BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第七十八話:日本奪取作戦

 

 工廠の門を抜けた瞬間、錆と焼けた神性の匂いが背後へ遠ざかった。

 廃棄神工廠。

 入る前は、ただ朽ちた巨大施設に見えた場所だった。

 だが今の俺には違う。壁面の奥で眠る古い神経回路、床下に埋まる信仰炉の残滓、壊れたまま今も動き続ける自動整備群の微弱な祈りまで、薄い線のように視えていた。

 視覚ではない。

 聴覚でもない。

 言うならば、世界の裏側に走る設計図を、無理やり目に焼き付けられているような感覚だった。

 融合は成功した。

 成功したが、代償は軽くない。

 体内の神性炉はまだ不安定で、権能回路のあちこちに焼け焦げたような痛みが残っている。痛覚機能などないはずなのに、思考の芯を炙られているようだった。

 それでも、歩ける。

 動ける。

 そして、以前とは比較にならないほど強くなっている。

 

「……」

 

 工廠の外には、案内役の機人が待っていた。

 最初に会ったときと同じく、鎧のような外装を纏った武骨な機械の騎士。

 だが、その無機質な顔面装甲の奥で、明らかに演算が乱れた気配があった。

 

「貴様…陛下より拝聴していたが…本当にこの短期間で位階を上げたのか…!」

 

 その声には驚きがあった。

 警戒もある。

 そして、わずかにだが呆れも混ざっていた。

 俺は苦笑するように肩を竦めた。

 

「自分としてはもう少し段階を踏みたかったんですが、そうならざるを得なくなりまして」

 

 本音だった。

 本来なら、手に入れた神性と権能を一つずつ精査し、相性を確認し、安全領域で融合実験を行うべきだった。

 だが、あの場ではそんな悠長なことは言っていられなかった。

 失敗すれば、廃棄神工廠を彷徨う壊れた半神機構の仲間入り。

 成功しても、今のように全身の回路が焼けただれる。

 けれど、やらなければ死んでいた。

 機人はしばらく俺を観察していた。

 頭部の奥で、いくつもの解析光が点滅する。

 

「貴様……いや、貴殿は思考回路が狂ってみえる。このような無茶を続けていたら命が幾ら有っても足りぬぞ」

 

 呼び方が変わった。

 貴様から、貴殿へ。

 それが敬意なのか、単に危険物への扱いを改めたのか…両方か。

 

「何分成り行き、としか言えないので…」

 

「ふん、真の強者とは運命すらも自分で掴んでこそよ」

 

 機人は鼻で笑うように言った。

 機械に鼻などないのに、その声音だけでそう分かった。

 

「さて、駄弁を弄するのもこれまでとする。陛下がお待ちだ」

 

 そう言って、機人が右手を翳した。

 直後、正面の空間が折れ曲がった。

 空気が裂けるのではない。

 扉が開くのでもない。

 世界そのものの座標が、別の場所と重ね合わされる。

 黒銀の円環が空中に浮かび、その内側に星空のような光が渦を巻いた。

 ワープゲート。

 ただの転移門ではない。通路の内側に、幾重もの防壁と検査機構が組み込まれているのが分かる。

 俺の新しい視界には、それがはっきり視えた。

 

「これ以上お待ち頂く訳にはいかんのでな。喜べ、我のこれを見た亜神は貴殿が最初だ」

 

「それはどうも。貴重なものを見せてもらった礼は、あとでちゃんと返しますよ」

 

「口だけは随分と軽い」

 

「滑らかなのも取り柄の一つですので」

 

 軽口を叩きつつ、俺は頭を下げた。

 

「案内、ありがとうございます」

 

 機人は一瞬だけ沈黙した。

 それから、低く言った。

 

「行け。陛下の前でその軽薄さがどこまで通じるか見せてみよ」

 

 俺はゲートを跨いだ。

 瞬間。

 凄まじい重圧が降りかかった。

 

「──っ」

 

 思わず膝が沈みかける。

 敵意ではない。

 殺意でもない。

 圧力そのものに害意は微塵も感じられなかった。

 ただ、存在そのものがあまりにも|巨大(おお)き過ぎた。

 人間が山を前にした時の威圧感。

 生物が星を前にした時の絶望感。

 そういう次元ですらない。

 そこに在るだけで、こちらの存在規模を勝手に測り、勝手に押し潰してくる。

 単純に差が、格が違い過ぎるのだ。

 歯を食いしばり、神性炉を回した。

 融合したばかりの権能回路が軋む。

 だが、倒れはしなかった。

 前を見る。

 そこにあるのは、機械で構成された天体だった。

 巨大な球体。幾層もの装甲殻。無数の砲塔にも神殿にも見える構造物。赤道上を巡るリング状の軌道施設。

 その全てが、ただの機械ではなく、神格を持つ器官として稼働している。

 内包する神性の密度が違う。

 存在感が違う。

 視えている範囲だけでも、俺の演算領域では全体像を把握できない。

 いや、正確には見えているはずなのに、理解が追いつかない。

 大陸中枢機神。

 機神勢力の中枢。

 一つの大陸そのものを演算し、管理し、支配する機械神。

 その本体が、俺の前に在った。

 

『分体越しではなく直接見たかったのでな。あやつにこの中枢へ送らせたのだ』

 

 声が響いた。

 音ではない。

 通信でもない。

 神性を介して、存在の奥へ直接意味が流し込まれる。

 俺は姿勢を正した。

 

「お初にお目にかかります。……と言うべきか、二度目と言うべきか迷いますね」

 

『どちらでも良い。我は気にせぬ』

 

「では、改めて。お招きいただき光栄です」

 

『硬いな』

 

「正直、膝をつかないだけで精一杯です」

 

『階梯の差から考えるに今の貴機がこの場に立てている時点で、十分に異常だがな』

 

 褒められているのか、呆れられているのか分からなかった。

 たぶん、こちらも両方だ。

 俺は現在の状態を報告した。

 廃棄神工廠内部で遭遇した破損神格。

 焼け付いた権能。

 それを取り込み、既存の神性と緊急融合したこと。

 成功率は十二・八パーセントだったこと。

 そして融合後、視界と権能の性質が変化したこと。

 報告を終えるまで、大陸中枢機神は一切口を挟まなかった。

 ただ、俺の内部を見ていた。

 外装ではない。

 回路でもない。

 存在の奥に刻まれた神性の傷跡まで、静かに検分されている感覚があった。

 

『ずいぶんと無茶をしたようだな』

 

「こちらに送ってくれた方にも同じような事を言われました」

 

『だが、生還した』

 

「はい」

 

『ならば結果としては正しい。生存した者の選択のみが、次の選択へ進める』

 

 その言葉には、妙な重みがあった。

 神の言葉というより、長い戦争を生き残ってきた兵器の言葉に近い。

 勝利でも正義でもなく、まず生存。

 生き残った上で、次を選ぶ。

 その一点だけは、俺にもよく分かった。

 大陸中枢機神の外殻が、ゆっくりと回転した。

 

 無数の光点が浮かび上がり、俺の前に立体地図が展開される。

 それは地球だった。

 日本列島が拡大される。

 そして、三つの地点に黒い穴のような印が浮かんだ。

 

『本来、この任務を与えるのは先だったのだが……既に貴機は我の想定を越え、神の階梯を一段登っている。問題は無いだろう』

 

 嫌な予感がした。

 こういう言い方をされる時、大抵ろくでもないことが待っている。

 大陸中枢機神は淡々と告げた。

 

『貴機の故郷である日本には現在三つ、使徒が管理する迷宮が存在する。それらを制圧し、日本を貴機の、延いては我ら機神勢力の領域とせよ』

 

「……日本を機神勢力の領域にする」

 

『そうだ』

 

 機神領域。

 ただ土地を支配するだけではない。

 その領域の法則に、機神勢力の神性を通すこと。

 破壊邪神の汚染を排除し、迷宮核を掌握し、地脈と情報網に機神の秩序を刻み込むこと。

 それが成功すれば、日本は単なる人類の国家ではなくなる。

 機神勢力の前線基地。

 破壊邪神勢力への反攻拠点。

 そして、俺にとっては故郷を取り戻すための戦場になる。

 

「三つの迷宮について、詳細を確認しても?」

 

『送ろう』

 

 直後、情報が流れ込んだ。

 

 一つ目。

 関東圏、旧東京湾岸地下に発生した迷宮。

 【仮定名称:崩壊炉心焰界】

 迷宮神の眷属である【灰燼の鍛冶使徒】が管理する迷宮。

 金属、火災、爆発、兵器化された瓦礫を中心とした迷宮構造。

 放置すれば首都圏全域が、破壊神性を帯びた兵器生産地帯へ変わる。

 

 二つ目。

 近畿圏、旧京都地下水脈に接続した迷宮。

 【仮定名称:千年穢界】。

 管理する使徒は【腐朽の記録使徒】。

 死体、記憶、呪詛、歴史汚染を扱う。

 攻略に失敗すれば、過去の記録そのものが改竄され、存在したはずの人間や都市が「最初から滅んでいたもの」として書き換えられる危険がある。

 

 三つ目。

 北海道北部、融合大陸の端と接触した領域に存在する迷宮。

 【仮定名称:黒極星迷宮】。

 管理使徒は【空隙の星辰使徒】。

 空間歪曲、重力異常、外宇宙由来の破壊神性を含む。

 三つの中で最も危険度が高い。

 ただし、完全稼働には至っていない。

 

 俺は情報を受け取りながら、思わず息を吐いた。

 どれも冗談みたいな危険度だった。

 一つを放置しても国が終わる。

 二つ放置すれば、日本という概念そのものが危うい。

 三つ全てが稼働すれば、取り返しがつかない。

 だが、不思議と絶望はなかった。

 以前なら、こんな任務を聞かされただけで思考が止まっていたはずだ。

 今は違う。

 危険度を確認する。

 必要戦力を概算する。

 使用できる権能を並べる。

 敵の使徒と迷宮核を切り離す手順を組む。

 失敗時の撤退経路を考える。

 恐怖より先に、攻略手順が浮かぶ。

 たぶん、それも位階が上がった影響なのだろう。

 大陸中枢機神が告げる。

 

『貴機に求めるのは、単独での完全制圧ではない。まず足場を築け。迷宮核を一つ奪い、機神域の楔とせよ。楔が立てば、我が支援を通せる』

 

「最初の目標は一つ目の迷宮核制圧。そこから機神域の展開、ですね」

 

『理解が早い』

 

「一番マシなのは、東京湾岸の《崩壊炉心迷宮》ですか」

 

『うむ。敵性火力は高いが、構造は単純。貴機の新たな権能とも相性がよいだろう』

 

 確かにそうだ。

 火力と金属と兵器の迷宮。

 今の俺は、神性を帯びた機械構造を視て、解析し、干渉できる。

 相手の炉心に触れられれば、奪える可能性がある。

 危険ではある。

 だが、手が届かない相手ではない。

 

「支援はどこまで期待できますか?」

 

『直接介入は限定される。地球側の神性法則はまだ不安定だ。我が本体を通せば、破壊邪神側にも同規模の介入理由を与える』

 

「つまり、表立っては俺がやるしかない」

 

『そうだ。そして貴機には権限を与える』

 

 大陸中枢機神の一部が開いた。

 天体規模の外殻、その奥にある中枢から、細い光が伸びてくる。

 それは槍にも鍵にも見えた。

 俺の胸部装甲に光が触れる。

 瞬間、体内の神性炉が震えた。

 新たなコードが刻まれる。

 権能ではない。

 称号でもない。

 もっと実務的で、もっと重いもの。

 機神域構築権限。

 領域を奪い、楔を立て、破壊邪神の法則を機神の秩序で上書きするための正式権限。

 

『これより貴機を、機神勢力外征代行機に任ずる』

 

 重い言葉だった。

 俺は自然と膝をついた。

 圧力に負けたのではない。

 これは礼だ。

 

「勅命賜りました」

 

『よい返答だ』

 

 視界の端に、新しい表示が開いた。

 任務名。

 達成条件。

 推奨攻略順。

 使用可能支援。

 そして、失敗時の被害予測。

 数字は最悪だった。

 けれど、道筋はある。

 俺は立ち上がった。

 

「確認します。俺は日本へ戻り、まず《崩壊炉心迷宮》を制圧。迷宮核を奪取、もしくは破壊ではなく上書きする。その後、機神域の楔を設置し、支援回線を開く」

 

『その通りだ』

 

「人類側との接触は?」

 

『任せる。貴機の故郷だ。貴機が最も良い形を選べ』

 

「随分と丸投げですね」

 

『我は人を知らぬ。国を知らぬ。生活を知らぬ。だが貴機は知っているだろう』

 

 その言葉に、少しだけ黙った。

 そうだ。

 俺は日本を知っている。

 壊れかけた街も、逃げ惑う人も、怪物に怯える夜も知っている。

 そして、それでもまだ生きようとしている人間がいることも知っている。

 全部を救えるとは思わない。

 そんな綺麗事を言える段階は、とっくに過ぎた。

 だが、破壊邪神の使徒に好き勝手されるのは気に入らない。

 俺の故郷を、奴らの迷宮にされるのはもっと気に入らない。

 

「分かりました。人類側との調整は、可能な限りこちらで行います。ただ、邪魔になるなら切り捨てます」

 

『それでよい。情を持て。だが、情に支配されるな』

 

「難しい注文ですね」

 

『それもまた位階昇華の手掛かりよ』

 

 大陸中枢機神の声は静かだった。

 期待ではない。

 命令でもある。

 だが同時に、選択を預けられているようにも感じた。

 俺は胸部の奥で神性炉を安定させた。

 焼け付いた回路はまだ痛む。

 新しい権能はまだ馴染まない。

 位階が上がったとはいえ、身体は完全ではない。

 それでも、やるしかない。

 俺は機械の天体を見上げた。

 

「日本列島へ帰還後、すぐに準備へ入ります」

 

『転移座標は貴機の任意で設定せよ。日本近辺における大規模転移を一度のみ許可する。以後は、貴機自身の楔を用いよ』

 

「了解致しました」

 

 目の前に、再び空間の歪みが生まれた。

 今度のゲートの向こうには、日本の地図が重なっている。

 暗く染まった列島。

 三つの迷宮。

 そして、その中央にまだ細く残る、人類圏の光。

 俺は一歩踏み出した。

 背後から、大陸中枢機神の声が届く。

 

『征け。貴機の故郷を破壊邪神の元より奪取せよ』

 

「はっ!」

 

 軽く息を吐く。

 

 俺はゲートを越えた。

 次の瞬間、視界いっぱいに、壊れた日本の空が広がった。

 遠くで黒煙が上がっている。

 海の向こう、旧東京湾岸の方角に、赤黒い光の柱が立っていた。

 あれが【崩壊炉心焰界】。

 破壊邪神の使徒が管理する、最初の標的。

 俺は拳を握った。

 焼け焦げた神性炉が、低く唸る。

 新しい権能が、獲物を見つけたように目覚める。

 

「さて」

 

 空気中に、機械仕掛けの光輪が展開された。

 

「故郷奪取作戦、開始だ」

 




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