禪院全「全ては僕の為に」 作:羂索ハードモード
うわあああっ、金ちゃああああんっ!!!!
鬱蒼とした木々が連なる森の中。
漆黒の帳が降りたことで、演習区画はまるで夜のような不気味な静寂と薄闇に包まれていた。
「警戒を怠るな。魔虚羅を呼び出した呪詛師がどこに潜んでいるか分からんぞ……!」
夜蛾正道が低い声で注意を促し、その後ろを楽巌寺嘉伸と冥冥、そして庵歌姫が油断なく周囲へ視線を配りながら急ぐ。
彼らの中央には、先ほど合流したばかりの京都校一年生三人組——枷場菜々子、美々子、新田新が大人たちに守られるようにして身を縮めて進んでいた。
サクッ、ガササッ……。
「誰!?」
先行していた歌姫が身構えると、薄暗い木陰の中から見知った生徒たちの姿が飛び出してきた。
制服のあちこちを切り裂かれ、血を滲ませている釘崎野薔薇、肩の毛皮を焦がして綿を覗かせているパンダ、そして——折れた刀の柄を腰に差し、なぜか白いワンピース姿の小人を大事そうに胸に抱きかかえている三輪霞の三名である。
「お前たち無事だったか……!」
「歌姫先生! 学長たちも!」
大人たちの姿を認めた三輪が、パァッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「東の方角に、外部からの特級呪霊が出現しました! 狗巻くんと桃先輩が先発として援軍に向かっています!」
三輪の的確な報告に、歌姫は少しだけホッと息を吐き出した。
「特級の件は、こっちの三人からすでに聞いているわ。西宮と狗巻が向かった件も了解よ。……アナタたちも無事でよかった」
歌姫は教え子たちの痛々しい姿に眉を下げつつも、最悪の事態を免れたことに安堵した。しかし、彼女の視線はどうしても三輪の胸で大人しく抱えられている
「……それで、三輪? アンタが抱えてるその
三輪の腕の中にいるのは、麦わら帽子を被った可愛らしい一尺サイズの幼女の呪霊——禪院全の使役する八尺様の分体であった。
歌姫たちが設営前に見せられた七尺様とは大違いのサイズ感。先程の推測では外部から侵入してきた特級呪霊と鉢合わせ戦闘になったと予測していたが……この姿になっているということは、敗北したのだろう。
「あ、この子ですか? パンダくんたちと一緒にこっちへ向かってる途中で、草むらからいきなり飛び出してきたんです。なんだか凄く必死な様子だったので、とりあえず保護したんですけど……」
「さっきから何か必死に伝えたがってるみたいなんだけど、イマイチよくわからなくてね」
野薔薇が呆れたように肩をすくめた。
「ぽぽ、ぽぽぽぽぉー!!」
彼女は特級呪霊・花御の木の根による拘束から抜けるために分裂した七尺様の分体の一つであり、情報を知らせるために逃げ延びて来たのだ。
大人たちの視線が集まったのを感じ取った一尺様は、三輪の腕の中からぴょんっと飛び降りると、短い手足をバタバタと振り回して猛烈なアピールを始めた。
「今、時間がないのだけど……」
「禪院全の使役個体だ、何か重要な情報を持っているかもしれん」
「……そうですね。ええと、どうしたの?」
夜蛾の言葉に歌姫がしゃがみ込んで目線を合わせると、一尺様は一生懸命に小さな両手を使ってジェスチャーを開始する。
まず彼女は東の方角を指してから、自らの白いワンピースを指し示した。
「東の方で、布……じゃなくて、白?」
「ぽっ!」
歌姫の言葉にそうだと頷き、次に小さな両手の人差し指で自らの口の端をグイーッと横に引っ張り、可愛らしい顔を台無しにする勢いで歯茎を剥き出しにする変顔を披露した。
「ぽーぉっ!」
「歯茎が剥き出しで……?」
次に唇からパッと手を離し、今度は自分の両目の位置から、軽く開いた両手のひらを「ニョキッ」と上方へ突き出すようなポーズをして見せ、最後に「ぽぽぽぽー!」と威嚇するように両腕を振り上げてみせたのだ。
「ええと……つまり」
歌姫は困惑しながら、そのアバンギャルドすぎるジェスチャーを言葉に変換しようと試みる。
「目から角? みたいなのが生えてて……歯茎が剥き出しになってる白っぽい呪霊? と、戦ったってことでいいのかしら……?」
「ぽっ! ぽぽぽぽーっ!」
一尺様が「正ッ解!」と言わんばかりに嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。
その特徴を言い当てた歌姫、そして夜蛾と楽巌寺、冥冥の大人四人の顔色が、瞬時に変わった。
「……目から何か生えていて、歯茎が剥き出しの呪霊」
「どうやら、ビンゴみたいだね」
「うむ……間違いないじゃろう」
冥冥の言葉に夜蛾が無言で頷き、楽巌寺もまた白髭を撫でながら険しい顔で頷いた。歌姫は青ざめた顔で額を押さえる。
「五条がこないだ未確認の特級と遭遇した件についての提出した報告書に、そんな特徴の落書きが描かれてたわ……!」
あの時は「画伯かよ」「小学生の落書きか」と見た者が頭を抱えた、あまりにもヘッタクソな五条悟直筆の似顔絵。
だが、一尺様の渾身の変顔ジェスチャーと照らし合わせると、その絵が実物の特徴を信じられないほど的確に捉えていたことが証明されてしまったのである。
「ぽぽんっ!」
伝わったことに満足したのか、一尺様は得意げに胸を張り、三輪の足元へとしがみついた。
「すごい……今ので伝わるなんて……」
三輪は一尺様の可愛らしいジェスチャーだけでその意図を読み取った先生たちに感心するが、事態はそんな暢気なことを言っている場合ではない。
「……相手は、あの五条から逃げおおせた特級呪霊よ。呪霊が呪詛師と手を組んでるかもしれない、ってのも事実みたいね」
歌姫がギリッと奥歯を噛み締め、生徒たちへ向けて重苦しく告げた。五条悟に喧嘩を売り、生き延びたというだけでもその呪霊の規格外の強さが窺い知れる。
そんな化け物と、学生たちが正面からぶつかっているのだ。
「西宮と狗巻だけじゃ、絶対に持たないわ……! もうっ、ただでさえ加茂たちが危ないってのに!!」
歌姫は焦燥感に急き立てられるように言うと、横で聞いていた三輪がバッと顔を上げた。
「え……加茂先輩が?」
「落ち着いて聞け、これは単なる呪霊の侵入ではない。帳を見てわかる通り、呪詛師と共謀した上での襲撃……それも、魔虚羅テロが実行された!」
夜蛾の言葉に野薔薇たち三人に戦慄が走る。
「そんな……! 五条先生や禪院家当主は!?」
「この帳によって侵入を阻まれている。よって、事態の収束には乙骨の手が必要不可欠! 時間が惜しい、これ以上は移動しながら話すぞ!」
大人たちと合流した伝令組は、最悪の敵の正体を共有し、さらなる危機感を持って森の奥へと駆け出した。
一方、別の方角へと逃げ延びたもう一体の一尺様もまた急を知らせるべく、必死の形相を浮かべて短い手足で走っていた。
「……で。あれ、とりあえず向かうか?」
木立の陰。
先ほどまで血で血を洗うような激しい姉妹の鬼ごっこを繰り広げていた禪院真希と真依の姉妹は完全に武器を下げ、遠くの森から押し寄せる大樹の隆起と頭上を覆い尽くす漆黒の『帳』を見上げていた。
「行くしかないでしょ。あんな露骨な異常事態、見逃してたらそれこそ後で当主様に何を言われるか分かったもんじゃないわ」
真依がリボルバーのシリンダーを弄りながら、忌々しげにため息をつく。
そんな一時休戦中の姉妹の足元へ、ガサガサッと草むらを掻き分け、麦わら帽子に白いワンピース姿の小人が飛び出してきた。
「
「ん?」「あら」
だが、見知った顔である禪院姉妹を見つけてホッと安堵の声を上げようとした一尺様の眼前に。
——チャキッ。
——スッ。
「ぽっ!?」
冷たい金属音とともに、真依のリボルバーの銃口と真希の薙刀の切っ先が寸分の狂いもなく一尺様の顔面にピタリと突きつけられた。
「レイドボス発見。随分と縮んでるけど……目標だよな?」
「ええ、そうね。先に仕留めた方の勝ちってことでいいかしら」
先ほどまで殺し合いの一歩手前だったくせに、こういう時の意地悪な連携だけは見事なまでに息が合う禪院の姉妹である。
「ぽ、ぽぽ!?」
先ほどまで命懸けで走ってきた一尺様は、突然向けられた殺意に両手を高く上げて綺麗な降参のポーズを取る。
分体が残っているため別に祓われても支障はないが、今はこんな事をやっている場合ではないのだ。
「ぽぽぽぽぉ……!」
子供の頃一緒に遊んでやった恩を忘れたか、この凶暴姉妹め……! 小さい頃は攫いたくてたまらないほど可愛かったのに!!
理不尽に武器を向けられた一尺様は内心でプンスカと憤ったが、今の実力差は歴然。抵抗する気すら起きず、大人しくプルプルと震え続けるしかなかった。
だが、二人はスッと武器をおろした。
「……ははっ、冗談だよ」
「こんな時に手柄争いしてる場合じゃないものね」
殺気立っていた二人の顔からは険が取れ、悪戯を成功させた子供のような表情になっていた。
幼い頃から実家の庭で大小様々な姿の彼女によく遊んでもらっていた二人。久しぶりに顔を合わせたのだ、ちょっと戯れたくなっただけである。
「……で? 何があった。お前がそんな姿になって必死に逃げてくるなんて、只事じゃねぇだろ」
真希がしゃがみ込み、目線を合わせて尋ねる。
ホッと胸をなでおろした一尺様は、コクリと頷くと、短い腕をバタバタと振り回して状況の報告を開始した。
「ぽぽ! ぽっぽぽ!!」
まず、彼女は小さな指でピンッと『東の方角』を指差した。
そしてもう片方の分体がやったのと同じように、白い服、剥き出しの歯茎、目元から伸びる二本の何かを身振りで表現する。
なかなかに特徴的な花御の姿。『目から枝が生え、歯茎が剥き出しの白い化け物』という完璧なジェスチャーだ。
「あっちに……こんなのが出たって?」
真希が目を細めてそのジェスチャーを観察する。
そして、彼女の隣にいた真依もまた、そのジェスチャーが示す
「…………ッ!!」
「なっ……」
姉妹の顔から、スッと血の気が引いた。
歯茎が剥き出しの顔。
目の位置から前方に突き出した、二本の何か。
——頭部から四枚の
「馬鹿な……!!」
真希がワナワナと声を震わせた。
「魔虚羅、だと……!?」
「嘘でしょ……!? 当主様、かしら、そうよね?」
「………………ぽぽ?」
真依もまた、息を呑んで後ずさった。
全の悪ふざけならば、それは調伏済みであり、安全だ。
しかし真希は頭を振る。
「馬鹿、あのクソ当主でも交流会でそんなもん放つ訳ねーだろ」
花御の特徴と魔虚羅の特徴。
奇しくも「剥き出しの歯茎」「目元から何かが生えている」というパーツが見事なまでに合致してしまい、禪院家フィルターを通した結果、彼女たちの脳内では完全に『魔虚羅』への変換が行われてしまったのである。
「ぽ、ぽぽぽっ!?!?」
一尺様は「違う違う!」と必死に首を横に振り、短い手足をバタバタさせてアピールした。
魔虚羅じゃない、木の呪霊だ! と全身で表現しようとするが、一度「魔虚羅」というフィルターがかかってしまった姉妹の目にはもはやその訂正は届かない。完全にテンパっている真希によってヒョイッと小脇に抱え上げられてしまった。
「…………まさか、里香の仕業か!? いや、いくらあのクソガキでも憂太の制止を振り切ってまで儀式なんてやる理由がねぇ!」
「ぽぽぽ! ぽぽぽっぽ!」
一尺様を抱え上げた真希が、冷や汗を流しながら早口で思考を巡らせる。
「だとしたら、まずいわね……! この状況で魔虚羅がいるなんて、例のテロ以外ないじゃない! 外の当主様や五条悟に一刻も早く援軍を求めるべきじゃ……」
真依もまた、リボルバーを握る手を震わせながら思案する。
単なる特級呪霊ならまだしも、魔虚羅が相手となるとどう考えても自分たちの手に余る。
そんな、一尺様のジェスチャーによる勘違いのようでいて一部正しい情報が姉妹をパニックに陥らせていた、まさにその時だった。
〘真依!! それに真希モ!!〙
「与!?」
ガシャーンガシャーンと派手な足音を立てながら与幸吉が放った量産型メカ丸の内の一体が駆け寄ってくる。
〘いいか落ち着いて聞け、例の魔虚羅テロが起きタ!! 対象は加茂及び禪院恵!! 現在は秤を中心に時間稼ぎをしていル!!〙
「「ッッ!!」」
スピーカーから響いた幸吉の切羽詰まった報告に、姉妹の顔に「やっぱりか!」という絶望と確信が走った。
一尺様はメカ丸に向かって「お前は何を言っているんだ!?」とばかりに目をひん剥いたが、もはや彼女の訂正など誰の耳にも届かない。
〘至急、乙骨の火力が必要ダ!! どこにいるか知らないカ!?〙
「憂太……そうか、里香の火力なら……いや、アイツがどこにいるかは私にも分からねえ。互いに別行動の遊撃役だ」
真希は抱えた一尺様を小脇にギュッと強く挟み込み、薙刀を構えて鋭く前を見据えた。
「とにかく、私もすぐに応援に行く!! 時間稼ぎくらいはできるからな……!」
〘助かル!! こっちダ!!〙
メカ丸がクルリと反転し、先導するように駆け出す。
——だが、メカ丸が指し示した方角は、一尺様が必死に指差していた『
「ぽ、ぽぽぽぽぉーっ!!」
一尺様は「そっちじゃない! 私がやられたのは東だ!!」と必死に身をよじって抵抗し、逆方向を指差して訴えかけたが。
ゴチンッ!!!
「ぽぎゃっ!?」
「テメェ、全然違う方向指差してんじゃねーか!! 場所くらいちゃんと覚えろや!!」
激痛に涙目になりながら頭を抱える一尺様。
分体はそれぞれが個別に思考、記憶している。個体の消滅による統合をするまでは記憶の共有はされないため、魔虚羅が西にいることなど一切知らなかったのだ。
彼女はただ、把握している花御について伝えただけなのに……完全なる冤罪にして理不尽極まりない暴力であった。
「ぽ……ぽぽぽぽぉ……っ」
だが、言葉を話せない彼女に誤解を解く術はなく。
一尺様は頭に大きなたんこぶを作り、グスグスとちょっぴり泣きながら真希の脇に抱えられたまま西の森の奥深くへと連行されていくのだった。
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「ちょ、ちょっと東堂君!? なんで邪魔するのよ!!」
鬱蒼と茂る森に響き渡ったのは、上空から箒に跨った西宮桃の苛立ちに満ちた抗議の声だった。
先程上空から駆けつけた桃は目標となる特級呪霊に向けて指先から『星光操術』の煌めく流星を放ち、さらに狗巻棘が吹き出しの浮かぶ口元から「カッ!」という閃光の文字を形成し、それに続けて「バヒュゥン!」と空気を切り裂く強力なレーザーを放っていた。
二人の二重術者による必殺の十字砲火は、しかし花御に命中することはなかった。
あろうことか味方である東堂葵の手によって、標的から大きく外されたのだ。
東堂の
必殺の連携攻撃は、彼が空中に漂わせていた
「今、我が
当然の抗議を受けた東堂は悪びれる様子もなく、筋肉を隆起させながら味方であるはずの桃と棘をギロリと凄まじい形相で睨みつけた。
「何人たりとも、俺とブラザーのこの大いなる成長の儀式の邪魔はさせん!!」
未確認の特級呪霊が乱入してきて、帳まで降りている大ピンチだというのに。この巨漢は、あろうことか親友に黒閃を経験させるという個人的な育成ミッションのために、特級への奇襲攻撃をわざわざ防いだのだ。
『仲間割れ……なのか?』
一方の花御は目の前の学生たちが身内同士で邪魔し合ったり、謎の文字を飛ばしたりと予測不能の奇行を繰り広げていることに困惑し、半ば置いてけぼりにされていた。
「状況わかってる!? イレギュラーの特級呪霊でしょ!?」
「分かっているとも、極上の糧がやって来たとな!!」
あまりにも自分勝手で狂った言い分に、桃が箒の上で信じられないといった顔で叫ぶ。棘もまた予想外の味方からの妨害と、東堂の狂気的な思考回路に「うわぁ……」と露骨にめまいを覚えたようにこめかみを押さえつつ。
「……とりあえず、悠仁が黒閃を出せば、もう手を出していいんだよね?」
この筋肉ダルマと正論で口論しても時間の無駄だと察して、呆れたようにため息をつきながら確認する。
「無論だ! だが、それまでは俺が相手になろうとも手出しは禁ずる!」
堂々と味方に牙を剥きかねない東堂の返答に、棘は「はいはい」と苦笑しながら肩をすくめた。
そして、己の口元に浮かぶ呪力の吹き出しに、僅かに意識を集中させる。
「じゃあ、おまじない程度だけど……」
棘の口からポロリと小さく、しかし鋭い光を放つ擬音が紡ぎ出された。
「——キュピーン——」
それは攻撃でもなく、防御でもない。マンガのワンシーンにあるような「閃き」を表現した、極小の文字の塊。
その小さな擬音の弾丸は、東堂の背後で特級呪霊を見据え、完全に静止している虎杖悠仁の背中へと、スゥッと吸い込まれるように突き刺さった。
——現在の悠仁は、周囲の喧騒すら耳に入らないほどの過集中の海に深く沈み込んでいた。
半開きの口からツーッとよだれが垂れ落ちていることすら気にならない。己の身体を巡る呪力という不可解なエネルギーと、ただひたすらに向き合っている。
これまで、悠仁にとって呪力とは、怒りや憎しみに身を任せて感情を爆発させて絞り出すものだと思い込んでいた。
だが東堂の導きによって余計な力みが削ぎ落とされ、さらに棘の放った『キュピーン』という擬音が脳天に直撃した瞬間。
彼の脳裏を覆っていた暗雲が、パァンッと弾け飛んだ。
——ビシャァッ!!
全身の細胞を、強烈な電撃が駆け抜けたような感覚。
——雑念は、消えた。
怒りも、憎しみもない。それでもそこに在る、純粋なエネルギーの波。
(呪力——そうか。これが呪力……ああ!)
物を考えるのは腹ではない。
怒りを発露するのは頭ではない。
呪力とは、人間とは、宇宙とは……!!
俺達は、全身全霊で世界に存在している!!
——Thank you so much 狗巻先輩!!
己の中で完璧なピースが組み合わさった感覚。
その瞬間、悠仁の放つ呪力の気配が明らかに一段階——いや、次元そのものが違うほど鋭く研ぎ澄まされたのを、東堂の肌が敏感に感じ取った。
(ほう……ブラザーの呪力が、確かに研ぎ澄まされた)
東堂の口角が歓喜に震えて深く、深く吊り上がる。
(これは、もしかすると……もしかするかもしれん……!)
花御もまた、特級呪霊としての本能により、突如として目の前の少年——虎杖悠仁の危険度が爆発的に跳ね上がったことを的確に察知した。
『……凄まじい集中……! 何か、来る!』
花御が身構えて両腕の樹木を盾のように交差させた、その刹那だった。
悠仁が地を蹴った。
音すらも置き去りにするような、完璧に無駄のない踏み込み。
——打撃との誤差、〇・〇〇〇〇〇一秒以内に、呪力が衝突した瞬間。
空間が歪み、呪力は黒く光る。
花御の堅牢な樹木のガードのど真ん中に、悠仁の右拳が激突した。
バチィィィィィッ!!!!
空間を圧殺するような衝撃音と共に、真昼の太陽のような黒い火花が弾け飛んだ。
呪術の極致。選ばれた天才ですら狙って放つことは不可能と言われる奇跡の打撃。
——『黒閃』。
『なっ……!!』
花御の口から驚愕の思念が漏れた。
悠仁の拳は分厚い防壁を容易く貫き、特級呪霊の巨体をまるで大型トラックで撥ねたかのように音を立てて大きく仰け反らせた。
地面を削りながら数メートル後退し、なんとか踏みとどまる花御の顔には、明確なダメージと信じられないものを見るような色が浮かんでいた。
「今のが、黒閃……!」
静まり返った森に、黒い火花の残滓がチカチカと散る中。
「——成ったな」
東堂葵が、まるで我が子の成長を喜ぶ父親のように、感極まった声で深く頷いた。
「オマエは今、呪力の
「ええ……本当に出すんだ……」
上空で箒に跨る桃がドン引き半分、感心半分の顔で呟いた。
天才でも意図して出すことは不可能と言われる黒閃を、ほんの数カ月前に戦い始めたばかりの素人が引き起こしたのだ。
「……とにかく、もういいでしょ!? やるわよ!!」
桃は気を取り直し、箒の柄を握りしめて再び空中に極彩色の星の矢を装填し始める。
「僕もちょっとビビった……」
半ばノリと勢いでバフをかけた棘自身も、あまりにも完璧に実を結んでしまったことに、若干引き気味で頬を引き攣らせていた。
「まあ、うん! やろう!」
気を取り直し棘は口元の吹き出しに呪力を込める。
今度は邪魔されないと確信し、大きく息を吸い込んだ。
「——ド ワ オ ! !」
大砲の砲弾のように太く力強い擬音のブロックが具現化し、仰け反った花御めがけて轟音を立てて射出される。
東京校と京都校、そして特級呪霊が入り乱れる激闘が、今度こそ本格的に再開された。
***
演習場の一角に軽快に鳴り響いていたパチンコのフィーバー音楽が、不意にプツリと途切れる。
場にいる全員が、肌を刺すような
その一瞬の隙を、最強の式神が見逃すはずがなかった。
——ギィンッ!
人間を対象として適応し、正のエネルギーから負の力へとその性質を反転させた退魔の剣が、鋭い風鳴りを上げて振り下ろされる。
狙うは、秤の両腕。領域展開の要である掌印を物理的に結べなくするための、最も合理的かつ無慈悲な凶刃。
「させねぇッ!」
「通さん!」
禪院恵が自らに瓜二つの質量を持たせた影の分身を身代わりとして射出し、加茂憲紀もまた『赤血操術』による血の分身を盾として展開する。
調伏の儀の対象である二人の姿と呪力を持つ分身は、当初魔虚羅の気を引くのに十分な効果を発揮していた。
さらに与幸吉が指揮する残り少ないメカ丸たちが、魔虚羅めがけ特攻を仕掛ける。
——しかし、とうにそれらすべての小細工への
退魔の剣の凶刃が、秤の腕を断ち切る寸前。
「——ッ、領域展開ィ!」
秤の両手が間一髪、紙一重の速度で弁財天印を結び終えた。
「
ゴォォォォッ!!
連続三度目の領域展開。
空間が爆発的に塗り替えられ、魔虚羅と仲間たちは再び極彩色の光と喧騒に満ちた異空間へと引きずり込まれる事となる。
だが今回展開された領域内の様相は、先ほどまでの「CR私鉄純愛列車1/239ver.」のそれとは大きく様変わりしていた。
領域内の空間は、先ほどまで彼らが実際に戦っていた高専の森やグラウンド、そして学生たちの姿を模したホログラムのような映像で埋め尽くされている。
——それは秤金次が今まさに体感している、人生で最もアツい戦いを模したオリジナルステージ。
言わば——
【CR 東京都立呪術高等専門学校〜姉妹校交流会編〜】
ド派手なテロップと、なぜか楽しそうにポーズを決める東京校・京都校の生徒たちのカットインがキラキラと輝きながら空間を飛び交っており。
……謎に絵面が青春している。
もしこの場が退魔の剣が首筋を掠めるような今際の際に限りなく近い極限状況でなかったなら、さぞや激しいツッコミと抗議の嵐が飛んでいたであろうふざけ切った空間である。
「ガハッ……!」
そんなギャンブルの熱気の中にあっても、秤はすでに限界を超えつつあった。
ひたすらに魔虚羅の猛攻の盾となった彼の制服はもうボロ切れ同然となり、その生地の穴の数だけ肉体に風穴を空けられ、斬り刻まれてきたことが窺える。
先ほどのボーナス中の反転術式で肉体こそ治癒したとはいえ、極限まで蓄積した精神的疲労だけは誤魔化しようがない。
そして領域が展開された直後——ついに魔虚羅の退魔の剣が秤の防御を貫き、その両腕を肩口から綺麗に斬り飛ばした。
「秤さ——ッ」
両腕を失い、血飛沫を上げる先輩の姿に恵が絶叫しかけた。
——が。
『秤さんッ!!』
恵の生声を、空中に浮かび上がった巨大なカットインパネルの中から響く
(……ッ!! なんでだよ!)
絶体絶命のピンチだというのに、自分がパチンコ台の激アツ演出のカットインに使われているという屈辱に、恵は内心で激しくツッコミを入れた。
「——続行ォ!!」
けたたましい確定音と共に、空間に浮かび上がっていた「負傷した金次」の残像パネルがバァーン! と派手に砕け散った。
その破片の中から、ニヤリと笑う無傷の秤が姿を現したのだ。
「擬似連」1シークエンスのやり直し。
領域内のルールによる、ハズレ判定からの復活演出。
だが、魔虚羅の猛攻はそんな演出などお構いなしに続く。
復活したばかりの秤めがけて、魔虚羅が妨害に入る影や血の分身をズバッ、ズバッと薙ぎ払い、そのままの勢いで退魔の剣を横一文字に振り抜いた。
——ズチャァッ。
「が、あ……っ!!」
嫌な音が響き、
上半身と下半身が泣き別れになり、ドサリ、と領域の床に斃れ伏す。
「…………ッッ!!」
「しまッ——!」
——即死。
脳と腹が完全に切り離されれば、いかに秤といえど反転術式は回らない。
「き、金ちゃん……?」
あまりにも生々しい死の光景に、一同の間に本物の緊張が走る。
しばし呆然とその名を呼んだ星綺羅羅が、やがて顔をくしゃくしゃに歪めて悲痛な叫びを上げる。
「うわあああっ、金ちゃああああんっ!!!!」
——慟哭。滂沱の涙を流しながらの絶叫。
その、頭上にパネルが光る。
『金ちゃーん!』
『金ちゃーん!』
『金ちゃーん!』
その悲痛な叫び声が、これまた領域のエコー演出として何重にもリフレインして激アツの演出のように響き渡り。
キュインキュインキュイーーーン!!!
激しい電子音と共に、倒れていた秤の目がギンッ! とルビーのように赤く光った。
ガシャァァァン! と、真っ二つになっていた彼の姿がパネルとして砕け散った、その奥から。
「っしゃオラァッ!! 継続ゥ!!!」
両腕に力こぶを作り、筋肉を限界まで誇示するモストマスキュラーのポーズをキメた秤が、全くの無傷で堂々と姿を現したのである。
この坐殺博徒内特有の巻き戻しは反転術式による回復とも違う故の、紙一重の復活だ。
……しかし、それをこんな形で見せられている者達は。
「「「「……………………」」」」
恵、憲紀、幸吉。そして慟哭していた綺羅羅すらもスンッとなり、涙が止まる。
こんな状況でなければ、間違いなく全員から「ふざけんな」と文句の一つでも飛んでいたであろうシュールすぎる復活劇であった。
だが、情緒が迷子となり呆れ果てている彼らの頭上に、さらにスロットのリールが巨大なホログラムとなって浮かび上がった。
ピキュイィィィィィンッ!!!!
‖7‖ Ⅲ ‖7‖
『——リーチ!!』
けたたましいサイレン音が鳴り響き、領域内の空気が最高潮の熱を帯びる。
そして、スポットライトに照らされるようにして、虚空に浮かび上がった巨大なカットイン画面。
そこにはなぜか上着を脱ぎ捨てて半裸になって
『ブラザーッ! 俺のパッションを受け取れッ!!』
演出上の東堂が、画面の中で暑苦しく叫ぶ。
そして、彼がボディビルのポーズを決めるたびに、中央のリールが回転し、数字が切り替わっていく。
『
パァンッ!!
東堂の柏手の音と共に、中央の図柄が入れ替わる。
‖7‖ 4 ‖7‖——ズレる!
『
パァンッ!!
再び図柄が入れ替わる。
‖7‖ 5 ‖7‖——ズレる!!
『
——パァンッッ!!
汗の飛び散る暑苦しい顔のドアップとともに、今度は「6」の図柄を不義遊戯で強制退場させる。
‖7‖ 6 ‖7‖——ズレるッ!!!
次々とハズレの数字を不義遊戯の入れ替えで弾き飛ばしていく東堂。そして最後に彼はまるで祈るように両手を広げ、大音声で叫んだ。
『ブラザーッ! 俺の手を打てッッッ!!!』
領域の中心に構える秤の目の前に、ゴツゴツした巨大な手の平型のプッシュボタンがドンッ! と出現する。
魔虚羅がそのボタンごと秤を粉砕せんと剣を振り下ろす、まさにその瞬間。
「オラァッ!!!!」
秤が全体重を乗せて、その巨大ボタンへ力いっぱい平手を叩き込んだ。
——パァァァン!!
眩いばかりの極彩色の光が弾け飛ぶ。
中央のリールが激しく回転し、ピタリと停止した。
‖7‖ 7‖7‖
キュインキュインキュイン!!!
ピーヒョロロロロ!!!
脳汁が溢れ出すような確定音が領域中に轟き渡り、スロットの画面にはセクシーなポーズを決めてウインクする星綺羅羅の『777』の図柄が見事に揃った。
『——コングラッチュレーション……マイブラザーッ!!』
画面の中で、キラン☆と無駄に白い歯を光らせた東堂が、力強くサムズアップを決めた。
「ミュージック……スタートォ!!」
秤の宣言と共に、領域内の空間を揺るがすようなアップテンポなBGMが鳴り響き始めた。
——ヤミヲハラッテ ヤミヲハラッテ♪ ヨルノトバーリガオリタラアイズダ♫
役目を終えて崩壊していく領域の中、ノリノリの音楽を背に受けながら魔虚羅の前に立ち塞がる秤金次。
大当たりボーナス確定。
彼の身体から、またしても底知れぬ無限の呪力が、オーラのように爆発的に溢れ出し始めた。
「さあて、死神さんよ」
秤は拳を打ち鳴らし、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「再開といこうぜ!」
無敵の四分十一秒が、再び始まった。
いかなる致命傷を負おうとも、全自動で回る反転術式が即座に肉体を再生させる不死身モード。
——だが、その余裕に満ちた立ち振る舞いとは裏腹に、状況はあまりにも芳しくなかった。
盛大に巫山戯た領域で余裕をカマしているようでいて、実際のところ彼らの戦線はギリギリの、文字通り薄氷を踏むような均衡の上に成り立っていたのだ。
——ガコンッ!!
頭上の方陣が回り、魔虚羅が振り抜いた退魔の剣が秤の脇腹を抉った。
肉を裂く音。通常であれば、瞬きする間に再生するはずの傷。
……しかし。
「……あ?」
秤の顔から一瞬だけ笑みが消えた。傷が、治らない。
無限に溢れ出す呪力が自動的に反転術式へと変換され、治癒を試みているにもかかわらず、斬られた箇所にこびりついた奇妙な呪力がそれを完全に阻害していた。
——反転術式を阻害する傷。
それが幾度も打撃を交わす中で魔虚羅が導き出した、秤の
「……ッ! 反転術式が!!」
「そんなっ!」
目眩のするような坐殺博徒の演出の余韻に顔をしかめていた後方の仲間たちもその絶体絶命に気づき、顔を青ざめさせて行く中。
秤は傷口から流れる血を見下ろし、凶悪に嗤った。
「……ついに来やがったか。流石に、やべえな」
この不死殺しという最悪の適応が成されるのを可能な限り遅らせるために肉体による受けを減らし、秤自身の「回避」を中心に立ち回った。
さらに与幸吉の操るメカ丸、恵の影や憲紀の血の分身を盾にすることで、魔虚羅の意識を『攻撃手段』ではなく『動きの分析』や『障害物の排除』へと割かせるように適応のヘイト管理を行ってきたのだが……ここに来てついに不死へと適応された。
(せっかく引いたボーナスが、ほとんどパアじゃねえか)
ここからは、ボーナスタイム中であろうと致命傷を受ければ普通に死ぬ。
無限の呪力を元手にした身体強化などの恩恵こそあるが、不死身という最大の恩恵が完全に潰された。
綺羅羅の『
恵の影のヴェイルは見通され、憲紀の血の防護膜など紙切れのように切り裂かれる。初期はヘイトを稼げていた儀式当事者たちの身代わり分身も、全く無視されるようになってきた。
そして最悪なことに、魔虚羅はメイン盾たる秤の回避パターンやタイミングへの適応を、すでに何度も済ませている。
……だが、秤の笑みはまだ絶えていない。
魔虚羅はその退魔の剣で未だに秤の
ありとあらゆる防壁を突破し、回避パターンを読み切ってなお攻撃が不自然に避けられてしまう理由。
それは、体術の技量がどうこうを超えた先にある——数パーセントの“運”の領域に踏み込んでいたからだ。
彼は、自身の身のこなしでは魔虚羅の攻撃をもはや捌ききれないと悟った瞬間から、禪院全との取引で得た
——カラン、コロロン……。
秤の魂の奥底では、目に見えない百面ダイスが、絶え間なく転がり続けていた。
(回避率一〇%——出目は八。回避判定、成ッ功ッ!)
秤金次の第二術式、名を『
自身と対象に仮想のステータスを自動決定し、百面ダイスによるダイスロール判定を行うことでその後の
(……アツいぜ。最高にアツい!)
ヒリつくような絶対的な死の盤面に、秤は闘志を滾らせる。
実際の力量差を超え、ダイスの出目さえ良ければどんな格上の一撃であろうと「なぜか足が滑った」「偶然破片が目に入った」といった偶然を引き起こして完全に避けることができる。
逆に、どんなに格下の相手であろうとダイスの出目が悪ければラッキーパンチをもろに食らってしまうリスクすら孕む。
まさに神にも賽子を振らせる、生粋のギャンブラーである秤金次にしか使いこなせない狂気の能力。
(相手はこっちに散々適応済みの魔虚羅……本来の回避率なんて、ないも同然。だが……!)
相手は最強の式神たる八握剣異戒神将魔虚羅。
ステータスで言えば、すでにボーナスによる大幅な呪力強化をもってしても仮想の数値には絶望的なほどの差があり、本来ならとっくに自動失敗の領域にある。
だが、秤は出目1〜5の『クリティカル判定』を引くたびに発生するボーナスを用いて己の仮想ステータスをギリギリまで補正し、なんとか10%前後の回避率という細い糸を保ち続けていたのだ。
絶体絶命の死線で、わずかな生還の目を持ち前の強運で引き当て続ける、まさに一世一代の大博打。
「ハハッ! まだまだ俺のツキは尽きねぇ……ッ!!」
——ガコンッ!!
無慈悲な方陣の回転音が、BGMを切り裂いて響き渡った。
「…………ぁ?」
その瞬間、秤の血の気が完全に引き、全身から噴き出していたアドレナリンが一瞬にして冷え固まるのを感じた。
彼の百面因果が脳内に弾き出していた、対抗ロールの勝率。
先ほどまで首の皮一枚、10%程で保たれていたはずの回避率が。
——『0%』。
回避率ゼロ、
魔虚羅側の仮想ステータスが、適応によって突如として爆発的に底上げされ、ステータス対抗ロールの数値を文字通りブッちぎったのだ。
最強の式神は、もはや秤に運否天賦の
「冗談キツいぜ……ッ!!」
秤の顔が今度こそ本当に引き攣った。
不死殺しの性質を帯びた退魔の剣が、圧倒的な速度と必殺の軌道を描いて秤の胴体を両断せんと迫る。
ボーナスタイム中であっても、この剣を食らえば傷は治らず死ぬ。
今の身体能力ですら魔虚羅の超絶的なスピードに到底及ばず、頼みの綱であった因果歪曲による回避すらも完全に封じられた。
絶対的な「詰み」の盤面。
それでも生粋のギャンブラーは決して目を閉じず、無駄と分かっていても歯を食いしばり、拳を前に出して足掻こうとした。
だが、他ならぬ秤自身の術式により回避失敗という『死の因果』はすでに強固に結ばれてしまっているのだ。
世界そのものが、秤がここで両断されるという結果を承認しようとしていた。
——その、刹那であった。
「オラァッ!! 邪魔だ、どけ!!」
突風が吹き荒れた。
物理法則すら置き去りにするような圧倒的な踏み込みの風圧。
弾丸のように横合いから駆け込んできた一つの影が、回避不能の死の一撃を食らいかけていた秤の首根っこをガシィッ! と乱暴に鷲掴みにした。
「ぐふぇッ!?」
そのままひき逃げでもするかのような勢いで秤の巨体を強引に引き剥がし、後方へと力任せに放り投げたのだ。
魔虚羅の退魔の剣は、秤がコンマ一秒前まで存在していた虚空を切り裂いた。
地面をゴロゴロと転がってむせ返る秤の前に立ち塞がり、薙刀を肩に担ぎながら鼻で笑ったのは——東京校の暴れ馬、禪院真希であった。
遠目にこの一団を確認した彼女は、同行する真依やメカ丸をブッちぎって飛び込んできたのだ。
「ゲホッ、ゴホッ……! て、てめぇ……首もげるかと思ったぞ……!」
「文句言ってんじゃねえ、死ぬよりマシだろ」
——百面因果が確定させたのは、あくまで秤自身の回避失敗という結果だけだ。
その判定の外側から、呪力を持たず術式の対象として認識されない真希が割り込むことまでは因果に組み込まれていない。
領域の必中効果さえ彼女を対象として捉えられないように、百面因果のダイスロールにとっても真希は盤上に存在しない透明な
ゆえに彼女は、確定したはずの死の因果へ純粋な物理的暴力だけで横合いから穴を開けたのである。
「……ハッ」
背後で恵たちが息をのむ中、真希は目の前で悠然と剣を構え直す純白の死神を見上げ、獰猛な——本当に心の底から楽しそうな笑みを深く刻んだ。
「こいつら相手にどんだけ適応済ませたかは知らねえが」
真希は切っ先を魔虚羅の顔面へと真っ直ぐに突きつける。
「——クソ当主の使役するやつよりは、全然弱えな」
その言葉は決して虚勢でも負け惜しみでもない、純然たる事実である。
この場に呼び出されたばかりの魔虚羅と、禪院全が十二年前に調伏して手駒として使役し続けている魔虚羅。
同じ最強の式神とはいえ、両者の間には文字通り天と地ほどの圧倒的な
全の魔虚羅は調伏されて以来、全がコレクションする無数の術式を浴び続けている。目の前の野生個体とは、蓄積した経験も地力も比較にならない。
そして——そんなフルチューンされた究極の怪物と訓練でやり合わされてきた内の一人が、他ならぬ真希なのだ。
(一撃で消し飛ばす火力なんざ私にはない。……だが)
重心を低く落とし、全身の筋肉をバネのように収縮させる。
真希はこの怪物を自らの手で倒す手段は持っていない。
しかし、回避と防御に徹し、相手の適応速度を物理的なタフネスと反射神経で振り切って耐久し続けることにおいてなら。
(この程度の温い魔虚羅相手なら、憂太か馬鹿教師かクソ当主の誰かが来るまでくらい耐え抜いてやるよ!)
——ドンッ!!!!
大地が爆発したかのように弾け飛び、呪力なき最強の矛が適応の怪物めがけて真っ向から突貫した。
・一尺様ジェスチャーゲーム
白い、歯が剥き出し、目の位置から何か生えてる、ムキムキ。
花御と魔虚羅ってちょっとだけ似てない? って所から思いついたネタ。
アンジャッシュするけど結果的に正しい選択になりました。
彼女の分裂の仕様はこのように
・分裂した時点で個々に記憶と思考が分かれる
・消滅&統合で分体が得た情報が集約される
・キュピーン
凝声呪法によるバフ? 擬音。
ちょっとだけ思考が冴え渡り、閃きなどが促進される……かもしれない。
・坐殺博徒
「私鉄純愛列車」が作中世界に実在しているので、生れつきこの内容だったのではなく『アツい経験』か何かが反映されると判断。
故に魔虚羅との死闘で内容が更新され、『CR 東京都立呪術高等専門学校〜姉妹校交流会編〜』に変化したという感じです。
『ケーン!』のノリで『金ちゃーん!』で秤が復活するみたいなネタをどこか掲示板で見て笑った記憶があるのでそれを再現した。
「擬似連」での回復は特に詳しい説明がなかったと思うので、反転術式ではなく領域効果による「領域開始時までの巻き戻し」として真っ二つにされても発動する的な感じに。
不義遊戯リーチはこれが一番面白いかな…と個人的に思ったので。
画像はチャッピーに発注。
・秤金次 第二術式:百面因果
TRPG的なダイス判定を戦闘に持ち込む因果操作系術式。
秤の豪運を活かし、1%でも目があれば回避するし、当ててくる。
出目が1〜5までのクリティカル判定を引くとボーナスがもらえる。
地味だけど格上相手ほど活きる術式。
・百面因果をぶっちぎる天与の暴君
真希や甚爾相手にはおそらく仮想ステータス算出自体がエラーになる。
ダイス判定は仮想ステータスを元にしているのでそこをすり抜けるフィジギフはその結果を無視できる……という理屈。
姉妹校交流会編はあと二話、そろそろクライマックスに向かっていきます。