禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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——真人(まひと)

……あれは、我らの中でも特別だった



幕間蠢動編
33.雨後-萌芽する呪い


 東京都立呪術高等専門学校の地下深く、冷たく静まり返った死体安置所。

 無機質な白熱灯の光の下、ステンレス製の冷たい台の上に、白い布を被された一体の遺体が静かに横たわっていた。

 

 特級呪物を身に宿し、呪術師としての短い人生を駆け抜けた少年——虎杖悠仁

 

「……私の、責任です」

 

 その傍らの長椅子に深く腰掛ける五条悟の前で、補助監督の伊地知潔高(いじちきよたか)が、今にも床に崩れ落ちそうなほどに顔を青ざめさせ、深く頭を下げていた。

 

「任務はあくまで事前の避難誘導と、禪院家の実験戦力が到着するまでの警戒・警備でした。……避難誘導から漏れた五人を探しに、彼らが再び施設内へ入る事を、私が止めきれなかった」

 

 伊地知の声は震え、激しい自責の念に押し潰されそうになっていた。

 特級の気配が強まった時点で、たとえ彼らが「避難誘導の継続」を主張しようとも大人として、補助監督として何が何でもそれ以上の捜索を制止すべきだった。

 ……そうしていれば、彼が命を落とすことはなかったのだ。

 

「………………」

 

 悟は深く重いため息をつき、悠仁の形をした布の膨らみを静かに眺めた。

 

 報告は全て聞いている。

 特級呪霊に遭遇したこと。腕を切断され、同行する禪院恵及び釘﨑野薔薇を逃がすために悠仁が一人で残ったこと。両面宿儺に身体を明け渡して特級呪霊を消し飛ばしたものの、宿儺によって心臓を抉り出されて人質にされたこと。

 そして最後は被害の拡大を防ぐために仲間である野薔薇の術式と、彼自身の意志によって宿儺を道連れに死を選んだこと。

 

 善意の暴走と幾つもの不運が重なり合った、あまりにも不幸な事故だった。

 

「……伊地知のせいじゃないさ」

 

 悟はうつむき続ける伊地知へ向けて、静かに言った。

 その声にはいつもの飄々とした軽薄さはなく、ただ事実を淡々と受け止めるような響きがあった。

 

「彼らは特級を祓いに行ったんじゃなく、避難誘導の続きに向かった。……まあ、言葉遊びではあるけど、命令違反には当たらない。君が無理やり引き止める権限もなかっただろう」

 

 悠仁や野薔薇の、理不尽な死から誰かを救いたいという真っ直ぐすぎる善意。そしてそれを最終的に許容してしまった恵の、呪術師としての若さと甘さ。

 その彼らの()に押されてしまった伊地知を、誰が責められるというのか。

 

 そもそも、こんな特級案件に一年生の彼らを派遣せざるを得なかったほど他の任務で手が回っていなかった彼らより上位の術師たち――自分を含めた高専側の慢性的な人手不足こそが根本的な原因なのだ。

 近年の呪術界大改革、それによる殉職率の低下をもってしても変わらぬ事実。

 

 誰も責めることはできなかった。

 それが、呪術という血みどろの世界の残酷な現実だった。

 

 悟はやり場のない感情のままに膝の上でギリッと拳を握りしめ、もう一度深くため息を吐く。助けられたはずの命だった。

 自分が間に合っていれば、彼を死なせずに済んだかもしれない。

 特級呪術師としての突出した力を持っていながら、またしても若き可能性を一つ、自分の手からこぼれ落としてしまった。

 

 重苦しい静寂が安置所を支配する中、悟はふとサングラスの奥で目を細め、ある男の顔を思い浮かべた。

 

「……ただ、禪院全はちょっと、どう反応するかな」

 

 ぽつりとこぼしたその一言に、伊地知が「ヒッ」と短い悲鳴を上げて肩をビクンと震わせた。

 

 ——宿儺の器。

 千年に一度のイレギュラーであり、あの禪院全が明確な興味を持ち、自ら赴いてまで懐へと迎え入れた少年。

 全は虎杖悠仁に指を全て取り込ませた後、その肉体と魂をどうやって運用して新しい玩具としてしゃぶり尽くすか、きっと悪趣味な期待に胸を膨らませていたはずだ。

 

「彼からすれば、自分が予約しておいた極上のコレクションが、たかだか特級呪霊一体のせいでスクラップになったわけだからね。……ちょっとばかり、機嫌を損ねるかもしれない」

 

 悟の言葉に伊地知は顔面を土気色にして震え始める。

 もしあの男の怒りの矛先が、現場の監督不行き届きとして自分や高専に向いたらどうなるか。想像するだけでも恐ろしい。

 

「ま、何か言ってきたら俺が適当に突っぱねるから。伊地知は気にしなくていいよ」

 

 悟は立ち上がりながら、そんな伊地知を安心させるようにポンと肩を叩いた。

 そんな時、ガチャリと霊安室の扉が開いた。

 

 

***

 

 

「……わざわざ貴重な一本を使ってまで、宿儺の実力を確かめる必要があったかね?」

 

 ファミレスの裏路地。

 頭頂部で煮え滾る活火山のような溶岩からシュウシュウと熱い湯気をくゆらせ、単眼の呪霊——漏瑚(じょうご)が不満げに鼻を鳴らした。

 彼らの一派が密かに回収し、温存していた特級呪物・両面宿儺の指

 それを英集少年院に呪胎として安置し、虎杖悠仁と特級呪霊をぶつける盤面を用意したのは、他でもない彼らである。

 

 その作業は詰将棋のように緻密で、綱渡りそのものな計画であり、あの現場へ悠仁たちが出ざるを得ないようにするために、少なくない支出もあったという。

 

「中途半端な当て馬じゃ意味がないからね」

 

 ライダースジャケットを羽織り、豊かな胸の谷間と蠱惑的なボディラインを惜しげもなく晒した黒髪の美女——羂索(けんじゃく)が、くすくすと妖艶な笑い声を漏らす。

 

「それに、それなりの収穫はあったよ。今の宿儺の機動力と反転術式の練度、そして何より……禪院家の新しい生体兵器のスペックまで見ることができたんだからね?」

 

 羂索の瞳が妖しく、愉しげに細められる。

 禪院全が手ずからに造り上げた素晴らしい兵器。あの規格外の性能は、今後の計画において必ず考慮すべき重大なファクターとなる。そのデータが取れただけでも、指一本の投資としては十分すぎるリターンだった。

 

「ぷぅ、ぷぅ……」

 

 漏瑚の隣で、真っ赤な蛸のような頭部を持つ呪霊——陀艮(だごん)が、不気味な呼吸音を漏らす。

 

人間は、そこまで堕ちましたか

 

 さらにその横で、目の位置から二本の枝を生やした白い肌に筋骨隆々の呪霊——花御(はなみ)が、言語とも呼べない奇妙な音の羅列で何事かを呟いた。

 

「そうだね、()が台頭してからの呪術界は中々目が離せないよ」

 

 花御の言葉の意味を正確に理解した羂索が同調するように微笑む。

 未登録の特級呪霊たち。彼らはそれぞれが大地、海、森といった自然に対する人類の畏怖から生まれた、極めて純度の高い呪いの結晶であった。

 

「さて、と」

 

 羂索はヒールを鳴らして裏路地を抜けて明るい大通りへと出た。そして目の前にあったファミリーレストランの自動扉を何の躊躇いもなくくぐる。

 

「いらっしゃいませ。一名様のご案内でよろしいですか?」

「ええ、お願い」

 

 笑顔で接客してくる店員に羂索は愛想よく頷き、案内されるままに奥のボックス席へと向かった。

 すごい美人さんだな、などと呟き離れていく非術師の店員には、彼女の隣をぞろぞろと歩いている呪霊たちの姿は一切見えていない。

 

 席につき、メニューを開くこともなくお冷やを手に取った羂索は向かいの席や近くのテーブルなどへ思い思いに腰を下ろした三体の呪霊を見据えた。

 

「——つまり、君たちは」

 

 羂索はコップを優雅に傾け、喉を潤してから本題を切り出した。

 

「今の人間と呪霊の立場を入れ替えたいと。……そういうことかな?」

 

 彼ら未登録の特級呪霊たちが集い、羂索という呪詛師と手を組んでまで成し遂げたい悲願。

 

 その問いに対し、漏瑚は単眼をギョロリと動かし、頭頂部の溶岩からボコボコと怒りの泡を煮え立たせながら答えた。

 

「……少し違うな」

 

 漏瑚の声には、人類に対する深く、純粋な嫌悪感が込められていた。

 

「人間は嘘で出来ている。表に出る正の感情や、綺麗事で飾った行動には……必ず()がある。欺瞞と自己正当化の塊だ」

 

 漏瑚の言葉は呪術界の醜い派閥争いや、他者を蹴落としてでも生き残ろうとする人間の本質を正確に突いていた。

 

「だが、憎悪や殺意、嫉妬という()()()()はどうだ。そこには一点の曇りもない、偽りの無い真実がある。……そこから生まれた我ら呪いこそが真に純粋な、本物の人間なのだ」

 

 漏瑚は己の胸を叩き、誇り高く宣言した。

 

「偽物は消えて然るべき。……我らこそが、この世界に君臨すべき真の人類なのだと、そう言っているのだ」

「……なるほどね。主張はよくわかったよ」

 

 羂索はコップをテーブルに置き、ふふっと楽しげな笑みを漏らした。

 

「純粋な真実である君たちがこの星に人類として君臨する。……とても美しい理想だ。しかしね」

 

 彼女は、冷徹な事実を突きつけるように目を細めた。

 

「この現状のまま正面から争えば、消されるのは確実に君たちの方だ。……それはもう、肌で感じているだろう?」

 

 その言葉に、漏瑚の頭頂部の溶岩がシュゥゥゥ……と苛立ちの白煙を上げた。

 否定できない現実。陀艮も花御も、不快げに沈黙する。

 

「……わかっている」

 

 漏瑚はギリッと牙を噛み合わせ、忌々しげに吐き捨てた。

 

「禪院全の体制によって呪術師全体の平均は上がり続けており、結果として呪いは狩られ、祓われる一方だ。……だからこそ、貴様に聞いているのだ! どうすれば奴らに……禪院全(ヤツ)に勝てる!?」

 

 特級呪霊である彼らであっても、現在の一枚岩となった呪術界と真っ向からぶつかり合えば、いずれすり潰される。

 だからこそ、彼らは知恵を借りるために、この得体の知れない呪詛師と同盟を結んだのだ。

 

「焦らないで。ちゃんと計画はあるよ」

 

 羂索は指を立て、まるで教師が黒板に書くように、一つずつ勝利条件を提示し始めた。

 

「まず、絶対に避けては通れない最大の障壁——現代の呪いの王たる禪院全を殺し、その肉体を手中に収めること」

 

 その名が出た瞬間、呪霊たちの間に怯えを含む重苦しい空気が漂った。

 あらゆる術式を使いこなし、特級呪霊すらも手駒として使役する特異点。彼ら呪霊からしても、あれは絶対に近づいてはならない()()の最たるものであった。

 

「死体にしてしまえば、私の術式で脳を入れ替えてあの『簒奪呪法』ごと彼の肉体を意のままに操れるようになる。彼が築き上げた今の呪術界をそっくりそのまま乗っ取れるんだ、そうしてしまえばあとはどうとでも崩せるさ」

 

 羂索は恍惚とした表情で、己の野望を口にした。

 全の肉体さえ手に入れば、彼がストックしている無数の術式も、呪霊操術もすべてが羂索のものとなる。肉体の老化とも無縁のそれは千年を生きた彼女にとっても垂涎の的と呼べる極上の()だった。

 

「とはいえ、彼を真正面から殺すのは不可能に近い。これが一番難しい課題だね」

 

 羂索は一つ目の指を折り、次に中指を立てた。

 

「第二に、『五条悟』を戦闘不能にすること。彼もまた規格外の特異点だ、どうにか盤面から排除する必要がある。万能さでは禪院全に劣るが、殺しにくさではこちらの方が上かもね」

 

 禪院全に次ぐ現代最強の術師の一人。六眼と無下限呪術を併せ持ち、覚醒によって完全無欠となった男。

 これもまた、彼らにとっては絶対に超えられない理不尽な壁である。

 

「最も重要なのは、禪院全と五条悟を連携させないこと。これに尽きる」

 

 禪院全と五条悟、どちらか片方ですら最悪の相手。それが連携してしまえば、もはや何をどうやっても勝ち目がない。

 

「そして第三に……()()宿()()を、完全復活させて仲間に引き込むこと」

 

 三つ目の条件を聞き、漏瑚が「ほう」と興味深そうに身を乗り出した。

 

「なるほど。あのいにしえの呪いの王を……か」

「そう。第一の条件——禪院全の殺害を達成するには、史上最強の術師たる宿儺の協力が必要不可欠。それですら、禪院全と五条悟同時となれば勝ち目はきわめて薄い」

 

 羂索は冷酷な計算式を淀みなく語る。

 

「故に、手順はこう。まずは五条悟を戦闘不能にし、その後に両面宿儺を復活させる。そして宿儺の手を借りて禪院全を殺し、肉体を乗っ取って呪術界を転覆する」

 

 それこそが、現在考えうる限りで彼ら呪霊側がすべてをひっくり返せる唯一無二の『正解ルート』だったのだ。

 

 しかし、その完璧に思える計画を聞いて、漏瑚は一つだけ首を傾げた。

 

「だが、肝心の器のガキは死んだのであろう? どうするのだ」

 

 先ほど少年院で、虎杖悠仁の心臓は抉り出され、確かに死を迎えたはずだ。

 器が死ねば、受肉していた宿儺の魂も一時的に深淵へと沈む。仲間に引き込むどころの話ではない。

 

「さぁ、どうかな?」

 

 羂索は口元に笑みを浮かべ、曖昧にそう言った。

 

 

***

 

 

 ——静寂。

 ポタリ、ポタリと、どこからか滴る水滴の音だけが響く、薄暗く果てのない空間。

 

 虎杖悠仁が目を覚ますと、そこは浅い血の池が一面に広がり、無数の動物や人間の頭骨が無残に散らばる、おぞましい世界だった。

 そして、その中心にそびえ立つ、巨大な獣の骨を組み上げて造られた禍々しい玉座。

 

「——許可なく見上げるな。不愉快だ、小僧」

 

 玉座に深く腰掛けて頬杖をつきながら冷然と見下ろしてくるのは、悠仁と同じ顔を持ち、全身に黒い文様を刻んだ旧き呪いの王——両面宿儺であった。

 

「……!」

 

 悠仁はハッと息を呑み、即座に血の池を蹴って身構えた。

 自分が死んだことは覚えている。野薔薇の術式による目の覚めるような痛みと、恵の腕の中で意識が途切れたあの感覚。

 ならばここは地獄か、それとも死後の世界か。

 

「なら降りてこい、見下してやっからよ……!」

 

 悠仁は己の命を理不尽に奪い、仲間たちを殺そうとしたこの悪魔に対して青筋を立てて怒りに満ちた咆哮を上げた。

 

「フン……」

 

 宿儺は鼻を鳴らし、悠仁の放つ稚拙で真っ直ぐな怒気を見下した。

 

「随分と殺気立っているな」

「当たり前だ、こちとらお前に殺されてんだぞ!!」

 

「はて?」

 

 宿儺は四つの目を細め、白々しく小首を傾げて嗤った。

 

「オマエにトドメを刺したのは、あの生意気な小娘ではなかったか?」

「てめぇ……ッ!!」

 

 野薔薇の苦渋の決断を、あまつさえ嘲笑の道具として口にされた。その言葉が、悠仁の堪忍袋の緒を完全にブチ切った。

 

うおおおおおおおっ!!!!

 

 悠仁は血の池の水底を力強く蹴り上げ、骨の玉座めがけて猛然と突貫した。

 怒りに任せた右ストレートが宿儺の顔面を捉えんとする。

 

 ——しかし。

 

「遅い」

 

 パシッ、と。宿儺は玉座から立ち上がることもなく、片手で悠仁の拳をあっさりといなした。

 そのまま流れるような動作で悠仁の腕を捻り上げ、足元を払う。

 

「がはっ!」

 

 悠仁の身体は空中で反転させられ、血の池の水面に勢いよく叩きつけられた。

 バシャァッ! と赤い飛沫が舞い上がる。

 

 そして倒れ伏した悠仁の背中の上に、玉座から飛び降りた宿儺はどっかりとあぐらをかいて腰を下ろした。

 

「重ッ……! どけっ!」

 

 もがく悠仁を意に介さず、宿儺はつまらなそうに一つ欠伸をした。

 

「つまらんな。……あの傀儡の方がよっぽど骨があったぞ」

 

 宿儺の脳裏に先ほどまで戦っていた禪院家の生体兵器『惱无』の姿がよぎる。

 あの醜悪な怪物は、呪力の扱いもままならないこの小僧などとは比べ物にならないほどの暴力と耐久力を兼ね備えていた。

 

 ——宿儺の口元に、邪悪な笑みが浮かぶ。

 

「てめぇ……ここが地獄だってんなら、泣き入れるまで何度でもぶっ殺してやる……!」

 

 水面で顔を歪めながら吠える悠仁に、宿儺はケヒッと短く嗤った。

 

「馬鹿め。ここはあの世ではない」

 

 宿儺は悠仁の頭を血の池にグッと押し付けながら、冷酷に告げた。

 

「俺の生得領域だ」

 

 その言葉の意味を理解できず、悠仁の動きがピタリと止まる。

 生得領域。それは、あの変貌した少年院の宿舎の中のそれを指して恵が言っていた言葉だ。

 

「心の中と言い換えてもいい……つまり、俺たちはまだ()()()()()()

 

 宿儺の言葉が、血の池に響き渡った。

 

「オマエが条件を呑めば、心臓を治して生き返らせてやる」

 

 悠仁の背中にどっかりと座ったまま、宿儺が突然耳を疑うような提案を切り出した。

 生き返る。その言葉に悠仁は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに怒りの表情を取り戻して宿儺を睨みつけた。

 

「偉っそうに……! 散々イキっといて、結局テメェも死にたくねえんだろ!」

「ハッ」

 

 図星を突かれた怒りなど微塵も見せず、宿儺は鼻で笑った。

 

「勘違いするな。オマエの命は一つで終わりだが、俺にはまだ十七本の指が残っている。また受肉の機会を得るだけなら、指が誰かに喰われるのを気長に待てば良いだけのことだ」

 

 千年の時を微睡んできたこの旧き呪いの王にとって、数年、数十年の空白など誤差でしかない。

 

「……だが」

 

 宿儺の四つの瞳の奥で先ほど戦った異形の怪物の姿——そしてその怪物を創り上げたであろう、あの禪院全という男の底知れぬ狂気が思い起こされていた。

 

「気が変わった」

 

 あの悍ましくも合理的な生体兵器『惱无』。そして魂の領域にすら干渉してきた、禪院全の特異な力。

 千年眠っていた間に、呪術は退化するどころか全く違う方向へと歪に進化を遂げていた。

 

 ……この面白い時代を、すぐに手放すのは惜しい。

 そのためには、やはり手足となる「器」があった方が手っ取り早かった。

 

「……何の条件だよ」

 

 悠仁が警戒心を露わにして問うと、宿儺は口元を歪め嗤う。

 

「条件は二つだ。一つ、俺が『契闊(けいかつ)』と唱えたら、一分間身体の主導権を俺に明け渡すこと」

 

 宿儺は指を一本立て、そのまま二本目を立てる。

 

「そして二つ、()()()()()()()()()()

 

 その不気味すぎる条件を聞いて、悠仁は水面から立ち上がりながら即座に首を横に振った。

 

「駄目だ。何が目的かは知らねぇが、キナ臭すぎる」

 

 悠仁は先ほど自分が身体を乗っ取られていた間に起きた惨劇——仲間が脅かされ、自らの心臓が抉り出された記憶を思い出して強く歯噛みした。

 

「今回の事で、オマエがどんだけ邪悪でヤバい奴か嫌ってほどよくわかった。もう二度と身体は貸さねえ」

「ほう……」

 

 頑なな悠仁の拒絶。しかし、宿儺の顔には苛立ちではなく、嘲笑が浮かんでいた。

 

「ならば、こうしよう。その身体を明け渡す一分間、俺は『他人を殺したり傷付けたりしない』と……()()を結んでやる」

「……っ」

 

 悠仁が言葉に詰まる。

 他人を傷つけない。それなら、ただ身体を貸すだけで誰の命も奪われない。

 

「……ああ、小僧。縛り、という意味はわかるか?」

 

 宿儺はしゃがみ込み、水面で警戒する悠仁を心底バカにしたような、哀れむような目で見下ろした。

 

「オマエのような、呪術の理も知らぬ蒙昧な輩にも分かるように説明してやると……縛りとは呪術的な契約であり、()()()()()だ」

 

 宿儺の言葉が、血の池に重く反響する。

 

「もしこれを破れば、いかに俺であってもタダでは済まん。魂そのものへの甚大な罰を受けることになる。……故に、俺が縛りを反故にして他人を殺す可能性は、考えずともよいということだ」

 

 他人を傷つけないという絶対のルール。

 それを守るのなら、宿儺が表に出てくる一分間に、一体何ができるというのか。

 

(何か裏がある……! だけど、俺がここで死んでも、どのみち宿儺はまた別の誰かの身体で復活するかもしれない。それに……俺が生き返れるなら……!)

 

 悠仁の脳裏に、悲痛な顔で別れを告げた恵と涙を堪えていた野薔薇の顔が浮かぶ。

 彼らにこのまま仲間殺しの咎を背負わせておくのは、嫌だった。しかし、それでもこの誘いに乗れば何が起きるかわかったものではない。

 

「……どうだ?」

 

 その悪魔の囁きに対しての悠仁の答えは——言葉ではなく、行動だった。

 血の池を力強く蹴り上げ、振りかぶった右の拳を宿儺の頬めがけて容赦なく叩き込んだ。

 

 ——ゴッ!!

 

 宿儺はわずかに顔を逸らして威力を殺したものの、彼の放った拳は確かにその頬を捉え、鈍い音を立てていた。

 悠仁は着水と同時に身を翻し、再び両拳を固く握りしめてファイティングポーズを取る。

 

「呑むわけねーだろ。無条件に生き返らせろ!」

 

 悠仁は青筋を立てて怒鳴った。

 

「そもそも、テメーが俺の心臓を抉り出したせいで死んでんだよ! どの口が恩着せがましく条件出してきてんだ!」

 

 その怒声に、宿儺は殴られた頬を片手でさすりつつも、苛立つどころかひどく愉快そうにニィッと三日月の笑みを深くした。

 

「……ケヒッ。威勢が良いのは結構だが、交渉のイロハも知らんと見える」

 

 宿儺はゆっくりと立ち上がり、両手をだらりと下げて無防備な姿勢のまま、悠仁を見据えた。

 

「では、こうしよう。今から殺し合って、小僧が勝てば無条件で生き返らせてやる。俺が勝てば、先ほどの縛りを呑んで生き返る」

 

 それは、悠仁の「戦って勝ち取る」という闘争本能を上手く突いたゲームの提案だった。

 

「……()()()

 

 悠仁は宿儺の頬に拳を入れた感触を思い出し、不敵な笑みを浮かべた。

 生身ならともかく生得領域という心の中の空間なら、気合いの勝負になる。それなら、根性で負ける気はしなかった。

 

「ボコボコに——」

 

 してやる。

 その言葉を、悠仁が最後まで言い切るよりも早く。

 

 シュパンッ

 

 空気を切り裂く微かな音が、そして水面に重いもの——斬り落とされた悠仁の鼻から上の頭部が沈む音が血の池の空間に響き、彼の意識は途絶えた。

 

 

***

 

 

 ——ピチョンピチョン

 

 深い深い水の底から、泡が弾けるように意識がゆっくりと浮上してくる。

 ぼやけた視界の中で、不自然に明るく眩しい光が丸く並んでいるのが見えた。

 

(……なんだ、あれ)

 

 じわりと焦点を結んでいく視界。

 それは、テレビの医療ドラマでしか見たことがない、天井から吊り下げられた巨大な無影灯(むえいとう)だった。

 

 そして、その眩しい光を遮るようにして、いくつかの人影が覗き込んでくる。

 左側には、以前に高専の医者であると伊地知から紹介された、どこかけだるげな白衣の女性——家入硝子(いえいりしょうこ)

 その隣には揃って奇妙な丸眼鏡をかけて口髭を蓄えた、見慣れない瓜二つの双子の老人が白衣を着て立っている。

 

 そして、その真ん中に立っていたのは。

 

「…………っ」

 

 たった今生えてきたばかりの悠仁の心臓が、湧き上がる恐怖で早鐘のように跳ね上がった。

 

 黒の着流しに白衣を羽織り、いかにも胡散臭い三日月の笑みを浮かべた男。

 

「おや。生き返ったね」

 

 全がまるで興味深い実験動物の奇妙な生態を確認したかのように目を細めて言った。

 

「え……?」

 

 悠仁は自分の状況を理解しようと視線を動かし……そして、全の右手に握られている鋭く光る()()()()()()に釘付けになった。

 

 その瞬間。悠仁の脳裏で、かつて恵から散々脅かされた「解剖されて呪具にされる」という恐怖のシナリオがついに現実のものになったのだと完全に勘違いしてしまった。

 

 

 

ウワーッ!! 解剖いやあああああ!!!!

 

 

 

 高専地下の霊安室兼手術室に、虎杖悠仁の鼓膜を劈くような断末魔の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

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 全は手にしたメスをトレイにカランと置き、ラテックス製の手袋をパチンと音を立てて外しながらくすくすと笑った。

 

「そんなに怯えなくていいよ。せっかく生き返ったって言うのに、わざわざバラしたりしないさ」

 

 手術台の上で医療用ドレープを必死に胸元に引き寄せてガタガタと震えている悠仁を見下ろし、全は心底愉快そうに言う。

 

「呪力強化もまともに出来ないまま素手で壁ぶち抜く異常な筋力の源をゆっくり開いて確かめたかったのに。……ちょっと残念」

 

 隣で家入硝子が手袋を外しながら本気でがっかりしたようにため息をつく。

 その言葉を聞いて悠仁は「やっぱ解剖する気満々だったじゃねーか!!」と涙目で抗議の声を上げた。

 

 そんな二人の背後で禪院家のマッドカーシスト——達磨と球大の双子の老人が、しげしげと悠仁の胸元を覗き込んでいた。

 

「ほぅほぅ……見事なものじゃのう」

「うむ。先程までぽっかりと空洞を晒しておった胸部が失われた心臓ごと完璧に再生されておる」

「凄まじい精度の反転術式じゃ。流石は旧き呪いの王、両面宿儺と言うべきか」

 

 双子の老人は悠仁の命が助かったことよりも、宿儺が施した反転術式の痕跡そのものに学術的な興味を惹かれて興奮しているようだった。

 

 ガチャッ。

 その時、悠仁の凄まじい悲鳴を聞きつけた伊地知が血相を変えて手術室の扉を開けて飛び込んできた。

 

「ど、どうしました!? 何か異常が——」

 

 だが、伊地知の言葉は途切れた。

 台の上で布を被って震えている悠仁と目が合い、彼の口はあんぐりと開き、眼鏡がズリ落ちるのも忘れて呆然と立ち尽くす。

 

「ごごご、五条さん!! い、いいい、いい生き……!」

 

 同じく伊地知の後ろから入ってきた五条悟も、サングラスを少しだけずらし、六眼を大きく見開いて驚きの表情を浮かべた。

 しかし、すぐにその顔にいつもの飄々とした、それでいてどこかホッとしたような笑みが広がる。

 

「——おかえり!」

 

 悟のその短くも温かい一言に、悠仁は少しだけ緊張を解き、「あ、うん……ただいま」と照れくさそうに笑い返した。

 

 

***

 

 

「……禪院全は、ともかく。五条悟も我々が束になっても殺せんか」

 

 漏瑚が忌々しげに目を細め、唸るように吐き捨てた。

 千年の知識と経験を持つ羂索が断言する二つの特異点の規格外さ。

 自分たちこそが真の人間であると誇る特級呪霊たちであっても、その二人の存在だけは越えられない理不尽な壁として立ち塞がっているのだ。

 

「宿儺の器が死んだ今、ひとまず禪院全だけでも……どうにか排除する別の手段を考えねばならないのではないか? 何かお前に策は——」

 

 どこか縋るような響きを帯びた漏瑚の問いに、羂索はコップの水を一口煽りながら残酷な事実をあっけらかんと口にした。

 

「あったらとっくにやっているとも。宿儺抜きでは無理だね」

 

 羂索はテーブルに肘をつき、妖艶な笑みを浮かべながら説明を始める。

 

「まず、禪院全は無数の術式を扱う。彼の生得術式、『簒奪呪法』は触れた対象の術式を抜き取り我がものとする。彼が領域展開を使えば、必中効果で君たちの術式はあっという間に奪われて丸腰にされる。そうやって無力化されて彼の持つ『呪霊操術』による傀儡にされるなんて嫌だろう?」

 

 その言葉に、漏瑚だけでなく陀艮と花御も顔を顰めた。

 誇り高き新人類を自負する彼らにとって、人間に使役される手駒へと貶められるのは祓われるよりも耐え難い屈辱である。

 

「それにね、彼が従える最強の式神——八握剣(やつかのつるぎ)異戒神将(いかいしんしょう)魔虚羅(まこら)。アレは呪霊にとって致命的に相性が悪いんだ」

 

 羂索は目を細めると、かつて五条悟が単独で破壊し、全が()()()として調伏して手元に置いている規格外の化け物の名を挙げた。

 

「魔虚羅の右腕に括り付けられている退魔の剣は、正のエネルギーの結晶だ。特級である君達であっても、アレを喰らえば一撃で消滅してしまう。……君たちの例の()()()も、そうやってあっさり祓われたのかもね?」

 

 ピクリ、と。

 羂索のその一言に、漏瑚の巨大な単眼の目元が痙攣し口元が怒りに歪められた。

 頭頂部の火口から、怒りを象徴するような黒煙が噴き出す。

 

「——真人(まひと)

 

 漏瑚の口から、低く怨嗟のような声で、その名が漏れた。

 

 ——人が人を憎み恐れる心から生まれた、()()()()()

 彼らと同じ未登録にして極めて強力な特級呪霊でありながら、二年前に忽然と消息を絶ち、いくら探しても見つからなくなった同胞。

 

 羂索が言うには、()()()()禪院全の気まぐれな呪霊狩りに遭遇して祓われたのだろう、とのことだった。

 

「……あれは、我らの中でも特別だった」

 

 漏瑚はギリッと歯を食いしばり、悔しげに唸った。

 

「まだまだ強くなる筈の呪霊だった。その魂の形を作り変える力と、底知れぬ成長性。だからこそ、いずれ儂をも超えるであろうあやつを……我々の理念の旗頭に据えたかったのだ」

 

 ——呪霊が真の人間として君臨する世界。

 その象徴として最もふさわしい存在だった真人を奪われたという事実は、彼らの禪院全に対する憎悪をより一層深く、煮え滾るものへと変えていた。

 

「だからこそ、焦ってはいけないよ」

 

 羂索は怒りで我を忘れそうになる漏瑚を宥めるように、静かで冷徹な声で告げた。

 

「禪院全を仕留めるのは両面宿儺を解放し、指を二十本すべてを取り込ませ、完全に力を取り戻させた後だ。それまでは、決して彼と正面からぶつかってはいけない。犬死にするだけだからね」

 

 千年の呪詛師が導き出した、唯一の勝路。

 禪院全を打ち破りその肉体を奪うためには、いにしえの呪いの王の圧倒的な暴力が絶対に必要不可欠なのだ。

 

 

 

「……お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 羂索たちがそんな話をしていると、立ち込める熱気で額に汗を浮かべた店長らしき中年の男が直々にオーダーを取りにやってきた。

 いつまでも注文せずに席を占領し、独り言を呟く怪しい客への牽制の意味も込められているのだろう。

 

 

「……チッ」

 

 漏瑚はその鬱陶しい非術師の態度にギロリと単眼を向けて殺意をむき出しにした。本来であれば羽虫に等しい人間など、一睨みで燃やし尽くして灰にしてやるところだ。

 

 ——だが。

 漏瑚はギリッと牙を噛み締め、拳を握り込んで……結局、手を出す事なく、深く深いため息をついて視線を逸らした。

 

(今は、呪術師が有利な時代……か)

 

 漏瑚は内心で舌打ちを繰り返す。

 もしここで人間を殺して派手にやらかし、もし特級案件として判断されれば。

 下手をすると、あの禪院全が直接飛んでくる可能性すらある。

 

 珍しい術式、強力な呪霊。

 そういった『コレクション』の臭いを嗅ぎつけた際の彼の追跡能力と執着心の恐ろしさは、これまで人間の社会の裏で隠れ潜み、世の中を観察してきた漏瑚にもよくわかっていた。

 

 真人もそれでやられた可能性が高いのだ。ここで無駄な殺しをして目立てば、せっかくの計画がすべて水泡に帰す。

 

「まったく、自由に人間も殺せん窮屈な世の中になったものだ……」

 

 漏瑚が忌々しげに愚痴をこぼす横で、羂索はそんな店長の牽制など意に介する様子もなく、にこやかな笑みを浮かべた。

 

「そうね、じゃあ……季節のパフェを一つお願いするわ。あと、ドリンクバーも追加でね」

「かしこまりました……」

 

 店長が去っていくのを見送ると、羂索は悠然と席を立ち、ドリンクバーへと向かった。

 ブレンドしたハーブティが入ったティーカップを手に戻ってきた彼女は、優雅にカップを傾け、芳醇な香りを楽しんでから、再び本題へと戻った。

 

「……さて、禪院全への対抗策は宿儺に任せるとして。もう一人の特異点たる五条悟の封じ込めだけど」

 

 羂索の瞳が面白がるように、そして冷徹に細められる。

 

「こちらはこちらで、『無下限呪術』という最高に厄介な術式を持っている。禪院全ほど理不尽な万能性はないけど、触れることすら許されない不可侵の防御と、禪院全にも勝るとも劣らない呪術センス。そして体術の強さも侮れない」

 

 羂索はカップをソーサーに置き、指を組んだ。

 

「特にあの不可侵のバリアは厄介だよ。領域展開なり展延なりで術式を中和しないとそもそも勝負の土台にすら上がれないからね。君たちが束になってかかっても、まともにダメージを通せない可能性が高い」

 

 その事実を突きつけられ、漏瑚たちは再び苦々しい沈黙に陥る。だが、羂索の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「……だが安心していい。禪院全と違って、こちらは()()を手に入れる必要がない分、やりようはある」

 

 殺す必要はない。ただ、戦闘不能にして盤面から退場させればそれでいいのだから。

 

()()()()、『獄門疆(ごくもんきょう)』を使う」

 

 羂索の口から紡がれたその名前に、漏瑚の単眼がピクリと反応した。

 

獄門疆……! 持っているのか、あの忌み物を!!」

 

 漏瑚の単眼が驚愕と強烈な()()でギラリと見開かれた。

 特級呪霊である漏瑚には人間を焼く悦びとは別に、一つだけ人間臭い趣味があった。それは、呪具や呪物といった呪いの籠もった曰く付きの代物を蒐集すること。

 生きた結界とも呼ばれる特級呪物・獄門疆。それは彼のコレクション欲を大いに刺激する、喉から手が出るほど欲しい逸品であった。

 

「……羂索」

 

 漏瑚は身を乗り出し、頭頂部の火山からボコボコと興奮の煙を上げながら、単眼で彼女を真っ直ぐに睨み据えた。

 

「儂は、宿儺の指何本分の強さだ?」

 

 その唐突な問いに羂索はティーカップを置き、少しだけ思案する素振りを見せた。

 

「そうだねぇ……」

 

 羂索は漏瑚の呪力総量と術式の出力を脳内で天秤にかけ、見積もりを口にした。

 

「甘く見積もって、八、九本分ってとこかな」

「……………くく」

 

 その答えを聞き、漏瑚の醜悪な顔に、ニィッと自信に満ちた笑みが浮かんだ。

 宿儺の指八、九本分。それだけの力があれば、たかが人間如きに後れを取るはずがないという絶対的な確信。

 

「充分だ」

 

 漏瑚はふんぞり返り、尊大に言い放った。

 

「獄門疆を儂にくれ! 蒐集に加える!!」

 

 そして、漏瑚はまるで些事でも請け負うかのように軽い口調で取引の条件を提示した。

 

「その代わり、五条悟は儂が殺す。……不可侵が厄介だというが、儂には領域展開があるからな」

 

 領域展開の必中効果さえ発動すれば五条悟の無下限呪術は中和され、自慢のマグマと炎で瞬時に焼き尽くすことができる。

 

 ——そう彼は高を括っていた。

 そして漏瑚の頭の奥では、羂索には言えないさらに狡猾な計算が働いている。

 

(禪院全の肉体を得たいというのは、あくまでこの女の都合。禪院全さえ排除してしまえば、呪いの時代は来るのだ……!)

 

 漏瑚は内心でほくそ笑む。

 五条悟を自分が殺して獄門疆を手に入れる。

 そうすれば、もし宿儺を味方に引き込む計画が失敗したとしても——最悪の場合、羂索を切り捨て、獄門疆を使って禪院全を封印してしまえばいいのだ。

 領域に入れば術式を奪われるあの特異点に対し、確実に封印できる呪物はこの上ない強力な対抗策となり得る。

 

「……ふふっ」

 

 漏瑚の自信過剰な提案と、目論見が透けて見えるような野心的な眼差しを受けて。羂索は心底面白そうに、そしてどこか哀れむように薄く微笑みながら届いたパフェをぱくついた。




羂索「あーあ。今、手駒は減らしたく無いんだけどなあ」

■ 禪院全
存在そのものが呪いへの抑止力となる、ある種必要悪の化身みたいな男。
……え? 宿儺の器死んじゃった?
そっかー、うーん……とりあえず鮮度高いうちに行くか。

■ 漏瑚
禪院全には割とビビっている。
……が、そっちに意識が行き過ぎて原作と同じく五条悟を過小評価。
手駒が限られてるし、ちょっとは大事にしてやろっかな、とせっかくそれぞれがどういう脅威をもってるか説明してくれたものの、むしろそれが「領域展開で不可侵消しゃいいんだろ?」となったのかもしれない。
そして獄門疆は単なるコレクションじゃなく、禪院全を封じるためなら羂索切り捨ててでも使っちゃると意気込んでいる。

■ 真人
禪院全により祓われてしまったらしい。

■ 羂索
勝利へのフローチャート(簡易版)
1.五条悟の封印
2.両面宿儺の復活
3.両面宿儺と共闘し、禪院全を撃破
低劣化乙骨や他の特級なんかも厄介ではあるけど、宿儺がいれば勝てるでしょ?

そんな感じ。
禪院全がどんだけヤバいか知った上でも、結局彼女は両面宿儺こそ最強だと信じています、そこだけは原作と変わりません。


今回の章、まだ推敲が全部終わってないけど今日明日二連休なのでイケると判断!
全五話、投下開始します!
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