禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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――僕が、里香ちゃんを縛ってしまったのなら

僕自身がそれを解いてみせます。里香ちゃんを、自由にします! たとえ、何年、何十年かかったとしても……!



24.呪術0-風にそよぐ蜘蛛の糸

 二〇一七年、十一月某日。東京。

 

 木々の葉が色づき、吹き抜ける風に微かな冬の冷たさが混じり始めた頃。都立呪術高等専門学校の広大なグラウンドには、鋭い木と木が激突する乾いた音が、小気味良いリズムで響き渡っていた。

 

「甘い! 腰が浮いてるぞ、憂太!」

「っ……はい!」

 

 鋭い喝とともに振り下ろされた禪院真希の模擬薙刀を、乙骨は手にした木刀にてギリギリのところで受け流す。

 ガツンッ! という重い衝撃が両腕を痺れさせるが、彼は体勢を崩すことなく、即座に身を沈めて薙刀の柄の隙間を縫うように木刀を突き出した。

 その鋭く迷いのない踏み込みは、入学当初のオドオドとして刀の重さに振り回されていた素人の少年とは、完全に別人のそれであった。

 

「……ほう」

 

 真希の口元が面白そうに弧を描く。

 彼女は半歩だけ軸足をずらし、憂太の突きを紙一重で躱すと同時に手首を返して薙刀の石突きで憂太の木刀をカチ上げ、そのまま流れるような旋回運動で刃の側を憂太の首筋へと滑り込ませた。

 

 ピタリ、と。憂太の喉元のわずか数ミリ手前で、模擬刃が静止する。

 勝負ありと見たパンダの「ハイそこまで〜!」という声がかけられる。

 

「っ……!」

「……今日はこの辺でいいだろ」

 

 真希はフッと全身から殺気を抜き、模擬薙刀をクルリと回して肩に担いだ。

 

「はぁっ、はぁっ……。ありがとうございました、真希さん」

 

 憂太は木刀を下ろし、膝に手をついて荒い息を吐きながら、深々と頭を下げた。

 肌寒い気温にもかかわらず全身汗だくで、制服の下には疲労が重くのしかかっているが、その瞳には確かな達成感と充実した光が宿っている。

 

 完全なる天与呪縛として覚醒している真希の身体能力は、控えめに言っても特級呪霊と素手で殴り合えるバケモノの領域だ。

 大幅に手加減してもらっているとはいえ、そんな達人を相手に「一方的にボコられる」のではなく、数手とはいえ明確な「打ち合い」が成立するようになっている。ここ数ヶ月の真希のスパルタ指導と、憂太自身の呪力操作の向上がもたらした確かな成長の証だった。

 

「お疲れさーん。憂太、すっごく動き良くなったね!」

 

 グラウンドの隅で芝生の上に座り込んでいた狗巻棘が、パチパチと手を叩きながら立ち上がった。

 その隣で、巨大な体を揺らしてパンダものっそりと立ち上がる。

 

「ああ。真希のあのおっそろしいスピードに目が慣れてきてる証拠だな。……さあて、そろそろ俺たちも引き上げるか」

「うん、お腹空いちゃったしね」

 

 棘が大きく背伸びをし、憂太も顔の汗をタオルで拭いながら彼らの方へと歩み寄ろうとした、その時だった。

 

「ん……?」

 

 憂太はふと足を止め、グラウンドの入り口――校門へと続く石畳の道の方向へ視線を向けた。

 高専の結界内という限られた人間しか立ち入れないはずの場所に、見慣れない複数の人影がぞろぞろと歩いてくるのが見えたからだ。

 

「誰だろう……? お客さんかな」

 

 憂太が不思議そうに首を傾げると、真希も薙刀を肩に担いだままそちらへ目を細めた。

 

「あー……。後ろのゾロゾロ歩いてる奴らは知らねーが、先頭を歩いてる二人だけは知ってんな」

「あれ。あの真ん中の、前髪が変なふうに垂れてる人……」

 

 パンダが、毛むくじゃらの顎に手を当てて「あー」と納得したように声を上げた。

 

「アレだ、特級呪術師の夏油傑だな。悟の同級生だったっていう」

「へぇー、あの人が噂の……」

 

 狗巻棘が興味深そうに目を瞬かせる。

 夏油傑。高専を中退し、呪術界の既存システム――特に禪院全が構築した「呪詛師を資源化する」冷徹なエコシステムとは距離を置き、フリーランスの特級術師として己の信じる「救済」を続けているという噂の男。悟や夜蛾からも時折、その名前は耳にしていた。

 その身に纏うダークスーツはパリッと着こなされており、呪術師というよりはどこかの若き実業家か、有能なコンサルタントのような洗練された大人の空気を漂わせている。

 

「で、その隣でヘラヘラ笑ってるのが、同じく特級呪術師の九十九由基だ。気をつけろよ、絡まれると鬱陶しいぞ」

「………? はい」

 

 真希が忌々しげに付け加える。

 特級呪術師が二人揃って、しかも後ろに何人かの訳ありげな術師たちを引き連れて、わざわざ高専に足を運んでくる。それがただの散歩であるはずがない。

 

 警戒と好奇心が入り混じる一年生たちの視線を受けながら、一行は真っ直ぐにグラウンドの彼らの前へとやってきた。

 

「やあ、高専の一年生かな?」

 

 夏油傑はにこやかに微笑み、グラウンドで汗を流す憂太たちへ気さくに話しかけた。

 その後ろには、ライダースジャケットを羽織り「元気な子たちだねぇ」と楽しげに笑う九十九由基と、スーツやラフな格好をした数人の大人たちが控えている。

 彼らは一様に、呪力こそ感じられるものの、高専の術師特有の殺伐とした空気はなく、どこか落ち着いた――あるいは、酸いも甘いも噛み分けた裏社会のような空気を漂わせていた。

 

五条悟は居るかい? ちょっと顔を出しに――」

 

 傑がそう言いかけた、まさにその言葉の途中で。

 

「……おや。噂をすれば、だね」

 

 傑の視線が、ふと空へと向けられた。

 その言葉の直後。雲一つない青空から文字通り()()()()()()()黒塗りの影――五条悟の姿が、隕石のような速度でグラウンドへと急降下してきたのである。

 

「うおっ!?」

「なっ……!」

 

 憂太とパンダが驚きの声を上げる間もなく、悟の長身が芝生に激突するかという勢いで着地し、その踏み込みの勢いを一切殺さぬまま、弾丸のような右ストレートを傑の顔面めがけて放った。

 

 ドォォンッ!!

 

 空気が破裂するような重い衝撃音が響き渡る。

 だが、傑の顔面にその拳は届いていなかった。

 

「っと」

 

 傑は飛んで後方へと下がりながら、まるで舞うような足捌きでその理不尽なまでの暴力の軌道を紙一重で躱し、同時に己の左腕で悟の拳を完璧なタイミングで受け流していた。

 さらに、流した勢いをそのまま利用して身を反転させ、悟の無防備な脇腹めがけて強烈な回し蹴りを叩き込む。

 しかし悟は不可侵に頼る事すらせず、それすらも笑いながらしゃがみ込んで回避して下からアッパーを繰り出す。

 傑もまたそれを見切り、青嵐の呪力を纏った掌底で相殺してみせた。

 

 流れるように、そして息を吸うように自然に始まった特級同士の高度な応酬。

 

「あーあ、またやってるよあの馬鹿ども」

 

 九十九が呆れたようにため息をつき、傑の後ろに控えていた仲間たちも「やれやれ、相変わらずですね」「夏油さんも結構嬉しそうじゃん」と、苦笑しながらその光景を眺めている。

 

 十数合の、瞬きする間もない激しい打ち合い。

 やがてお互いの拳と蹴りが空中で交差し、弾け合うようにして二人は同時に距離を取った。

 

「はっ」

 

 悟がサングラスを指で押し上げながら、ニカッと破顔した。

 

「久し振りだけど、鈍ってないな。傑」

「君こそ」

 

 傑もまた、構えを解きながら、呆れたような――しかし、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

 そして互いに歩み寄ると、パンッとハイタッチした。

 

「いい加減、学生じゃないんだから。いきなり初手で組手を仕掛けてくるのはやめてくれないか」

「挨拶代わりだろーが。固いこと言うなって」

 

 傑は呆れ顔を作りながらも、その口元には確かに嬉しそうな、隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 軽く息を弾ませながら、パリッとしたスーツの袖についた芝生の埃をパンパンと払い落とす。

 

「学生といえば……君の思惑通り、育成は進んでいるのかい」

「ああ! お前が最後に顔見せたあと、逸材が何人か来たぜ。術式抜きなら俺と十分殴り合える真希に、爆発力が凄い憂太も里香ちゃんを使いこなせればいい線いくと思う。一人じゃどうしても限界があるからな、一分野でも競い合える奴がいるとやっぱ鍛錬にも張りが出るよ」

 

「まあ、それは良かった。悟が教職になると聞いたときは向いてないと思ったけど、競い合える強者を育てる為ならなんとかやれるもんだね」

 

 あまりやれていないぞ。なんていう視線が生徒から突き刺さるが、当の悟はどこ吹く風で傑の背後に視線を向ける。

 

「おろ? なんか、お前んとこのお仲間、随分と減ってない?」

 

 彼はサングラスの奥の六眼を細め、傑の背後に立つ数人の大人たちをジロリと値踏みするように見て、ニヤニヤと軽口を叩いた。

 

「もしかして、ついに愛想尽かされて見放された? 泣いちゃうか?」

「悟じゃあるまいし、そんなことあるわけないだろう」

 

 傑は親友の相変わらずの減らず口に苦笑しながら、首を横に振った。

 

菜々子美々子は、来年から京都校に入学するための手続きや準備で忙しくしていてね。ミゲルは母国で何かあったとかで帰国中。ラルウ利久たちも、今はそれぞれの別の仕事で日本中を飛び回っているのさ。……みんな、本当に忙しくしてくれているよ」

 

 かつて、傑が理不尽な迫害から救い出した双子の少女たちや、彼の思想と人柄に惹かれて世界中から集まってきたはぐれ術師たち。

 それがちょっとした集団を築いていることは悟も知っている。

 

「へー、そりゃご苦労なこった。で、今日はなんの用? まさか俺の顔が見たくてわざわざ来たわけじゃねーだろ?」

 

 悟の問いかけに「そうだ」と傑は頷き、内ポケットから丁寧に折りたたまれた一枚の書類を取り出した。

 

「これだよ」

 

 傑が差し出したそれを、悟はヒョイと受け取り、視線を落とす。

 

「んー……なになに……?」

 

 ――数秒後。

 悟の顔からいつもの余裕に満ちた飄々とした笑みがスゥッと消え去った。

 代わりに浮かんだのは、まるで自らの無量空処をモロに食らって脳の処理が追いつかなくなったかのような、見事なまでの完全なる宇宙猫の表情であった。

 

「――NGO団体・青嵐ユースサポートォ……???」

 

 悟の口から、素っ頓狂な声が裏返って出た。

 そのあまりのギャップに、真希やパンダたちも「えっ?」と目を丸くして身を乗り出す。

 

 特級術師の夏油傑が、NGO。ボランティア団体。非政府組織。

 

「あっはっは。まあ、そう驚くのも無理はないね」

 

 悟のその完璧なリアクションを見て、傑は心底愉快そうに声を出して笑った。

 

 血みどろの呪いと暴力が渦巻く呪術の世界において、およそ最も縁遠いであろう輝かしい一般社会の単語が、そこに堂々と印字されていたのだ。

 

「そう。ようやく認可が下りて、正式に発足できたのさ。……これが、私が選んだ『世界を少しでも良くするための形』だよ」

 

 傑は笑いを収めると、ふっと真剣な、しかしどこまでも穏やかな表情に切り替わった。

 

「表向きの活動としては紛争地域やスラム、そして日本含む先進国に至るまで、虐待や育児放棄を受けた孤児たちを保護している。また、世間から()()()()()()()()()()()()()()()()()()人々のメンタルケアと教育支援、そして社会復帰のサポートを行う団体さ」

 

 その理念は文字通り「弱きを助け、手を差し伸べる」という絵に描いたような慈善事業そのものであった。

 

「無論、それはあくまで社会的な()()()としての活動だ」

 

 傑の漆黒の瞳に、呪術界の暗部を見据える冷徹で、そして深い慈愛に満ちた光が宿った。

 

「そして真の活動内容は、禪院全の創り上げた呪術界のシステムに対する()()()()()()()()の構築だよ」

 

 その名が出た瞬間、真希の肩がピクリと反応した。

 

「非術師の家系に生まれた術師の卵――つまり、呪霊が見えたり術式が発現してしまった人々は……かつての菜々子と美々子がそうなりかけたように、理不尽な虐待や迫害の果てに、やがて世界を憎み呪う『呪詛師』へと堕ちてしまうことも多い」

 

 傑の言葉は静かに、だが重くグラウンドの空気を震わせた。

 

「そして……今の呪術界のシステムでは。彼らが呪詛師へと堕ちた瞬間から呪術師たちに狩られ、禪院全の手によって()()として術式も寿命もすべてすり潰されて消費される運命が待ち受ける。それがどんなに悲惨な環境や絶望の果てに生まれた悪意であったとしても、情状酌量の余地など一切なくね」

 

 悪人を資源として消費し、平穏を維持する最適化のシステム。

 それは確かに圧倒的な治安をもたらした。だが、その過程でこぼれ落ちる「呪詛師になるしかなかった弱者」への救済は、あの特異点の設計図の中には一ミリも存在していないのだ。

 

「私は、そんな悲劇を少しでも減らしたいんだ」

 

 傑は、己の胸に手を当てて力強く宣言した。

 

「彼らが世界を憎み、悪に堕ちる前に先回りして保護する。呪力の正しい扱い方。呪術師として、あるいはただの人間として生きる術を教育し、高専や適切な居場所へと繋げる。……結果的に『環境によって呪詛師になるしかなかった人間』の発生率を根本から劇的に引き下げる。それがこの団体の、本当の目的だ」

 

 それは壮大であまりにも泥臭く、しかし徹底的に理にかなった新たな形の救済の技法だった。

 

 呪霊そのものを根絶やしにしようとする九十九由基の原因療法とも違う。

 呪詛師を部品として消費する禪院全の対症療法とも違う。

 夏油傑という一人の男が選び取ったのは、悪に堕ちる前の人間の心に寄り添い救い出すという、人間としての『予防療法』であった。

 

「……なるほどな。お前らしい、お優しくてクソ面倒くさいやり方だ」

 

 悟はフッと息を吐き、手にしていた名刺を大切そうに自分のポケットへと仕舞い込んだ。

 その顔には先ほどまでの驚きは消え、親友の選んだ道を心から誇らしく思うような柔らかい笑みが浮かんでいた。

 

「…………」

 

 一方で。傑の言葉を聞いていた真希は、薙刀の柄を握りしめ、どこか気まずそうに、バツが悪そうに視線を逸らしていた。

 

 禪院家の人間である彼女にとって、全のシステムは身内がやっていることであり、自分自身もその恩恵を受けている立場だ。

 呪詛師がどうして呪詛師になったかなど、彼女はこれまで考えたことすら無かった。敵は敵であり、祓うか狩るかの対象でしかなかったのだから。

 その自分の無自覚な傲慢さを、傑の言葉によって静かに突きつけられたような気がしたのだ。

 

「……気に病むことはないよ、禪院さん」

 

 そんな真希の僅かな動揺に気づいたのか、傑は優しく微笑みかけ、フォローを入れた。

 

「別に君や、君の一族のシステムを責めているわけじゃない。全のやり方が結果として多くの非術師を呪いの被害から救い、呪術師たちの殉職を防いでいるという事実は、私も認めているんだ」

 

 傑は少しだけ自嘲するように目を細めた。

 

「それに、境遇がどうであれ堕ちるヤツは堕ちる。そして一度引き返せないところまで悪に堕ちてしまった呪詛師がその力でどんな非道を働き、無関係な人々をどれだけ残酷に傷つけるかは……私もこれまでに嫌というほど見てきたからね」

 

 優しさだけでは世界は救えない。

 悪を資源として効率的に処理する全の冷徹さもまた、この狂った世界を維持するための一つの正解であることは、現場で血反吐を吐いてきた傑だからこそ痛いほど理解していたのだ。

 

「だから私は私のやり方で、君たちのシステムからこぼれ落ちる命を拾い上げる。それだけのことさ」

 

 真希は傑のその言葉に少しだけ救われたように短く「……っス」と頷き、ふいっと顔を背けた。

 

 そして彼は、真希の隣でずっと黙って自分たちの話を聞いていた少年――乙骨憂太の方へとゆっくりと向き直った。

 

「……乙骨憂太くん、だね?」

 

 傑が穏やかな声で名前を呼ぶ。

 

「えっ……あ、はい!」

 

 突然、特級呪術師にしてNGOの代表である傑から名指しされ、憂太はビクッと肩を震わせて慌てて背筋を伸ばした。

 

 傑は憂太の目の前まで歩み寄ると。

 一切の驕りも、特級としての威圧感も見せず――ただ、心からの申し訳なさを込めて、深々と頭を下げたのだ。

 

「……えっ!? あの、夏油さん!?」

 

 特級呪術師に突然頭を下げられ、憂太は半ばパニックになって両手を振り回す。

 

「君のことは、悟や夜蛾先生から聞いているよ。特級過呪怨霊に憑かれ、長年誰にも理解されずに一人で孤独と恐怖に耐えてきたそうだね」

 

 傑は頭を上げ、憂太の目元の濃い隈とその背後に隠れ潜む強大な呪いの気配を痛ましげに、そして優しく見つめた。

 

「本来であれば……君のように呪いによって社会から孤立し、理不尽に苦しめられている子供こそ、我々が真っ先に手を差し伸べて保護すべき存在だった」

 

 傑の声には、確かな後悔と自責の念が滲んでいた。

 もし憂太がロッカーに四人の生徒を詰め込んでしまう事件を起こす前に自分が彼を見つけ出し、保護して呪いの扱い方を教えることができていれば。

 彼はあんなにも重い罪悪感を背負い、死を望むような真似をせずに済んだかもしれないのだから。

 

「気づくのが遅くなってしまって、本当にすまなかったね」

「……っ」

 

 憂太はその傑の言葉に、思わず息を呑んだ。

 自分の抱える呪いは周囲を傷つけるだけの「爆弾」であり、忌み嫌われるべき存在だと思っていた。

 それをこんなにも真っ直ぐに「救えなくてごめん」と謝ってくれる大人がいる。

 七海や灰原、五条が与えてくれた「やり直せる」という言葉とはまた違う、心の一番柔らかい部分を優しく包み込んでくれるような温かさが、憂太の胸の奥深くにじんわりと染み渡っていくのを感じていた。

 

 

「――夜蛾学長への挨拶と、我が団体との提携のご案内は、ひとまず君たちで先に済ませておいてくれるかい?」

 

 傑は、背後に控えていたスーツ姿の女性――秘書の菅田真奈美と、他のNGOスタッフたちに向けて穏やかに指示を出した。

 

「承知いたしました、夏油様」

 

 真奈美は一礼し、手際よく資料の束を抱え直すと、スタッフたちを率いてグラウンドを後にした。夜蛾のいる学長室へと向かう彼らの背中を見送った後、その場に残ったのは夏油傑と九十九由基の二人だけとなった。

 

「うおっ……」

 

 その光景を見て、棘が思わず素っ頓狂な声を漏らした。

 

「よく考えたら特級術師のバーゲンセールじゃん……」

 

ブハッ

 

 棘の的確すぎるツッコミに、隣で聞いていたパンダがたまらず吹き出す。真希も呆れたように「バカかお前は」と薙刀の柄で棘の背中を小突いた。

 だが、棘の言葉は紛れもない事実であった。

 

 五条悟夏油傑九十九由基。そして乙骨憂太

 奇しくも今この瞬間、呪術界の頂点に君臨する呪術界の王――禪院全を除くすべての特級呪術師が、この高専のグラウンドという一角に勢揃いしてしまったのだ。

 これほどの戦力が一堂に会せば国家の一つや二つ、冗談抜きで数日で地図から消し飛ばせるだろう。

 一年生たちがその光景に圧倒されるのも無理はない。

 

「さて」

 

 傑はそんな一年生たちの緊張を解きほぐすように、柔らかく微笑みながら再び口を開いた。

 

「ここへ来たのは先ほども言った通り、我が団体と高専――ひいては呪術界全体との提携を進めるための()()()の一環、というのがメインの目的ではあるんだけどね」

 

 高専という教育機関と連携し、呪術界のシステムからこぼれ落ちた人々を保護し、教育の場へと繋ぐ。それは傑のNGOにとって、絶対に欠かせないパイプ作りであった。

 

「だけど……それはそれとして」

 

 傑の視線が、再び真っ直ぐに乙骨憂太へと向けられた。

 

「乙骨くん。君の()()に、私も少しだけ力を貸せないかなと思ってね」

「えっ……」

 

 憂太は目を丸くし、自分の胸――そこに眠る里香の気配を無意識に確かめるように手を当てた。

 

「一番こういう呪いの構造解析に強い、あの禪院全が居ないのが片手落ちと言ったところだけどね」

 

 傑の隣で九十九がジャケットのポケットに手を突っ込みながら、ニヤリと笑って胸を張った。

 

「私たちも、呪いの発生原因や魂の構造についてはそれなりに研究して来てるからね。特に私は『呪霊が生まれない世界』を作るのが目標だから、祈本里香のようなケースも中々に興味深くてねえ」

 

 九十九の言う通り、彼らの持つ特級としての知見と、特に九十九が長年海外を渡り歩いて研究してきた魂の観測データは、里香の解呪において五条悟の六眼とはまた違ったアプローチの強力な助けとなるはずだった。

 

「本当ですか……! ありがとうございます!」

 

 憂太は、高専の先生たちだけでなく、外の世界で活躍する特級術師たちまでが自分のために力を貸してくれるという事実に、感極まって深く、深く頭を下げた。

 この世界は、自分が思っていたよりもずっと温かく、見捨てられていないのだと、胸の奥が熱くなる。

 

 ――しかし。

 その感動的な空気を、九十九由基がぶち壊すのに、五秒とかからなかった。

 

「……ところで」

 

 九十九の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のようにキラリと怪しく光った。

 

「君たち、どんな女が好みだい?」

 

「「「…………は?」」」

 

 一年生男子たちの顔が見事なまでにフリーズし、全員の口から間の抜けた声が漏れた。以前勧誘された事のある真希のみが「やっぱりか」と呆れた顔をしている。

 

「もちろん男でも、なんなら人間じゃなくてもいいよ! 本質ってのは趣味嗜好に一番よく表れるからねえ。さあ、遠慮せずに答えてごらん!」

 

 初対面の特級術師から性癖を問われるという、呪術界でも類を見ない奇行。

 その場にいた傑と悟は、顔を見合わせて同時に深いため息をついた。

 

「まーた始まったよ……」

「相変わらずだな、アンタも」

 

 呆れ果てる大人二人をよそに、唐突すぎる質問をぶつけられた一年生たちは、完全に目を白黒させていた。

 

「えぇ〜、何なのこの人……」

「……特級って、頭おかしいヤツしかなれないのかもな」

 

 パンダと真希がヒソヒソと顔を見合わせる。

 そんな中最も狼狽えていたのは、純情可憐な憂太であった。

 

「えっ!? こ、好み、ですか!? い、いやあの、その……」

 

 真っ赤になってしどろもどろになる憂太。

 その様子を見た瞬間。

 パンダと棘の顔が、悪魔のようにニヤリと歪んだ。

 

おっ。憂太の好みですか、九十九さん!

 

 パンダが、もふもふの腕を振り上げて、わざとらしく大きな声を張り上げた。

 

僕ら、知ってます!!

 

 棘も、満面の笑みで親指を立てて同意する。

 嫌な予感に、真希の額にピキリと青筋が浮かび、憂太の顔面からサーッと血の気が引いた。

 

「や、やめ……!!」

 

 憂太が止めようと手を伸ばすよりも早く。

 

「憂太の好みはですねえ――ズバリ、そこにいる()()()()でーーーす!!!」

 

「「…………ッ!!!」」

 

 パンダの無慈悲な大暴露が、グラウンドの空気をビリビリと震わせた。

 

 数秒の、完全なる静寂。

 そして。

 

「熊畜生がァァァァッ!! 誰が誰の好みだ、殺すぞパンダァァァッ!!!」

 

 真希の怒声が爆発し、彼女は顔を真っ赤に染め上げながら、手にした模擬薙刀をパンダの顔面めがけてフルスイングで叩き込んだ。

 ドガァッ! という鈍い音とともに、パンダが「あいたぁっ!」と情けない声を上げて芝生に転がる。

 

「あ、あ、あああ……っ!」

 

 一方の憂太はといえば、顔を耳の先どころか首元まで真っ赤に茹でダコのように染め上げ、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込み、完全にショートしていた。

 否定も肯定もできず、ただひたすらに羞恥心で死にそうになっているその反応は、もはや「図星です」と全身で肯定しているようなものである。

 

「わはははは! なーるほどね、ツンデレ武闘派筋肉女子がお好みかい! 悪くない、悪くないよ乙骨くん!」

 

 九十九は顔を真っ赤にして暴れる真希と、しゃがみ込む憂太を見て腹を抱えて大笑いした。

 

「おーおー、青春してんねぇ。真希、そんなに照れんなって」

 

 悟もニヤニヤと笑いながら、真希の怒りに油を注ぐように茶化し始める。

 

「バカメガネも一緒に死ねぇぇっ!!」

「サングラスだよ」

 

 真希の怒りの矛先が悟へと向き、木刀が残像を残して振り回されるが、悟は無下限呪術の不可侵でそれを余裕で弾きながら「あはは!」と爆笑し続けている。

 

「……はは。相変わらず、賑やかな学校だね」

 

 傑はそんな大騒ぎのグラウンドの光景を見つめながら、心底楽しそうに、そしてどこか懐かしむように穏やかに微笑んでいた。

 特級としての重圧も、世界の理不尽さも。この瞬間だけは、ただの眩しい青春の一ページとして、彼の心に温かく響いていた。

 

「はいはい、そこまでー! 本題に入ろっか!」

 

 パンパンッ! と。

 一通り腹を抱えて大笑いし満足した様子の九十九由基が、手を叩いてグラウンドの狂騒を強制終了させた。

 誰のせいだと思っているのか。

 

「アンタのせいだろうが!! 全く、お前ら特級はどいつもこいつも……!」

「いや、そう括られるのは割と心外なんだけど……」

 

 困り顔の傑をスルーし、真希がゼェゼェと肩で息をしながら、悟に振り下ろそうとしていた木刀を忌々しげに下ろす。顔はまだ真っ赤に染まっているが、何とか怒りを無理やり腹の底に押し込めたようだ。

 その隣でいまだに両手で顔を覆ってしゃがみ込んでいる最新の特級術師たる憂太は、頭からぷすぷすと湯気を立てたまま完全にフリーズしていた。

 

「あー、若いって素晴らしいね! 極上の青春成分を摂取できて、私までお肌がツヤツヤになりそうだよ!」

 

 九十九は自分の頬を触りながら上機嫌に笑うと、すぐに特級呪術師としての真剣な表情へと切り替えた。

 

「さてさて、緊張も解れたことだろうし。そろそろ本題……乙骨くんの『解呪』に向けた調査を始めようじゃないか」

 

 その言葉に、グラウンドの空気がスッと引き締まった。

 憂太もビクッと肩を震わせ、顔の赤みを残したまま、恐る恐る立ち上がって居住まいを正した。真希やパンダたちも、からかうのをやめて真剣な顔で耳を傾ける。

 

「まず、だ」

 

 彼女は腕を組みながら隣に立つ五条悟へと水を向けた。

 

「五条くん。君のその()()で見た限り、祈本里香と乙骨くんの呪力の構造……現時点での所見はどんなところだい?」

 

 世界を原子レベルで観測し、呪力の流れを完璧に読み解く神の眼。もしそこに何らかの解答の糸口があるのなら、彼が一番に見つけているはずだ。

 

「……んー」

 

 悟は、額に押し上げていたサングラスを完全に外し、その青く、透き通るような『六眼』を剥き出しにした。

 そして、その美しい――しかし、すべてを見透かすような底冷えする眼差しで、憂太の全身をジッと舐め回すように観察した。

 

「……」

 

 憂太は、その圧倒的な眼力に見つめられ、蛇に睨まれたカエルのように身を固くしてゴクリと唾を飲み込んだ。

 数十秒の静寂。

 やがて悟は、「ふぅ」と小さく息を吐き、後頭部を掻き毟りながら口を開いた。

 

「改めてじっくり見た感じ……正直なところ」

 

 悟の声は、いつもの飄々としたおどけたものではなく、ひどく冷静な分析者のそれに変わっていた。

 

「今のこの引っ込んでいる状態の里香ちゃんと憂太の繋がりだけを見ても、全貌を読み解くのは六眼であっても難しいね」

 

「……六眼でも、か」

 

 傑が、意外そうに眉をひそめる。

 

「ああ。完全に隠れているわけじゃないけど、繋がりが深すぎて、どこからが憂太の呪力で、どこからが里香ちゃんの呪力なのか、境界線が完全にグチャグチャに混ざり合ってるんだよ。……だから、正確な構造を把握するには、外に()()()()した里香ちゃんも含めて、二人が同時に存在している状態を見ないとダメだ」

 

 その言葉に、一年生たちの間に重苦しい沈黙が落ちた。

 

 完全顕現。それはすなわち、特級過呪怨霊・祈本里香が、その底知れぬ暴力と呪力のすべてを世界に解き放つということを意味している。

 

「……それは、無理ですね」

 

 先ほど学長室へ向かったスタッフたちを受け入れた後、入れ替わりのようにやってきていた七海建人が静かに口を挟んだ。

 彼の顔には、大人の呪術師としての厳格な判断が浮かんでいる。

 

「たとえ今この場に、それを撃滅せしめる戦力がこれだけ揃っていたとしても。特級過呪怨霊をこのグラウンドで完全顕現させるなど、狂気の沙汰です。周辺の森や施設、最悪の場合は高専の結界にまで多大な被害が及ぶことは間違いない。……被害を抑えきれる保証がどこにもない以上、調査のためだけに呼び出すのはリスクが高すぎます」

 

 七海の正論に、悟も「まあねー、俺も流石にこの辺の地図書き換えるのはちょっと気が引けるし」と、苦笑しながら同意した。

 かつての星漿体任務での魔虚羅戦のように、山を一つ更地にする覚悟があるなら別だが。

 

 悟は六眼を細め、憂太の背後に渦巻く見えない呪いの淵をじっと見据えた。

 

「まあでも、おそらくは何らかの強固な『()()』が絡んでいる事は、間違いないね」

「縛り……」

 

 憂太が、自身の胸に手を当てて小さく呟いた。

 

「『縛り』か……」

 

 九十九が、顎に手を当てて納得したように頷く。

 

「呪術における縛りは、自ら望んで結ぶものだけじゃない。極限の精神状態や、強烈な感情の爆発によって……無意識に結んでしまった、というのは大いにあり得るだろうね」

 

 彼女は、憂太の左手――薬指にはめられた銀色の指輪をジッと見つめていた。

 

「無意識の、縛り……」

 

 憂太の脳裏に、幼い日の記憶がフラッシュバックした。

 

 血まみれになって倒れる、最愛の幼馴染の姿。

 『死なないで』『ずっと一緒にいたい』。ただ純粋に、彼女を失いたくないという一心で心を満たしたあの時の言葉。

 それが呪術的な『縛り』となって、彼女の魂をこの世に縛り付けてしまったのだろうか。

 

「……僕が、里香ちゃんを縛ったんでしょうか」

 

 憂太は指輪をギュッと握りしめ、小さく呟いた。

 里香が憂太を呪ったのではなく、彼自身が彼女を縛り付けてしまったのだとしたら。

 

「愛情、執着、後悔……そういった強烈な感情がトリガーになって、彼女の魂を呪いに変質させてしまった、その可能性もある」

 

 傑が憂太の苦悩を察したように、優しく、だがはっきりと告げた。

 

「だが、逆に言えば。その『縛りの構造』さえ解き明かすことができれば、呪いを解く――解呪への道は必ず開けるということだ」

 

 その力強い断言に、憂太はハッと顔を上げた。

 

 自分の愛と執着が、彼女を化け物に変えてしまったのだとしたら。

 その事実に対する恐怖や罪悪感よりも、今、彼の心に湧き上がってきたのは、今まで感じたことのないほど明確で、真っ直ぐな『覚悟』の火だった。

 

「――僕が、里香ちゃんを縛ってしまったのなら」

 

 傑や九十九、そして悟といった大人たちが向けてくれる、力強く暖かな眼差し。

 同級生たちが当たり前のように隣に立ってくれているこのグラウンドの空気に憂太は顔を上げ、特級呪術師たちと仲間たちを真っ直ぐに見据えた。

 その瞳には地下室で怯えていた頃の弱々しい少年の面影は微塵もなかった。

 

「僕自身がそれを解いてみせます。里香ちゃんを、自由にします! たとえ、何年、何十年かかったとしても……!」

 

 グラウンドの空気を震わせるような、力強い宣言。

 それは乙骨憂太という一人の少年が、自らの罪と呪いに正面から向き合い、呪術師として生きることを魂の底から誓った瞬間であった。

 

「……うん、いい顔だ」

 

 傑が満足げに微笑み、深く頷く。

 悟も「おっ、言うじゃん!」と笑い、九十九や七海が薄い笑みを浮かべ、真希やパンダたちも頼もしそうに肩の力を抜いた。

 その場にいる全員が少年の決意を温かく受け入れ、これから始まる果てしない解呪の道のりを共に歩むことを無言で肯定していた。

 

 

 

 

 

「いい心掛けだね。君みたいな若者は好ましい」

 

 

 

 

 

 不意に、グラウンドの風に溶け込むように。

 ひどく涼やかで、どこまでも穏やかで、しかし絶対的な『支配者』の余裕を孕んだ声が彼らのすぐ背後から鼓膜を打った。

 

「遅まきながら、僕も力を貸そうじゃないか」

 

 ――ゾクリ。

 

 その場にいた全員の全身の毛が一斉に逆立った。

 心臓を冷たい氷の手で鷲掴みにされたような、根源的な悪寒。

 

 数キロに及ぶ大気の流れを読み取り、微細な呪力の揺らぎすら感知する『青嵐操術』を持つ夏油傑が。

 完全なる天与呪縛として、呪力を介さずとも呪霊を空間の物理的変化や気配を第六感で捉える『超感覚』を持つ禪院真希が。

 そして何より、世界を原子レベルで観測し、あらゆる呪術的な事象を隠蔽不可能に見通す神の眼――『六眼』を持つ五条悟が。

 

 今、真後ろから声をかけられるその瞬間まで。

 誰一人として、その存在を探知できなかった。

 

「なっ……!?」

 

 傑が弾かれたように振り返り、大気の盾を展開しかける。

 真希は血相を変えて飛び退き、木刀を構えることも忘れて目をひん剥いた。

 

うげっ……御当主様……!?」

 

 信じられないものを見るように、真希の口から絞り出すような声が漏れた。

 

 そこに立っていたのは、黒の和装をラフに着流し、まるで散歩の途中にふらりと立ち寄ったかのような軽薄な足取りの男。

 特異点にして、現代呪術界のすべてを最適化し支配する絶対の王。

 禪院家第二十六代当主――禪院全であった。

 

 四十代に差し掛かっているというのにその姿は変わらず若々しく、いまや外見年齢だけで見れば悟や傑よりも若くすら見える。

 あの公開調伏の日からおよそ十年、まるで年齢が逆転したかのようだった。

 

「マジかよ……どっから湧いて出たのさ」

 

 悟がずり落ちそうになったサングラスを慌てて中指で押し戻しながら、六眼を限界まで見開いて全の姿を舐め回すように凝視した。

 

 六眼の探知を欺くなど並大抵の術式や結界では不可能だ。悟はかつての星漿体任務の際、紙袋の呪詛師が使った神業めいた結界を想起する。

 

「つーか、アンタ……なんかまたエグそうな術式増えてるし」

 

 悟の蒼い瞳が全の体内で脈打つ無数の術式の渦の中に。これまでになかった、ひと際異質であまりにも「都合の良すぎる」パズルのピースを見つけ出していた。

 

「この状況にゃ、何より役立ちそうなのがこう……なんか都合よすぎないか?」

 

 悟が胡散臭げに、そして最大限の警戒を浮かべた。

 全の生得領域には今、祈本里香という特級過呪怨霊の呪いを解き明かすためにこれ以上ないほどピースがピタリとハマりそうな、新たなる術式が格納されていたのだ。

 

「やあやあ、皆さんお揃いで」

 

 全は悟の警戒など全く意に介さず、いつもの人当たりの良い三日月のような極上の笑みを顔いっぱいに浮かべてみせた。

 

「ようやく新しいコレクションがある程度()()になったからね。いつかの要請の通り、顔を出しに来たのさ」

 

 これまで高専から何度となく送られてきた『特級過呪怨霊・祈本里香の調査協力要請』。

 それを「他にやることがあるから」とまるまる一年近く先延ばしにし、本邸の奥深くに引きこもってまで彼が熱中し、ひたすらに鍛錬を繰り返していたおぞましきコレクション。

 

 それをついにものにしたという報告を兼ねた、あまりにもタチの悪いサプライズ登場であった。

 

「しかし……ふふ、なかなかに錚々たる面々じゃないか」

 

 ぐるりと傑、九十九、そして悟の蒼い目を深く深く覗き込むように。

 

「いつも思うんだけどさ、まじまじと見てくるのやめてくれる?」

 

 彼の言葉を無視し、全は視線を別に向ける。

 

「あの術式は使いこなせているらしいね、狗巻棘くん」

「あっ、はい、どうも……」

 

 恐縮する棘に笑いかけ、隣にのっそりと立つパンダに目を向けると。

 全はその胸の奥にある何かを見て笑みを浮かべる。

 

「久しいねパンダくん。君たちのおかげでこちらの計画も捗っていると、夜蛾さんに伝えておいてくれるかな」

「何か手伝った覚えはないんだが……」

 

 パンダは冷や汗を流しつつ頷く。

 

「それに真希も、中々高専の生活でいい刺激を得ているようだ」

 

 そして冷や汗を流しながら固まっている真希を一瞥し、保護者のような顔で優しく微笑んだ。

 

「そして、遅くなってすまないね。特級被呪者の乙骨憂太くん」

「い、いえ」

 

 ぴくりと肩を震わせる憂太に笑いかけ。そしてまだ驚きが抜けていない面々を見回し、喉の奥からクスクスと心底楽しそうな笑い声を漏らした。

 

「……ふふ、誰にも気付かれずに忍び寄る、というのは。自分がやる側だと案外楽しいものだね」

 

 それは強者たちを一方的に出し抜いたことに対する、子供のような無邪気な優越感だった。

 同時に、自分たち特級が束になっても気配すら感知できないという『絶対的な力の差』を、ただの遊び感覚で見せつけてきた恐怖の権化の姿。

 

 風のそよぐ音すら消え去った高専のグラウンドに。

 

 五条悟。

 夏油傑。

 九十九由基。

 乙骨憂太。

 

 そして彼らの前に舞い降りた、新しき呪いの王――禪院全

 

 日本の呪術界の根本を揺るがす、現在たった五人しか存在しない()()()()()()()()()が。

 今この瞬間、奇しくも高専という一つの場所に完全集結するという異常事態が巻き起こったのであった。




※主人公です

■五条悟
禪院全にリベンジする為に鍛えたいな〜、でも一人じゃ限界あるよな〜。
傑はフラフラしててなかなか会えないし、全本人とってのもなんか違うし。
……あ、そうだ、俺に匹敵するやつ育てて競い合えばいいじゃん、教師やろ!
みたいな感じ。

■夏油傑
NGO団体・青嵐ユースサポートをつくり、ミミナナのような非術師の一般家庭に生まれたせいで理解を得られず孤立しているような術師の卵を救済しはじめた。
日本が中心だが、海外にもアンテナを張っている。
九十九さんについていくどころか取り込んだ上、理子ちゃんと黒井さんにも声をかけているとかなんとか。

■禪院全
満を持して登場。青い目をじっと見ている。
影渡り+バチクソ縛ったステルス術式で降臨。
縛り過ぎて潜入や暗殺、盗み聞きなどにはまず使えない。
サプライズがしたかっただけという、複数個あるからこその無駄遣い。



NGO団体作る夏油は流石に他にいないのではなかろうか。
呪詛師枯渇しない? と思うかもしれませんが、一般出の呪力持ちが業界のこともろくに知らず「これ使えば完全犯罪余裕じゃね?」ってなるパターンはどうしても防げないので普通にポコポコPOPします。
まあ減りはしますが、それで困るのは総監部くらいです。全は取引相手&間接的な手駒が増えてにっこり。
まあ総監部も既に焦る必要はない程度に寿命を蓄えた肌艶のいい爺どもなので、直ちに影響はない、といった感じですね。そもそも一人あたり数十年取れるので。

次回で呪術廻戦0編は完結です。
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