『リトルフェアリー』ダイヤ・マルフォイはとんでもない虚弱体質である。
ということは、彼女の所属するスリザリンのみならずホグワーツ内では……入学式から一週間も経てば常識になっていた。
それから、彼女が大変に兄が好きなことも、その兄が妹を溺愛していることも。
それを示す行動は、ダイヤが入学した時の組み分けで既に分かっていたことだった。
……いや、正確には。前年度、皆がホグワーツ特急に乗って家に帰ろうとしている頃……副校長ミネルバ・マクゴナガルはその片鱗を目にしていた。
「マクゴナガル先生、少しよろしいでしょうか」
「ミスター・マルフォイ。あまりゆっくりしていると乗り遅れますよ」
「はい。ですので手短に」
見たこともないほど真剣な顔をしたドラコは目の前の厳格な女教授ならあるいは、と縋りつかんほどの勢いだった。
自分の寮監に頼まなかったのにはわけがある。
「来年の組み分けですが、僕の妹が入学します。彼女は人一倍身体が弱く、服さえ特注の薄布でなければ身動きが取れず……今年の段階でマルキン女史に頼み込んで、特別に軽い布で制服を作っていただいたほどなんです。そんな妹にあの不衛生極まりない組み分け帽子を被せたら病気になるか、もっと悪ければ首の骨を折ってしまう。ですので、マクゴナガル先生……帽子を洗って、それから組分けの際は頭の上で少し浮かせるように保持していただきたいのです。
これが、妹……ダイヤの主治癒からの正式な手紙です」
聖マンゴのスタンプが押された手紙を受け取り、内容がドラコの言っていることと相違ないことを確認したマクゴナガルは頷いた。
例として示された、当時たった三歳の兄が手を繋いだだけで乳幼児のダイヤの手の指が砕けた話や……大好きな父親に駆け寄って、うっかりローブの裾に顔を叩かれただけで昏倒し三日も生死をさ迷った話や、食器が重すぎて持つことが出来ず、特別な浮遊魔法を掛けた特注の食器で食事するよう細かい指示があったので後で読み返さなければ、とマクゴナガルは思った。
純血、それも純血貴族は近年なかなか子どもができない。うすうすそれが近親婚の連続に近いことをしてきたせいだ、とは分かっているものの、その極地に産まれてくる弱い子供たちからすればたまったものではない。
そのような存在を「出来損ない」としてスクイブやそれ以下のように扱う魔法使いも多い中、健康体に生まれてきた貴族の跡取りながら妹を大切にしている姿は好感が持てた。
あとはせめて、グリフィンドールの生徒に噛みつかなければいいのだけれど、と考えたマクゴナガルは妹の前では「いい格好しい」な様々な兄たち……これまで受け持ったたくさんの生徒たち……を思い出し、きっとドラコ・マルフォイは今までよりも紳士的な振る舞いをするに違いないと思い直した。
男の子、それも少年と言ってさしつかえのない年頃の子は女の子の前で格好を付けたがるし、それが大事な大事な妹なら尚更だ。
「正式な癒者の通達ですからね、分かりました。校長先生や……ほかの寮監にも伝えておきましょう」
「ありがとうございます。その、スネイプ先生いい先生ですが……清潔感においてはマクゴナガル先生の方が適任かと思いました」
「……そうですね」
それは教授への不遜な発言だったが、あのベタベタの髪を思い出すとマクゴナガルは否定できなかった。それに既に点数をどうこうできる期間ではない。
だから聞かなかったことにして、マクゴナガルはドラコが乗り遅れないようにホグワーツ特急に追い立てるだけにした。
◇
「うーむ、難しい。マルフォイだ、スリザリンでいいだろう。しかし弱きゆえの優しさがある、未知の魔法への向上心もある……その身体で勇敢にもホグワーツに入学してきた……」
「帽子さん? ダイヤね、おともだちがほしいの。スリザリンは誠の友を得るんでしょ? それにおにいちゃんといっしょなのよ」
ピカピカに洗浄した帽子の先をつまんで持ち上げていたマクゴナガルには帽子との会話は筒抜けである。
プライバシーもへったくれもないが、実際小さすぎる淑女に年季の入った帽子を乗せると本当に細っこい首が折れてしまいそうだったのでマクゴナガルは仕方ないと受け入れている。兄からの直々の申し出だったのであのめんどくさい親ルシウスも何も言ってこないだろう。
そんな中、マクゴナガルはホッコリしていた。
絵本の中から飛び出してきたような小さく華奢な少女は可愛らしく、しかも健気にお話している様に庇護欲をくすぐる。
しかもスリザリンに入りたい理由の可愛らしさと言ったら!
よく「狡猾」だの「手段を選ばない」などと評されているが身内愛に嘘はないので、血統は折り紙付きの彼女はスリザリンで大人しく護られているべきでは? とマクゴナガルは思った。
帽子も同じ意見だったらしい。
「友達が欲しいのかね? スリザリンならそれが得られる! うむ、それでは……スリザリン!」
わああっ!
生きている人形のように可愛らしい少女がうちの寮に!
虚弱すぎてパーティにデビューできなかったので、幻のマルフォイだったダイヤは貴族社会では噂の的だった。
やれスクイブだから人前に出せないだの。
やれ醜い顔だからパーティに出席しないだの。
そんな負の噂が吹き飛ぶようなリトル・フェアリーである。
やわらかな髪をお下げに編んで、大きな瞳は希望に揺れて。
透き通るほど白い肌だけど、頬を可愛らしく上気させて、ダイヤは小さく可愛らしい声を上げた。
「おにいちゃん!」
「おにいちゃんはここさ。さぁ、席に行こう」
颯爽と現れたドラコはいつもの様にダイヤを左前腕の上にちょこんと乗せ、優しく妹を運んだ。
細身で、間違いなくガタイがいい方ではないドラコだが……小さすぎる妹を連れていると不思議と高身長で隠れ筋肉質な王子様と幻想的な妖精姫が連れ添っているように見えるのだから不思議なもの。
小さな妹のために用意したフカフカでかさ高のクッションを椅子に乗せ、大事な宝物を座らせるとドラコは周囲が見たこともないほど甘ったるい笑顔で妹を見ていた。
それを見ていたグリフィンドールの三人組……特に男連中……はドラコが休暇中に別人に入れ替わったんじゃないか、とか何が悪いものを食べたに違いないと勝手な話をしていたのだが、まぁそれはいいだろう。
特注品の小さな食器を並べられ、文字通りの姫対応をされていたダイヤだったが同年代と比べてもあまりにも小さいのでそれでやっかまれるどころか「まぁ、そうでもしないとな……」という目を向けられつつ。
人形のように整った顔立ちの彼女は可愛らしく脆いお人形さんとして可愛がられることになったのだが、はてさて今後の魔法戦争を生き延びられるのか……。