禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

23 / 26

禪院家の御当主様曰く、かなり珍しくて面白い術式なんだ

見てのお楽しみ、だよ



23.呪術0-響く文字と希望の言葉

 ——呪術高専東京校 七月。

 

「やぁやぁ皆の衆。調子はどうだい?」

 

 呪術高専の広大な訓練スペース。

 五条悟がヒラヒラと手を振りながら姿を現すと、そこでは乙骨憂太禪院真希の二人が、激しい立ち合い訓練の最中だった。

 

 バシッ、という空気の爆ぜる音が響く。

 木製の模擬薙刀が、憂太の顔面の数センチ手前でピタリと止まっていた。

 

「……っ」

 

 憂太は、冷や汗を流しながら固く目をつむり、身を縮こまらせた。

 しかし、予想していた衝撃は来ず、代わりに額にコツン、と軽く模擬刃が当てられただけだった。

 

「よそ見してんじゃねーよ、憂太。さっさと構えろ」

 

 真希が、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨て、薙刀を引き戻した。

 彼女の放つ一撃は、その全てが憂太に当たる寸前、まさしく紙一重の距離で完璧に()()()されていた。

 天与呪縛の圧倒的な膂力とスピードから放たれる規格外の連撃を、ミリ単位で制御してみせる神業。それは、憂太の背後に潜伏する特級過呪怨霊・祈本里香の逆鱗に触れないための、限界ギリギリのラインを見極めた絶技であった。

 

「す、すいません……!」

 

 憂太は慌てて体勢を立て直し、支給された模擬刀を不格好に構え直す。

 

 真希は、忌々しげに舌打ちをした。

 禪院家の本邸――彼女の実家の修練場においては、このような生ぬるい訓練などあり得ない。

 常に実戦を想定し、反転術式での治療を前提とした真剣を用いた血みどろの組手が日常茶飯事であった彼女にとって、相手に怪我をさせないように気を遣う寸止め訓練は、もどかしくて腹立たしいことこの上なかったのだ。

 

「お、じゃあ俺と組手するか?」

 

 そんな真希の苛立ちを見透かしたように、悟がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

 

「里香ちゃんとバトれないから、俺もなんかウズウズしてんだよねー。真希なら遠慮なくボコれるし」

「……」

 

 自身が里香と戦えば周辺の地図が書き換わる、と自分で言っていたはずの男がこれである。

 真希は心底呆れたように冷ややかな視線を担任へ向けた。

 

「遠慮する」

 

 真希は素気なく断り、模擬用の薙刀を肩に担ぎ直した。

 

「今はこいつを仕上げんのが優先だろ。里香の完全制御は高専内でも急務なんだからな」

「なーんだ。つまんねーの」

 

 悟はあからさまに肩を落とし、大げさに構えを解いた。

 

 その様子を完全に無視し、真希は再び憂太へと向き直る。

 彼女の眼差しは、先ほどの苛立ちとは違い、どこか不敵で挑発的な光を帯びていた。

 

「ほら、私から一本取ってやるってくらいの気概見せろよ? ……里香の制御、やるんだろ?」

 

 模擬薙刀を肩に担ぎ、ニッと好戦的な牙を剥いて笑う真希。

 その言葉は、憂太の心に未だ燻っていた怯えを吹き飛ばし、真っ直ぐな覚悟の火を灯すには十分すぎる響きを持っていた。

 

「――はいっ!!」

 

 憂太は震える声を振り絞り、与えられた模擬刀を両手で力強く握り締める。

 まだまだ不格好で隙だらけの構えだが、その瞳には、自らの呪いと向き合い乗り越えようとする確かな決意が宿っていた。

 

 そんな二人の立ち会い訓練の様子を、少し離れたグラウンドの端から残りの一年生たちと悟がのんびりと眺めていた。

 

「いやぁ、憂太が転校してきてもう三ヶ月か」

 

 パンダが、芝生の上にドカッと座り込みながら、どこか感慨深げにポツリと呟いた。

 彼らと憂太が出会った初日のあのガチガチに張り詰めた空気を思えば、随分と遠くまで来たものだ。

 

「真希が相手だと分かりづらいけど、憂太もかなり動けるようになってきたね」

 

 狗巻棘も模擬刀の重さに振り回されなくなりつつある憂太の動きを追いながら、感心したように頷く。

 

「まあ、最初がド素人だったからなあ」

 

 パンダが、毛むくじゃらの腕を組んで分析する。

 天与呪縛の圧倒的なセンスと身体能力を持つ真希を相手に、毎日翻弄されながらも必死に食らいついている憂太の姿は確かに成長の証だった。

 

「性格も大分前向きになったんじゃない? 呪力操作もまあまあ様になってきたのもあるし」

 

 悟も丸いサングラスの奥で六眼を輝かせながら、楽しげに口を挟んだ。

 自らの呪いを恐れて死を望んでいたあの弱々しい少年が、今では自らの足で立って仲間たちと共に汗を流している。

 

「なんだかんだ、真希もやりがい感じてるんじゃない? 『憂太は私が育てた』的な?」

 

 悟がニヤニヤと笑いながら、真希の心境を茶化すように言うと、パンダも「そうだな」と頷いた。

 

「真希も楽しそうだ。高専に来てから、あいつ武具同士の立ち会いとかほぼ無かったし……」

 

 ——その時だった。

 パンダの言葉が途切れ、彼の黒白の顔に、雷に打たれたような衝撃が走った。何らかの()()が降りてきたとばかりに、パンダは弾かれたようにガバッと立ち上がったのだ。

 

憂太ァ!! ちょっとこっち来い!! ヘェイカマン!!

 

 突然、訓練スペースに響き渡ったパンダの野太い大声。

 そのただならぬ様子に、憂太も真希もピタリと手を止めた。

 

「えっ、なになに!? どしたのパンダくん……?」

 

 憂太が、何事かと慌ててパンダの元へと駆け寄る。

 パンダは憂太の肩をガシッと掴み、周囲を警戒するようにキョロキョロと見回してから、声を潜めて叫んだ。

 

「超大事な話だ、心して聞け!!」

「は、はい……!」

 

 憂太もゴクリと唾を飲み込み、身を乗り出した。

 しかし、パンダの口から飛び出したのは、呪術の真理でも里香の制御法でもなく——。

 

「オマエ、微乳派? 巨乳派? ……まさか、()()()とかじゃ無いよな?」

「…………は?」

 

 あまりにも斜め上すぎる、ド直球の下世話な質問。

 憂太は、宇宙の謎を突きつけられたような顔でフリーズした。

 

「い、今聞くこと!? ていうか、八尺派って何!?」

「ブハッ……!!」

「あっはっは!」

 

 突然飛び出した、禪院家の内部に蔓延っているとまことしやかに囁かれている狂気の派閥名。そのあまりにもアレな単語に、近くで聞いていた棘と悟はたまらず盛大に噴き出した。

 

「こんくらいの背で! こーんなやつ!!」

「ふ、ふんふん……えっ、身長240cmのスイカサイズ!? い、いやいや怖い怖い……! バレー選手でもそういないでしょう……!」

 

 パンダが身振り手振りで示した「八尺様」のサイズ感に、憂太は顔を引き攣らせてぶんぶんと首を振った。

 

「い、いや、こう、常識的な範囲で……まあ、その、人並みには……大きい方が好きかな……と」

 

 顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で絞り出した憂太の正直な答え。

 それを聞き届けたパンダは、「ホッホーウ」と、まるで世紀の大発見をしたかのような満足げな声を上げた。

 

 そして。

 遠巻きにその一連の謎のやり取りを、白い目でジトッと見つめていた真希の方へと向き直る。

 

 パンダは、太くもふもふの腕を頭の上に掲げ、大きな「マル」の形を作った。

 

真希!!

「あ?」

 

「脈・アリデース!!」

 

 ——ブチリ。

 

 グラウンドの静寂を切り裂くように、真希の額に鮮明な青筋が浮かび上がる音が、確かに響いた。

 

「何勘違いしてんだ殺すぞ!!」

 

 その瞬間、真希の怒号がグラウンドに轟いた。

 天与呪縛の身体能力によって放たれた、縮地もかくやという神速の踏み込み。あっという間にパンダの眼前へと肉薄した真希は、彼のもふもふとした胸の毛皮を両手で力任せに引っ掴み上げた。

 

「照れんなよ小学生か!?」

 

 首根っこを掴まれてガクガクと前後に激しく揺さぶられながらも、パンダは全く悪びれる様子もなく、余裕の表情で煽り立てる。

 

「おーし殺す!! ワシントン条約とか知ったことか!! その毛皮ひん剥いて高専の敷物にしたるわ!!」

イヤーー! ヤメテー!! 動物虐待ーー!! パンダのレンタル料は年間一億するんだぞーー!!」

「知るか!!」

 

 マジギレしてジャイアントスイングの要領でパンダを振り回し始める真希と、ふざけ倒して悲鳴を上げるパンダの、まるで少年漫画のギャグ回のような大乱闘が始まった。

 そのあまりの馬鹿馬鹿しさに、隣にいた棘は腹を抱えて芝生の上を転げ回って爆笑し、悟もまたゲラゲラと笑いながら、固まっている憂太の背中を肘で小突いた。

 

「は、はは……なんの事だか……」

 

 憂太は顔を引き攣らせながら、必死に曖昧な笑みを浮かべて誤魔化そうとする。

 しかしそんな憂太の元へ、笑い転げていた棘がひょっこりと起き上がり、近づいてきた。

 

「ね、ね、ぶっちゃけ……」

 

 棘は憂太の耳元に口を寄せ、声を潜めてニヤリと笑いながら耳打ちをした。

 

「真希って、アリ? ナシ?」

「っ……!!」

 

 ボフンッ、と。

 効果音が聞こえそうなほど、憂太の顔が耳の先まで一瞬にして真っ赤に染まった。

 

「い、いや、アリとかナシとか以前に……僕じゃ釣り合わないというか……その……」

 

 モジモジと指を絡ませながら、視線を泳がせてしどろもどろになる憂太。

 そのあまりにも初々しく、分かりやすすぎる反応を見て、棘は「なるほど」と満足げに頷いた。

 

 そして、棘はスッと真剣な表情を作り、乱闘中の真希の方へと向き直った。

 

「真希」

 

 普段のおちゃらけた様子とは打って変わった、ひどくシリアスで重みのある声色。

 その呼びかけに、パンダの胸ぐらを掴んでグワングワンと揺すっていた真希が、ピタリと動きを止めた。

 

「あ? 何だ、今忙しいんだが」

 

 真希が苛立たしげに振り向く。

 その視線の先で、棘は真剣な顔を崩さないまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「憂太曰く……」

 

 一拍のタメ。

 憂太が「えっ? えっ?」と嫌な予感に顔を青ざめさせる中。

 

「真希は()()、だって!!」

 

 棘の顔が、先ほどのシリアスな表情から一転し、太陽のような満面の笑み――最高に楽しそうな破顔へとパッと変わった。

 

「「「…………」」」

 

 数秒の、完全なる静寂。

 そして。

 

(とぉげ)ぇぇえええええ……ッ!!!」

 

 真希の怒声が、今度こそグラウンドの空気をビリビリと震わせ、高専の森の奥深くまで轟き渡ったのであった。

 

(なぁに)てめぇまで調子乗ってんだ……ッ!!」

 

 グラウンドの芝生の上で、真希が鬼の形相でパンダと棘の首を同時にヘッドロックで極め上げ、ギリギリと締め上げていた。

 顔を真っ赤にして怒り狂う最強の天与呪縛と、タップしながらも楽しそうに笑い転げる二人の同級生。

 そして、その傍らで「ど、どうしよう……」とアタフタしながらも、完全に気まずさの極致に立たされている乙骨憂太。

 

 そのあまりにも学生らしい、馬鹿馬鹿しくも呪術高専らしからぬ青春真っ只中(?)の光景に、五条悟はニヤニヤと笑いながらパンパンと手を叩いた。

 

「ハイハイそこまでー! 今回の任務の連絡ねー」

 

 悟の声に真希は「チッ」と舌打ちをして二人を解放し、制服の乱れを乱暴に直した。

 ドサリと地面に落とされた棘とパンダはゲホゲホとむせながらも、満足げな顔で立ち上がる。

 

「今日は棘に行ってもらおうと思ってるから。一人で行ってきて……と言うのもアリだけど、憂太も見学しといで」

 

 悟は、まだ赤面している憂太の肩をポンと叩いた。

 

「術式を使った呪術戦ってのも見ておかないとさ。特に、君が術式を使えるようになったときのためにね」

「僕の……術式?」

 

 憂太は、自分の両手を見下ろして、ぽつりと呟いた。

 入学から三ヶ月。特級過呪怨霊・祈本里香という桁外れの呪力をその身に宿しながらも、憂太自身はまだ、己の()()()()を自覚できていなかった。

 

 これまで同行してきた任務は、パンダの呪力と体術、真希の呪具と天与呪縛による物理的な戦闘が主だった。めぐり合わせ的に、わかりやすい『術式』を持つ棘の戦いを間近で見る機会は、まだ一度もなかったのだ。

 

「先生、僕の術式って……」

 

 憂太が上目遣いで尋ねるが、悟はニシシと意地悪く笑って首を横に振った。

 

「いや、俺の六眼にはもうバッチリ見えてるけどさ。こういうのは、まず自分で自覚するのが一番いいからね。……まだ内緒!」

 

 相変わらずの勿体ぶった態度の担任に、憂太は「ええー……」と少しだけ肩を落とした。

 しかし悟はそんな彼を励ますように、再び肩を叩く。

 

「そんじゃ、棘一人で余裕の二級案件の任務だし、気軽に行っといで。色んな呪いの祓い方を知るのは、里香ちゃんの制御の参考にもなるだろうから」

「はい!」

 

 憂太は気を取り直して元気よく頷いた。

 里香の制御。それこそが、彼が高専に入学した最大の目的であり、仲間たちと一緒に生きていくための絶対の条件だ。

 

「あとさ」

 

 悟はサングラスをわずかにずらし、六眼をギラリと光らせて、少しだけ低い声で付け加えた。

 

「毎度の如く念押ししておくけど、里香ちゃん出すなよ? もし出したら、今度こそ俺が里香ちゃん相手に大怪獣バトル繰り広げる事になるかもしれないからね」

 

 その言葉の響きには警告というよりはむしろ、悪戯っぽいワクワク感が滲み出ていた。

 

「まあ、それも楽しそうだけど……」

「いやいやいや!! しませんしません!!」

 

 憂太は顔面を蒼白にして全力で首をぶんぶんと横に振った。

 初任務の時に里香を呼び出した結果、目の前で繰り広げられた圧倒的な惨劇。

 もしあれと、この「世界で二番目に強い」と言い切る規格外の担任が本気で激突すれば、本当に地図が書き換わるレベルの大惨事になることは火を見るより明らかだった。

 そんなことの引き金を自分が引くなど、まっぴらゴメンである。

 

「絶っっ対に、里香ちゃんの手は借りませんから!」

 

 必死に訴える憂太の様子に、悟は「あはは、頼もしいねー」と満足げに笑い、棘へと視線を向けた。

 

「じゃあ、棘。憂太の指導、よろしく頼むよ」

 

 棘は親指を立て、「了解!」と元気よく返事をした。

 こうして乙骨憂太の今回の任務は少しばかりの気まずさと、新たな発見への期待を胸に幕を開けたのであった。

 

 

***

 

 

 ――そして、数時間後。

 補助監督である伊地知潔高の運転する黒いセダンが、静かにエンジンを止めた。

 

 車を降りた乙骨憂太の目の前に広がっていたのは、昼間だというのにひどく薄暗く、人気の全くない寂れた商店街だった。

 色褪せたアーケードの屋根からは錆びたトタンが垂れ下がり、両脇に並ぶ店舗のほとんどは固くシャッターを下ろしている。

 風に乗って、古びた建物のカビ臭さと、ドロリとした微かな『呪い』の気配が憂太の鼻腔を突いた。

 

「ここは……」

 

 憂太が周囲を見渡して呟くと、伊地知が手元の資料を捲りながら、事務的な口調で説明を始めた。

 

「ハピナ商店街……。ご覧の通り、現在はほぼシャッター街となっていますが、ここら一帯を解体して大型ショッピングモールを誘致する計画があるようでして」

 

 伊地知は商店街の奥に立ち入ることを拒むように、忌々しげに眼鏡を押し上げた。

 

「その視察に入った業者や市役所の人間が、立て続けに不自然な怪我に見舞われるという事案が頻発しました。『窓』による事前調査の結果、低級の呪いの群れが蔓延っている事が判明しています」

「群れ、ですか」

 

 憂太が聞き返すと、伊地知は一つ頷いた。

 

「はい。一つ一つは四級から三級程度の雑魚ですが、それが群体型となっており、全体でしめて二級相当の脅威度と言ったところになります」

 

 伊地知は、隣でストレッチをして準備運動を始めている狗巻棘へと向き直った。

 

「狗巻準一級術師には、その群れの祓除をお願いします」

「了解、雑魚の群れを散らすのは得意だから任せて」

 

 棘は制服の襟元を少し緩めながら、伊地知に向かってピースサインを出してみせた。その余裕の態度とは裏腹に、憂太はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 入学から三ヶ月が経ち、真希やパンダとの任務も経験してきたとはいえ、まだ現場のこの張り詰めた緊張感には慣れていない。

 腰に下げた真剣――悟から与えられた刀の鞘を、ギュッと握りしめる。

 

「それでは、帳を下ろします。……ご武運を」

 

 伊地知が印を結び、静かに詠唱を紡ぐ。

 

「――闇より出でて 闇より黒く その穢れを 禊ぎ祓え

 

 青空を遮るように、空から漆黒のドームがゆっくりと商店街全体を覆い隠していった。

 ただでさえ薄暗かったシャッター街は、完全に夜の闇へと沈み込み、不気味な気配が一層色濃く立ち込める。

 

「行こうか、憂太」

 

 棘が、緊張で強ばる憂太の背中をポンと軽く叩いて促した。

 二人の若き術師は、伊地知を残して、静まり返ったシャッター街の奥へと足を踏み入れていく。

 

 ――カツ、カツ。

 靴音が、異様に大きく響く。

 

「……ねえ、狗巻くん」

 

 憂太は、隣を歩く棘の横顔を見ながら、ずっと気になっていた疑問を口にした。

 

「狗巻くんは、どんな術式なの?」

 

 呪術高専東京校の一年生で、唯一分かりやすく派手な術式を持っているという。

 パンダのパワーファイトや真希の天与呪縛による武具の戦いとは違う、純粋な生得術式を用いた呪術戦とは一体どんなものなのか。

 

 憂太の問いかけに棘はフフッと悪戯っぽく笑い、口元に人差し指を立てた。

 

「禪院家の御当主様曰く、かなり珍しくて面白い術式なんだ」

 

 あの呪術界の特異点――禪院全から直接与えられた二つの術式。無数の術式を蒐集してきたという彼が珍しくて面白いと言う術式とは一体。

 

「見てのお楽しみ、だよ」

 

 棘はそう言ってさらに不敵な笑みを深め、シャッター街の最深部へと足早に進んでいった。

 

「ほーら、団体さんいらっしゃい、ってね」

 

 棘が少しだけ声を弾ませて言った。

 シャッター街の最深部、かつて広場だったであろう開けた場所。

 そこには、伊地知の事前調査通り、無数の小さな呪霊たちが集まっていた。

 

「……うわっ」

 

 憂太は思わず顔をしかめ、腰の刀の柄をきつく握りしめた。

 それは、魚のような、あるいは深海魚が陸に上がったかのような、おぞましい形をした低級呪霊の群れだった。

 それぞれは3級から4級程度と小さく、動きも鈍重だが、それが数十、数百と群れを成して空中に浮かび、イワシの群れのように不気味な渦を巻いている。

 

『ヤ、ヤサイ……』『お買い得、オカイドク……』『いらっしゃいませぇ……』

 

 呪霊たちはこの商店街がまだ活気に満ちていた頃にそこを行き交う人々から発せられたであろう、脈絡のない言葉を口々にブツブツと吐き出しながら、ゆっくりと二人へと向き直った。

 

「よしよし。いっぱいいるね」

 

 彼はまるで釣りの大漁を喜ぶかのように不敵な笑みを浮かべ、群れの中心へと一歩踏み出した。

 

術式起動――

 

 その言葉と同時に、憂太の目の前で、信じられない現象が起きた。

 棘の口元――かつて『呪言』の蛇の目と牙の呪印が刻まれていたその場所に、ぼんやりと、だがハッキリとした輪郭を持って『何か』が浮かび上がったのだ。

 

「……へ?」

 

 憂太の口から、完全に間の抜けた声が漏れ出した。

 それは漫画の()()()()のような、奇妙な形をした呪力の枠線だった。

 

 彼は大きく息を吸い込み――。

 

「――『バチバチッ!!』」

 

 その口から、何かが飛び出した。

 

 比喩や幻覚の類ではない。

 本当に、文字通りバチバチッ! という黄色く輝くアメコミ調の立体的なカタカナの文字列が、彼の口から弾丸のように射出されたのだ。

 それは、漫画の効果音(オノマトペ)がそのまま物理的な質量を持ったかのように、空気を切り裂く鋭い軌道を描いて呪霊の群れへと直撃した。

 

 次の瞬間。

 

『ギャアアアアッ!?』

 

 文字通りバチバチッ!という鼓膜を劈くスパーク音と共に、黄色い文字列が群れの中で大爆発を起こし、強烈な電撃となって周囲の呪霊数十匹をまとめて黒焦げにして消し飛ばしたのである。

 

えええええええええええ!?

 

 憂太はあまりの光景に目をひん剥いて叫んだ。

 術式という言葉から想像していた炎や風、あるいは目に見えない斬撃といったスタイリッシュなものを遥かに超越した、あまりにもシュールで物理的な『文字攻撃』。

 

「も、文字!? 文字が飛んで……雷!?」

 

 パニックになる憂太をよそに、棘は「ふふっ」と得意げに笑って振り返った。

 

「これが僕の二つの術式の一つ、『凝声呪法(ぎょうせいじゅほう)』」

 

 棘は指で自分の口元の吹き出しの呪印をポンポンと叩いた。

 

「口に出した()()()()()とかをそのまま凝集した呪力の弾として射出し、その擬音が持つイメージの効果を相手にぶつける術式なんだ。面白いでしょ?」

 

「そして二つ目の術式は」

 

 生き残った呪霊たちが、ビリビリと痺れながらも一斉にこちらへ敵意を向けて群がってくるのを確認すると、棘は自身の喉元へと右手を当て、再び呪力を練り上げた。

 

「凝声呪法の補助となる、もう一つの術式……『鳴響(めいきょう)』」

 

 すう、と棘が大きく息を吸い込む。

 口元に両手を添えるようにして、メガホンのような形を作った。

 

「――『ヒュオーッ!!』」

 

 吐き出された言葉は単なる声の塊ではなく、圧倒的な振動と風圧を伴った青白い呪力の竜巻となって、前方へと猛烈な勢いで広がっていった。

 空中に散らばっていた呪霊たちが、その渦に巻き込まれ、為す術もなく一箇所へと凄まじい勢いでかき集められていく。

 

「す、すごい……! 声で、竜巻が……!」

 

 憂太は、薙刀ならぬ刀の柄を握りしめながら、その光景を呆然と見つめていた。

 

「そして――これで、一掃だよ!」

 

 棘は一箇所に固められた呪霊の群れを見据え、口を大きく開けた。

 

「『ズドォォン!!』」

 

 その声と共に、彼の口元から太く角張ったカタカナの文字列が、大砲の弾のように轟音を立てて射出された。

 

 ――ドガアアアアアンッ!!!

 

 文字通り本物の大砲が着弾したかのような大爆発が、シャッター街の最深部で巻き起こった。

 かき集められていた三級相当の呪霊の群れはその一撃でまとめて木っ端微塵に粉砕され、紫色の煙となって跡形もなく消し飛んだのである。

 

「ふう。おしまい」

 

 棘が口元から呪力の吹き出しを消すと、シャッター街には再び静寂が戻った。

 

「……すご、かったです。文字が飛んで、大砲に……」

 

 憂太は、未だに信じられないものを見たという顔で、腰を抜かさんばかりに震えていた。

 棘は、ニコニコと得意げな笑みを浮かべて憂太の方へと向き直る。

 

「二つ目の『鳴響』の術式のお陰でね、あんまり大声で叫ばなくても声が大きく響いて、凝声呪法の威力が何倍にも跳ね上がってくれるんだ」

 

 彼は、自分の頬を指差して説明した。

 すうっ、と役割を終えた吹き出しの刻印が薄れ消えていく。

 

「ちょっとだけ、かつての僕の生得術式だった『呪言』に似てるけど。コレのいいところは、なんといっても意思で完全にオンオフが効くことだね」

 

 その言葉には呪言師の家系として生まれた彼特有の深く重い実感がこもっていた。

 

「幼いうちはまだ術式の入れ替えの負担が危ないからって、五歳までは呪言の呪印が刻まれてたんだけど……その時はまあ、大変だったらしいよ」

 

 棘は、遠い目をして少しだけ肩をすくめた。

 

「当然だよね。自分にその気がなくても、口に出した普通の言葉がそのまま相手を傷つける強烈な()()になっちゃうんだから。家族を傷つけないように、代わりにおにぎりの具を語彙にしてコミュニケーション取ってたんだ」

「……」

 

 その言葉に、憂太は自分の背後に潜む『里香』という化け物の存在を強く意識した。

 意図せず発動し、自分に近づく大切な人を、見ず知らずの人を無惨に傷つけてしまうかもしれない理不尽な呪い。

 かつて棘が背負い、全の力によって解放されたその苦しみは、憂太が今まさに抱き、一人で向き合おうとしている孤独の恐怖と少しだけ似ていた。

 

「だからさ」

 

 棘は憂太の肩をポンと優しく叩く。

 

「意図せず発動しちゃうのは、憂太も同じ。……僕がこうして、普通におしゃべりできるようになったみたいに。きっと憂太も、大丈夫になるよ」

 

 禪院全という男の術式取引によって、狗巻一族は呪いから解放された。

 憂太の里香の問題は、術式のように簡単に入れ替えられるものではないかもしれない。それでも向き合い、共に戦い続ける仲間がいれば絶対に乗り越えられる。

 棘のその屈託のない笑顔と力強い言霊は、憂太の心に巣食う不安の霧を優しく晴らしてくれた。

 

「……うん」

 

 憂太は、腰の刀の柄をギュッと力強く握り直し、顔を上げて真っ直ぐに頷いた。

 

「僕、頑張るよ、狗巻くん!」

 

 その声には、初任務の時の怯えきった弱々しさはなく、呪術師としての小さな、しかし確かな覚悟の火が灯っていた。

 

「よし! じゃあ帰ろっか!」

 

 棘は嬉しそうに笑い、二人は薄暗いシャッター街を背にして歩き出した。

 ドーム状の漆黒の帳を抜けると、外の眩しい西日が二人を迎え入れた。

 

「伊地知さん、終わったよー!」

 

 棘が車の傍で待機していた伊地知に手を振る。

 術式というものの奇妙さと仲間の優しさに触れた今回の任務見学は、こうして無事に幕を閉じたのであった。





呪霊『ゾんば(出番が)……』

■凝声呪法
もしかして:吹出漫我
とある非術師が持っており、本屋で同じ本を手に取ろうとして指先が触れ合い「あっ、すみません」の流れを装って引き抜いた。
個性:コミックやコエカタマリンのような性質を持つ術式。
絵面はコミカルだが、汎用性も高く強力な術式。
オンオフが効くので暴発の心配も少ない。

棘「『凸凹(てこぼこ)』で簡易バリケードも作れるよ」

■鳴響
声が大きく響くようになるだけの術式、声に呪力が乗せやすい。
路上でジャイアンリサイタル路上ライブをやっていた非術師に『頑張って』とおひねりを手渡す際にこっそりと引き抜いた術式。
なぜか引き抜いたあとデカすぎる歌声が少しマシになった……気がした。

声関係の術式は元呪言師に渡すとややブーストが掛かることが判明している。


闇落ちした呪霊操術の使い手が存在しないため例の呪霊は出番ナシ
狗巻くんの術式ちょっとシュールになりすぎたかもしれない
前からヒロアカ繋がりで考えてたんですよねこの術式

あれ、狗巻くんが吹出なら、コピーの乙骨くんは物……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。