BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第七十三話:切り札

 

 壁面に表示された廃棄神工廠(スクラップ・デウスファクトリー)の立体図を記憶領域に焼き付ける。

 入り組んだ製造区画。

 崩落した搬送路。

 暴走した炉心群。

 無数の廃棄兵装。

 それらが迷宮のように絡み合い、ひとつの巨大な工廠として今も動き続けている。

 訓練区域。

 そう聞けば聞こえはいい。

 だが、そこに巣食っているものは、間違いなく俺を殺し得るものだ。

 

「生きて神性を持ち帰る、ですか」

 

「分かり易かろう」

 

 大陸中枢機神は、淡々とした顔のまま続けた。

 

「貴機に必要なのは、機械神性の理解と掌握だ。奪うだけならば魔獣でもできる。喰うだけならば工廠虫でもできる。だが、神性を己の核へ適合させ、制御し、役割を与えるには理解がいる」

 

「神性の掌握……」

 

「そうだ。貴機は既に力を持っているが、その扱いは荒削りもいいところだ。膨大な神性を兵器へ、身体へ、都市へ流し込み、力技で動かしている状態だ」

 

 ポイントを稼ぎ、必要なものを創り、圧倒的な火力、物量、機能をもってここまで押し切って来た。

 だがそれだけでは足りないらしい。

 

「それを改善するための課題と言うことですね」

 

「うむ。…案内は貴機に任せる」

 

 大陸中枢機神が壁際へ視線を向けた。

 先ほど議場で俺に声を荒げた、宝石のような機人だ。

 滑らかな結晶装甲と機械骨格を併せ持ち、胸部には鋭い青白い炉心が収まっている。

 その視線は今も鋭い。

 

「は」

 

「末席へ廃棄神工廠までの案内と説明を与えよ」

 

「……御意」

 

 機人は短く返した。

 大陸中枢機神はこちらへ視線を戻す。

 

「貴機が戻る頃には少しは理解も進んでいよう。死なぬことだ」

 

「努力はします」

 

「期待しているぞ」

 

 その言葉を最後に、大陸中枢機神の姿が薄れていく。

 消える、というより、空間の中へ溶けるようだった。

 対話分体だった肉体が細かな光の粒に分解され、部屋そのものへ還っていく。

 後には、俺と壁際の機人だけが残った。

 

◆

 

 しばらく沈黙があった。

 機人はこちらを見ている。

 いや、正確には見張っている。

 歓迎する気配はない。

 好意もない。

 あるのは最低限の義務感と、隠す気の薄い敵愾心だけだ。

 

「案内をお願いしても?」

 

「ふん、付いてこい」

 

 機人はそれだけ言って歩き出した。

 会話を広げる気はないらしい。

 まあ、それならそれで楽だ。

 俺は少し距離を置いて後に続く。

 部屋を出ると、再び大陸内部の通路へ戻った。

 大陸の内臓じみた機構が脈打ち、無数の配管と符号が壁面を流れている。

 先ほどまで情報がほとんど見えなかった作業機械たちにも、今は少しだけ注釈が浮かぶようになっていた。

 

【所属:機神陣営】

【敵性判定:解除】

【詳細閲覧権限:不足】

 

 末席に所属したことで、最低限の通行権限だけは得たらしい。

 とはいえ、ほとんど読めないことに変わりはない。

 

「少し確認をしても構いませんか?」

 

「好きにしろ。歩みは緩めんがな」

 

 機人は振り返りもしない。

 本当に興味がないらしい。

 俺が何をしようが、命令の範囲内でなければ関知しない。

 敵愾心はあるが、余計な干渉をする気もない。

 都合がいい。

 

 所属情報が更新された影響か、大陸内部から外部への限定同期が可能になっていた。

 俺はすぐにアークの量子AIへ接続する。

 ただし、無闇に太い通信線は使わない。

 大陸内部である以上、どこで何を見られているか分からない。

 細く、短く、必要な情報だけを流す。

 

【接続確立】

 

「聞こえるか?」

 

【確認しました】

【所有者の生存を確認】

【現在位置:第七大陸内部】

【状態確認を要求】

 

「無事だ。少なくとも今はな。状況がかなり変わった」

 

 大陸中枢機神との接触。

 機神陣営への末席加入。

 神格階梯。

 ポイントの正体が神性であること。

 廃棄神工廠という最初の課題。

 必要な情報を圧縮して送る。

 量子AIの反応は速かった。

 

【情報受領】

【第七融合大陸との敵対状態は一時解除と判断】

【ただし、所属後の内部試験により危険度は継続】

【廃棄神工廠攻略に必要な戦力を再評価します】

 

「ここから生きて神性を持ち帰れ、だとさ」

 

【実質的には攻略と同義です】

 

「まあな」

 

【アーク本体の直接突入は不可】

【大陸内部により決戦兵器の使用は困難】

【クリア・オール・クラスター、都市艦級砲撃等による火力支援が制限されます】

 

 大陸内部でアークの決戦兵器は使えない。

 当然だ。

 ここは大陸の体内であり、敵地であり、同時に今は所属先の内部でもある。

 持ち込めそうなのは俺自身と分体くらいだが、それだけでは足りない可能性が高い。

 

 どうするべきか。考えを巡らせる中、大陸中枢機神の言葉が頭に残っていた。

 神性の掌握。

 奪うだけではない。

 喰うだけではない。

 理解し、制御し、己の核へ適合させる。

 今まで、最初から考えにも入れていなかった方向へ。

 

「量子AI。発想を変える」

 

【内容を確認します】

 

「アーク級の巨大兵器を、俺の外部装備として使うんじゃなく、俺自身と融合させるのはどうだ?」

 

【危険度:極めて高】

【詳細な意図を要求】

 

「外から支援できないなら、支援そのものを内側へ持ち込む。アーク級の機構を、俺の権能で身体と一体化させる。巨大兵器の火力や防御機構を、人型サイズへ圧縮して纏う」

 

【通常の装備化では負荷過多】

【炉心・砲撃機構・結界・自己改築外殻・機械蟲軍生産系を同時搭載した場合、肉体構造が飽和します】

 

「エネルギー源となる炉心は収納空間へ置く。外部に纏うのは出力機構と制御機構だけ。炉心本体を持ち歩かなければ、容積と負荷はかなり削れるだろう」

 

【理論上は可能】

【ただし、収納空間内炉心との高密度接続を維持する必要があります】

【権能負荷は非常に高くなります】

 

「分体十体を動かしても余裕があるんだ。全力を回せば、短時間ならいけるだろ」

 

【試算します】

 

 量子AIが演算を始める。

 同時に、俺の中でも設計が走り始めた。

 既に創った兵器をそのまま使うのではない。

 融合用に再設計する。

 アーク級の防御。

 クリア・オール・クラスターの位相可変砲撃。

 機械聖歌型結界。

 自己改築式外殻。

 デウス・ミストウォール。

 機械蟲軍生産機構。

 神性符号汚染。

 疑似神性炉の安全転用。

 収納空間内の分散炉心群。

 それらを人型戦闘兵装として再編する。

 ただの強化外装では足りない。

 単なるバトルモードでもない。

 神性を機械兵装へ変え、それを自分の存在格で直接掌握する。

 人造機械偽神だからこそ成立する、神性兵装。

 

【試算完了】

【短時間運用であれば実現可能】

【最大稼働時間:推定十分】

【十分超過時:権能過稼働による一時的使用不可】

【付随リスク:機能停止、分体同期低下、創成能力一時封鎖、自己改築系統の硬直】

 

「十分か」

 

【推奨運用時間:七分以内】

【安全限界:八分三十秒】

【最大限界:十分】

【十分を超えた場合、所有者の権能が一時的に沈黙する可能性があります】

 

「十分(じゅっぷん)あれば、十分(じゅうぶん)だろ」

 

【言語的な洒落は不要です】

 

「いつも通りで安心したよ」

 

 接続の向こうで、量子AIが設計補助を展開する。

 

【融合用兵装の創成設計を開始】

【既存兵装を再設計】

【アーク級兵装群を人型運用へ圧縮】

【収納空間内炉心群との接続方式を構築】

【名称登録待機】

 

「名前は後でいい。まず創る」

 

◆

 

 案内役の機人は、少し離れた位置で立っていた。

 俺が何をしているのか、見えているはずだ。

 それでも、何も聞いてこない。

 ただ、義務として口を開いた。

 

「廃棄神工廠へ向かうならば、全戦力をもって臨むことを推奨する」

 

「その助言はありがたく受け取っておきます」

 

「勘違いするな。陛下の命令で案内しているだけだ。貴様が死のうが、壊れようが、私の関心外だ」

 

「しかし、末席とはいえ陣営に加わった者が、初仕事で即座に廃棄されるのは陛下の御顔に泥を塗る。だから最低限は伝える」

 

「ご親切にどうも」

 

 機人の目が細くなる。

 俺の軽い敬語が気に入らないのだろう。

 だが、今さら畏まりすぎても不自然だ。

 大陸中枢機神相手には多少は丁寧にする。

 機神陣営相手にも最低限の敬語は使う。

 しかし、心の底からへりくだる気は無かった

 

◆

 

 機人の後を追いながらアークの量子AIと同期。

 ネメシス・ムーン三機の補助演算を極細で接続。

 分体たちの意識深度を一段下げ、権能リソースを本体へ集約する。

 収納空間を開く。

 そこへ、融合兵装用の炉心群を創成していく。

 小型分散炉心。

 疑似神性炉理論を安全化した補助炉心。

 重力子反応炉。

 第五元素反応炉。

 機械聖歌発振炉。

 位相可変砲撃用の変換炉。

 自己改築外殻用の素材循環炉。

 全てを外に出せば、都市艦一隻分の空間を必要とする量を収納空間内へ置く。

 外部には、接続門だけを作成。

 極小の神性流路。

 エネルギー出力だけを引き出すための門。

 

 次に兵装本体だ。

 

 黒銀の粒子が全身の周囲へ集まっていく。

 最初は鎧のようだった。

 だが、すぐにただの外装ではなくなる。

 背部に、折り畳まれた砲撃翼。

 肩には機械聖歌型結界の発振環。

 胸部には、収納空間内炉心群と接続する神性出力核。

 腕部には位相可変砲撃機構と原子分解爪。

 腰回りにはデウス・ミストウォール展開基。

 脚部には重力制御と空間踏破用の多重推進機構。

 外殻には自己改築式装甲。

 皮膚下には機械蟲軍の極小母巣。

 そこへ、俺自身のナノマシン肉体を接続する。

 装着ではない。

 融合。

 兵装が俺の外側にあるのではなく、俺という機神の神性出力形態として成立していく。

 

【融合開始】

【権能:人造機械偽神、全力稼働】

【収納空間内炉心群:同期】

【肉体ナノマシン群:兵装接続】

【機械聖歌型結界:内蔵化】

【自己改築式外殻:適合】

【位相可変砲撃機構:限定搭載】

【機械蟲軍母巣:内包】

 

 負荷が来た。

 重い。

 肉体ではない。

 権能が重い。

 分体を十体稼働させても余裕があるほどの処理能力が唸りを上げている。

 

 歯を食いしばる。

 いや、正確には歯を食いしばる必要などない。

 ナノマシンの身体に痛覚は制御できる。

 だが、気分としてそうしたくなった。

 

「……なるほど。これは、キツいな」

 

【権能負荷:83%】

【神性流路、拡張中】

【収納空間内炉心群、安定化】

【機械聖歌による同調補助を開始】

 

 低い旋律が身体の内側で鳴り始めた。

 アークの結界音とは違う。

 もっと鋭く、もっと近い。

 血流の代わりに神性が巡るような音。

 外殻が完成していく。

 重厚ではない。

 むしろ薄い。

 だが、その薄さの内側に都市艦級の機構が折り畳まれている。

 黒銀の装甲には青白い回路が走り、所々に紫黒の機械神性符号が浮かぶ。

 背部の砲撃翼が一度だけ開き、すぐに畳まれる。

 腕部の装甲が刃へ、砲へ、盾へ、何度も形を変えながら最適位置へ収まる。

 足元の空間が沈む。

 完了の音声が流れた。

 

【融合兵装、構築完了】

【名称登録:機神兵装(デウス・ギア)】

【最大稼働時間:十分】

【推奨稼働時間:七分以内】

【十分超過時:権能過稼働により一時使用不可】

【過稼働時停止対象:創成機能、自己改築機能、分体同期補助、機械蟲軍増産、収納空間炉心接続】

 

 兵装情報が開く。

 

▼

兵装名:機神兵装(デウス・ギア)

分類:権能融合型・神性兵装

詳細:権能:人造機械偽神によって、アーク級巨大兵装群を所有者の肉体と融合運用するために再設計した短時間決戦兵装。炉心群は収納空間内へ隔離し、外部には出力機構・制御機構・位相可変砲撃・機械聖歌型結界・自己改築式外殻・機械蟲軍母巣を纏う。

最大稼働時間:10分

制限:稼働限界超過時、権能が一時過稼働状態となり、主要機能の殆どが停止する。

▲

 

「……よし」

 

 軽く右手を握る。

 空間が軋んだ。

 ただ拳を握っただけで、周囲の神性符号が反応する。

 今までの戦闘形態とは違う。

 これは俺の身体ではある。

 だが同時に、人型と化したアークそのものでもある。

 火力。

 防御。

 解析。

 捕食。

 結界。

 修復。

 全部が別次元だ。

 ただし、長くは使えない。

 十分。

 それが限界。

 

「量子AI、聞こえてるか」

 

【接続継続中】

【機神兵装の完成を確認】

【運用には強い制限があります】

 

「分かってるさ。これは切り札だ」

 

【廃棄神工廠内部で亜神級以上の反応、または神性奪取対象を確認した場合のみの使用を推奨します】

 

「了解」

 

 同期を細く戻し、外部への情報漏洩を抑える。

 機神兵装を解除する。

 黒銀の装甲が薄くほどけ、収納空間内炉心群との接続が遮断される。

 ただし、完全に消えたわけではない。

 必要なら即座に再展開できる状態で、肉体の奥へ沈む。

 

 

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