「おにいちゃん!」
ハーマイオニーは目を疑った。
スリザリンのコチコチの純血主義、ドラコ・マルフォイに駆け寄った、小柄すぎる一年生の少女が彼の妹であることは既に噂で知っていた。だから小さな少女が彼に突進して行ったことには驚きはない。
ハーマイオニーが目を疑ったのはいつも取り巻きを引き連れて歩いている貴族のマルフォイが子煩悩な父親のようにニッコリ笑顔になり、ヒョイと妹を持ち上げると片腕で抱えたからだった。
彼の妹は、「ゴリラ」と言って差支えのないクラッブとゴイルに挟まれていなくても大柄とは言い難いマルフォイの近くにいてさえ信じられないほど小さい。
小人族と顔つきが違うので単に小さな少女だと分かるものの、何も知らなければ妖精かなにかと見間違えそうなほど。
豊かなプラチナブロンドの髪は左右のおさげに編まれており、ふんわりとした前髪は眉下で切り揃えられ、零れそうなほど大きなアイス・ブルーの瞳はくりっとしている。
なるほど、顔の系統こそ似通っているけれど、浮かべる表情が違うと「マルフォイ」はこんなに可愛らしいものなのね……ハーマイオニーは納得しかけ、人前にもかかわらずデレデレと表情を崩したドラコの方のマルフォイを見て、とりあえず考えるのをやめた。
さながら、高齢になってから授かった大事な一人娘を相手にしているかのようであるが、ドラコの歳は妹とは三つしか変わらないはずである。
「ダイヤ! 小さなおまえがここまで来るのは大変だったろう。談話室でいい子にして待っててって約束しただろう?」
「だって! クラッブもゴイルもおにいちゃんが連れてっちゃったし、クラスメイトにダイヤに釣り合うお友達なんていないって言ったのはおにいちゃんじゃない! おにいちゃんのお友達はみーんなお勉強に図書室に行ってしまったわ。退屈なのはイヤよ。おにいちゃんともっとおしゃべりしたいの!」
ちょこんとドラコの腕に座って一生懸命お喋りする貴族のお姫様は、小憎たらしいスリザリン生だと加味していてもかわいらしい。
ハーマイオニーは女子学生である。
いくら頭でっかちでガリ勉でも、年相応に面食いでイケメンが好きだし、シビル・トレローニーの占いを信じなくても恋バナは気になる。
美しいドールのような少女が拙くお喋りしていれば可愛いと思うし、親友の犬猿かつ自分と相容れない相手の妹でも無条件に嫌悪感を抱くには……小さく幼く見えて。
ホグワーツ入学の年齢をこえているとはとても思えない小さな妖精さんは毒気を抜くのに十分だった。
「ねぇおにいちゃん。この人たちはおともだち? ネクタイの赤……グリフィンドールの人ともお話できるの、おにいちゃんってさすが、顔が広いのね!」
「友達じゃない!」
「友達なもんか!」
ロンとドラコの声が綺麗にハモり、ハリーの眉と口元がぴくっと動いた。これは仲が悪い癖に仲良しみたいな挙動をした二人を見て吹き出しそうになるのを堪えているな、とハーマイオニーは気づいていた。
「そうなの? とっても仲が良さそうに見えるのに。あのね、ダイヤは知っているのよ。好きの反対はキライじゃないって!」
「そうなのか? ダイヤ、おにいちゃんに詳しく教えてくれるか? あとこいつらは別に友達じゃないからな」
「好きの反対は無関心よ、おにいちゃん。なんでもね、嫌いで嫌いでたまらないうちはまだ本当に嫌いじゃないんだって」
ドラコは妹に甘いらしい。それもヌガーパイ並に激甘だ。
すなわち、グリフィンドールの三人組のことも心底嫌いなはずがない、と指摘されても不機嫌にならないどころか否定さえしない。
ダイヤはよく知っているね、と優しく頭を撫でてやり、おにいちゃんっぷりを見せびらかすさまは妹を自慢したくてたまらないようだった。
「ダイヤね、授業のあととっても暇なのよ。宿題を終わらせたら誰かとおしゃべりしたいもの。おともだちをつくりたいわ。この方たちはどうかしら」
「ダイヤにはおにいちゃんがいるだろう? 女子寮の中ならパーキンソンやグリーングラスもいる」
「みんなおねえちゃんじゃない!」
「こいつらは僕と同学年だから……」
「まぁ、そうなの? 先輩に失礼してしまったわ……おにいちゃん、おろしてくださる?」
ふんわりとスポンジケーキを置くようにおろされた少女は優雅に一礼する。
どうしても妹に自分の管轄外の友達を作りたくないドラコの百面相……大事な妹の好きなようにさせたいが、その相手が嫌すぎるという顔……に、とうとうハリーは吹き出した。
「あのマルフォイにこんな顔をさせる妹がいるなんて!」
「あら先輩、ダイヤも……わたくしも同じマルフォイでしてよ」
「ごめんごめん、そうだったね」
追記するならハリー・ポッターは重度の面食いである。
激烈イケメン、シリウス・ブラックを思い出す時、ハリーの心が高鳴ったのはシリウスが父の親友だったから、だけではない。
顔がいいからである。
もちろん、不細工相手に脳内でこき下ろすのは忘れない。
反対に、ドラコの顔が特に悪いと思ったことはなく……ドラコを女の子にして夢と希望とフェアリーパワーを与えて小さくしたようなふわふわの妖精は目の保養となったようだった。
「わたくし、見ての通り小さいし、とっても身体が弱いのよ。殿方どころか普通の女の子でさえわたくしの腕を少し強く引っ張るとすぐに骨が折れてしまうの。だから先輩方、わたくしがどこかで困っていたら助けてくださいまし」
「それって……イタイイタイ病みたいね」
「なにかしら?」
「イタイイタイ病。極東ジャパンでかつてあった公害病。カドミウムの過剰摂取で起きてしまって、少し触れただけで骨が折れてしまうのってソックリだわ」
「まぁ! それはマグルの病気かしら? イタイイタイ……不思議な響き。ダイヤの体質について『ソックリ』なことなんて初めて聞いたわ。おにいちゃん、こんど主治癒にこのことをお話しても良くって? ダイヤ、もう痛いのはイヤよ。共通点があるならこの病気に何か良くなるヒントがあるかも……」
「いくぞ、ダイヤ。風にあたってばかりだと体に障る」
目を輝かせ、背伸びしてハーマイオニーの手を掴み、一生懸命に……しかしハーマイオニーが眉を寄せるほど弱々しく握手をしたダイヤは兄に振り返る。
最初は会話を聞いていてもぽかん、としていたドラコだったが、すぐに我に返り妹をハーマイオニーから引き剥がすと返事も待たずにそそくさと立ち去ってしまう。
ダイヤも、そしてその場に取り残された三人組も知らないが……。
弱く儚く脆い妹のことを溺愛しているドラコは、本来魔法使いなら気にしなくて良いマグルの病気さえ手当り次第に当たって調査していたのだ。
とっくの昔に調べあげていた病気の名前を聞き、そしてどんなに手を尽くしても下手すれば本物の人形よりも壊れやすいままの……おそらく短命の妹。
複雑怪奇な貴族社会を渡り歩き、そしてかつての戦争で様々な残酷なものを目の当たりにしたゆえに、とっくに見捨てて……せめてその短い人生が良いものになるように、と跡取り息子以上に金だけは惜しまなくなった父ルシウスと違い。
若いドラコは妹のもろさを受け入れられない。
いつも憎まれ口とケンカしかしないドラコのこらえる顔を見た三人組はただぽつねん、とその場に残されるばかり。
とはいえ、ダイヤは転生者。
転生前の肉体の強度に、マルフォイの魔力を与えられたキメラのような存在である。
この世界の人間離れした頑強さとは比べるべくもないが、普通に生きていれば百年近くは生きられる程度の生命力を有している。
……長命な魔法使いからすれば短命かもしれない。
そして、この先の魔法戦争を生き延びれるかは、未来を知るダイヤにさえ分からないことだったけど。