに違いない、とな」
「買い被り過ぎでは?」
「我は無意味な評価をしない」
大陸中枢機神の視線が、こちらを射抜いた。
圧はない。
少なくとも、外縁で膝をつかされた時のような直接的な圧ではない。
だが、逃げ道は無かった。
この議場。
この大陸。
ここに並ぶ存在たち。
その全てが、こちらの選択を見ている。
「それでどうだ? 我が元で働く気はあるか?」
全く、良い性格をしている。
生殺与奪の権を握っている。
その上で、選べと言っている。
ここで反抗的な態度を取ったところで、羽虫のように潰されるだけだろう。
それだけの差が、俺とこいつにはある。
なら、選ぶべき返答は一つ。
忠誠ではない。
服従でもない。
生き延びるための、現時点で最も有効な選択。
「……私に忠誠心は期待しないで頂きたいですね」
大陸中枢機神の口元が、わずかに動いた。
「そのお話、ありがたく頂戴致します」
俺が返答した瞬間、議場の空気が変わった。
歓迎ではない。
少なくとも、机に並ぶ連中のほとんどは、俺を快く迎え入れてはいなかった。
向けられる視線は鋭い。
興味。
侮り。
警戒。
敵意。
それらが複雑に混じり合い、見えない刃の群れみたいにこちらへ刺さってくる。
だが、中央に立つ大陸中枢機神が満足げに頷いたことで、その場の結論は決まった。
「それでよい。歓迎しよう」
たった一言。
それだけで、議場全体に新しい規則が刻まれたような感覚が走る。
【所属情報更新】
【対象:人造機械偽神】
【所属:機神陣営・末席】
【権限:限定付与】
【敵性判定:一時解除】
「祝え、新たなる陣営の加入を」
大陸中枢機神がそう告げると、議場の一部から金属音のような拍手が鳴った。
全員ではない。
むしろ少数だ。
ある機人は拳で机を叩き、別の機械神官は胸の炉心を一瞬だけ発光させる。
虫群を侍らせる女王めいた存在は、薄く笑ったように顎を上げた。
祝われてはいる。
ただし、素直に歓迎されているわけではない。
新入り。
外様。
いつか使えるかもしれない駒。
この場の連中にとって、俺はおそらくそういう扱いなのだろう。
「ではこの場は閉じる。貴機には別室で説明を与えよう」
大陸中枢機神がそう言うと、議場の床に淡い光が走った。
次の瞬間、景色が切り替わる。