禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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それでは皆——

   ——良い受難を



47.姉妹校交流会-受難の門出

 

〘——開始一分前でーす!〙

 

 グラウンドに設置されたスピーカーから、ノイズ混じりの五条悟の軽薄な声が広く響き渡った。

 その声を合図に、演習区画のスタート地点に配置された東京・京都両校の生徒たち——各九人、合計十八名が一斉に居住まいを正し、武器を構えて極限の緊張状態へと入る。

 

〘——ではここで、歌姫先生にありがたーい激励のお言葉をいただきましょう! 歌姫先生、よろしく!〙

はあっ!? 何よ急に!?〙

 

 マイクが乱暴に受け渡されたのか、ガサゴソという音と共に庵歌姫の素っ頓狂な声が響き渡った。

 

〘つーか、こういう場面は一番格の高いヒトがやるべきでしょ!?〙

〘そりゃそうだ、歌姫雑魚だもんね。じゃあ全、よろしくー〙

 

〘それはそれでムカつく……! あっ、いえ違います! その、人選に不満があるとか決してそういう意味ではなく……ッ!!〙

 

 五条のナチュラルな煽りに反射的にキレた歌姫だったが、即座に向こう側にいる呪いの王の存在を思い出し、声のトーンを裏返らせて必死に弁明する。

 その痛々しいやり取りを聞きながら、生徒たちは「歌姫先生、可哀想に……」と心の中で密かに同情した。

 

〘いいよいいよ、気にしなくて。じゃあ、手短にいこうか〙

 

 マイクを通して涼やかで、どこまでも穏やかな男の声が広大な森へと降り注いだ。

 ——禪院全。この狂ったデスマッチを用意した張本人の声に、十八名の生徒全員が息を呑む。

 

〘それでは皆——〙

 

 一拍の静寂。

 そして、三日月の如く歪んだ極上の笑みが目に浮かぶような祝福が告げられた。

 

〘——良い受難を〙

 

 ブーッ!! という重低音のブザーが鳴り響き。

 姉妹校交流会という名の、生き残りを賭けた戦いの火蓋は、ついに切って落とされた。

 

 

***

 

 

「いいか。こっちに憂太がいる以上、地力で劣る向こうが取る手は一つ! 勝利条件達成への集中だ!」

 

 スタートの合図と共に、東京校の陣営は鬱蒼と茂る森の中へと一斉に駆け出した。

 先頭を走る禪院真希が、木々を縫うように疾走しながら後続のメンバーたちに向けて声を張り上げる。

 

「真正面からの潰し合いじゃ勝ち目がねえってのは、京都の連中もバカじゃないなら分かってるはずだ。散って特級を探し、私たちより先に討つしかねえ」

 

 真希は薙刀を肩に担いだまま、不敵な笑みを浮かべた。

 

「こっちも同じことをする。散って索敵! 特級を見つけたら連絡! 道中の二級呪霊? ……二級如きに遅れを取る雑魚いる? いねえよなあ!!」

 

 後輩たちを鼓舞するどころかプレッシャーで叩き潰す勢いの脳筋発言。

 それに思わず顔を引き攣らせたのは、一年生の釘崎野薔薇だった。

 

「流石に何体も囲まれたら厳しいんスけど!?」

「ぶっちゃけ、私もそこまで戦闘に自信あるわけでもないしねえ。一人だとちょい不安かな」

 

 野薔薇の切実な抗議に、三年の星綺羅羅も苦笑いしながらヒラヒラと手を振って同調する。

 

「自信ねえやつは、誰かにくっついてけ」

 

 綺羅羅の隣を走る三年生の秤金次が、ニヤリと笑って言い捨てた。

 

「要は手分けして特級のボスを見つけ出し、ブチのめすって事だろ。固まって動きゃ二級程度はどうとでもなる」

 

 秤の言葉に乙骨憂太パンダ狗巻棘たちも「了解」とばかりに頷いた。東京校の基本方針は必要に応じて二、三人程度の小隊に分かれての索敵と遊撃。

 特級を発見次第に乙骨か真希、あるいは秤といった最大戦力をぶつけて制圧する。

 

 そんな作戦の最終確認をしながら森の奥へと進んでいた、その時だった。

 

「……うん?」

 

 虎杖悠仁が走りながら不思議そうに首を傾げた。

 視界の端、木々の隙間から——ふわり、ふわりと七色に光る()()()()()がいくつか漂ってきたのだ。

 

「なんだこれ? こんな森ん中にシャボン玉?」

 

 悠仁が呑気にそのシャボン玉を目で追っている横で。

 

 ——ピタッ。

 禪院恵の足が、強烈なブレーキをかけたように止まった。

 

「あっ」

 

 恵は漂うシャボン玉を見た瞬間、顔面をサッと青ざめさせ、短い悲鳴のような声を上げた。

 そして。

 

「すまん。俺は先行する」

 

 ズブゥンッ!!

 恵は誰の制止も聞くことなく足元の影へとダイブし、そのまま影渡りで一瞬にしてその場から姿を消してしまったのだ。

 

「えっ!? ちょっとメグミン……!?」

 

 悠仁が慌てて呼び止めるが、すでに影の底へ逃げ去った恵からの返事はない。

 真希やパンダといった、そのシャボン玉の()()を知っている者たちもまた恵の逃亡を一瞥し「あ、ヤバい」「これは仕方ないな」と顔を引き攣らせていた。

 

「なんだよもう。メグミンのやつ、急にどうしちゃったんだ?」

 

 悠仁がボヤきながら、自分の顔の前にフワフワと漂ってきた一つのシャボン玉を、ツン、と指先で突いた。

 

 そのシャボン玉は弾けることなく、まるでゴムまりのように悠仁の指に押されてその場を漂い続ける。

 

「……あれ? 割れない?」

 

 パァンッ!!

 

 そして、不意に乾いた拍手の音が森に響いた瞬間。

 悠仁の目の前で漂っていた小さなシャボン玉が、突如として巨大な筋肉の塊へとその姿をすり替えた。

 

「………うえええええっ!?!?

 

 突然現れた丸太のような腕と、はち切れんばかりの大胸筋。

 悠仁は目を剥いて素っ頓狂な叫び声を上げた。

 

「ハッハーッ! 拳で語る時間だぞ、ブラザー!!!」

 

 巨漢——京都校三年の東堂葵が、満面の笑みと暑苦しいオーラを放ちながら、悠仁に向かって両手を広げていた。

 

 

 ——『呪泡操術(じゅほうそうじゅつ)』、東堂により改名された名を『万舞留(バブル)』!!

 

 それが東堂がかつて禪院家との取引で得た、第二の術式

 呪力で生成された頑丈な泡を視界内へと出現させ、集中すれば泡の反射面に映り込んだ景色を自身の脳内に投射して広範囲の索敵に用いることもできる。

 

 ……だが、無数の泡からの視覚情報を同時に処理するのは脳への負荷が極めて大きく、さらに密かに散布するにはキラキラと光を反射して目立ちすぎる欠点もある。

 単体ではイマイチな術式であり、全も「なんかメルヘンなだけで微妙に使い道がない」と評価していた代物である。

 

 しかし、それを東堂葵が己の生得術式——手を叩くことで観測中の呪力を持つ対象の位置を入れ替える『不義遊戯(ブギウギ)』と組み合わせた瞬間、話は劇的に変わる。

 

 広範囲に漂う無数のシャボン玉。

 その全てが東堂の目となり、更にはいつでもどこへでも位置を入れ替えることのできる転送ポイントへと化ける。

 事前に森の各所へと放たれた呪泡は京都校の索敵網として機能するだけでなく、東堂という凶悪なジョーカーを神出鬼没の暗殺者へと昇華させる最悪のシナジーを発揮できるのだ。

 

「ひっ……!」

 

 いきなり目の前に現れた暑苦しいブラザーの威圧感に悠仁が後ずさる。

 

「……最高にめんどくせぇのが来たな」

 

 真希が忌々しげに舌打ちをし、薙刀を肩に担ぎ直した。

 東堂の戦闘力と、そのタチの悪すぎる術式の組み合わせ。まともに相手をすれば時間を食われるのは目に見えている。

 なにより、囲んでボコるが無意味どころかマイナスとなる相手だ。

 

「悪い悠仁! 後は任せた!!」

「ファイトー!」

 

 パンダと棘が一切の躊躇いなく悠仁に背を向けて走り出す。

 真希や野薔薇、さらには三年生たちも「よし、私らは特級探すぞ」「死ぬなよー」と、クモの子を散らすように、見事なまでの連携で東堂を悠仁一人に押し付けてそれぞれの方向へとダッシュで消え去ってしまった。

 

ええええええええ!? みんな薄情すぎない!?」

 

 森の中に一人取り残された悠仁の抗議が木霊する。

 だが、東堂はそんな東京校の薄情さなど微塵も気にすることなく、満面の笑みで悠仁の肩をガシッと掴んだ。

 

「さあブラザー!! 存分に拳で語り合おうではないか!!」

 

 かくして特級呪霊の徘徊する危険な森の中、虎杖悠仁と東堂葵による周囲の状況を完全に置き去りにした熱すぎるタイマン勝負が幕を開けたのであった。

 

 

***

 

 

 一方、演習区画である深い森の別の方角では、与幸吉が木々の間を静かに、そして確かな足取りで進んでいた。

 

 彼は立ち止まると、学生服の懐からじゃらりと小さなビー玉のようなものを取り出した。精巧に作られたロボットのような何かを内部に取り込んだそれを、彼は無造作に足元の地面へとバラまく。

 

「——解凍(unzip)

 

 幸吉の口から紡がれたコマンド。

 取引によって手に入れた第二の術式——対象の質量と体積を限界まで圧縮(zip)解凍(unzip)するそれが発動した瞬間、地面に転がっていた数センチほどの球体の群れが空気を弾くような音を立てて本来の等身大のサイズへと復元された。

 

 現れたのは鋼鉄の装甲に身を包んだ複数の重機動傀儡——戦闘マシン『量産型メカ丸』たちである。

 

「索敵範囲を拡大、目標は特級呪霊。障害となる二、三級呪霊はすべて排除する」

 

 幸吉が短く念じると、等身大のメカ丸たちは内蔵された呪力ブースターを火吹かせ、一斉に森の中へと散開していった。

 ドガァァンッ! と、少し離れた場所から木々がなぎ倒される音と、三級呪霊の断末魔が響く。メカ丸たちが内蔵兵器と鋼の拳で道中の雑魚呪霊を文字通り轢き潰しながら本丸たる特級の気配を捜索しているのだ。

 

 その頼もしい半自律兵器たちの足音を聞きながら、幸吉はギュッと己の右手の拳を握りしめる。

 五本の指が手のひらに食い込む感触。地面をしっかりと踏みしめる両足の感覚。頬を撫でる初秋の風の冷たささえ、彼にとっては奇跡のように愛おしいものだった。

 

 ——かつての彼は、月明かりに焼かれるほど脆い皮膚に加えて右腕と膝から下の欠損、更には下半身の感覚が全くないという重篤な肉体的不具を抱えて生きていた。

 

 天与呪縛。自らの肉体という器を極限まで削り落とす代償として、日本全土にまで及ぶ広大な術式範囲と、絶大な呪力出力を与えられた呪われた命。

 暗く冷たい地下室のバスタブに浸かり無数のチューブに繋がれながら、ただ遠隔操作で傀儡を動かすだけの孤独な日々。

 

 いつか、誰かと青空の下を歩きたい。

 その強烈な渇望を抱えた彼は数年前、藁にもすがる思いで、呪術界のあらゆる理を捻じ曲げる『呪いの王』を頼ったのだ。

 

『——いいよ。準備ができたら、きっと治してあげよう』

 

 禪院全は地下室でボロボロの肉体を晒す幸吉を見下ろし、まるで壊れた玩具の修理でも約束するかのようにそう言った。

 

 そして去年冬。全はとある特級呪霊から簒奪したという魂の形を弄る術式を己のものとして十分に馴染ませた後、約束通り幸吉の元へとやってきたのだ。

 

 魂の歪みを書き換え、肉体を強制的にあるべき形へと再構築する神の御業。

 激痛の末に目覚めた幸吉の肉体は健康な肌を取り戻し、失われていた右腕も両足も完璧に揃い、全身にくまなく血が通う感覚を得ていた。

 

『いやあ、有意義な時間だったよ。魂の縛りと肉体の不具の因果関係……天与呪縛を解きほぐすという貴重な経験値をありがとう』

 

 涙を流して感謝の言葉を繰り返す幸吉に対し、全は心底愉快そうに、あくまで「良いデータが取れた」という実験の成果を喜ぶ研究者の顔で笑っていた。

 

 この無為転変による強制的な肉体の修復と天与呪縛の解除は彼に絶大な幸福をもたらしたと同時に、小さな代償を支払わせた。

 肉体の不具が解消されたことで、天与呪縛による恩恵の大部分が縛りとともに雲散霧消してしまったのである。

 

 全にとってこの治療は魂と天与呪縛の関係性を紐解く「術式の習熟の一環」であり、あるいは自身の興味を満たすだけの実験でしかなかったのだろう。しかし幸吉にとって、そんなことは些細な問題だった。

 

 今こうして日の光を浴びて歩ける、自らの足で大地を踏みしめ自らの声で仲間と話ができる。

 その当たり前の幸せを与えてくれたのは、紛れもなくあの男なのだ。これからの生涯、どれほどの忠義を以てしてでもこの恩を返すと誓うのに何ら躊躇いはなかった。

 

「……見ていてください、王よ」

 

 幸吉は顔の左半分に残してもらった施術の痕をそっと撫でた。

 

 今日は彼がこの演習場のモニター越しに自分たちの戦いを見に来ている。

 天与呪縛という特別を失おうとも、第二術式を用いて複数のメカ丸を携帯し、戦術を工夫することで自分はまだまだ術師として第一線で戦える。

 

「貴方が手塩にかけた禪院の血族たちすら超えて……貴方が救った俺の有用性を証明してみせる」

 

 真希や恵といった禪院の直系にして才能の塊たち。

 彼らにだって負けていられない。自分を救ってくれた王の眼の届くこの場所で、決して無様を晒すわけにはいかなかった。

 

 幸吉は鋭く前を見据え、自らの足で大地を蹴った。

 先陣を切る鋼鉄の傀儡たちの背中を追い、彼もまた、特級呪霊の潜む森の深淵へと静かに、そして熱い闘志を胸に飛び込んでいった。

 

 

 

 幸吉の放ったメカ丸たちが地を行くならば、空から演習区画全体を見渡すのは彼女の仕事である。

 

「はぁ……。全然見えないじゃないのよ」

 

 西宮桃は、生得術式である『付喪操術(つくもそうじゅつ)』により空を飛ぶ愛用の箒に跨り、上空から眼下の森を睥睨していた。

 しかし、視界に広がるのは秋の気配を帯び始めた鬱蒼とした木々の葉ばかり。

 

 葉と葉が重なり合う天蓋に遮られ、地上の様子は所々しか覗き見ることができないのだ。これでは真依に教えられた特級呪霊の巨体であっても、木陰に隠れられれば見つけ出すのは至難の業だろう。

 

(あの筋肉バカが十全に協力してくれてたら、今頃もう特級戦に入れていたかもしれないのに)

 

 本来の作戦が開始早々に破綻した元凶を思い出し、桃は箒の上でギリッと奥歯を噛み締めた。

 推しのアイドルのために作戦会議を放棄し、さらには東京校の一年とタイマンを始めやがったあの巨漢。戦うなら戦うでもっと抑えるべき相手はいくらでもいるのに!

 だが、同級生がどれほど身勝手で協調性が皆無だろうと、自分に与えられた仕事は全うしなければならない。

 それが呪術師としての、そして京都校三年としての矜持である。

 

「よしっ。頑張れ私、今日もカワイイ」

 

 桃は両手で自分の頬をパンッと軽く叩き、気合を入れ直した。

 高度を少し下げ、木々の切れ間から漏れる呪力の残滓に神経を集中させようとした——まさに、その時だった。

 

 ヒュルルルゥン……。

 

 眼下の森の中から、ゆるい放物線を描いて何かが飛んできた。

 敵の攻撃か。しかし、殺気も速度もあまりに緩慢すぎる。

 桃は箒を操って避けることもできたが、反射的にスッと手を伸ばし、飛んできたそれを空中でキャッチしてしまった。

 

「ん? なにコレ……」

 

 桃は首を傾げ、キャッチした「それ」に目を落とした。

 彼女の手の中に収まっていたのは、黄色く発光する、奇妙な立体的な物体。

 

 ——『ドンッ!』。

 

 カタカナ三文字で構成された、ご丁寧に感嘆符までついたその文字の塊を見て、桃の頭上に巨大な疑問符が浮かんだ。

 

(……ワンピース?)

 

 有名な海賊漫画の象徴的なオノマトペ。なんでそんなものが空を飛んできているのか。

 思考が一瞬フリーズした直後、その『ドンッ!』の文字が、ジジジジッ! と嫌な音を立てて急激に熱と呪力の光を放ち始めたのだ。

 

「ヤバッ! ボケてたっ!!」

 

 我に返った桃は、手に持っていたそれを慌てて遥か下方へと放り投げた。

 

 ——ドォォォンッッッ!!!!

 

 手放して数メートル下の空中で炸裂したソレは、爆発と同時により巨大な『ドンッッッ!!!!』という擬音型の強烈な衝撃波へと姿を変え、上空の空気を激しく揺るがした。

 

「きゃあああっ!?」

 

 爆風に煽られ、桃の跨る箒が木の葉のように空中で錐揉み回転する。なんとか呪力で箒を制御し、空中で体勢を立て直して荒い息を吐いたのも束の間。

 

ズダダダダダダダダダッ!!!!

 

「ひいっ!?」

 

 今度は、地上からマシンガンの掃射のようなおびただしい数の文字型の呪力弾が、一直線に桃をめがけて撃ち上がってきたのだ。

 『バババッ』『ドドドッ』といった物騒極まりない擬音が、弾丸のような速度で空を切り裂いて迫り来る。

 

めっちゃ的にされてる——!!

 

 桃は悲鳴を上げながら、箒を操って鋭角に急旋回した。

 弾幕の雨をスレスレで回避し、風を切ってアクロバティックに上空を逃げ回る。

 

(こんなふざけた術式使う奴、一人しかいないじゃない!!)

 

 桃は急降下しながら、文字弾が飛んできた発生源の森の奥へと鋭い視線を向けた。

 木々の切れ間。そこには、口元に呪力の吹き出しを浮かべ、「ぜぇ、はぁ……」と少し息切れしながら天を仰いでいる銀髪の少年——狗巻棘の姿があった。

 

「見つけたわよ、呪言師崩れ……!!」

 

 桃は不敵に笑い、箒の柄を片手でしっかりと握りしめると、もう一方の空いた手を棘のいる地上へと向けた。

 彼女がかつて術式取引を利用し、大枚を叩いて獲得した第二の生得術式。

 

 ——可愛さと火力を兼ね備えた、彼女のお気に入りの術式。

 

「第二術式——星光操術(せいこうそうじゅつ)!」

 

 桃の指先にキラキラと眩い光が凝縮され、五芒星の形をした鮮やかな呪力の弾丸が生成された。

 

「いっけぇっ! コメット☆フォール!!

 

 桃の掛け声とともに、指先から放たれた星型の呪力弾が、小さな『』の残影を無数に空中に散らしながら、彗星のような速度で棘めがけて撃ち出された。

 

「おわっ!?」

 

 メルヘンチックな見た目に反して殺意マシマシで迫りくる星の弾丸に、棘は驚いた声を上げて慌てて横へとダイブした。

 

 ズガァァンッ!!

 

 棘が先ほどまで立っていた地面に星が着弾する。

 それは落下時のファンシーさとは打って変わって、可愛らしくない効果音と共に土を抉り取るような強烈な爆発を引き起こした。

 

「ふふん」

 

 爆煙が立ち上るのを上空から見下ろしながら、桃は箒の上でニヤリと勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「魔女っ娘、ナメないでよね」

 

 索敵の仕事を一時中断し、桃は空から地上の棘を仕留めるべく、完全に臨戦態勢へと突入した。

 

 

————

 

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 ドガァァンッ!

 

 遠く離れた森の上空で星型の光が弾け、重い爆発音が木々を揺らして響き渡った。

 

「西宮が的にされているな」

 

 地上でその爆発音を聞きつけた加茂憲紀は、目を細めたまま冷静な声で状況を分析した。

 

 空を飛ぶ桃は目立つ。

 索敵において最高のアドバンテージを誇る反面、敵からすれば真っ先に落としたい格好の的でもある。それが早々に東京校の誰かとエンカウントしたのだろう。

 

「三輪。メカ丸を一体連れてカバーに向かえ」

「了解ですっ!」

 

 憲紀の的確な指示に、三輪霞が腰の刀の柄に手を当てて力強く頷く。

 同時に彼らに随伴していた数体の等身大戦闘兵器のうちの一つ——メイン機体たる究極メカ丸のスピーカーからノイズ混じりの声が響いた。

 

〘了解〙

 

 カメラを通して把握した幸吉の返答と共に、三輪と究極メカ丸が足早に爆発音のした方角へと森を駆け抜けていった。

 その頼もしい背中を見送りながら、禪院真依は「はぁ……」と、今日何度目か分からない深いため息を吐き出した。

 

「東堂先輩を使った策と違って、あの人の目がないと場所の把握に手間取るのよねぇ」

 

 真依は忌々しげに悪態をつく。

 本来の作戦であれば、東堂が広範囲にばら撒いた『万舞留』による視覚共有で特級呪霊の位置を瞬時に割り出し、『不義遊戯』で京都校のメンバーを一瞬にして目標の目の前へと集結させる——という、チートじみた強襲戦法が取れるはずだったのだ。

 

 だが、その最大のジョーカーが「マイブラザーとの拳の語り合い」などという世迷い言をほざいて一年坊主に執心して作戦を完全放棄してしまったため、現状の京都校は幸吉のメカ丸部隊による地道なローラー作戦に頼るしかなかった。

 

 広範囲に展開したメカ丸たちが特級を発見次第、目印となる信号弾を上空に飛ばし、それを空にいる桃が確認して全軍に伝達してそこへ集結する。

 手堅くはあるが、東堂の瞬間移動コンボに比べればあまりにもアナログで時間がかかりすぎる手筈なのだ。

 

「その他の連中の役割は索敵に加えて、邪魔して来るであろう東京校メンバーをどうにかすることだけど……」

 

 真依はリボルバーの輪胴をカラカラと回しながら、さらに顔をしかめた。

 

「特にあのゴリラと乙骨くんに関しては、まともにぶつかっても勝てるわけないんだから、ひたすら足止めを試みるしかないのよ。……それを最も確実にこなせる東堂先輩がよりによって一年生にご執心なのが致命傷ね」

 

 東京校が誇る反則級のツートップ。彼らを特級呪霊に近づけさせないためには、タフネスと搦手に長けた東堂の存在が不可欠だった。

 それが欠けた今、もし真希や乙骨と鉢合わせれば、京都校は多大な犠牲を払いながらの遅延戦闘を強いられることになる。少し前なら去年のリベンジ優先で憂太を狙っていた筈だが、今はより強い興味の対象が二人もいるのだ。

 

「ええと……それだったら、俺も三輪さんたちのカバーに行ったほうがええですかね……?」

 

 そんな真依の愚痴を聞いて、すっかり萎縮してしまった新田新がビクビクと冷や汗を流しながら不安げに手を挙げた。

 

 新田の持つ術式は完全な後方支援向けのもの。

 バチバチの戦闘が繰り広げられている前線へ向かえば、間違いなく足手まといとなるのは彼自身が一番よく分かっていた。

 

「行かなくていいわよ」

 

 真依は呆れたように肩をすくめ、新田をヒラヒラと手であしらった。

 

「アンタはミミナナと一緒に後方で索敵を続けなさい。もし真希とか乙骨に会ったら、変に戦おうとしないで土下座して命乞いでもすればいいわ」

「土下座って……流石に情けなすぎやしませんか!?」

 

 泣きそうになる新田をよそに、少し離れた場所でスマホを手に呪力探知をしていた枷場菜々子が「ウケる、命乞いだってさ」とケラケラ笑い、枷場美々子もぬいぐるみを抱きながら「新くん、土下座の練習しとく?」と淡々とした声でからかっている。

 

「そもそも、当主様が変なこと言い出さなければ、一年生なんて本来数に入ってないんだから。役立てるところを探しつつ、無理はしなくてもいい立場よ」

 

 真依はそう言い捨て、周囲の木立へと視線を戻した。一年生はあくまで見学と経験の場であるため体を張る必要はないし、たいして期待もされていない。

 だからこそ、自分たち上級生がしっかりと立ち回らなければならないのだ。

 

(……それにしても、静かね)

 

 真依はふと、森の空気が不自然に淀んでいるのを感じ取った。

 東京校の連中が仕掛けてくるなら、そろそろ接触があってもおかしくない頃合いだ。

 

 彼女がリボルバーの撃鉄に指を掛け、周囲の索敵に意識を集中させた——その時だった。

 

「……ん?」

 

 真依の視線が、ふと自分の足元へと落とされた。木漏れ日が差し込む腐葉土の上。そこに落ちている自分自身の影。

 

 ——いや。自分のものではない()()()()()()()が音もなく、まるで意思を持つ蛇のように地面を這って彼女の足元へとスルスルと忍び寄ってきていることに気がついた。

 

「……加茂先輩、足元注意です」

 

 木漏れ日が落ちる腐葉土の上。

 不自然に蠢く影の気配にいち早く気づいた真依は、リボルバーを構えたままスッと後方に跳躍し、注意を促した。

 直後、彼女が先ほどまで立っていた地面の影からムチのように鋭くしなる黒い呪力の帯が音もなく伸びてきて、空を切った。

 

 その攻撃をサラリと躱した真依は、影の底から浮上してくる見慣れた少年の姿を見て、クスリと皮肉げな笑みをこぼした。

 

「あら恵。一直線にこっち来るなんて……お姉ちゃんが恋しくなっちゃった?」

 

「……馬鹿を言え」

 

 影から全身を現した恵は、真依のからかいを心底鬱陶しそうに切り捨てた。

 彼はそのまま両手で印を結び、足元の影からドス黒い呪力を自らの身体へと引き上げていく。

 

操影呪法・拡張術式——纏影(てんえい)

 

 ドロリとした影の呪力が、まるで漆黒の装甲か闘気のように恵の四肢を覆い尽くす。巨影を顕現させるのではなく、自身の身体能力を直接底上げして近接格闘に特化させる戦闘スタイル。

 普段からあの天与のゴリラにボコボコにされながら編み出した、彼なりの戦術の一つである。

 

 だが、その張り詰めた戦闘態勢を前にしても、真依の意地悪な笑みは崩れなかった。むしろ、極上のイジりネタを最大限に活用すべく、彼女はわざとらしく納得したように手をポンと打った。

 

「ああ、そうね。アンタの目標は『七尺様』だもんね?」

 

 ピクッ、と。恵の眉間が痙攣した。

 

「しばらく会えなくて寂しくなっちゃったんでしょ? でも、あの子も今はお仕事中なんだから……抱っこを求めたりして、困らせちゃダメよ?」

 

「…………ッ!!」

 

 恵の額にこれ以上ないほど見事な青筋がブチブチと浮かび上がった。東堂という特大の勘違い野郎を生み出した元凶による、あまりにもえげつない精神攻撃。

 言葉で言い返せば言い返すほどドツボに嵌ると判断した恵は、無言のまま殺意だけを研ぎ澄まして地面を爆発的に蹴り飛ばした。

 

「甘い」

 

 一直線に真依の懐へ飛び込もうとした恵の前に、冷徹な声と共に立ち塞がったのは京都校の憲紀であった。

 

赤縛(せきばく)

 

 事前に血を貯蓄しておく必要すらなく、彼自身の体内で造血された血液が手首から鞭のように射出される。

 それは空中で網状に広がり、猛進してくる恵の身体を的確に絡め取らんとする。

 腕を覆う影が変化した刃がそれを裂く中、さらに完璧なタイミングで合わせるように。

 

 ——チャキッ。

 

 木々の陰から飛び出してきた二体の無骨な機体。

 一行に随伴していた量産型メカ丸たちが、両腕に備え付けられた呪力砲口を恵めがけてピタリとロックオンした。

 

 血液による拘束と、二方向からの呪力砲の十字砲火。

 恵が完全に逃げ場を失い、京都校の連携が見事に決まった——かに見えた。

 

 ズォォォォンッ!!!!

 

 風を切り裂く凶暴な音とともに、木々の死角から弾丸のような速度で飛び出してきた人影が、二体のメカ丸へ向けて容赦なく凶刃を振り下ろした。

 

 ズバンッ!!

 

 一体の量産型メカ丸が一太刀の下に胴体から綺麗に真っ二つに両断され、ガシャァン! と重い金属音を立てて崩れ落ちる。

 さらにもう一体も、横薙ぎに振り抜かれた石突きの打撃をモロに受け、頭部の装甲がベキィッ! と無惨に粉砕されて吹き飛んだ。

 

「なっ……!?」

 

 憲紀が驚愕に目を見開く。

 メカ丸を瞬殺したその勢いのまま、敵の追撃の刃が憲紀の首元へと迫る。彼は咄嗟に造血をフル回転させ、膨大な血液を前方に展開して分厚い血の盾を構築した。

 

 ——ガァァンッ!!!!

 

 金属同士が激突したような凄まじい衝撃音が響き渡り、彼の身体は血の盾ごと数メートルも後方へと強引に押し滑らされた。

 何とか致命傷は免れたものの、憲紀の額には冷たい汗がビッシリと浮かんでいた。

 

(……この重さ。尋常ではないぞ!)

 

 血の盾越しに憲紀を睨みつけていたのは、薙刀を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべた真希であった。

 

「ちっ。流石に弾切れの心配がないと、防御も中々に厚いな」

 

 彼女は忌々しげに舌打ちをして薙刀を引き戻す。

 汎用性の極めて高い赤血操術とそれを支える造血による継戦能力。それは間違いなく、かつての加茂家にはなかった強固な壁であった。

 

「あ、あらあら……」

 

 恵を囮にした完璧な奇襲攻撃。

 まんまと出し抜かれた真依は、口元をヒクヒクと引き攣らせながらもなんとか余裕の笑みを取り繕った。

 

「御三家、大集合しちゃったわね」

 

 禪院家の恵と真希、真依。そして加茂家の憲紀。

 呪術界の中枢を担う血筋の者たちが、この狭い森の一角に一堂に会してしまったのだ。

 

「五条先生も呼びましょうか? こっち側で」

 

 真依が皮肉たっぷりに提案する。五条家の当主まで呼べば、文字通り御三家の勢揃いとなる。そのしょうもない軽口に対し、真希は薙刀の切っ先を真依に向けて鼻で笑い飛ばした。

 

「そんなら、こっちにはウチのクソ当主でも呼んでやろうか?」

「………………」

 

 真希のその一言に真依も憲紀も、そして背後で立ち上がった恵も見事なまでに完全な沈黙に陥った。

 

 五条悟と禪院全。

 もしその冗談を真に受けて、現代呪術界における最凶の特異点二人がこの場に本当に顔を揃えてしまったらどうなるか。

 

 御三家大集合という絵面としては完璧かもしれないが、その結果この森一帯が物理的に消し飛ぶ未来しか見えない。

 釣り合いが取れるんだか取れないんだか分からない、まさに悪夢のようなブラックジョークであった。

 

 そんな、御三家の血筋たちがトップたちのヤバさを想像して顔を引き攣らせていた中。頭を砕かれ、火花を散らして崩れ落ちていたメカ丸の残骸から、内蔵されたスピーカーを通じてノイズ混じりの声が響いた。

 

〘呪骸だからって、あまり派手に壊してくれるなヨ〙

 

 その声には、戦闘の緊迫感よりもひどく現実的で世知辛い抗議の響きが込められていた。

 

〘加工や整備にそれなりに手間も金も掛かっているんダ……〙

 

 一撃で真っ二つにされ、頭をカチ割られた機体の無惨な有様をカメラ越しに確認し、幸吉は遠く離れたエリアで頭を抱えているに違いない。

 量産しているとはいえ、メカ丸たちもコスパのいい兵器というわけでもないのだ。

 

「チッ、知るか。次出てきたらもっと細かくスクラップにしてやるよ」

 

 真希が薙刀を振りかぶり、容赦のない追撃の構えをとる。

 恵もまた纏影の呪力を高め、真依と憲紀もそれぞれ武器と術式を展開し直す。

 

 冗談と愚痴が飛び交う中でも、互いの殺気は一ミリも減衰していない。

 姉妹校交流会という名目の、残虐呪術ファイト。その御三家対決の火蓋が今度こそ本格的に切って落とされる。

 

 

***

 

 

 東京校のスタート地点にほど近い場所では大地を揺るがし、木々をへし折るような壮絶な打撃の応酬が繰り広げられていた。

 

 ——ドゴォォッ!!

 

「っしゃあ!!」

 

 悠仁が太い樹木の幹を壁蹴りの要領で蹴り出し、空中で鋭く身体を捻りながら東堂葵の死角へと強烈な踵落としを叩き込む。

 だが、東堂はその丸太のような腕をクロスして防御し、凄まじい衝撃を真正面から受け止めながらもニヤリと笑った。

 

「良いぞ! その動き、悪くない!!」

 

 東堂は防御を解くや否や、弾丸のような踏み込みから大ぶりのフックを放つ。悠仁はそれを間一髪でダッキングして躱し、そのまま低い姿勢から東堂の脇腹に拳をめり込ませた。

 

 京都校最強の名をほしいままにしている一級呪術師・東堂葵と、つい数ヶ月前まで呪術の「じ」の字も知らなかった素人・虎杖悠仁。

 二人の殴り合いは、驚くべきことに完全に『互角』の様相を呈していた。

 

(……素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、マイブラザー!)

 

 東堂の胸の奥で、熱いパッションが爆発的な勢いで滾っていた。

 ときには樹木を使って撹乱し、ときには逃げずに正面から真っ向勝負を挑んでくる。

 打撃を貰っても決して倒れない驚異的な耐久力、地形を積極的に利用する柔軟な戦闘IQ。

 

 そして何より——比較的小柄な体格でありながら、純粋な呪力強化を考慮しなければ、この東堂自身の肉体をすら大きく上回るバケモノじみた素の膂力!

 

 呪力による身体強化が少ないため、攻撃の際に呪力の流れを事前予測する『先読み』が極めて困難。

 しかも、真希のシゴキで培われたのだろう、戦えば戦うほどにこの東堂葵という強者の動きをスポンジのように吸収し、己の動きに磨きをかけていく底知れぬ成長性まで持ち合わせている。

 

 そのどれを取っても、悠仁は東堂が魂で認めた『ブラザー』として、一ミリの不足もない素晴らしき術師であった。

 

 ——しかし。

 

 ドンッ!! ……パアンッ!!

 

 悠仁の拳が東堂の鳩尾を捉えた瞬間。

 物理的な打撃の衝撃から、ほんのコンマ数秒遅れて——呪力の爆発が二段階目の衝撃として叩き込まれた。

 

「……ッ」

 

 東堂は少しだけ顔をしかめてその一撃を受け流し、後方へとステップを踏んで距離を取った。

 この遅れてくる打撃。悠仁特有の悪癖。

 

 これだけは。この中途半端な呪力操作だけは——!!

 

「——ちっっっがーう!!!!」

 

 突然、東堂の雷鳴のような咆哮が森の中にビリビリと響き渡った。

 

「おわっ! い、いきなりなんだよ!!」

 

 気迫の乗った凄まじい大声に、悠仁はビクッと肩を震わせて構えを解き、少しだけビビりながら尋ねた。

 東堂は頭を抱え、嘆くように空を仰ぎ見てから、ビシィッ! と悠仁に向かって指を突きつけた。

 

「マイフレンド! その時間差でぶつかる呪力! それはオマエの悪癖だな?」

「えっ?」

 

 悠仁は自分の両拳を見下ろし、ポカンと口を開けた。

 

「あー、逕庭拳(けいていけん)の事か? そういや真希先輩とかにも悪癖呼ばわりされてたな……これがどうかしたか?」

 

 これまでも、この遅れてやってくる二重の衝撃はそれなりに相手の隙を突くのに役立っていた。

 変則的なタイミングが武器になっていると悠仁自身も思っていたのだ。

 

 だが、東堂の顔からは先ほどまでの楽しげな笑みが消え失せ、厳しい教育者のような、そして真の親友を案じる真剣な表情が浮かんでいた。

 

「……それで満足しているようでは、俺とオマエは親友ではなくなってしまう」

「はあ!? なんでだよ!」

 

「俺の親友ならば、常に上を目指して貰わねば困るのだ! ……弱いままでいいのか?」

 

 東堂の真っ直ぐで、力強い問いかけ。

 その言葉に、悠仁の脳裏にフラッシュバックしたのは、圧倒的な力の前に膝をつき、心をへし折られそうになったあの日の記憶。

 

 ——『俺は、弱い』。

 特級呪霊にまるで歯が立たず、仲間を逃がすために時間を稼ぐことしかできなかった無力な自分。

 今のままの半端な力で、本当に大切なものを守り抜けるのか。

 

 悠仁は、ギュッと強く拳を握りしめた。

 

「——よくねえよ」

 

 静かな、だが腹の底から湧き上がるような、確固たる決意の声。

 

「そうだろう、マイベストフレンド!!」

 

 東堂の顔が再びパァッと輝き、歓喜の笑みを浮かべて頷いた。

 

「『逕庭拳』とやらは、確かにトリッキーだ! タイミングのズレで相手を混乱させる! 素の膂力があるオマエだからこそ、威力も十分にある!!」

 

 東堂は自らの胸をドンドンと叩きながら、容赦のない現実を突きつける。

 

「……だが! それでは()()には通じないぞ」

「……!」

 

「特級クラスのバケモノとなれば、その程度の小手先のタイミングのズレなど、瞬時に学習し適応してくる。遅れてくる呪力など、ただの()()()()()に成り下がるのだ!」

 

 禪院真希が悠仁の逕庭拳を「悪癖」と切り捨てた理由。

 それは二重の衝撃というトリッキーさに頼るあまり、彼本来の規格外の身体能力と呪力を「一つの点に爆発させる」という呪術戦の極致から、自らを遠ざけてしまっているからだ。

 

「さあ、どうする親友。どうすれば強くなれる。考えてみろ」

 

 東堂は腕を組み、試すような眼差しで悠仁を見据えた。

 答えを与えるのではない。自らの頭で考え、その肉体に刻み込ませる。

 

 悠仁は東堂の言葉を噛み砕き、自分の両拳を見つめながら思考を巡らせた。

 遅れてくるのがダメなら。威力が分散しているのがダメなら。

 自分が目指すべき、最もシンプルで、最も破壊力のある一撃の形とは——。

 

「……俺の全力の拳に」

 

 悠仁は顔を上げ、研ぎ澄まされた瞳で東堂を真っ直ぐに見返した。

 

「ドンピシャのタイミングで、呪力を乗せる」

 

 その完璧な回答を聞いた瞬間。

 

「——GOOD!!!

 

 東堂は空が割れんばかりの大声で叫び、サムズアップを突き出した。

 敵同士であるはずの交流会の真っ最中に、一級呪術師による他校の一年生への熱血呪力指導が今、本格的に幕を開けようとしていた。




・東堂葵 第二術式『万舞留(バブル)
視界内に呪力の泡を撒き散らす術式。
脳内には撒いた泡の表面に映る虚像を投影することができるが、数が多くなるとその情報の処理がかなり大変なことになる。東堂はバッチリ使いこなしており、三次元空間のどこにでも不義遊戯できるようになった。
泡からの視界を使って更に泡を発生させる事もでき、それの繰り返しで高速で範囲を広げることもできる。
全が持っていた時には『呪泡操術』と呼んでいたもの。

・与幸吉
無為転変により、原作と同じく日の下をしっかりと歩けるようになった。
祈本里香の正常化をこなして『いけそう』と確信した全に治してもらい、生身で京都校の皆と会うことができた。
全には深く感謝しており、忠誠を誓っている。

第二術式『圧縮』
もしかして:Mr.コンプレス
天与呪縛を失ったことで術式範囲が狭まったため、自身の手で呪骸を多く持ち運べるように手に入れた術式。
大抵の物を最小でビー玉サイズの結界に圧縮して保存、持ち歩くことができる。
ただし、あまり大きすぎる物は圧縮してもそれなりのサイズとなってしまい、乗用車くらいまでがビー玉サイズにできる限界。それ以上大きな物に適用すると圧縮の維持にかかる呪力コストが上がり、更に圧縮結界のサイズも大きくなる。

・西宮桃 第二術式『星光操術(せいこうそうじゅつ)
キラキラファンシーなカワイイ術式。
生得術式の付喪操術による箒で空を飛び、高所から☆型の呪力弾をバシバシ降らして来るのは相手から見ると全く可愛くない。
対空攻撃持ってない相手にはめっぽう強く、準一級まで上り詰めた。

・操影呪法 拡張術式「纏影(てんえい)
文字通り影を纏うことで防御力と攻撃力、機動力を上げる拡張術式。
手足が短い幼少期はこれで真希に拮抗していたが、成長期に上回られて以来あまり使わなくなった。
拳が伸びたり、影の刃が使えたり、身に纏った影を自在に操ることでかなり本体性能が上がる。サシでやるならコレのほうが多分強い。
囮にしたり仲間のカバーをするときは影法師を使う。


基本的に原作とはずらしたバトルにしたいと思いつつ、虎杖vs東堂は外せないなとおもいまして……好きなんですよねこの二人の組み合わせ。
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