禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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道徳倫理は一旦捨て置く、殺しさえしなけりゃ何でもアリの残虐呪術ファイト

物騒すぎんでしょ……




34.再会の学舎-見えざる契約

 ひとまず伊地知が慌てて持ってきたありあわせのシャツとズボンを渡され、全裸状態を脱した虎杖悠仁はようやく人心地つくことができた。

 

「はぁー……マジで死ぬかと思った……ってか、一回死んでたんだよな、俺」

 

 ぶかぶかのシャツの裾を引っ張りながら、悠仁は大きく息を吐き出す。

 解剖されて呪具に造り変えられる、という最悪のビジョンが回避されたことへの安堵感は何よりも勝っていた。

 

「改めて復活おめでとう、虎杖くん」

 

 そんな彼を見下ろし、禪院全はいつもの三日月の如き薄い笑みを浮かべたままパチンと優雅に手を叩いた。

 

「さて。君は今、両面宿儺()()()()によって心臓を治され、生き返らされた訳だけど。……かの旧き呪いの王が何の見返りもなしにそんな慈悲を施してくれるなんて、まさか思ってはいないだろうね?」

 

 全の言葉に地下室の空気がピリッと引き締まった。

 五条悟家入硝子、そして伊地知。さらには背後で興味深そうに観察を続けている双子の老人たちを含めたその場にいる全員がうっすらと抱いていた危惧が、ついに言語化されたのだ。

 

「宿儺の精神の奥底――生得領域の中で、彼と何らかの()()を結ばされた筈だ。それを教えてくれるかな?」

 

 全の深淵のような漆黒の瞳が、悠仁を真っ直ぐに射抜く。

 宿儺が自身の復活や暗躍のために、この少年の純粋さや無知につけ込んで不利な契約を交わしている可能性は極めて高い。

 

「縛り……?」

 

 悠仁は首を傾げ、うーんと低く唸りながら腕を組むと天井を見上げつつ必死に記憶の糸をたぐり寄せようとする。

 

「なんか……話した気はするんだけど、全然思い出せねぇんだよな」

「思い出せない?」

 

「うん。なんかこう……すっげぇ骨だらけの血の地獄って感じの場所でさ。骨で出来た山の上に、俺と同じ顔した宿儺が偉そうに座ってたのは覚えてるんだけど……」

 

 悠仁は眉間にシワを寄せ、記憶の断片をポツリポツリと拾い上げる。

 それは紛れもなく、全が宿儺の魂に触れたとき垣間見たビジョンそのものであったが、肝心の会話の内容がすっぽりと抜け落ちていた。

 

 ……残っているのは、ただ一つ。

 

「なんかこう……アイツに対してすっげぇ腹立たしい思いをしたっていう、フワッとした感覚だけなんだよ。その後どうなったかとか、全然……」

 

 それを聞いた全は、少しも動じることなく「ふむふむ」と深く頷いた。

 

「うん。君は間違いなく何かしらの縛りを結ばされた上に、その契約の記憶自体を()()()()()()()()

 

 全のあっさりとした断言に、悠仁は「えっ!?」と目を丸くした。

 

「まあ、そうなるわな」

 

 隣で聞いていた悟がサングラスを指で押し上げながら、やれやれと肩をすくめた。

 

「恐らくは何か特定の言葉や行動をトリガーに、一時的に宿儺を表に出すという縛りだろうね」

 

 全は自身の顎に手を当てながら、冷徹な思考を言語化していく。

 

「呪術における相互間の縛りというものは、完全に一方的な押しつけでは成立させることはできない。どんなに力に差があろうとも、拷問であれ取引であれ、相手に()()させるプロセスが必ず必要になる」

「あー、なるほどね」

 

 悟が納得したように相槌を打つ。そして、呆然としている悠仁の顔をチラリと見て、六眼の奥でニヤリと笑った。

 

「悠仁はなんとなく、自分が絶対に受け入れられない条件ならたとえ生き返る為であっても断固拒否しそうなところがあるし。宿儺も何かしら譲歩した内容で取引を持ち掛けたんじゃないかな」

 

 悟は指を一本立て、少しだけ声を低くした。

 

「例えば……そう、『その縛りによる顕現の間、絶対に人を殺さないし傷つけない』とかね。そう言われれば悠仁でも渋々頷いちゃいそうじゃない?」

「っ……!」

 

 悠仁はハッとして目を見開いた。

 記憶は完全に消されているはずなのに、悟のその指摘が妙に腑に落ちるというか、心の奥底でカチリと歯車が噛み合ったような不思議な感覚があった。

 もしも自分が本当にその条件を突きつけられたなら、ひょっとしたら呑んでしまうかもしれない、と。

 

「なるほどね。しかし、あのプライドの高そうな両面宿儺が、たかが指の三本程度を惜しんで君を生き返らせるとは思えない。おそらくは何か別の目論見の布石のために自分が表に出る()を仕込んだと見るべきだ」

 

 全が悟の推論に深く頷いた。

 

 特異点にして現代の呪いの王・禪院全と、六眼を持つ現代の最強・五条悟。

 呪術界の最上位に君臨する二人の頭脳によって、悠仁自身すら覚えていない魂の深淵に仕掛けられた巧妙な罠の構造が、短い立ち話でじわじわと紐解かれていく。

 

「なんにせよ、油断はできないね」

 

 全は、薄く冷ややかな笑みを浮かべたまま結論づけた。

 

「史上最強の術師と名高い両面宿儺ならば、自ら結んだ縛りの『穴』を突くことなどお手の物だろう。……君がどう動くか、しっかりと観察させてもらおうかな」

 

 そんな宿儺に対する探求心が色濃く滲んだ言葉に、悠仁の中に潜む旧き呪いの王は沈黙を保っている。

 やがて全は、軽くパンッと手を叩いて居住まいを正した。

 

「……さて。僕らはそろそろ行こうかな。惱无のダメージデータの回収と、さらなる調整もしないといけないからね」

 

 彼は踵を返し、扉の方へと歩き出したが。

 ——ふと立ち止まり、肩越しに悠仁へと視線を投げた。

 

「虎杖くん」

「あ、はいっ!」

 

「今回は運良く生き返れたけど、決して『宿儺がいるから死なない』とあぐらをかいたりしない事だ」

 

 全の言葉は氷のように冷たく、しかし呪術師として生き残るための絶対の真理を突いていた。

 

「確かに、次に君が死の淵に立った時も、宿儺は生き返らせてくれるかもしれない。だけど……その時は今回よりもさらに重く、君にとって致命的な『縛り』を課せられる可能性だってあるからね。基本的に、呪いというものは頼るべき存在じゃない」

 

 悠仁は息を呑んだ。

 記憶を奪われてまで結ばされた正体不明の縛り。もし次に命を預ければ、今度は仲間の命を直接脅かすような最悪の契約を迫られるかもしれないのだ。

 

「……はい。肝に銘じます」

 

 虎杖が真剣な顔で深く頷くのを確認し、全は再び、いつもの三日月の笑みを浮かべた。

 

「うん、いい返事だ。そうだね……」

 

 全はまるでご褒美を約束するサンタクロースのように、悪戯っぽく目を細める。

 

「高専での任務で何か一つ、明確な実績を作りなさい。……そうしたら君に()()有用な何かを特別に支給してあげよう」

「えっ! 術式もらえるんすか!?」

 

「さて、どうかな? 君の働き次第だね」

 

 パァッと顔を輝かせる虎杖。

 呪術の仕組みなどよく分かっていなくとも、カッコいい必殺技のようなものが手に入るという響きは、少年の心を無条件に躍らせるのだ。

 

「さあ、達磨、球大。行くよ」

 

 全はそう言い残し、ヒラヒラと手を振りながら地下室を後にしていく。その後ろを、「ははぁっ!」と双子の老人たちが小走りで追いかけていく。

 

「御当主様! 惱无の超再生は完璧でしたが、宿()()()()()への対策は急務かと!」

「うむ! 閉じない領域とは、そんなモノが存在するとは思いませなんだなぁ!」

 

 廊下へ出た老人たちの熱を帯びた議論の声が、地下室にまで響いてくる。

 

「そうだね、まさに絶技と言えるものだ。非常に興味深いが、まずは対策だ……惱无に搭載されたアレでは外殻を食い破られて押し合いにもならなかっただろう」

 

 全の冷静な分析の声。

 

「ならば、いっそ落花の情や簡易領域といった、他の領域対策技術も教え込むのはいかがですかな?」

「ふむ、悪くないね。帰ったらやってみようか」

 

 生きた人間を素体とする呪術兵器の、さらなるアップデート。そのおぞましくも専門的な会話が足音とともに徐々に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。

 

「…………」

 

 重苦しいプレッシャーが去り、悠仁がようやく「ふぅーっ」と深く息を吐き出してへたり込んだ。

 

「あはは、まあ、何はともあれだ!」

 

 そんな悠仁の背中を、悟が満面の笑みでバシィッ! と勢いよく叩き、そのあまりの勢いに悠仁は「ぐぇっ!」と情けない声を漏らして前のめりになったのであった。

 

 

***

 

 

 ——高専の正門へ続く、長い石段。

 初夏の日差しがジリジリと照りつける中、釘崎野薔薇は階段に腰を下ろし、金槌を傍らに置いて深く、深くため息をついた。

 

「——『長生きしろよ』って」

 

 ぽつりと、彼女の口から漏れ出た言葉。

 それは自らの心臓を抉り出された少年が最期に言い残した言葉だった。

 

「自分を殺した相手にいう言葉じゃないわよね、ほんと……」

 

 野薔薇は両膝を抱え込むようにして、自分の手——虎杖の心臓に『共鳴り』を打ち込んだその右手を見つめた。

 彼が死んだのは、宿儺が心臓を抉り出したせいだ。だが、その命の最後の一滴を強制的に、そして確実に断ち切ったのは他でもない自分自身だ。

 宿儺の凶行を止め、多くの命を救うため。それが最も合理的な選択だったと頭では分かっている。それでも。

 

「……アンタ、仲間が死ぬのは初めて?」

 

 野薔薇は壁に背中を預けるようにして立っている禪院恵に、視線を合わせずに問いかけた。

 

「………………」

 

 恵は少しの間沈黙し、空を見上げたまま短く答えた。

 

「高専では、初めてだ」

「ふーん……。その割には、随分と平気そうじゃない」

 

 野薔薇の言葉には、棘や非難の意図はなかった。ただ、あまりにも冷静に見える恵の態度が少しだけ羨ましく、そして不思議だったのだ。

 

「……実力至上主義の一族だ。任務なんかで死人が出るのはたまにある事だからな」

 

 恵は淡々と事実を述べる。禪院全が当主となって損耗率は激減したとはいえ、呪術師という職業柄、そして武闘派一族の性として死という事象自体が彼らの日常から完全に消え去ったわけではないのだ。

 恵は視線を野薔薇へと戻し、問い返した。

 

「——オマエは、どうなんだ」

 

 その問いに、野薔薇はフッと自嘲気味に鼻で笑った。

 

「会って二週間そこらの男だけど」

 

 野薔薇は、自分の左手をギュッと強く握りしめた。

 

「あのバカの心臓をぶち抜いた時の、嫌な手の感触は……しばらく、抜けそうにないわね」

 

 つとめて冷静な、いつもの強気な口調を装って言い放つ彼女。

 だがその声の端々が、そして握りしめた小さな拳が——微かに震えているのを、恵は気付いていた。

 

 あの時、野薔薇がどれほどの覚悟と苦痛をもって金槌を振り下ろしたか。恵にそれを指摘する無粋さは持ち合わせていない。

 

「…………」

 

 恵は野薔薇の震えに気づかないふりをして、再び眩しい夏空へと視線を戻した。

 そして、努めて何でもない事のように、ぽつりと呟く。

 

「……暑いな」

 

 不器用な彼なりの、気遣いの言葉だった。

 

「そうね。……夏服はまだかしら」

 

 野薔薇は一瞬だけ目を瞬かせ、やがてフッと口元を緩めて、空を仰いだ。

 

 

 

「なんだ、いつにも増して辛気臭いな、恵」

 

 ふいに、正門へと続く石段の下から、カラッとした明るく、しかしどこか挑発的な声が響いた。

 

「お通夜かよ」

 

 恵と野薔薇が顔を上げると、そこには薙刀を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべながら階段を登ってくる少女の姿があった。

 

「……真希」

 

 恵がその名を呼ぶと、真希は「お?」と眉をひそめ、さらにニヤリと口角を吊り上げた。

 

「先輩はどうした先輩は。いつも言ってるが高専じゃ私の方が一学年上だぞオマエ。実家と同じノリで口きいてんじゃねーよ」

 

 一学年上になったからと、嬉々として先輩風を吹かせる恵の()()()()()——禪院真希

 実力至上主義の禪院家で共に鍛錬を積んできた仲であり、幼い頃から遠慮のない間柄だが、今の沈んだ空気にはいささかそぐわない軽口だった。

 

 その瞬間。

 真希の背後——石段の脇の木陰から、毛むくじゃらの巨大な影が飛び出し、押し殺したような、しかし迫真の悲痛な声で叫んだ。

 

真希! 真希! マジで死んでるんですよ……!」

 

 突然現れた巨大なパンダが、真希の背中をバシバシと叩きながら耳打ちをする。その後ろでは、銀髪の少年——狗巻棘が「あわわわ……」と慌てていた。

 

「昨日!! 一年坊が一人!! 本当にお通夜状態なんですよ!!」

「…………はっ!?

 

 パンダの必死の報告に真希の顔からスゥッと血の気が引き、目を見開いて完全に固まった。

 

そ れ を は や く 言 え や !!

 

 真希はパンダの胸ぐらをガシッと引っ掴み、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

 

「これじゃ私が血も涙もないうちのクソ当主みてぇだろ!!」

「いや、実際今のジョークはサイコ度高いよ真希。マジでライン超えてる……」

 

 棘が少し引いたような顔でドン引きの評価を下す。悪ノリとはラインを見極めるのが最も大切なコミュニケーションなのだ。

 

「わざとじゃねえんだわ!!」

 

 真希が弁明しながらパンダをガクガクと揺さぶる。

 人が死んだばかりの深刻な状況だというのに、全くそれを感じさせない二年ズのドタバタとしたやり取りに、恵は呆れ果てて深く長いため息を吐いた。

 

「…………何、あの人……人(?)たち」

 

 野薔薇は目の前で繰り広げられる理解不能なコント——特に、二本足で立って流暢に喋りながら真希に揺さぶられている巨大なパンダの姿に完全に意識を持っていかれ、やや引き気味に尋ねた。

 つい先ほどまでの陰鬱で沈み込んでいた気分が、一旦どこかへ吹き飛んでしまうほどの強烈な絵面であった。

 

「二年の先輩たちだ」

 

 恵は疲れたように紹介を始めた。

 

「あのポニテのゴリラが禪院真希。俺といとこ違いってやつで、姉じゃねぇけど姉みたいなもんだ。……タチ悪いタイプのな」

「聞こえてんぞ恵。あとでシバく」

 

 真希がパンダから手を離してギロリと睨みつけるが、恵はそれを華麗にスルーし、次に銀髪の少年を指差した。

 

「そっちが狗巻先輩。術式が面白い」

「よろしくー。初めましての、お近づきの印に」

 

 棘はニコッと人懐っこい笑みを浮かべると、口元に呪力の吹き出しを形成し、「スゥッ……」と息を吸い込んだ。

 そして、ウィスパーボイスとともに『ヒンヤリ』という立体的な青白いカタカナの文字をポンッと具現化させ、野薔薇の目の前へとふわりと手渡した。

 

「え、文字……!? うわっ、ホントに冷たい! なにこれすごい」

 

 野薔薇が手元に浮かぶ涼しい文字の感触に目を丸くする。

 そんな彼女を横目に、恵は最後に巨大な毛むくじゃらへと視線を向けた。

 

「で、そっちが見ての通り、パンダ先輩」

 

 パンダが「よろしく頼むぞ」と親指を立てる。

 

「……あと一人、()()()()は手放しに尊敬できる『乙骨先輩』って人もいるが、多分まだ遠方の任務から帰ってない」

「絵面以外って何……っていうか」

 

 野薔薇は手の中のヒンヤリを握りしめながら、ビシッとパンダを指差して恵に鋭いツッコミを入れた。

 

「アンタ、パンダを『パンダ』の一言で済ませるつもりか!! どう見ても一番ツッコまなきゃいけないとこでしょ!!」

 

 そんな彼女の渾身のツッコミは、一年生に混じって当然のように「パンダがいる日常」に慣れきってしまった恵と二年生たちによって華麗にスルーされた。

 当のパンダ自身ものそのそと歩み出てくると、もふもふの腕を組んで少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

「いやー、スマンな、喪中のところに。……ちょっとオマエ達に、『()()()()()()』に出て欲しくてな」

「姉妹校交流会?」

 

 野薔薇がヒンヤリを首筋に当てて涼みながら顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。

 

「京都にある、もう一校の呪術高専との交流会だよ」

 

 棘が指を二本立てて丁寧に説明を始める。

 

「毎年やってる行事でね。二日間あって初日が学校対抗の団体戦、二日目が勝ち抜き方式の個人戦ってのが恒例なんだ」

「えっ、呪術師同士で戦うの?」

 

 野薔薇が驚きの声を上げる。

 呪霊を祓うための技術を味方同士の闘争に使うという発想がにわかには信じられなかったのだ。

 その反応を見て、真希がニヤリと――血の気の多い武闘派らしい、凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ああ。道徳倫理は一旦捨て置く、殺しさえしなけりゃ何でもアリの残虐呪術ファイトだ」

「物騒すぎんでしょ……」

 

 野薔薇が顔を引き攣らせる中、恵は冷静にパンダへ問いかけた。

 

「でも、アレって基本は二、三年生がメインのイベントですよね。一年生は本来、見学か裏方のはずじゃ……」

「それがな」

 

 パンダが、やれやれと首を横に振る。

 

「オマエんちの当主サマが、『せっかくうちの人間を両校に寄越してるんだし、その成果を直接見たい』なーんて言い出したらしくてな。一年も含め全員強制参加だとさ」

「…………うちのせいかよ」

 

 恵の口から魂が抜けたような深い絶望の溜め息が漏れた。

 実家のトップの気まぐれによる横槍。そのせいで自分たちが無駄にキツいイベントに駆り出されるハメになったのだ。

 

「なんでも、去年の記録を確認した時に真希や向こうの真依が参加していなかったのが不満で上層部に口を出したらしいぞ? いやあ、あの当主にもそんな一面があるとはなー」

 

 にやけたパンダの追加情報に、真希は「チッ」と忌々しげに舌打ちをした。

 

「そう言われると親バカならぬ()()()()みてえな発言に聞こえるかもしれねーけどな。あいつの言う『成果が見たい』ってのは、マジで言葉通りのアレだかんな。……勘違いすんなよ」

 

 真希は心底うんざりしたように肩をすくめた。

 全にとって真希や恵のような手塩にかけて育てた一族の人間もまた極上のコレクションであり、手駒であり、そして観察対象だ。

 彼らが他の呪術師たちとぶつかり合った時、どのようなデータが取れるのか。

 それが気になって、わざわざ交流会のルールをねじ曲げたのだろう。

 

「はぁ……アンタらも、色々と大変ね」

 

 野薔薇は禪院家のなんとも言えない内情と、その圧倒的な当主の気まぐれに振り回される恵と真希を見て心底同情するような、呆れたような声で言った。

 

「っていうか」

 

 野薔薇はふと、根本的な疑問に思い当たった。

 

「万年人手不足の呪術師が、そんなお祭り騒ぎみたいなことしてる暇あるの?」

 

 昨日だって、そうだ。本来なら特級案件など、一年生の彼女らが駆り出されるべきではなかった。

 禪院家の実験部隊が到着するまでの「初期対応」という名目で、自分たちが屁理屈こねて突っ込んでしまったのが理由とはいえ、結果として虎杖悠仁という仲間を死なせてしまった。

 もし今日、こうして目の前で暇そうにしている二年生の先輩たちが昨日いてくれれば……彼は死なずに済んだかもしれない。

 

 ……なんて、そんなタラレバの恨み言を口にするほど、野薔薇は女々しい人間ではない。ただ、組織としてのスケジューリングのいびつさに疑問を感じただけだ。

 

「確かに、今は忙しいがな」

 

 パンダがもふもふの腕を組み、真面目なトーンで答えた。

 

「冬の終わりから春にかけて、人間が溜め込んだ卒業なんかの出会いと別れのストレス。そういう陰気が、初夏にドカッと呪いになって顕現する。呪霊が蛆のように湧いてくる()()()が、今のこの時期なんだ」

 

「そうそう。年中忙しい時もあるにはあるけど、秋に向けてボチボチ落ち着いてくると思うよ。……交流会は、そういう時期を見計らってやるんだ」

 

 棘の補足に、彼女は「なるほどね」と納得したように頷いた。

 

「……で?」

 

 真希が肩に担いでいた薙刀をストンと下ろし、その鋭い瞳で野薔薇と恵を真っ直ぐに見据えた。

 

「仲間が死んで、自分の無力さと強さの必要性、痛いほど感じてんだよな? ……出るだろ、交流会」

 

 それは、単なるイベントの誘いではない。

 死線を越え、仲間を失った後輩たちに向けた、呪術師としての覚悟を問う挑発であり、不器用な鼓舞だった。

 

「「……やる」」

 

 恵と野薔薇の二人は、一切の迷いなく、同時に即答した。

 

 虎杖悠仁を失った悔しさ。

 特級に手も足も出なかった己の弱さ。

 二度とあんな惨めで無力な思いをしないためにも、自分たちはこのまま立ち止まって足踏みをしている訳にはいかないのだ。

 強くなる。手段を選ばず、誰よりも。

 

「上等」

 

 二人の真っ直ぐな瞳を受け止め、真希は満足そうに獰猛な笑みを浮かべた。

 

「交流会までの間、私らが徹底的にシゴいてやる。……覚悟しとけよ、一年たち」

 

 真希が薙刀を脇に抱え直し、パンッと手を叩いて空気を切り替えた。

 

「ま、呪術師は身体が資本、身体は飯で作るもんだ。とりあえずは昼飯の時間だし、学食行くぞ」

 

「賛成。朝から動いて腹減ったー」

「俺も俺も、ガッツリ肉食いてえ気分だなあ」

 

 棘とパンダが気だるげに同意するのを聞いて、恵と野薔薇の張り詰めていた肩の力もスッと抜けた。

 

「……笹じゃないのね」

「パンダは肉も食うぞ、雑食だからな」

 

 そういえば、昨日の夜からロクに食事も取っていなかったのだ。

 仲間が死んだというのに腹が減る自分に微かな嫌悪感を抱きつつも、肉体は正直にエネルギー補給を訴えていた。

 

 二人は小さく頷き、先輩たちの背中を追って食堂へと向かった。

 

 

 

 ガラガラッ、と学食の引き戸を開け、メニューの並ぶカウンターへと向かおうとした、その時。

 

 

 ズゾゾゾゾッ……!

 

 

 奥のテーブル席から、盛大に麺を啜る音が響いてきた。恵と野薔薇が何気なくそちらへ視線を向けると。

 

 

んっ!

 

 

 口の周りを脂でテカテカにし、ラーメンを限界まで両頬に頬張った見覚えのある少年——虎杖悠仁が、もっちゃもっちゃと口を動かしながら、片手で口元を押さえつつ元気よく片手を上げて挨拶をしてきたのだ。

 

 

「「………………………」」

 

 

 恵と野薔薇の動きが、ピタリと止まった。

 まるで『投射呪法』でもモロに食らったかのようなレベルの完全なフリーズ。

 後ろを歩いていた二年生たちも「おや?」と不思議そうに立ち止まる。

 

 死んだはずの仲間が、なんで昼間から学食でラーメンを啜っているのか。

 驚愕、混乱、そして——。

 

「化けて出んの早すぎっつーか……ッ!!」

 

 野薔薇の顔が、怒りとパニックがないまぜになった般若のような形相へと歪んだ。

 

「出るなら私ン所ッつったでしょうが!! 何学食に出て腹ごしらえしてんのよ!! 成仏の時間だオラあああッ!!

 

 怒声とともに、野薔薇は腰のポーチから金槌を抜き放ち、念動の術式で無数の五寸釘をブワァッ! と空中に展開させた。

 

ふごっ!? げほっ、ゴホッ……!!

 

 突然の殺意の波動にビビり散らかした悠仁は、喉に麺を詰まらせて盛大に咽せながら、両手を前に突き出して「タンマタンマ!!」と必死のアピールを始めた。

 

「待って待って違うから!! 生きてるから! 生き返ったから!! 滅茶苦茶腹減ってて我慢できなかったの!! ゴメンて!!

 

 胸をドンドンと叩いて麺を飲み込んだ悠仁が、涙目で必死に弁明する。

 そして、「ほら!」と着ていた制服の前をガバッと大きくはだけさせ、宿儺によって抉り出され、ぽっかりと空洞が開いていたはずの胸板が傷痕一つなく綺麗に治っているのを披露した。

 

「………………えっ」

 

 野薔薇は空中に浮かせていた釘をパラパラと落とし、おずおずと悠仁の前に歩み寄ると、その治ったばかりの胸板に恐る恐る指先で軽く触れる。

 温かい。ドクン、ドクンと、確かな命の鼓動が指先から伝わってくる。

 

 

「ッス————」

 

 

 深く息を吸う。生きている。

 自分が両面宿儺の開放と天秤にかけ、殺してしまったはずの虎杖悠仁が、確かに生きている。

 それをようやく実感できた彼女は。

 

 

「……バカ。飯より報告が先だろ……こちとらアンタを殺したと思ってたのよ……」

 

 憎まれ口を叩きながらも、その瞳からは堰を切ったように大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 彼女はそのまま悠仁の胸に顔を押し付けて、声を押し殺して泣く。

 

「お前……本当に、生きてんだな」

 

 いつも強気な野薔薇の涙を見て戸惑ったように手の置き場を彷徨わせる彼の姿に、恵もまた震える声で呟きながら、安堵に顔を歪めて深く息を吐き出した。

 彼もまた、重すぎる責任と喪失感からようやく解放されたのだ。

 

「本当にごめん……この通り、ピンピンしてる」

 

 悠仁は申し訳なさそうに頭を掻きながら、肩を震わせる野薔薇の背中を不器用にポンポンと撫でてやる。

 

 そんな、涙と感動の再会を喜び合う一年生たちの姿を背景に。

 

「……とりあえず」

 

 パンダが、毛むくじゃらの顎を撫でながら、ぼそりと零した。

 

「お通夜タイムは終了ってコトで、おk?」

 

 

***

 

 

 野薔薇の涙がようやく落ち着き、学食のテーブルを四人で囲んだ後、悠仁はラーメンの残りを平らげてから自分が生き返った経緯の詳細を語り始めた。

 

「当主さんや五条先生が言うにはさ、宿儺が反転術式ってやつで俺の心臓を治して、生き返らせたらしいんだ」

 

 その言葉に、恵と野薔薇の顔がスッと険しくなった。

 

「宿儺が……? アイツが何のメリットもなしにそんな事をするわけがねぇだろ」

「うん。だから、代償として何らかの()()ってのを結ばされたんだと思う。……ただ、その内容の記憶を綺麗さっぱり消されてるんだよな」

 

 悠仁が首を捻りながら答えると、恵はギリッと奥歯を噛み締めた。

 千年の呪いの王が、本人から記憶を消してまで仕込んだ見えざる契約。それがどれほど恐ろしい爆弾か、想像に難くない。

 

「ただ、先生と当主さんの推測だと……多分、何らかのトリガーで一時的に肉体を乗っ取るっていう内容じゃねーかって」

「乗っ取る? バカじゃないの、そんなの絶対呑めるわけないでしょ! っていうか、呑んだのアンタ!?」

 

 短時間出ただけだと言うのにあれ程の大惨事を引き起こした宿儺を思い出した野薔薇が思わずバンッとテーブルを叩いて詰め寄ると、悠仁は慌てて両手を振った。

 

「い、いや! だから、そういう『絶対に合意が得られない内容』じゃ縛りってのは成立しないらしくてさ! だから俺を交渉のテーブルにつかせるために、宿儺も『その間は人を殺さない』とか、そういう方向性の妥協が含まれてる可能性が高いって!」

 

 その推測を聞いて、恵は顎に手を当てて考え込んだ。

 

「……なるほど。確かに誰の命も奪われないという保証があるなら、オマエでも一時的な主導権の譲渡という条件を呑む可能性はある。だが……」

 

 恵の瞳が警戒に鋭く細められる。

 

「……絶対に何か、ろくでもない事を企んでるぞ」

 

 人を殺さずに、何をするつもりなのか。

 その読めない不気味さが、逆に宿儺という存在の狡猾さを際立たせていた。

 重苦しい空気が漂う中、悠仁はふと何かを思い出したように顔をしかめ、恵の方を指差した。

 

「そ・れ・よ・り・さ! お前、俺のこと当主さんに解剖されるだのなんだのと脅してたけど、目が覚めたときマジで胸開かれる寸前でメチャクチャビビったんだからな!! 当主さん、完全にメス持って俺見下ろしてたし!!」

 

 解剖台の上で目覚めたトラウマを思い出して涙目で抗議する悠仁。だが、その話を聞いた真希は、心底どうでもよさそうに鼻で笑った。

 

「まあ、うちの当主なら……噂の宿儺の器が死んだなら、とりあえず腹開いて中身確かめるくらいのことはやるだろうな」

「いやいや、怖すぎんでしょ!?」

「普通に検死くらいすんだろーが」

 

 

「……まあ、オマエとの再会が『嵌合魂魄呪骸』の素体としてじゃなくて本当に良かったよ」

 

 恵がさも当然のように、しみじみとえげつない言葉を口にした。

 

「…………えっ??

 

 呪骸の材料にされたかもしれない。

 そのあまりにもブラックすぎる可能性に、棘は顔を引き攣らせてドン引きし。

 あの施設内で『惱无』の実物のグロテスクさを目の当たりにしていた野薔薇も、真っ青になって「ヒッ」と短く悲鳴を上げた。

 

 パンダに至っては、あの禪院家の非人道兵器が自身の構造を参考に創り上げられたという後ろめたさから、そっと視線を明後日の方向へと逸らしている。

 

「禪院家ジョークって、基本エグいよね……」

「それがジョークにならないから、タチ悪いんだよなぁ……」

 

 棘の引き攣った感想に、パンダがボソリと真実を付け加えた。

 真希は肩をすくめ、容赦のない事実を突きつける。

 

「仕方ねーだろ。特別な資質を持った人間の死体とか、当主サマからすれば格好のオモチャだし」

 

「……あれ。もしかして俺……」

 

 その淡々とした禪院家の身内たちによる評価を聞いて、悠仁の顔からサーッと血の気が引いていく。

 

「マジで、間一髪で生き返った感じ……?」

 

 もし宿儺が反転術式を回すのがあと数分遅ければ。

 禪院全のメスによって完全にバラされ、最終的に脳髄剥き出しのバケモノとして改造されていたかもしれないのだ。

 

 死より恐ろしい想像に悠仁はガタガタと震え上がり、ラーメンのどんぶりを抱きしめて涙目になるのであった。




呪具・呪骸班「……………」トボトボ…

■ 禪院全
宿儺が何をやらかしてくれようとしてるのか興味津々。
とりあえず、閉じない領域についての研究もしたい。
簡易領域や落花の情も使える。
姉妹校交流会は行くつもり。

??「できれば来ないでほしいんだけど……」

■ 嵌合魂魄呪骸・陸號:無心器『惱无』
実は、概ね日車のに近いタイプの領域展開が搭載されている。
あの時は一手遅く「捌」に発動を妨害され、仮に成功しても外殻を刻まれて無駄に終わっていたため、下手に発動しているとむしろあぶなかったかもしれない。
また、複数の理由から領域展開へのカウンターのようなやむを得ない状況以外では()()()発動しないようにプログラムされている。

■ 釘﨑野薔薇
仲間である虎杖を自らの手で殺したのは実際かなりメンタルにキていた。
再会時に原作の比じゃないくらい大泣きしたのはそれも理由。

■ 真希と恵
横暴な姉とそれにイラッときてる弟みたいな関係。
真依も方向性は違えど似たようなもん。
一年も歳離れてないくせに……といつも思ってる恵くん。
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