禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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ぜ、禪院の当主さんに解剖されないよう!! 宿儺の指を集める任務を完遂しにであります!!



28.呪術高専-集いし新世代の雛たち

 薄暗く呪符がびっしりと貼られた息の詰まるような地下室から解放され、外の空気を吸い込んだ虎杖悠仁は、「ぷはぁっ」と大きく息を吐き出した。

 

 季節は六月。深夜の仙台の空気は少しばかり肌寒く、しかし呪いと血の匂いが充満していた母校の校舎や、得体の知れない圧迫感に満ちた封印部屋に比べれば、何百倍も心地よく感じられた。

 

 近所の小さな公園のベンチに腰を下ろし、悠仁は隣で長い脚を投げ出している五条悟から、これからの事――明日の東京への移動と、高専への入学に関する簡単な説明を受けていた。

 

「へー、東京に呪術の学校ねぇ」

 

 悠仁は後頭部で手を組み、夜空を見上げながら不思議そうに首を傾げた。

 

「てっきり俺、そういう()()()みたいなのって、京都とか奈良とか、歴史の古い場所にあるモンだと思ってたわ」

「実際、京都にもあるぞ」

 

 不意に、背後の暗がりから静かな声がかけられた。

 

「おっ!」

 

 悠仁が勢いよく振り返ると、そこには見覚えのあるツンツン頭の少年――禪院恵が、ポケットに手を突っ込んで立っていた。

 先ほどまでボロボロで血まみれだったはずの制服はどこかで別のものに着替えたのか綺麗になっており、何より顔や身体の痛々しい傷跡がすっかり消え去っている。

 

「禪院! 無事だったか!! あれ、怪我治ってね!?」

 

 悠仁はパァッと破顔し、ベンチから立ち上がって恵に駆け寄った。

 自分が宿儺に身体を乗っ取られていた間、恵がどうなったのか密かに心配していたのだ。彼が五体満足で歩いているのを見て、心の底からホッとした。

 

「ていうかお前、お前んとこの当主さん、めっちゃ怖かったぞ!! なんだよあの人、目ぇ合わせただけで寿命縮むかと思ったわ!!」

 

 安心した途端、悠仁は先ほど味わった両面宿儺とは別のベクトルで背筋が凍るような恐怖体験を思い出し、ブンブンと身振り手振りで全のヤバさを訴え始めた。

 

「……フゥ」

 

 そのあまりにもストレートで素直すぎる感想に、恵は深く、とても深く疲労の入り混じったため息を吐いた。

 

「だろうな。……とりあえず、怪我についてはその当主様が治してくれたから何ともない」

 

 呪霊に握り潰された肋骨の骨折も臓器へのダメージも、全の反転術式によってほんの数秒で完全に塞がれてしまったのだ。

 ありがたい話ではあるが、あの男の治療を受けるたびに、自分が都合のいい手駒としてメンテナンスされているような妙な気分になるのも事実だった。

 

「にしても……」

 

 恵は元気そうにピンピンしている悠仁を頭の先から爪先まで一瞥し、どこか呆れたように、そして安堵を隠すように鼻を鳴らした。

 

「オマエが呪具の素材にでもされてたら寝覚めが悪くなるところだったぞ」

「……え?」

 

 恵の口から飛び出した聞き捨てならない不穏すぎるワードに、悠仁の顔からスッと笑顔が消えた。

 

「じゅ、呪具の素材? なにそれ?」

「あ? 言ってなかったか?」

 

 恵は薄く、少し意地悪な笑みを浮かべた。

 

「うちの禪院家はな……呪詛師っていう、呪術を悪用する犯罪者どもを狩り集めて、そいつらの術式や寿命を抜き取った後、残った肉体をバラして特殊な()()()()()の素材として製造・加工してんだよ」

 

 淡々と語られる呪術界のトップが裏で行っているスプラッタな事実。

 

「受肉した時点でオマエは呪詛師や呪霊と同等の()()扱いだ。……当主様の機嫌次第じゃ、オマエも最悪、解剖されてその素材として皮を剥がれてたところだぞ」

「ヒッ……!!」

 

 悠仁は顔面を土気色にし、自分の両腕を抱きしめるようにしてブルブルと露骨に震え上がった。

 先ほどの、あの「どう使おうか」と玩具を値踏みするような目を思い出し、解体用ベッドの上でメスを持った全に見下ろされる自分の姿がリアルに想像できてしまったのだ。

 

「あはははは! あんま脅かしてやるなよ恵!」

 

 すっかりビビり散らかしている悠仁を見て、ベンチに座っていた悟が腹を抱えて笑い出した。

 

「大丈夫だって! あの男は、自分にとって生かしておいた方が面白そうならとりあえず生かして泳がせるタイプだからさ! だから君は今のところセーフ!」

 

 悟はニコニコと人懐っこい笑顔でサムズアップして見せた。

 しかし、悠仁の顔色は全く良くならない。むしろさらに引き攣っていた。

 

「……えっ。それって逆に言えば、あの人が『もうこいつ飽きたな』って思ったらバラされるってことだよな……!?」

 

 いまいちフォローになっていない——というより、余計に逃げ場のない恐怖を煽られているだけの言葉に、悠仁はガチガチと歯の根を鳴らして戦慄した。

 

 呪術界。

 これから足を踏み入れるその世界は、化物のような呪霊が蠢いているだけでなく、それを取り締まるトップの人間ですらも、倫理観のネジがぶっ飛んだ恐ろしい連中が牛耳っているのだと。

 虎杖悠仁の新たな人生は、想像を絶するハードモードの幕開けを確信させるのであった。

 

 

***

 

 

「……しっかし、マジで1個もくれなかったな、あの喜久福(きくふく)

 

 東京行きの新幹線の車中、窓際の席に座る悠仁は、ふと未練がましそうに呟いた。

 彼が指しているのは、悟が「お土産じゃなくて俺が帰りの新幹線で食うヤツ」と豪語し、本当に誰にも一切おすそ分けすることなく一人で平らげてしまった仙台名物の大福のことである。

 

「……そういう人だ、あの人は。早いとこ慣れとけ」

 

 隣の席で腕を組んだまま、恵が疲れたように小さくため息をついて返した。

 彼にとっては、五条悟のこうした子供じみた振る舞いや自分勝手な行動は、今に始まったことではない。

 

 やがて新幹線が東京駅に到着し、一行は黒塗りの車に乗り換えて、都立呪術高等専門学校へと向かった。

 車窓からの景色は、悠仁が想像していた「大都会・東京」の高層ビル群から、徐々に緑の多い風景へと変わり、やがて完全な山道へと入っていった。

 

「……なぁ」

 

 車を降りて木々が鬱蒼と茂る山道を登り始めた悠仁は、先導する悟の背中をチラリと見ながら、恵の耳元へ顔を寄せてヒソヒソと囁いた。

 

「しっかし、マジでここ東京? スゲー山ん中じゃん。テレビで見てた原宿とか渋谷と全然違うんだけど……」

「原宿でも渋谷でもねーからな」

 

「東京だって、郊外はこんなもんよ?」

 

 ヒソヒソ声だったにも関わらず、前を歩いていた悟が振り返りもせずにあっさりと答えた。地獄耳めと悠仁が肩をすくめていると、悟はクルリと振り返り、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「さて、悠仁。君は今日から恵と同じ、呪術を学ぶこの高校に転入する訳だけど……まずは学長と面談だ」

「面談?」

 

「そ。君がこの学校に入るにふさわしいかどうか、学長が直々に見極めるの。……下手打つと入学拒否られるから気張ってね?」

 

 その軽い口調の宣告に、悠仁の顔色がサッと青ざめた。

 

「え゙えっ!? そ、そしたら俺どうなんの!?」

 

 入学拒否。それはつまり、「呪物を封じ込める器としての有用性」を証明する場を失うということ。

 悠仁の脳裏に、最悪のビジョンが鮮明に再生された。

 

『……なんだ、スタートから躓いたのか。期待ハズレだね』

ウワーーッ!?

 

 薄暗い手術室。台にガチガチに拘束された悠仁を見下ろし、冷酷な三日月の笑みを浮かべる白衣姿の禪院全。

 その手には、キュイイイインと不吉な音を立てて回転する巨大なドリルが握られ、徐々に悠仁の顔面へと近づいてくる――。

 

いやぁぁぁっ!! 絶対受かってやる!! 面接のコツ教えて! 志望動機とか言えばいいの!?」

 

 恐怖のあまりパニックに陥り、頭を抱えて叫び出した悠仁。

 吹き出す悟と白い目で見る恵。

 

 その騒がしい道中に、突如として――空気を冷たく凍りつかせるような、異質な声が響いた。

 

「――なんだ、貴様が頭ではないのか。力以外の序列はつまらんな」

 

 低く、地を這うような声。

 悠仁の右の頬に、突如として「口」の形が不気味に浮かび上がり、意志を持ったように話し始めた。

 

 

「……ッ!!」

 

 恵がハッと息を呑み、即座に身構えた。指先に呪力が集まり、いつでも影から巨影を引きずり出せるよう警戒態勢に入る。

 だが、悟は全く動じる様子もなく、むしろ「おや?」と楽しげに振り返った。

 

 ——ペチッ!

 

 悠仁は、自分の頬に浮かんだ口を、容赦なく平手で引っ叩いた。

 そして、「痛っ」と自分の頬をさすりながら、バツが悪そうに悟たちへと謝る。

 

「悪ぃ先生、こいつたまに勝手に出てくるんだわ」

 

 まるで少し厄介な居候を抱えているかのような、あまりにも日常的なトーンの謝罪。

 

「へぇー、愉快な体になったねぇ」

 

 悟は、サングラスをずらして面白そうにクスクスと笑った。

 

「愉快か……?」

 

 特級呪物の脅威と隣り合わせにいる状況に、恵はその悠長すぎる担任の態度にドン引きしつつ軽く引いたような冷ややかなツッコミを入れた。

 

 だが、悟の興味は完全に、悠仁の頬に浮かぶ口――両面宿儺へと向けられていた。

 

「まあ、学長ってのは立場上のトップってだけだからね。……生憎、()()という尺度でも残念ながら俺の上がいるぞ」

 

 悟は薄く、どこか挑戦的な笑みを浮かべてそう言った。

 自分が()()ではないと公言すること。かつて天上天下唯我独尊を体現していた彼からは信じられない言葉だが、そこには確かな事実への敬意と、決して折れない闘志が込められていた。

 

「……ほう?」

「あっ、また!」

 

 頬を押さえる悠仁の手の甲に再び唇が浮かび、宿儺が興味を引かれたように低い声を漏らす。

 昨日受肉した直後に自分を圧倒的な速度と力でねじ伏せたこの五条悟という男。それが「自分より上がいる」と認める存在。

 

「昨日、お前の生得領域に土足で入り込んできたやつがそれ。現代の呪いの王さ」

 

 悟の言葉に、悠仁の顔がピクリと反応した。

 あの薄暗い地下室で出会った、端正で胡散臭い着流しの男。

 全と名乗る、自分を「素材」にするかもしれないと脅された恐怖の対象。

 

「どう思うよ。……()()()()呪いの王さんよ」

 

 悟の挑発的な問いかけが、山の静寂に響いた。

 

「ククッ……」

 

 悠仁の手の甲に浮かび上がった宿儺の口から、底知れぬ歓喜と傲慢さを孕んだ笑い声が漏れ出した。

 千年の時を経て現世に受肉した旧き呪いの王。彼の脳裏には、昨夜自身の生得領域に土足で踏み込んできたあの男の姿がはっきりと刻まれていた。

 

 術式を介して自らの魂の領域へ干渉してきた不届き者。

 宿儺は玉座から彼を羽虫のように切り刻もうと、魂の領域において魂をも断つ斬撃を見舞った。並の術師であれば、その一撃で両断され、現実の肉体も即死していたはずの必殺の一撃。

 だがあの男は――その魂への斬撃を、瞬時に己の魂に防壁を展開することで防ぎ切り、ほんの掠り傷一つだけで悠然と撤退してのけたのだ。

 

「……なるほど。アレか」

 

 宿儺の声が、微かな愉悦を帯びて低く響いた。

 

「面白い。この小僧の身体を完全にモノにしたら……真っ先にヤツを殺してやる」

 

 それは千年前の頂点に君臨したいにしえの呪いの王から新しき呪いの王への明確な宣戦布告。

 

「そして、その後は貴様だ。貴様にも借りがあるからな」

 

 更に宿儺は、昨夜自分を子供扱いして組み伏せた五条悟へと刃を向けた。

 その凶悪な宣言を最後に、手の甲の口はスゥッと肌に溶け込むように消え去る。

 

「……あ、消えた」

 

 悠仁は自分の手の甲をペタペタと触り、宿儺が引っ込んだことを確認して安堵の息を吐いた。

 しかし、すぐに昨夜の地下室でのやり取りを思い出し、少しだけ不安そうに悟を見上げる。

 

「あの人……マッドサイエンティストなだけじゃなくて、そんなに強かったんだ。……ってか、宿儺より強いの?」

「サイエンティストじゃなくて()()()()()ね。宿儺より強いかっていうと……」

 

 宿儺の恐ろしさは、まだほんの少ししか感じていない悠仁にとっても、直感的に「ヤバい」と理解できるものだった。

 それよりも強い存在が、自分を()()として品定めしていたあの男だという事実に改めて背筋が寒くなる。

 

「んー、たぶん強いね」

 

 悟は全く深刻さを感じさせない軽い調子で笑って答えた。

 

「真っ当にやり合って勝つのは、二十本の指を全部集めて力を完全に取り戻した宿儺でもきっとしんどいだろうさ。アイツの手札の多さと理不尽さは、ちょっと規格外すぎるからな」

 

 悟の言葉に恵も無言で頷く。

 触れるだけで術式を奪い取り、無数の術式を操り嵌合し、万象に適応した最強の式神を使役する——呪術界のすべてを最適化して支配する禪院全。

 彼と正面からぶつかり合えば、いかなる化け物であろうと無事では済まない。

 

「でも……」

 

 悟はサングラスの奥で六眼を細め、ニヤリと――ひどく凶悪で、純粋な闘志に満ちた笑みを浮かべた。

 

「あの男は、いずれ俺がリベンジして叩き潰す相手だ。たとえ両面宿儺が相手でも譲る気はないね」

 

 かつて敗北を喫した相手への、決して消えることのない執念。

 世界で一番強いと信じて疑わなかった神童が、自らの上に立つ壁を必ず越えるという宣言。

 その言葉の重みに、悠仁は思わず息を呑み、「この人たち、みんなすげぇんだな……」と改めて実感させられた。

 

「よし、到着」

 

 雑談を交えながら歩を進めていた一行は、やがて古風で荘厳な造りの大きな扉の前に辿り着いた。

 

「学長室ついたし、俺は戻る」

 

 隣を歩いていた恵はそう言って踵を返した。

 

「えっ、禪院行っちゃうの!?」

「当たり前だろ、俺の面接じゃねぇんだから。……まあ、せいぜい頑張れ」

 

 恵は肩越しに短く言葉を残し、そのまま廊下の奥へと去っていった。

 重厚な扉を前にしてゴクリと唾を飲み込む悠仁。

 

 下手すれば入学拒否、最悪の場合は素材として解体。そんなプレッシャーが重くのしかかる。

 

「ほら、さっさと入りなー」

 

 悟に背中を小突かれて悠仁は意を決して、重い扉をギィィ……とゆっくり押し開けた。

 

「失礼しまーす……」

 

 恐る恐る部屋の中へ足を踏み入れた悠仁の視界に飛び込んできたのは。

 

「——遅いぞ、悟。八分遅刻だ」

 

 部屋の中央。

 そこにいかついサングラスをかけ、まるで裏社会の構成員かプロレスラーのような風貌の筋骨隆々な大男が、ドカッとあぐらをかいて座っていた。

 呪術高専東京校の学長・夜蛾正道である。

 

 しかし、その強面と迫力ある声とは裏腹に。

 

 彼の手には、可愛らしいピンク色の布と小さな針が握られており。

 周囲には、熊やカッパ、目が一つしかない猫などよく分からない謎の生物を模した、ファンシーで手作り感満載の()()()()()たちが、山のようにお座りして並べられていた。

 

「…………」

 

 オッサンが、カワイイを作っている!!

 

 悠仁の脳内で、凄まじいギャップによる激しいツッコミが暴れ回った。

 いかついオッサンが、真剣な顔でチクチクとお裁縫をしている。しかも周りにはメルヘンなぬいぐるみの山。

 

(いや、ダメだ……ツッコんだら負けだ。これは大事な面接なんだから……!)

 

 悠仁は頬を引き攣らせながらも、必死に口を真一文字に結び、溢れ出そうになるツッコミを腹の底へと押し込んだ。

 ここで「何やってんすか」などと言って機嫌を損ねれば、入学拒否からの即・素材行きという最悪のルートが待っているかもしれないのだから。

 

「責めるほどでもない遅刻をする癖、直せと言ったハズだぞ」

 

 夜蛾は縫いかけていたぬいぐるみの布から視線を外し、深くため息をつきながら悟を咎めた。

 

「えー? 俺なりに急いで来たんだけどなー」

 

 悟は全く悪びれる様子もなく、ひらひらと手を振ってごまかす。

 夜蛾はそれ以上追求するのを諦めたように再びため息をつき、そのサングラスの奥の鋭い眼光を、悟の隣でガチガチに緊張している悠仁へと向けた。

 

「……その子が、か?」

 

 低く、地響きのような声。

 特級呪物・両面宿儺を受肉しながらも、その自我を完璧に抑え込んでいるという、呪術界において千年に一度のイレギュラー。

 視線を向けられた悠仁は、「ハッ!」と弾かれたように直立不動になり、バッと勢いよく直角にお辞儀をした。

 

虎杖悠仁です!! 好みのタイプはジェニファー・ローレンス!! よろしくお願いします!!

 

 彼なりに精一杯考えた、いつになく丁寧(?)で気合の入った自己紹介。

 しかし夜蛾の表情は微塵も崩れることなく、ただ冷徹なプレッシャーだけが部屋の空気を重く押し潰していった。

 

「高専に、何しに来た」

 

 端的で、容赦のない問い。

 

「呪術を学びに来たのか。それとも、ただ宿儺の器としての処遇を受け入れに来たのか。……呪術は、死と隣り合わせだ。生半可な覚悟で足を踏み入れる場所ではない」

 

 夜蛾の言葉が、悠仁の胸に重く突き刺さる。

 

 何しに来た。

 その問いで悠仁の脳裏に真っ先に駆け巡ったのは、たった昨日、病室で自分に最期の言葉を遺して息を引き取った祖父の顔だった。

 

 『オマエは強いから、人を助けろ』『大勢に囲まれて死ね』。自分を育ててくれた祖父の、遺言とも言えるその願い。それが自分の行動原理のはずだった。

 

 ——だが。

 悠仁の口を突いて出たのはそんな祖父の遺言よりも、直近にあまりにも色濃く、強烈に魂に焼き付いてしまった圧倒的な()()()()()()()であった。

 

「ぜ、禪院の当主さんに解剖されないよう!! 宿儺の指を集める任務を完遂しにであります!!」

 

 悠仁はビシィッ! と警察官か軍人のような見事な敬礼をして、大きな声で答えきった。

 

ブッ……!!

 

 そのあまりにも切実で生々しすぎる生存本能むき出しの回答に、隣で聞いていた悟がたまらず吹き出し、腹を抱えて肩を震わせ始めた。

 祖父の遺言という美しい大義名分よりも、「あの恐ろしい当主にバラされたくない」という生存への絶対的な執着が勝ってしまったのだ。

 

「ひゃはははは! お前、マジであの脅し効きすぎだろ!!」

 

 笑い転げる悟。

 一方、悠仁は真剣そのものの顔で「いや、笑い事じゃねーから!」と抗議の視線を向ける。

 

 そして、面接官である夜蛾はといえば。

 突然の想定外すぎる斜め上の回答に、完全に意表を突かれたように数秒間、ポカンと黙り込んでしまった。

 

 呪術師としての高尚な覚悟や、人を救うための大義。

 ——そんな取ってつけたような理由であれば、呪骸をけしかけて窮地に陥らせ、本音を聞き出してやろうと思っていた。

 

 しかし、返ってきたのは「呪術界のトップから逃れて生き延びるため」という、あまりにも身も蓋もない現実的すぎる理由だったからだ。

 

「…………」

 

 夜蛾は手元の縫いかけのぬいぐるみをゆっくりと膝に置き、天井を見上げた。

 ——そして。

 

「……ふっ」

 

 その強面が微かに綻び、鼻から短く笑い声を漏らした。

 

「ははっ……なるほど。禪院全に目をつけられて、解剖から逃れるため、か」

 

 夜蛾の肩が、小刻みに揺れる。

 

「それは……確かに、どんな高尚な大義名分よりも切実で命懸けの、立派な()()だな」

 

 今の呪術界において、禪院全という男の興味を惹いてしまった以上は逃げ道など存在しない。命じられた以上、自ら進んで両面宿儺の指を集め、彼が求める「役割」を完璧に果たすしかないのだ。

 それを初日から骨の髄まで理解し、生き延びるための覚悟を決めているのであれば。それはある意味、今の呪術界を生きていく上で最も正しい生存戦略と言えた。

 

「よかろう」

 

 夜蛾は、再び厳格な表情に戻り、立ち上がって悠仁を見下ろした。

 

「合格だ。虎杖悠仁、君の高専入学を許可する」

おっしゃあ!! 解剖回避ッッッ!!

 

 悠仁は敬礼を解き、満面の笑みでガッツポーズをした。これでとりあえず解剖のために手術台に乗せられる未来は一旦回避されたのだ。

 

「よしよし、これで晴れて俺の生徒だな!」

 

 悟が悠仁の肩をバンバンと叩きながら笑う。

 夜蛾は呆れたように息を吐きつつも、その目には新たな呪術師の卵を迎える、教育者としての確かな光が宿っていた。

 

「宿儺の指を集める道は、きっと過酷だ。……だが、その覚悟があるなら、我々も全力で君をバックアップしよう。歓迎するぞ、虎杖」

 

 こうして呪いの王を受肉した少年は、特異点たる禪院全の恐ろしい影に急かされるようにして、呪術高専という新たな舞台へとその第一歩を踏み出したのであった。

 

 

***

 

 

「おー、結構広いじゃん!」

 

 学生寮に案内され、自分の部屋となる一室に足を踏み入れた悠仁は、荷物を下ろしてぐるりと室内を見回した。

 

 ベッドに机、クローゼット。

 必要なものは一通り揃っているし、何より日当たりが悪くない。今まで祖父と二人暮らしだった彼にとって、寮生活というのは新鮮な響きがあった。

 

「よし、これからここが俺の城だな」

 

 一通り部屋の確認を済ませた悠仁は、満足げに頷いて廊下へと出た。

 すると、ちょうど隣の部屋のドアがガチャリと開き、見覚えのあるツンツン頭が顔を覗かせた。

 

「……げっ、隣かよ」

 

 恵だった。

 彼は悠仁の顔を見るなり、あからさまに嫌そうな顔をして舌打ちをする。

 

「おっ! 禪院! 奇遇だな!」

「……空き部屋なんて、他にいくらでもあっただろうに」

 

 恵は露骨に嫌そうな顔をして、おそらくはこの部屋割りを決めたであろう悟へ向けた恨み言を呟いた。

 悠仁は恵の不機嫌な顔など全く気にする様子もなく、パァッと顔を輝かせて駆け寄った。

 

「聞いてくれよ! 俺、面接通ったぜ! これで解剖回避だ!!」

 

 ビシィッ! と、先ほどの夜蛾の前で見せたのと同じ、気合の入ったガッツポーズをキメる悠仁。

 しかし、その晴れやかな報告を聞いた恵は、半眼になって心底呆れたようにため息をついた。

 

「当主様が一度自分の懐に入れたモンを、そう簡単に壊すわけ無いだろ」

 

 恵の口から出たその言葉に、悠仁のガッツポーズがピタリと止まった。

 

「……えっ?」

「あの人は、自分にとって有用な人材は、骨の髄までしゃぶり尽くしても手放さない主義だ」

 

 恵は、さも当然のように言い放つ。

 そもそも、「最悪、解剖されて呪具の素材にされた」と悠仁を脅かしたのは、他ならぬ恵自身である。自分で散々ビビらせておいて、今になって「壊すわけがない」とあっさり前言を翻すのだから、タチが悪い。

 

「ええっ!? ちょっ、お前『解剖されるかも』って言ってたじゃん!」

「それは昨日の話だ。当主様がオマエに指を集める役目を与えた以上、高専に入れない程度で解体(バラ)したりしない。精々、所属が変わる程度だろう」

 

 恵は肩をすくめ、あからさまにホッとした様子の悠仁を見た。

 

「つーか、もう手に入れた判定!?」

 

 悠仁は顔を引き攣らせ、思わず後ずさった。

 まだあの地下室で数分言葉を交わしただけだというのに、すでに自分が「禪院全の所有物」としてカウントされているという事実に、改めて戦慄を覚える。

 

「うちの当主様はな……呪術師は全部、大きな視点で()()()()()だと思ってるフシがあるんだよ」

 

 恵は、廊下の窓から外の景色——呪術高専の広大な敷地を見下ろしながら、ポツリと呟いた。

 

「実際、総監部の老人たちを寿命の取引で完全に骨抜きにしてるから、命令一つで呪術界全体を間接的に動かせる。それに、俺たち呪術師が呪霊や呪詛師を捕らえたりすれば、それが巡り巡って禪院家の利益——『術式』や『寿命』のストックに繋がるシステムができあがってるしな」

 

 呪術師が働けば働くほど、全のコレクションと権力が肥え太っていく。

 誰もそのシステムから逃れることはできず、その恩恵に依存しきっている現状。

 それはもはや一人の人間による独裁というよりも、呪術界という生態系そのものが「禪院全」という特異点に完全に最適化されてしまっているということだった。

 

「だから、オマエがここで高専の生徒として宿儺の指を集めること自体が、すでにあの人の手のひらの上で踊らされてるってことだ」

 

 恵の冷徹な説明に、悠仁はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 解剖の危機は去ったものの、今度は『一生、あの恐ろしい当主の所有物としてこき使われる』という、新たな恐怖が首をもたげてきたのだ。

 

「う、うわぁ……なんか、すげぇブラック企業かなんかに就職しちゃった気分だわ……」

「今更気づいたのか」

 

 恵は鼻で笑い、自分の部屋のドアノブから手を離した。

 

「……まあ、いいや」

 

 悠仁はブンブンと首を振って、思考のショートを無理やりリセットした。

 難しいことは、頭のいい奴らに任せておけばいい。自分はただ、目の前のできることをやるだけだ。

 

「何はともあれ、今日から同級生だ! よろしくな、禪院!」

 

 悠仁は持ち前の明るい笑顔を取り戻し、真っ直ぐに恵へ向かって右手を差し出した。

 

 恵は、差し出されたその手を少しだけ見つめ、やがて「ふぅ」と小さく息を吐いてから、自分の手を伸ばしてしっかりと握り返した。

 

「……まあ、よろしく」

 

 不器用な、でも確かな仲間としての握手。

 だが恵は握手した手を離すと、少しだけ気まずそうに頭をガシガシと掻いた。

 

「ただまあ……()()って呼ばれると、ちょっと被るんだよな」

「被る? 何が?」

 

「俺の学年の一つ上に、同じ禪院の人間が一人いる。京都校の方にも一人いるし……なんなら、俺の実家に行けば文字通りウジャウジャいるんだよ。禪院が」

 

 恵はうんざりしたように肩をすくめた。

 

「今後、任務先とかでウチの身内とかち合う可能性もある。……だから、呼ばれるなら下の名前の方が助かる」

 

 恵が少しだけぶっきらぼうにそう言うと、悠仁はパッと顔を明るくした。

 

「おっ、そっか! じゃあ、よろしくな! メグミン!」

 

 いきなりあだ名呼びというの距離の近さに、恵は「……お前、流石に馴れ馴れしすぎだろ」と顔をしかめつつも、決して本気で嫌がっているわけではなかった。

 

「おーい、二人とも仲良くなったみたいだねー」

 

 そんな二人の前に、五条悟がヒラヒラと手を振りながら現れた。

 

「五条先生!」

「よっす。荷ほどきは終わった? 明日はちょっとお出かけするから、早めに寝といてねー」

 

 悟は二人の肩をポンポンと叩きながら、軽いノリで告げた。

 

「お出かけ? どこ行くんだ?」

「明日はね、いよいよ三人目の一年生を迎えに行くよ。これで今年の一年は全員集合ってわけ」

 

 悟の言葉に、悠仁は「おおっ!」と目を輝かせた。

 

「マジで!? どんな奴なんだろ! 男? 女?」

「さあねー。それは明日のお楽しみ!」

 

 悟はニシシと悪戯っぽく笑い、そのまま「じゃ、遅刻厳禁だからねー」と踵を返して去っていった。

 残された悠仁は、新しい仲間が増えるという事実にワクワクと胸を弾ませ、恵は「また面倒な奴が増えなきゃいいが」と小さくため息をつくのだった。

 

 

***

 

 

 翌日。

 雲一つない快晴の空の下、虎杖悠仁と禪院恵の二人は原宿の駅前に立っていた。

 

「うぉぉ……!! マジで東京だ!! 原宿だ!! クレープ食いてぇ!!」

 

 行き交う人々の波、立ち並ぶオシャレなショップ、そして巨大なビジョンの広告。

 テレビでしか見たことのなかった「大都会・東京」の景色を目の当たりにし、悠仁は田舎者丸出しのリアクションで目をキラキラと輝かせていた。

 

「……はぁ。うるさいぞ田舎者」

 

 隣で腕を組む恵ははしゃぐ悠仁から少し距離を置き、心底面倒くさそうにため息をついた。

 彼にとっては見慣れた景色であり、人が多くて呪力の淀みも溜まりやすいこの手の街は、あまり好ましい場所ではなかった。

 

「にしてもさぁ、メグミン」

「そのあだ名やめろっつってんだろ」

 

 恵のツッコミを華麗にスルーしつつ、クレープ屋の行列を物欲しそうに眺めていた悠仁がふと我に返ったように振り返って素朴な疑問を口にした。

 

「今更だけど、今日合流するヤツで、一年生全員って言ってたよな? ……ってことは、俺たち合わせてたったの『三人』ってことか?」

 

 高校の同級生が、自分を含めて三人だけ。

 それは、普通の高校生活を歩んできた悠仁にとっては、あまりにも少なすぎる数字だった。

 

「少なくね? 先輩とかはなんか色々いそうだったけどさ」

「……それだけ少数派なんだよ、呪術師は」

 

 恵は行き交う非術師たちの波を冷ややかな目で見据えながら、淡々と答えた。

 

「呪力を持って生まれてくる人間自体が、そもそも極端に少ない。……おまけに、少し前までは、そのただでさえ少ない呪術師もガンガン死ぬのが当たり前の万年人手不足の業界だった」

 

 その言葉に、悠仁はピクリと眉をひそめた。

 

「死ぬって……呪霊にやられてか?」

「ああ。強力な呪霊や呪詛師との戦闘、あるいは能力に見合わない過酷な任務の連発。……かつては、高専に入学しても卒業までに何人も死ぬか、使い潰されてリタイアするなんてザラだったらしい」

 

 恵の口から語られる、ほんの一昔前までの呪術界の凄惨な現実。

 それは、祖父の死を看取ったばかりの悠仁の胸に、重く冷たくのしかかった。

 

「……今は、違うのか?」

「ああ。うちの当主が……禪院全が改革を押し進めて、術師の損耗を可能な限り避ける方針に舵を切った。呪詛師や呪霊からはぎ取った術式を売り買いして全体の戦力を底上げしたりしたおかげで、死傷率は劇的にマシになってる」

 

 恵は実家のトップである全のやり方を手放しで賞賛しているわけではなかった。そのシステムがどれほど非情で、人間の尊厳を無視したものであるかを理解しているからだ。

 だが、その結果として「術師が死ににくくなった」という事実は否定しようのない恩恵であった。

 

「それに、去年には新しい動きもあった。……呪術界の事を知らないまま呪力に目覚めてしまった一般人を見つけ出し、彼らが孤立して呪詛師に堕ちる前に拾い上げる()()()()が発足したんだ」

「保護団体?」

 

「ああ。五条先生の同級生で、特級呪術師の人が立ち上げたNGOだ。そこが呪術界の窓口になって、術師の卵を教育して高専に回してくるようになった。もしかしたら、今日来るヤツも、そのルートで見出されたクチかもな」

 

 禪院全の冷徹な最適化システムと、夏油傑が立ち上げた救済と予防のシステム。

 相反する二つの特異点が機能し始めたことで、今の呪術界はかつてないほどの安定期に入りつつあったのだ。

 

「……へぇ。なんか、すげぇ人たちが色々と動いてんだな」

 

 悠仁は自分が放り込まれた世界の規模の大きさに感心しつつも、やはり「ガンガン死ぬ」という言葉の響きに、改めておっかない業界に足を踏み入れてしまったのだと戦慄した。

 

「よっ! お待たせー!」

 

 そんな二人の背後から、いつものように軽い足取りで五条悟が現れた。

 手にはしっかりと、原宿名物のクレープが握られている。生クリームたっぷりの見るからに甘ったるいそれに、恵が顔をしかめる。

 

「先生、遅えよ! つーか自分だけクレープ食ってんじゃん!」

「へへっ、いいだろー。てか悠仁、すっかり東京に馴染んでんじゃん」

 

 悠仁が抗議する中、恵は呆れたようにため息をつき本題を切り出した。

 

「にしても、なんで原宿集合なんですか? 新入生を迎えに行くだけなら、別に東京駅でも品川でも良かったでしょう」

「んー? ああ、それね」

 

 悟はクレープを齧りながら、あっさりと答えた。

 

「本人の希望だから」

「……は?」

 

 恵がポカンとしていると、悟は「あ、いたいた。アレだわ」と、原宿の駅前広場の隅を指差した。

 

 二人が悟の指差す方向へ視線を向けると、そこには、真新しい呪術高専の制服に身を包んだ、オレンジがかった茶色のショートヘアの少女が立っていた。

 だが、問題はその彼女が()()()()()()()である。

 

「モデルよモデル、私はどうだって聞いてんの」

「えっ、いや、あの……」

 

 なんと彼女は道行く明らかに怪しいスカウトマンらしき男にグイグイと逆凸をかましていたのだ。

 あまりの圧に、声をかけた側のスカウトマンがタジタジになって後ずさりしているという、シュールすぎる光景。

 

「ウケる」

 

 悟がクレープを頬張りながら笑う。

 

「「………………」」

 

 一方の悠仁と恵はといえば。

 これから苦楽を共にするであろう三人目の仲間の、あまりにも強烈すぎる第一印象に、完全に言葉を失い、完全にドン引きしていたのであった。

 

「……なぁ、メグミン」

「なんだ」

 

「あの子、絶対に俺たちよりバカだよな」

「……同感だ」

 

 呪術高専東京校、今年度の一年生。

 宿儺の器、天与の暴君の息子、そして——原宿で逆スカウトをカマす田舎娘。

 

 異端児ばかりが集う新時代の幕開けは、なんとも締まらない、ドタバタとした出会いから始まるのであった。

 

 

***

 

 

「そんじゃ改めて」

 

 満足げな顔でこちらへ歩み寄ってきた明るい茶髪の少女は、腰に手を当ててビシッとポーズを決めた。

 

釘崎野薔薇。二級の二重術者。喜べ男子、一年の紅一点登場よ」

 

 堂々たる自己紹介。その自信に満ちた立ち振る舞いには、田舎から上京してきたばかりとは思えないほどの堂々としたオーラがあった。

 対して、恵は無表情のまま淡々と名乗る。

 

禪院恵。準一級の二重術者」

 

 そのシンプルな返答を聞いた瞬間、野薔薇はピクッと眉を動かして軽く目を見開いた。

 

「……禪院?」

 

 彼女は恵の顔をまじまじと見つめ込み、値踏みするように腕を組んだ。

 

「へえ、御三家サマ。……じゃあ、いつだか私が術式を()()に行った時に、本家で顔見たかもしれないわね」

 

 野薔薇は腕を組みながら彼をジロジロと観察した。

 二重術者である彼女は当然、禪院全の『術式取引』の恩恵を受けた顧客の一人である。

 

「……さあな。当主様の客なんていくらでも来るからな、一々顔なんて覚えてらんねーよ」

 

 彼は心底どうでもよさそうにそっぽを向いた。

 実際、本邸の面会室は力を欲する呪術師や寿命取引に訪れた権力者などが多く訪れ、いちいち顔など覚えていられるはずがない。

 

「チッ、相変わらず禪院の人間はスカしてて鼻につくわね」

 

 彼女は忌々しげに舌打ちをし、それから今度は悠仁の方へと顎をしゃくった。

 

「で? そっちの芋くさいのは?」

「い、芋くさい……!? 俺は虎杖悠仁、よろしくな!」

 

 理不尽な第一印象に少しショックを受けつつも、悠仁は持ち前の明るさで元気よく名乗った。

 

「……ってか、さっきから何級だの何重だのって、なんなんだ? 俺、そういうの全然わかんねーんだけど」

 

 その言葉に。

 野薔薇と恵は、示し合わせたように顔を見合わせ、ピタリと動きを止めた。

 そして、二人の視線は、同時に隣でクレープの最後の一口を頬張っていた白髪の男——五条悟へと、鋭く突き刺さった。

 

「…………」

「…………」

 

 恵のジト目と、野薔薇の「こいつマジで何も知らない素人?」という呆れの視線。

 その無言の圧力を受けた悟は、「んっ」とクスクス笑いながら口元を拭い、明後日の方向を向いて口笛を吹き始めた。

 

「……おい、担任。まさかコイツに、呪術界の基本すら何も教えてないのか?」

 

 恵が地を這うような低い声で問い詰める。

 出会ってから今日に至るまで、悠仁に呪術の基礎知識を教える時間はいくらでもあったはずだ。

 

「いやぁ、それが七海と灰原が今日も揃って任務で出払っちゃっててさ。いつもはあいつらが教えてるからすっかり忘れててね」

 

 悪びれる様子もなく、言い訳を堂々とのたまう特級呪術師。

 他の教師にまさかの丸投げである。

 

「おい、担任」

「信じらんない。教師としてどうなの?」

 

 恵の怒気のこもったツッコミと、野薔薇の辛辣すぎる初対面での評価が原宿の雑踏の中で虚しく響き渡った。




■ 虎杖悠仁
割と真面目に解剖される可能性にビビり散らかしている。
なんなら現状は宿儺より全のほうが怖い。
呪骸を嗾けられるまでもなく合格した。
恵に爆裂しそうなあだ名をつけた。七海がナナミンなら恵はメグミン。

■ 禪院恵
実は既に準一級術師。
虎杖の反応がいいのでからかっている部分も多い。
なお、事の成り行きによっちゃ虎杖の解体&呪具化エンドもなくはないだろうなとも思っている。全への嫌な信頼ゆえにである。
何気にあだ名をつけられたのは生まれて初めて。

■ 釘﨑野薔薇
二重術者になっており、原作より順当に強化されている。
術式構成は鄒霊呪法+??で、嵌合術レベルまでは行かないもののシナジー抜群。

■ 五条悟
相変わらず教師としての仕事を七海や灰原にぶん投げがち。
自分と本気で殴り合える強さの生徒との組手だけを摂取していたい。

■ 喜久福
虎杖たちは気付いていないが、実は新幹線で食べていたのは買い直したもの。
待機時間中に平らげた悟が帰る前に買い増しした。
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