禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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一級仮想怨霊『口裂け女』の捕獲任務。……俺たち三人で、完遂します



37.新世代の歩み-蒐集家の勅命

 東京都立呪術高等専門学校のグラウンドには、今日も今日とて重い打撃音と土埃が舞い上がっていた。

 だが、現在行われているのは一対一の組手ではない。

 

「シッ!」

 

 鋭い呼気とともに放たれた禪院恵の蹴りと、それと完全に連動して動く巨影の丸太のように肥大化した腕が、左右から同時に禪院真希へと迫る。

 視界と死角を同時に潰す完璧な連携。

 しかし真希は微塵も焦ることなく、その天与の身体能力を以て上体をスッと沈め、恵の蹴りを潜り抜けながら巨影の腕を肩でいなすようにして受け流した。

 

 そして流れるような動作で体勢を立て直す真希の脇腹めがけて——。

 

「ハァッ!!」

 

 空気を切り裂き、鋭い金属音が立て続けに響いた。

 少し離れた位置に立つ釘崎野薔薇が、空中に並べて浮かべた五寸釘を金槌で次々と叩いて弾丸のような速度で射出したのだ。

 さらに正面からの射出に紛れ込ませるように、第二術式『念動』によって死角へと回り込ませていた釘を真希の背後から無音で飛ばす。

 

 味方であるはずの真希の急所を的確に狙い澄ました、容赦のない凶器の雨。

 

 この訓練が始まった当初、野薔薇は生身の仲間に向けて刃物を飛ばすことに強い躊躇いを覚えていた。

 だが、当の真希本人から「うちにゃ反転術式で治せるヤツ(憂太)がいるんだ。流血ごとき躊躇ってんじゃねえ、殺す気で来い」と鬼のような形相で怒鳴られ、禪院家のイカれ具合に本気でドン引きしたものだった。

 しかし幾度もシゴかれている内に、野薔薇は一つの残酷な真実に気付いてしまっていた。

 

 ――そもそも、躊躇う以前にこのバケモノには釘がろくに当たらないのだ。

 

 カァンッ!

 

 真希は背後に目すら向けることなく、手にした木刀の柄と峰を最小限の動きで翻し、死角から飛んできた念動の釘をまるであくびでもするように叩き落とした。

 視界の端から迫る釘の雨も、ほんの僅かに体をずらすだけで紙一重で回避していく。

 

「ちょっと、真希さん後ろに目ぇついてんの!?」

 

 あまりの理不尽さに、野薔薇はたまらず叫び声を上げた。

 

「目より感覚を磨け。お前は目で追いすぎなんだよ」

 

 涼しい声で言い捨てた直後、真希の姿がブレた。

 縮地にも似た神速の踏み込み。あっという間に野薔薇の懐へと肉薄した真希は、反撃の隙すら与えずにその腹部へ強烈な掌底を叩き込んだ。

 

「がはっ!?」

 

 野薔薇の身体がくの字に折れ曲がり、数メートル吹き飛ばされて芝生の上を無様に転がる。

 

「クソッ……!」

 

 恵が体勢を立て直し、野薔薇のカバーに入るべく再び正面から殴りかかる。

 しかし、真希は向かってくる恵の拳をいとも容易く払いのけ、そのまま回し蹴りを腹部にめり込ませて恵の身体をくの字に折った。

 

「ぐふっ……」

「甘ぇ。真正面から突っ込んでくるバカがいるか」

 

 鼻で笑う真希。だが、恵が痛みに顔を歪めながらも、その口元に不敵な笑みを浮かべたのを彼女は見逃さなかった。

 ——恵の本体の突撃は、単なる囮だったのだ。

 

 真希の足元、その背後に落ちた影に向かって。

 いつの間にか地面を這い、音もなく忍び寄っていた平面の怪物たる影鰐が、その巨大な顎をガバッと大きく開けていた。

 対象の()そのものに噛み付き、そこに繋がる本体の概念をも食い千切る、回避困難な不可視の攻撃。本気で呪力を込めて放てば、並の呪霊や呪詛師であればその身体ごとごっそりと抉り取られるほどの威力を秘めている。

 

 ——バクンッ!

 

 影鰐の顎が真希の影の肩口へと噛み付こうと閉じた、まさにその刹那。

 真希は不意にサッとその場に低くしゃがみ込んだ。

 

 太陽の光を遮る身体の面積と位置が急激に変化したことで、地面に落ちていた彼女の影もまた瞬時に縮小し、その形を変える。

 影鰐の鋭い牙は、真希の影を紙一重で掠め、空の地面を虚しく噛み砕いただけで終わった。

 

「影に音も気配もねぇだろうが……ッ! どうなってんだよオマエの感覚は!!」

 

 自身の最大の奇襲をあっさりと躱された理不尽さに、恵は思わず憤慨の声を張り上げた。

 

「影の位置が変わりゃ、周囲の温度や光の反射も微妙に変わんだよ。……詰めが甘いぜ、恵」

 

 しゃがみ込んだ姿勢からバネのように跳ね上がった真希の蹴りが、がら空きになった恵の顎を見事にカチ上げた。

 

「ガハッ……!」

 

 脳を揺らされた恵は、白目を剥いてそのまま芝生にドサリと仰向けに倒れ込んだ。

 主の意識が飛んだことで、周囲に展開されていた巨影や影鰐もドロドロと溶け、霧散して消えていく。

 

 

 

「…………」

 

 少し離れた木陰から、その地獄のようなスパルタ特訓の様子を見学していた虎杖悠仁は、完全に引いた顔でポツリとこぼした。

 

「……なあ、乙骨先輩。真希先輩、強すぎてマジで引くんだけど……」

「あはは……。でも、あれでもかなり手加減してくれてるんだよ。武器も長物じゃなくて木刀だし」

 

 隣に座っていた乙骨憂太が苦笑交じりにフォローを入れるが、虎杖の顔色はちっとも良くならない。自分の時ですら三割。

 手加減してこれなら、本気を出したらどうなってしまうのか。

 

「そうそう、あんなコワーイ筋肉オバケより、私のほうがずーっといいよねぇ、憂太?」

 

 その言葉に乗じるように、憂太の背中からぬるりと現れた美しい少女――人間の姿を取り戻した特級過呪怨霊・祈本里香が憂太の首に腕を回し、ぴたりと背中にくっついた。

 

「り、里香ちゃん……」

 

 憂太が困ったように苦笑する中、グラウンドでの容赦ないシゴキを終えた真希が、木刀を肩に担ぎながら木陰へと歩いてきた。

 そして、当たり前のように——本当にごく自然な動作で、憂太のすぐ隣の芝生へと腰を下ろした。

 

シャーッ!! 泥棒猫っ、鬱陶しいから近づかないでよね!」

 

 すかさず里香が、憂太の背後から真希に向かって猫のように牙を剥いて威嚇の声を上げる。

 その特級怨霊から放たれる呪力のプレッシャーは並の術師なら気絶しかねない代物だが、真希は「あーはいはい」と全く意に介する様子もなく、手でシッシッと払うような仕草を見せた。

 

「喚くな喚くな。べったりくっついてるお前の方が、よっぽど暑苦しくて鬱陶しいだろうよ」

「なによっ! 憂太は私のなんだから!」

 

「はいはい、そーですね」

 

 顔を近づけて威嚇してくる里香を鼻で笑い飛ばしながら、真希は残暑で微かに浮いた汗を憂太に差し出されたタオルで拭う。

 彼女にとって、この嫉妬深い怨霊の威嚇はもはや日常茶飯事であり、すっかり慣れきったルーチンワークの一つに過ぎなかった。

 

「あー……チクショー! 真希さん強すぎっ!!」

 

 そんな賑やかな二年生たちをよそに、芝生の上にドサッと脚を投げ出して座り込んだ野薔薇が悔しそうに天を仰いだ。

 制服は土埃にまみれ、息も絶え絶えだ。死角からの念動による奇襲まで仕掛けたというのに、かすり傷一つ負わせられなかったことが彼女のプライドを大いに刺激していた。

 

「悪かねぇけど、手数が単調なんだよ釘崎。あんな見え透いたタイミングで釘飛ばしたって、躱されるに決まってんだろ」

「うぐっ……」

 

「恵もだ。奇襲は良かったが、それに頼りすぎだ。本体の圧が足りねぇから囮だってのがモロバレなんだよ。もっと泥臭く殴りかかってこい」

 

 真希から下される、身も蓋もないが的確すぎる講評。今日もまた、合格点をもらうことはできなかった。

 

「……ッ、痛てぇ……」

 

 野薔薇より多めにどつかれ、顎にもいい一撃を貰っていた恵が顔を歪めながら憂太の前に座り込んだ。

 憂太が「お疲れ様、恵くん」と優しく労いながら彼の顎や打撲箇所にかざした手のひらに温かい光が灯り、反転術式によって骨に入っていた微かな罅が瞬く間に修復されていく。

 

「助かります、先輩」

 

 痛みがスッと引いていくのを感じ、恵は短く礼を言った。そして、一つ息を吐いてから、隣で体育座りをしている悠仁へと視線を向けた。

 

「……で、虎杖。そっちの進捗はどうなんだ」

「おっ、俺か?」

 

 話を振られた悠仁は、ポリポリと頬を掻いた。

 実は彼もただ目の前の激しい組手をぼんやりと見学していたわけではない。

 グラウンドの端に座り、目の前で繰り広げられる死闘さながらの激しい戦闘——その音、衝撃、そして飛び交う呪力の気配を間近で浴びながら、己の体内に巡る『呪力を一定に保つ』という地味で過酷な訓練を行っていたのだ。

 

「どうですかね、乙骨先輩」

「うん、比較的良くなってきたと思うよ」

 

 隣でずっと悠仁の呪力の波長を観測していた憂太が、笑顔で太鼓判を押した。

 

「最初の頃は、真希さんの打撃の音が響くたびにビクッとして呪力がブレちゃってたけど……。最近は意識している間は少なくとも感情の上振れによる呪力の乱れはなくなってきたね」

「マジで!? よっしゃ!」

 

 悠仁が嬉しそうにガッツポーズをする。

 呪力操作の素人だった彼にとって、それは大きな進歩だった。

 しかし、憂太は少しだけ困ったように眉を下げた。

 

「ただ、やっぱり()()()になると途端に乱れちゃうんだよね。実戦だと常に意識を呪力操作だけに向けてるわけにもいかないし……」

「そうなんだよなぁ……。なんつーか、もっとこう、感覚的に掴めるような、良い感じの短期集中訓練法とかないのか?」

 

 悠仁が腕を組んで、先輩たちや恵に向かって問いかける。

 

「うーん……」

 

 その問いに、一年と二年の術師たちは一様に首を捻り、唸ってしまった。

 恵は實家である禪院家で、幼少期から血を吐くようなスパルタ教育のもとで長期的に呪力を練る感覚を身体に叩き込まれてきたクチだ。野薔薇もまた、祖母という厳格な術師のもとで長い時間をかけて基礎をみっちりと仕込まれてきている。

 

「私らみたいに小さい頃から当たり前のようにやらされてきた側からすると、今更どう教えりゃいいのかわかんないのよね」

「ああ……。感覚的すぎて、言葉にするのは難しい」

 

 野薔薇と恵が肩をすくめる。

 では、悠仁と同じくある日突然呪術の世界に放り込まれた憂太はどうかというと。

 

「僕はそもそも里香ちゃんから流れ込んでくる莫大な呪力を制御するのがメインだから……虎杖くんみたいに一から呪力を引っ張り出して一定に保つっていうのとは、ちょっと勝手が違うんだよね」

 

 憂太が申し訳なさそうに苦笑する。特級過呪怨霊という無尽蔵に近い呪力タンクを抱えている彼の手法も、一般人ベースの悠仁には参考にならなかった。

 

「ええー……じゃあ、やっぱり地道に普段から意識するしかねぇのか……」

 

「おっ、みんな揃ってどうしたの? 何か悩み事?」

 

 悠仁が肩を落としたその時。

 飄々とした声とともに、ラウンド型サングラスをかけ、無駄に長い脚で芝生を踏みしめながら五条悟が姿を現した。

 

「よっす、丁度仕事終わったからさぁ、真希と憂太、組手しよーぜ?」

 

「ヤダね。こちとら一年どもの相手で忙しいんだ」

いーやっ! 何でそんなことしなくちゃいけないの??」

 

 現れるなりウザ絡みをしてくる悟を里香は憂太にしがみつきながら拒絶し、真希はシッシッと虫を払うように一蹴した。

 

「あはは、里香ちゃんがご機嫌ナナメなのでまた今度ということで」

「えー、憂太と殴り合ってれば普通に里香ちゃん出てこない?」

 

(この教師ホント……)

 

 平然とそんな事を言う悟に生徒たちのジト目が集中する中、悠仁が声を上げる。

 

「あ、五条先生! ちょうど良かった!」

「ん? 悠仁、俺に何か聞きたいことでも?」

 

 教育面では常に「適当」「放任」「頼りない」というレッテルを貼られている準最強の術師だが今は背に腹は代えられない。

 悠仁はダメ元で、今抱えている『呪力操作を一定に保つための良い訓練方法はないか』という悩みを悟に相談してみることにした。

 

 どうせ「気合だよ気合!」とか「愛の力だね!」とか適当なことを言われるだろうと、恵や野薔薇も期待せずに呆れ顔で見守っていた。

 

 しかし、悟は顎に手を当てて「ふむふむ」と真面目な顔で頷いた。

 

「なるほどねー。常に一定の呪力を保ち続ける訓練か……。それならさ」

 

 悟はポンと手を叩き、サングラスの奥で笑った。

 

()()()()とか、どう?」

 

「「「「映画鑑賞?」」」」

 

 予想外すぎる単語に、生徒たちの声が見事にハモった。

 呪術の訓練に、映画。全く結びつかない二つの言葉に、全員が首を傾げる。

 

「そ。映画ってのは大体二時間くらい時間を区切って観るでしょ? その間には、当然アクションとかホラーみたいな緊迫したシーンもあれば、ダラダラ会話するだけの退屈なシーン、泣けるシーンなんかもある」

 

 悟は指を振りながら、意外にも理路整然と解説を始めた。

 

「その起伏の激しい感情の波の中で、常に一定の呪力出力を保ち続ける。これ、無意識下での呪力コントロールを身につけるには最高の訓練になると思うんだよね」

「お……おおおっ!?」

 

 悠仁の顔がパァッと明るくなる。

 ただ座って映画を観るだけなら体力も使わないし、何より楽しく訓練できそうだ。

 

「なるほど……。確かに、感情のコントロールと呪力の出力を切り離す訓練としては、理にかなってますね」

 

 恵も顎に手を当てて、その合理性に感心したように頷いた。

 

「でも先生」

 

 憂太が少し心配そうに手を挙げた。

 

「映画に夢中になって呪力が乱れちゃった時、どうやって本人に気づかせるんですか? 誰かがいちいち隣でずっと観測して指摘するのも、お互いに集中できないと思うんですけど……」

「あー、そこなんだけどさ」

 

 悟はニヤリと悪い顔をして、サムズアップして見せた。

 

「夜蛾学長に頼んで、呪力の乱れを検知したら問答無用で殴ってくる呪骸でも作ってもらえばよくね?」

「えっ!?」

 

「呪力を一定に保てていれば大人しいけど、気が緩んで呪力が途切れたり、逆に感情が高ぶって呪力が跳ね上がったりした瞬間……顔面に重いストレートが飛んでくる仕組み。これなら嫌でも身体が覚えるでしょ!」

 

 ポップな映画鑑賞会を、一瞬にして流血沙汰のデスマッチへと変貌させる鬼畜アイデアに悠仁は「映画観ながらボコられるの!?」と顔を引き攣らせたが。

 

「……へぇ」

 

 真希が感心したように目を丸くして悟を見た。

 

「教師らしいまともなアドバイスとかできたんだな。ちょっと見直したわ」

「えっ、俺これでも一応皆のティーチャーなんだけど……生徒からの評価低すぎない?」

 

「ったりめーだろ。強さ以外にいい印象殆どないぞ」

 

 真希のやや棘のある賞賛に、悟は少しだけ傷ついたように唇を尖らせた。

 だが、その提案自体は満場一致で「採用」という空気になっていく。

 

「ちょうどいいじゃねーか。繁忙期だった呪霊の発生ラッシュもピークを超えつつあるし、そろそろまとまった休暇も取れはじめる頃合いだ」

 

 真希が木刀を芝生に突き立ててニヤリと笑う。

 

「せっかくだ。悠仁の練習と交流も兼ねて一年と二年合同で()()()でもやるか?」

「どうせなら、それぞれ違ったジャンルの映画を持ち寄るってのはどう?」

 

 それなら、と憂太が笑顔で提案した。

 

「色んなジャンルの映画を見た方が、虎杖くんの感情により不規則な起伏をもたらせるかもしれないしね」

「おっ、それいいわね! 私はロマンス映画でも持っていこうかしら。虎杖、()()()()()で呪力乱して呪骸にぶん殴られなさい!」

 

「釘崎、お前性格悪っ……!」

 

 野薔薇の悪魔のような提案に、悠仁が涙目で抗議する。

 だが、そんな彼の声も虚しく、高専の生徒たちの間で「虎杖悠仁の呪力コントロール強化特訓兼映画鑑賞会」の企画がわいわいと進められていくのを、悟もまた「青春って感じすんなあ」と楽しげに眺めていた。

 

 

***

 

 

 夜蛾学長謹製のボクシンググローブを嵌めた熊のぬいぐるみのような呪骸、ツカモトの効果は絶大だった。

 スプラッタホラーのジャンプスケアで驚けば殴られ、恋愛映画のドロドロの修羅場に感情移入して呪力が波立てば殴られ、フランス映画のスローすぎるテンポにあくびした面を殴られる。

 結果として、第一回の鑑賞会で映画を一通り見終わる頃には悠仁の顔面はボコボコに腫れ上がっていた。

 

「次はどんな映画にしてやろうかしら、アンタが必死こいてぬいぐるみと格闘する姿割とツボなのよね」

「釘崎、お前マジで鬼だな……」

 

 だが、そのスパルタすぎる特訓の甲斐あって、無意識下での呪力出力を一定に保つ感覚は彼の身体に確かに叩き込まれたのであった。

 

 そんな楽しくも有意義な鑑賞会はやってくる面子が毎回バラバラながら、ちょこちょこと開催しては生徒たちの友好は深められていく。

 

 

 

 そんな日々が続いたある日の午後。

 

「やっほー、一年生諸君。調子はどう?」

 

 いつものようにひらひらと手を振りながら、五条悟が教卓へと向かってくる。

 

「キミら一年に、()()で任務来てるよ」

 

 その言葉に三人の生徒たちはスッと背筋を伸ばし、雑談モードから呪術師の顔へと切り替わった。

 

「指名って、誰からですか?」

 

 恵が怪訝そうに尋ねる。一年生の彼らにわざわざ指名で任務を回してくるような物好きなど、そういるはずもない。

 

「んー。恵んちの当主サマ直々のご指名」

 

「…………」

 

 悟の口から出たその名前に恵の顔が露骨に嫌そうに歪み、悠仁は「ヒッ」と肩をすくませて身構えた。

 あの呪術界すべてを牛耳る、底知れない特異点・禪院全。彼が直接目をかけてきているというだけで、胃がキリキリと痛む。

 

「——神奈川県に、()()()()が出たんだってさ。捕まえといで、だって」

 

 悟があっけらかんと告げたターゲットの名前に、悠仁と野薔薇はぽかんと口を開けた。

 

「口裂け女? あの『わたし、きれい?』ってやつ?」

「いやいや先生、それって昭和の都市伝説じゃん。……マジでそういうのが呪いになって出てくるのか?」

 

 悠仁が半信半疑で尋ねると、恵が険しい顔をして腕を組んだ。

 

「……『()()()()』だ。人間が恐れる都市伝説や怪談、架空の伝承に向けられた恐怖や畏怖の感情が寄り集まって、形を持った呪い。実在しないがゆえに、概念としての力が強く、強力な呪霊になりやすい」

 

「過呪怨霊だの仮想怨霊だのとややこしいなあ……」

「術式反転と反転術式とか、呪術の専門用語って地味にややこしいのが多いわよね」

 

 恵の解説を聞き、悠仁と野薔薇がそんな感想を持つ中。

 

「……それ、俺たちの手に余りませんか?」

「おっ、なんで?」

 

 恵の言葉に悟がサングラスをずらし、面白そうに問い返す。

 

「……親父から、聞いたことがあります」

 

 恵は忌々しげに顔をしかめ、実家の因習にまつわる過去の記憶を口にした。

 

「昔、当主様と直毘人さんが当主の座を懸けて争った際に、当主様が使役していた手駒の中に()()()()()()の『口裂け女』がいたと」

 

「と、特級!?」

「マジかよ!」

 

 その階級を聞いて、悠仁と野薔薇が悲鳴を上げた。数ヶ月前に少年院で遭遇した絶望がフラッシュバックする。

 

「当主様の使役していた個体は、その試合で直毘人さんの手によって完全に祓われたはずだが……口裂け女という都市伝説そのものが消え去ったわけじゃない、まだ復活するんだな」

 

 1979年に初めて観測されたとされる「口裂け女」は文句なしの()()であったとされる。その後、96年に復活して禪院全に調伏・使役されていた個体もまた、弱体化しつつも依然として特級の枠に収まるバケモノだったという。

 

 ……それが再び顕現したというのなら、いくら成長したとはいえ一年生三人で挑むにはあまりにも危険すぎると恵は思った。

 

「あはは、ストップストップ。心配しすぎ」

 

 青ざめる三人を見て、悟はパンパンと手を叩いて笑った。

 

「確かに過去に二回出た個体はどっちも特級だったけどさ。現地の『窓』が確認したところによれば、今回の個体はおおよそ()()()()だって話だよ」

「一級……?」

 

「そ。昔と違って、今時口裂け女を本気で怖がる人間なんてそうそういないっしょ? 噂が風化すれば、それに伴って呪いも弱体化するのさ。それでも一級の出力があるんだから、都市伝説ブランドってのは大したもんだけどね」

 

 悟は教卓に寄りかかり、生徒たちを一人一人指差した。

 

「準一級の恵。二級の野薔薇。そして、真希とそれなりに殴り合えるゴリラフィジカルを持つ悠仁。……この三人で挑めば、一級相手でも十分にお釣りが来るって判断された訳だ」

 

 その評価に三人は顔を見合わせた。

 確かに一級相当であれば、決して手が届かない相手ではないかもしれない。

 

「それに仮想怨霊には大抵、伝承における()()がそのまま適用されるという弱点もある」

 

 悟はニヤリと笑い、人差し指を立てた。

 

「発見した『窓』の職員も、口裂け女に遭遇した時に『ポマード! ポマード!』って必死に連呼して相手が怯んだ隙に逃げ切れたらしいよ」

「マジで!? 都市伝説の対策法そのまんまじゃん!」

 

 悠仁が目を輝かせて驚く。

 

「おそらくは『べっこう飴』を投げても効くんじゃないかな。……最悪、ヤバくなったら飴玉放り投げて逃げといで」

 

 準・最強の呪術師から語られる、あまりにもアナログでシュールな対抗策。

 野薔薇は「……なんか、緊迫感なくなるわね」と呆れたようにため息をついた。

 

「で、だ」

 

 悟は表情を少しだけ引き締め、声のトーンを下げた。

 

「お前んちの当主サマは、君たちに実戦経験と『一級討伐』の実績を積ませるついでに、自分のコレクションとしてその口裂け女を()()させたいらしい」

 

「……」

 

 恵が舌打ちをする。やはりそういうことか。

 全にとって、一度手放してしまったレアな特級呪霊のコレクション。それが一級に弱体化したとはいえ再び現世に湧いたのだ。回収しない手はない。

 

「『次の機会に復活する時は、人々の記憶からもっと薄れて多分もっと弱くなっちゃうから。今回でちゃんと捕獲すること』……だってさ」

 

 悟が全の口調を真似て、そのお達しを告げる。

 倒すのではない。『魍魎匣』を使って生け捕りにし、全のコレクションとして納品せよという命令。

 

「相変わらず、人使いの荒い……」

「まぁまぁ。君たちにとっても、一級呪霊を捕獲できれば査定にも響くデカい手柄になる。ボーナスも弾むだろうしね」

 

 悟のその言葉に、悠仁と野薔薇の顔が再びパァッと明るくなった。

 

「ボーナス! 術式貰えたりもすっかな!?」

「私は現金がいいわね、新作の秋物を大人買いよ!!」

 

「……お前ら、少しは緊張感持てよ」

 

 欲望に忠実な同級生二人の姿に、恵は深く、疲れたようなため息を吐き出す。

 だが、その瞳の奥には確かな闘志が宿っていた。

 

 少年院での圧倒的な敗北から自分たちがどれだけ強くなったのか、それを試すにはこれ以上ない試金石だ。

 

「……行きましょう」

 

 恵が立ち上がり、決意を込めて言った。

 

「一級仮想怨霊『口裂け女』の捕獲任務。……俺たち三人で、完遂します」

 

 その言葉に悠仁も拳を打ち合わせ、野薔薇も金槌をトントンと肩に叩きつけて不敵に笑う。新たなる時代を担う若き雛たちの真価を問う一級任務が、今幕を開けようとしていた。




■ 禪院家式実践訓練
流血上等、死ななきゃセーフな反転術式を使う前提のガチ訓練。
高専ではさすがにナーフされ、真希が使うのは木刀。
原作の半端フィジギフでも銃弾受け止めるのに、パーフェクトフィジギフに釘なんぞ当たるわけもなく……下手したら当たっても筋肉に阻まれて深く刺さらないから大丈夫だと恵も保証している。
(影法師の)影鰐のマジ噛み付きが当たったら? 多少流血しつつもフィジギフの呪力耐性+パワーで逆に影鰐の顎を引きちぎる反撃くらいはできます。
リポップ待ちの仮想怨霊の方の影鰐は多分もう少しパワーがあるかも。

■ 映画鑑賞会
これを通じて東京校の生徒たちの友好が深まってたりする。
虎杖の呪力操作が安定してからも単純にレクリエーションとしてやっててほしい。

■ 口裂け女捕獲任務
舞台は神奈川県の川崎市……と言うことはつまり、そういうこと。
どっかの誰かがゴールデン枠にレギュラーでホラー番組流すようにごにょごにょしたりして取り逃した仮想怨霊のリポップを促していたりするかもしれない。
……いいのかこれ? まあ文句言えるやつはいないからセーフだ。

というわけで、次回からどっかの早期退場者関連シナリオの代替(?)として口裂け女捕獲任務編が始まります!
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