BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
次に目が覚めた時、部屋の中は薄暗い橙色に染まっていた。
窓の隙間から差し込む夕日。
それが壁や床に長く伸びているのを見て、思わず眉をひそめる。
「……夕方、かぁ」
掠れた声で呟く。
どうやら、丸一日近く寝潰したらしい。
いや、正確には昨日の深夜に倒れ込んで、そのまま次の日の夕方まで意識を飛ばしていたのだろう。
体を起こそうとして、すぐに顔をしかめた。
「いっ……てぇ……」
変な体勢のまま寝入ったせいか、首も肩も背中もガチガチに固まっている。
それに加えて、ダンジョンで負った傷と疲労がまだあちこちに残っていた。
胸の鈍痛。
腕の張り。
脚の重さ。
寝れば全部治るなんて都合のいい話ではないらしい。
ソファベッドの上でしばらく唸りながら、ゆっくりと首を回し、肩をほぐし、腕を伸ばす。
背骨がゴキゴキと嫌な音を立てた。
「……生きてるだけマシか」
半ば自分に言い聞かせるように呟き、深く息を吐く。
ボス戦の最中は本当に死ぬかと思った。
あれだけのダメージを受けて、こうして目を覚ませただけでも十分上出来だ。
とはいえ、生身のままこの世界を歩き回る気にはなれない。
まず確認するべきは一つだ。
スーツ。
ダンジョン最奥で耐久値限界に達し、強制解除された強化外装。
24時間経てば再使用可能という説明だったはずだが、気絶同然で寝ていたせいで時間感覚が曖昧になっている。
使えなかったら、しばらくは本気で詰む。
「……装着」
小さく呟く。
次の瞬間、懐かしい感覚が全身を包んだ。
黒い機械装甲が光と共に展開し、肩、腕、脚、胸部、背中へ次々と密着していく。
顔へバイザーが降り、視界に淡い光のUIが立ち上がる。
耐久値ゲージ。エネルギー残量。各種機能一覧。
全部、問題なく表示された。
「……っ、よし」
安堵が胸の奥から込み上げる。
正直、かなりホッとした。
装着されたスーツの重みと密着感、それに伴って生まれる守られているという感覚が、今の俺には何よりもありがたかった。
生身では頼りなかった傷だらけの体も、スーツに包まれた瞬間に一段階“戦える状態”へ引き戻される。
もちろん傷そのものが消えたわけじゃない。だが、安心感が違う。
「もうこれ、着る精神安定剤だな……」
思わず笑ってしまう。
そして、その安心感が戻ったことでようやく頭も回り始めた。
確認するべきことは山ほどある。
何より優先すべきは、昨日ダンジョンコアを吸収したことで追加された新能力群だ。
脳裏へ機能増設画面を呼び出す。
青白いウィンドウがバイザーへ重なり、いつもの機能一覧が展開される。
だが、その構成は昨日までとは明らかに違っていた。
既存のカテゴリ──
装甲強化、耐久値増加、視界強化、エネルギー系、収納機能、地図作成機能。
それらに加えて、新しくひとつの大分類が追加されている。
【追加兵装】
その文字列を見た瞬間、胸が少し高鳴った。
意識を向けて展開する。
すると、その下へ枝分かれするように複数の項目が現れた。
【追加兵装/腕部】
【追加兵装/肩部】
【追加兵装/脚部】
【追加兵装/背部】
【追加兵装/特殊装備】
「……おお」
思わず声が漏れる。
まるでゲームのスキルツリーだ。
いや、今までも十分ゲームみたいだったが、これはいよいよ露骨になってきた。
試しに【追加兵装/腕部】を開く。
すると、さらに細かい一覧が流れた。
近接補助刃。
展開式ブレード。
小型砲口増設。
アンカー射出。
シールド発生装置。
どれもこれも、名前を見るだけで有用さが伝わってくる。
「ヤバいな、これ……」
次に【追加兵装/肩部】
・小型ミサイルポッド
・追尾弾頭
・迎撃用迎爆機構
・可動式サブアーム
「やっぱ肩といったらミサイルポッドだよな…」
思わず思想が漏れる。
さらに【追加兵装/脚部】
・跳躍補助
・瞬間加速
・着地衝撃軽減
・脚部ブレード
背部カテゴリでは、
【追加兵装/背部】
・高機動スラスター
・補助推進翼
・浮遊安定機構
・大型エネルギーパック
「……飛ばさせる気満々だな」
思わずバイザー越しに天井を見上げてしまう。
そして【特殊装備】を開くと、そこにはさらに訳の分からないものまで並んでいた。
・広域探査
・戦術補助演算
・緊急防御展開
・デコイ投射
・環境適応拡張
どれも高額だ。
今までの1Pや5P、25Pの感覚で見ていたら頭がバグる。1000P、3000P、5000P単位で要求される機能も珍しくない。
だが、それでも。
今の俺には、50000Pがある。
その事実が、今までの機能選択とはまるで違う現実味を持たせていた。
バイザーの残高表示へ視線を向ける。
【残ポイント:55456】
細かい積み上げ分も含めて、桁違いの数字がそこにある。
「……いや、でも落ち着け」
小さく呟き、自分を制する。
こういう時に調子に乗って散財すると、大体ろくなことにならない。
クラウド・エンペラーを見た時に痛感したはずだ。上には上がいる。今の俺が強くなったところで、まだ全然足りない。
必要なのは、ロマンだけで取ることじゃない。
今の状況に合わせて、優先順位を決めることだ。
拠点整備。
物資回収。
ダンジョン再探索の可能性。
そして、ボス級との再戦を想定した生存性。
そう並べると、自然と考えがまとまり始める。
「まず欲しいのは……防御か、機動力か」
オーガ・メイジ戦を思い返す。
火球。
爆発。
膂力。
遮蔽物を作って距離を詰めたのは正解だった。だが、あれをもっと安定してやれる手段が欲しい。
盾。
迎撃。
高速接近。
あるいは緊急回避。
加えて、ダンジョンで思ったのは継戦能力だ。
雑魚相手にじわじわ削られ、ボスに辿り着く頃にはすでに消耗していた。エネルギー効率や索敵能力も伸ばしたい。
「……選択肢、多すぎるな」
苦笑しながら、一覧をもう一度スクロールする。
だが、嫌な悩みではなかった。
むしろ逆だ。
今までは“必要な機能が欲しくても取れない”ことの方が多かった。
それが今は、選べる。未来の選択肢が一気に広がっている。
それだけで、昨日までとは別世界だった。
ふと、追加兵装カテゴリのさらに下の方へ目が止まる。
まだロックされている項目がいくつもあった。
【条件未達成】
【迷宮核吸収数不足】
【対応フレーム未拡張】
「……まだ上があるのかよ」
呆れ半分、笑い半分で呟く。
ダンジョンコア一つでこれだ。
もし今後、さらに吸収したら。新しいダンジョンを攻略したら。
このスーツはどこまで化けるのか、もはや想像もつかない。
そして、その可能性を知ってしまえば──
「次、行きたくなるよなぁ……」
自然と口元が緩む。
もちろん、まだ無茶はできない。
体の傷も万全じゃないし、拠点整備も途中だ。ホームセンターダンジョンだって完全に調べ切ったわけじゃない。
だが、昨日の死闘で得たものは確かだった。
迷宮核。
50000P。
追加兵装。
それはもう、単なる生存のための力じゃない。
この世界を攻略していくための武器だった。
夕日に染まる仮眠室の中、黒い強化外装に身を包んだまま、俺は静かに新しい機能一覧を見つめる。
傷だらけの体。
まだ不完全な仮拠点。
外には変わらずモンスターだらけの終わった世界。
それでも、昨日までとは違う。
確実に一段上へ進んだという実感があった。
そして、その実感はすぐに次の欲へ変わっていく。
どれを取る。
どう強化する。
何を優先する。
どこまで行ける。
思考は尽きない。
追加兵装の一覧は、眺めているだけでも頭が痛くなる物量だ。
名前だけでは効果の全貌が見えない物も多いし、説明を読んでも実戦でどう噛み合うかは別問題だ。
しかも今の俺には五万ポイント超という、今までからすると有り得ない大金がある。
だからこそ、逆に慎重になった。
適当にロマンで選ぶのは簡単だ。
だが、それでポイントを浪費して次の死闘で死んだら意味がない。
必要なのは、生き残るために本当に要る機能を見極めることだ。
仮眠室の薄暗い夕景の中、ソファベッドへ腰を下ろし、俺はじっくりと追加兵装の一覧を読み込んでいった。
攻撃。
防御。
機動能力。
継戦能力。
拠点防衛。
探索補助。
ひとつひとつを頭の中で戦闘や探索に当てはめ、優先順位を考える。
まず真っ先に浮かんだのは、回復だ。
ダンジョン最奥での死闘を思い返せば嫌でも分かる。
今の俺は、スーツが無ければ脆い。いや、スーツがあっても中身のダメージまでは無視できない。
オーガ・メイジ戦の後、拠点へ戻るだけで死にかけた。
もしあの状態で連戦になっていたら、普通に終わっていたはずだ。
ゆえにこれが目には入った時、二度見した。
【生体回復機能:5000P】
・スーツ着用者の傷、ダメージを徐々に回復する。
「……これは、欲しい」
ほぼ即決だった。
徐々に、という文言は気になる。
一瞬で全快するような都合のいい代物ではないのだろう。だが、それでも回復手段が生まれる意義は大きい。
今まではダメージを受けたら、寝るか、我慢するか、それだけだった。
そこに着ているだけで自動回復が出来るなら探索も戦闘も安定感が段違いになる。
特に、ダンジョンみたいな長丁場では必須級だ。
次に気になったのは…
【戦術演算機能】10000P
・相対した存在を解析し、戦闘シミュレーションを行い、効果的な戦術、戦略を提示する機能。
「これも、かなり良さそうだよな」
オーガ・メイジ戦で勝てたのは、正直かなり綱渡りだった。
瓦礫で遮蔽物を作るなんて発想は我ながら悪くなかったが、あれだって半分は場当たり的な閃きだ。
もしもっと早く、もっと正確に有効な手を提示してくれる機能があれば。
敵の傾向、間合い、相性、行動パターン、被害予測──そういうのを戦闘中に演算してくれるなら、単純な火力以上に価値がある。
特に初見殺しの相手。
ダンジョンのボスや、今後出会うであろう未知の上位モンスターに対しては、こういう知識が物を言うはずだ。
攻撃力や防御力の底上げも大事だ。
だがそれ以上に、判断ミスを減らす機能は生存率へ直結する。
そして、近接兵装。
【近接武器生成Ⅱ】1000P
・より高性能な近接武器を生成可能。カスタム幅が増え、攻撃力が増加している。
「安いな」
思わずそう漏らす。
今のポイント感覚だと、1000Pはもう格安に見えてしまう。
もちろん実際には十分高額だ。最初の頃の俺なら、これだけで大事件だった。
だが、今の残高とこれからの戦闘を考えれば、費用対効果はかなり高い。
近接武器生成は、ここまで何度も命を救ってくれた主力機能だ。短剣を中心に、即応性と取り回しの良さは段違いだった。
その上位版なら、取らない理由がない。
「これはセットで取るだろ……」
回復。
戦術。
武器性能向上。
この三つだけでも、かなり堅実な強化になる。
次に悩んだのは機動力だった。
【噴射口増設】1200P
・脚部、背部に噴射口を増設する。エネルギーを消費して瞬間的な加速や飛行が可能。
これも、かなり惹かれる。
オーガ・メイジの火球を避ける時、スーツの脚力だけで何とか誤魔化した。
だが、あれに瞬間加速が乗れば、回避も接近も離脱も一段上の動きができるはずだ。
しかも説明文には飛行が可能ともある。
長時間飛べるかどうかは分からないが、少なくとも高所移動や短距離の空中機動はできる可能性が高い。
探索にも役立つ。
戦闘にも役立つ。
逃走にも使える。
「これも……外せないな」
特にクラウド・エンペラーみたいな理不尽の存在を見た後だと、逃げ足や縦方向の機動の価値は嫌でも重く感じる。
そして、ここからが──ここからも──悩みどころだ。
【外装追加】10000P
・装着可能なスーツの数が増える。ただし、強化要素は引き継がれない。
「数が増える……?」
最初に読んだ時は意味が掴みにくかったが、要するに“予備機”か、“別フレーム”か、その類だろう。
強制解除された時に24時間使えなくなる今の弱点を考えると、かなり有用だ。
たとえば一つのスーツが壊れても、別の外装へ切り替えられるなら継戦能力は跳ね上がる。
ただし、説明にある“強化要素は引き継がれない”という一文が引っ掛かる。要するにスーツに同じ強化を施したい場合は2倍のコストが必要だという事だろう。
とはいえ、取得する価値は十分あると思うが。
そしてもう一つ、どうしても気になるのがこれだ。
【浮遊支援機】20000P
・周囲に控え、行動の支援を行うドローン。支援内容は攻撃や防御、回復に簡易的な足場と多岐にわたる。
基本的に自律行動だが、命令することも可能。
「便利の塊かよ……」
読めば読むほど、意味が分からないくらい優秀だった。
攻撃。
防御。
回復。
足場生成。
それを自律行動でやる?
もはや相棒とかサポートメカの域だ。
値段が20000Pと重いのも納得できる。
戦闘中の援護射撃。
防壁や盾代わり。
傷の補助回復。
高所移動や空中機動時の足場。
さらには索敵や見張りにも応用できそうだった。
拠点防衛にすら使えるかもしれない。
ただし、高い。
かなり高い。
取れなくはない。
だが、これを取ると一気に大物買いになる。
そして、最大のロマン枠。
【重武装群(ヘビーアームズ)】30000P
・高威力、高射程の追加兵装パック。ただし、エネルギー消費量も極大。
「……うむぅ」
名前からして強い。
絶対に強い。
しかも高威力、高射程。どう考えても主砲クラスだ。
だが同時に、説明も分かりやすすぎた。
エネルギー消費量も極大。
今の俺は最大出力のエネルギー弾を二発ぶっ放すだけで空っ欠だ。
そんな状態で重武装群を入れても、使いこなせるかは怪しい。
もちろん、決定打としては魅力的だ。
上位モンスターやボス戦で刺さる可能性は高い。
だが、現状必要かと言われると微妙だった。
「……ロマンだけなら真っ先に取りたいんだけどな」
苦笑しながら、一覧を見つめる。
オタクとしては惹かれるし、ゲームだったら多分攻撃は最大の防御とか言って取ってるだろう。
だが、今必要なのは強そうなのではなく、死なないことが最優先だ。
そうしてしばらく考え込んだ末、俺は現状必要そうなやつを頭の中でピックアップした。
支援兵装より【浮遊支援機】20000P。
特殊兵装より【外装追加】10000P。
攻撃兵装より【重武装群(ヘビーアームズ)】30000P。
支援兵装より【生体回復機能】5000P。
特殊兵装より【戦術演算機能】10000P。
近接兵装より【近接武器生成Ⅱ】1000P。
飛行兵装より【噴射口増設】1200P。
「……全部取ると、七万二千二百か」
自動で脳内計算した数字に、少し眉をひそめる。
足りない。
当然だが、全部は無理だ。
なら、順番を決めるしかない。
今の自分に本当に必要なもの。
今すぐ効果が出るもの。
今後の戦闘、探索、拠点運用を総合して価値が高いもの。
そこまで考えて、ようやく腹が決まってきた。
「まずは……」
指先で空中の一覧をなぞるようにしながら、優先度を並べていく。
最優先は【生体回復機能】。
これは生存の土台だ。
次に【戦術演算機能】。
未知の敵とやり合うこの世界で、思考補助は大きい。
その次が【近接武器生成Ⅱ】と【噴射口増設】。
この二つは比較的安く、即戦力になる。近接主軸の自分とも噛み合っている。
ここまで取っても、消費は17200P。
まだ余裕がある。
その上で、大物を一つ追加するなら──
「……浮遊支援機、だな」
やはり、これだ。
重武装群は魅力的だが、エネルギー効率に不安がある。
外装追加も魅力はあるが、今の時点ではメイン外装を強くしておく方が先だ。
その点、浮遊支援機は用途が広すぎる。
攻防回復足場と、あらゆる面を底上げしてくれるなら、今後の探索もボス戦も拠点運営も全部が楽になる。
しかも自律行動。
それだけで戦闘中の手数が増えるのは破格だ。
「……決まり、か」
口に出した瞬間、妙な高揚感が込み上げる。
これから大規模な強化を入れる。
しかも今回は、一つ二つじゃない。複数機能をまとめて取得するつもりだ。
迷宮核を吸収して得たポイント。
その使い道としては、十分すぎるほど現実的で、それでいて夢がある。
夕日がほとんど消えかけた仮眠室の中、俺は追加兵装一覧を見つめながら、静かに息を吐いた。
結局、かなり長いこと悩んだ。
一覧を開いては閉じ、ポイント残高を見ては計算し直し、戦闘の記憶を引っ張り出して必要性を並べ替える。
ロマンもある。実用もある。どれも魅力的で、どれも今後の生存率に関わってくる。
だが、最後の最後で背中を押したのは、理屈よりも感覚だった。
スーツ無し。
あの感覚が、どうしても頭から離れなかったのだ。
ダンジョン最奥で強制解除された瞬間の、あの剥き出しの無力感。
守りが消え、支えが消え、急に世界の全部が生身へ牙を剥いてきたような感覚。
ボロボロの体で夜の街を這うように戻った時の、あの胃が冷えるような恐怖。
思い出すだけで、背筋がぞわつく。
「……二度とごめんだ」
低く呟く。
だから最後に取得を決めたのは、【外装追加】だった。
【外装追加】10000P
・装着可能なスーツの数が増える。ただし、強化要素は引き継がれない。
説明文の強化要素は引き継がれない。という一文は、やはり気になる。
だが、それでもいい。
今の俺にとって重要なのはスーツが壊れてもまだ戦える手段が残ることだ。
それだけで安心感がまるで違う。
方針が固まった瞬間、もう迷いはなかった。
「取得」
『機能【生体回復機能】がアンロックされました』
『機能【戦術演算機能】がアンロックされました』
『機能【近接武器生成Ⅱ】がアンロックされました』
『機能【噴射口増設】がアンロックされました』
『機能【浮遊支援機】がアンロックされました』
『機能【外装追加】がアンロックされました。装着可能外装数が増加します』
電子音声が流れ終わると同時に、スーツ全体へ光の粒子が集まり始めた。
青白い光が装甲の輪郭をなぞり、肩、腕、胸、脚、背中へと流れ込みながら、各部の構造を組み替えていく。
仮眠室の薄暗い空間が、一時的に昼間みたいな明るさへ変わった。
「お、おお……!」
思わず声が漏れる。
まず、背部。
肩甲骨のあたりから細長い追加ユニットがせり出し、折り畳まれた噴射口らしき構造が左右へ増設されていく。
脚部、特にふくらはぎの外側にも小型ノズルのようなパーツが展開され、青いラインがそこへ集中していくのが見えた。
次に、腕部。
近接武器生成Ⅱの影響だろう。前腕装甲がやや厚みを増し、内部に何かを保持しているような重みが生まれる。
以前よりも武器生成の出力制御や展開速度が洗練された感覚が、装着者である俺の側にも伝わってきた。
頭部のバイザー表示も変化する。
今までの耐久値、エネルギー、収納、地図、解析に加えて、新たに複数の項目が追加されていた。
【生体回復:稼働中】
【戦術演算:待機】
【浮遊支援機:未展開】
【噴射口出力:待機】
【外装スロット:2/2】
「外装スロット……」
小さく呟く。
意識を向けると、確かに分かった。
今装着しているメイン外装とは別に、もう一つ“呼び出せる枠”のようなものが存在している。
まだ詳細な切り替え条件までは把握し切れないが、少なくとも予備がある。
その事実だけで、胸の奥の不安がだいぶ軽くなった。
さらに、肩の少し後ろの空間へ視線を向ける。
「……浮遊支援機、展開」
念じた瞬間、背部ユニットの一部が開き、そこから手のひら二枚分ほどの小型機が二基、滑るように飛び出した。
円盤と球体の中間みたいなフォルム。
黒い金属質の外殻に青いラインが走り、中心部に単眼めいた発光部がある。
それが、音もなく俺の左右後方へ浮かんで静止した。
「マジでドローンだ……」
片方に前へと念じると、すっと移動する。
戻れで元の位置へ。
命令を声に出さずとも、適切な距離を保って付いてくる。
試しに防御の意識を向けると、一基が前方へ出て薄い光膜のようなものを展開した。
回復に意識を寄せると、もう一基から柔らかな光が俺へ照射される。
すると──
「……おっ」
痛みが、ほんの少しだけ和らいだ。
劇的ではない。
だが確かに、体の奥にあった重たい違和感が薄らいだ感覚がある。
「こいつ、本当に回復もできるのかよ……」
思わず感心する。
そのまま【生体回復機能】にも意識を向けると、スーツ内側からじわりと温かいものが広がっていく。
薬みたいな即効性はない。だが、確かに治っていく感覚がはっきり分かった。
昨日までなら、ダンジョンの傷は最低でも数日は引きずったはずだ。
それが今は、時間を掛ければ着実に回復へ向かうと分かる。
「……これ、便利どころじゃないな」
そして、【近接武器生成Ⅱ】。
右手へ意識を集中し、短剣を生成する。
光の粒子が収束し、現れた刃を見て思わず口元が緩んだ。
前より明らかに洗練されている。
黒く無骨な外観はそのままだが、刀身のラインはより鋭く、青い発光部も以前より深く脈打つように走っている。
握った瞬間に分かる。重心も、切れ味も、出力も、一段階上だ。
サイズや形状のカスタム項目も増えていた。
短剣だけじゃない。片刃、両刃、細身、重量型、湾曲刃、投擲向け──細かい調整幅が明らかに広がっている。
「……よし」
最後に【噴射口増設】。
仮眠室の中で全力を出すのは危険だ。
だから出力を最低まで絞って脚部ノズルへ意識を送る。
次の瞬間、足元から短く圧が抜けるような感覚があり、体がふわりと前へ滑った。
「おっと……!」
壁にぶつかる寸前で慌てて止まる。
なるほど。
これは確かに瞬間加速だ。しかも、まだ最低出力。
使い慣れれば回避、接近、離脱、全部の質が変わる。
さらに背部側へ少し強めに流すと、今度は体が軽く浮いた。
ほんの数十センチ。だが、確かに浮いた。
「うは、飛んでる……!」
思わずテンションが上がる。
長時間の本格飛行はまだ難しいかもしれない。
だが、これなら屋上や高所への移動、障害物越え、空中回避くらいは十分狙える。
そして何より、戦術の幅が一気に広がる。
そこまで確認したところで、バイザーに新たな表示が浮かんだ。
【戦術演算機能:実戦データ推奨】
【周辺モンスターとの交戦による挙動最適化が可能です】
「……試運転しろってか」
思わず笑う。
確かにその通りだった。
新機能はどれも有用そうだ。
だが、実際にどう使えるかは戦ってみなければ分からない。
特に噴射口や浮遊支援機、戦術演算あたりは実戦でこそ価値が出るはずだ。
それに、拠点近くのモンスターは定期的に減らしておいた方がいい。
どうせなら新兵装の慣らし運転も兼ねるべきだろう。
「行くか」
短く呟く。
仮眠室のバリケードをどかし、三階の廊下へ出る。
外はもう夕闇が濃くなり始めていたが、暗視付きのバイザーには関係ない。
階段を下り、一階のエントランスを抜け、町外れの夜気の中へ足を踏み出す。
左右後方には二基の浮遊支援機。
背部と脚部には新しい噴射口。
近接武器生成Ⅱの高性能刃。
スーツ内部では生体回復が静かに稼働し、戦術演算機能が待機している。
さらに、予備外装まである。
昨日までとは、まるで別物だった。
敷地の外へ出てすぐ、物陰からニードルマンが一体、こちらを見つけて腕を伸ばしてきた。
以前なら、短剣を構えて普通に迎え撃っていた相手。
だが今は違う。
「戦術演算、起動」
そう念じた瞬間、視界の隅に半透明のガイドラインが走った。
【推奨行動:左斜め前方へ短距離加速→敵右側面へ侵入→頸部切断】
「……マジかよ」
半ば呆れつつ、指示通りに脚部噴射を吹かす。
シュッ、と鋭い推進音。
体が一瞬で横滑りし、ニードルマンの突き出した腕を紙一重で躱す。
そのまま敵の右側面へ回り込み、強化された短剣を一閃。
頭部と胴を繋ぐ細い部位が、ほとんど抵抗なく断ち切れた。
ニードルマンはそのまま光の粒子へ変わる。
『討伐ポイントを入手しました』
「……やば」
思わずそう漏らす。
戦術演算、強い。
そして噴射口と近接武器生成Ⅱの相性が想像以上にいい。
さらに、その少し先ではゴブリンが二体、こちらに気づいて駆けてきていた。
今度は浮遊支援機へ意識を送る。
「援護」
二基のドローンが左右へ散開。
片方がゴブリンの正面へ薄い光弾を撃ち、もう片方が俺の進路脇へ小さな光の足場を一瞬だけ展開した。
その足場を踏み、噴射口でさらに加速。
空中で軌道を変えながらゴブリンの頭上を越え、背後へ着地する。
振り返りざまに一体の首を裂き、もう一体へは浮遊支援機の牽制に合わせてエネルギー弾を叩き込んだ。
あっという間だった。
「……楽しっ」
思わず本音が漏れる。
危険な世界だ。
調子に乗れば死ぬ。
それは分かっている。
だが、それでも。
新しく手に入れた力が、実際に噛み合っていく感覚。
戦術が形になり、今まで不可能だった動きが当たり前のようにできる感覚。
それはどうしようもなく、楽しかった。
暗くなり始めた町外れで、俺は新しく進化したスーツの試運転を兼ねて、周辺のモンスター討伐を始めていた。
ニードルマン。
ゴブリン。
スライム。
今までとは比べものにならない安定感と手数で、次々と処理していく。
そしてそのたびに、青いラインを走らせた強化外装は静かに存在感を増していく。
迷宮核を得た俺の力は、確かに次の段階へ進み始めていた。
今話獲得機能:6
機能名:生体回復機能
消費ポイント:5000P
機能等級:2
機能詳細:スーツ着用者の傷、ダメージを徐々に回復する。
機能名:戦術演算機能
消費ポイント:10000P
機能等級:2
機能詳細:相対した存在を解析し、戦闘シミュレーションを行い、効果的な戦術、戦略を提示する機能。
機能名:近接武器生成Ⅱ
消費ポイント:1000P
機能等級:2
機能詳細:より高性能な近接武器を生成可能。カスタム幅が増え、攻撃力が増加している。
機能名:噴射口増設
消費ポイント:1200
機能等級:2
機能詳細:脚部、背部に噴射口を増設する。エネルギーを消費して瞬間的な加速や飛行が可能。
機能名:浮遊支援機
消費ポイント:20000P
機能等級:2
機能詳細:周囲に控え、行動の支援を行うドローン。支援内容は攻撃や防御、回復に簡易的な足場と多岐にわたる。
基本的に自律行動だが、命令することも可能。
機能名:外装追加
消費ポイント:10000P
機能等級:2
機能詳細:装着可能なスーツの数が増える。ただし、強化要素は引き継がれない。