禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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……そこなら、皆からもよく見えるだろう


この演目の、()()がね



16.簒奪者の君臨-呪ノ坩堝

 調伏の儀式は、全の静かな呟きから幕を開けた。

 

「『瞬発』『身体自在』『メトロノーム』」

 

 自身のストックから汲み上げた三つの術式の名を、まるで呪詞のように淀みなく読み上げる。

 それは複数の術式を同時に起動し、己の生得領域の中で結びつける全のオリジナル技術。

 六眼を持つ悟の視界では、それら三つの異なる術式システムが順番に、かつ的確なタイミングで組み合わさり連鎖するように美しくきらめくのがハッキリと視えた。

 

「——嵌合術(かんごうじゅつ)黒点調律(こくてんちょうりつ)

 

 その言葉が落ちた瞬間、魔虚羅が巨大な退魔の剣を振り下ろす。

 しかし全はその無慈悲な一振りを、まるで最初から軌道を知っていたかのような滑らかな動きで掻い潜っていた。瞬動によって一瞬にして神将の懐へと滑り込み、強烈な踏み込みから右拳を放つ。

 それが、魔虚羅の白く巨大な胴体へと深々と突き刺さった。

 

 バチィィィィィィッ!!!!

 

 空間が激しく歪み、呪力の爆発が黒い火花となって結界内を激しくバチバチと跳ね回った。

 ——黒閃。打撃との誤差〇・〇〇〇〇〇一秒以内の呪力衝突が生み出す、呪術の極致たる打撃。

 それが、最強の式神の強靭な肉体を容赦なく抉り飛ばしたのだ。

 

「うっわマジかよアイツ……。黒閃を()()()()()()()()()

「えっ、マジで? やっば」

 

 悟がサングラスをずらし、信じられない化け物を見るようにドン引きの声を上げた。黒閃を狙って出せる術師は存在しない。それは呪術界における絶対の真理であるはずだった。六眼を持つ悟とて、それは同じ事だ。

 だが、全は複数の術式を完璧に調律した上で足りない部分をセンスで補い、その「偶然」を「()()」へと引きずり降ろしてみせたのである。

 

 その異常な光景に、初めて全の戦いを目の当たりにした呪術界の面々の多くから、魔虚羅の顕現時以上の凄まじい動揺の声が上がった。

 

「ば、馬鹿な……! 黒閃を自在に操るだと……!?」

「あんな術師、歴史のどこを探してもいないぞ……!」

 

 だが、広場が阿鼻叫喚の嵐に包まれる中、その光景を見ても全く揺れていない者たちもいた。

 それはかつて全暗殺のためにけしかけた特級呪霊「姦姦蛇螺」に対して放たれたそれの脅威を目の当たりにした総監部の老人たちと、普段から当主の規格外の暴威を日常的に見慣れているをはじめとする禪院家の家人たちくらいのものである。

 彼らだけは、パニックに陥る他家の術師たちをどこか優越感を帯びた冷ややかな目で見下ろしながら、自らの絶対的君主が神殺しの怪物を黒い閃光で蹂躙し始めた様を、ただ当然のように狂信の眼差しで見つめていた。

 

 二発、三発、四発、五発――。

 息を吐くように、当たり前のように連続して放たれる黒閃の暴風雨が、最強の式神たる魔虚羅のガードごと白く巨大な肉体を容赦なく削り飛ばしていく。

 理不尽極まりない重戦車のような猛攻。だが、この恐るべき怪物は決してただの的では終わらない。

 

 ――ガコンッ!!

 

 不気味な金属音と共に、魔虚羅の頭上に浮かぶ法陣が一つ、カチリと回った。

 それは、全の放つ打撃(黒閃)の本質への適応が成された合図。魔虚羅の皮膚の呪力耐性が即座に書き換わり、続く全の拳の威力が急激に減衰を始める。

 

 だが、その適応すらも全にとっては手の中の遊びに過ぎない。

 

「『瞬発』『身体自在』『メトロノーム』……プラス、『発破』」

 

 新たな術式を一つ、その暴虐の連鎖システムへと組み込む。

 六眼で観測する悟の視界の中で、全の呪力の波長がこれまでとは異なる指向性を持って跳ね上がった。

 

嵌合術——黒点調律・(はつ)

 

 直後、魔虚羅の退魔の剣の薙ぎ払いをダッキングで回避した全のアッパーカットが、魔虚羅の顎をカチ上げた。

 ひときわ巨大な、六発目の黒閃。

 触れた場所で呪力の爆発を引き起こす『発破』の術式により、黒閃は火花どころか花火のごとく大きく弾けた。

 先の打撃群より頭一つ抜けた威力を持ったその一撃は、適応が進んだはずの防御を紙屑のようにあっさりと貫通し、最強の式神の頭蓋を物理的に粉砕してその中身を空高くぶちまけた。

 

 ――ガコンッ!!

 

 法陣が再び激しく回る。

 頭を完全に砕かれたにも関わらず、魔虚羅の巨体は決して倒れない。切断面から異常な速度で肉と骨が膨れ上がり、即座に失われた頭蓋が元の悍ましい姿へと再生・再構築されていく。

 

 あらゆる事象への適応と、圧倒的な再生能力。

 これぞ、歴代の天才たちを絶望させた魔虚羅の真骨頂であった。

 だが、その不死身ぶりを見せつけられてなお、全はプラプラと右手を振りながら余裕の表情で笑っていた。

 

「……ウォーミングアップはこの辺でいいかな? 魔虚羅」

 

 全の朗らかな挑発に呼応するかのように、魔虚羅の完全に再生した巨体が爆発的な速度で大地を蹴り砕いた。

 

 ――ズドォンッ!!

 

 先ほどまで全が立っていた地面が、理不尽なまでの威力をはらんだ一閃によってクレーター状に粉砕される。だが、魔虚羅の剣が振り抜かれるより一瞬早く、全は凄まじい脚力で天高くへと跳躍し、その無慈悲な斬撃を紙一重で躱していた。

 

 しかし最強の怪物は決して獲物を逃さない。

 空へと身を投げ出して逃げ場を自ら捨てた全を追跡し、魔虚羅の白く巨大な体躯がミサイルのように下方から一直線に迫り上がってくる。空中で身動きの取れない全を両断せんと、退魔の剣が再び大きく振り被られた。

 

 だが、空中に孤立するという圧倒的劣勢の状況にあってなお、全の表情には焦りどころか、底意地が悪いほどの冷酷な笑みが張り付いていた。

 迫りくる魔虚羅へ向けて、空中で人差し指をスッと突き出す。

 

「――寿命七百年。啜命呪法(せつめいじゅほう)・極ノ番

 

 その言葉が広場に響き渡った瞬間。

 特等席で固まっていた総監部の老人たちが鼓膜を裂くほどの悲痛な声を上げた。

 

「もっ、勿体ない!!!!」

「ああああっ!? なんたる無駄遣いを……!!」

 

 彼らにとって、呪詛師から搾取された寿命は喉から手が出るほど欲しい不老長寿の霊薬であり、七百年ともなれば金に換算すれば国家予算にすら迫るほどの絶対的な価値を持つ至宝である。

 それをただの『兵器』として一瞬で使い潰すという全の所業は、彼らには耐え難いほどの経済的・精神的損失であった。

 

「――怨命の赫星(えんめいのかくせい)

 

 老人たちの血を吐くような悲鳴を意に介さず、全は底知れぬ呪力の束を解放した。

 数多の呪詛師たちから貪り吸い上げてきた濃密で悍ましく、泥のように重い生命力。それが常軌を逸した密度にまで圧縮された呪力の奔流となって、特大のレーザーの如く、全の掌から下方の魔虚羅へ向けて極太の閃光として解き放たれる。

 それは五条悟の放つ虚式・すら彷彿とさせる、圧倒的な呪力質量の暴力であった。

 

 ズドォォォォォンッ!!!!

 

 空を焦がす赫い閃光が、迎撃しようとした魔虚羅の巨体ごと、演習場のすり鉢の底をさらに数十メートルにわたって跡形もなく消し飛ばした。

 結界内を激しい爆風と土煙が吹き荒れ、観衆たちは分厚い結界の外からでも伝わってくる威力の余波に悲鳴を上げて身を屈める。

 

ギ、ギィィィィ……!!

 

 ――ガッコンッッ!!

 

 だが、もうもうと渦巻く土煙の中心から、あの不吉な金属音が響き渡った。

 煙が晴れたすり鉢の底には、右半身から下半身にかけて――肉体の実に八割近くを跡形もなく消し飛ばされた魔虚羅の姿があった。

 普通の呪霊や式神であれば完全に消滅して余りあるはずの致命傷。しかし、この恐るべき怪物はその残骸のような状態から強引に頭上の法陣を回し、異常な速度で失われた肉体をグチャグチャと湿った音を立てながら完全再生させたのだ。

 

 次の瞬間、他者のそのものを直接的な呪力に変換して打ち出すという理外の攻撃――その本質に適応を完了した魔虚羅は、尚も空中に散り残る赫い呪力の残滓を退魔の剣で軽々と切り払いながら、ふわりと着地した全へと猛然と肉薄する。

 

 しかし髪を掠めその顔面のすぐ横まで切っ先が迫っても、全は微塵も動じずにニィッと犬歯を剥いて笑って迎え撃った。

 

「千年分だとそこで終わっちゃうと思ったからね。適応、ご苦労さま」

 

 全にとって、今の極大呪力砲すらも魔虚羅の適応能力の底を測るための実験に過ぎない。振りかぶられた魔虚羅の剣が全の首を刎ね飛ばす寸前、彼の掌から間髪入れず新たな術式が展開される。

 

赫炎呪法(かくえんじゅほう)――迦楼羅ノ焔(かるらのほむら)

 

 ボウッ!!

 

 全の全身から、太陽の表面温度すら凌駕するほどのすさまじい爆炎が吹き荒れた。

 それはかつて、大火災によって焼け落ちた歴史ある寺院から湧き出た強力な一級呪霊――神仏気取りの呪霊から全が直接簒奪した浄化の業火の呪法であった。

 

 あらゆるものを灰燼に帰す神仏の炎が、魔虚羅の白く巨大な体を容赦なく包み込み、その表皮を激しく灼き焦がしていく。

 

 ――ガコンッ!!

 

 だが、あの不吉な法陣の音が紅蓮の炎の中から響き渡った。

 燃え盛る紅蓮の業火を紙切れのように押し退け、一片の火傷すら負っていない純白の巨体が炎の壁を突き破る。そして魔虚羅の巨大な拳が全へと向けて打ち出された。

 赫炎による灼熱のダメージへの『適応』を瞬時に完了してみせたのだ。

 

「『土塊操術(つちくれそうじゅつ)』プラス――」

 

 全はその超質量の拳を前にしても一歩も退かず、呼吸すらも乱さないまま流れるような動作で印を結ぶ。

 ズガンッ!! という地響きと共に、全と魔虚羅の間の地面が爆発的に隆起し、分厚い土の壁が一瞬にして割り込んだ。

 

「――『硬化』」

 

 ただの脆い土壁ではない。全が生得領域から引き出した二つ目の術式を纏わせた瞬間、その土壁は呪力によって極限まで圧縮・変質し、現代のあらゆる装甲鋼板よりも遙かに堅牢な絶対の盾へと変貌を遂げる。

 幼少期、全がいらないと言ったこの術式も、今の彼が使えばこの通りである。

 直後、魔虚羅の豪腕がその鋼鉄の土壁に激突した。爆発的な衝撃が走り、空気がビリビリと痺れるように震えるが――土壁はその一撃を完全に受け止めてみせた。

 

 ――ガコンッ!!

 

 しかし、絶対の防御も最強の式神の前には数秒の時間稼ぎにしかならない。

 即座に強靭な硬度による防御の本質を学習した魔虚羅の右腕が再び振るわれると、鋼以上の強度を誇っていたはずの土壁がまるで飴細工のようにあっさりと粉砕された。

 無数の土塊が飛び散る中、魔虚羅はそのまま全の肉体を肉片に変えるべく踏み込む――が。

 

 砕け散った土塊の向こう側に、すでに全の姿はなかった。

 

「背後だよ」

 

 魔虚羅の死角――その背後に伸びる自分自身の巨大なの中から、影を媒介とする移動術式『影渡(かげわたり)』によって音もなく浮上した全が、静かに宣告した。

 

天飆操術(てんぴょうそうじゅつ)――吹断(すいだん)

 

 次の瞬間、全の指先から不可視の暴風が巻き起こった。

 鞍馬山に現れた天狗気取りの呪霊から簒奪した術式だ。

 全の操るそれはただの強風ではない。風に翻弄されるすべてを引きちぎるような、極限まで圧縮された極薄の真空の刃。

 

 ズバァァァァァァァァァァァンッ!!!!

 

 不可視の刃が魔虚羅の巨体を無慈悲に襲い、分厚い筋肉と骨を易々と両断し、その胴体を完全に真っ二つにして空高く吹き飛ばした。

 

 ――ガコンッ!!

 

 だが、切断された上半身と下半身が空中で異常な引力に引かれるようにグチャリと吸い寄せられ、断面から肉と神経が溢れ出して絡み合い、即座に修復されていく。

 空中で体勢を立て直し、風刃への適応を完了させた魔虚羅が、天をも裂くような怒りの咆哮を上げながら全へと振り返り、襲いかかろうとした――その時。

 

霜天呪法(そうてんじゅほう)――氷瀑(ひょうばく)

 

 全の掌は、魔虚羅が振り返るよりも早く、既に新たな印を完成させていた。

 大気を凍てつかせる絶対零度の冷気が爆発的に膨れ上がり、猛烈な吹雪となって魔虚羅の巨体を頭から丸ごと飲み込んだ。

 今度は多くの人々を飲み込んだ雪崩の現場に現れた呪霊の術式。

 先ほどまで赫炎と爆風が吹き荒れていた初夏の演習場が一瞬にして極寒の氷河期へと変貌し、空中にいた最強の式神は屹立する巨大な氷塊の中に完全に閉じ込められ、ズシンッ! と凄まじい重量感とともに大地へ墜落した。

 

「す、すごい……」

「炎、土、風に氷だぞ……! まったく種類の違う術式を、あんな息をするように切り替えて……!」

 

 結界の外でその光景を目撃していた数千の観衆たちの中から、畏怖と感嘆の混じったため息があちこちで漏れ出た。

 生得術式は原則として一人一つ。それが呪術界の常識である。

 しかし目の前の男は、特級呪霊すら凌駕する神殺しの怪物の猛攻を、まるで魔法使いのように変幻自在の術式を絶え間なく乱れ打つことで完全に手玉に取っているのだ。

 もはや死合いというより、彼が蒐集してきた術式のショーケースを披露する極上の一人舞台であった。

 

 ピキ、パキピキピキィッ……!

 

 だが、その氷塊の巨大な彫刻にヒビが入り、内側から悍ましい呪力が膨れ上がる。

 絶対零度の封印すらも、この最強の式神を縛り続けることはできない。

 

 ――ガコンッ!

 

 ――ガコンッッ!!!

 

 氷を内側から粉砕して魔虚羅が咆哮を上げるのと同時に。

 方陣の音が立て続けに()()、演習場に響き渡った。

 

「……おや?」

 

 その規則法則から外れた不可解な音に全は少しだけ目を見開き、軽やかに後方へと跳躍し魔虚羅との距離を取る。

 頭上に浮かぶ法陣を回転させ、殺意を滾らせるように全を睥睨する魔虚羅。

 その口元は吊り上がり、まるで愉しそうに嗤っているようにも見えた。

 

(二度の適応――?)

 

 全の中で今の状況に対する高速の推論が展開される。

 一度目は当然、先ほど放った凍結に対する適応だろう。しかし、続けざまに回ったもう一つの適応は何か。

 自分の放った術式群、魔虚羅の性質、そして先ほどの連撃との因果関係。

 

(ふむ……氷撃への適応、だけじゃないね。何に適応したのかな)

 

 それは現在まで禪院家に残されている十種影法術の歴史文献の中にも記されていない、完全に未知の事象であった。

 

「……なるほど」

 

 全の口元から、心底楽しそうな、そして底冷えするような暗い笑みがこぼれる。

 

「そろそろ、遊びも終わりにした方がよさそうだね」

 

 無機質な適応と殺戮の権化を前にしてなお、全は決して余裕を崩さない。

 むしろ、その端正な顔立ちを獰猛な肉食獣のように歪め、歯を剥き出しにした狂気的な笑みを深めながら、怒涛の勢いで繰り出される魔虚羅の拳や蹴りを、紙一重の体捌きと呪力による極小の受け流しで的確に捌き続けていた。

 

 ――ガコンッ!

 

 さらに法陣が回り、魔虚羅の放つ打撃の軌道と威力が、全の防御行動に最適化される形でより鋭く、より重く変質する。

 全はその大質量の拳をあえて躱さず、両腕を交差して正面から強引に受け止めた。

 ズドォォンッ! という衝撃音と共に、全はそのすさまじい勢いを利用するようにして後方へと自ら大きく跳ね下がってみせた。

 

 そして全が魔虚羅から十分に距離を稼いだ、次の瞬間であった。

 

 魔虚羅が追撃に移ろうと地を蹴るより一歩早く、その巨大な白い体躯を四方から取り囲むように、四つの()()()()が唐突に地の底から出現した。

 

ぽぽっ!

 

 無邪気で元気な声を上げて現れたそれらは、麦わら帽子に真っ白なワンピースを着た、可愛らしい幼女の姿をした呪霊たちだった。

 かつて全が調伏し、呪霊操術により手駒として使役している特級呪霊『八尺様』。その分体として生み出された通称『二尺様』である。

 その小さく愛らしい見た目とは裏腹に、彼女たちの口元には特有の呪紋――狗巻家相伝の『蛇の目と牙』の呪印が赤々と不気味に光っていた。

 

「「「「ぽ ぽ ぽ ぽ(う ご く な)」」」」

 

 四体の二尺様の口から、不気味にハモった呪言が四方八方からステレオで叩きつけられる。

 特級クラスの呪力量でブーストされた絶対の強制力が、魔虚羅の強靭な肉体を物理的な重圧となって押さえつけた。

 

 ——ギ、ギィ……ッ

 

 ピタリ、と魔虚羅の動きが完全に停止した。

 しかし、神殺しの怪物はなおも諦めない。ギ、ギ、ギギ……ッと不気味な金属の軋むような音を立てながら、阻害された行動の制約そのものに適応しようと、頭上の法陣がゆっくりと回り始める。

 だが、全が魔虚羅に与えたのはそこまでの時間――ただ動きを止めるという、その一瞬の()だけだ。

 

「『呪糸操術・奇忌糸(ききいと)』『影縫(かげぬい)』『金縛り』『重極鎖縛(じゅうきょくさばく)』――」

 

 空中に跳ね下がった全が、両手をパチンと軽く打ち合わせた。

 

「――嵌合術・万事搦メ(ばんじがらめ)

 

 全の呪力を受けて魔虚羅の頭上の虚空から伸びる無数の呪いの糸が絡め取り吊り上げようとし、足元の影から無数の黒い杭が飛び出し、逆に巨体の影を大地に重く縫い付ける。

 上下に引き伸ばされる魔虚羅を不可視の金縛りの呪いが何重にも肉体を締め上げ、ダメ押しとばかりに地を割り裂いて這い出た太く黒い神の鎖が、四肢と胴体をがんじがらめに縛り上げた。

 

 異なる四つもの拘束術式の融合。

 完全に身動きを取れなくなった魔虚羅だが、それでもなお、己を縛る理不尽な術式システムそのものを打ち破ろうと、頭上の法陣がギギギギギ……ッ!!と悲鳴に似た軋みを上げながら懸命に回らんと駆動している。

 

 だが、適応が間に合うよりも早く。

 魔虚羅の足元の地面が爆発し、大質量の大岩が巨大な土の拳の形となって真下から突き上げられた。

 凄まじいアッパーカットをまともに食らい、何重もの枷でがんじがらめになった魔虚羅の巨体は、空高く、演習場の遥か上空へとカチ上げられ、完全な無防備の状態で空中に固定された。

 

「……そこなら、皆からもよく見えるだろう」

 

 全は、空中に張り付けにされた哀れな怪物を見上げながら、極上の狂宴の終わりを告げるように、深く、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「この演目の、()()がね」

 

 その言葉を合図に、全の全身から立ち上る呪力が、これまでの戦闘とは比にならない――次元の違うドス黒い渦となって、彼の頭上へと収束していく。

 

簒奪呪法・極ノ番――」

 

 ズゴォォォォォォォンッ!!!!

 全の頭上に、巨大な坩堝(るつぼ)の形をした呪力のブラックホールが顕現した。

 同時に、全の生得領域の奥底に保管されていた、彼がこれまで狩り集め、奪い尽くして使わなくなった無数の()()に等しい低級術式。

 それらの能力情報が込められた色とりどりの宝石(たま)が無数に排出され、天の坩堝の中へと滝のようにドクドクと注ぎ込まれていく。

 

「――廃珠ノ坩堝(はいじゅのるつぼ)

 

 性質も系統も、属性もバラバラな無数の術式という名の魂の欠片たち。それらがひとつの坩堝の中でどろりと融け合い、強制的に混ざり合う。

 それはまさに神が定めた呪術の理を冒涜する()()そのもの。

 

 次の瞬間、その坩堝の底から、複雑に混ざり合った正体不明の、理解不能な「未知の呪力」が、超高密度の巨大な奔流となって迸った。

 ただ一撃で万物を消し去るだけの、純粋な破壊の極致。

 

 光すらも歪めるその極太の混沌のレーザーが、空中に縫い付けられた魔虚羅の巨体を、逃げ場のない空の果てから丸ごと飲み込んだ。

 

「――――――!!!!」

 

 声なき断末魔すらも、轟音に掻き消された。

 どのような事象にも適応し、再生する恐るべき怪物。

 しかし、何百という術式法則が混じり合った意味不明の概念を持った破壊奔流の前には、何をどう適応処理していいのかすらも判定できず、最強の防壁である法陣は完全に機能不全を起こす。

 

 魔虚羅は、適応することすら許されなかった。

 極大の光の奔流が収束した後の上空には、肉片一つ、灰の一欠片すら残っていなかった。完全なる跡形もない消滅。

 

 天が抜け落ちたかのような絶大な破壊の余韻だけが残る、完全に静まり返ったすり鉢状の広場。

 その光の軌跡の下で、全は一人、演目を終えた役者のように静かな残心の体勢で立っていた。

 

 ――カランッ。

 

 ふいに、消滅寸前の頭上の坩堝(るつぼ)から、澄んだ宝石の音が鳴り響き、小さな(たま)が一つだけ転げ落ちてきた。

 

「おや」

 

 全は小さく声を上げ、吸い込まれるように落ちてきたそれを片手でふわりと受け止める。

 その透明な宝石は、全の手のひらに触れた瞬間、体温で溶けるようにして彼の肉体――自らの生得領域の中へとスゥッと吸い込まれ、消えていった。

 

「ふふっ……今回は系統もクソもないただのごちゃ混ぜだったから、まさか『術式混淆(じゅつしきこんこう)』が起こるとは思わなかったけど。……嬉しい副産物だね」

 

 無数の低級術式を破壊の奔流として使い潰す極ノ番。

 その副産物として、ごく稀に消費した複数の術式がバグのように変異・融合し、全く新しい未知の術式として再構築される現象――『術式混淆』。

 思いがけず手に入った新たな手札の感触を舌なめずりするように味わいながら、全はゆっくりと観客席の方へと振り返った。

 

 そこには、呼吸すら忘れたかのように完全に硬直し、圧倒的な暴力と神がかり的な手妻の連続にただただ魂を抜かれた何千人もの呪術師たちの姿があった。

 

「……さて、皆様」

 

 静粛に包まれたコロッセオに、全の涼やかな声だけが反響する。

 

「これにて、魔虚羅の調伏の儀式は無事、成功となりました」

 

 全は一拍の間を置き、それから、とびきりの笑みを浮かべた。

 

「……いやあ、本当に素晴らしい見世物だったでしょう?」

 

 まるで手品を披露したマジシャンのように、観衆へ向かって優雅に一礼する全。

 そして彼は、再び右の拳を左腕へと押し当てた。

 

「――布瑠部由良由良(ふるべ ゆらゆら)

 

 全の足元から、再びあの膨大な影が広がる。

 先ほどの極ノ番によって塵一つ残さず完全に消し飛んだ最強の式神。それが、全の影の中からズズズッ……という重低音と共に全くの無傷の状態でせり上がり、再びその威容を現した。

 だが、その眼には先ほどまでの狂暴な殺意はなく、ただ絶対的な主人への恭順だけが宿っていた。

 

 ズォン……ッ!

 特級呪霊すらも赤子扱いする絶対不可侵の化け物が、地に膝をつき、全の背後で静かに、そして深々と(かしず)く。

 

 そのあまりにも力強く、そして絶望的すぎる主従の姿を――日本呪術界のほとんどと言える数千の術師たちが、その目に畏敬の念と共に焼き付けていた。

 

 かくしてここに――禪院家の長い歴史上、いまだかつて誰も成し得なかった八握剣異戒神将魔虚羅の調伏は成った。

 それは、禪院全という特異点が、名実ともに呪術界の絶対的頂点に君臨したことを証明するような、歴史的な戴冠式であった。

 

 

***

 

 

 御三家が、総監部が。そして日本中から集められた数千という呪術界のあらゆる術師たちが。この日、圧倒的とも言える神将殺しの戦闘の一部始終を、その目に焼き付けていた。

 

 魔虚羅が全の背後に控えてもなお、演習場を囲む観客席は歓声はおろか、ざわめきすら起きない異様な静寂に支配し尽くされていた。

 誰もが、ただただ言葉を失っていたのだ。

 

 五条家の者たちは、自らの数百年来の悲願であり絶対的な誇りである『六眼と無下限呪術の抱き合わせ』――悟と同じそれとすら相討ちとなったはずの怪物。

 それが一人の男によって単独で、しかも領域展開すら縛ったハンデの状態でねじ伏せられたという現実に、自分たちのアイデンティティを根底からへし折られたような絶望的な顔をして立ち尽くしている。

 加茂家の者たちは自家の相伝術式であり、『造血』によって大幅に強化された『赤血操術』すら、あの男が無限に束ねた術式の群れの前にあっては取るに足らない一芸にすぎない事実を改めて突きつけられ、歯の根が合わずガチガチと震えていた。

 

 そして何より、特等席に設けられた桟敷で固まっていた総監部の上層部、保守派の老人たちの顔色は、まさに死人のように土気色に染まりきっていた。

 彼らは全が築き上げた『寿命の売買』というインフラの最大の恩恵者でありつつも、内心では彼を何だかんだコントロール可能な便()()()()()()()と認識することで必死に取り繕ってきた者たちだ。

 しかし、目の前で繰り広げられたのは、ルールも系統も縛りも無視した完全な混沌による魔虚羅の消滅。

 全が指一つ振るえば、自分たちの権力も、寿命も、そして一族の歴史すらも、あの『廃珠ノ坩堝』の中で跡形もなく融かされて消え去るのだという絶対的な力の差を、物理的な恐怖として喉元に突きつけられたのである。

 

 この日を境に、呪術界の旧態依然としたパワーバランスは完全に崩壊した。否、既に崩壊していたことを目に見える形で突きつけられたのだ。

「禪院家が御三家筆頭として君臨する」などという生易しい次元の話ではない。禪院全というたった一人の男が、現代呪術界における『新たなる()()()()』として認められた瞬間であった。

 

 

***

 

 

 そして、その狂熱と畏怖の坩堝と化した会場の片隅で。

 高専の制服に身を包んだ三人の若き特級クラスの学生たちもまた、眼下で畏まる魔虚羅と全の姿をそれぞれの思いで見下ろしていた。

 

「あはは……。いやもう、やばすぎて本気で引くわ、あれ」

 

 生神様を拝むようなポーズのまま、家入硝子が引き攣った笑いを漏らした。

 常日頃から死体や重傷者を見慣れ、呪術師特有のイカれたメンタルを持つ彼女をして、本能的な防衛機制からの「ドン引き」という形でしか処理できないほどの規格外の化け物ぶり。

 自分たちとは住む世界が違う、関わってはいけない次元の生命体だと彼女の本能がガンガンと警鐘を鳴らしていた。

 

 一方の夏油傑は、硝子の隣で彫像のように固まったまま完全に言葉を失っていた。

 

(……あれが、あの日、私を助けてくれた人)

 

 かつて幼く怯えていた自分を颯爽と助け出し、『呪術師としての正義』の原体験を与えてくれた幼き日の恩人。

 その男は今、圧倒的な力と残虐性、そして底知れぬ呪いの深淵を以て、呪詛師を資源として擦り潰しながら、呪術界の新たなる呪いの王とも言える絶対的恐怖の存在へと変貌していた。

 あの日優し気に感じたお兄さんの笑顔と、先ほど魔虚羅を無慈悲に蹂躙した時に浮かべていた血にまみれた獣のような笑みが傑の脳内で激しく明滅し、バグを起こす。

 憧憬、畏怖、嫌悪、そして理解不能な喪失感。ぐるぐると相反する感情の渦に呑み込まれた傑は、微かに震える拳を握りしめたまま一言も発することができなかった。

 

 そして。彼ら二人とは全く対極の、異常なまでの()を持った視線で演習場の底を射抜いている男が約一名。

 

「……ハッ。最高じゃん」

 

 五条悟である。

 その顔に張り付いたサングラスは大きくズレており、そこから覗く蒼い六眼は、極上の獲物を見つけた飢えた猛獣のように——いや、最高に面白い最高傑作の玩具を見つけた子供のように爛々と眩いばかりの光を放って輝いていた。

 

 幼少期に参加させられた御三家交流会。初めて禪院全という男を見た時、悟はたしかにこう思って興味を失った。

 『小粒のゴミみたいな術式を山ほど集めているだけだ』と。

 あの時の全は、六眼を持つ最強の悟から見れば決して自分に届き得る領域にはいない、取るに足らない見下ろす対象であったはずなのだ。

 

 だが、今はどうだ。

 思い出すのは、鮮烈に焼き付いた星漿体護衛任務。

 疲労困憊のまま迎え撃った魔虚羅。退魔の剣を胸に突き立てられた死の真際で()()()()()を掴み覚醒を果たし、命を削る思いでようやく撃破するに至ったあの最強の怪物、魔虚羅。

 眼の前で世界を狂わせているあの男は、自身が「ゴミ」と言い捨てられる木っ端術式たちを混沌の坩堝で溶かし合わせ、その化け物を死力で打倒するどころか、余裕の笑みを浮かべたまま見世物(ショウ)として圧倒し、完全調伏してみせたのである。

 

 圧倒的で、あまりにも異質な絶対的強者。

 自分と同じ——いや、それ以上に理不尽な高みに立つであろう唯一無二のバケモノが、今まさに眼の前で眩いほどの存在感を放ち輝いている。

 

 悟の指先が、武者震いのようにピクピクと跳ねた。

 戦いたい。あの理不尽の塊の全てを引き剥がし、覚醒した自分の無下限呪術と、あの男の無数の呪術。果たしてどちらが真に最強なのかを、真っ向から証明してみせたい。

 ウズウズとした若さ故の万能感と高揚感が、悟の胸の奥で特級呪霊のように暴れ回っている。

 限界まで高まったその異常な戦意と興奮を、もはや悟は抑えきれなかった。

 

 無意識のうちに少しばかり隣へと視線を巡らせる。

 普段の傑であれば、ここで呆れ顔のツッコミと共にその首根っこを捕まえてなだめすかしていただろう。

 しかし今の親友は空虚で、それでいてひたすらに深く複雑な葛藤の思考の渦に完全に呑み込まれた横顔のまま、彫像のように固まって一言も発さない。

 いつもなら理不尽な衝動を引き留めてくれるであろう、冷静沈着な夏油傑は、今ここにいなかった。

 

「これにて、八握剣異戒神将魔虚羅の公開調伏会は終幕。ご足労いただき——」

 

 ――なら、止めないお前が悪い。

 

「わりぃ傑、俺ちょっと行ってくるわ!!」

「…………えっ!? ちょ、悟——っ!?」

 

 隣でようやく我に返ったように弾かれた声を上げた傑の制止など、もはや耳に入っていない。

 悟は特等席の座席を乱暴に蹴り飛ばした。そして、狂おしいほどに好戦的な笑顔を顔面いっぱいに張り付けたまま、演習場の底に立つ新・呪いの王のもとへと単身、結界の中庭へと飛ぶように飛び出していってしまった。

 

「まことに——おや、どうかしたかな? 五条家のお坊ちゃん」

 

 慌てるでも困惑するでもなく、全は悠然と迎える。

 

「よお、禪院家当主サマ。せっかく盛り上がってるのにここで終わるの勿体無いだろ? ちょっと俺とエキシビションマッチしない?」




魔虚羅「やっとマトモに調伏できる主が出てきたマコ。なんか他の術式を使うインチキされた気がするけどこの際構わんマコ」

■全の術式(単発)
▷土塊操術
大地を操る術式。
流石にそろそろ引退したい長寿郎おじいちゃんがくれた
▷赫炎呪法
炎を操る術式。
お寺の焼け跡から発生した呪霊から取れた。
▷天飆操術
風を操る術式。
鞍馬山の天狗っぽい呪霊から取れた。
▷霜天呪法
氷雪を操る術式。
雪崩の現場でイエティっぽい呪霊から取れた。
▷影渡
元・炳にして現・灯の一般隊員から巻き上げた。
だってあいつ体術あまりうまくないんだもん。
▷金縛り
呪詛師産、効果は読んで字のごとく。

■嵌合術
▷黒点調律・発
威力と範囲を拡大した黒閃を放つ技。
「発破」は打撃に爆発ダメージを乗せる感じのシンプルな術式。
▷万事搦メ
拘束系術式の欲張りセット、大体の相手は指一本動かせない。
動けないだけじゃなく上下に引き伸ばされるので食らうと超しんどい。
呪糸操術・奇忌糸は頭上から操り人形のように糸を絡めて持ち上げる技。

■簒奪呪法
▷廃珠ノ坩堝
多分予測していた人も多いでしょう。
ゴミ術式を使い捨てにしてブッパする、簒奪呪法版うずまき
色々な種類の術式を混ぜると万能属性めいた防御困難な術式特性になる。
▷術式混淆
ガチャ要素、操影呪法はこれで偶然作られた。
なお排出率が低いため、偶然起きただけの最初の成功に浮かれて、「これとコレ混ぜたら強いやろうなぁ……」と不用意にいい術式を放り込むと泣くかも。泣いた。

■重唱呪言
複数人で同じ呪言を全く同時にぶつけると威力が跳ね上がることが判明。
一人に四つ積んでも威力上昇率は上記に及ばず、息を合わせるのも難しい。
そこで八尺様に全部積み、二尺様×4でやるのが最適となった。
四人以上に分割すると全員に呪印が現れるわけではないことがヒントに。


長寿郎さん引退させたのは少しでもキャラ数を調整する(出てこない理由付けの)ためですね。
おじいちゃん原作だとほとんど喋らないし、禪院家キャラ多いんですよ……。
なお、前線から退いても裏では働かされている模様。ブラック!

さて、次回はVS五条悟エキシビジョンマッチ!
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