BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
「あとどれくらいですかね」
「物理的、という意味では2000km程だ。しかしこの大陸は使用者の意思を汲み取り、空間が圧縮される様になっている。それを加味すれば数分もせずに着くだろう」
「へぇ、めっちゃ便利っすね」
「…全ては陛下のお力の一端である。拝謝して使用せよ」
機人の足元で、床の構造が変わった。
通路が左右へ割れ、別の道がせり上がる。
歯車と装甲板が組み合わさり、数秒前まで存在しなかった一本道が生まれた。
案内されているというより、大陸が進むべき経路だけを一時的に露出させている。
しばらく進むと、空気が変わった。
いや、空気ではない。
流れる神性の質が変わった。
整然としていた機械神性に、錆びたようなノイズが混ざり始める。
廃材。
油。
焦げた回路。
折れた神性符号。
そういったものを無理やり混ぜ込んだような、荒れた気配。
【周辺神性濃度:上昇】
【符号安定性:低下】
【自己増殖型機構反応:微弱検知】
量子AIからの極細い通信が届く。
ここから先は、いよいよ目的地に近いらしい。
通路の先に、巨大な隔壁が見えた。
今まで見てきた扉とは違う。
装飾はない。
ただ分厚く、無骨で、ところどころに補修痕がある。
機人が隔壁の前で立ち止まった。
「廃棄神工廠は、機神陣営で不要と判断された機械、失敗した神性兵装、暴走した生産炉、旧式化した機械眷属の墓場である」
隔壁の奥から、重い駆動音が聞こえた。
「墓場ではあるが、静寂とは無縁の場所だ。廃棄された機械神性共は、互いを喰い、組み替え、今も自分を有用な兵装だと証明しようとしている」
「つまり、中にいるものは全部が敵と言うことですか」
「基本的にはそうだ。ただし、全てを破壊すればよいというものではない」
機人がこちらを見る。
「陛下の課題は、生きて神性を持ち帰ること。神性を理解し、掌握し、己の核へ適合させることだ。無差別に喰えば、貴様の神核が濁る」
「自らで選別を行う必要がある、と」
「そうだ」
「持ち帰るべき神性は?」
「それを見つけるのも含めてが課題だ」
隔壁の中央に、青白い光が走った。
「……死ぬなよ」
「意外ですね。心配してくれるとは」
「勘違いするな。死なれると、案内役を務めた私の評価に響く」
「素直じゃな──っと、言葉が過ぎました」
頬を掠めた宝石の刃が背後の壁へ突き刺さるのをみて閉口する。
「案内ありがとうございました」
「ふん、礼には及ばん。陛下の命を遂行したまでだ」
隔壁が開く。
内部から、熱と音と錆びた神性が押し寄せた。
◆
廃棄神工廠の入口は、巨大な搬入口のようだった。
天井が高い。
左右の壁には、折れた搬送アームが無数に吊り下がっている。
床には黒いレールが何本も走り、その上に半壊した輸送台車が転がっていた。
奥では火花が散っている。
自律する機械腕が、砕けた装甲板を掴み、別の廃材へ無理やり溶接している。
完成品は歪だった。
脚が三本。
砲口が逆向き。
片腕だけ異様に長い。
胴体の中央には割れた炉心。
それでも、その兵装は動いている。
▼
兵装名:
ランク:S-
詳細:廃棄神工廠内で自己修復と自己改築を繰り返した旧式機械兵装。構造は不安定だが、機械神性を帯びた火器と装甲を備える。破壊しても周辺廃材を取り込んで再起動する場合がある。
神性内包量:低
▲
「入口の雑魚でS-か。…なかなか骨が折れそうだ」
廃棄自走兵装が砲口をこちらへ向ける。
機械聖歌の崩れたような音が鳴り、砲身の奥に赤黒い光が集まった。
撃たれる前に動く。
戦闘形態は展開しない。
機神兵装もまだ使わない。
まずは素の状態で、どこまで通用するかを見る。
足元を蹴る。
ナノマシンの身体が薄くほどけ、弾道予測に合わせて半身をずらす。
赤黒い砲撃が肩口を掠めた。
皮膚表層のナノマシンが数千ほど焼ける。
【表層損耗:軽微】
【敵性砲撃:収束エネルギー型】
【解析可能】
「威力はあるが…それだけだな」
右手を伸ばす。
展開霧装を薄く出す。
広げない。
蟲も撒かない。
指先から一本の糸のように伸ばし、廃棄自走兵装の砲身へ触れさせる。
即座に拒絶反応。
敵性符号が流れ込み、こちらの霧を汚染しようとする。
切り離す。
霧の先端を捨てると、床へ落ちた黒銀の粒子が赤黒く変色し、数秒後に小さな歯車虫のようなものへ変形した。
汚染された霧が、敵性機械へ変わったのだ。
「なるほど。触るとこうなるわけか」
歯車虫が飛びかかってくる。
踏み潰す。
同時に、廃棄自走兵装が突進してきた。
そのフォルムにしてはかなり速い。
長い腕が床を叩き、巨体を弾丸のように飛ばしてくる。
左腕を盾化。斜めに構え、衝撃を横へ流す方向へ。
しかし接触の瞬間、敵の腕が自己改築を始めた。
こちらの盾面を噛み、装甲ごと取り込もうと部位に食い込んでくる。
反撃し、ただ壊すだけなら簡単だ。
だがそれでは今までと変わらない。
あえて数ミリだけ喰わせる。
敵性神性が流れ込み暴れ、こちらの構造を暴こうとする。
それを観察する。
神性の癖。
どこで結合しようとしているか。
中核としている構造の詳細。
見えた。
左腕内部のナノマシンが動く。
敵の腕を侵食し、分解する。
駆動機関。
捕食機構。
修復動作。
攻撃信号。
そして汚染要素。
不要な汚染だけを切り捨て、糧になりそうな駆動と修復の符号だけを抜き取る。
【機械神性断片:抽出】
【品質:低】
【性質:自己修復・廃材再利用】
【権能未満の機械性質として取得可能】
【適合処理:可能】
理解が1段進んだ。
神性を得るというのは、ただ燃料を得ることではない。
神性の中には、機能の根がある。
強いものなら権能へ。
弱いものなら性質へ。
不安定なものなら、機能の断片へ。
それらを解析し、自分の神核に合う形へ作り替えられれば、俺自身の力にできる。
ポイントを払って能力を買うのではない。
神性を読み、構造を理解し、
「こういうことか」
廃棄自走兵装の別の腕を掴む。
今度はこちらから流し込む。
細分化した神性の命令。
お前は俺の兵装である。
役割は突撃ではない。
分解され、俺の神核へ組み込まれることだ。
無茶苦茶な命令だ。
当然、抵抗する。
廃棄自走兵装が暴れる。
砲身を開き、至近距離で撃とうとする。
右手を砲口へ突っ込み、内部で原子分解爪を形成。
砲身の内側だけを削り取る。
発射寸前のエネルギーが暴発した。
爆炎が搬入口を満たす。
だが、俺は動かない。
左腕で敵の神性を押さえ、右腕で炉心部を貫く。
壊す。
喰う。
内部で分別する。
余計な部分だけ吐き捨てる。
最後に、黒銀の粒子が俺の掌へ吸い込まれた。
『討伐ポイント──ジジ──神性に対する理解を検知しました。表記を更新します──神性を入手しました』
いつものアナウンスに微かなノイズが走り、表記が変わる。
詳細を見ると、今までの討伐ポイント10億で1神性というレートらしい。…インフレここに極まりってな。
【機械神性断片を取得】
【品質:低】
【種別:自己修復・廃材再利用】
【性質候補:廃材再利用修復】
【権能核への適合率:12%】
【現時点での直接統合は非推奨】
「統合する価値はない感じか」
【ですが解析素材としては有用です】
【性質を精製し、下位機能として保存可能】
量子AIの声が細く届く。
「じゃあ隔離空間を作成して、そこで保存しておこうか」
【保存処理を実行】
内部の亜空間に小さな黒銀の結晶が生まれたのを確認する。
神性の全てをただポイントに変えるのではない。
意味のある部品として切り分け、保存する。
この工廠で学ぶべきことの一つだ。
◆
入口を抜けると、工廠のメインエリアが広がっていた。
広い。
広すぎる。
天井は見えない。
上には幾層もの搬送路が蜘蛛の巣のように交差し、巨大な炉心が逆さまに吊り下がっている。
床には製造ラインが走り、その一部はまだ稼働していた。
砕けた兵装が流れてくる。
機械腕がそれを掴む。
使える部品だけを抜き取り、別の残骸へ接続する。
完成した歪な兵装が、検査もされずに次の通路へ送り出される。
この場所は死んでいない。
廃棄されたものが、廃棄されたまま生き続けている。
【区域名:外層廃材処理区】
【危険度:低】
【深部到達経路:複数】
【神性汚染領域:点在】
「ここも低か」
奥では、さっきの廃棄自走兵装と同型の反応がいくつも動いている。
さらに別系統の敵もいる。
壁面を這う薄い板状の機械。
床下を移動する多脚の回収機。
宙を漂う壊れた観測球。
どれも俺を見ている。
だが、まだ一斉には来ない。
工廠内の規則に従っているのか、それともこちらの出方を測っているのか。
正面の搬送路に、三体の敵性反応が並んだ。
▼
兵装名:
ランク:S-
詳細:廃材と損傷兵装を回収し、再利用可能な素材へ分解する多脚機械。生存個体と廃材の区別が曖昧で、侵入者を高品質素材として認識する。
神性品質:低
▲
▼
兵装名:
ランク:S
詳細:廃棄された砲塔群に、残留機械神性が宿った存在。射撃精度は不安定だが、砲弾に神性汚染を含む。被弾部位を砲塔化させる危険がある。
神性品質:中
▲
▼
兵装名:
ランク:S
詳細:割れた炉心を胸部に抱えた旧式機械歩兵。炉心が常に暴走寸前であり、撃破時に周囲へ不安定な神性爆発を引き起こす。
神性品質:中
▲
「訓練本格始動ってわけだ」
戦闘形態を展開すると同時、廃材回収蜘蛛が跳ぶ。
蜘蛛とは言いつつも脚は八本ではない。
十二本…いや、動きながら増えている。
同じくして欠陥砲塔霊が撃つ。
弾道が安定しない。
だが、ばら撒かれる弾丸の全てに汚染符号が乗っている。
壊炉心歩兵は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
胸の炉心が明滅するたび、周囲の空間が歪んだ。
まずは砲塔霊を相手する。
被弾部位を砲塔化させると言っている以上、極力避けるべきだろう。
右へ滑る。
弾丸が床に刺さる。
刺さった場所から、小さな砲身が生えた。
数秒後、その砲身がこちらを向く。
「っと、嫌らしいな」
砲身が撃つ前に、機械蟲を一匹放つ。
解析に特化させた個体だ。
機械蟲が床の砲身へ噛み付く。
数秒と経たず汚染され、鉄屑と化したが情報は取れた。
砲塔化の神性性質。
いろんな使い道がありそうだ。
即席の宝塔はそれだけで敵の思考リソースを割かせるし、敵の装甲や隙間に撃ち込んで敵自身に砲身を生やすのもいい。
【神性性質:砲塔化】
【品質:中】
【権能未満の性質として取得可能】
廃材回収蜘蛛が迫る。
その脚が俺の足元を切り裂く。
床を蹴って浮く。
背部推進を短く噴かせ、蜘蛛の背中へ着地。
即座に蜘蛛の装甲が開き、無数の解体アームが伸びてくる。
遅い。
左手を押し当てる。
今度は敵の神性を丸ごと喰わない。
分解工程だけを見る。
廃材を見分ける仕組み。
使える素材と使えない素材の判定。
分解時に神性を汚さないためのフィルター。
「これも使えそうだな」
首筋へ迫った解体アームを、右腕の刃で切る。
蜘蛛の胴体へ侵入したナノマシンが、分解系統だけを抜き取る。
不要な捕食衝動は切り捨てる。
廃材回収蜘蛛が崩れた。
『神性を入手しました』
【機械神性断片を取得】
【種別:素材選別・分解工程】
【品質:中】
【性質:素材識別/神性分解】
【統合を推奨】
「んじゃ、統合しよう」
【適合処理開始】
【権能:人造機械偽神による再編開始】
【敵性神性を所有者用の下位性質へ変換】
掌の奥で、神性断片が溶ける。
ナノマシン群に新しい処理が加わった。
素材を読む感覚が増える。
目の前の床。
壁。
敵兵装の装甲。
歪んだ炉心の外殻。
どれが使えるか。
どれが汚れているか。
どれを捨てるべきか。
以前よりも明確に分かる。
【性質:素材識別を取得】
【性質:神性分解補助を取得】
【権能内機能へ限定統合】
「なるほど。これは確かに理解してから奪った方が効率が良い」
新性質に目を通しつつ、戦場にも意識を向ける。
壊炉心歩兵が目前まで来ていた。
胸部の割れた炉心が、限界まで明滅している。
倒せば爆発するし、ならばと放置すれば自爆特効をしてくる相手。
スピードが大事だ。
素早く懐へ潜り、動作停止の命令を込めた機械聖歌を流し込む。
そして爆発するように溜め込まれていたエネルギーを誘導し、逃げ口を作り、そこへ流す。
爆発までに余裕ができたところで左手を伸ばし、炉心ごと胸部を貫く。
『神性を入手しました』
【機械神性断片を取得】
【種別:炉心暴走】
【品質:中】
【危険性:高】
【統合は非推奨】
【隔離保存を推奨】
「うーむ…。使う事はない気がするが…まぁ保存しとくか」
【保存しました】
残るは欠陥砲塔霊。
既に周囲には、砲塔化した床がいくつもある。
全部がこちらを向いていた。
同時射撃。
弾丸が殺到するのを見て、展開霧装を散布すると同時に今得た性質の素材選別を発動させる。
視界を埋め尽くす弾丸を攻撃ではなく素材として識別し、汚染、砲塔化の性質、弾丸素材、そして神性の流れ。
ギリギリまで観察をして構成を把握後、掌を開く。
弾丸の雨が俺に触れる直前でほどけるように霧散した。
拳を結ぶと向きが反転した弾丸が無数に現れる。
そのまま欠陥砲塔霊を蜂の巣にした。
『神性を入手しました』
◆
外層廃材処理区の奥へ進む。
入口だけで、既に得たものは多い。
自己修復。
素材選別。
炉心暴走。
砲塔化。
全てを統合したわけではないが、少しずつ理解し始めていた。
同じ機械神性でも、修復、砲撃、分解、炉心、結界、群体制御と分野がまるで違う。
それらを解析して再編を行えるのが権能:
そして、そんなジャンル違いの性質や権能達が今の俺には必要なのだろう。
理解して取り込めば、それがそのまま力になるのだ。
チラリとマップを見る。
【外層廃材処理区踏破率:約8%】
「まだ8%か」
先は長い。
だが、手応えはある。
通路の奥で、巨大なプレス機のようなものが起動した。
左右の壁から装甲板がせり出し、通路全体を押し潰すように迫ってくる。
その中央に、敵性反応。
▼
兵装名:
ランク:S+
詳細:不良品と判定された神性兵装を圧縮処理するための廃棄機構。現在は侵入者も不良品と認識し、空間ごと圧縮して素材化しようとする。
神性品質:中
▲
S+。
入口から少し進んだだけで、もうこのランクか。
機神兵装を使うか、一瞬迷ったが…まだ早いと判断した。
折角の神性を学ぶ機会なのだ。
強引に進むだけなら、今までと同じ。
それでは課題の意味がない。
迫る圧壊壁を見据えながら、右手を開く。
「次は圧縮処理の解析だな」
黒銀の霧が、指先から薄く伸びた。
今度は先ほどより、少しだけ自然に扱えた。
廃棄神工廠の攻略は、始まったばかりだった。