禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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——故に聞こう!! わかり切った回答を!!

   禪院恵! オマエは、どんな女がタイプだ!!



姉妹校交流会編
44.姉妹校交流会-魂の問答


 

 ——口裂け女の捕獲任務という、一級相当の死線を無事に潜り抜けた高専一年生の三人。

 だが、彼らに一息つく暇など与えられてはいなかった。

 

 目の前には『姉妹校交流会』というイベントが控えている。本来なら一年生は見学と裏方をしていればいいはずなのだが、禪院全の気まぐれによって強制参加させられる事となってしまったのだ。

 来るべき京都校の術師たちとの激突に向け、彼らの日常は血を吐くような特訓漬けの日々へとシフトしていた。

 

「ハァッ……ハァッ……」

「ぜぇ、ぜぇ……っ」

「………………」

 

 初秋の風が吹き抜ける高専のグラウンドの隅で虎杖悠仁釘崎野薔薇、そして禪院恵の三人が、芝生の上に大の字になって虫の息を漏らしていた。

 今日も今日とて彼らは「指導」と称する禪院真希の理不尽な暴力によって、全員揃って見事なまでにボコボコに叩き伏せられたところであった。

 

「……おい、恵。喉渇いた。水買ってこい」

 

 一人涼しい顔で木刀を肩に担いでいた真希が、倒れ伏す恵の背中を足のつま先でツンツンと小突きながら、さも当然のように命じた。

 

「……ッ、自分で買えよ……」

あ?

 

「……行ってくる」

 

 眉を吊り上げて木刀の尖先を地面にドンッと突き立てた真希の圧力に、恵は痛む身体に鞭打ってノロノロと立ちあがった。

 ここで逆らえば、休憩時間がそのまま延長戦へと突入することは火を見るより明らかだ。恵は肩を落とし、グラウンドの隅にある自動販売機へと重い足取りで向かっていった。

 

 ガコンッ、ガコンッ。横暴とパシリにはすでに適応済みだ*1

 自販機の取り出し口からペットボトルの水とお茶を抱え、恵が深ーい深ーいため息を吐き出していると。

 

「アハハッ! めっちゃパシられてんじゃん、ウケる!」

 

 付いてきていた野薔薇が、並んで買ったお茶を飲んで息を吹き返すと同時に腹を抱えて彼を指差し笑った。

 

「真希さんに完全に尻に敷かれてんの、最高に()って感じで似合ってるわよ、アンタ」

「……うるせぇ」

 

 恵は水と一緒に買った自分のお茶のキャップをひねりながら忌々しげに顔をしかめた。

 

「前も言ったが、俺と真希は正確には姉弟って訳じゃねーんだよ。……()()()()()ってやつだ」

 

 恵はグビッと冷たいお茶を流し込み、不満げに愚痴をこぼした。

 

「同じ年に産まれたくせに、昔っから姉ぶってこき使いやがって……」

 

「……ぶっちゃけメグミン以外から聞いたこと無いわ、そんな続柄」

「たしか、またいとこと同じよね? そこまで行くとあんまり意識しないわ」

「それは()()()。まあ、ややこしいのはわかる」

 

 同じく缶を握り締めた悠仁が自販機横のベンチに腰掛け、首を傾げながらそう言うと、野薔薇もそれに続く。

 いとこ違い。いとこおい/めい、いとこおじ/おばを纏めて言う俗称だが、そこまで厳密に意識して親戚付き合いする家庭も珍しいだろう。

 

「しっかし、流石は禪院家ね……親戚の幅と層の厚さが凄すぎでしょ。歴史あるドロドロの旧家って感じ」

 

 彼女は呆れたように肩をすくめた。

 同じ敷地内でウジャウジャと親戚が暮らす武闘派一族だからこそ、本来ならそこまで近しくないはずの親戚同士でも、姉弟同然の距離感で育つという特異な環境が出来上がっているのだろう。

 

「そういやさ、メグミンや真希先輩の誕生日っていつなの?」

 

 悠仁が三ツ矢サイダーをプシュッと開け、炭酸を喉に流し込みながら何気なく尋ねた。同い年だと言うのなら、数ヶ月の差でそこまでヒエラルキーが固定されるものなのだろうかと純粋に気になったのだ。

 

「……俺が十二月二十二日だ」

 

 恵が答えると、悠仁はふんふんと頷く。

 

「で、真希先輩は?」

「真希と京都校にいる双子の妹が……一月二十日

 

 恵がさらに一段と低い声で答えた。

 

「…………」「…………」

 

 悠仁と野薔薇の頭の中で、今聞いた二つの日付がゆっくりと計算された。

 

 真希が、一月二十日。

 恵が、十二月二十二日。

 二人は、同じ年に生まれた。

 

「……って、ほぼ一年じゃん!!」

「そりゃほぼ弟だわ!! ぐうの音も出ないほどに年下じゃないの!!」

 

 事実に気づいた瞬間に悠仁が吹き出し、野薔薇が腹を抱えて大爆笑した。

 

「同じ年に生まれたって言うから三ヶ月とかそこらかと思ったら、ギリギリ同じなだけじゃねーか!!」

「あんた、ほぼ丸一年遅く生まれてきて『同じ生まれ年のくせに』って文句言ってたの!? そりゃパシられて当然だわ! あっはははは!!」

 

 ゲラゲラと容赦なく笑い転げる二人に、恵はギリッと奥歯を噛み締めて顔を真っ赤にした。反論したくても、彼らの指摘はぐうの音も出ないほどの正論だった。

 

 ただでさえ成長著しい幼児期において「十一ヶ月」という月日の差は、あまりにも絶大である。

 歩き始める時期、言葉を覚える時期、そして身体の大きさ。その全てにおいて、真希は恵よりも常に「一年分」先を進んでいたのだ。

 

 物心ついた頃にはすでに真希と恵の間に「姉と弟」という絶対的なヒエラルキーが完成してしまうのは、火を見るよりも明らかだった。

 

(……それでも、子供の頃はまだマシだったんだ)

 

 恵は過去の記憶を思い返し、さらに忌々しげに顔を歪めた。

 幼少期、恵は早々に禪院家最強の相伝である『十種影法術』に目覚め、その後諸事情*2で『操影呪法』と入れ替えられている。

 操影呪法は調伏を進める前の十種影法術より格段に強力で汎用性も高く、当時の恵は父である禪院甚爾と同じ天与呪縛のフィジカルギフテッドである真希相手にも組手でほとんど互角に渡り合うことができていたのだ。

 

 ……しかし、成長期を迎えた彼女の手足がグンと伸び出した途端状況は一変した。

 

 術式によるアドバンテージなど真希の規格外の身体能力と戦闘センスの前にあっさりと叩き潰されるようになり、結果として圧倒的な力の差が現在に至るまでに確定し、恵は完璧にこてんぱんにされる弟ポジションへと収まってしまったのである。

 一時期でも拮抗してた事実が逆に辛くさえあった。

 

 屈辱的な事実を掘り返して同級生たちにイジり倒された恵がムッスーと眉間にシワを寄せ、握りしめたペットボトルをミシミシと歪ませていた、その時。

 

「……あら、恵じゃない! ねぇねぇアンタ、八尺様好き拗らせて影で再現したってホント??」

 

 不意に背後から響いてきた、ひどく聞き覚えのある……そして今の恵にとって最も耳にしたくない声。

 

「…………ッ!?」

 

 声を聞いた瞬間、恵の身体がピシリと彫像のように完全に硬直した。

 そして、ギギギ……と、まるで油の切れた古い機械のようなぎこちない動きで、声のした方へと首を回す。

 

 そこに立っていたのは、高専の黒い制服……ただし少しだけデザインの違うそれを着こなし、ショートボブの髪を揺らしてニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている少女だった。

 

「なんでここに居るんだよ、真依……」

 

 恵は今にも舌を噛み切りそうなほどに心底嫌そうな声で、その名を絞り出した。

 

 禪院真依。真希の双子の妹であり、呪術高専京都校の二年生。

 つまり、恵にとってはもう一人の「頭の上がらない年上のいとこ違い」である。

 

 姉と同じく全の荒療治によって双子の呪縛から解放された彼女。

 恵もしばらく会っていないが、昔からのマイペースさと皮肉屋な性格を遺憾なく発揮して京都での学生生活をエンジョイしていると聞いている。

 そして何より、恵が隠しているつもりになっている『性癖』を度々弄り倒してくる、最大の天敵の一人でもあった。

 

「あら、真依()()でしょ?」

 

 真依は腰に手を当てて、勝ち誇ったように恵を見下ろした。

 

「実家じゃなくて高専なんだから、ちゃんと先輩は敬わなきゃ」

「……………………………」

 

 そのからかうような口調と、年上としてのマウントの取り方。

 恵はげんなりとして肩を落とし、完全に反論する気力を奪われていた。

 

「ぷっ、あはははは!」

 

 それを見ていた野薔薇が、たまらず吹き出した。

 

「さっすが双子、同じこと言ってる! 結局どこに行っても姉貴分に頭上がらないのね、アンタってば!」

 

 以前真希にやられていたのと同じようなやり取りが、今度は双子の妹によって繰り返されている。

 悠仁は「ドンマイ、メグミン」とばかりに生温かい目で見守っていた。

 

 そんな第二の姉弟のやり取りが繰り広げられている中、真依の後ろに控えた異様な存在感を放つ影が、ぬっと一歩前に出た。

 

「——お前が、禪院恵か」

 

 ズォン、と空気が重くなるような低い声。

 悠仁と野薔薇はハッとして顔を上げる。そこに立っていたのは、同じ高校生とは到底思えないほど規格外に筋骨隆々でいかつい面を貼り付けた大男だった。

 

 身長は優に百九十センチを超え、白いシャツからはち切れんばかりの大胸筋と丸太のような腕が覗いている。顔には額から左目へと走る傷跡があり、その威圧感はそこらの呪霊にすら引けを取らないほどだ。

 

「……真依」

 

 恵がその得体の知れない暑苦しい見た目の男を見上げながら、助けを求めるように真依の名を呼んだ。

 

「先輩は?」

「……真依、()()。そっちのデカい人は?」

「ああ、こいつは……」

 

 苛立ったように言い直す恵に笑いつつも、真依が面倒くさそうに溜め息をついて紹介しようとした、その瞬間だった。

 

「いい。姉弟の仲を深めるのは後にしてくれ」

 

 巨漢の男は太い腕を前に出し、真依の言葉を力強く遮った。

 真依は「はぁ……また始まったわ」とばかりに、うんざりした顔で肩をすくめて一歩下がった。

 

 巨漢は一歩、また一歩と恵へと近づき、その圧倒的な体格差で見下ろすようにして眼前に立った。

 そして恵の頭のてっぺんから爪先までを値踏みするように、あるいは何か重大な審査をするように鋭く、鋭く検分する。

 

 恵は冷や汗を流しながら、交流会の偵察にしても圧が強すぎると内心で警戒レベルを最大にまで引き上げた。

 張り詰めた緊張感が、グラウンドの隅を支配する。

 

 やがて巨漢は深く息を吸い込み、雷鳴のような声を轟かせた。

 

「俺は、オマエが真にマスター足り得るのか……確かめねばならんのだ……!」

 

 

「………………は???」

 

 

 恵の口から今日一番の、心の底からの純度一〇〇パーセントの間の抜けた声が漏れ出した。

 

 マスター? 何の話だ?

 呪術戦の駆け引きでも他校の偵察でもない、あまりにも文脈が迷子すぎる謎の問いかけ。

 

 悠仁と野薔薇も「マスターってなんだよ」と完全に思考を停止させる中、巨漢の眼だけが、異様なまでの真剣さと熱を帯びて恵を射抜いていた。

 そして——。

 

「——京都校三年。一級の()()()()、東堂葵! タッパとケツがデカい女がタイプです!!」

 

 グラウンドの静寂をぶち破るような、大音声の自己紹介とあまりにも堂々すぎる性癖の開示。

 東堂はビシィッ! とポーズを決め、爽やか——とは言い難い暑苦しい顔で言い放った。

 

「………………は???」

 

 野薔薇の口から、今日一番の冷ややかな声が漏れた。悠仁も「え、いきなり何言ってんのこの人」と顔を引き攣らせて後ずさる。

 しかし東堂は彼らのドン引きした反応など全く意に介さず、目を閉じて天を仰ぐように両腕を広げた。

 

「——そう公言して憚らないこの俺ですら……想像できない世界があった……!」

 

 東堂の言葉は、まるで神の啓示でも受けたかのように無駄に壮大で熱を帯びた響きを持っていた。

 

「——そう、八尺派だ!」

 

「……なんか語りだしたよコイツ。ヤバくない?」

 

 野薔薇がドン引きを通り越して真顔になって悠仁の背中に隠れるように一歩引き、悠仁も冷や汗を流しながら頷く。

 

 そんな二人の前で、事の中心に据えられてしまった恵はといえば。

 すでに瞳から一切のハイライトが消え失せ、今すぐにでも影の中に溶け込んでこの場から消え去りたいという、強烈な『帰りたいオーラ』を全身からダダ漏れにしていた。

 

 すべてを察した。

 この男がどうしてこんな意味不明なテンションで自分に絡んできているのか。

 

 ——元凶は隣でニヤニヤと笑っている真依だ。

 

「かつて俺は、第二の術式を仕入れに行った際、かの呪術界最高権力者であるMr.全に問うたのだ! どんな女がタイプかと!

 

 東堂は拳を握り締め、熱弁を振るう。

 

「そしてMr.全は見せてくれた……その、()()を!!!

 

 東堂の脳裏に、あの日禪院家の面会室で目の当たりにした光景が鮮明にフラッシュバックしていた。

 自分が全に好みのタイプを尋ねた時、全は怒りもせず「懐かしい事を聞くね、強いて言うならこの子かな」と言って、背後の影からあの規格外の巨大な女呪霊——特級仮想怨霊『八尺様』を呼び出して見せたのだ。

 

 二メートル半に迫るスラリと長い長身

 それでいて、白いワンピースを内側からはち切れんばかりに押し上げるスイカ二つ分は優にあるであろう圧倒的な双丘

 ゆったりとした布地の上からでもわかる、やわらかそうな臀部

 

 「タッパとケツがデカイ女」を至高とする東堂の理想を呪術的に、そして暴力的に限界突破したその姿は、彼の性癖という名のキャンバスに特大の隕石(アセンション)を叩き落としたに等しかった。

 

「無論ッ! 俺にとっての至高が『高田ちゃん』であることは揺るがん……!」

 

 東堂は胸をドンッと叩き、強い意志を示した。

 しかし、その顔はすぐに俯き、握った拳をわなわなとさせる。

 

「だが、未だに目に焼き付き……時折夢にまで見るのだ……ッ! あの規格外の、圧倒的な八尺様の威容を……!!

 

 熱く、苦悩に満ちた表情で己の性癖のブレを語る巨漢。

 

「……誰よ、高田ちゃんって」

「確か長身アイドル。テレビで見た事ある」

 

 野薔薇の冷ややかなツッコミに、悠仁が小声で補足を入れる。

 どうやら東堂は全のあのイカれた性癖(?)に中てられてしまい、自分の中の確固たる至高が揺さぶられるほどの強烈なカルチャーショックを受けてしまったらしい。

 

「真依から聞いたぞ……」

 

 東堂は熱の冷めやらぬ瞳で恵を再び射抜いた。

 

「オマエ、幼い頃にその八尺様に()()()()()らしいな?」

「…………んな訳ねぇだろ、たまに子守されただけだ!!

 

 一瞬何を言われたかわからなかった恵だが、内容を理解するやいなや、たまらず血を吐くような声で否定の声を上げた。

 そして、隣で肩を震わせて笑いを堪えている真依に向かって殺意に満ちた視線を飛ばす。

 

「つーか真依! オマエどこまで人の個人情報喋ってくれてんだ……!」

「あら、事実じゃない。負けず劣らず立派に大きく育ったわねぇ、恵?」

 

 彼女は悪びれる様子もなく、むしろ火に油を注ぐようにケラケラと笑い声を漏らす。禪院家の庭で、幼い恵が八尺様に抱かれてキャッキャしていた光景は、一族の者なら誰もが知る微笑ましい(?)日常のひとコマであった。

 真依はそれを「八尺様に育てられた」と、見事なまでに誇張して東堂に吹き込んだのだ。

 

「そして真依から聞いたぞ、禪院恵……」

 

 東堂はまるで伝説の勇者に出会ったかのような、畏敬の念すら込めた眼差しで恵に一歩近づいた。

 

「オマエが、自らの術式で八尺様の似姿を創り上げ……一生添い遂げる覚悟と宣言してみせた漢だと!!

んな事一度も言ってねぇ……ッッ!

 

 恵の怒号がグラウンドに響き渡った。

 ただ制圧力の化身として模倣したと公言する『巨影』が、なぜか「八尺様へのガチ恋ゆえの錬成」にまで歪曲されている。嫌がらせのレベルが高すぎる。

 心外だ、もはや名誉毀損レベルの捏造だ!!

 ……と恵は内心憤慨する。

 

「故に、オマエが真に己の性癖に殉じ、極地へと至らんとする漢であるならば……!」

 

 東堂は恵の否定など完全にスルーし、両手を広げて高らかに宣言した。

 

「俺はオマエを、最大の敬意を込めて()()()()と呼ばねばならんのだ!!!」

「…………」

 

 恵はもう、クラクラと目眩がしてきた。

 目の前のこの筋肉ダルマは他人の話を全く聞かないタイプだ。

 いくら否定したところで彼の脳内ではすでに「禪院恵=八尺様を愛しすぎるが故に術式で錬成までしたガチ勢の師匠」という完璧な図式が完成してしまっている。

 

 頭が痛い。

 今すぐ影鰐に飛び込んで、どこか誰も知らない場所まで逃げ去りたい。

 

「故に問おう!! わかり切った回答を!!」

 

 東堂は筋肉でパンパンに張った太い腕をビシッと恵に向けて突きつけ、その顔にこれ以上ないほど暑苦しく熱意に満ちた笑みを浮かべた。

 

「禪院恵! オマエは、どんな女がタイプだ!!」

 

 呪術高専東京校のグラウンドにて面倒くさく暑苦しい、魂を問う質問が轟き渡ったのであった。

 

 ——同じ理不尽な問いかけなら、正しい攻略法が存在する『口裂け女』の方がよっぽどマシだ。

 

 恵は光を失った死んだような目でどこまでも高く青い秋空を仰ぎ見た。

 口裂け女なら「普通」と答えればしばらくフリーズさせられるし、べっこう飴を投げれば気を逸らせる。

 ……しかし目の前で筋肉を隆起させ、鼻息を荒くしているこの一級呪術師にはそんな小手先の対処法は一切通用しないだろう。

 

「ぶっ……くくっ、あははははっ!」

 

 すぐ横では事の元凶たる真依が腹を抱えて肩を震わせている。

 その後ろでは野薔薇が「性癖暴露ショーね」と半笑いで口元を隠し、悠仁に至っては「なんか変なのに絡まれて可哀想に……」と本気で同情しつつも、どこか興味深げな視線をこちらに真っ直ぐ突き刺してきている。

 

(……この状況で、性癖を答えろと??)

 

 恵の胃がキリキリと音を立てて痛み始めた。

 同級生や身内の前で、己の女性の好みを大声で叫ばされる。

 

 ……何だこれは。

 秘匿死刑ならぬ、()()()()ではないか。

 

さあ! 答えろ、マスター!! 俺の魂を震わせる、オマエの真実を!!」

 

 東堂が一歩踏み出し、その巨体から発せられる圧がさらに強まる。無視して立ち去りたい。

 だが、答えないなら答えないでこの暑苦しい男が納得するわけがない。どう転んでも、余計に面倒くさい事態になることは火を見るよりも明らかだった。

 

 なんなら、相手は実績のある一級の()()()()

 特別な功績がなければ至れないその肩書が物語る、実力という点においても口裂け女の完全なる上位互換である。

 

 逃げ道はない。恵は深く息を吸い込み、すべての羞恥心を腹の底へと押し殺した。

 そして顔を半分背けたまま、絞り出すようにボソリと答えた。

 

「——その人に、揺るがない『人間性』と……」

 

 恵の言葉に東堂がピクリと眉を動かし、真依たちの笑い声もピタリと止んだ。

 

 

「……『()()()』があれば、それ以上は何も求めません」

 

 

 静かなグラウンドに、恵の出したアンサーが響き渡った。

 

 それは外見や体型にはこだわらず、相手の内面を重視するといういかにも真面目で優等生な彼らしい無難な回答である。

 東堂の「タッパとケツ」というド直球な性癖とは対極にある、プラトニックで真っ当な回答。

 

 

 ——そのはずだった。

 

 

「「「………………」」」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 真依、野薔薇、悠仁の三人の頭の中で、先ほどから東堂が喚き散らしていた『八尺様』というワードと今の恵の回答が見事なまでにリンクし、カチリと音立てた。

 

 ……人間性?

 呪いである八尺様ではなく、人間がいいというささやかなアピールだろうか。それはわかる。

 

 だが、問題はその後だ。

 

 ——()()()

 

(((包容力……つまり、自分を優しく包み込んでくれる母性のような大きさ……?)))

 

 三人の脳裏に、幼い恵を胸に抱きかかえてあやす巨影、あるいは八尺様の姿が再生された。そしてその八尺様のサイズを少しばかり縮小し、人間に置き換えた姿を想像してみる。

 

(((……それって結局、自分をでっかく包み込んで甘やかしてくれる、デカいお姉さんってコトじゃ……?)))

 

 優等生な言葉選びに見せかけて、見事なまでに『八尺様という巨大な母性に育てられたが故の性癖』が、ダイレクトに滲み出てしまっているではないか。

 

 悠仁が思わず口をポカンと開けた。

 野薔薇の顔から半笑いが消え、真顔で恵を見た。

 真依に至っては、面白すぎて声も出ないのか、口を押さえて肩をガクガクと震わせている。

 

「…………ッ!!」

 

 恵は三人のその「あ、こいつマジなんだ」という生温かすぎる視線を一斉に浴び、自分が口走った言葉の致命的な『裏の意味』に気がついて、顔を耳の先まで一瞬にして爆発したように真っ赤に染め上げたのだった。

 

「ち、ちがっ……!」

 

 誤解だ。完全に最悪の方向に捻じ曲げられた誤解だ。

 彼が必死に弁明の言葉を口にしようとした、まさにその時だった。

 

 ツゥー……。

 

 恵の眼前に立つ巨漢——東堂葵の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「——失望したよ、マスター……否、禪院恵」

 

 その声は、かつて信じ崇拝していた英雄の裏切りを嘆くようなあまりにも悲痛で重苦しい響きを帯びていた。

 

「は?」

 

「何故、押し殺す。何故そんな、建前めいた耳当たりのいい言葉で己の本心を誤魔化そうとする……!」

 

 東堂はギリッと奥歯を噛み締め、両手で顔を覆うようにして慟哭した。

 彼の脳内では、「巨大で豊満な母性に惹かれているにも関わらず、世間体を気にして『人間性』や『包容力』という曖昧な言葉に逃げた臆病者」という、あまりにも理不尽なプロファイリングが完成してしまっていたのだ。

 

「Mr.全は、堂々と公言しているぞ!!」

 

 東堂がバッと両手を広げ、天を仰いで絶叫した。

 

「己の性癖の極地が『八尺様』であると! あの当主は誰の目も憚らず、誇り高く言い切った!!

「……………………」

 

「己の当主と同じ至高の答えを、何故恥じる!! 何故隠す!! 何故……何故だ、禪院恵ッッ!!!

いやうちの当主が頭おかしいだけだから!!!

 

 恵の魂からのツッコミが木霊するが、東堂の耳には全く届いていない。

 

「言えよ、禪院恵!! 八尺様が好みだと!! タッパとケツとチチがデカい女がタイプだと、なぜ大声で正直に言わん!! なぜ己の性癖を……素直に誇れない……!!」

 

 涙ながらに熱弁を振るう東堂。その言葉の一つ一つが、周囲の空気をビリビリと震わせるほどの熱量を持っている。

 だが、その熱意の矛先があまりにも下世話で変態的すぎるため、恵の額には青筋が何本も浮かび上がった。

 

「そんなこと大声で公言したら、ただの変態だろうが……!!」

 

 呪術師である以前に、一人の常識ある男子高校生としてのド正論。

 だが、東堂葵という男にとって「性癖を隠す」という行為は即ち「退屈な男」への転落を意味する最大の罪であった。

 

「アッ」

 

 東堂の全身から先ほどまでの涙交じりの空気が一変し、ゴリッとした異常な呪力と殺気が膨れ上がったのを感じ取った真依が短く声を上げた。

 

「ちょっと二人とも。こっち来て」

 

 真依は隣でポカンとしていた野薔薇と悠仁の手をサッと引くと、恵をその場に残したまま、猛烈な勢いで退避を開始した。

 

「わっ、何、何っ!?」

「え、ちょ、何すんのよ!」

「あれ、完全にスイッチ入ったから。一年が近付いたら巻き込まれて死ぬわよ」

 

 真依のその言葉の響きには、一学年上のトップ術師に対する確かな畏怖が込められていた。そして、三人が安全圏へと飛び退いた直後。

 

「——俺が目を覚まさせてやる……!!」

 

 東堂の筋肉が異常なまでに隆起し、グラウンドの空気がピキリと凍りついた。

 彼の瞳から涙は消え失せ、代わりに宿っていたのは戦場に立つ修羅のそれだった。

 

真のマスターとして覚醒しろ、禪院恵!!

 

 ゾクリ、と。恵の全身の細胞が、特級呪霊と対峙した時にも匹敵する程の極大の悪寒に悲鳴を上げた。

 考えるよりも先に生存本能が術式を強制起動させ、足元から分厚い影の盾が壁のように前方に展開され始めた——まさにその瞬間だった。

 

 ——ドッ!!!!

 

 東堂の丸太のような脚が大地を蹴り砕く、爆発的な轟音。

 影の盾が完全に形成されきるのと、東堂の巨体が神速で恵の懐へと肉薄したのは完全に同時であった。

 

「ぐっ……!!」

 

 ——ドゴォォォッ!!!!

 

 強烈極まりないラリアットが、展開された分厚い影の盾を不尽なまでのパワーで粉砕した。防壁を紙屑のように吹き飛ばした丸太のような腕が、恵の首元から胸にかけてクリーンヒットする。

 

「ガハッ……!?」

 

 肺から空気が根こそぎ吐き出され、恵の身体はそのままゴム鞠のように芝生を跳ねながら十数メートルも後方へと凄まじい勢いで吹き飛ばされていった。

 

「め、メグミーン!?」

 

 突如として始まったあまりにも理不尽かつ凶悪なラリアットの直撃に、悠仁が目をひん剥いて叫んだ。

 吹き飛ばされた恵の体が土煙を上げるのを見て、野薔薇も「ちょっ、いきなりなんて事を!」と焦燥の声を上げ、引かれていた真依の手を乱暴に振り払って助けに入ろうとする。

 

「やめときなさい、あぶないわよ」

 

 だが真依は再び野薔薇の腕を掴み、ひどく冷静な声で制止した。

 

「あの人、こうなるともう誰の手にも負えなくて手がつけらんないから。……あの通り、頭のネジが完全に外れたヤバいやつだけど、強さと優秀さだけは本気で突出してんのよ」

「……突出して優秀なヤバいやつって、いろんな意味で最悪じゃない!?」

 

 悠仁が真っ当すぎる戦慄の声を上げると、真依はどこか遠い目をして、心底疲れたような真顔で頷いた。

 

「ええ。だからみんな困ってるのよ」

「「うわぁ……」」

 

 その言葉の重みに、悠仁と野薔薇は絶句した。

 呪術高専京都校。そこに通う生徒たちはこの頭のおかしい筋肉ダルマの扱いに日々頭を抱え、絶望しているのだと容易に察せられたからだ。

 

「まあ、真希にいつもボコられてる恵なら、多分死にはしないんじゃないかしら」

 

 真依が投げやりな希望的観測を口にした、その言葉通りだった。

 

 土煙が晴れるよりも早く、倒れ伏していたはずの恵が素早く跳ね起き、追撃のために肉薄してくる東堂の巨大な拳を紙一重のステップで躱していた。

 だが、東堂の連撃は止まらない。フック、アッパー、回し蹴り。一撃でも貰えば即座に意識を刈り取られるほどの暴風のようなラッシュ。

 

「シッ……!」

 

 恵は防戦一方に見えたが、その足元から瞬時に黒い影の帯が周囲の建物の壁へと向かって伸びた。

 それを足場にするようにして、恵の身体が影から影へと弾き出されるように立体機動を描き、東堂の猛攻を空中でヒラリと躱して校舎の屋根へと見事に着地したのだ。

 

「……ハァッ」

 

 恵は屋根の瓦の上で息を吐きながら、下で構える東堂を見下ろした。

 腕はジンジンと痺れ、肺の空気がまだ戻りきっていない。だが、瞳には確かな怒りと闘志が宿っていた。

 

「やってやるよ……!」

 

 腕の一本くらいは覚悟しろ、と恵が両手で素早く印を結び足元の影にドス黒い呪力を注ぎ込む。

 屋根を伝い、壁を滑り、音もなく地面を這うようにして平面の怪物のシルエットが東堂の足元へと急接近していく。

 

 対象の影に噛み付き、そこに繋がる本体の概念ごと抉り取る静かなる暗殺術——影鰐が大きくその黒い大顎を開け放ち、東堂の足元へと迫る。

 

「ん? ……フッ」

 

 だが、東堂はその忍び寄る影鰐の存在に気づきながらも避ける素振りを一切見せなかった。

 それどころか、己の足元に伸びる()()()()()()()()()をあえて差し出すように前方へと突き出したのだ。

 

「なめやがって……!」

 

 そのあからさまな挑発に、恵の額に青筋が浮かぶ。

 いくら強靭な肉体を持っていようと、影の概念ごと食い千切るこの術式を無防備に受ければ腕をへし折られることは免れない。

 恵は躊躇なく呪力を注ぎ込み、影鰐に命じた。

 

 ——ガァンッ!!

 

 勢いよく閉じられた影鰐の大顎が、東堂の腕の影を左右からガッチリと挟み込み、ギリギリと締め上げる。

 骨を砕き、肉を断つための呪力の圧殺。

 

 しかし。

 恵の瞳が驚愕に見開かれた。

 

「……ッ、噛みきれない!?」

 

 一級仮想怨霊の腕をへし折った影鰐の鋭い牙が腕の影に深く食い込んでいるにも関わらず、そこから一ミリたりとも内側へと進まないのだ。

 

 ——東堂の両腕に纏われた、極限まで研ぎ澄まされた呪力の防壁。それが、影という概念を通じた呪術的干渉すらも完璧に防ぎ切っていた。

 

「ぬうぅ……ッ!」

 

 東堂の口から、低い唸り声が漏れる。

 影鰐に噛み付かれている彼の実体の腕がゆっくりと、メキメキと音を立てるようにして外側へと開かれ始めた。

 

 それに連動し、地面に落ちている腕の影もまた左右へと広がっていく。すると、その腕の影にガッチリとかぶりついて離さない影鰐の顎のシルエットが、東堂の動きに引っ張られるようにして、強引に左右へと開かれていくではないか。

 

「——(フン)ッ!!!!」

 

 東堂が大地を割らんばかりに両足を踏みしめ、首と腕の太い血管をバキバキに浮き上がらせながら、己の両腕を力任せに大きく、一気に横へと開ききった。

 

 ズバァァァァッ!!!!

 

 連動して凄まじい勢いで開かれた腕の影の力に耐えきれず、それに噛み付いた影鰐のシルエットの顎は左右に引き裂かれた。

 悲鳴を上げる間もなく真っ二つに割れた影の怪物は、紫色の呪力の残滓を散らして跡形もなく消滅する。

 

 鍛え抜かれた極限の肉体と磨き抜かれた呪力操作による、あまりにも理不尽な暴威。術式のギミックなど、純粋なパワーの前には粉砕されるのだと証明するような光景だった。

 

フシュルー……ッ

 

 東堂はプロレスラーのように両腕を広げた体勢のまま、鼻から荒々しく白い息を吐き出した。そして、獲物を狙う猛獣のようにギラついた瞳で屋根の上の恵を真っ直ぐに見上げる。

 

「さあっ、オマエの本命はこんな物ではなかろう!?」

 

 東堂の叫びが、秋のグラウンドにこだまする。

 

「出せ! そして認めろ、オマエの性癖を……!」

 

 それは禪院恵という術師の底を測るための、彼なりの最大の敬意を持った宣戦布告だ。

 

(——東堂。そうか、あの東堂か!)

 

 屋根の上で息を整える恵の脳内で、これまでに蓄積してきた情報が急速にリンクし、一つの輪郭を結んだ。

 彼は高専に入学する前、現在の呪術界に関する情報を可能な限り頭に入れておくため、自身に許される権限を使って禪院家の実家で多くの取引記録や術師のデータを閲覧してきた。

 

 そのリストに、彼の名は確かに特筆すべき存在として記載されていたのだ。

 

 京都校三年、一級呪術師・東堂葵。

 彼はこれまでに一級呪霊を五体、そして特級呪霊を一体、単独で打倒し魍魎匣に捕らえて納品しているという、学生離れしたバケモノじみた実績を持っている。

 

 戦闘能力、そして等級の高い任務を任される引きの強さ。

 特級呪霊の納品により、第三術式の所持を許された数少ない実力者の内の一人だ。

 

 さらに読んだ取引リストによれば、彼が有している生得術式にも後天的に得た第二・第三術式にも自身の身体能力や火力を直接ブーストするような効果は一切ない。

 

(つまりコイツは、己の純粋な肉体と呪力操作のセンスのみで、特級呪霊を単独祓除できるバケモノだということだ)

 

 単純明快に、強い。それも、規格外に。

 

(それに、挑発に乗って下手に巨影を出せば——)

 

 恵は奥歯を噛み締める。

 東堂の持つ術式の詳細な能力までは完全に把握していないが、式神の類を出せばむしろ不利になることはわかっていた。

 

(あと、単純にコイツの前であれを出したくない)

 

 戦術的な不利というもっともらしい理由を重ねてはみたが、恵の内心の八割を占めていたのはその切実すぎる理由だった。

 もし今ここで巨影を出した日には、東堂の脳内で「禪院恵が八尺様に恋慕している」という最悪の認識がより完璧な事実として確定してしまうだろう。

 そんなレッテルは絶対に御免だった。

 

「ふぅぅ……っ」

 

 ならば、と。

 恵は照りつける秋の日差しによって屋根瓦の上に濃く広がっている自身の影を、足元から引き上げるようにして操作し始めた。

 ドロリとした影が恵の身体を這い上がり、まるで漆黒の装甲かオーラのように彼の四肢を薄く、高密度に包み込み始める。

 

 式神を顕現させるのではなく、影の呪力を自身に纏うことで身体能力を補強して近接格闘で迎え撃つ構えだ。

 

「……まだ分からんか、禪院恵」

 

 その恵の行動を見て、東堂の額に太い青筋がピキリと浮かび上がった。

 

「俺が見たいのは、そんな小手先の技ではないッ!!」

 

 東堂が大地を砕き、再び屋根の上の恵めがけて跳躍しようと極限まで筋肉を収縮させた——まさに、その瞬間だった。

 

 ——ズウウウンッ!!!!

 

「ぬおっ!?」

 

 東堂の足元、そのど真ん中に。

 突如として空から飛来した『ズウウウン』という重苦しい黒塗りの立体的な文字が凄まじい勢いで突き刺さったのだ。

 文字が突き刺さった周囲の地面がすり鉢状に陥没し、東堂の巨体に途方もない重圧がのしかかり、その跳躍を完全にキャンセルして地面へと縫い留めた。

 

「——里香ちゃん、糸!」

 

 さらに、グラウンドの端から響いた穏やかだが凛とした少年の声。

 

『はぁい

 

 声の主である乙骨憂太の背中にぴったりと張り付いていた特級過呪怨霊・祈本里香が、嬉しそうに甘い声を上げる。彼女が全から模倣した術式が憂太を媒介にして発動する。

 

 シュパパパッ!!

 

 憂太の指先から、鋼線よりも鋭く強靭な呪力の糸が十本、矢のような速度で射出された。

 それらは重圧で動きを止められた東堂へと殺到し、彼の大木のような両腕と胴体に何重にもぐるぐると巻きつきギチギチと音を立て完全に縛り上げたのである。

 

「ぬ、ぐぅ……ッ!?」

 

 文字の重圧と特級の呪力が込められた呪糸の二重拘束。

 流石の東堂も簡単にはこれを引き千切ることはできず、顔をしかめてその場に拘束された。

 

 文字通りお縄につかされた東堂の前に、高専の二年生たちがぞろぞろと足音を立ててやってきた。

 

「なに他校の敷地で勝手に暴れてくれちゃってんの。なんで交流会まで待てないかねえ」

 

 パンダがもふもふの腕を組んで心底呆れたように首を振る。

 

「ウチのパシリが全然帰ってこないと思ったら……」

 

 真希が木刀を肩にトントンと叩きつけながら、後ろの方で冷や汗を流している妹をジロリと睨みつけた。

 

「オイ真依。同じ京都校なんだから、しっかり手綱でもつけとけよその危険人物」

「無理」

 

「即答すんなよ……」

 

 真依は真顔で、一秒の淀みもなく即答した。そんなことができるなら誰も苦労はしていない。

 

「何があったかは知らないけど、いくらなんでも乱闘騒ぎは流石に悪ノリが過ぎるでしょ……」

 

 棘が足元の『ズウウウン』の文字を消しながら、本気でドン引きした顔で東堂を見上げている。

 そして憂太は東堂を縛り上げた後、屋根から降りてきた恵の元へと駆け寄り、反転術式を込めた手を翳して介抱を始めていた。

 

「大丈夫? 恵くん」

「……すみません、助かりました。肋骨にヒビが入ってたんで」

 

 温かい呪力に痛みを和らげられながら、恵は深く息を吐き出して礼を言った。

 

「ぬぅん……」

 

 完全にアウェーの状況で縛り上げられ、冷ややかな視線を雨あられと浴びた東堂は太い首を捻り、やがて深いため息をついた。

 

「…………まあ、いい」

 

 東堂は暴れて拘束を引き千切ることはせず、大仰に目を閉じて一つ頷いた。

 そして、縛られたままの状態で真っ直ぐに恵の方を向き直る。

 

「禪院恵。オマエの内に秘めた()()()()()は次に会った時、交流会の本番でこそ見せてもらおう」

 

 その言葉には未だ一ミリもブレることのない、彼なりの強固な誤解と熱き期待が込められていた。

 

 恵は回復した身体を起こし、完全に冷めきった氷点下のジト目を東堂へと向け、吐き捨てるように言い放った。

 

「絶対見せねぇよ」

*1
禪院家ジョーク

*2
由良由良未遂




・禪院恵
真希には暴力で、真依には口撃力で勝てないタイプの弟分。
今回は東堂にまで絡まれてかわいそ…。あくまで性癖は否認する模様。
しかし、続柄って改めて考えてもややこしいですね。
真希や真依と同じく、全も恵から見れば『いとこ違い』になります。
……扇夫妻、あらためて結構歳いってから子供作ったな?

・影鰐
移動式簡易領域が本体なところあるので、パワーは控えめ。
多分再現じゃなく、一級仮想怨霊の方の影鰐はもう少し咬合力あるはず……。

・禪院真依
三級の二重術者。原作と違って秘めたるドロドロしたものがあまりないので、素直に真希とは違うタイプの姉貴分をやっている。
恵をイジるのは楽しい。京都校で恵や真希についてペラペラと色々話してる。
以前の人物紹介にあったとおり、モラトリアム的な気分で高専に在籍し、それなりに楽しんで日々を過ごしている。任務はぶっちゃけ嫌。

・東堂葵
口裂け女よりたちの悪い怪異。
一級の三重術者、何気に作中で示された術式保有数が羂索と並ぶ第三位。
始めての術式取引の際、全に性癖を尋ねてお出しされた八尺様に脳を焼かれた。
焼かれ過ぎておかしくなった……いやもともとこんな奴か……?

・術式取引の条件
条件によって対価が異なる。
0→1  :激安で買える。ただし希望は聞いてもらえるが、適性を見た全が選ぶ。
1→2  :スタンダードな取引。術式によって条件は様々だが、結構値が張る。
2→3以降:一人で三つも抱えるに相応しい実力があるかの審査あり。
1→1など:入れ替えに関しては術式の価値を全が判断し差額を払わせるか、あるいは払うか。
みたいなイメージ。二つまでは比較的簡単に賄えるが、それ以降は「一級以上の呪霊」や「有用な術式を持った呪詛師」などの納品実績が一定以上必要的な。


おまたせしました、姉妹校交流会編スタートとなります。
なんと11話構成と過去最長かつ一話一話もそこそこ長めです。
おそらく全が前に出始めると出番がカットされるであろう人らも含め、なるべく万遍なく活躍を描く為にやりたい事を詰め込んだ感じの章となっていますね。

それではあと十日間お付き合いよろしくお願いします!

※おまけ、今更ながら本作禪院家の家系図

【挿絵表示】

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