禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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安心しろよ。お前みたいな()()()の相手なんか、俺は仕事でもなきゃやらねぇからよ



04.領域内の玉座にて-簒奪者の悪巧み

 第二十五代当主にして禪院直毘人の兄であり、何より生涯まったくと言っていいほど彼を顧みる事がなかった父親の急死。

 千年以上続く御三家の一角、その屋台骨を揺るがすほどのゴタゴタに乗じて、禪院甚爾は静かに、そして周到に屋敷からの出奔——()()の準備を進めていた。

 

 これまで散々、自分を「呪力を持たぬ猿」と見下し、人間以下の底辺としてこき使ってきた腐れ縁の生家。

 どうせ出ていくならば、ただでは済まさない。忌々しい一族に対して最後にちょっとした意趣返しをしてやろうと、甚爾は本家の喧騒の隙を突いて密かに保管庫へ忍び込んだ。そして、金目の宝飾品や、目ぼしい呪具を手当たり次第に自分の()——彼が従属させている、物を収納できる呪霊の胃袋の中へと詰め込んでいたのである。

 十分な資金と武装が手に入れば、こんな風通しの悪いゴミ溜めなど、一秒でも早く後にするつもりだった。

 

 ——しかし。

 すぐさま屋敷を飛び出すには、あまりにも()()()()()()が、この禪院家で繰り広げられてしまった。

 それは、最悪の簒奪者による血みどろのクーデター。

 荷造りの手を止め、忌み倉の陰からその事の顛末を眺めていた甚爾は、思わず口の端を吊り上げて深い愉悦に浸っていた。

 

 痛快、という言葉ですら生ぬるい。

 あの「最速」と謳われ、次期当主の座を確実視されていた直毘人(おじ)が、たかだか二十歳の若造——出涸らしと呼ばれた末弟、満の息子にものの見事にコテンパンに伸されて当主の座を再び取りこぼしたのだ。

 それだけではない。今まで相伝に連なる分家だとふんぞり返り、甚爾にも日常的に散々泥を啜らせてきた憎き長老どもが、地面に押さえつけられ、誇りである『術式』を無様に奪われていく。何十年も培ってきた特権を失い、ボロボロと皺くちゃの顔から涙を流して崩れ落ちる様は、最高のお笑い草だった。

 

 さらには、エリート気取りだった(あかし)(へい)の連中も例外ではない。

 彼らは、全によって術式を与えられ、怨念と執念で這い上がってきた元・躯倶留隊(くくるたい)の男衆に下剋上されるのではないかと怯え、毎晩のように震えていた。

 そして実際に、何人かのエリート衆は全の冷徹な査定によって「才能があっても宝の持ち腐れ」と切り捨てられ、生得術式を剥ぎ取られた。補填とばかりに与えられたのは、格落ちのクズのような術式。

 術式という最強の手札にばかり頼り切っていたがゆえに、基礎の呪力操作や体術で劣る彼らは、かつての教え子や下男たちにあっさりと敗北し、誇り高き炳から灯へと容赦なく叩き落とされていった。

 

 盤面が、常識が、身分が、完膚なきまでにひっくり返る音。

 

(傑作だな。ザマァみやがれってんだ)

 

 そんな胸のすくような、地獄のような喜劇を目に焼き付け。

 すっかり溜飲の下がった甚爾は、鼻でふんとあざ笑いながら、今度こそ持ち逃げする荷物をまとめ終えた。

 もうこの家に未練はない。誰が当主になろうと、どんな狂った術師の軍隊ができ上がろうと、呪力というシステムから完全に外れた猿である己にだけは、この一連の改革は無関係なのだから。

 

 ——しかし、甘かったのだ。

 

 全てを掌握した新当主、禪院全。

 あの底知れぬ漆黒の瞳を持つ傲慢で強欲な弟は、神理から完全に逸脱した天与の肉体……「殴るのが上手いだけの猿」すらも、自らの盤上から決して逃がしはしなかった。

 

「というわけで、甚爾さんは今日から()ね」

 

 出奔のまさに直前、強制的に大広間に呼び出された甚爾に対し。

 全は、こともなげに、そして満面の笑みでそう言ってのけたのである。これには流石の甚爾も呆れて開いた口が塞がらなかった。

 だが、その後の展開——反発する炳の隊員たちを大広間で一人残らずスクラップに変えたことで、事態は甚爾にとって奇妙な方向へと転がり始めた。

 

***

 

「……チッ」

 

 翌日。本家の広々とした純和風の廊下を、甚爾は足音を殺すこともなく、堂々と真ん中を歩いていた。

 彼が近づくだけで、周囲の空気が重く張り詰め、使用人や術師たちがそそくさと道を譲る。かつてであれば、術式を持たぬ彼が本邸の廊下の真ん中を歩こうものなら、すれ違いざまに肩をぶつけられ、陰湿な嫌がらせや体罰を受けていた場所だ。

 だが、今は違う。

 

(……まあ、下についてやるのも悪くはねぇか)

 

 甚爾は、懐に入った莫大な前金——全がぽんと渡してきた、常識外れの束の感触を片手で確かめながら、不敵に笑った。

 

 全という新当主は、恐ろしいほどに合理的だった。

 甚爾を『炳』筆頭の一人として迎えるにあたり、全は彼に対して「家中のあらゆる呪具への無制限な持ち出し権限」という破格の特権を与えたのだ。もちろん、出奔のために盗み出そうとしていた呪具のネコババも、すべて「必要経費」として笑顔で黙認された。

 さらに、彼に課せられた主な任務は、「訓練と称して、生意気な術師どもを心ゆくまでシバキ倒す」こと。それでいて、並の術師が一生かかっても稼げないほどの大金が毎月振り込まれるというのだから、笑いが止まらない。

 

 今までさんざん自分のことを「猿」と見下し、人間扱いしてこなかった連中を、合法的に、かつ金をもらいながら半殺しにできる。

 これほど甚爾の性に合った、割のいい仕事は他にない。出奔して世間の裏社会でちまちまと呪詛師を狩るより、はるかに効率的で愉快だった。

 

「……ひっ」

 

 角を曲がったところで、前方から歩いてきた一人の男と鉢合わせた。

 男は甚爾の顔を見た瞬間、ビクンと肩を震わせ、顔面を蒼白にして壁際に張り付いた。

 顔に見覚えがある。少し前まで炳に所属し、名家特有の選民思想を煮詰めたように甚爾を忌み嫌っていた男だ。かつては、甚爾が家内のいざこざを避けるためにまともに抵抗しないのをいいことに、通りすがりに呪力で足を引っかけたり、食事に泥を混ぜたりと、陰からネチネチと嬲り続けてきた小悪党の一人。

 

 だが、その男は今回の『術式再編』で全に見限られ、己のアイデンティティたる強力な術式を奪われた。代わりに与えられたのは、小手先の牽制にしかならない燃費の悪いショボい術式。当然、彼は炳から灯へと降格の憂き目に遭い、今ではすっかり生気を失っていた。

 

「あ、あ、ああ……」

 

 男は、かつて自分が見下していた猿が、今や当主お墨付きの炳筆頭として、恐ろしいほどの殺気を纏って迫ってくるのを見て、ガタガタと歯の根を鳴らしている。

 甚爾は足を止めることなく、ゆっくりとその男の目の前に立った。

 

「……何、怯えてんだよ」

 

 見下ろす視線。

 甚爾は、恐怖に凍りつく元・エリートの顔を面白そうに覗き込み、極上の愉悦を込めて皮肉げに笑った。

 

「安心しろよ。お前みたいな()()()の相手なんか、俺は仕事でもなきゃやらねぇからよ」

 

「——ッ!」

 

 かつて自分が吐き捨てていた「猿」という言葉をそっくりそのまま返され、男は屈辱と恐怖に顔をゆがめながら、這いつくばるようにして深く、深く頭を下げた。

 その無様なつむじを見下ろしながら、甚爾は鼻で笑い、悠然とした足取りで歩みを再開する。

 

 最高の気分だった。

 全という化け物が支配する、力と暴力だけが絶対の基準となったこの狂った箱庭。

 もはや猿とは己のことではなく、全に術式を与えられながら大して強くもない塵芥のような術師たちの蔑称となっていた。

 

 ――ここならば、俺の居場所としてもう少しだけ遊んでやってもいいかもしれない。

 天与の暴君は、口の端の傷をご機嫌に歪めながら、禪院家の闇の奥へと足を踏み入れていった。

 

***

 

 稀代の異能、五条悟がこの世に誕生してから七年。

 一九九六年。呪術界に、二度目の激震が走った。

 

 御三家の一角である禪院家において、当主の交代が行われたという一報。

 それ自体は、千年以上続く呪術界の長い歴史において、決して珍しい出来事ではない。権力闘争や当主の急死による代替わりなど、いくらでも繰り返されてきた事象の反復に過ぎないはずだった。

 だが、その()()が漏れ伝わった瞬間、呪術界上層部は恐慌状態に陥った。

 

 次代の当主として名乗りを上げたのが、順当な後継者と目されていた直毘人ではなく、弱冠二十歳の若造——禪院全であったこと。

 そしてなにより、その若造が隠し持っていた()()()()()()の詳細が公式に通達された時、まさに呪術界の根底が覆るような大騒ぎとなった。

 

簒奪呪法』——他者の術式を強制的に奪い取り、自らのものとする術式。

術式反転:禅譲』——奪った術式を、第三者へと任意で与える術式。

 

 その報告書に目を通した呪術総監部の重鎮たちは、一様に顔面を蒼白にし、ある者は手が震えて紙を取り落とし、ある者は「あり得ない」と叫んで机を叩き割った。

 生得術式とは、生まれながらにして肉体に刻まれる神の領域。呪術師たる証明であり、個の絶対的なアイデンティティである。

 それを後天的に奪い、身に着け、あまつさえ他者に分け与えるなどという行為は、呪術というシステムの前提を根本からぶち壊す()()()()()に他ならない。

 

 その精神的衝撃と社会的な大騒乱は、七年前に起きた五条悟誕生の比ではなかった。

 五条悟という「六眼」を持つ規格外の存在は、確かに誕生しただけで世界のバランスを大きく崩した。

 しかし、それはあくまで「五条悟が強すぎるために、バランスを取ろうと強力な呪霊が生まれやすくなる」という、世界の自動調整機能——自然現象の激化のようなものだった。

 

 だが、禪院全は違う。

 彼の存在は、呪術界という『人間側の社会システムのバランス』を、直接的かつ致命的に叩き壊す劇薬であった。

 一人の人間が複数の強力な術式を独占し、際限なく強くなり得るという事実。

 さらには、術式を持たない一般の構成員にまで術式をばら撒き、禪院家という一族全体を「任意でデザインされた無敵の呪術軍隊」へと変貌させうるという最悪の可能性。

 

「断じて! 断じて認めるわけにはいかん!!」

 

 総監部の暗い地下室で、襖の奥に隠れた上層部の老人たちが口々に喚き立てる。

 

「他者の術式を奪うなど、呪詛師の所業! いや、それ以下の外道だ!」

「禪院は狂ったか!? あのような怪物を当主の座に据えるなど! 御三家の他の二家、加茂や五条が黙っておらんぞ!」

「直ちに禪院全を拘束し、処刑すべし! 彼奴を生かしておけば、やがて我々の秘伝の術式すらも……総監部の権威すらも、すべて奴に『簒奪』されることになる!」

 

 保身と恐怖、そして自身の特権階級を脅かされることへの激しい反発と殺意。

 当然、他家である加茂家や五条家からも、「禪院家の新体制と、新当主の特異な能力は到底容認できるものではない」という強烈な抗議と非難の声明が即座に叩きつけられた。

 もし禪院家が全による『全体最適化』を推し進めれば、御三家のパワーバランスは禪院家の一強へと傾き、他家は完全に蹂躙されてしまうからだ。

 

「——とはいえ、だ」

 

 総監部の重鎮の一人が、憎々しげに吐き捨てるように言った。

 

「現段階において、禪院全は明確な『呪術規定の違反』を一つも犯してはおらん」

 

 その言葉に、他の老人たちも苦虫を噛み潰したような顔で沈黙するしかなかった。

 そう、全がやっているのはあくまで「禪院家という一族内部での、当主の権限を用いた人事異動と術式の最適化」に過ぎない。

 他者の術式を奪うとはいえ、それは正当な当主命令及び身内同士の同意に基づくものであり、一般人を巻き込んだわけでも、呪術界の秘匿義務を破ったわけでもない。

 他家や総監部がどれほど「倫理的に許されない」「悪しき前例になる」とお気持ち表明し非難の声明を出したところで、それを理由に表立って彼を処刑したり、禪院家に介入したりする大義名分はどこにも存在しなかったのだ。

 

「ならば、どうする。指をくわえて、あの怪物が御三家の筆頭に居座り、いずれ我々の首を絞めに来るのを待つというのか?」

「……馬鹿な。そんなことは断じて許されん」

 

 深い皺の刻まれた顔を寄り合わせ、権力者たちは腐臭のするような密談を交わす。

 表のルールで裁けないのであれば、裏のルールで消すまでだ。

 それは、大義を持たない彼らが古くから用いてきた、最も卑劣で効果的な常套手段——()()である。

 

「奴は、強力な生得術式を集めているはず。ならば、それを利用するのだ」

「……ほう。餌を撒く、と?」

「左様。我々総監部が長年、忌み地にて『厳重封印』として秘匿し、監視下に置いている『特級呪霊』……あれを、故意に解き放つ」

 

 その提案に、何人かの重鎮が息を呑んだ。

 特級呪霊の解放。それは一歩間違えれば、都市の一つや二つが地図から消滅しかねない大惨事を引き起こす禁じ手だ。

 

「特級呪霊が持つ強力で固有の術式ともなれば、あの簒奪者は間違いなく自らのコレクションに加えるべく、嬉々として自ら確保に動くはず。……そこを、叩く」

「なるほど。裏で繋がりを持たせている、例の『呪詛師』たちの集団を使うのだな」

「そうだ。特級呪霊との戦闘で消耗し、あるいは術式を奪おうと隙を見せた瞬間に、手練れの呪詛師たちに奇襲をかけさせる。もし全が呪詛師たちに殺されれば、『不運にも任務中に呪詛師の襲撃に遭って殉職した』という筋書きで片付く。逆に全が呪詛師を皆殺しにしたとしても、特級呪霊の暴走と結びつければ、奴に責任を被せて『規定違反』として処刑する大義名分が立つ」

 

 どちらに転んでも、禪院全という特異点を完全に排除できる完璧な布陣。

 いや、そもそも全一人が、特級呪霊と複数の手練れ呪詛師の挟み撃ちに遭って、無傷で生き残れるはずがないと彼らは踏んでいた。

 

「善は急げだ。直ちに封印の解除と、呪詛師連中への手はずを整えよ」

「承知した」

 

 自分たちの描いた盤面の優位性を少しも疑うことなく。

 総監部の老人たちは、自ら「最悪の死神」の口元へと極上の餌を放り込む絶望的な作戦を、意気揚々と直ちに行う運びとしたのであった。

 

 

 

「……で。これがその『お達し』ってわけか」

 

 数日後の禪院家本邸、当主の執務室。

 胡坐をかいて長椅子にふんぞり返っていた甚爾は、机の上に放り投げられた総監部からの指令書を、片手でひらひらと弄びながら鼻で笑った。

 

 指令書の内容は簡潔にして重大。

『指定封印区画にて特級呪霊の封印が破綻。現地の被害甚大につき、特別一級術師・禪院全に直ちに出動および特級呪霊の討伐を命ず』。

 

 現在の呪術界において、特級相当の案件を単独で処理できる術師は極めて限られている。

 五条家の神童である五条悟はまだ七歳と幼く、若き特級術師の九十九由基は海外を放浪し総監部の命令にろくに従わない。

 そんな人手不足の状況下において、目下最も強力な術師の一人に数えられるであろう新顔の『禪院当主』に討伐命令が下されること自体は、表向きは何ら不自然なことではなかった。

 

「出来レースもいいとこだ。御三家の当主に就任したばっかのガキに、いきなり特級の討伐を一人で丸投げだとよ。……どう考えても罠だろ、こりゃ」

 

 甚爾が呆れたようにそうこぼすと、机の向こう側で手元の書類にサインをしていた全は、ペンを置いてふわりと微笑んだ。

 

「総監部の老人たちは、僕が『強い術式』に飢えていると思っているみたいだからね。特級呪霊の術式を目の前にぶら下げれば飛びついてくると踏んだんだろう」

「……で、どうすんだよ。あいつら、絶対裏で呪詛師か何かの伏兵を仕込んでるぜ。わざわざ飛んで火に入る夏の虫になってやる義理はねェだろ」

「まさか」

 

 全の口角が、さらに深く、三日月のように吊り上がる。

 その瞳の奥には、恐怖や警戒といった凡人の感情は微塵もなく、ただただ純粋な強欲なる捕食者の歓喜だけが渦巻いていた。

 

「これを見過ごす手はないよ。向こうからわざわざ、僕の愛しい手持ちコレクションの枠を埋めるために、極上の獲物と贄を用意してくれたんだから」

 

 全はゆっくりと立ち上がり、漆黒の羽織を翻して甚爾の方へと歩み寄った。

 

「狩りに出かけるよ、甚爾さん」

 

「……あ?」

 

「せっかくのお誘いだ。盛大に()()()()をしにいこうじゃないか」

 

 全は、最強の暴君である甚爾の肩にポンと手を置き、心底楽しそうに言った。

 

「——新当主と、その『最強の懐刀』の実力を、ね」

 

***

 

 特級呪霊『姦姦蛇螺(かんかんだら)』の封印指定区画。

 それは、深い山奥にひっそりと佇む寂れた寒村の、さらに奥に位置する禁足地であった。

 

 指定された村へ、たった一人で現着した全を待っていたのは、古くからこの地で土地神の封印と監視を担ってきた下級術師の一族の男だった。

 男は、現れたのが弱冠二十歳の若造だと見ても、決して侮るような態度は見せなかった。

 むしろ、名だたる御三家の頂点——新進気鋭の特異点たる『禪院家当主』が直接赴いてきたことに顔を強張らせ、居住まいを正して深く、深く頭を下げた。

 

「遠路はるばる、当主様自らのお越し、痛み入ります。……事態は、一刻を争う状況でして」

 

 案内された村の集会所のような板間で、男は冷や汗を拭いながら状況の報告を始めた。

 

「事の起こりは、昨晩。村の不良少年が一人、親と喧嘩した腹いせか、あるいは単なる度胸試しか……数人の友人を連れて、裏山の『禁足地』へと入り込んだのです」

「ふうん。結界や封印が施されていたはずだけど?」

「はい。本来であれば、手順を踏まなければ決して破れない強固な結界を幾重にも張っておりました。ですが……信じられないことに、奴らはまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、的確に札を剥がし、境界の縄を切り裂いたのです」

 

 その報告に、全の口角がわずかに上がる。

 

(なるほど。何者かが少年の脳に()()でもかけて、意図的に封印を解くよう誘導したってわけだ。随分と手の込んだ罠じゃないか、総監部のお爺ちゃんたち)

 

 そんな全の内面の愉悦など知る由もなく、男は青ざめた顔で説明を続ける。

 少年たちが封印を破壊した結果、内に眠っていた特級の土地神『姦姦蛇螺』が目を覚ました。少年たちはパニックになって逃げ帰ってきたものの、首謀者である少年一人だけが、呪霊の『術式』をその身に受けてしまったという。

 彼を回収した術師に手を出すこともなく、彼女は不気味に沈黙を保っている、と。

 

「現在、姦姦蛇螺は禁足地の奥から出てくる様子はありません。しかし、あの呪霊がいつ村へ、ひいては麓の街へと降りてくるか……まったくの未知数です」

「それで、その呪霊の術式ってのは?」

「一族に伝わる伝承によれば、姦姦蛇螺は本来、比較的温厚な部類の土地神でした。しかし、その力は絶大。()を媒介とした呪殺の術式を持っています」

 

 男は、集会所の隅に敷かれた布団を指差した。

 そこには、全身の皮膚がどす黒く変色し、苦悶の表情で弱々しく喘いでいる不良少年が寝かされていた。封印一族の者たちが総出で彼の周囲を囲み、顔面蒼白で清めの札を貼り続け、かろうじて命を繋ぎとめている凄惨な状態だった。

 

「呪いが放つ『カン、カン』という音。これを聴覚で認識するたびに、対象の肉体と呪力は段階的に弱体化していきます」

「へぇ、段階式デバフの必中術式ってわけか」

「はい。第一段階で身体能力が奪われ、第二段階で呪力と五感が麻痺し、第三段階で肉体の壊死が始まる。あそこにいる少年は、すでにその第三段階まで進行しており、いつ命を落としてもおかしくありません」

 

 男は、恐怖に満ちた声で付け加える。

 

「音を媒介とする以上、呪力防御で多少の減衰は可能ですが、完全に防ぐには『聴覚そのものを物理的に遮断する』しかありません。……さらに恐ろしいことに、もし奴の領域に取り込まれた場合、それらの段階すら全てすっ飛ばされ、問答無用で死の『最終段階』へと強制的に移行させられると伝えられています」

 

 野放しになれば、その()が届く範囲の人間がすべて死に絶える最悪の特級呪霊。総監部が彼を消すための特大の餌として用意するのも頷ける、極上のクリーチャーだ。

 

 全は、虫の息となっている少年を冷淡に見下ろした。

 かわいそうに、とは微塵も思わない。単なる部外者の凡人になど、彼の目は一切向いていなかった。彼がいま興味を持っているのは、森の奥で待っているであろう魅力的な「手持ちのカード」と、総監部が用意した「刺客たち」のラインナップだけだ。

 

「……まあ、さっさとしてあげるかね」

 

 全は踵を返し、村人たちの切実な視線を背に受けながら、一人で悠然と裏山の禁足地へと歩き出した。

 

***

 

 禁足地として長く人が立ち入らなかった鬱蒼とした森の中へ、全がぬらりとした足取りで足を踏み入れたその直後だった。

 彼を出迎えたのは、小鳥のさえずりでも風の音でもなく——呪力をたっぷりと孕んだ、甲高く不快な音だった。

 

カン…………カン…………

 

 まるで、錆びついた金属の杭を固い岩盤に打ち付けているかのような不気味な残響。

 それが鼓膜を震わせた瞬間、全は自身の肉体にわずかな()()がのしかかり、微細な倦怠感が指先から這い上がってくるのを感じ取った。

 

「なるほど、これが噂の『段階式デバフ』か」

 

 全は歩みを止めることなく、自身の体の状態を冷静に分析する。

 この呪殺の音は、ただの物理的な音波ではない。強固に練り上げた呪力防御をある程度貫通して、強制的に肉体の活力を削り取ってくる。

 

「音である以上、耳を塞がなければ必中でデバフを受ける。かといって、防ぐために耳を完全に塞げば、今度は戦闘において最も重要な感覚の一つである『聴覚』を自ら手放すことになるから、結果的にはどっちに転んでも隙ができる。……うん、単純だけどすごく強力で理不尽な術式だ。実にいい。僕好みだよ」

 

 全は心底嬉しそうに笑みを深めた。

 この術式なら、手駒である灯や躯倶留隊の連中にばら撒く制圧用の札として申し分ない。総監部の連中も、たまには気の利いたカタログギフトを送ってくれるものだと感心すらする。

 

「だけど……これ以上、素直に付き合ってあげる必要もないよね」

 

 全はふん、と鼻を鳴らすと、歩きながら片手で印を結んだ。

 

「術式——『聞かせざる』」

 

 その瞬間、全の鼓膜周辺の空間に、薄い呪力の膜がピタリと張り付いた。

 これは以前、『見せざる・聞かせざる・言わせざる』の三匹がセットになった猿の姿の準一級呪霊から剥ぎ取った術式だった。

 本来は相手の視覚、聴覚、そして言葉を封じる強力な術式だが、こうして防御に転用すればこの通り、音波や聴覚干渉を完全に遮断・無効化する術式となるのだ。

 

カン……カン……

 

 森の奥から再びあの不気味な音が響く。

 だが、今度は全の耳にはその音が一切届かない。いや、正確には「届く前に術式によって概念的に弾き落とされた」ため、デバフのトリガーである「聴覚での認識」を完全にスルーすることに成功したのだ。

 

「よっと」

 

 倦怠感も抜け、足取りも軽くなった全は、まるで鼻歌でも歌うかのようなご機嫌な様子で、さらに深い森の奥——刺客たちと獲物が待ち構える罠のド真ん中へと、迷いなく進んでいった。

 

***

 

 道中、一切の障害を受けることなく禁足地の中央、開けた広場へとたどり着いた全は、そこに鎮座している『封印の要』を冷ややかな目で見下ろした。

 広場の中央には古びた小さな祠があり、その周囲をぐるりと囲むように四隅に大きな壺が置かれ、それらを繋ぐように六角形に注連縄が張られている。

 だが、その強固な結界を成す注連縄の一本は無惨に切断され、そこに結びつけられていたであろう無数の呪符が、地面に散らかって泥にまみれていた。

 

 不良少年たちが破った跡。

 確かに、これだけ精密な結界の一部が欠損すれば、内に封じられていた呪霊の漏出を防ぐことはできないだろう。

 だが、あくまで「破片が零れ落ちる程度」であり、特級呪霊の本体が完全に這い出てくるには、まだ封印の残滓が枷となって機能しているようだった。

 

「中途半端に開いた扉の奥でじっとしてるなんて、ずいぶんと引きこもりな土地神様じゃないか。……それとも、僕を奥まで誘い込むための餌のつもりかな?」

 

 全は、周囲の鬱蒼とした木々の枝葉——そこに身を潜めているであろう『呪詛師たち』の気配を薄々感じ取りながらも、あえてそちらには視線を向けなかった。

 彼が真っ直ぐに見据えたのは、己の獲物である特級呪霊を縛り付けている、その不完全な祠の封印そのものだった。

 

「せっかくの舞台だ。もっと派手に登場させてあげよう」

 

 全はおもむろに右手を前方に掲げ、指先を大きく開いた。

 そして、遠く離れた祠を中心とした結界そのものを、己の視界という名のフレームの中にすっぽりと収める。

 

「圧潰呪法——『掌握』」

 

 開いていた右手を、虚空で無造作に握り潰す。

 

 ——バキィィィィンッ!!!!

 

 その瞬間、聴覚を完全に遮断しているはずの全の体にすら伝わるほどの、凄まじい衝撃波と地鳴りが空間を蹂躙した。

 六角形の注連縄、四隅の壺、そして中央の祠。

 それら『封印』を構成していたすべての呪術的要素が、目に見えない巨大な掌に握り潰されたかのように、一瞬にして微塵に粉砕されたのだ。

 

「さァ、おいで」

 

 封印が完全に「ゼロ」になった刹那。

 森の空気がドロリと重く変質し、凄まじい呪力の奔流が広場の上空で渦巻いた。

 太陽の光を遮るほどに分厚く重なった樹冠、そのさらに上から。

 

ヂヂ、ヂヂ、ヂヂ……ガァアアアアア!!

 

 己が住まう祠を粉々に吹き飛ばされたことに対する、激しい怒りと害意を撒き散らしながら。

 無数の腕を持ち、下半身が巨大な蛇と化した異形の女——特級呪霊『姦姦蛇螺』が、大木をへし折りながら全の目の前へとズシリと降ってきた。

 

 ズォンッ! と大地を揺るがし、凄まじい風圧を伴って降り注いだのは、大木をも容易くへし折るであろう、姦姦蛇螺の巨大な大蛇の尾の薙ぎ払いだった。

 だが、その必殺の一撃を——全は事も無げに、まるで顔の前に飛んできた羽虫でも払うかのように片手で弾き飛ばした。

 

 ——黒閃

 

 打撃との誤差〇・〇〇〇〇〇一秒以内に呪力が衝突した際にのみ生じる空間の歪み。

 本来であれば術師の極限の集中と運が絡み合わなければ成功しない奇跡の打撃だが、全はそれを嵌合術によって完全に任意のタイミングで意図的に放ってみせた。

 黒く弾ける呪力の閃光が、特級呪霊の分厚い鱗を張った太い尾を見事に弾き飛ばす。

 

ギァアアアシッ!!

 

 だが、相手は特級クラスの土地神。吹き飛ばされた尾の断面から呪力がボコボコと泡立ち、即座に尾は再構成される。

 それと同時に、異形の女の体を形作る無数の腕がいっせいに蠢き、鞭のようにしなって全へと殺到してきた。

 

「おっと」

 

 四方八方から伸びて襲い来る無数の腕を、全は闘牛士のような軽やかなステップで次々と躱していく。

 そして優雅な足取りのまま、全はスッと五指を開いた。

 その指先から放たれた肉眼では捉えきれないほど極細の『呪糸(じゅし)』が、瞬く間に無数の腕の群れへと絡みつく。

 全が手首を軽く返すだけで、鋼鉄並みの強度を持つはずの腕はスパァンッと小気味良い音を立てて切り刻まれ、バラバラと無残に地面へ落ちた。

 

ビギィイイイイイイイイイイイィィィッ!!

 

 鋭い悲鳴が上がり、自らの腕を切り刻まれた姦姦蛇螺は、莫大な呪力を用いて再び腕を再生させようと試みる。

 だが、呪力を練り上げるより早く。全の指先から、ポロリとこぼれ落ちた一滴の血液が、空中で鋭い刃へと形を変えて飛び出した。

 

 術式:『血刃(けつじん)』。

 

 それは、御三家である加茂家相伝の『赤血操術』における「血を刃に変える」という一要素しか持たない、どこぞの無名の術師から奪った完全な下位互換の術式だった。

 だが、禪院全という『出力と呪力操作の化け物』が用いれば、その刃の重みはまったくの別物へと変貌する。

 全の指先から飛び出した血の刃は、再生しかけた腕の隙間を縫うように鋭く飛翔し——特級呪霊の脇腹を紙切れのように容易く開いてみせた。

 

ギィィィヂギィイイイイイイイイッ!!

 

 己が一方的に蹂躙されるという理解不能の事態に、多腕の異形はついに本能的な危機感を爆発させた。

 急いで一対のみ、かろうじて腕を再生させた姦姦蛇螺は、その両の手を胸の前で合わせ、ありったけの呪力を込めて掌印を結んだ。

 

領域展開:姦姦阿鼻焦熱叫喚(かんかんあびしょうねつきょうかん)

 

 ゴポンッ、と森の空気が反転する。

 周囲の生い茂る木々が一瞬にして枯れ果て、崩れ落ちた。全の視界を覆い尽くしたのは、文字通りの地獄

 赤黒く煮え滾る血の池と、鼓膜を突き破らんばかりの亡者たちの絶叫が木霊する針の山。空はどす黒い怨念の雲に覆われ、そこかしこから不気味な鐘のような「カン、カン」という音が、何千何万と反響して鳴り響いている。

 強制的に対象を『末期状態』へと至らしめる、必中必殺の狂気の世界が全を飲み込まんと膨張を始めた。

 

「おっ、領域展開まで持っているのかい? いいねぇ!!」

 

 迫り来る死の結界の波——肌を焦がす熱風と、精神を削り取る悲鳴の連鎖を前にしても、全は微塵も怯むどころか、極上の玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。

 そして、周囲に展開される地獄を嘲笑うかのように、己もまた流れるような動作で掌印を結ぶ。

 

「——領域展開:玲瓏簒宝閣(れいろうさんほうかく)

 

 全の背後から現れたのは、眼前にある血みどろの光景とは対極をなす、絶対的な『富と権力』の象徴。

 目が眩むほどに豪華絢爛な大理石と黄金の柱がそびえ立ち、床には数え切れないほどの金銀財宝と、色とりどりに輝く無数の『宝石(術式)』が敷き詰められている。だが、その息を呑むほどの美しさとは裏腹に、空間全体には息が詰まるほど禍々しく、そして傲慢な呪力がひんやりと満ちていた。

 王の御座のごとき至高の宝物殿が、泥沼のような焦熱地獄を真っ向から上書きしていく。

 二つの異世界が押し合い、重なり、食い破ろうと互いの呪力をぶつけ合う。

 呪術の極致たる領域展開同士の衝突——『領域の押し合い』において、勝利の鍵となるのは「より洗練された術式」か「絶対的な呪力量」、あるいはその両方である。

 

 結果として、その結末は一瞬にして決着した。

 

 パァンッ!! というガラスが割れるような音と共に、姦姦蛇螺の広げかけた領域が粉々に砕け散り、周囲の空間は完全に全の黄金の宝物金閣へと塗り替えられてしまった。

 

 勝利したのは、全の術式であった。

 それも、ギリギリの競り合いなどではない。赤子の手を捻るかのような、圧倒的な蹂虙。

 無論、全の全盛を誇る莫大な呪力量があってこその芸当ではあるが、最大の理由はそこではない。

 彼の領域『玲瓏簒宝閣』は、他者の術式を簒奪、あるいは誰かに禅譲するという絶対的な『法則の強制』を敷く一方で、領域自体には「相手を直接殺傷する攻撃的な必中効果」がいっさい含まれていない。

 直接殺す効果がないという一点のみで、この領域はこと『他者の領域との押し合い』において、それなりに高い優先度を誇っているのだ。酷いインチキである。

 

 もはや抵抗する術も、逃げ場もない。

 広大な宝物殿の中心で、無数の宝石に見下ろされながら。

 特級呪霊・姦姦蛇螺は、全の絶対的な支配下へと完全に飲み込まれたのであった。

 

ギァッ!? ギィ、アアアァアァアッ!!?

 

 直後、姦姦蛇螺の巨体が激しく痙攣した。

 肉体的なダメージを受けたわけではない。だが、生物としての、あるいは呪いとしての根源的な喪失感に、多腕の異形は身悶えして絶叫を上げる。

 見れば、彼女の胸の奥深くから、自らのアイデンティティとも言える生得術式が、どす黒く輝くいびつな一つの宝石へと形を変えて、ゆっくりと浮かび上がろうとしていた。

 

ガァ、ガガガァッ! ギギィイイッ!!

 

 奪われてたまるかと、姦姦蛇螺は無数にある腕を必死に伸ばす。

 自らの胸から抜け出ようとするその「いびつな宝石」を、なんとか元の位置へ引き戻そうと、何十本もの太い指で鷲掴みにしようとした。

 だが——。

 

 スルリッ。

 

 まるで実体のない幻影を掴んだかのように、いびつな宝石は姦姦蛇螺の分厚い掌をいとも容易くすり抜けていく。

 物理的な干渉も、呪力による押し留めも、そして特級呪霊の必死の抵抗すらも、すべてが虚無。領域『玲瓏簒宝閣』における全の簒奪には、何者であっても絶対に抗うことはできないのだ。

 

ギ……、ア……

 

 完全に抜け落ちたその宝石が、ふわりと宙を舞い、宝物殿の中心に座す全の手のひらへと吸い込まれるように収まる。

 それを指先で弄びながら、全は楽しそうにクスクスと笑った。

 

「もう、『耳塞ぎ』はいらないね」

 

 全は、自身の聴覚を覆っていた術式『聞かせざる』をあっさりと解除する。

 術式という絶対的な武器を失い、己の領域すら発動できずに呆然と立ち尽くす姦姦蛇螺。

 多腕の異形が信じられないというように自身の胸元を見下ろす中、全はその絶望の眼前に向かって、たった今手に入れたばかりの宝石を冷酷な笑みとともに光らせた。

 

カン…………カン…………

 

 全の口からでも、手からでもなく。

 空間そのものを媒介にして、あの不吉な金属音が重々しく鳴り響いた。

 自身が長年誇ってきた凶悪な必中術式を、あろうことか奪われた直後に至近距離でお見舞いされ、特級呪霊・姦姦蛇螺の体に、目に見えるほどの重い『死の手負い』がのしかかっていった。

 

ガァ、アアアアアッ!!

 

 強烈な倦怠感と呪力の減衰に苛まれながらも。

 術式なくとも「討伐困難な怪物」として長年指定され、封印され続けてきた特級呪霊としてのプライドと生存本能が、姦姦蛇螺に最後の牙を剥かせた。

 残されたすべての呪力を肉体強化へと回し、巨大な尾と再生した無数の腕をばねにして、全の頭上へと必殺の跳躍を仕掛ける。

 

「うん、立派立派。でも……」

 

 死に物狂いで突っ込んでくる大質量のバケモノを見上げながら、全は微塵も焦ることなく、宝物殿の玉座でただ朗らかに微笑んでいた。

 

「君のチカラが『これ』なら、僕のチカラは『()()()()』だよ」

 

 全が、指揮者のように両手を広げた。

 その瞬間、彼の領域『玲瓏簒宝閣』の床に敷き詰められていた無数の宝石たちが、一斉に宙へと浮かび上がり、まばゆい極彩色の輝きを放ち始めた。

 それらはすべて、全がこれまでに簒奪し、コレクションとして貯め込んできた「ありとあらゆる生得術式」の具現化である。

 

 炎、氷、雷、不可視の斬撃、重力の圧壊、精神汚染、毒霧。

 それぞれが致命的な威力を持つ無数の術式攻撃が、百の雨霰となって、一歩も動かぬ全の背後から必中必殺の弾幕として撃ち出された。

 

ビィガァアアア!? アア、アアアァァ!!

 

 なすすべなど、あるはずがなかった。

 四方八方から降り注ぐ理不尽極まりない暴力の嵐に打ち据えられ、姦姦蛇螺の巨体は瞬く間に無数の風穴を開けられ、鱗を剥がされ、腕を千切られ、ボロボロの肉塊へと成り果てて広場の地面へと墜落した。

 

 ピクピクと痙攣し、もはや再生する力すら残っていない特級呪霊。

 全は領域『玲瓏簒宝閣』を解くことなく、ぬらりとした足取りでその巨体の前へと歩み寄った。

 

「呪霊操術」

 

 全が右手をかざすと、姦姦蛇螺の巨大な肉体が圧縮され、ねじれ、やがて全の手のひらに収まるほどの「黒い玉」へと変換されていった。

 全はそれをひょいと拾い上げ、顔の前に掲げて満足げに眺める。

 

「強い術式に、特級の呪霊ボディ。うん、素晴らしい収穫だ。ごちそうさま」

 

 己の口で飲み込む悪食は必要ない。全はそのまま黒い玉を手の中へと沈め、自らの深淵なる影——手持ちのストックへ()()した。

 

 こうして、総監部が用意した特級の()は、全にとって文字通りの栄養分として、あまりにもあっけなく消化されてしまったのである。

 

「さて、と」

 

 戦闘は終わった。だが、全は未だ豪華絢爛な自身の領域の中、その中心に設えられた豪奢な黄金の玉座へと悠然と腰を下ろした。

 そして、手元に浮かぶどす黒い輝きを放つ宝石——たった今奪い取ったばかりの『鳴音呪縛(めいおんじゅばく)』の生得術式を指先でコロコロと弄びながら、まだ見ぬ『外』の世界へと意識を向ける。

 

 この閉絶された領域の外側。静寂の森の中で、全が一人で特級呪霊と死闘を繰り広げ、呪力を著しく消耗していると信じ込み、彼が結界を解いて出てくる瞬間を今か今かと待ち受けているであろう「刺客たち」の気配。

 

(森の外周りに三匹、ご丁寧に外に出られないよう結界まで張って待ち構えてくれてるね。……うんうん、最高に隙だらけで美味しいシチュエーションになってきたじゃないか)

 

 全には、領域の殻越しにすら、森を囲む呪詛師たちの配置が手に取るように分かっていた。

 そして同時に、そのさらに外側——獲物を狙うバカな呪詛師たちを、「早く狩り殺させろ」と苛立ちながら背後から見つめている、甚爾の獰猛な気配も。

 

 全の口角が、ゆっくりと三日月のように歪む。

 ただ領域を解いて外に出て、彼らを皆殺しにするだけでは面白くない。

 神々の御座のごとき宝物殿で極上の宝石を転がしながら、新たな支配者は、この舞台にふさわしい最高に性格の悪い『悪巧み』を脳内で組み上げ始めた。




■特級呪霊:姦姦蛇螺
ネットの都市伝説としてではなく実在(?)の土地神として登場。
原点の要素もあり、もとは比較的気質の穏やかな土地神であったが時代の流れで呪霊に堕ちたと言うことになっている。
見た目は普通に原点通りであり、上半身は虚ろな目をした多腕の巫女。美しくはあるが比率は巨女。
術式は『鳴音呪縛(めいおんじゅばく)』という、最終的に死に至る段階式デバフ。
音を媒介にする性質上、聴覚が働いている限り必中であり甲高い音は広範囲に響き渡るかなり厄介なもので全の呪力防御を貫通して微弱な影響を与えるほど。
領域展開は姦姦阿鼻焦熱叫喚(かんかんあびしょうねつきょうかん)、段階式デバフを呪力防御だろうが聴覚を完全に塞ごうが強制的に末期状態に陥らせ死に至らせる。

■全の術式
・見せざる/聞かせざる/言わせざる
見ざる聞かざる言わざるの三匹セットの呪霊から手に入れた。
説明するまでもない術式効果。本来は相手にかけるデバフ。

・圧潰呪法:掌握
視界内のものを見えない手で握り潰す。わかりやすく言うとチェンソーマンの『コンッ』の狐が出ないやつ。


感想返しにうはうはしてたらメモ帳から移したまんまであとがき解説も含め忘れてました。
一瞬だけ日間一位取れてて自分史上かつてない記録です。
禪院家バフすげえ。



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