禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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……お前みたいなバケモンがもう一人いるかも知れないってことか



14.懐玉-残響の夏

 星漿体・天内理子が同化を拒否し、それを天元が正式に受理したという前代未聞の知らせが呪術界中を駆け巡った翌日。

 

 京都、禪院家本邸。

 広大な日本家屋の中心に位置する最も格調高い大広間にて、禪院全を筆頭とした緊急会合が開かれていた。

 

 上座に座る全の周囲には、禪院家術師部隊『(へい)』を中心とした面々が控えている。

 特別一級術師である禪院直毘人甚壱など。そして、元・躯倶留(くくる)隊の隊長格にして現在は『炳』に名を連ねる禪院信朗(のぶあき)

 彼らの表情は一様に険しく、重苦しい空気が大広間を支配していた。

 

 招集の理由は大きく分けて二つ。

 

 一つ目は、直哉が持ち帰った報告の一つ――『先祖の墓を荒らした者がいる』という凶報である。

 この件に関しては、信朗が直ちに指揮を執って調査を済ませていた。

 

「――ご報告いたします、当主様」

 

 信朗が、屈強な体を小さく丸めるようにして頭を下げた。

 

「直哉坊ちゃんの報告通り、当家専用の墓所が何者かの手によって荒らされておりました。確認したところ、持ち出されたのは第二十五代当主をはじめとした、()()()()()の使い手であった御先祖様方の御遺骨のみ」

 

 大広間が、ざわりと揺れた。

 御三家筆頭たる禪院家の本墓が荒らされたというだけでも大失態だが、よりにもよって相伝術式の中でも最上位である『十種影法術』の使い手ばかりが狙われたのだ。それが何を意味するかは、その場にいる全員が理解していた。

 

「現在は直ちに警備を強化し、件の呪詛師の仕業と断定して犯人の追跡と調査を開始しております」

 

「ご苦労様。引き続き頼むよ、信朗さん」

 

 全は静かに頷いた。

 だが、事態はこれだけでは終わらない。

 

 招集のもう一つの理由。

 全の前には、昨日から今日にかけて届けられたばかりの、二通の重々しい書状と、一通の手紙が開かれて置かれていた。

 それが、この広間に集まった重鎮たちを何よりも苛立たせている元凶であった。

 

「まったく、忌々しいことこの上ない……!」

 

 扇が、ギリッと歯ぎしりをして低く唸った。

 

「高専ならびに五条家からの抗議状か。……舐め腐りおって」

 

 事の顛末はこうだ。

 高専からの書状――差出人は東京都立呪術高等専門学校の夜蛾正道――には、襲撃してきた正体不明の呪詛師が『分身』の術式に加え、『重力』の術式を併用していたこと。

 一個人が複数の生得術式を行使したということは、全が主導する禪院家の『術式取引』の恩恵を受けた顧客である可能性が高いということである。

 もしそうであるならば、大金や呪具と引き換えに強力な術式を呪詛師にまで売り渡している禪院家の顧客管理体制に多大な問題があり、審査基準の抜本的な見直しを強く要求する、と書かれていた。

 つまりは禪院家の顧客と見られる呪詛師が生徒や星漿体を危険に晒したことに対する抗議である。

 

 一方、五条家からの書状はより直接的で、京都の旧家特有のねっとりとした厭味に満ちていた。

術式や命を売り買いするご立派な新事業で蔵が潤っておられるのでしょうから、せめてその莫大な利益のほんの僅かでも、ご先祖様を護る墓守の増員に回されてはいかがでしょうか』。

 要するに呪詛師の降霊術でお前んちの先代が魔虚羅けしかけてきてうちの次期当主が怪我したんだけど、墓の管理もまともにできないくせに金儲けばっかしてんじゃねえぞ、という内容が極めてお上品な長文でつらつらと綴られていたのである。

 

「ひとえに我々の管理不足だと!? ふざけるな!

 

 甚壱もまた、筋肉の張り詰めた太い腕を組みながら凄んだ。

 

「だいたい、その呪詛師が当家の顧客だとして、取引時に堕ちていないのであればどうにもできまい」

 

「まあ、落ち着け二人とも」

 

 直毘人が、瓢箪から酒をあおりながらなだめに入る。

 彼だけはいつもの飄々とした態度を崩していなかったが、その細い瞳の奥には静かな不快感が宿っていた。

 

「高専や五条の言い分も一理ある。複数の生得術式を持つなどというデタラメは、全の()()を通さねば有り得ん事象だ。それに、墓が荒らされて気付なかったことも事実……腹が立つのは変わらんがな」

 

 直毘人の言葉に、扇と甚壱は渋面を作りながらも沈黙した。

 

 だが――彼らを最もブチ切れさせているのは、高専からの苦言でも、五条家からの厭味でもなかった。

 

 全の前にある、三通目の手紙。

 そこには五条悟のとんでもなくクソガキな本性がそのまま表れたような、挑発的な文章が殴り書きされていたのだ。

 

『よっす。最近、他人のゴミ漁りで忙しい当主はお元気?』に始まり、『お前んちの歴代当主が誰一人調伏できなかった最強の式神。ひょっとして俺でも死ぬかもなーってワクワクしてたんだけど……俺、一人で倒せちゃったわ』という自慢話。

 

 極めつけは結びの言葉である。

 

『これで400年前の「五条家と禪院家は互角」みたいな古い格付けは、完全に終わったってことでいいよな? お前んちの最強の切り札、俺が単独でブッ壊したんだからさ。お前がこれから何百、何千の術式かき集めて一族全員を魔改造しようが知ったこっちゃないけど。「無限」には絶対届かないだろうけど、せいぜい頑張ってゴミ拾い続けてね』。

 

「……ッ!!」

 

 ボウッ!!!!

 

 扇の我慢が、ついに限界を突破した。

 彼の手から激しい呪力の炎が吹き上がり、五条悟からの手紙を――ついでに五条家からの抗議状もろとも――その場で容赦なく焼き捨ててしまった。

 

「扇おじちゃん。屋内は火気厳禁だよ」

 

 全が、燃えカスとなってハラハラと畳に落ちる灰を見ながら、苦笑交じりに静かに窘めた。

 

「このような侮辱、到底見過ごせん……ッ!!」

 

 扇は血走った目で全を見据え、ギリギリと拳を握りしめていた。

 

「重傷を負ったなら、その場でくたばってしまえばよかろうものを! 直哉よ! 何故その場で五条の小童にトドメを刺さなんだ!!」

 

「ハァ……? 俺にあたらんとってや」

 

 壁際で退屈そうにあぐらをかいていた直哉が、心底鬱陶しそうに顔をしかめた。

 

「そんなん……弱っとるところやっても自慢にもならんからに決まっとるやろ。やるなら互いに万全の状態でやるのが筋ってもんやろが」

 

「言い訳に過ぎん!! 御三家の誇りを踏みにじられ――」

 

「まあまあ、扇おじちゃん」

 

 全が軽く手を上げて、扇の激昂を制した。

 

 憤る面々を涼しい顔で無視し、全は一人、顎に手をやって思案の海へと沈んでいた。

 

(五条悟の挑発はどうでもいい。彼が魔虚羅を単独撃破できたというなら、それはそれで有用な戦闘データだ)

 

 いずれ奪うべき六眼を持つ五条悟の覚醒は、()()()()の難易度を跳ね上げるだろうが。

 

 今の問題は、そこではない。

 

(分身の術式。それに加えて、重力操作の術式)

 

 全は、目を細めた。直哉の詳細な報告と、五条からの手紙に載っていた情報。

 『紙袋の呪詛師』が持っているという分身の術式は、聞けば聞くほど喉から手が出るほど欲しくなるような極めて有用な術式である。

 

(それほどの術式の持ち主が、僕の顧客として現れたなら――絶対に、忘れるはずがないよねえ)

 

 全は、冷たい理性の光で状況を分析し直す。

 そもそも、全は一切の例外なく()()()()()()()()()()()()

 呪詛師は犯罪者(しげん)だ。もし生得術式を欲してノコノコと全の前に客として現れたとしても、取引の場で寿命と術式を問答無用で吸い尽くされて終わりである。表の世界では取引の対象にすらならない。

 全が術式取引を行う顧客は、各呪術宗家、呪術高専関係者、あるいは高専や呪術宗家出身で身元の確かなフリーの術師に限られている。

 

(それに、そのレベルの有用な術式を持った術師が来たなら、僕は必ずあの()()を強制しているはずだ)

 

 全が有用な生得術式の持ち主と取引する際に持ち掛ける、絶対の条件。

 『絶命時、禪院全にすべての術式を献上する』という縛り。

 この縛りを結ばせさえすれば、術式の代価を一部、あるいは全額無償とすることもある。逆に、どれだけ大金を積まれようとも、この縛りを結ばなければ絶対に売らない術式も存在する。

 そうやって全は、将来的な()()()()()()を呪術界全体に張り巡らせているのだ。

 そしてそれらの術式及び顧客情報はすべて目録に記録されている。

 

(だから、あの呪詛師が『術式取引の後に呪詛師に堕ちた顧客』や『裏の顔を持つ顧客』である可能性はゼロだ)

 

 全が記憶していないはずがない。報告と照らし合わせても、該当する条件を持った人物は顧客リストの中に一人として存在しないのだ。

 ならば、結論は一つしかない。

 

(——完全に未知の手段で、複数の術式を身に宿した存在という事になる

 

「……面白いね」

 

 ぽつりとこぼれた全の呟きに、大広間の面々が一斉に視線を向けた。

 先ほどまでの扇に負けず劣らずの強烈な殺気を放つようになった全の姿に、その場にいた重鎮たちの背筋に一筋の冷や汗が流れた。

 

「間違いなく、その呪詛師はうちの顧客じゃないよ。僕が覚えている範囲で、そんな便利な術式を持った顧客は存在しないんだから」

 

 全は、手元にある扇が焼き尽くし損ねた五条悟からの手紙の破片を、指先で弄びながら言葉を続ける。

 

「重力操作系の術式は今の所拾えてないから僕の手元にもなければ、売りも買いもしていない。ましてや、直哉の報告通り五体もの完全な分身を作り出せるような代物なんて、もし持っていたら絶対に他人に手渡したりしないよ」

 

 全がニヤリと笑う。

 その笑みは、未知の玩具を見つけた少年のように無邪気でありながら、同時に、得体の知れない獲物を狙う狩人のそれであった。

 

「……つまり。つまりだよ?」

 

 全は身を乗り出し、大広間に集まった炳の面々を見回した。

 

「その呪詛師は、僕の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになる」

 

 大広間が、水を打ったように静まり返った。

 

 生得術式は肉体に刻まれるもの。一人の人間が持つ術式は、基本一つだけだ。

 他者の術式を強制的に奪い、自分のものとする全の『簒奪呪法』は、呪術界の常識を覆す規格外の異能だからこそ成立している。

 その全の力以外で、複数の術式を後天的に獲得した者がいるとすれば。

 

「……お前みたいなバケモンがもう一人いるかも知れないってことか」

 

 大広間の隅、柱に寄りかかっていた男――禪院甚爾が、鼻で笑いながらその言葉を引き取った。

 普段は会議など我関せずといった態度をとる甚爾のその一言によって、他の面々も改めて、事の重大さを正確に認識することとなった。

 

 まだ、全の『簒奪呪法』のように、他者の術式を自らに奪い、あるいは他者に与えるといった規格外の能力であるとは限らない。降霊術や呪具、特級呪物など、何らかの別の制約や触媒を介している可能性もある。

 しかしそれでも、自分たちの(あずか)り知らぬ所で、いかなる方法であれ「術式を複数並べる方法」が存在するという事実はあまりにも重かった。

 

「全を介さない、管理外の第二術式保有者……か」

 

 

 全の父、は噛み締めるようにつぶやいた。

 複数の「生得術式」を組み合わせ、シナジーを起こした時の爆発力。

 それは、全の才覚によってその恩恵を最も受けている禪院家の者たちなら、誰よりもよく知っているのだ。

 もし、呪術界の秩序に属さない呪詛師がそれをしだしたとしたら――それは、想像するだけでも恐ろしいことと言えた。

 

 

***

 

 

「まあ、その紙袋の呪詛師とやらはいずれ捕まえるとして……」

 

 全はそう言うと、頭上に光球を生み出して影を落とし、パッと軽く手を合わせて影絵を作って呪力を練り上げた。

 足元の影がドロリと広がり、そこから白と黒、二匹の立派な()()が静かに這い出してきて、全の足にすり寄る。

 

「問題は魔虚羅だよ、魔虚羅。五条の坊っちゃんに一人で破られて、あまつさえ呪詛師に使い捨ての呪具みたいに反則的な使われ方をしてさ。……()()()()()()()()調()()()()()()っていうのも、ちょっと外聞が悪いよねえ」

 

 光球を消した全が玉犬・白の頭を撫でながらサラリと言いのけたその言葉に。

 

は?

 

 大広間にいた甚爾を含め、炳の面々全員が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして顔を見合わせた。

 そして、数秒の空白ののち、口々にツッコミが飛ぶ。

 

「……お前、まだやってなかったのか」

 

 甚爾が、心底呆れたようにため息をついた。

 

「てっきり、全様のことですからとっくに調伏を済ませているものかと思っておりましたが」

 

 信朗も目を丸くしている。

 

「ホンマやで、当主サマなら余裕やろ? なんでさっさとやっとらんの」

 

 直哉に至っては、心底不思議そうに首を傾げている始末だった。

 彼らの反応に、全は肩をすくめてみせる。

 

「いやね。折角、()()()の『魔虚羅調伏完了』じゃない? こう、パッと適当に一人でやっちゃうのは勿体ないじゃないか。何かいい案はないかなあ、と考えてたところなんだよね」

 

「「…………」」

 

 その言葉に、炳の面々は再び呆気にとられた。

 八握剣(やつかのつるぎ)異戒神将(いかいしんしょう)魔虚羅(まこら)。十種影法術の奥義にして、最強の式神。相伝術式であるがゆえに、禪院家では古くからその性質が深く研究されてきた。

 『あらゆる事象への適応』という反則的な能力を持つそのバケモノを前にして、歴代の当主たちは誰一人として従えることができず、ただ命と引き換えの相打ちの札としてしか使えなかったのだ。

 

 いくら全がその適応のバケモノに対して最も優位に立てる術師であるとはいえ、その魔虚羅の調伏の成功を前提とするのはいいとして、そこに()()()()を求めて先送りにしていたというのだから呆れるほかない。

 これが驕りや昂ぶりなら咎めることもできるが、全の場合はどう見ても純粋に遊び心を優先させた結果であるため、余計にタチが悪かった。

 

「……で? 何か面白い案は浮かんだか?」

 

 呆れ果てた甚爾の問いかけに。

 全はニィッと嬉しそうに口角を吊り上げ、ぽん、と手を叩いた。

 

「そうだね。こういうのはどうかな――」

 

 

***

 

 

 東京都立呪術高等専門学校、初夏の日差しが降り注ぐ中庭。

 

 そこでは、悠然と立つ五条悟の前に、夏油傑家入硝子がそれぞれ手に物を持って構えていた。

 悟は目を隠すサングラスを外し、その美しい蒼眼を完全に開放している。

 

「いくよ、悟」

 

 傑が手に持っていた鋭く尖ったボールペンを悟の顔面めがけて勢いよく投げつける。直後、硝子が何の掛け声もなく、適当に千切った消しゴムの欠片をふわりと放り投げた。

 

 ——フッ!

 

 飛来したボールペンは、悟の顔の数センチ手前で、まるで目に見えない分厚い壁に激突したかのような音を立てて弾き落とされた。

 

 しかし――

 

 ペシィンッ。

 

「あで」

「ぶはっ」

 

 遅れて飛んできた消しゴムの欠片は、一切減速することなく、悟の広い額に見事クリーンヒットした。

 小さく呻いた悟を見て、硝子がたまらず吹き出す。

 

「……うん、いけるね」

 

 悟は額をさすりながらも、満足げに足元のボールペンと消しゴムを拾い上げた。

 

「どういうことだい? ペンは防いで、消しゴムは通した……意図的に『不可侵』のオンオフを切り替えているのか?」

 

「いや、違うんだなこれが。俺が意識してオンオフしてるんじゃなくて、術式が勝手に『危ないもの』と『危なくないもの』を分類してくれてるの」

 

 不思議そうに尋ねる傑に、悟は得意げに人差し指を立てて解説を始めた。

 

「質量、速度、形状なんかでね。まあ、まだ毒物なんかの複雑なモンは難しいし、傑の()()とかは、蒼あたりで能動的に対処する必要があるけど」

 

 悟は、少し離れた場所に座り込んでいる傑を一瞥し、ニシシと悪戯っぽく笑った。

 

「なるほど、すごいじゃん。でも……」

 

 硝子が、制服のポケットに両手を突っ込みながらジト目で悟を見る。

 

「リソースが足りたとしても、そんな高度な術式操作を四六時中出しっぱなしにしてたら脳が焼き切れるよ」

 

「そこなんだよなー、硝子」

 

 悟は得意げに額を指差した。

 

「今は呪力の自己補完の範疇で『()()()()』を回し続けて常にリフレッシュさせてるから、俺の脳はいつだってフレッシュってわけ」

 

「しょうもな」

 

 呆れて吐き捨てる硝子と、それでも得意げに笑い続ける悟。

 そんなじゃれ合う同級生二人を見ながら、少し離れた場所で座り込んでいた傑は、穏やかに目を細めて笑っていた。

 

(……平和だね)

 

 彼は先日の任務のその後を思い出す。

 天内理子は現在、黒井美里とともに高専の庇護下での生活に戻っている。

 『星漿体はもう不要である』という、天元からの唐突ともいえる通達。それにより、彼女がもう自分の存在を消して同化する必要は完全に無くなったのだ。

 長きに亘って散々、無数の少女たちを人身御供として受け入れてきて、今更になってそんな都合の良いことを、と思わなくもないが……。

 それでも、理子が無事に明日を生きられることは、素直に心から良かったと思えた。ヒーローを志す者として、一つの理不尽を打ち払えた事は誇らしかった。

 

 ただし、星漿体としての絶対的な役割がなくなったことで、これまで彼女の生活を支えていた呪術界からの手厚い経済的保障は受けられなくなるそうだが。

 そんな細々とした愚痴や不安が綴られた、二人とのメールのやり取りを思い浮かべていると。

 

「お前たち、ここに居たのか」

 

 中庭の入り口から、担任の夜蛾正道が険しい顔をして歩いてきた。

 悟が自慢話を中断し、硝子がジト目を戻し、傑がゆっくりと立ち上がる。

 

「少々、禪院家が出してきた()()について、お前たちに話がある」

 

「禪院家?」

 

 夜蛾のその言葉に、悟と傑は同時に首を傾げた。

 真っ先に脳裏を掠めたのは、数日前のあの苛烈な任務をともに生き抜いた――禪院直哉の、あの独特の皮肉げな笑みだった。

 高専とあまり折り合いの良くない禪院家が、このタイミングで全体告知を出してきた。それがただ事ではないということだけは、夜蛾の深刻そうな表情からも十分に読み取れた。

 

 

***

 

 

魔虚羅の公開調伏ゥ~~??

 

 悟が、あからさまに素っ頓狂な大きな声を上げた。夜蛾が持ってきた禪院家の()()

 それは、呪術界のほぼ全域――御三家はもちろん、高専や呪術総監部、さらには末端のフリーの術師にまで広く出された、「デモンストレーションも兼ねて、当家相伝の最強式神である『八握剣異戒神将魔虚羅』の公開調伏を行うから見に来ないか」という招待状に近い代物だった。

 

「……どういう風の吹き回しだい、それは」

 

 傑が顎に手をやりながら、不思議そうに眉を寄せる。

 

 しかし、少し考えればその意図は明らかだ。

 悟が先日、()()()()()()()()()()()()()。そして、例の呪詛師が『分身』と『降霊術』の組み合わせという反則技で、魔虚羅を実質的に使役してしまっていたという事実。

 最強の式神を擁する禪院家からすれば、本家本元が調伏できていないものを他人に好き勝手に利用され、あまつさえ他家の者に壊されたとなればその面子は丸潰れである。

 

 今回の大々的な公開調伏は傷つけられた禪院家の面子を回復し、その汚名を完全に払拭するために用意した見世物なのだろう。

 それにしても、他家にはひた隠しにするはずの「相伝術式の奥義」を、わざわざ観客を呼んで見世物にするなど、中々に狂った発想と言うほかない。

 しかし、色んな意味でこれまでの伝統をぶち壊して邁進しているあの革新的な新当主らしいやり方だ、とも言えた。

 

「いやいやいや、あの当主、いくらなんでも目立ちたがり屋過ぎるだろ」

 

 悟が呆れたように後頭部を掻き毟る。

 

「術式の受け渡しをするたびに、いちいち領域展開を使ってみせびらかしてるらしいしね。筋金入りだろうね」

 

 硝子も、どこか面白がるような口調で補足した。

 

「……まあ、そういうことだ。行きたい者は各自で申し込んでおけ」

 

 夜蛾が小さくため息をつきながら話をまとめた。

 

「あ、ついでにもう一つ。例の呪詛師が禪院家の顧客ではないかという件についてだが――先方から正式に、いかなる関与もしていないという()()の文面が届いた」

 

 夜蛾が見せた書簡には、こちらが想像していた通りの型通りの返答が記されていた。

 

「まあ、事実はどうあれ、そう言うしかないだろうね」

 

 傑が肩をすくめて言う。

 

「それはそれで、()()()を無関係な呪詛師に真似されてますって宣言してるようなもんだけどな」

 

 悟が鼻で笑いながら指摘した。

 お家芸――つまり、禪院全の専売特許とも言える「複数の術式を一人の人間に搭載する」という事象のことである。

 

「どのみち、墓場荒らされてるのは事実じゃん」

 

 硝子も、身も蓋もない容赦のないツッコミを入れる。

 

「違いねぇ」

 

 悟は愉快そうにケラケラと笑い声を上げた。

 

「いやー、でもこれマジで行きたいわ。あの胡散臭い当主サマが、俺がブン殴った魔虚羅相手にどんな大道芸見せてくれるのか、特等席で見物してやろうぜ」

「そうだね。禪院全の底知れない実力を、この目で直接確かめられる良い機会かもしれないし」

 

 傑も、悟の悪乗りに呆れつつも静かに同意した。

 

 己が才覚と引き換えに最強へと至った呪術師たち。

 そして、他者の才覚を喰らい尽くし、全てを我が物とする特異点たる禪院家当主。

 未だ交わることのない二つの規格外の視線は今、京都で開かれる前代未聞の『魔虚羅公開調伏』という狂った見世物へと等しく向けられていた。

 

 星漿体を巡り、千年の因果を破壊してしまった激動の夏。

 だが、大きく狂い始めた呪術界の歯車は止まることなく、新たなる嵐の予感を孕んだまま、さらなる加速を続けていくのであった。

 

 

 

 

おまけ

 

【呪術高等専門学校からの抗議状】

 

宛先:禪院家 第二十六代当主 禪院全 殿

差出人:東京都立呪術高等専門学校 責任教諭 一級呪術師 夜蛾正道

 

拝啓

 

青葉繁れる候、禪院当主殿におかれましては、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、此度筆を取らせていただきましたのは、先日当校が請け負いました『星漿体護衛任務』において発生した襲撃事件に関する、重大な懸念と抗議をお伝えするためでございます。

 

ご承知の通り、当任務において本校の二年生(五条悟、夏油傑)並びに貴家より派遣された禪院直哉殿が、正体不明の呪詛師による襲撃を受けました。

生徒たちからの報告によりますと、敵対した呪詛師は『分身』の術式に加え、戦闘の最中に『重力を操る術式』を併用したとのことです。

一個人が後天的に複数の生得術式を行使するという事象は、貴家が主導されております『術式提供』による恩恵を受けた顧客である可能性が極めて高いと推察せざるを得ません。

 

結果として、当校の生徒は命の危機に晒され、星漿体の安全も大いに脅かされる事態となりました。

貴家が推し進める事業が呪術界の戦力底上げに寄与する側面があることは承知しておりますが、同時に、十分な身元調査や思想的背景の審査を行わぬまま、大金や呪具と引き換えに強力な術式を呪詛師へと売り渡してしまった現状は、呪術界の治安維持において看過し難い事態であります。

 

これはひとえに、貴家における術式提供の顧客管理体制の甘さが招いた結果であると苦言を呈させていただきます。

つきましては、高専並びに生徒の安全を守る立場として、当該呪詛師(分身及び、重力術式を使用する者)の取引記録、並びに身元に関する全情報の開示を強く要求いたします。

また、今後の術式取引における審査基準の抜本的な見直しを講じられるよう、強く申し入れます。

 

末筆ではございますが、貴家の更なるご発展を祈念しております。

 

敬具

 

 

 

【五条家からの書簡】

 

宛先:禪院家 御当主 禪院全 様

差出人:五条家 宗家一同

 

謹啓

 

初夏の風が心地よい季節となりましたが、禪院家の若き御当主様におかれましては、連日の「商い」にさぞかしお忙しく立ち働いておられることと拝察いたします。

此度は他でもございません。先日、当家の次期当主である悟が任務より帰還いたしました折、誠に奇妙かつ、腹立たしくも滑稽な土産話を耳にいたしましたゆえ、一筆したためさせていただきました。

 

聞けば、任務の最中、何者かの降霊術によって貴家の先代様――第二十五代当主殿が泥に塗れた姿でこの現世に舞い戻られ、あろうことか『八握剣異戒神将魔虚羅』を顕現させ、当家の悟に御前試合の続きを望まれたとのこと。

結果として悟は重傷を負いはしたものの、無事に魔虚羅を退け、更なる高みへと至る良き研鑽の機会となりましたこと、まずは先代様の身を呈したご指導に対し、深く御礼申し上げます。

 

……しかしながら、禪院御当主様。

いかに新しき事業の経営で寝る間も惜しんでおられるとはいえ、ご自身の血を分けたご先祖様、それも偉大なる先代様が眠る墓所の草引きや戸締まりにまで、すっかり目が届かなくなっておられたご様子。

まさか千年の歴史を誇る御三家筆頭たる禪院家の本墓が、どこの馬の骨とも知れぬ泥棒猫に荒らされ、あまつさえ先代様の御遺骨を攫われるなどという無様な事態が起こり得ようとは、私共には到底想像もつかぬことでございました。

 

貴家におかれましては、生者の術式や命を売り買いする「ご立派な新事業」で蔵が潤っておられるのでしょうから、せめてその莫大な利益のほんの僅かでも、ご先祖様を護る墓守の増員に回されてはいかがでしょうか。

さもなくば、明日にもまた別の御先祖様が掘り起こされ、呪詛師の操り人形として市井を徘徊するような恥晒しな事態を招きかねません。

 

当家といたしましては、悟が重傷を負わされたことへの抗議はもちろんのこと、御三家の歴史に泥を塗るような貴家の「お粗末な墓所管理」に対し、深い同情と呆れを禁じ得えません。

今後はどうか、生者の懐を探るばかりでなく、死者の尊厳を守るためにも門扉の鍵をしかとお閉めになられますよう、心よりお勧め申し上げます。

 

末筆ながら、新当主様の益々のご健勝と、禪院家墓所の「セキュリティ強化」を、五条家一同、お祈り申し上げます。

 

謹白

 

 

【五条悟個人からの手紙】

 

宛先:禪院家

差出人:五条悟

 

よっす。

最近、他人のゴミ漁りで忙しい当主はお元気?

うちの年寄り共がそっちにネチネチしたクレーム送ってるだろうけど、俺からもちょっと言っときたいことがあってさ。

 

いやー、マジでウケたわ。

あの呪詛師、お前のとこの先代の骨をパクって降霊させてきたんだけどさ、「魔虚羅」だっけ?

お前んちの歴代当主が誰一人調伏できなかったっていう、あの最強の式神。

 

ぶっちゃけ、ちょっとは期待してたんだよね。

なんせ400年前にうちのご先祖様と相打ちになったっていう伝説のバケモンだし?

ひょっとして俺でも死ぬかもなー、なんてワクワクしてたんだけど……。

俺、一人で倒せちゃったわ。

 

適応能力がダルいのは確かに認める。

でもさぁ、結局のところ適応が追いつかないくらいデカい出力でぶっ飛ばせば終わる話だったし。

 

まあ結果的に、反転術式のコツ掴むのに最高の参考書になったからマジで感謝してるわ。

おたくの先代も、わざわざ泥まみれになって俺のレベル上げに付き合ってくれて、ほんとご苦労なこった。

 

ってことでさ。

これで400年前の「五条家と禪院家は互角」みたいな古い格付けは、完全に終わったってことでいいよな?

お前んちの最強の切り札、俺が単独でブッ壊したんだからさ。

 

お前がこれから何百、何千の術式かき集めて一族全員を魔改造しようが知ったこっちゃないけど。

俺の『無限』には絶対届かないだろうけど、せいぜい頑張ってゴミ拾い続けてね。

 

じゃ、またどこかで。




悟「魔虚羅の公開調教ゥ~~??
傑「調伏ね、ちょ う ぶ く!」
魔虚羅「……///」ガコンッ!

■抗議状
結果はどうあれ禪院家の顧客に呪詛師が混じっててそれが天元様の同化を邪魔しに来たのだから本来なら総監部からも監査を言い渡すのが筋。
送ってきた夜蛾が生徒想いかつ真面目。五条家と五条悟はまあ。

■傑の()()
青嵐操術のとっておきの一つ。
無限抜けるかな、と試してみたら悟をうっかり殺しかけて色々と怒られた。
多分呪霊には意味がないので対術師専用技。

■魔虚羅の公開調伏
先祖の墓を呪詛師に荒らされる失態、五条悟に魔虚羅を倒される屈辱。
潰れた面子を取り戻すため、というテイで見せびらかしたい全が考えた催し。
実際、圧倒的な力を見せ付け、魔虚羅を調伏するところを見せれば喧嘩売る気を完全にへし折るくらいはできると目されている。
手の内を晒しても対策などしきれまいという驕りと余裕の表れでもある。


というわけで、懐玉編のエピローグと次回予告を兼ねた回でした。
自動選択のシーンは本来一年後の描写なんですが、黒閃までかましたので原作より圧倒的に早くそこまで至りました。

次回は「魔虚羅公開調伏編」、二話くらいになるかな?
多分またちょっと間が空いて全話できてからの投稿になります。
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