禪院全「全ては僕の為に」 作:羂索ハードモード
がああああっ! お……折れるう〜〜〜ッ!!!
やめて! それ以上いけない!!
「……あれ?」
その日の朝、日課の自主練を終えて朝食をとるために高専の食堂へと向かった虎杖悠仁は、入り口でふと足を止め、不思議そうに首を傾げた。
時刻はまだ早く、食堂には人影もまばらなはずだった。
だが、窓際のテーブル席に見慣れない人物――というか、高専に似つかわしくない小さな女の子がちょこんと座って、退屈そうに短い脚をぷらぷらと揺らしている姿が目に入ったのだ。
年は十歳か、そこらだろうか。
肩口で切り揃えられた黒髪に、白い肌。どこかのお嬢様のような上品な黒いワンピースに身を包んだ、人形のように顔立ちの整った可憐な少女である。
(誰かの妹か? それとも教員とか、出入りしてる呪術師の娘?)
悠仁は頭を掻きながら思考を巡らせた。
呪術高専は一応
こんな幼い子供が一人で迷い込むような場所ではない。
(……もしかして、親とはぐれた迷子だったりしないよな?)
悠仁の持ち前の世話焼きな性質が、放っておくという選択肢を即座に除外した。
彼は少しだけ迷ったものの、相手を怖がらせないように警戒心を解きながら、ゆっくりとテーブルの方へと歩み寄った。
「なー、お嬢ちゃん。どこの子? 迷子だったりしないよな?」
悠仁は少女の前にしゃがみ込み、視線を彼女と同じ高さに合わせると、人懐っこく柔和に微笑みながら優しく問いかけた。
その声に少女はぷらぷらと揺らしていた脚を止め、真っ直ぐに悠仁を見つめ返した。
そしてしばらくの沈黙のあと、花が咲くような無邪気でにこやかな笑みをふわりと浮かべたのだ。
「…………あは」
あまりの可愛らしさに、悠仁が思わず頬を緩ませたその時。
少女は椅子から軽やかに立ち上がると、笑顔のままトテトテと彼の正面まで歩み寄り――。
——————————
——————
——
「がああああっ! お……折れるう〜〜〜ッ!!!」
トイレから戻って食堂の入り口へと足を足を踏み入れた乙骨憂太は、鼓膜を劈くようなその悲鳴と、視界に飛び込んできたあまりにもシュールかつ凄惨な光景に呆然と立ち尽くした。
床にうつ伏せに押さえ込まれ、涙目で床をバンバンと叩いてタップしている見知らぬピンク髪の少年。
そして、その少年の腕を完璧なフォームのアームロックで容赦なく極め上げ、なおも笑顔のままギリギリと体重をかけている、黒いワンピース姿の愛らしい少女。
人間サイズに圧縮されているとはいえ、その内包する力は『
「り、里香ちゃんやめて! それ以上いけない!!」
乙骨は顔面を蒼白に引き攣らせ、持っていたタオルを放り投げて慌てて二人の元へと駆け寄った。
***
「あ! 憂太〜〜っ!!」
乙骨の声にハッとした少女――祈本里香は、パッと花が咲いたように満面の笑みを浮かべた。
そして、これまで万力の如く極め上げていた悠仁の腕をポイッと離すと、うつ伏せで「あぐっ……!」と悶え転がる彼の背中を、“さりげなく”かつ結構な体重を乗せてドンッと踏みつけながら、憂太の元へと一直線に駆け寄った。
「憂太、憂太っ♡」
ぴょんっ、と跳躍し、里香はそのままコアラのように憂太の胸に飛び込んでしがみついた。
「遅いよもう! 憂太が来ない間、知らないやつに小さい子扱いされて、里香すっごく傷付いたんだから!」
里香はぷんぷんと怒ったように頬を膨らませ、憂太の胸元にグリグリと頬ずりを繰り返す。その甘えっぷりを見つめながら憂太は困ったように頭を掻き、宥めるように彼女の背中をポンポンと叩いた。
「いや、知らない人から見たら今の里香ちゃんはどう見ても子供だし、仕方ないでしょ? ……それより、いくらなんでもいきなりアームロックなんて掛けちゃだめじゃないか」
憂太が優しく、しかししっかりとした声でたしなめると、里香は「むーっ」と不満げに口を尖らせたものの、それ以上は反論せずに憂太の首に抱きついたまま大人しくなった。
「いてててて……マジで折れるかと思った……」
床に転がり、肩を押さえながら半泣きで呻いている悠仁の姿を見て、憂太は慌てて里香を抱えたまま歩み寄り、空いている片手で彼を助け起こした。
「本当に、里香ちゃんがごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「あー、平気平気……ちょっと油断してただけだから」
強がって見せたものの、関節は明らかに悲鳴を上げている。
憂太はなぜこんな事態になったのかを尋ね、悠仁から「小さい子が一人でいたから、迷子か確かめようと話しかけただけ」という顛末を聞いて、ますます申し訳なさに顔をしかめた。
「そういうことなら、本当にごめんなさい。……ちょっと失礼しますね」
憂太はそう言うと、痛む悠仁の腕にそっと手を翳した。
——ポォッ……。
憂太の掌から暖かく心地よい光のような呪力が放射され、悠仁の腕を包み込んだ。
先ほどまでの軋むような関節の痛みが、まるで嘘のようにスッと引いていき、あっという間に元の感覚を取り戻す。
「おっ……!? スゲェ、痛みが消えた!」
悠仁は目を丸くして腕をぐるぐると回し、驚きの声を上げた。
任務などで負傷した際、これまでも保健室で何度か「治癒」という現象に触れる機会はあったが、それを目の前の同年代ほどの少年が当たり前のように行使していることに感心したのだ。
「もしかしてこれって、家入さんとか一部のヒトしか使えないアレじゃね? えーと……」
「
悠仁の言葉に憂太は少し照れくさそうにはにかみながら頷く。
そして、未だに不機嫌そうにそっぽを向いて悠仁をジト目で睨んでいる里香の頭を優しく撫でながら、改めて目の前の少年を見据えた。
「ええと、特徴からして……虎杖悠仁くん、で合ってるかな? 両面宿儺の器の」
その問いかけに悠仁は「おっ、そうだけど」と肯定し、それから少しの間、目の前の少年と、彼にコアラのようにしがみついている黒いワンピースの少女を交互に見て何かを考えるように腕を組んだ。
「……あ!」
やがて、ポンッと勢いよく手を打ち鳴らした。
「もしかして、五条先生とかが言ってた東京校のもう一人の特級術師で!」
「うん」
「メグミンが『
「…………」
そのあまりにも直球で、一切のオブラートに包まれていない後輩からの
憂太は未だに自分にしがみついて首元に頬ずりしている里香の重みと、その端から見れば間違いなく「ヤバい絵面」であるという事実を自覚して、顔をひきつらせた。
「……う、うん。よろしくね、虎杖くん……」
否定できない現実を前に、乙骨は里香を抱えたまま、引き攣った苦笑いを浮かべてどうにか自己紹介を返すのだった。
***
——その後。
無事に食堂のテーブルを囲んで腰を下ろした悠仁と憂太。
憂太は未だに「離れないもん」とばかりに膝の上にちょこんと座り込んでいる里香を抱えながら、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。
やがて、食堂の入り口からやや寝癖のついた禪院恵と、まだ少し眠たそうに欠伸をしている釘崎野薔薇が連れ立ってやってきた。
「……お前、祈本さんを子供扱いしたのか。命知らずだな」
先に食堂に着いていた悠仁から事の顛末を聞かされた恵は、呆れたようにため息をつきながら、彼の無傷の腕を見て少しだけホッとした顔をした。
アームロックだけで済んだのは幸運だった。
「だから! 知らなかったんだって! 普通に迷子だと思っちゃうだろ!」
「こんなところに迷子が来るわけねぇだろ」
悠仁がテーブルをバンバンと叩いて弁明する中、野薔薇は椅子を引きながら、首を傾げて憂太と里香をまじまじと見つめた。
「で、えーと……その人たちは?」
野薔薇のストレートな疑問を受け、恵がやれやれと補足を入れる。
「特級被呪者にして特級呪術師の二年、乙骨憂太先輩だ。……で、引っ付いてるのが、
「「特級……
その単語のあまりにも不穏な響きに悠仁と野薔薇の顔がギョッと引き攣り、見事に声がハモった。
目の前で不機嫌そうに脚をぷらぷらさせている可憐な少女が、「人間ではない」ということは理解できたが。
「怨霊って……幽霊的な? っていうか、過呪怨霊って何よ? 呪霊とは違うの?」
野薔薇が訝しげに尋ねると、恵が腕を組んで解説を始めた。
「特定の人間に向けた強すぎる感情や執着が縛りとなって、死者の魂が変質したもんだ。人から無意識に漏れ出した呪力が澱みとなって集まって産まれる普通の呪霊と違って、特定個人の
恵も「レアケース過ぎて厳密な定義は俺も知らないが、ざっくりとそんなもんだ」と肩をすくめた。
「……里香ちゃんは、僕の幼馴染で」
恵の言葉を引き取るように、憂太が静かに口を開いた。その声には、長年抱え続けてきた悲しみと、静かな覚悟が入り混じっていた。
「六年前に、交通事故で命を落としたんだ。……それを僕が受け入れられなくて、無意識に
憂太は自らの膝の上に座る里香の頭を、愛おしそうにそっと撫でた。里香もまた、その手に応えるようにすりすりと甘える仕草を見せる。
「本来は……もっと怨霊らしい姿をしてて、理性もなくしちゃってたんだけど。去年、禪院家の当主様が里香ちゃんを今の元の姿に戻してくれたんだ」
その言葉に悠仁はハッとして、つい先日自分が解剖されそうになったあの胡散臭い着流しの男——禪院全の顔を思い浮かべた。
あの男が、この少女の魂の形を作り変えたのか。
「……だからね」
すると、今まで黙って聞いていた里香が、とんっ、と軽やかに憂太の膝から床へと降り立った。
「つまり里香は憂太と同じ十七歳で、憂太の
腰に両手を当てて、誇らしげに宣言する里香。
そして、彼女はふと不敵な笑みを浮かべ、自身の胸に手を当てた。
「——無為転変♡」
里香の口から紡がれたその言霊。
去年、全によって彼女の形を戻すために行使された、魂の形を弄る術式。
特級過呪怨霊である里香の術式:模倣の力が、かつて自身が受けたその術式を完璧に再現してみせたのだ。
「えっ!?」
悠仁たちが驚きの声を上げる間もなく。
里香の姿が光を帯びてゆっくりと膨張し、変質していく。
手足がスラリと伸び、幼かった顔立ちは妖艶な美しさを湛えた大人の女性のものへと成長していく。黒いワンピースがはち切れんばかりに引き伸ばされ——。
「「「………………」」」
十七歳に成長した
その姿は息を呑むほどに美しい黒髪の美少女であったが、何よりも彼らの視線を釘付けにしたのは、その胸元であった。
トランジスタグラマーという表現すら生ぬるい。ワンピースの生地を暴力的に押し上げる、あまりにも豊満すぎる双丘。
背丈はともかくとして、プロポーションだけなら『巨影』にも匹敵しそうだと悠仁はふと思った。
「……コレが、順当に成長したらなってた姿よ。子供扱いしないでよね!」
大人になった里香が、バサッと黒髪をかき上げながら悠仁に向かってドヤ顔で言い放った。
その圧倒的なそれを前に、悠仁と恵は完全に目のやり場に困り、視線を明後日の方向へと泳がせて激しく咳払いをした。
一方で、野薔薇はというと——。
逆に目を見開き、食い入るように里香の胸元をガン見していた。
「な、なにこれ……! 嘘でしょ、こんなのって……!」
女性としての本能的な敗北感なのか、純粋な驚愕なのか。野薔薇のプライドが傷付く音が聞こえたような気がした。
「り、里香ちゃん……ちょっと、盛りすぎ……」
憂太が顔を真っ赤にして両手で顔を覆いながら、情けない声でツッコミを入れた。
もちろん、この姿は里香の「こうなりたかった」という主観的な理想が反映されたものであり、実際に彼女が生きて成長していたらここまでのダイナマイトボディになっていたか、その真相は永遠に闇の中である。
——ぽふんっ。
煙のような音とともに、里香はあっさりと元の十歳の少女の姿へと戻り、再び「よいしょ」と憂太の膝の上へよじ登ってご満悦な顔で収まった。
「……ゴホンッ」
いたたまれない空気を断ち切るように、恵がわざとらしく咳払いをした。
「……まあ、そういうことだ。うちの当主が姿と理性こそ取り戻させたが、怨霊としての性質上、感情のコントロールはどうしても苦手になるらしい。だから、無闇に怒らせるようなことはするなよ」
恵がジロリと悠仁を睨むと、悠仁は「わかってるよ!」とブンブンと首を縦に振った。
もう、嫌というほどわからされていた。
少年院で遭遇した特級呪霊。
圧倒的な身体能力で自分をボコボコにした禪院真希。
そして今、アームロックで腕をへし折りにきた祈本里香。
——どんどんと自分を捻じ伏せてくる相手が、華奢で可憐になっていく。
(……俺って、もしかして……全然弱いのか……?)
悠仁は呪術界における「見た目と強さの完全な不一致」という理不尽な真理を前に、朝から深く、深く凹むのであった。
「……はぁ」
悠仁が深いため息をついてテーブルに突っ伏すのを見て、憂太は苦笑交じりに口を開いた。
「まあ、里香ちゃんも真希さんと同じで、高専の中でも上澄みも上澄みだからね。そこまで凹む必要はないと思うよ」
憂太が宥めるように言うと、悠仁は顔を半分だけ上げてジト目で憂太を見る。
「その
「そうね。田舎から出てきたら、いきなりコンクリを素手でぶち抜くゴリラはいるし、そのゴリラも普通に圧倒されるし、喋るパンダもいるし……私も最初はなんの冗談かと思ったわよ」
「人の事をゴリラゴリラと……」
野薔薇が自分のポーチから鏡を取り出して前髪を直しながら、同意するように肩をすくめた。
そんな二人のやり取りを、恵は腕を組んで冷ややかな目で見下ろしていた。
「……お前も両面宿儺を宿してる時点で、呪術界的には乙骨先輩とだいたい同じカテゴリだからな」
「うぐっ……」
恵の容赦ない一言に悠仁は言葉に詰まり、再び机に突っ伏して呻き声を上げた。
少年院での絶望的な記憶が蘇る。
あの時、死の淵で宿儺に身体の主導権を明け渡し、そして——主導権を取り返せないま放たれた伏魔御廚子の圧倒的な破壊力。
無数の斬撃が建物を粉砕し、街の風景をただの瓦礫の山へと変えてしまったあの恐ろしい光景。もしあの時、自分がすぐに意識を取り戻せず、宿儺が人の多い市街地へと向かっていたらと思うと、ゾッとして背筋が凍る。
自分が文字通り『歩く大量破壊兵器』という名の爆弾を抱えた、とんでもなくヤバい存在であることを、悠仁自身も否定することはできなかった。
「……いや逆にそれ乙骨先輩が何なの?」
「あはは……」
そんな自分と同一カテゴリ扱いされる目の前の先輩に、悠仁は怪訝な顔をする。
「……まあ、いい機会だ」
恵は沈み込む悠仁と、まだ呪術界の勢力図についてやや疎い野薔薇に向けて、改めて説明を始めることにした。
「この学校のヤバさなんて、呪術界全体から見れば氷山の一角だ。……ざっくりと、今の呪術界で『絶対に逆らっちゃいけないヤバい連中』の顔ぶれくらいは教えておく」
恵の言葉に、悠仁と野薔薇はハッとして顔を上げた。
「まず、第一位」
恵は忌々しげに、しかし明確な畏怖を込めて言った。
「言うまでもなくうちの当主——禪院全。
「あー……」
その名が出た瞬間に悠仁は無意識に自分の胸を押さえ、ブルブルと震え上がった。
無影灯の灯りに照らされながら鋭いメスを持って自分を見下ろしていたあの胡散臭い男。解剖されかけたトラウマが、未だに彼の心を蝕んでいる。
「知っての通り、当主様は触れた相手の術式を奪い、与える規格外の術式を持ってる。その一点だけで、どれだけヤバいかだいたい分かるだろ」
恵がそう言うと、野薔薇が「あ、そうそう」と思い出したように口を挟んだ。
「今じゃ私らみたいな
「えっ、そうなの!?」
悠仁は驚いて目を丸くした。高専に入学してからというもの、彼の周りにいる術師の多くが「二重術者」を名乗っている。
恵に野薔薇、そして二年生の狗巻棘。さらには七海や灰原といった教師陣までもが複数の術式を使うのを知っているため、てっきりそういうものなのだと思い込んでいたのだ。
「術式の取引ビジネスは、うちの当主が始めたことだからな」
「あー、五条先生が『術式が欲しかったら恵んちに買いにいけ』って言ってたのそういう事か……」
恵の補足に、悠仁もようやくピンとくる。
その取引が禪院全という一人の個人技能に依存したシステムであるのだと。
「主に呪詛師や呪霊から引っぺがした術式を、金や呪具、あるいは呪詛師や呪霊の身柄と引き換えに売り捌く。そうやって呪術界の戦力が底上げされた結果、二重術者がゴロゴロいる今の状況が出来上がったんだよ」
たった一人の人間の手によって、全ての呪術師たちの常識が塗り替えられた。
以前聞いた、『禪院全が改革を押し進めて、術師の損耗を可能な限り避ける方針に舵を切った影響で、死傷率は劇的にマシになってる』と言う話が一気に具体性を帯びてきた。
「あの人が当主になってから、『術師に在らば一度は必ず禪院へ参るべし』なんて言葉が出来たらしいからね」
憂太が膝の上の里香の頭を撫でながら苦笑交じりに言った。
「誰もが力を求めて禪院家に群がり、あの人の掌の上で取引をする。……だから今、呪術界で一番権力を持っていて、誰も逆らえないのがあの人なんだ」
「まじかぁ……若そうなのにやべぇな……」
そのスケールの大きさに、悠仁は絶句するしかなかった。
自分が解剖を恐れていたあの胡散臭い男が、まさかこれほどまでに世界を支配している存在だったとは。
二十歳そこらに見えるというのに呪術界の王に上り詰めたその男が、悠仁の脳内で悪役三段笑いを披露している中、恵が何でもないように補足する。
「あと、あの人もう四十一だからな」
「「……え!?」」
「……で、ヤバい奴の第二位だが」
「「いや説明……」」
恵は悠仁や野薔薇が気にする脅威のアンチエイジング技術については触れず、平然と話の流れを戻す。
「五条先生だ。あの人は『六眼』っていう特別な目を持っていて、それがないと絶対に使いこなせない『無下限呪術』ってのを使う」
「六眼?」
悠仁が首を傾げる。
いつも胡散臭い丸サングラスで目元を隠しているあの担任の顔を思い浮かべる。あの時サングラスを外した時の青い目か、と納得した。
「あー、それって写輪眼みたいなもん?」
「……まあ、ざっくり言えば似たようなもんか」
恵は呪力や術式の構造を原子レベルまで見通すその眼の性質をいちいち素人に説明するのは骨が折れると判断し、あっさりと妥協した。
「そんで、その無下限呪術ってのを使えば大体何でも防げるバリアを常時展開できる」
「常時!? なにそれズルくね!?」
「ああ、ズルい。だから、あの人は昔から『最強』だの『神童』だのと言われて育ったらしい」
恵はそこで言葉を区切り、少しだけ複雑そうな顔をした。
「十年ちょっと前にうちの当主にタイマンで負けて、その『最強』の看板は返上してる。……本人は負けた事もケロッとして、むしろチャレンジャーとして楽しそうにしてるけどな」
あの飄々としていて、「俺、超強いから」と豪語していた五条悟。
世界二位だと本人も言っていたが、触れられないはずの無敵バリアすらどうにかしてしまう禪院全はどれほどヤバイのかと。
(……あの当主さん、どんだけ化け物なんだよ……!)
悠仁は先ほどまでの「解剖される恐怖」に加えて、「絶対に勝てない絶望感」までトッピングされ、ますます胃が痛くなるのを感じていた。
「そして、第三位が……」
恵の視線が、目の前の席へとスッと移動した。
「乙骨先輩……というか、主に祈本さんだ」
「あはは……」
名指しされた憂太は困ったように力なく笑い、膝の上で「当然よ!」とばかりにふんぞり返っている里香の頭を撫でた。
「この人のヤバさは、うちの当主すら超える桁外れの呪力総量、だけじゃない」
恵は里香を真っ直ぐに見据えながら、その真の脅威を口にした。
「一度見た術式を、だいたいそのまま『
「「ええっ!?」」
悠仁と野薔薇が驚愕の声を上げて里香を見た。
先ほど里香が『無為転変』という術式を模倣し、一瞬にして大人の姿へと成長してみせたあのデタラメな光景。あれが、どんな術式に対しても可能だというのか。
「奪うのと真似るのじゃ違うけど、手札の多さって意味じゃ同じだからな。……だから、呪術界でも乙骨先輩は『特級』として扱われてるんだ」
「いやぁ……僕自身は、現状里香ちゃんのオマケみたいなものだけどね」
憂太は照れくさそうに頬を掻きながら、謙遜するように言った。
しかし、恵は心の中で『そんなことはない』と断言していた。
かつて彼が、死を拒絶して無意識に結んでしまった強固な
その代償として、憂太側が本来持っていたはずの模倣の術式も、莫大な呪力も、その大半が里香の側へと流れ込んでしまっている。それは確かだ。
……しかし。
(術式や呪力の大半を預けていても……高度な呪力操作の
先ほど悠仁の腕を治した反転術式のアウトプット。
負の呪力を掛け合わせて正の力を生み出すだけでも至難の業なのに、それを他者へと出力して治癒するなど、五条悟ですら出来ない芸当だ。
禪院全や家入硝子のようなごく一部の特異な才能しか持ち得ないその技術を、この少年はあっさりと使いこなしている。
才能の殆どを里香に預けていてなお、これだけの下地がある。
恵はそんな底知れない先輩の姿に、頼もしさを感じていた。
「そして、第四位」
恵は一つ息を吐き、少しだけ顔をしかめながら言葉を続けた。
「俺の親父。禪院甚爾。オスゴリラだ」
「……オスゴリラ?」
悠仁が思わずオウム返しに尋ねると、恵は無表情のまま頷いた。
「第五位、禪院真希。メスゴリラ」
「…………メスゴリラ」
悠仁は引き攣った笑いを浮かべ、そっと恵の顔色を窺った。
「あのさ、メグミン……前から思ってたけど、お前身内に対して口悪すぎじゃね……? っていうか、それ真希先輩に聞かれたらまた七分殺しされるぞ」
「事実だから仕方ねぇだろ」
恵は微塵も悪びれる様子もなく、真顔で言い切った。
「こいつらは、こないだ言った通り『天与呪縛』ってやつで、呪力や術式が一切ゼロな代わりに、アホみたいに体が強い。呪力抜きの純粋なフィジカルと戦闘センスだけで言えば、ぶっちぎりで呪術界のツートップだ」
「へぇー、あの人そんなに……」
「ああ。持たせる呪具次第じゃ、上の三人——当主様や五条先生、乙骨先輩だって、多分やれる」
その言葉に憂太が苦笑いし、里香が「あの泥棒猫には負けないもん!」と威嚇するようにフンスと鼻息を荒くする。
だが恵は、あの圧倒的な暴の化身である父親と、それを必死で追いかける真希の姿を幼い頃から間近で見てきたからこそ、そのポテンシャルを本気で脅威だと評価していた。
「で、第六位」
恵はさらに続ける。
「夏油傑。五条先生の同期で、この前俺が教えたNGO法人の代表。……特級術師でもあって、一人で台風を起こせるらしい」
「た、台風!? マジで!?」
悠仁はそのスケールの大きさに目を白黒させた。一人で自然災害を起こせる人間が、世の中には実在するのだ。
「ああ。それだけじゃなく、NGO団体もその性質上多くの呪術師を抱えている。
NGO法人:青嵐ユースサポートは非術師の中に生まれて肩身の狭い思いをして生きる術師の卵を拾い上げ、正しき道を歩ませる為にある組織だ。それ故に、夏油傑を慕う術師たちの組織としての側面も持っている。
「で、たぶん第七位に九十九由基。この人も特級術師だけど、ほとんど海外でフラフラしてて、どんな術式を使うのか俺も知らない」
「多分かよ」
恵はそこで言葉を区切り、小さく肩をすくめた。
「ざっと、こんなところか。これが今の呪術界で俺たちが『絶対に逆らっちゃいけない』上位陣の顔ぶれだ」
「……逆らっちゃいけないって割にはゴリラ呼ばわりとか好き放題言ってない?」
「身内だからな」
なお、禪院家でも真希や甚爾を表立ってゴリラ呼ばわりするのは恵くらいである。甚爾の息子であり、真希と姉弟同然に育ってきた故の遠慮のなさだ。
そして説明を終えた恵に対し、悠仁は指を折りながら人数を数え、ポカンと口を開けた。
「……なあ、メグミン」
「なんだ」
「その七人中、三人もこの学校にいるじゃん……」
五条悟。乙骨憂太。禪院真希。
呪術界のトップ7のうち、ほぼ半数がこの呪術高専東京校という一つの施設に密集しているという異常すぎる事実。
「まあ、何かあった時の万一の抑え役として五条先生が居る所だからな……」
「ああ……なるほど……」
恵が疲れたように眉間を揉む中、悠仁は全と悟のやり取りを思い出して納得する。
何かあっても、軽い地図の書き換え程度に収まる。そんな冗談のような言葉が脳内をリフレインしていた。
野薔薇も「私、とんでもないトコに来ちゃったのね……」と遠い目をして天井を仰ぎ見ていたのだった。
恵「公然の秘密ではあるんだが、寿命取引については同期であっても基本的に気軽に言いふらすようなもんじゃねえんだよな。術式以上にキリがないし劇物過ぎる」
■ 虎杖悠仁
特級→真希→里香と連敗中。
初対面で里香ちゃんに迂闊なこと言ってボコられる流れは実はだいぶん前から決まっていた。思いついたからにはやりたくなるよね。
原作で彼の呪術師としてのちゃんとした肩書きモジュロ入ってからようやく出ましたが、よく考えたら原作呪術廻戦0の乙骨と同じく「特級の呪い(呪物)を宿した者」なので特級被呪者扱いになってるんじゃないかな、と思うんですが、どうなんでしょうかね?
■ 乙骨憂太&祈本里香
ぅゎょぅι゙ょっょぃ…
里香は怨霊時代と違い、普通にそこら辺で完全顕現している。
コピーした術式は里香の主導でのみ使用可能だが、里香の意思で術式を憂太に適応することも可能。(例:呪糸操術を里香が発動・制御し、憂太の指先から出す等)
なお、コピーされた術式は「模倣」から引き離すと消滅してしまう(実験済み)。
この通り里香は無為転変によって「大人モード♡」へ自在に変身できるのだが、それによって憂太をドキドキさせるのは楽しいものの、絡み付いたりベタベタするのは本来の姿でやりたいらしい。偽りの姿ではなく素の自分を愛してほしいタイプ。
二年生以上や恵はともかく、悠仁と野薔薇は里香の「フィアンセ」発言は(子供の言う事だし…)とそこまで重く見ていないため今の所はそこまで変に思っていないが、マジの婚約者枠として扱われていると知るとちょっと見方が変わってくるし、真希も同時に許嫁であると知ると尚更アレである。
何気に実験時に簒奪呪法もコピーできており、そのことで呪術界にプチ動揺が走ったが、禪院家への入婿確定の情報で政治的に事なきを得た。
将来的に術式取引の簡易的な出張所となることがほぼ確定しているが、直接的なやり取りは里香がやる必要があるため……ビジネスライクな禪院全と違い、憂太が機嫌を取って彼女の気分がノってないとやってくれないかもしれないし、怨霊に身を委ねるのが怖いって人も多分いるので全の負担はそんなに減らないかもしれない。
虎杖に伝えるという名目で、恵の視点で呪術界の強者を語る回でした。
次回で呪術高専日常編たる幕間は終わり、次のお話への導入となります。