BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
移動した先は、議場とはまるで雰囲気が違っていた。
広い部屋だ。
だが、装飾は少ない。
壁一面が巨大な情報盤になっており、そこに無数の世界図、陣営図、戦力比、条約文のようなものが浮かんでいる。
中央には長い黒銀の卓。
その奥には大陸中枢機神。
そして先ほど声を荒げた機人が一人、壁際に控えている。
その目は鋭く、どうやら俺が末席とは言え陣営に加わったことを納得したわけではなさそうだ。
「さて、改めて説明しよう」
大陸中枢機神が指を鳴らすように手を動かす。
壁面に、二つの巨大な紋章が浮かんだ。
白を基調とした整然とした紋章。
黒を基調にした煩雑な紋章。
「今、この世界には大きく分けて二つの勢力が存在する」
紋章の下に、それぞれ名が表示された。
【主神勢力】
【邪神勢力】
「まずは主神勢力から説明しよう」
大陸中枢機神が腕を振る。
【天神陣営】
【機神陣営】
【魔神陣営】
【龍神陣営】
「天神、機神、魔神、龍神。細かな派閥や従属勢力は無数に存在するが、大枠としてはこの四つと理解すればよい」
表示が変わる。
「各陣営の頂点に立つ存在の強さは同格である。…元は同じであるが故にな」
「元は同じ?」
「順に話そう」
壁面の紋章が消え、代わりに一つの巨大な光が映し出された。
神というより、世界そのものの意思に見えた。
大地。
海。
空。
星。
時間。
命。
それらが一つの核へ束ねられている。
「かつて、世界には
映像が変わる。
その光の反対側に、黒い影が生まれた。
「だが、光に影があるように、世界主神にも対となるものがあった。
映像の中で、世界が燃える。
大陸が割れる。
海が蒸発する。
空が裂ける。
月が砕ける。
星のような何かが地上へ落ちる。
神々しい軍勢が闇の軍勢を焼き払い、都市ごと現実を歪め、空から裁きを降らせる。
戦争という言葉で括るには、あまりにも軽すぎる。そう思うような惨状。
「かつて大悪を誅す為、世界を巻き込んだ争いが起きた。大悪とは破壊邪神そのものであり、同時に世界主神の影でもある」
「……世界主神と破壊邪神は、元々ひとつだったということですか?」
「完全か同一ではなく、表裏である。世界主神がある限り、破壊邪神もまた完全には消えぬ。創造と破壊、維持と崩壊。世界という仕組みが持つ避けられぬ対だ」
映像の中で、破壊邪神が討たれる。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
海が消えた場所に黒い穴が残る。
山脈は刃物で削られたように平地になり、都市の跡すらない。
生物も、文明も、歴史も、まとめて消し飛んでいた。
「大儀は果たされた。だが世界は磨耗しきった。超常なる神域の力をもってしても、修復が叶わぬほどにな」
壊れた世界の上に、世界主神が立つ。
「世界そのものが消滅するのも時間の問題であった。そこで世界主神は新たなる理法を成した」
壁面に、巨大な樹のような構造が浮かぶ。
根は世界の奥底へ伸び、枝は天へ広がり、幹には無数の世界が果実のように結び付いている。
「世界が一定以上の損傷を受けた時、他世界と融合し、世界自体の強度と位階を引き上げる理法。それが後に
「……世界融合は、そのための仕組みだったのか」
「そうだ。貴機らが世界融合と呼ぶ現象は、ただの災害ではない。世界を延命し、強化し、次の滅びに耐えるための理法だ」
背筋に冷たいものが走る。
俺たちにとっては、世界を壊した災害。
怪物を溢れさせ、地形を変え、文明を崩壊させた元凶。
それが神々の尺度では世界を生かすための処置だったという事なのか。
「だが、それだけでは足りなかった」
大陸中枢機神は続ける。
「破壊邪神は討たれても、世界主神の影として再び現れる。幾度となく討ち、幾度となく世界は傷付き、そのたびに世界融合が成された。このまま繰り返せば、世界そのものは強化される一方で、そこに生きる文明と命は摩耗し続ける」
映像が変わる。
世界主神の光が、五つへ分かれていく。
光の翼。
歯車と神経回路。
黒い角と魔法陣。
龍の渦。
そして世界樹。
「そこで世界主神は、自らを五つへ分けた」
壁面に、それぞれの名が表示される。
【天神】
【機神】
【魔神】
【龍神】
【世界樹】
「天神、機神、魔神、龍神。この四つは世界主神の力と性質を分けた、神格の頂点たる存在。そして残る一つ、世界樹は世界の守護および修復機構として残された」
「つまり、四陣営の頂点は全て世界主神の分霊、あるいは分割された同格の存在だと?」
「概ね正しい。だからこそ、頂点同士は同格だ。天神の頂、我ら機神の中枢、魔神の王、龍神の祖。それらは元を辿れば、同じ世界主神より分かたれたもの」
壁面に黒い影が映る。
「破壊邪神もまた、自身を分けた」
黒い影が三つへ裂ける。
迷宮。
魔獣。
七つの欲望を象る不気味な紋章。
【迷宮神】
【魔獣神】
【七欲神】
「破壊邪神は、自らを三つへ分けた。迷宮を生み、世界の内側から蝕む
「迷宮、魔獣、欲望……」
今まで見てきたものが、一本の線で繋がる気がした。
迷宮。
モンスター。
能力者を巡る争い。
崩壊した世界で広がった人間の欲。
その全てが、破壊邪神側と無関係ではないのだろう。
「貴機が攻略してきた迷宮についても話しておこう」
壁面に、これまで見た迷宮に似た構造図が映る。
石造りの通路。
等間隔の光源。
階層。
ボス部屋。
迷宮核。
見慣れた形式だ。
「それらは、厳密には迷宮神が見放した残骸に近い。迷宮核だけが残り、最低限の自己増殖と魔物生成を続けている抜け殻だ」
「……あれで残骸…ですか?」
「そうだ。本来の迷宮は、
壁面の迷宮図が書き換わる。
通路が動く。
安全地帯が罠へ変わる。
ボス部屋が複数に分裂する。
討伐したはずの敵が、侵入者の能力に合わせて再設計される。
逃げ道だった階段が封鎖され、補給物資が毒に変わる。
悪辣という言葉では足りない。
「貴機が越えた迷宮も難所ではあった。だが、迷宮主が健在の本来の迷宮とは比較にならぬ。攻略者の能力を学び、希望を与え、奪い、疲弊させ、最後には魂と神性を回収する。迷宮とは、本来そういう装置だ」
簡単に納得はできないが、理解はした。
俺がこれまで攻略してきたものは、あくまで残骸。
本来の迷宮は別物として考えるべきなのだろう。
「今でも戦いは続いている」
大陸中枢機神の声は淡々としていた。
「世界主神対破壊邪神。その戦いは形を変え、今も続いている。かつてのような単純な神々の全面戦争ではない。陣営、眷属、迷宮、魔獣、文明、能力者、融合大陸、代理戦力。それらを通じた、長く複雑な戦いだ」
壁面に、いくつもの世界が映る。
一つは緑豊かな世界。
一つは機械文明が栄えた世界。
一つは魔法が日常の世界。
一つは巨竜が空を支配する世界。
一つは、すでに半ば滅びかけた世界。
それらが、世界樹の枝によって繋がり、融合していく。
「これまでに幾多の世界との融合が成されている。その全てが、世界を維持するためであり、同時に破壊邪神の残滓と戦うためでもある」
「……それで地球も巻き込まれたと」
「貴機の世界もまた、世界樹の理法によって取り込まれた一つだ。偶然ではない。必要であったから融合した」
必要。
随分と都合のいい言葉だと思った。
その必要のために、地上ではどれだけの人間が死んだのか。
どれだけの都市が消えたのか。
どれだけの人生が、何の説明もなく終わったのか。
だが、ここでそれを口にしても意味はない。
この存在にとって、個々の命の損耗は戦略上の数字でしかないのだろう。
「……俺、いや、私のような能力者は何なのでしょうか?」
大陸中枢機神は、少しだけ目を細めた。
「世界融合によって異なる理法が重なった結果生じたエラーを世界樹が修正し、改変した事により生まれる局所的な神性適合者。それが貴機らが言う能力者という存在だ」
壁面に、能力者の反応図が浮かぶ。
人間の肉体。
異世界の法則。
魔素。
神性片。
能力の核。
それらが重なり、一つの異能として発現する過程が映し出される。
「貴機らがポイントと呼んでいるものについても、正しく理解しておけ」
表示が変わった。
【討伐ポイント】
【魔石】
【迷宮核】
【能力成長資源】
それらが一つの概念へ束ねられる。
【神性】
「それらの本質は
「ポイントが、神性……?」
「そうだ。貴機が討伐によって得てきたもの。能力強化に使ってきたもの。創成や召喚に消費してきたもの。その本質は神性である」
今まで当たり前のように使っていた数字。
討伐P。
残高。
消費。
購入。
創成。
それらは神性を扱いやすく翻訳したものだった、と。
「モンスターとは、神性を持つ者から溢れた神性の余剰、あるいは偏った神性が形を得たものだ。魔獣神、迷宮、神性を帯びた土地、権能者、融合大陸。発生源は様々だが、本質は大きく変わらん」
「……つまり、俺が創成した兵器も?」
「大別すればモンスターに近い。貴機の権能を経由し、神性を機械という形へ整えた存在だからな。貴機の兵器群は機械系眷属、あるいは人工モンスターに近い」
少し嫌な納得があった。
機械小隊。
浮遊砲台。
汎用変形機兵。
機械蟲軍。
それらはポイントを消費して創った。
つまり、神性を形にしたもの。
人を襲う魔獣と、自分の命令で動く兵器。
見た目も性質も違うが、根は同じ。
「神は基本的に自らの神性を制御する。余剰を撒き散らせば、不要なモンスターや眷属が発生し、管理の邪魔になるからだ」
「しかし何事にも例外がいる。それが魔獣神だ」
壁面に、獣のような黒い神格反応が映る。
そこから無数の魔獣が溢れ出していた。
「魔獣神は、むしろ積極的に神性を撒き散らす。魔獣、怪物、変異種、群体災害。そういったものを増やすこと自体が、その神の性質であり戦術でもある」
「だから、世界中にモンスターが溢れた」
「正確には世界融合による神性の流入、世界樹による理法調整、魔獣神由来の拡散、迷宮神の残滓、各陣営の大陸からの神性漏出。それらが重なった結果だ」
説明されれば筋は通る。
通るが、納得したくはない。
人類にとっては、あまりにも理不尽な話だった。
「貴機は人でありながら、機神へ至る道を開いた。人の性質を持った機神という、類い稀な存在なのだ。それに近しい偉業を成した者は、我の知る限り五に満たぬ」
五に満たない。
大陸規模の機神が見てきた長い歴史の中で、それだけしかいない。
「ゆえに、貴機をただの駒として扱うつもりはない。未完成ではあるが、可能性はある。磨けば、機神陣営の中でも一つの席を得るだろう」
「末席から、ですか」
「当然だ。実績も、理解も、格も足りぬ。今の貴機は、強力な個体ではあるが、神々の戦場を知る者ではない」
反論はできなかった。
俺はS級を倒した。
S+級の亜神も倒した。
機殻聖堂も撃破した。
だが、この部屋で示された戦争の規模からすれば、まだ極小規模の勝利でしかない。
「貴機はまず、偽神から亜神へと神格を上げよ」
壁面に、新しい表示が開いた。
【神格階梯】
大陸中枢機神の声に合わせて、下から順に階層が刻まれていく。
【第一階梯:偽神】
【第二階梯:亜神】
【第三階梯:神】
【第四階梯:大神】
【第五階梯:時間神/空間神】
【第六階梯:主神】
【第七階梯:創造神/破壊神】
「これが、神格の大まかな階梯だ」
表示された文字を見て、喉の奥が詰まるような感覚があった。
今の俺がいるのは、最下層。
偽神。
つまり、ここまで来てもまだ入口でしかない。
「偽神とは、神の性質を得たもの。貴機のように種族や権能によって神域へ片足を踏み入れた存在だ。だが、この段階ではまだ神としての核が不安定であり、世界法則へ干渉するには足りぬ」
壁面に、俺の反応に似た黒銀の図が映し出された。
【種族:機神(偽)】
【権能:人造機械偽神】
【神格:偽神】
「亜神は、権能を一つの神核として安定させた存在。神の眷属や神域個体の上位に位置する。貴機が討った激怒せし動作の亜神は、この階梯にあった」
次に、黒い光人の反応図が表示された。
【激怒せし動作の亜神】
【神格:亜神】
【権能:神の腕】
【状態:限定神格】
「貴機は亜神を討った。だが、討ったからといって即座に亜神へ至るわけではない。戦闘力と神格は近しいが、同一ではない」
壁面の階梯がさらに上へ伸びる。
「神は、権能と神核が完全に噛み合い、世界法則へ恒常的に干渉できる存在。大神は、その領域を単体ではなく広域へ広げる。国、種族、文明、あるいは一つの大陸規模で神性を及ぼす者もいる」
俺の視線は、第五階梯で止まった。
【時間神/空間神】
「時間神、空間神は、通常の神格とは別枠で扱われることもある。時間、空間、因果、次元。これらの根幹理へ干渉する存在だ。純粋な破壊力では大神と同等以下であっても、権能の性質によっては遥かに厄介となる」
大陸中枢機神の指先が、第六階梯を示す。
【主神】
「主神は、一つの体系を統べる神格。天神、機神、魔神、龍神。それらの頂点はこの領域にある」
最後に、最上段。
【創造神/破壊神】
「そして創造神、破壊神。これは世界そのものの創造、あるいは破壊を司る究極階梯だ。かつての世界主神と破壊邪神が、この領域にある」
表示された階梯を見上げる。
偽神。
亜神。
神。
大神。
時間神/空間神。
主神。
創造神/破壊神。
遠い。
あまりにも遠い。
ついこの間まで、A級だS級だと騒いでいた。
そのS級すら、今ここで語られている階梯の前では、神々の戦場における一単位に過ぎない。
「……ちなみに、今の貴方は?」
大陸中枢機神は、ほんの少しだけ口角を上げた。
「この対話分体は、神格で言えば神に相当する。戦闘用ではないのでな」
「対話用で、神格が神……」
「本体としての我は今説明した通り、主神である。機神陣営の中枢として、この大陸そのものを統べる存在だ」
言葉が出なかった。
目の前に立つこれですら、ただの対話分体。
その本体は主神。
今の俺が偽神であることを考えれば、差は一段や二段ではない。
「なお、ランクと神格は別の尺度だ。ランクは貴機らに分かりやすい脅威度。神格は存在位階。両者は相関するが、必ずしも一致はしない」
「……なるほど」
なるほど、と言うには苦すぎる。
対話用でSS+。
神格は神。
本体は主神。
これが大陸一つを治める存在。
「神格を上げる方法は、大きく二つある」
壁面に、新しい図が浮かんだ。
【神格上昇手段】
【一:信仰獲得】
【二:神性奪取】
「一つは信仰を得ること。知性ある存在から神として認識され、信じられ、祀られ、その信仰を神核へ変換する。古典的で安定した道だ」
「そしてもう一つが神性を奪い、我が物とすること。敵神、亜神、神性個体、迷宮核、融合大陸の神性片。そういったものを喰らい、自らの神核へ組み込む」
聞き覚えのある話だった。
迷宮核を吸収し、能力が強化された。
モンスターを倒し、ポイントを得た。
討伐で得たものを使って兵器を作り、肉体を改造し、権能へ至った。
俺がやってきたことは、後者に近い。
「貴機は既に神性奪取の道を歩いている。世界樹がポイントという形へ整えたため自覚は薄かっただろうがな」
「なら、今後も討伐してポイントを稼げば亜神へ?」
「単純ではない。量だけでは足りぬ。神格を上げるには、神性の量、質、安定性、権能との適合が必要だ。雑多な神性を積み上げるだけでは、肥大化した偽神にしかならぬ」
壁面に、黒銀の神核図が映る。
外側だけ膨れ上がり、中身が不安定に揺らいでいる。
「亜神へ至るには、貴機の権能──人造機械偽神と噛み合う神性を選び、神核を安定させる必要がある。機械神性、人工神性、工廠系神性、創成系神性。そうしたものが適している」
「この大陸は、まさにそれの塊ですね」
「そうだ。だからこそ、我は貴機を招いた」
大陸中枢機神の視線が、少しだけ鋭くなる。
「貴機はここで多くを得られる。逆に言えば、ここで得るものを制御できなければ喰われる。我が大陸は、弱い機械神性を養う場所ではない。未熟な神性を噛み砕き、使えるものだけを残す場所だ」
つまり、訓練場ではない。
選別場だ。
「貴機が我が軍門に下ると決めた以上、最初の課題を与える」
壁面に、一つの立体図が浮かぶ。
複雑な工廠。
巡礼工廠艦に似た構造。
だが、比べ物にならない程巨大で、複雑に歪んでいる。
「
「……それを攻略しろと?」
「攻略ではない」
大陸中枢機神は淡々と言った。
「生きて戻り、神性を持ち帰れ」
壁面の工廠図が拡大する。
崩れた炉心。
半壊した神性機械。
自己増殖する廃棄兵装。
迷宮化した製造区画。
その奥に、黒銀と紫光が混ざった巨大な反応が浮かんでいた。
「それが、末席である貴機への最初の仕事だ」