禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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——あ、あ、愛してるっ!!!!



06.簒奪者の恩寵-与願印・施無畏印

「フン……。総監部の連中の面の皮の厚さには、まったく呆れるばかりだな」

 

 上座から下座まで、現在の禪院家の中核を成す重鎮たちが顔を揃えた大広間。

 その静寂を破ったのは、豪快にひょうたんから酒を呷り、毒づくように大きなため息を吐いた特別一級術師・禪院直毘人であった。

 彼の横には、実の弟である禪院扇が座している。常に不機嫌そうに眉根を寄せている扇だが、今は一言も発することなくただむっつりと黙り込んでいるばかりだ。

 かつては次期当主の座を巡って野心を燃やしていた男も、今やあの規格外の「怪物」の前では、流石にこうして貝のように口を閉ざすしかなかった。

 

 そして、その二人の兄たちと並んで、まるでお情けのように同じ上座の末席に腰を下ろしている男がいる。全の実父、禪院満である。

 彼は今、密かに胸の内で噛み締めていた。己の息子を当主にするという、一介の側室の子筋に過ぎなかった自身の()()()()()を、たった二十年という歳月で叶えてしまったという絶対的な事実を。

 思えば、全の幼少期には己の野望を託すがゆえに、吐くような苛烈な鍛錬を課してきたものだった。しかし、あの恐ろしいまでの才覚を持つ息子は、満が与えるすべてをスポンジよりも易々と吸い尽くしてしまった。

 やがて与えるべき課題が底を突き、どちらが師か弟子か分からないような逆転の状況を生み出し……結果として、満は当初の目論見通り、当主の父としてこの上なく美味い汁を啜れるポジションへと見事に食い込むことができたわけだ。

 

 満の視線の先。

 今は亡き第二十五代当主が座っていた禪院家当主の座には今、悠然と足を組んで微笑む若き第二十六代当主・禪院全が座している。

 そしてその背後には、彼を影のように守護する腹心にして最強の懐刀——天与の暴君・禪院甚爾が退屈そうにあくびを噛み殺しながら控えていた。

 広間に集った長老衆や『炳』の代表者たちでさえ、その二人の並び立つ姿が放つ異常なプレッシャーを前にしてはただ平伏することしかできない。

 

 本日の直属会議の議題は、大きく分けて二つ。

 一つは先日全が呪術界全土へと発布した新事業——()()()()()の準備と、それに伴って禪院家に殺到している多種多様な取引の精査。

 そしてもう一つが直毘人を呆れさせた元凶。――総監部の老人たちから送りつけられた、あまりにも見え透いた、ふざけた()()の処遇についてである。

 

 当然のことながら、全が禁足地で特級呪霊の討伐に向かった際に総監部が裏で最高戦力の暗殺部隊を差し向けていたという事実はこの場にいる全員が共有している。

 それを全と甚爾が易々と食い破り返り討ちにした後、なんと総監部は「あの三人の呪詛師は総監部から新当主への極上の就任祝いの品であった。どうぞそれらを糧とし、どうか総監部にも術式による恩恵をお裾分けいただきたい」などという、常軌を逸した寝言を()()()()()として送ってきたのだ。

 というかそれ以前に禪院の就任時にあれだけやかましく批判のお気持ち表明をしていたのは何だったのかと言う神速の手のひら返しだ。直毘人より速いぞ。

 

 全の台頭をよく思っていなかった扇をはじめとする保守派の重鎮たちでさえ、総監部のその見苦しく面の皮の厚すぎる言い訳には流石にビッくらポンとでも言うべき強烈な嫌悪感を抱いていた。

 呪術界のトップに立つ者たちが、一人の若造に取り入るためにそこまでプライドを投げ捨てるのか、と。

 

 ――しかし。

 その嫌悪感と同時に、そのどうしようもない執着心を『()()()()()()()()』と密かに感じている者が、この大広間には何人もいたのは事実である。

 何せ、ここに集まっている長老衆や重鎮の中には既にいい齢に差し掛かり、老いと死の足音をすぐ背後に感じている者も多い。

 全が暗殺者から奪い取ったという、他者の命を吸い上げ己の寿命を延ばす『啜命呪法』。

 御三家の誇りや建前など投げ捨ててでも、何としてでもその蜜に縋り付きたいという総監部の醜い渇望は、彼ら自身の奥底に眠る()()()()()をも痛いほどに刺激していたのだ。

 

「……で? どうするんだ、当主様よ」

 

 直毘人が酒の入ったひょうたんを揺らしながら全へと視線を向けた。

 このふざけた文書を突き返し、報復として総監部を物理的に焼け野原にするのか。それとも、あえてこの滑稽な茶番に乗ってやるのか。

 誰もが固唾を呑んで見守る中、全は手元にあった総監部からの書状をペラペラと弄びながら、底意地の悪い三日月の笑みを浮かべた。

 

「まあ、条件次第だよね」

 

 あっけらかんとした青年の声に、張り詰めていた大広間の空気がほんの少しだけ弛緩した。

 実際のところ、全にとって今回の()()()は、それだけ素晴らしいの一言に尽きたのである。

 

 先陣を切って現れた特級呪霊・姦姦蛇螺はその強力な術式だけでなく、長年封印されし特級という肩書きに恥じないタフネスぶりも中々のものだった。

 それに加えて、呪霊としては「見てくれ」が中々に悪くない。上半身は美しき巫女を模した妖艶な姿であり、大蛇のような下半身を含めたその巨躯全体は、元が土地神として信仰されていたこともあってか、どこか神々しさすら漂わせている。

 あまりの使い勝手と見栄えの良さに、全はあの領域の中でわざわざ姦姦蛇螺の生得術式を彼女自身に返却しており、今では全の呪霊の手駒の中でも、八尺様と並ぶトップクラスの『お気に入り』の一角に据えて使役を決定したほどだ。

 

 そしてなにより、総監部が差し向けてきた三人の呪詛師たち。

 総監部が長年飼い慣らしていた切り札の暗殺部隊だけあって、三人は皆、非常に強力で使い勝手の良いお土産を持ってきてくれた。

 特に、呪術界の裏社会において生ける伝説レベルであった男、烏丸蘇芳の術式『啜命呪法』が、自分から文字通り飛び込んできて手に入ったのは、美味しいにもほどがある。

 

 総監部の老人たちを、自分を謀った落とし前として皆殺しにしてしまうのはたやすい。甚爾と一緒に総監部の本部にカチこめば、半日もかけずに余裕で全員の首を物理的に刎ね飛ばせるだろう。

 だが、この腐りきった呪術界という巨大な組織の中で確固たる地位と権力を持っている権力者というのは、ぶち殺して新たな代用品にすり替えるよりも己の意のままに操る『()()()()』として再利用するほうが、余程手っ取り早くて効率がいいのだ。

 

「彼らの生への執着は、これ以上ないほど最高の()()になる。……せっかく向こうから首を差し出してきたんだ、この祝辞、ありがたーく受け取ってあげようよ」

 

 全の決定に、直毘人や満を含め、長老衆もひとまず安堵の息を吐く。

 とりあえず、禪院家と総監部による呪術界を二分する全面戦争という最悪の事態は避けられたのだ。ただしそれは、総監部が完全に全の足元に平伏し、奴隷となることを意味しているのだが。

 

「それで、全。総監部からの奴らへの対応だが……寿命の取引レートはどう設定するつもりだ?」

「そうだねぇ。総監部の連中には、特別にこんな条件を出してあげようか」

 

 直毘人の問いかけに、全は楽しげに指を立ててみせた。

 

「『寿命取引の対価は、僕のお眼鏡にかなう強力な術式を持った呪詛師を生け捕りにして献上することのみ』。そして、さらに『総監部に分け与える寿命は、その献上された呪詛師から僕が啜り上げた寿命の……そうだね、()()とする』」

「……ほう」

 

 その条件を聞き、直毘人は感心したように口元を歪めた。

 

「つまり、凡夫の呪詛師を百人連れてこようが寿命はやらない。強力な術式を持つ“大物”の呪詛師という極上の生贄を用意したときにのみ、その半分の寿命をくれてやる、ということだな」

「大正解。これなら、総監部も躍起になって最高級の術式を持った呪詛師を血眼で探して、僕の足元に這いつくばって献上してくれるだろうからね。最高の自動術式収集システムの完成だよ」

 

 全の提案したレートは、一見すると非常にシビアで酷薄な条件に見えるかもしれない。

 ……しかし実のところ、全も流石に知らない話ではあったが。

 かつて総監部の老人たちが、烏丸蘇芳という暗殺者に莫大な報酬を裏で支払い続け、彼からお情けのように分け与えられていた寿命の還元率に比べれば。

 

 (吸い上げた寿命の()()……? 烏丸の奴は数億につき数カ月といった暴利を貪っておったぞ……。いやはや、実に破格の条件ではないか)

 

 と、密かに烏丸の取引の詳細を知っていた長老の一人が、心の中で驚愕の冷や汗を流していた。

 そう。全の提示した『半分』というレートは、老人たちにとっては烏丸よりも遥かにお得で、喉から手が出るほど甘美で良心的な取引条件だったのである。

 

「……少し、甘くはないか。奴らのした事を思えば、徹底的に絞り上げ、僅かな還元に留めても文句は言われまい」

 

 扇も烏丸のレートを知っている訳ではないが、禪院家を愚弄した総監部に半分もやる必要は無いと感じたのか、そう当主に問いかける。

 

「そうだね、もっと絞っても苦渋の表情で飲むだろう。……でもね? 向こうにも旨味を吸わせたほうが、より張り切ってとっておきの生贄を連れてくるとは思わないかい? そう、烏丸蘇芳のように、ね」

「む……それもそうか」

 

 これなら、総監部の老人たちは狂喜乱舞して全の靴の裏を舐め、彼が望む最高級の呪詛師を自ら進んで狩り出し、意気揚々と差し出してくるに違いない。

 酷使され疲れ果てた奴隷よりも、それなりの待遇の奴隷のほうがよく働く。

 完全な共生関係の成立であった。

 

 

***

 

「ふむふむ……えーと、加茂家の現当主から『造血』の買い入れについての打診か。代金としては現金に加えて、特級呪具一丁と一級呪具三丁、その他指定の呪物を応相談と」

 

 総監部についての取り決めを終えた後、全は長老衆から次々と渡される『取引の申し入れ書』の束をパラパラと流し読みしながら、ご機嫌な様子で呟いた。

 加茂家がどれほど激怒しようとも、相伝の術式の最大の弱点である「失血」を完全に補い、無限の砲台へと昇華させる造血の術式には絶対に食いついてくると全は確信していた。

 プライドよりも実利。加茂家はまんまと全の仕掛けた商談に飛び込んできたというわけだ。

 

「よしよし、予想通りの食いつきだね。これは相場よりもちょっとふっかけ気味で交渉を進めておいて」

 

 全の指示に、実務を取り仕切る『炳』の代表が一礼して書類を受け取る。

 それにしても、布告を出してからわずか数日というのに、名だたる呪術家系からの問い合わせの数は凄まじかった。

 皆、口では禪院家の暴挙を非難しながらも、裏では自分たちだけでも「強力な術式」を手に入れて他家を出し抜こうと、血眼になってすり寄ってきているのだ。

 全く、人間の欲望というものはかくも醜く、愛おしい。

 

「……おや?」

 

 次々と書類に目を通していた全の手が、ある分厚い封筒の前でピタリと止まった。

 差出人の名前を見て、全は面白そうに目を細める。

 

「これはまた……意外なところから連絡が来たね。狗巻(いぬまき)家からだ」

 

 狗巻家。言葉に呪力を乗せて事象を強制する相伝術式『呪言』を受け継ぐ、異端の呪術家系。

 強力な術式ではあるものの、その強すぎる力ゆえに己の喉を焼き切り、意図せず周囲を傷つけてしまう危険性が高いため、一族は呪術界から半ば孤立するような形でひっそりと生かされている。

 そんな、外部との干渉を極力避けているはずの彼らからの申し入れの内容を読み進め、全は「ははっ」と思わず声を上げて笑った。

 

「なるほどなるほど。……現在の狗巻一族の内、術式を持って生まれた者全員の『呪言』を抜き取り、代わりに別の安全な術式を付与してほしい。加えて、今後とも一族に呪言使いが生まれるたびに、『呪言』の除去と術式の入れ替えを継続的に依頼したい、だってさ」

「なんと……。いくら不便やリスクがあるとはいえ、己の家系の相伝術式を根絶やしにしてくれと自ら頼んできたというのか!?」

 

 狗巻家からのぶっ飛んだ依頼内容に、思わず直毘人が驚きの声を上げた。

 術式とは、通常であればどの家系も喉から手が出るほど欲しがる「力」だ。それを自ら捨て去り、別のものに変えてくれという願い出は、前代未聞であった。

 

「ははあ……。一族から呪言使いを絶やしたい、ただ平穏に生きていきたいっていう彼らの方針は、どうやら伊達や酔狂じゃないみたいだねぇ」

 

 全は感心したように、ククッと喉の奥で笑った。

 彼らは、自分たちを長年縛り付けてきた『呪いの言葉』という血の呪縛から、全の『簒奪呪法』を利用して完全に解放されようとしているのだ。

 呪言の術式自体は、使い勝手はともかくとして「強力な弾」であることには違いないし、コレクションとしては十分に見込みがある。

 

「素晴らしく都合のいい取引だ。狗巻家からの依頼、当然快諾しよう。僕のおもちゃ箱のラインナップが、また一つ面白くなりそうだよ」

 

 

***

 

 数日後。禪院家が独自に設けた、各家系や術師との()()()()を行うための面会室にて。

 記念すべき第一号の取引相手として、全は狗巻家からの使節団を迎え入れていた。

 

 部屋に入ってきた人々は、異様なほどの緊張に包まれていた。

 彼らは全員、これ以上ないほど重々しく作られた真新しい口枷をきつく嵌め、さらにはそれを恥じるかのように、首元から口元までを分厚い布で厳重に覆い隠してこの場へとやってきている。

 今回、感情の高ぶりで口を開き暴発を起こさぬようという措置だ。

 彼らこそが、現在狗巻家において呪言の術式を有している血族たちであった。

 

「この度は……急な申し入れにもかかわらず、我々狗巻家をお招きいただき、誠にありがとうございます。禪院家第二十六代当主・禪院全様」

 

 ただ一人、口枷をしていない初老の男――呪言を持たずに生まれてきた狗巻家の現当主が、震える声で深々と全に向かって頭を下げた。

 

「頭を上げてよ、当主殿。こっちは商売でお客さんを招いてるんだ、そんなに畏まらなくていい。……それで、後ろの方々が今回の()()()で間違いないかな?」

 

 全がにこやかに問いかけると、口枷をした一人の男が恐る恐るといった様子で一歩前に出た。

 男は懐から取り出したメモ帳に、ひどく震えるペン先で幾つかの言葉を走り書きし、祈るような、すがるような目で全にそれを示してきた。

 

『本当に、呪言を取り除いていただけるのですか?』

 

 それは、彼らが生まれながらに背負わされてきた、大きすぎる「力」であり「呪い」への恐怖と絶望の吐露だった。

 己の声が意図せず他者を傷つけてしまうかもしれないという恐怖。意図せぬ言霊の暴発を防ぐため、物心ついた時から言葉を奪われ、一種の隔離を受けて生きることを強要される人生。

 いくら強力な相伝術式であろうと、彼らにとっては、一族を社会から孤立させる元凶である『呪われた業』以外の何物でもなかったのだ。

 

「ええ、もちろん。術式の摘出、それに伴う脳の構造変化も含めて、ノーリスクかつ完璧にあなた方を()()()()()()()()と約束しよう」

 

 全の淀みのない、しかし絶対的な自信に満ちたその返答を聞いた瞬間。

 口枷をした男の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ落ちた。

 彼だけではない。背後に控えていた他の狗巻家の術師たちも皆、口元を覆う布を濡らしながら、あるいは膝から崩れ落ちて咽び泣き始めていた。

 それは、長年彼らを縛り付けてきた血の呪縛から解放されるという、救済の涙であった。

 

(……やれやれ。力が無くて泣く奴なら腐るほど見てきたが、力がありすぎて泣く奴らの相手をするのは、なんとも奇妙な気分だな)

 

 全の背後に控える甚爾は、呪いが解ける安堵に咽び泣く彼らの姿を眺めながら、どこか呆れたように、それでいて少しだけ同情するような目で息を吐いた。

 

「さあ、それで……呪言と引き換えに、君たちにはどんな力が欲しい?」

 

 全は泣き崩れる彼らに対して、まるでショーケースを自慢する商人のような朗らかな笑みを浮かべ、分厚い()()()()をテーブルの上に広げた。

 そこには、全がこれまでに収集した無数の術式がリストアップされている。

 狗巻家からの依頼は「呪言の完全譲渡」に加え、「暴走の危険がない、安全な術式への入れ替え」であった。

 

 涙を拭った彼らは、全の差し出したカタログを食い入るように見つめ、それぞれが「力を誇示するため」ではなく、「ただ平穏に生きて行く」のに十分な術式を、震える指で選んでいく。

 

 全はそれらの要望を一つ一つ丁寧にメモを取りながら、彼らの選んだ術式と、己が得る『呪言』の価値を天秤にかけていた。

 言うまでもなく、呪言の価値は圧倒的だ。彼らが選んだ術式など、全の中にある星の数ほどの在庫からすれば、文字通りタダ同然の「ゴミ」でしかない。

 だが、それでも構わない。彼ら自身の意志で、最高峰の兵器をゴミと交換してくれるというのだから、こんなに割の良い商売もない。

 

「よし、全員分の要望は確認した。段取りは決まったね。それじゃあ――早速、君たちの()()を解いてあげようか」

 

 全は立ち上がり、救世主のような、それでいてひどく冒涜的な悪魔のような笑みを浮かべて、彼らに手を差し伸べた。

 

「さて、四人同時の術式の摘出と付与になるからね。領域展開にて一斉に入れ替え作業を行う。攻撃の意思はないから、驚かれぬよう」

 

 そう言って、全は静かに両手の指を絡ませ、掌印を結ぶ構えをとった。

 ()()()()()()()()。不安を取り除き、願いを与えるという御仏の象徴たるそれを結ぶ全は、皮肉にも彼らに救い主としての影を見せた。

 

 この面会室には、当事者である狗巻家の使節団と甚爾の他に、もう何人かの「見物客」が同席していた。

 直毘人や扇、そして満といった禪院家の重鎮たちである。

 彼らは皆、先日特級呪霊と総監部の暗殺部隊を壊滅させたという、噂の『領域』を一度見ておこうと、野次馬半分、監視半分でこの場へとやって来ていたのだ。

 

「――領域展開・玲瓏簒宝閣(れいろうさんほうかく)

 

 全の言葉と共に、黒々とした呪力が爆発的に膨れ上がり、瞬く間に空間そのものを塗り替えた。

 広大な宝物殿。息を呑むような黄金と宝石の輝きに満ちた、果てしなく続く回廊に直毘人たちがその神々しくも禍々しい領域の異様さに目を見張る中、全は宝座から悠然と指を鳴らした。

 

 狗巻家の呪言師——男女合わせて四人の術師たちの胸元から、ぼんやりとした光の塊がすっと抜け出す。それが空中で四つの禍々しい蛇の目を模した呪印を刻んだ宝石へと変わると、全の周囲を舞う無数の宝物の中へと吸い込まれていった。

 それと同時に、宝物閣から四つの穏やかな光を放つ宝石が飛び出し、彼らの胸の中へと溶けるように消えていく。

 

「……はい、終わり。痛みもなかったろう?」

 

 直毘人たちがその美しくも恐ろしい「術式の強奪と付与」の光景に見惚れ、あるいは戦慄して息を呑む間もなく。パキン、とガラスが弾けるような音と共に領域は解け、彼らは元の無機質な面会室へと引き戻されていた。

 

 しばらくの間、ぽかんとしていた狗巻家の人間たちだったが、やがてハッと我に返ったように一斉に動き出した。

 彼らは震える手で首元を覆っていた分厚い布を乱暴に引き剥がし、きつく締め付けられていた重々しい口枷のベルトを引き千切るように外す。

 そして、傍らに付き添っていた者が慌てて差し出した手鏡を覗き込み——絶句した。

 

 彼らの口の端、頬にかけて深く刻まれていたはずの、呪言師の証である『蛇の目と牙の呪印』が。

 長年、彼らの言葉を呪いへと貶め、自由を奪ってきた凄惨な刺青が、綺麗さっぱり消え去っていたのである。

 

「あ……あ……っ」

 

 手鏡を取り落とし、一人の女性がその場にへたり込んだ。

 全は少し意地悪な笑みを浮かべながら、宝座の上で頬杖をついてその光景を見下ろしていた。

 

(さて、物心ついてからずっと呪いという名の口枷をはめられ、言葉を封じられてきた呪言師たちが、呪いから解き放たれて最初に発する『第一声』は一体何かな? やっぱり、僕への最大限の賞賛と感謝の言葉かな?)

 

 そんな、どこまでも自己中心的な期待を込めて全が眺めていると。

 へたり込んだ女性の元へ、付き添いとして来ていた一人の青年が駆け寄った。

 女性は彼を見つめ、大粒の涙をボロボロと流しながら、まだうまく動かない喉を震わせて、その言葉を絞り出した。

 

「——あ、あ、愛してるっ!!!!」

 

 悲鳴のような、それでいて世界中の誰よりも喜びに満ちた、美しく震える声だった。青年は「ああ……っ!」と泣き崩れ、彼女をきつく、痛いほどに抱きしめた。

 

「愛してる! 愛してるわ、ずうっと言いたかった、ずっと前からっ……!!」

「愛してる……俺もだ、ずっと待ってた……っ!」

 

 それを見た他の三人の元呪言師たちも、せきを切ったように泣き叫び、それぞれに付き添っていた男女——恋人や伴侶たちと、周りの目も憚らずに熱い抱擁を交わし始めた。

 ある者は若き男女であり、ある者は子無しの壮年夫婦であった。彼らは皆、互いの顔を涙で濡らしながら、憑き物が落ちたように何度も何度も「愛している」と声を掛け合っている。

 

『——愛してる!!!!

 

 この世界で最も優しい、けれど呪言師にとっては絶対の禁忌とされた言葉の連呼。

 呪術という果てしない血みどろの世界しか知らない直毘人や扇、満たち禪院家の男たちは、突然目の前で繰り広げられたあまりに真っ当すぎる()()()()()()というメロドラマに、呆気にとられて完全に面食らっていた。

 

「……そういうことか」

 

 全は一人納得したように小さく呟く。

 狗巻家からの使節団はやけに人数が多く、しかも取引の当事者ではない呪言使い以外の術師がそれぞれに一人ずつ付き添っていることを疑問に思っていたが、そういう関係だったというわけだ。

 

 呆然とする禪院家の面々を見て、これまでずっとかしこまっていた狗巻家の当主が、ひどく柔らかな、それでいてどこか哀愁を帯びた苦笑をこぼした。

 

「……お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません、禪院当主様、ならびに皆様。どうか、長年の苦しみから解放された者たちを、この場ばかりは笑って許してやってはいただけないでしょうか」

「いや、いいさ。でも、なぜあそこまで?」

 

 全が尋ねると、狗巻家の当主は深く息を吐き、呪言師一族が抱える最も残酷な真実を口にした。

 

「当家では……呪言を持って生まれた術師は、基本的に子を残すことを厳しく禁じられています。強力すぎる言霊は、『愛の言葉』すらも呪いへと変換してしまい、心を縛り、無意識の内に傷つけ人生を狂わせてしまう可能性があるからです。……彼らにとって愛は、誰よりも深く焦がれながら、絶対に口にしてはならない不本意な呪いだったのです」

 

 一族からも隔絶され、愛する者に想いを伝えることも許されない。

 ただ強力な呪殺兵器として、孤独に生きて死ぬことだけを運命づけられた血族。

 それが、呪言師という生きた呪いの正体だった。

 

「長らく我々狗巻家では、この悲劇を終わらせるために意図して呪言師としての血を薄め、呪言を絶やすための因習を続けてまいりました。……それでも、呪術の業というものは恐ろしい。神仏の気まぐれのように、忘れた頃にまたあの呪印を持った赤子が産み落とされてしまうのです」

 

 当主の目にも、光るものが浮かんでいた。

 

「我が子の、孫の口元に、あの禍々しい呪印が刻まれているのを見たときの……絶望。愛する我が子から生涯言葉を奪わなければならない親の狂おしいまでの苦しみがお分かりいただけるでしょうか」

「…………」

 

 産まれてくる子を()()という定規のみで図り、家格の道具として扱ってきた禪院の男たちは、当主の痛切な言葉に対して気まずそうに目を逸らすことしかできなかった。

 

「ですが、それも今日で終わる。禪院全様。あなたが我々を救ってくださった。これからは、呪印を持って生まれても絶望しなくていい。あなたの元へ参れば、彼らの呪いを安全な力へと変え、当たり前の人生を与えてやることができる……! これほど嬉しいことはない。我々狗巻一族は、あなたに未来永劫の忠誠を誓いましょう……!」

 

 狗巻家の当主は、涙ながらに全の足元へと深く膝をつき、額を擦りつけるようにして平伏した。

 その後ろでは、呪いから解放された四組の男女が、互いの体温と「愛の言葉」を確かめ合うように、ただひたすらに泣きじゃくりながら抱き合っている。

 

 圧倒的な力への欲望で総監部や御三家を支配した全の『簒奪呪法』は、奇しくも異端の一族から長年の呪いを取り除き、心からの忠誠と感謝を捧げさせるという、まさに救済そのものの奇跡をも引き起こしてしまったのだった。

 

***

 

 

 その後。狗巻家からの使節団は、事前に取り決めていた約束の代金に加えて、さらに代金外の礼金までをドサリと置いて、全に向かって何度も何度も、床にへばりつくようにして頭を下げてから帰っていった。

 彼らを見送った後、面会室にはなんとも言えない、重々しくもあたたかな空気が残されていた。

 

「……はぁ。今日はこの後、加茂家の連中も来てるんだよね?」

 

 全はぐったりと背もたれに寄りかかり、ひどく疲れた様子でぼやいた。

 

「もうなんか、こう……胸焼けしてきたんだけど」

「バカモン。お前が始めた家業だろうが、最後までしっかりやり遂げんか」

 

 これにはたまらず、直毘人もひょうたんを揺らしながら苦笑交じりに窘める。全の言う「胸焼け」とは、おそらくあの感動的なメロドラマにあてられたことへの愚痴なのだろう。

 

 全の布告が出された直後から、加茂家と狗巻家の二家は、それこそ文字通り『最速』で手筈を整え、この記念すべき家業の初日での取引を申し込んできたのだ。

 彼らにはそれだけ、どうしても譲れない、一刻の猶予も置けない執念にも似た思いがあった。商売の初っ端から、そんな特大の熱量を持った客たちを無下に突っぱねるわけにもいかなかったのである。

 

「だいたい、僕の護衛のはずの甚爾さんはどこ行ったのさ。いつの間にかいなくなってるし」

「あやつは犬猫のさかりのような光景を見せつけられて、あくびをして出て行きおったわ。……まあ、今のこの本家で、お前さんに手を出せるような命知らずもおらんじゃろうがな」

 

 実際、全を影から護衛するはずだった最強の懐刀は、「付き合ってらんねえ」とばかりにとっくに面会室から姿を消し、おそらく別の部屋でゴロゴロしているか賭け事でも探しているのだろう。

 加えて、監視半分で同席していた扇などの重鎮たちも――狗巻家の呪いが解けたあたりで気まずくなったのもあるだろうが――「全の領域展開をとりあえず一度見ておく」という当初の目的を果たしたため、すでに自分の仕事や鍛錬へと戻っていってしまっていた。

 

 結果として、現在の面会室に残っているのは、当主の全と、ご意見番として残った直毘人、そして一応当主の父として付き添っている満の三人と、いくつかの事務方だけとなっていた。

 先ほどの涙と抱擁が入り交じる劇的なシーンから一転し、室内には儀式の合間めいた、やや間延びしただらけた空気が漂っている。

 

「……まあいいや。さっさと二件目も終わらせて、呪言の試し撃ちに行こうっと」

 

 全がパンッと軽く両手を叩いて気分を切り替える。

 先ほどまでのぐったりとした様子から一転し、当主としての威厳と商人のような愛想の良さを纏って背筋をシャキッと伸ばした。

 それを合図とするように、面会室の重厚な襖が静かに開かれた。

 付き人の案内に導かれ、部屋へと入室を許されたのは——御三家の一角、加茂家の現当主をはじめとした、数人の幹部術師たちであった。

 

「よくお越しくださったね、加茂家当主殿。我らが禪院家による『新事業』のご利用、大歓迎だよ」

 

 全がにこやかに歓迎の言葉を述べるが、対する加茂家の当主の顔色は決して明るいものではなかった。

 むしろ、御三家としてのプライドを泥で磨り潰されるような底知れない『苦々しさ』と、それでもなお全の抱える宝の山から目を離せないという『強烈な渇望』が入り混じった、ひどく複雑で歪な表情を浮かべている。

 挨拶もそこそこに、加茂家当主は重苦しい声で本題を口にした。

 

「……単刀直入に申し上げよう、禪院当主殿。我々が求めるのは、先日提示されたリストにある()()の術式。ならびに、それ以外にも当方で精査した上でピックアップさせてもらった、身体の血液量をある程度補う効果が見込めるいくつかの術式だ。代金や呪具といった対価は、先にお伝えした通りで相違ない」

 

 やはり、と全は内心で笑った。

 自分の血液を操るがゆえに、常に失血死という致命的なリスクと弾切れの弱点を抱え続ける『赤血操術』。それを持つ加茂家にとって、瞬時に血液を作り出す造血という術式は、文字通り家系の歴史を根本からひっくり返すほどの喉から手が出る代物だ。

 

 注文を一通り言い終えた後、加茂家当主はどこかひどく緊張した、ひりつくような真剣な表情になって全へと問いかけた。

 

「そして……ここからが、我々にとって最も重要な確認事項だ。禪院当主殿。あなたのその術式を他者に移し替えるという規格外の力。……それは果たして、一人の人間に複数の術式を同時に詰め込むことは、可能なのだろうか?」

 

 その問いには、加茂家の術師たち全員の悲願が込められていた。

 造血の術式を手に入れたとて、二人セットで運用となると不便がある。

 彼らが真に望んでいるのは、赤血操術による火力と造血による無限の弾数の二要素を併せ持たせた()()()()()()()を生み出すことなのだから。

 

「可能だとも。——ただし、術式同士の()()もあるけどね」

 

 全のあっさりとした断言に、加茂家の面々が一斉に息を呑んだ。

 

「もちろん、君たちが望む『造血』と『赤血操術』の相性は抜群だろう。赤血操術とはちょっと違うけど、血を操る『血刃』の術式と『造血』の組み合わせなら、すでにうちの『炳』の隊員から進言で実証済みなんだけど」

「なっ、なんだと……!? すでに自家の兵で試したと言うのか!?」

 

 自分たちが一族の存亡と歴史を懸けて懇願しようとしていた事を、まるで新しいおもちゃの遊び方を試すような軽いノリですでに実験済みだと言い放つ全に、加茂家の面々は驚愕と戦慄で血の気を引かせた。

 

「もっとも、彼にはどうにも他にもっと肌に合う術式があったらしくてさ。『やっぱり要りません』ってすぐに僕のところに返却しにきたんだよねえ」

「…………ッ」

 

 あまりのスケールの違いに、加茂家当主はもはや声も出ないようだった。

 御三家の一角がプライドを捨ててでも欲しがる至宝を、禪院のいち隊員が「他のがいいから要らない」と気軽に返品してくるという、狂いすぎた事実。

 もしその隊員がその組みあわせを自身で使うと宣言していたら——彼らの顔色はすっかり青ざめていた。

 

「……本当によかったねえ、君たち。在庫が残っていてさ」

 

 全が悪戯っぽく三日月の笑みを浮かべると、加茂家の面々の中に「これで絶対に一人に造血と赤血を積める」という確信めいた安心感が広がるのを感じた。

 彼らもまた、この青年という名の絶対的な存在の掌の上で、踊らされることを自ら選んだ奴隷に過ぎないのだと、嫌でも自覚させられたのだった。

 

「よし、それじゃあ具体的な割り当てを決めようか。誰に、何を付与する?」

 

 全が手元のリストとペンを構えると、加茂家当主はゴクリと唾を飲み込んでから、慎重に指示を出した。

 

「……まずは私だ。当主である私自身に、『造血』の術式を。そして、後ろに控える数名の赤血操術使いの幹部たちには、『吸血』をはじめとした、血液の補給や循環を助ける三つの術式をそれぞれ一つずつ付与してほしい」

「了解。当主に『造血』、幹部三名にそれぞれ『吸血』等の補助術式を一つずつだね。……うん?」

 

 メモを取りながら、全の視線が、加茂家当主たちのさらに後ろ——部屋の隅で所在なさげに縮こまっている一人の少年へと向けられた。

 彼は加茂家の直系とおぼしき着物を着ているものの、どことなく引け目を感じているような、弱々しい顔つきをしていた。

 

「そこの彼には、何を付けるんだい? 赤血操術の使い手じゃないというか、術式がないね」

「……あ、あれは、私の息子です」

 

 幹部の一人が、苦渋に満ちた顔で進み出た。

 

「あの者は私の血を引きながら……不運にも、術式に恵まれずに生まれてしまいました。どうか、リストにあった『血刃』の術式を、売ってはいただけないでしょうか。そうすれば、息子もなんとか加茂の術師として顔向けができましょう」

 

 加茂家の厳しい血統主義と、その犠牲となった息子への親心。当主や他の幹部の表情を見れば、まあなんともありありとその扱いが窺い知れる。

 以前までの禪院家と同じ、御三家特有の内情が透けて見える依頼内容であった。まあ、どこぞの呪詛師由来の血刃でどこまで扱いが改善するかはわからないが。

 とはいえ、当事者の全からしてみれば「在庫が呪具になるなら何でもいいですよ」程度のものである。

 

「なるほど、血刃ね。あれも使い勝手がいいし、悪くない選択だ。いいよ、一緒にやってあげよう」

 

 全はあっさりと快諾し、ペンを置いた。

 

「それじゃあ、段取りも決まったことだし、さっそく始めようか。——さて、これから領域展開にて一斉に術式の受け渡しを行うので驚かれぬよう。もちろん、危害の意図はありませんとも」

 

 本日二度目となる、商売の決まり文句。

 全が静かに掌印を結んだ直後、加茂家の面々が息を呑む間もなく、世界は黄金と宝石がきらめく荘厳な宝物殿へと塗り替えられた。

 

「——領域展開・玲瓏簒宝閣

 

 広がる領域の中で、全は手慣れた手つきで作業を進めていく。

 指先一つでインベントリから目当ての宝石を呼び出し、加茂家当主の胸元へと『造血』の宝石を滑り込ませる。続いて幹部たちに血液系の補助術式を、最後に隅で震えていた少年の胸へと『血刃』の術式をぽいっと投げ渡した。

 

「はい、おしまい」

 

 あまりにも手早く、あまりにもあっさりとした術式の付与。

 当主たちが自身の体に漲り始めた「新たな生得術式の脈動」に驚き、戦慄している間に、全はパチンと指を鳴らした。

 パキン、と領域が砕け散る。使い手も限られた呪術の奥義たる領域展開を一切の疲労も見せずに、全はあっさりと閉じてみせた。

 

 

***

 

「……す、凄まじい……。呪術の到達点を、ああも事も無げに扱うとは……!」

 

 無事に術式を受け取った加茂家当主たちの顔には、狂喜と同時に、底知れぬ怪物への深い畏怖が刻み込まれていた。

 それでも、己の体内に確かに宿った「新たな血の胎動」を前にして、彼らの高揚感は抑えきれないところまで来ているらしかった。

 

「ぜ、禪院当主殿! 大変不躾なお願いではあるのだが……この場ですぐに、新しく得た術式の『試し撃ち』をさせていただいてもよろしいだろうか!?」

「あー、うん。いいけど、流石にこの面会室でやられるのは困るからね。場所を移そうか」

 

 比喩ではなく血気盛んに息巻く彼らの要望に従い、全は彼らを広大な鍛錬場の一角へと案内し、そこを貸し出すことにした。

 安全な結界が張られた修練用の場所に出るなり、加茂家当主は己の血液パックを取り出し、まるで取り憑かれたような表情で藁人形の的の前に立った。

 

「ふむ……ゆくぞ。赤血操術——赤縛(せきばく)!」

 

 放たれた血液が網状に展開し、藁人形を縛り上げる。

 通常であれば、この時点でそこそこの血液を消費しているはずだが、当主は己の体に宿った『造血』の術式を同時並行で発動させていた。

 失われた血が、呪力により瞬時に体内へ生成されていく。

 

「おお……おおおっ!! すごいぞ、血が、血が全く減らん!!」

 

 加茂家当主は目を剥いて歓喜の声を上げ、さらに連続して術式を放ち始めた。

 

「次だッ! 『苅祓(かりばらい)』! さらに『血星磊(けっせいせき)』!!」

 

 鋭い血の刃が宙を舞い、凝固した血のつぶてが散弾のように藁人形を粉砕していく。

 自身の体から致死量に近い血液を立て続けに放出しながらも、当主の顔色は赤みを帯びたまま、すこぶる良い血色を保っていた。

 これこそが、「失血死」という赤血操術の最大の呪縛から解き放たれた証であった。

 

「はははっ、素晴らしい! これなら、これならば出し惜しみなど一切必要ない! 見ろ、加茂の誇る奥義を、何度でも気兼ねなく放てるのだ!!」

 

 当主は狂喜しながら、両手で巨大な血の塊を圧縮し始めた。

 それは、赤血操術における一撃必殺の絶対的奥義。

 

「『百斂(びゃくれん)』――『穿血(せんけつ)』ッ!!」

 

 超音速で撃ち出された血液の奔流が、轟音と共に鍛錬場の的を一撃で跡形もなく消し飛ばす。

 奥義を撃ち放った直後だというのに、当主は貧血で倒れるどころか、喜びのあまり狂喜乱舞していた。

 

「最高だ……! これで我々加茂家は、名実ともに最強の術師の一族へと至ったのだ!! 穿血!! 穿血!!! 穿血!!!!

 

 当主に釣られるように、他の幹部たちも次々と自身の新しい術式を試し始めた。

 彼らは互いに『吸血』などの術式を用いて血液を融通し合い、無限の弾薬庫を手に入れたかのようにはしゃぎ回りながら、次々と赤血操術を撃ち放ち、その圧倒的な継戦能力に喜びを爆発させていた。

 隅の方では、術式を与えられた息子もぎこちなく『血刃』の太刀筋を振るい、父親である幹部が涙を流して喜んでいる。

 

 ——その結果として。

 当然の話ではあるのだが、彼らが狂喜乱舞した鍛錬場の一角は、まるで凄惨な猟奇大量殺人事件でも起きたかのように、一面がべっとりと赤黒い『血みどろ』状態と化していた。

 

「…………なにあれ、きたなっ

「あ、あれ誰が掃除するんスか……?」

「冗談じゃないわよ、あのクソ野郎ども。自分のところの鍛錬場じゃないからって、好き勝手やりやがって……」

 

 少し離れた場所で真面目に鍛錬をしていた炳の隊員たちや、灯見習いとなったばかりの数少ない禪院家の女性術師たちからは、ドン引きしたような冷ややかな視線が向けられている。

 そして、建物の陰からは、後でこのおぞましい血の海を掃除させられるであろう女中たちが、殺意すら込められた怨念の眼差しで加茂家の面々に向けて非難の視線を飛ばしていたのだった。

 

「あらら。加茂家殿、試し撃ちは結構だけど、清掃代として特別料金を割増で乗せとくからねぇ」

 

 全は困ったように肩をすくめながら、「術師の欲望ってやつはホント、際限がないなぁ」と、嬉しそうに呟くのだった。

 

***

 

 狗巻家と加茂家という大口の取引相手を捌いた、波乱万丈なてんやわんやの開業初日から、一週間が経過した。

 その間にも、様々な呪術一族の代表者や、噂を聞きつけたフリーの個人術師、果ては高専関係者までもが全の元を訪れ、凄まじい勢いで術式の売買と入れ替えが実行されていった。

 

 そして——彼らへの応対が一段落し、あえて焦らすように数日の間を置いたのちに、ようやく、呪術界の実質的なトップである『総監部』の老人たちからの面談申し入れが、全によって受理されたのであった。

 

「いやあ、長らくお待たせしちゃってごめんねえ。他のお客さんたちの相手が忙しくてさ」

 

 もちろん、一週間も待たせたのは、全なりのささやかな意趣返しである。

 彼らは先日、禪院家からの『祝辞への返答』を受け取った後、文字通り狂ったように呪詛師狩りを始めていた。

 手飼いの呪術師を総動員して全国の呪詛師を狩り集めさせ、さらにはこれまで裏で繋がりがあったものの「こいつ、別にいらないよね」という程度の呪詛師に対しては偽の呼び出しをかけ、「偶然呪術師に捕らえられたという体」で確保するという、なりふり構わぬ手口まで使って最高級の『生贄』を用意していたのである。

 にもかかわらず、いつまで経っても禪院側から面談日の調整がつかず、老人たちは「もしや、最初から我々に寿命を渡す気などないのでは……!?」と、この数日間、生きた心地がしないほどに危惧し始めていたところだった。

 

「……いえ。禪院当主殿におかれましては、新事業の立ち上げで多忙を極めていることと存じておりましたゆえ。我々としては、こうしてお時間を頂けただけでも、重畳の極みにございます」

 

 そう言って冷や汗を拭いながら頭を下げる総監部の使者の前には、異様な威圧感を放つ巨大な壁が立ち塞がっていた。

 面談室には、宝座に座る全と、その傍らで木刀を弄んで欠伸をしている甚爾はもちろんのこと。

 直毘人、扇、全の父である満、さらには禪院甚壱や、かつては全を排斥しようとしていた保守派の長老衆に至るまで、現在の禪院家の中核を成す錚々たる顔ぶれが、ズラリと圧をかけるように集結して睨みつけていたのだ。

 

「……チッ。どの面下げて本家に足を踏み入れたのやら」

「我々の当主になめた真似をしてくれた落とし前、つくのだろうな?」

 

 扇や甚壱たちが、これ見よがしに舌打ちと殺気を放つ。

 いくら個人的には全のことを「気に食わない簒奪者」として煙たがっていようとも、現在の彼が禪院家第二十六代当主であるという事実は揺るがない。

 つまり、総監部が禁足地に暗殺部隊を差し向けたことは、全個人ではなく()()()()()()()()()()()()()()に喧嘩を売ったということに他ならないのだ。

 

 いくら呪術界のトップである総監部とて、禪院家という巨大な武力組織は正面切って気軽に喧嘩をしていい相手ではない。

 本来であれば、宣戦布告と受け取られて全面戦争に発展してもおかしくない大不祥事にもかかわらず、こうして彼らが面談を許され、命を繋ぐことができているのは、ひとえに全にとってあの『贈り物』の暗殺部隊が、まったく問題なく処理できる程度の玩具であり——実際、烏丸の啜命術式をはじめとした有益な戦果をもたらしてくれたからに過ぎない。

 

「まあまあ、直毘人のおじちゃんたちもそう睨みつけないでよ。彼らはわざわざ、僕への()()()を持ってきてくれた大事なお客様なんだからさ」

 

 殺気に縮み上がる総監部の使者たちを見下ろしながら、全はにいっと口を裂き、何よりも残忍で楽しげな笑みを浮かべた。

 さて、彼らは自らの延命のために、どんな極上の生け贄を僕の足元に捧げてくれるのだろうか。

 

「……さあ、彼らをつれて来い」

 

 使合の老人が合図を送ると、後方に控えていた数名の呪術師たちが、重々しい鎖と呪符で厳重に縛り上げられた一団を面会室へと引きずり込んできた。

 総監部が己の寿命を繋ぐため、なりふり構わず全国からかき集め、生け捕りにしてきた「呪詛師」たちである。

 

「なるほど、なかなかの大漁だね」

 

 全の視線が、猿轡を噛まされ、膝をつかされている呪詛師たちを値踏みするように舐め回す。

 『小粒』から『大物』まで合わせて、軽く七名ほどの呪詛師が捕らえられていた。

 その中でもひと際目を引いたのは、呪術界の裏社会で名を馳せる二名の「目玉商品」とも言うべき大物たちだった。

 

 一人目は、白目をむき出しにして奇声を上げながらドタバタと暴れている、ボロボロの作業着姿の若い男。人体などを加工して呪具を作り出す狂気の職人、組屋鞣造(くみやじゅうぞう)

 二人目はダルマのようにがっちりとした男。あらゆる攻撃の強弱を反転させる『あべこべ』の術式を持つ粟坂二良(あわさかじろう)である。

 

 彼らは皆、強力で厄介な術式を持ちながらも、これまで呪術界の暗部で狡猾に立ち回り、時には総監部側の人間とも裏で取引をして生き延びてきた裏社会のベテランたちだ。

 しかし今回、彼らはその「裏のツテ」を逆に利用される形で生け捕りにされている。

 

「だーかーら! 『極上の呪具の素材が手に入ったからお前を指名したい』って呼び出したのはアンタらだろうが! ふざけんなよ!!」

「クソッ、裏切りやがったな、総監部の爺さんたちよォ……! 呪殺の偽依頼で俺をおびき出して、騙し討ちで捕まえるなんて、権力者の風上にも置けねえぜッ!!」

 

 猿轡をずらされた組屋と粟坂が、総監部の使者たちに向かって恨み言と汚い罵声を浴びせる。

 彼らは総監部の「偽の依頼」によって呼び出されたところを、待ち伏せしていた一級呪術師の部隊にだまし討ちのような形で一斉に確保されたのだ。

 これまで彼らを重宝し、あるいは見逃してきたはずの「顧客」たちからの、あまりにも理不尽で一方的な裏切り。

 

 まさしく、呪詛師たちにとって()()()()()()()()()()()が訪れていた。

 かつて、「五条悟」という規格外の存在が爆誕したことで、呪術界のバランスが崩れ、呪詛師たちの活動の幅が極端に狭められた時代があった。

 しかし、あの時はまだ「見つからなければいい」「逃げ隠れしていればいい」という、明確な対策法が存在していた。五条悟は一人しかいないし、彼は世界中の全ての呪詛師を能動的に狩り尽くすほど暇ではなかったからだ。

 

 しかし、今は次元が違う。

 禪院全の啜命呪法を用いた寿命の再分配という圧倒的な利権。

 これに目の色を変えた、総監部という()()()()()()()()()()()()が、己の延命欲求に従って、能動的に裏社会の呪詛師たちを一人残らず狩り尽くそうと動き始めたのだ。

 

 今までなら裏金や取引で見逃してくれていた腐敗した老人たちが、今は「お前たちを生け捕りにして禪院家に献上すれば、自分の寿命が返ってくる」という明確な動機のもと、狂犬のように牙を剥いて襲いかかってくる。

 五条悟爆誕の比ではない。呪詛師にとって、息を潜めて生きることすら許されない、真なる「暗黒時代」の幕開けであった。

 

 

***

 

「うんうん。いいよ、なかなか素晴らしい品揃えだ。特にそこの粟坂や組屋なんかは、僕のコレクションとしても申し分ない一級品(アタリ)だね」

 

 恨み言を喚く呪詛師たちを気にも留めず、全は目玉商品の二人を見て満足げにウンウンと頷いた。

 彼らから巻き上げる強烈な呪術や知識は、間違いなく全の手駒の質を底上げしてくれるだろう。何よりも特筆すべきは、強力な呪詛師であればあるほど、その生命力――すなわち「啜り上げられる寿命」もまた芳醇であるということだ。

 

「よろしい。大物二人に加えて、その他五名。しめて七人分だね……。よし、君たちの尽力に免じて、今回の寿命の買取額は『百三十年』……いや、おまけしてキリよく『百五十年分』で取引してあげよう」

「ひ、百五十年も……ッ!! おおお……!!」

 

 全が上機嫌にそう言い渡すと、ただの交渉役として矢面に立たされていた総監部の使者は、その破格の数字にドッと安堵の息を吐き出し、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 これで、背後から急かしてくる老人たちに首を物理的に刎ねられずに済んだのだから、無理もない。

 

「じゃあ、本命を呼んでおいでよ。寿命の付与対象である、外の車で待機してる爺さんたちをさ」

 

 全の言葉を受け、使者が後方へと慌てて合図を送る。

 すると、数分後。本邸の外に停められた厳重な護送車の中で待機していたのであろう、数人の老人たちが、杖をつきながらえっちらおっちらと慌ただしく面会室へと歩み入ってきた。

 彼らこそが、呪術界を牛耳る総監部の上層部——老いと死の恐怖に急き立てられ、プライドも何もかもをかなぐり捨てて「寿命」にすがりつきにきた権力者たちである。

 

「おお、禪院当主殿! 我が総監部からの『誠意』、しかとお受け取りいただけたようで……!」

「ええ、充分すぎるほどにね。じゃあ、さっそく精算と行こうか」

 

 しわくちゃの顔を醜く歪ませて媚びへつらう老人たちを、全は見下すような楽しげな笑みで迎え入れた。

 

「これから取引を行うにあたって、僕の能力の仕様は事前に伝えてある通りだけど……『領域展開』を使うことは知っているね?」

「は、はい! 存じておりますとも! どうか、どうか我々に、その素晴らしい奇跡のお裾分けを……!」

 

 老人たちは、全の「領域展開」という恐ろしい単語に対しても一切の警戒を見せず、ただひたすらに涎を垂らす勢いで頭を垂れ、「生」を乞うていた。

 

 その光景を周囲から見下ろしていた禪院家の重鎮たちは、老人たちのあまりにも見苦しい姿に、心底からの嫌悪と冷蔑の眼差しを向けていた。

 特に、武闘派にして誇り高い直毘人や扇たちからすれば、その醜悪さは「反吐が出る」の一言に尽きた。

 

(……この老いぼれどもめ。自分たちの地位に胡座をかき、若き当主の命を狙っておきながら、己の寿命のためならこうもあっさりと犬のように這いつくばるか)

(醜悪の極みだな……。呪術界の頂点が、これほどまでに浅ましく腐りきっていたとは)

 

 禪院家の人間も大概だが、それ以上に総監部の老人たちの「生への執着」は度を越していた。

 彼らはもう、呪術界の未来や人間としての尊厳などどうでもいいのだ。ただ、一日でも長く生き延びて、甘い汁を啜り続けたい。その強欲さだけが、辛うじて彼らを動かしている。

 

「フン……。どいつもこいつも、権力に縋り付いて死に損なったミイラのようじゃな」

 

 直毘人が、小声で吐き捨てるように呟く。扇や満、甚壱も同意するように苦々しい顔つきを隠そうともしない。

 しかし、そんな禪院家一同の冷ややかな空気の中にあって、全だけはまるで餌を待つ犬に芸を仕込むかのように、どこまでも楽しそうに彼らを見つめていた。

 

「それじゃあ、七人まとめて処理しちゃおうか。領域の展開中、ちょっとした目眩や痛みがあるかもしれないけど……まあ、寿命が延びる対価だと思って我慢してよね」

 

 全が無慈悲な予告と共に、静かに掌印を結ぶ。

 呪詛師たちの絶望の叫びと、権力者たちの滑稽な歓喜の声が入り混じる中。圧倒的で理不尽な「神の奇跡」が、その荘厳な姿を現した。

 

領域展開――玲瓏簒宝閣・啜命(せつめい)

 

 全の言葉と共に、黒々とした呪力が爆発的に膨れ上がり、面会室という空間そのものを一瞬にして飲み込んだ。

 現出したのは、黄金と宝石がきらめく荘厳にして果てしない宝物殿。

 総監部の使者と老人たち、そして周囲で圧をかけていた直毘人たち禪院家の一同までもが、その絶対的な領域の内にすっぽりと包み込まれる。

 

 既に何度かこの光景を目にしている直毘人や扇たち禪院家の者たちは、顔色一つ変えずに泰然と構えていたが、初めて強大な領域展開を生で浴びた呪詛師連中や総監部の老人たちは違った。

 彼らはそのあまりにも神々しく、重圧に満ちた規格外の空間に圧倒され、ガクガクと膝を震わせてへたり込んでしまった。

 

「ひっ……! おお、おおお……!!」

「あはは、そんなに怯えないでよ。僕はお前たちみたいに、騙し討ちで背中から刺すような真似はしないから安心してね」

 

 彼らが呪詛師をだまし討ちで捕らえてきた下劣な手口をチクリと皮肉りながら、全は宝座へと腰を下ろす。

 そして、領域内で完全に動きを封じられた七人の呪詛師たちを見下ろし、指先を軽く振るった。

 

「それじゃあ、まずは『回収』からだ」

 

 悲鳴すら上げられない呪詛師たちの胸元から、ふわりと光の塊が抜け出していく。それは彼らの生得術式であり、同時に彼らの生命力――寿()()()()()()であった。

 色とりどりの術式の宝石たちをインベントリへと収納したのち、全の手元には、彼らから啜り上げた中から取り分けた「合計百五十年分」もの莫大な生命の光が一つの巨大な球体となって集まっていた。

 それは、見ているだけで力が湧き上がってくるような、不吉でありながらもひどく甘美な「生」の結晶体である。

 

「よしよし。じゃあ、これを綺麗に等分して……。はい、プレゼント」

 

 全がぽいっと無造作に放り投げた数個の小さな光の球は、吸い寄せられるようにして総監部の老人たちの胸の中へと溶けていった。

 瞬間。老人たちの身体を、バチバチッという音を立てて激しい生命力の脈動が駆け巡った。

 

「あ、ああ、ああああ……ッ!?」

 

 白髪の抜け落ちた頭皮がうっすらと黒色を取り戻し、枯れ木のように痩せさらばえていた四肢の筋肉が微かに膨れ上がる。死の淵を歩いていた彼らの身体機能が、僅かだが確実に、そして明確に「若返った」。

 これまでの烏丸の渡す少量ずつの寿命ではあり得なかったほどの強烈すぎるほどの命の供給は、老いによる衰えを改善したのだ。

 彼らは自身の身体に起こった圧倒的な全能感と快楽に打ち震え、文字通り全の足元に平伏し、涙と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら床に額をこすりつけた。

 

「おお……おおおお……! 力が、命が漲ってくる……!!」

「感謝します……! ああ、すばらしい……!!」

 

 もはやそこに、呪術界を牛耳るトップとしての威厳やプライドなど微塵も残っていなかった。

 ただひたすらに生を渇望し、命を恵んでくれる絶対的な神へと盲従するだけの、みすぼらしくも幸福な奴隷の姿。

 直毘人や扇たちは、そのあまりにも醜悪な光景に溜め息をつきながら、同時に確信していた。

 ――これで、呪術界のあらゆる権力は、名実ともに完全に禪院全の掌中に収まったのだ、と。

 総監部はこれから先、己の寿命を注ぎ足してもらうためだけに、全の機嫌を取り、全のために働き、全の望む生け贄を必死で全国からかき集め続ける永久の飼い犬となる。

 

「はい、おしまい。お疲れ様」

 

 全がパチンと指を鳴らすと、ガラスが砕けるような音と共に黄金の領域が消え去り、元の面会室へと引き戻された。

 

 床には、生命力をごっそりと奪われ、急激に老け込んで息も絶え絶えになっている呪詛師たちが転がっている。

 そしてその横では、若返った肉体を抱きしめながら恍惚とした笑みを浮かべて這いつくばる、呪術界の最高権力者たち。

 その歪で地獄のようなコントラストを特等席から見下ろしながら、若き当主はけらけらと無邪気に笑っていた。

 

 御三家も、総監部も。そして裏社会の呪詛師たちすらも。

 今や日本の呪術に関わるすべての連中が、全の『おもちゃ箱』を満たすための血肉と歯車に過ぎなくなっていた。

 

 ここに、禪院全によるかつての宣言「全ては僕の為に」の盤面が、完全なる完成を見たのである。




領域展開大盤振る舞いの巻

■狗巻家
「相伝である呪言を絶やそうとしている」という情報をこねくり回した結果こんな感じになった。いずれ産まれるおにぎり先輩はおにぎり先輩じゃなくなる。

■加茂家
他人の家を血みどろにしながらはしゃぐ迷惑なおっさん集団。
しかも当主が造血してるのを吸血したりなんだりで共有している。絵面キッショ!
当主は造血を得て脹相お兄ちゃんにだいぶ追いつくくらいの術式スペックになったはず……ここに術式:毒血とか頑張って搭載すればもっと近づくはず。

■禪院全
書いているうちに「こいつ案外丸いな……」って思う事が多々あった。
おそらくオールフォーワンモチーフの割にめっちゃ善人じゃね? と思われているだろう、感想でもそう感じる人が多くいるのがわかる。
実際、初期設定というか、書き始める前の想定ではもっと悪辣だった。
しかし本編は独善的ではあれど、いうほど邪悪さは感じられない。
おそらくは、彼の育ちに原因がある。
禪院家の環境で善人寄りに!? って思うかもしれないが、彼のオリジンを思い返してほしい。
父の「当主になれ」という野望ではなく、自身の欲望で歩み始めたきっかけを。
そう、躯倶留隊の中で選りすぐりの面々に、術式を与え、感謝され、絶対的な忠誠を得たあの出来事です。
これこそが彼のオリジン。こんな感じなのに、施しして感謝されることで気持ちよくなる生き物なのです、彼は。
踏み躙る恐怖より、感謝と忠誠で支配するのが性癖と言える。
領域展開の掌印も直感で決めたものの、結果的に「独善的な救済者」としてかなり合致しているんじゃないかな? と思っています。
案外、胡散臭い笑顔なだけの善人かもしれない……なお、六眼入手スイッチ。

次回で一旦一区切りとなります。
感想が多すぎて嬉しい悲鳴を上げております。既に一通り目は通しているんですが私は全部返す主義なので、時間がある時に返信していきます、ので、どんどんください!! 感想大好き!!!
今まで投稿してきたやつだと一話最大でも20件前後だったのでなんか嬉しすぎて目が回っています。
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