禪院全「全ては僕の為に」 作:羂索ハードモード
だから……本当に、ありがとう
「よ、順平」
その明るく屈託のない声に、黒塗りのセダンの後部座席で小刻みに震えていた吉野順平はハッとして顔を上げた。
補助監督である伊地知潔高から渡された厚手の毛布に包まり、紙コップに入った温かいココアを両手で握りしめていた彼の視界に、開け放たれた車のドアからひょっこりと顔を覗かせる虎杖悠仁の姿が飛び込んでくる。
「虎杖くん……」
ニッと白い歯を見せて笑う悠仁の顔を見た瞬間、順平の胸を冷たく締め付けていた得体の知れない恐怖がスッと解けていくのを感じた。
その背後には昨日悠仁とともに立ち話をしていたのを見た二人の同年代の姿がある。ツンツン頭でむっつりとした表情の少年と、気の強そうな茶髪の少女だ。
「大変だったな。怪我とかないか?」
悠仁は順平の目線に合わせて軽くしゃがみ込み、心配そうに尋ねた。
彼は手元のココアの温もりを確かめるようにギュッとコップを握り直し、小さく首を横に振った。
「うん……伊藤、ああ、僕をいつも虐めてたやつに……ちょっと蹴られただけで。あの……口裂け女からは、何かされる前に虎杖くんに助けてもらったから」
薄暗い公園で伊藤翔太たちに捕まり外村への告発を訂正しろと脅迫と暴力に晒されていた中で、文字通り口の裂けた女の化け物が現れた時の絶望。
問答に暴言で応えた伊藤たちが耳を切り落とされ、腰を抜かした順平もまたその凶刃が向けられようとした、まさにその刹那――
順平の視線がふと悠仁の顔を捉え、ピタリと止まる。
その頬には真新しい血が滲んだガーゼが貼られ、制服のあちこちにも激しい戦闘の痕跡である泥や傷が痛々しく残っていた。
「虎杖くんこそ……傷だらけじゃないか」
自分を助けるためにこんな怪我を、と順平が痛ましげに顔を歪めると、悠仁は「あはは」と照れくさそうに笑い、傷のある頬をポリポリと掻いた。
「ヘーキヘーキ。これが仕事だかんな」
「仕事……」
順平はその言葉を反芻し、恐る恐る問いかけた。
「……えっと、これって聞いていいのかな? 虎杖くんたちって……一体、何者なの?」
順平の脳裏に、昨日から今日にかけて見せられた悠仁のあまりにも常識外れな姿が次々とフラッシュバックしていく。
昨日の夕暮れ時、河原で西村が振り下ろした太い角材を頭突きで平然とへし折ってみせた異常な耐久力。
その後やってきた母の誘いで自分の家に招き、夕食を共にした時の穏やかな時間。しかし、電源を入れ直したスマートフォンの着信を見た悠仁がムンクの「叫び」の如く顔を真っ青にして玄関から飛び出していき、まるでチーターもかくやという信じられない速度で夜の街へと消えていったあの人間離れした後ろ姿。
そして先ほど、黄昏れ時の公園で本物の化け物である『口裂け女』を相手に映画のアクションスター顔負けの大立ち回りを演じた姿。
単なる同年代の高校生というには、彼はあまりにも
順平の純粋で真っ直ぐな問いかけに、悠仁は「うーん」と困ったように後頭部に手をやり、運転席に座る伊地知、そして背後に立つ恵や野薔薇へと視線を向ける。
非術師である順平に、どこまで自分たちの事情を話していいものか。
そんな無言の問いを受けた恵は、腕を組んだまま小さく肩を竦めた。
「……実際に呪霊被害を受けた者への説明は、現場の対応者の裁量に任されている。ある程度明かしてもよし、適当に誤魔化してもよしだ。お前が判断しろ」
恵の言葉に野薔薇も「アタシはどっちでもいいわよ」とばかりに肩をすくめる。
それを聞いた悠仁は、少しだけ顎に手を当てて考え込んだ後。
「言うなれば……ゴーストバスターズ、ってやつかな」
「……えっ」
「悪いオバケを退治する、専門の業者。……ま、俺らはまだ学生だし、見習いみたいなもんだけどな!」
映画好きの順平へ向け、いたずらっぽい笑顔を浮かべてみせた。
***
街灯の光が、一定の等間隔で黒塗りのセダンの車内を通り過ぎていく。
順平を家まで送り届ける道中、車の中は思いのほか賑やかな——というより、少々人口密度が高く息苦しい状況になっていた。
助手席には野薔薇がちゃっかりと陣取っており、後部座席には恵、悠仁、そして順平の男子高校生三人がギュウギュウ詰めに押し込まれている。
中央に座らされた悠仁は、両隣の肩幅に挟まれながら「狭ぇ〜」とぼやきつつも、順平に向けて先ほどの映画トークの続きを弾ませていた。
「……でさ、例のしょうもないフランス映画を持ってきたのがメグミンで、『ミミズ人間』持ってきたのが釘崎なんだよ」
悠仁は恨めしそうに両隣と前の席を交互に指差した。
「どっちも『お前のために選んでやった』とか偉そうに言っといてさ、いざ見始めたらすぐに飽きて寝るわ、どっか行くわで……結局俺一人であの地獄みたいな映像を必死こいて最後まで頑張って見てたの。ひどくね!?」
「お前の訓練なんだから当たり前だろ」
窓ガラスに押し付けられるようにして座っている恵が、外を眺めたまま冷淡に言い捨てる。
「そうよ。アンタが分かりやすくビビりそうなホラー選んであげたけど、思ってた以上に映像がアレな上単純につまんなかったし」
助手席の野薔薇も、振り返りもせずにさも当然のように言い訳をのたまう。
悠仁が「理不尽!」と頭を抱えて呻く姿を見て、順平は思わず小さく吹き出した。
(映画を見て……訓練?)
順平は首を傾げた。映画を観ることがどう訓練に結びつくのか、一般人の彼には見当もつかない。
しかし、「ゴーストバスターズ」と名乗った彼ら——常識外れの力で化け物を退治する特別な人間たちなのだから、きっと何か深い意味のある特殊な特訓なのだろうと、順平は無理やり納得することにした。
そんな他愛のない、ごく普通の高校生らしいやり取りを聞いているうちに、順平の胸の内にあった恐怖や緊張は、まるで嘘のように解けていった。
やがてセダンは静かに住宅街の角を曲がり、順平の家の前で滑らかに停車した。
「よし、着いたな!」
見覚えのある家の前で、悠仁は顔を上げる。
順平は伊地知や車内の二人に「ありがとうございました」と軽く頭を下げてから、夜の冷たい空気の中へと降り立った。
一緒に降りた悠仁がドアが閉め、車のエンジン音が静かに待機する中、順平は改めて振り返った。
「虎杖くん」
順平は姿勢を正し、深く頭を下げる。
「本当に……色々と、ありがとう」
「いいっていいって! さっきも言ったけど、これが俺の仕事だかんな」
悠仁は照れくさそうに笑い、ポンと自分の胸を叩いた。
しかし、順平は首を横に振った。
「化け物から助けてくれたことも、もちろん感謝してる。……でも、それだけじゃないんだ」
順平は顔を上げ、前髪の隙間から覗く瞳で真っ直ぐに悠仁を見つめた。
「何より……僕の話を聞いてくれたこと。そして、背中を押してくれたことに、お礼が言いたくて」
「……」
悠仁は目を瞬かせ、少しだけ真面目な顔になって順平の言葉に耳を傾けた。
「あれから……外村先生、僕の担任の先生に、全部打ち明けたんだ」
順平のその言葉に、悠仁の顔がパッと明るくなった。
昨日の夕食後、『教師なんてどうせ何もしてくれない』と諦めきっていた順平に『話す前から諦めちゃ駄目だ』と『話して駄目だったら、学校乗り込んで担任のズボン引っこ抜いてやる』と、不器用ながらも力強く彼の背中を叩いてくれた。
「虎杖くんの言う通りだった。……話す前から、諦めてちゃ駄目だったんだ」
順平は自分でも信じられないほど穏やかな表情で言葉を紡いだ。
「先生、最初は驚いてたけど……僕の話を聞いて、ちゃんと対応するって約束してくれたんだ。いじめのこと、ちゃんと学校で問題にしてくれるって」
「おぉ……! マジか! やったじゃん順平!」
「うん。……まあ、そのあと先生からの呼び出しをブッチして追っかけてきた伊藤たちに殴られはしたんだけどね」
苦笑混じりに頬を掻く順平。
あの時口裂け女が現れなければ、さらに酷い暴行を受けていたかもしれない。
まあ、それに対して感謝の気持ちなどわかないくらいには恐ろしい思いもしたが、それでも順平の瞳にはかつてのような濁った暗い色は微塵もなかった。
「とにかく、虎杖くんが背中を押してくれたおかげで……僕、なんとかやっていけそうだよ」
順平は夜風に吹かれながら、心の底から晴れやかな笑みを浮かべた。
世界は冷たくて、他人は無関心だと思っていた。でも、この真っ直ぐでお節介な少年が、その腐った世界の見え方を、ほんの少しだけ変えてくれたのだ。
「だから……本当に、ありがとう」
その心からの感謝の言葉に悠仁は照れくささで頬をかきながらも、最高に嬉しそうな笑顔で「おう!」と力強く頷いたのだった。
「そうだ、これ!」
悠仁は制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、画面を操作しながら順平へと差し出した。
「連絡先、交換しとこうぜ」
「え……あ、うん」
順平も慌てて自分のスマートフォンを取り出し、画面を読み合わせて連絡先の交換を済ませる。
『虎杖悠仁』という名前が順平の連絡帳の一覧に新しく追加された。
——それは義理で埋めてきたような誰の名前よりも特別で、心強い名前だった。
「もしなんかあったら、いつでも連絡しろよな」
悠仁はスマートフォンをポケットにしまいながら、ニッと頼もしい笑顔を向けた。
「映画の話でも、学校の相談ごとでも。……もちろん、今日みたいな化物の話でも! 俺でよかったら、ちゃんと聞いてやるからさ!」
「……うん。ありがとう」
順平はスマートフォンを大切に両手で握りしめ、深く頷いた。
もう、一人で抱え込まなくていい。何かあれば、この規格外で優しすぎるヒーローが話を聞いてくれる。
その事実だけで、順平の心にはどれほどの安心感が灯ったか計り知れない。
「じゃあな! 母ちゃんによろしく!」
悠仁は大きく手を振りながら、待機していた黒いセダンの後部座席へと乗り込んだ。バタン、とドアが閉まり、伊地知の運転する車が静かに発進する。
遠ざかる車の窓から、悠仁が最後まで身を乗り出すようにして手を振っているのが見えた。
「……じゃあね、虎杖くん」
順平は小さく手を振り返し続けた。
夜の街角でセダンの赤いテールランプが徐々に小さくなり、やがて闇の中へと完全に溶けて見えなくなるまで。順平はその場に立ち尽くし、ただ静かに見送っていた。
冷たい夜風が頬を撫でるが、不思議と寒さは感じなかった。
大きく息を吸い込み、吐き出す。
肺に流れ込む空気が、いつもよりずっと澄んでいるように思えた。
順平は踵を返し、我が家の扉へと向き直る。
ガチャリとドアノブを引いて中へ入ると、奥の居間から「順平ー? おかえりー、遅かったじゃない」と、母である凪の明るい声が聞こえてきた。
「ただいま、母さん」
順平は靴を脱ぎながら答える。
その声は今朝家を出た時よりも遥かに明るく、前を向いた力強さを帯びていた。
***
夜の帳に包まれた都立呪術高専。
一行を乗せた黒いセダンが山間を抜けて厳重な結界を通過する手続きを終えて所定の駐車場へと滑り込んだのは、日付が変わるギリギリの時刻だった。
「任務、お疲れ様でした。二日間、本当に色々とありましたね……」
車を降りた伊地知は疲労の色を隠せない一年生三人に向かって深く頭を下げた。
その手には不気味な目玉がウトウトと閉じられた肌色の呪具、一級仮想怨霊である口裂け女が封じられた『魍魎匣』が布で厳重に包まれるようにして握られている。
「この魍魎匣は私が責任を持って預かります。明日には禪院家への納品手続きに回しておきますので」
伊地知は生け捕りにした獲物の入った匣を見つめながら、事務的な口調で告げた。
全の指示通り、再発生した口裂け女は無事に彼のコレクションへと送られることになったのだ。
「書類などの後処理はこちらに任せて、あなた方はしっかりと身体を休めてください。……本当にお疲れ様でした」
生徒たちを労い、伊地知は足早に報告書の作成のために職員棟へと去っていった。
その背中を見送った後、悠仁は「んーーーーっ!」と両腕を天高く突き上げて、大きく伸びをした。全身の関節がポキポキと小気味良い音を鳴らす。
「あ〜、疲れた疲れた! 泊りがけの任務ってマジで大変だなあ」
昨日は順平の家にお邪魔した後に車中泊し、今日は黄昏れ時まで待機してから夕闇の中での口裂け女との大立ち回りだ。
肉体的な疲労もさることながら、初めての本格的な遠征任務で精神的にもドッと疲れが押し寄せてきていた。
そんな悠仁のボヤキを聞いて、隣で首をコキコキと鳴らしていた野薔薇が、フッと意地悪な笑みを浮かべた。
「そうね。……『
「うっ……」
チクリ、と刺された的確すぎる嫌味に、悠仁は胸を押さえて大げさに呻いた。
お呼ばれした順平の家でスマホの電源が落ちている事に気づかず、任務もド忘れして呑気に夕食していた悠仁の盛大なやらかしである。合流するまで二人には多大な心労をかけてしまった。
「返す言葉もございません……マジでごめんって」
しょんぼりと肩を落とす悠仁を見て、野薔薇は「フン」と鼻を鳴らしつつも、その口元には怒りではなくどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
彼が誰かを助けるために動かずにはいられない馬鹿であることは、少年院の事件でとうの昔に理解しているのだ。
もちろん、順平を虐めから助けたあとに一人だけ暖かな夕食にお呼ばれしていた事はギルティであるが。
「ま、口裂け女の足止めはちゃんとこなしたし、今回は許したげる。……次やったら呪うけど」
「釘﨑の
藁人形を手に黒い笑みを浮かべる彼女に悠仁が顔を引き攣らせる横で、恵が「フッ」と鼻で笑った。
「その顔の傷とか、細かい怪我は明日にでも家入さんか……居れば乙骨先輩にでも見てもらえ。反転術式ですぐ治るだろ」
恵は悠仁の頬に貼られた血の滲むガーゼや、制服のあちこちについた戦闘の痕跡を指差して、ぶっきらぼうに言った。
口裂け女の凶刃を躱しきれずについた細かな傷。大怪我ではないが、放置すればしばらく痛むだろう。彼なりの遠回しな気遣いだった。
「おう、サンキュー! 明日、先輩探してみるわ」
悠仁がニッと笑って答えると、野薔薇は大きく欠伸を一つ噛み殺して女子寮へと続く道の方へヒラヒラと手を振った。
「じゃ、私はもう限界だから寝るわ。アンタたちもさっさと風呂入って寝なさいよ、汗臭いんだから」
「誰が汗臭いって!? お前だって同じ状態だろーが!」
「はん、私は今日の空き時間に銭湯行ってるわよ。乙女ナメないでよね」
抗議する悠仁を鼻で笑い、野薔薇はカツカツと足音を響かせて女子寮へと歩き去って行き、残された男子二人はやれやれと顔を見合わせて苦笑し、静まり返った男子寮の方へと重い足取りで向かい始める。
男子寮の玄関をくぐり、静まり返った廊下を歩いていると、煌々と蛍光灯の明かりを放つ自動販売機の前に、ひょろりと見慣れた長身の影が立っていた。
「——おっ、今帰り? おかえり、どうだった?」
プシュッ、と缶のプルタブを開ける音とともに、五条悟が丸いサングラスをわずかにずらしながら振り返った。
彼の手には練乳並みに甘いことで知られる黄色い缶——MAXコーヒーが握られており、深夜だというのに躊躇いなくそれをグビリと啜っている。
相変わらずの糖分狂いである。
「おすっ! 先生!」
悠仁は疲れも忘れたようにビシッと立ち止まり、得意げに親指を立ててみせた。
「バッチリ! 口裂け女、ゲットだぜ!」
あの不気味な魍魎匣にしっかりと一級仮想怨霊を捕獲して伊地知に渡したことを誇らしげに報告する。
それを聞いた悟は、満足げに「うんうん」と頷いた。
「そりゃよかった。まあ、細かい報告は疲れてるだろうし、また明日にでも聞こうかな」
悟はMAXコーヒーをもう一口煽り、壁に寄りかかりながら「じゃあ、おやすみー」と踵を返そうとした。
だが、ふと何かを思い出したように足を止め、肩越しにクルリと振り返って、ニヤニヤと悪戯っぽい――最高に性格の悪い笑みを浮かべた。
「……あ、そうそう」
悟は声のトーンをワントーン落とし、意味深に告げた。
「今回の任務中にさ、悠仁が定時連絡を無視して一時行方不明になってた件。一応指名任務の
「…………………………えっ??」
悠仁の顔から、スッと血の気が引いた。
今回の依頼主。それはすなわち口裂け女の捕獲を命じた張本人であり、呪術界の最凶の王——
「そしたらさ」
悟は、える悠仁の反応を心底楽しむように、言葉を続けた。
「『そうかそうか、まあ一級任務程度で死にはしないだろう。そうだねえ、彼には姉妹校交流会で会う時を楽しみにしておくように伝えておいておくれ』……だってさ」
ピシリ、と。
悠仁の身体がまるで石化の呪いにでもかけられたかのように完全に硬直した。
(——コイツ、面白がってチクリやがったな……)
隣で聞いていた恵は、半眼になって己の担任をジトッと睨みつけた。誠実にやるなら任務の報告として最終的にはその件も全に伝える必要はあったかもしれない。
が、表情や態度から察するにそれは明らかに悠仁の反応を見て楽しむための五条悟特有の悪ノリであることが伺えた。
「た、たのしみ、に、しておく……?」
悠仁の口から、カクカクとロボットのような掠れた声が漏れる。
彼の脳内で、その『楽しみ』という言葉が、最悪の変換を経て恐ろしいビジョンを再生し始めた。
『おやおや、任務を放り出してどこに行っていたのかな?』
『言う事を聞かない子は、従順な呪骸へ改造しちゃおうねぇ……』
ギュィイイイイイ!!
薄暗い地下室、煌々と照らす無影灯。
冷たい手術台の上で拘束された状態で、巨大な電動ノコギリを持った禪院全が三日月の笑みを浮かべながら自分を見下ろしている——。
「…………ヒッ」
悠仁の顔面は青から白、そして土気色へと目まぐるしく百面相を繰り返し。
やがて両手で顔を挟み込むように押さえ、再びムンクの「叫び」のような悲壮すぎる表情で完全にフリーズしてしまった。
「アッハッハ! じゃ、交流会までにせいぜいアイツの期待に応えられるくらい鍛えとけよー! おやすみ!」
一人でゲラゲラと爆笑しながら、悟はMAXコーヒーを揺らして陽気に廊下の奥へと消えていった。
「あ、あ、あああ……」
絶望の淵で震える悠仁と。
「……さっさと寝ろ、バカ」と、呆れ果てて自室のドアノブに手をかける恵。
呪術高専東京校の一年生たちの、長く過酷な——そして色んな意味で疲れる二日間は、こうして騒がしく幕を閉じたのであった。
全「その気軽に粛清してくるイメージはどこから来てるんだい?」
■ 吉野順平
不登校は解消して平穏な日常を手に入れており、伊藤たちのせいで半ば解散状態だった映画研究会の面々に彼が声を掛け、再び集まれるようになった。
元々視界の端にちらっと映ることがたまにあったが、口裂け女の呪力に中てられて割と見えるようになってしまった事を虎杖に相談したりする事となる。
相談以外にもちょこちょこ連絡を取り合い映画談義に花を咲かせたりしている。
■ 伊藤たち
切り落とされ、放置して逃げた耳は繋がらず。
口裂け女の一件はカバーストーリーである「連続通り魔事件」として処理された。
事件被害者としてゴタゴタしたものの、それはそれ、これはこれ、多くのいじめ被害者たちの声や目撃証言などからしっかりと処されている。
本物の怪異の呪いを受けたトラウマは深く、仮に処されなくとも今までどおりには生きていけないだろう。出番ももうない。
■
最終的に任務完遂すれば別に握り潰しても問題ない杖失踪事案を恵から聞いた翌日には直電した。全関連での悠仁の反応が良すぎるのが悪い。
とはいえそれはこれまでの全との関わりで、この程度のことで悠仁がマジで不味いことになりはしないという判断できてる故のもの。
全はちゃんとしてない人に対して好感度は下がりますがそうそう処したりしません。心外!
いかに五条悟でも流石にそこまでアレではない……たぶん。
というわけで「幼魚と道標」編はこれにて完結。
ここまでの所感として、今回の章は数字に出る程度には失速気味ながら「順平出してえなぁ」「三人組のアオハル描写とか合同任務描写してえなあ」って欲求を満たせたのでヨシ!とします。
全は順平を認識していないので、現状では原作扉絵の「もしも」のようには行けないのが残念ですが。
そして全然全が出てこない問題。
これは彼目当てにしてくれている方にはホント申し訳ないんですが、掌握編にて呪術界の頂点に立った時点で一般呪術師のノリでは動かすのも不自然だな、となりまして。
故に予定している、彼が主役へ返り咲く章が来るまではこれまで通りたまに出てきつつも基本は呪術界へ与えた影響の強さを示すことで存在感を維持する形式となります。
それでもお付き合いいただける方はどうかこれからもよろしく!
さて、次回はまた少しお時間いただく事になると思います。
ちょっとした予告として、「問答を仕掛けてきて、返答を間違えると攻撃してくるやつ」が出る回だと言っておきます。