禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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なんやこいつ……。なんや、こいつ……!!



07.禪院家次世代狂騒曲

 一九九五年。

 当時の禪院家は直毘人の実の兄である第二十五代当主が健在であり、古き良き御三家の因習と血統主義がもっとも色濃く、何の疑いもなく機能していた時代であった。

 そして、その因習の最たる結晶として、周囲の大人たちから蝶よ花よと持て囃され、己の万能感を極限まで肥大化させていた一人の幼い少年がいた。

 

「俺は天才なんやって! 皆言っとる、伯父さんや父ちゃんの代の次は、俺が当主やって!」

 

 ——禪院直哉である。

 次期当主の筆頭候補である特別一級術師・禪院直毘人を父に持ち、幼いながらも禪院家相伝の『投射呪法』を受け継いだ直哉は、一族の誰もが認める「次代の希望」であった。

 歩けば誰もが傅き、何をしても褒めそやされる。

 そんな環境で育った直哉にとって、この世界は自分を中心に回っており、自分以外の人間はすべて自分より下の有象無象でしかなかった。

 

 当時の彼にとって身近で脅威となり得る大人といえば、当主である伯父や父の直毘人、そして扇や甚壱といった一部の特別一級呪術師の面々くらいのものだった。

 のちに一族の全てを支配し呪術界をひれ伏させる「禪院全」という男すらも、当時の直哉からすれば『(へい)』に所属している一隊員――父たちに次ぐ腕前を持つ大人の一人、程度の認識しか持っていなかった。

 全自身も当時はまだ露骨に牙を剥かず、大人しく「ゴミ拾い」を続けていた時期である。直哉の印象に強く残るような目立った存在ではなかったのだ。

 

 だからこそ、無知な天才は無邪気に、そして残酷に笑ってみせた。

 

「なぁなぁ、聞いたで。禪院家には()()()()()がおるんやってな!」

 

 取り巻きの大人たちに、面白半分で尋ねる直哉。

 

「男のくせに呪力が1ミリもないとか、ほんまにおるん? 術式もない、呪力もないなんて、どないなショボくれた惨めな顔しとんのやろ! ちょっと見に行ったろ!」

 

 直哉の言う『落ちこぼれ』――それは当然、呪力を完全に持たない『天与呪縛』のフィジカルギフテッド、禪院甚爾のことである。

 一族の面汚し、顧みられぬ透明人間、呪術師ですらない猿。

 大人たちが吐き捨てるように嘲笑するそれらの言葉を聞いて、直哉の頭の中に思い描かれていたのは、一族の隅で怯え、惨めに蹲り、誰の目にも留められないような「弱者」の姿でしかなかった。

 

 しかし。

 暇つぶしと優越感に浸るために、意気揚々とその「落ちこぼれ」の姿を探しに行った直哉は。

 屋敷の縁側の向こう、回廊をこちらへ向かって歩いてくる『それ』を見た瞬間――全身を雷で打たれたように硬直した。

 

「――――」

 

 言葉が出なかった。

 呼吸の仕方すら忘れた。

 

 すり足で、音もなく回廊を歩んでくる男――禪院甚爾は、直哉が想像していたような「ショボくれた惨めな顔」など、少しもしていなかった。

 呪力すらまったくない男が、ただ黒い着流しを羽織って気怠げに歩いているだけだというのに。

 

 圧倒的な質量を持った()()

 鍛え抜かれた鋼鉄のような肉体と、肉食獣のようにしなやかで獰猛なまでの『純粋な強さ』が、男の全身から溢れ出しているのを、幼い直哉でさえ本能のレベルで理解させられてしまった。

 呪力だの術式だのといった、人間が後から作った矮小なモノサシでは到底測りきれない、圧倒的で絶対的な()()()()()()()()

 それを前にした直哉は、自分がどれほどちっぽけな存在であるかを、魂の底から思い知らされたのだ。

 

「……あ、あ……」

 

 嘲笑するつもりでやって来たはずの直哉の足は、一歩も前に進まなかった。

 ただ呆然と、棒立ちになりながら、横を通り過ぎる男の顔を見上げる事しかできなかった。

 

 甚爾は視界の端に映ったであろう直哉を一瞥すらせず、完全に『存在しないもの』として無視し、悠々と回廊を通り過ぎていった。

 その巨大な背中を、直哉はいつまでも、いつまでも、ただただ見送る事しかできなかった。

 その光景は幼い天才の脳裏に彼自身の肥大化した自尊心ごと粉々に打ち砕く、絶対の強者の姿として生涯消えることのない鮮烈な傷跡と憧憬を深く刻み込んだのであった。

 

 

***

 

 それから、二年経った一九九七年。

 禪院家に激震が走った。直哉の伯父である第二十五代当主が特級呪霊討伐の任務において相打ちとなり、急逝したのである。

 

 悲しみや混乱よりも先に、歴史ある武闘派一族が直面したのは「次の座を誰が座るか」という権力闘争であった。

 一族の重鎮たちが大広間に集まり、次期当主を決めるための厳粛な会議が行われている最中。

 すでに七歳となっていた直哉は、大広間の外の縁側に腰掛け、退屈そうに胡坐をかいて待っていた。

 

(遅いなぁ……。ぱっぱと父ちゃんを当主に決めたらええのに)

 

 直哉にとって、この会議の結果は火を見るよりも明らかだった。

 実績と実力、そして一族内での求心力を考えれば、次期当主は自分の父である特別一級術師・禪院直毘人をおいて他にあり得ない。

 それが当然の帰結であると、直哉は微塵も疑っていなかった。

 

(まあ、叔父()さんあたりが「自分こそが相応しい!」とか見苦しくしゃしゃり出てきて、一笑に付されとるんやろな。で、お決まりの果たし合いゴッコで父ちゃんにコテンパンに伸されるんや。無駄な時間やで、ほんま)

 

 当主選定において投票結果に不満がある場合、最終的には武力によって決着をつけるのが禪院家の流儀だ。

 扇が直毘人に勝てるわけがない。そんなどうでもいい茶番のせいで自分が待たされているのだと思うと、直哉は不満げに唇を尖らせた。

 

 やがて、重々しい音を立てて大広間の襖が開かれた。

 

「おっ、やっと終わったんか」

 

 直哉が顔を上げると、そこには予想通り、威風堂々たる足取りで顔を出した父・直毘人の姿があった。

 その後ろからはどこかピリついた、しかして押し殺したような熱気と緊張感を漂わせた重鎮たちがぞろぞろと続いて出てくる。

 これから「当主の座を懸けた果たし合い」を行うために稽古場へ移動していることは明らかだった。

 

 直哉は得意げに立ち上がり、父の隣を歩いているであろう「無謀な挑戦者」の顔を嘲笑ってやろうと視線を向けた。

 ――しかし。

 

「……は?」

 

 直哉の喉から、間の抜けた声が漏れた。

 直毘人の隣を悠然と歩き、並び立つようにして稽古場へと向かっていたのは扇ではなかった。

 甚壱でもなければ、他の重鎮でもない。

 

 それは炳の筆頭隊員の一人ではあるものの、年齢も若く、父親の格から言っても「当主候補」などに上がるはずもない青年。

 

 ――のちに第二十六代当主となる男、禪院全であった。

 

 

 

 稽古場の隅。適当に捕まえた一族の男に肩車させて「果たし合い」を見下ろしていた直哉は、眼下に繰り広げられる絶望的な光景を、信じられないものを見るような目で凝視していた。

 

 大広間から稽古場へと向かう道すがら、直哉は興奮と畏れに顔を歪めた大人たちの囁き合いを耳にしていた。

『聞いたか、あの術式を』『馬鹿な、他者の術式を奪い、行使するなど……「簒奪呪法」だと? そんなものがあるはずがない』『冗談ではない、複数の術式を同時に宿すなど、脳が焼き切れるはずだ』『だが奴は現に呪霊操術を……それに、元躯倶留隊の遅咲きどもの説明も——』

 つい今しがた次期当主を決める会議の場で開示され、目の当たりにしたばかりの信じがたい事実に、百戦錬磨の術師たちが子供のように震え上がっていたのだ。

 直哉には最初、大人たちの言っている意味が分からなかった。他者の術式を奪う? 複数操る? そんなこと、一度も習っていない。聞いたことがない。

 

 だが、眼下で始まった「次期当主決定戦」は、直哉の――そして禪院家すべての常識を、物理的に粉砕したのだ。

 

「『瞬発』+『身体自在』+『メトロノーム』……之即ち――嵌合術・黒点調律

 

 全という男が、何かをぶつぶつと唱えた次の瞬間だった。

 一族最速であるはずの父・直毘人の姿が、全の理不尽なまでの加速によって完全に置き去りにされた。

 そして、空間そのものを歪ませるかのような禍々しい呪力の球体が、全の拳に宿る。

 直後、真昼の太陽のような『黒い火花』が弾け飛び、衝撃波が稽古場全体を激しく揺り動かした。

 

 ――黒閃。

 

「な……なんや、あれ……どうなっとるんや……!?」

 

 どんな天才であっても意図して放つことは不可能と言われる奇跡の打撃を、あの男は複数の術式を束ねることで、まるで当然の権利のように『意図的に』放ってみせたのだ。

 

嵌合術・穿空剛鞭

 

 休む間もなく、全の指先から極限まで圧縮された空気の弾丸が音速を超えて撃ち出された。

 空気を裂き、稽古場の頑強な壁を容易く粉砕するほどの理不尽な破壊力。

 父の反撃たる神速の拳も、全の身体を覆う不可視の膜によって無効化され、あろうことか『そのままの威力で反射』され、父自身を襲う。

 

「ああ……あ……!」

 

 直哉は、自分の歯の根がガチガチと鳴っていることに気づかなかった。

 ——あの無敵で、最強で、絶対に次の当主になるはずの父ちゃんが、手も足も出ない。

 投射呪法という至高の術式すらも、あの男の「複数の術式をごちゃ混ぜにする」というデタラメな手法の前に、完全に封殺されている。

 

 極めつけは、全の背後にぬらりと現れた、三体もの異形の影だった。

 特級仮想怨霊。禪院家の精鋭であっても手こずるほどのバケモノを、あの男はまるで手足のように使役し、従えていたのだ。

 

 直哉の目の前で彼にとって最強の術師であった父・直毘人は膝をつき、術式を奪われることで敗北を喫した。

 

(なんやこいつ……。なんや、こいつ……!!

 

 天才と持て囃され、投射呪法という最強の術式を持って生まれ、次期当主になることが約束されていたはずの直哉の価値観が、音を立てて崩れ去っていく。

 かつて、一族の敷地の隅で見送ったあの『天与の暴君』の横顔と同じ――いや、それ以上に強烈な、圧倒的で理不尽な暴の化身。

 呪力が無い絶対強者と、呪力の頂点とも言うべき異端の絶対強者。

 直哉の幼き魂に二度目の、そして決定的な()()()()()()()が深々と突き刺さり、完全に焼き付けられた瞬間であった。

 

 

***

 

 

 新当主・禪院全の誕生。

 それからの日々は、禪院家にとって――そして幼き直哉にとっても、なんとも騒がしく、慌ただしく、そしてどこまでも刺激的なものであった。

 

 全が行ったのは、禪院家の完全なる「再構築」である。

 彼は就任直後から一族の全員――それこそ、術式を持たない『躯倶留隊(くくるたい)』の末端や、日陰者である女中に至るまで、すべての者の呪力量や身体能力、そして「適性」を片っ端から調べ上げた。

 そしてその適性に合わせて『簒奪呪法』によって術式を奪い、あるいは与えていったのだ。

 

 結果として、一族内のヒエラルキーは劇的に、かつ徹底的な実力主義へと塗り替えられた。

 これまで『炳』に所属してふんぞり返っていた者たちの中には、「生得術式に甘え、呪力操作の鍛錬を怠っている」という理由だけで自慢の術式を没収され、代わりに単純で操作難易度の低い術式を押し付けられて『灯』へと転落した者が続出した。

 逆に、生得術式こそ持たなかったものの、日々の努力と卓越した呪力操作の技術を全に褒められ、強力な術式を与えられて躯倶留隊から一気に炳へとのし上がった者もいる。

 驚くべきことに、女中の中にすら「いい気性をしている」と戦闘向けの術式を与えられ、灯の見習いとして剣を握ることを許された者まで居た。

 

 血筋や性別など一切関係ない。純粋な「実力」と「適性」、そして「強くなるための絶え間ない努力」だけが評価される完全なる実力至上主義。

 それが、全の創り上げた新たな禪院家の姿だった。

 

 ――そして、その劇的な再構築の嵐の中において、『術式を入れ替えられなかった者』たちがいる。

 それは直哉の父である直毘人を筆頭とした特別一級術師や、『炳』の最上位層の面々である。

 

『君たちは、長年己の術式を極限まで磨き上げ、誰よりもそれに馴染んでいる。下手に別の術式を与えるより、そのまま練度を高め続けた方が余程強いだろうね』

 

 全はそう言って、彼らが()()()()()()()()()()を持ち続けることを許したのだ。

 それは即ち、新当主から「お前たちのこれまでの鍛錬と、術式の練度は間違っていない」と、明確な実力者としての太鼓判を押されたことに他ならない。

 

 ――直哉もまた、まだ幼く発展途上でありながらも、その「生得術式を許された一人」であった。

 

『直毘人のおじちゃんの投射呪法を受け継いでるんだろ? 将来有望だね。その術式、誰にも奪われないくらいに、最高に速く、強く磨き上げてごらんよ』

 

 あの理不尽の化身たる全から直接かけられたその言葉は、直哉の肥大した自尊心をさらに満たし、これ以上ないほどの()()へと繋がった。

 

 「俺はやっぱり天才なんや。あの当主サマも俺の実力を認めとるんや!」と。

 その確信は直哉を一層強さへとのめり込ませ、これまで以上に狂ったような熱量で鍛錬に打ち込むきっかけとなった。

 

 稽古場には時折、当主となった全と、彼から直々に「僕の側近としてこれ以上の適任はいない」と指名され、堂々と表舞台へ引き上げられたあの『天与の暴君』――禪院甚爾が組手を披露する姿があった。

 呪力の頂点と、肉体の頂点。

 常人には目で追うことすら不可能な、世界最高峰の暴力のぶつかり合い。

 

(……すげえ。ほんまに、すげえ)

 

 直哉は、汗にまみれた木刀を握り締めながら、大広間の縁側からその二人の姿を熱に浮かされたような瞳で見つめていた。

 いつか、必ず。俺もあっち側へ――あの『絶対強者』たちの領域へと辿り着くのだと、胸の奥底で燃え盛るような闘志をみなぎらせて。

 

 

***

 

 

 時は巡り、二〇〇二年初頭。

 元服を前にして、すでに『炳』の見習いとして過酷な鍛錬を続けていた直哉の耳に、ある一報が飛び込んできた。

 

「扇の叔父さんの嫁はんに、子供が生まれたって?」

 

 それが、ただの赤子であったなら、直哉は欠伸一つで聞き流していただろう。

 しかしその赤子が()()であるとなれば話は別だった。

 呪術界において、双子は「凶兆」である。同一卵性から生まれた命は呪術的に同一人物とみなされ、双方が双方の呪力や天賦の才を引っ張り合い、結果として「半端者」しか生まれないとされるのが常識だったからだ。

 

 あのプライドの高い扇の叔父さんが、双子という「不名誉な汚点」を授かった。

 直哉の口角が、意地の悪い笑みの形に歪む。

 

 さらに直哉の興味を惹いたのは、当主である全の動向だった。

 全は当主となって以来、禪院家に子が生まれるたびに、その赤子に刻まれた術式やポテンシャルを直接見に行くのを常としていた。

 いかなる術式によるものか、全には相手の術式や呪力が視認できるらしく、赤子を抱き上げながら「ふーん、なるほど。これは……もう少し大きくなったら入れ替えてあげようね」だの、「うんうん、いい術式だ。その術式に見合っただけの子に育ててやりなさい」だのと、意味深に笑うのを常としているのだ。

 大人たちはそれを「当主としての実力査定の仕事」だと言っていたが、直哉から見れば、あの獲物をねめ回すようなねっとりとした笑顔は、どう見ても悪趣味な()()でしかなかった。

 

 ――当然、扇の元に生まれた双子の元へも全は向かっていた。

 

(あの当主サマが、出来損ないの双子を見てどんな顔しよるんか……おもろいやんけ)

 

 興味本位に駆られた直哉は気配を殺し、扇の屋敷の廊下の陰からそっとその様子を覗き見ていた。

 

 ふすまの開かれた部屋の中。

 そこには、生まれたばかりの二つの小さな赤子を見下ろす全の姿があった。その後ろでは、父親である扇がこの世の終わりのような青ざめた顔をして突っ立っている。

 

「……申し訳、ありません。当主。まさか、双子が生まれるなどと……」

 

 扇は、屈辱と絶望に震える声で謝罪の言葉を口にしていた。特別一級術師たる彼にとって、この双子の誕生は、己の血筋と経歴における最悪の汚点に他ならない。

 

 しかし。

 扇のそんな憂鬱などどこ吹く風とばかりに、全は二人の赤子を交互に見つめながら、ひどく上機嫌に――まるで宝の山でも見つけたかのように、ニィッと口を裂いて笑っていたのだ。

 

「いいじゃないか、扇のおじちゃん。そんなに悲観することはないよ」

「と、当主……? しかし、呪術界において双子とは……ッ」

 

 食い下がる扇を手で制し、全は片方の赤子――姉の方――の頬を、愛おしそうに指先で撫でた。

 

「あのね、僕は()えるんだよ。この子たちが()()()()()()()()()がね」

 

 全の視線は、ただの赤子を見ているものではなかった。

 もっと先の、未来に花開く「暴力の可能性」を透かし見ているかのような、熱を帯びた瞳。

 直哉は、全のその視線に、どこかで覚えがあるような気がした。

 

「これは……もしかしたら、このお姉ちゃんは()()()()()()()になれるかもしれないねえ」

 

 ――え?

 隠れて覗き見ていた直哉の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

 

「……そ、それは……まことで、ございますか……ッ!?」

 

 扇もまた、信じられないものを見るような目で全を凝視していた。

 ()()()()。それは今や、禪院家において「落ちこぼれ」という蔑称から一転し、全の右腕にして「世界最強の矛」と同義の言葉となっていたからだ。

 双子という呪いの重圧が、片方の呪力を極限まで削ぎ落とし、いつかあの「フィジカルギフテッド」へと至る。全の眼は、その遠大な未来の可能性をすでに見抜いていた。

 

「うん。もちろん、この子たちがどう育つかにもよるけど……いやぁ、これは楽しみになってきたなぁ。大切に育ててあげてよ、おじちゃん」

 

 そう言ってケラケラと笑う全の横顔を、直哉は廊下の陰から息を殺して見つめ続けていた。

 

(第二の、甚爾クン……?)

 

 直哉の網膜に、幼い日に見上げた巨大な背中と、あの絶対的な凄みが再びフラッシュバックする。

 あの部屋で眠っている小さな生き物が、いつか、あの境地に手が届くというのか。

 

 直哉の内に、強烈なまでの嫉妬心と、それ以上の「好奇」という火が点った瞬間であった。

 

 

***

 

 

 その年に禪院家で産声を上げたのは、扇の双子の子だけではなかった。

 同じ年の冬――信じられないことに、あの『天与の暴君』たる禪院甚爾もまた、いつの間にか一族内で見つけてきたらしい従順な女を嫁にし、子をもうけていたのである。

 

 全をはじめとする大人たちはすでによく知る事実だったようだが、直哉にとってはまさに「青天の霹靂」であった。

 

(……は? 甚爾クンに……嫁? 子……?)

 

 直哉にとっての禪院甚爾とは、理不尽で圧倒的な()()()()そのものであり、血も涙もない純粋な化け物だという認識だった。

 そんな男が、人間らしく所帯を持ち、あまつさえ父親になったというのだ。直哉の頭は情報の処理を拒否し、無量空処を受けた猫のような顔でしばらくぽかんと虚空を見つめ続けてしまった。

 

(……ほんまか? どんな面して子育てなんかするんや……? とんでもない亭主関白ぶりでも発揮しとるんやろか……?)

 

 やがて、抑えきれない困惑と好奇心に後押しされるように意を決した直哉は、甚爾と妻に与えられている屋敷へと足を運んだ。

 そして、庭先の縁側をこっそりと覗き見た直哉は、双子の時とは違った意味で、すさまじい衝撃を受けることとなる。

 

 そこには、春めいた陽気の中、甚爾のあの屈強な腕に抱かれ、壊れ物を扱うかのようにぎこちなく抱かれている赤子の姿があったのだ。

 傍らには、穏やかな笑みを浮かべる甚爾の妻が寄り添い、なんとも言えない平穏な空気が満ちていた。

 

「……なんやあれ……別人やんけ……」

 

 直哉が木陰で震えていると、その縁側にもう一人、見慣れた飄々とした足取りでやってくる青年の姿があった。

 当主・禪院全である。

 

「やあやあ、甚爾さん。恵くんは今日も元気かい?」

「……お前、また来たのかよ。いい加減暇人すぎねぇか、当主サマ」

 

 甚爾は心底うんざりしたような顔を向けたが、全は意に介さず、縁側にドカッと腰を下ろして赤子――『恵』と名付けられた男児をひどく嬉しそうに覗き込んだ。

 

 全はその小さな赤子の奥深くに眠る『何か』――おそらくは術式――を視認して以来、この子を見るたびにこれ以上ないほどに上機嫌になった。

 双子の姉に向けた「楽しみだ」という言葉とはまた違う、確固たる『至宝』を眺めるような、身の毛のよだつほどにねっとりとした、意味深な笑顔。

 

「いやぁ、うんうん。何度見ても素晴らしいね。本当に素晴らしい。最高だ」

「……」

 

 赤子を覗き込んでニヤニヤと笑い続ける全に対し、甚爾は不快げに眉をひそめ、恵を抱き寄せて遠ざけた。

 

「……なあ、前から聞いてるがよ」

「ん?」

「俺の子だから術式なんざ無えと思ってたが、お前のその気色悪い顔を見てると、そうじゃねぇってことは嫌でも分かるわ。……いい加減気味悪いから教えろ。このガキは、何を持って生まれた?」

 

 父親からの真っ当で、凄みの効いた問い詰め。

 しかし全は、そんな甚爾の剣幕さえもケラケラと笑い飛ばして躱してみせた。

 

「あはは、そんなに急がないでよ甚爾さん。子供の成長ってのは、どう花開くか分からないからこそ面白いんじゃないか」

「はぐらかすな。俺たちの血筋で、お前がそこまで目をギラつかせる術式なんざ……」

「まあまあ。楽しみにしておくといいよ。僕が直々に保証する、この子は間違いなく禪院家の『宝』になる」

 

 全はそう言って、意味ありげに舌なめずりをした。

 

 縁側の陰から隠れて見ていた直哉は、全のその表情を見て背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 最強の当主が、直哉の投射呪法にさえ見せたことのないほどの「熱」を、あの小さな赤子に向けている。

 それは、誇り高く肥大化した直哉の自尊心に、鋭い棘のような『焦り』と『劣等感』を突き立てるには十分すぎる光景だった。

 

(なんなんや……あいつら……!)

 

 圧倒的な力を持つ二人の絶対強者。そして、彼らが注目し、あまつさえ血を分け与えた「得体の知れない次世代」の誕生。

 直哉という歪な天才の情念を巻き込みながら、時代のうねりは、確かに禪院家という枠の中で静かに、だが確実に加速し始めていた。

 

***

 

 月日は飛ぶように過ぎ去り――二〇〇六年、春。

 

 元服の儀を済ませた直哉は正式な炳の一員となり、順調に実力を伸ばしてメキメキと頭角を現していた。

 すでに何度も外での任務もこなし、全の『お供え物』として何人もの小粒な呪詛師や術式持ちの呪霊を自らの手で捕らえ、捧げてきた。

 そのたびに全は「さすがだね、直哉くん」「おじちゃんの術式をよく磨いているね」と、当主として直々に惜しみない称賛を与えてくれた。

 

 しかし。直哉の心は決して満たされてはいなかった。

 

(……違う。俺が見てほしいんは、そんな『その他大勢』に向ける眼差しやない……!)

 

 全が直哉に向ける評価は、あくまで「優秀な一族の駒」という枠を出るものではなかった。

 かつて赤子の真希や恵に向けたような、あの()を見つけ出した時のような熱を帯びた瞳を、全が直哉に対して向けることは一度たりともなかったのだ。

 だからこそ、直哉は焦り、さらに猛修練に励んだ。自身が父・直毘人をも超える最速の投射呪法使いとなれば、必ずやあの絶対強者も自分を真の強者として、真の『宝』として認めてくれるはずだ――そう信じて。

 

 だが、その一方で。全がかつて「第二の甚爾になれる」と太鼓判を押したはずの存在――禪院真希の現実は、直哉から見てもひどく()()なものだった。

 

 四歳となった真希はたしかに同年代の子供に比べればかなり腕力はあった。

 しかし、それだけだ。かつての甚爾が男児だった頃は、すでに大人でも呪力を使わなければ取り押さえられないほど規格外のフィジカルを発揮していたと言われている。

 男女の性差などという言い訳では到底片付けられないほどに、幼き日の甚爾と現在の真希とでは圧倒的で絶望的な()()の差があった。

 たしかに同じ術式も呪力もない「天与呪縛」ではあるようだが、蓋を開けてみれば、比べるのもおこがましい程の大幅な下位互換。

 

(なんや、あの当主サマでも見立てを間違う事があるんやな)

 

 直哉の中には全の評価に対する僅かな溜飲の下がりと、同時に得も言われぬ落胆があった。

 あの時全の言葉に縋り、「第二の甚爾に育つのであれば」と僅かな希望を抱いていた扇もまた、娘の半端な出来に深い失意と絶望の中に沈んでいた。

 

 そんな、ある日のことである。

 

「そろそろ、耐えられる頃かな」

 

 当主である全が不意にそう呟いて招集を掛けた。

 集められたのは、扇とその妻、そして四歳となった双子の娘たち。

 そして、懐刀たる甚爾だ。

 

 全が、あの「特別視」していた双子の家族を大広間に呼び出したのだ。

 当主たる全が集めた面々を見て、「一体何が行われるのか」と好奇心と野次馬根性に突き動かされた一族の者たちが、続々と大広間の周囲に集まっていった。

 当然、彼らへの対抗心と執着を燻らせていた直哉もまた、その真意を探るべく、広間の端にしつらえられた見物席の一つに陣取っていた。

 

 大広間の中央。

 緊張した面持ちの扇一家と、退屈そうな甚爾が向き合うように立たされる中、上座から降り立った全の手に握られていたものを見て、周囲の野次馬たちは息を呑んだ。

 

 異様なまでの呪力と、禍々しい気配を放つ大太刀。

 特級呪具――釈魂刀(しゃっこんとう)

 あらゆるモノの硬度を無視し、魂そのものを切り裂くというその凶悪な呪具を、全が不意にズルリと抜き放ったのだ。

 

「と、当主!? 一体何を……ッ!」

 

 すわ御乱心か、あるいは扇一家をここで処断するつもりか。

 周囲が一気に色めき立ち、扇が血相を変えて身構えたその時――全は、その釈魂刀を甚爾へと差し出した。

 

「甚爾さん。ちょっと、お願いできるかな」

「……あ?」

「僕の術式でもうっすらとは観測できるんだけどね。……おそらく甚爾さんのその()()なら、もっとはっきりと捉えられるはずだ」

 

 全は、甚爾の持つ異常なまでの五感――呪力を持たないが故に研ぎ澄まされた、魂の輪郭すら知覚する超感覚へと全幅の信頼を預けるように、そう告げた。

 

「視えてるんでしょ。この双子の()()()()()が」

 

 その言葉に、甚爾はあからさまに面倒くさそうな、深いため息を一つ吐いた。

 そして、全から釈魂刀を無造作にひったくると、手の中でクルクルと数回弄ぶように回し。

 

 ヒュッ――、と。

 何の予備動作もなく、無表情のまま、真希の頭上を掠めるようにして、空を――見えない何かを一閃してみせたのだ。

 

「――っ!?」

 

 次の瞬間、大広間に二つの小さな絶叫にも似た悲鳴が響いた。

 ビクンッ、と真希と真依の双子が()()()()()()()強烈に跳ね上がり、白目を剥いてその場で激しい痙攣を始めたのだ。

 

「真希! 真依!」

「何をされたのですか、当主様!?」

 

 パニックに陥り娘たちに駆け寄ろうとする扇の妻と全に詰め寄る扇。全はそれを手で制止しながら双子に向けてパチンと指を鳴らした。

 すると、全の術式による暗示を受けた双子の痙攣がピタリと収まり、まるで糸が切れたようにその場で深い眠りへと落ちていった。

 

「大丈夫だよ、扇のおじちゃん。しばらく安静に寝かせておいてあげて」

 

 慌てて娘たちを抱きかかえる扇夫妻へと、全は穏やかに告げる。

 

「子供ってのは、幼ければ幼いほど、身に宿す力を己のものとして磨く時間が取れる。でも、幼すぎれば、それに伴う痛みに耐えられないかもしれない。……だから僕は、あまり幼い子供に対して『簒奪』や『禅譲』は可能な限り行わないって決めてるんだ。そんな事で再起不能になってもつまらないでしょう?」

 

 全の眼差しは、眠る真希へと向けられていた。

 双子という呪縛の元凶。その間を繋いでいた()()()()()()()とも言えるそれを断ち切るという、魂への直接的な干渉。

 

「これも、それに匹敵する荒療治だよ。四歳(いま)ならなんとか耐えられると、術式込みの勘が告げている。力に向き合うための十分な時間が得られる」

 

 そう言って不敵に笑う全の顔を、直哉は寒気を覚えながら見つめていた。

 全の言う()()()()()という意味。そして、あの上層部の男たちが、赤子の頃から真希に対して何を待っていたのかを、直哉はうっすらと理解し始めていた。

 

 ――そして数日後。

 何の問題もなく目を覚ました双子は、文字通り()()()()いた。

 

 双子であるがゆえに引っ張り合い、互いのポテンシャルを削ぎ落としていた繋がりが切断されたことで。

 真希は、大人の扇すらはしゃぎ暴れる彼女を制圧するのが困難なほど狂った膂力と身体能力を発揮し始めた。

 真依もまた双子の枷から解放され、禪院家の児童として平均的かつ十分な呪力をその身に宿らせるようになっていたのだ。術式そのものの燃費の悪さはなんともならないため、そもそも戦闘部隊を志すかどうかによって何と入れ変えるのかを話し合っていくこととなるだろう。

 

 完全なる天与呪縛へと変貌を遂げ、ますます身体を動かすのが好きになった真希への全と甚爾からの扱いは劇的に様変わりした。

 早くも低年齢向けの鍛錬の場に混ざり、大人顔負けの身体能力で暴れ回る真希の姿。そして、それらを楽しげに見下ろす全や甚爾の姿を。

 

 直哉は、己の指が白くなるほど強く握りしめながら、ただ遠巻きに眺める事しかできなかった。

 

 

***

 

 

 そして、この時期に禪院家に衝撃的な変化をもたらしたのは、真希たち双子の姉妹だけではなかった。

 同い年である甚爾の息子・恵もまた、一族に強烈な特大の衝撃を与えたのだ。

 

 事の発端は甚爾からの「恵が術式に目覚めたらしい」という何気ない、しかしいやに疲れたような顔での報告だった。

 誰も術式の使い方など教えてもいないというのに、三歳も半ばを過ぎた恵は部屋の壁に向かって小さな両手で()()を作り出したのだという。

 そしてその影から二頭の犬――呪力で編まれた白と黒の式神を呼び出し、無邪気にキャッキャと戯れていたというのだ。

 

 手で作った影絵から式神を呼び起こす術式。

 それは甚爾の父であり、今は亡き先代。息子の直哉と同じ投射呪法使いたる直毘人を蹴散らし第二十五代当主の座に就いた男の生得術式。

 ひいては、御三家の一つである禪院家において代々伝わる最強の相伝術式――『十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)』のそれに他ならなかった。

 

「……あいつが『楽しみにしておけ』だの『禪院の宝になる』だの言って、俺にひた隠しにしてた理由がよく分かったわ」

 

 呆れ果てたようにため息をつく甚爾の言葉通りだ。

 あの日、縁側でねっとりとした笑顔を浮かべていた全は、赤子の恵からこの「最強の相伝術式」の覚醒を確信して見抜いていたのだ。

 

 またしても、当主の言う通りになった。

 『天与呪縛』の完成形となった真希と、『十種影法術』を継ぐ恵。

 圧倒的なポテンシャルを秘めた次世代の子供たちが同時期に、確固たる才能の片鱗を見せ始めたのである。

 

 その光景を。その()()な子供たちを。

 今の直哉は、ただ複雑な表情で見守ることしかできなかった。

 喉まで出かかった嫉妬と、そして拭い切れない劣等感。自分は天才だと信じて疑わなかった自尊心が、最新世代の天才たちを前にしてグラグラと揺さぶられる。

 

(あの当主サマから、あんなに熱い視線を向けられとる……)

 

 だが。

 直哉の闘志は、決して折れることはなかった。否、折れるはずがなかった。

 幼き日に焼き付けられた、あの二人の「絶対強者」の姿。呪力が無くとも最強に至った甚爾と、すべての術式を束ねて頂点に立つ全。

 彼らが見せつけたものは、「血筋」や「相伝」だけで決まる古い因習ではなく、残酷なまでの『純粋な力』だったはずだ。

 

(ええやろ。今はあいつらの方が()()かもしれん。……けどな)

 

 やがてあいつらが大きくなり、『炳』として這い上がってきた時。

 そんな「生まれ持っただけの特別」など、自分の絶え間ない鍛錬と、極限まで磨き上げた『投射呪法』の速さで、絶対に凌駕してやる。完膚なきまでに叩き潰して、俺こそが一番の強者だと証明してやるのだ。

 

 それは、誇り高き直哉の意地であった。

 そして同時に――全が当主となってからの数年間で、一族内に完全に根付いた「純粋なる実力至上主義」という新たな価値観。

 当主・禪院全が一夜にして作り上げた『新時代の禪院家』そのものと言える強固な誓いを、歪な天才・禪院直哉は己の胸に深く、熱く抱いたのであった。

 

 

***

 

 

 ――しかし。

 そんな直哉の一世一代の熱意と誓いを他所に。事態は、またしても誰一人予想し得なかった方向へと転がっていった。

 

 恵が『十種影法術』を覚醒させてから、しばらく経ったある日のこと。

 甚爾が恵の襟首をひっつかんで、当主である全の元へと乱入してきたのである。

 

「おい全。こいつの十種、ぶっこ抜け。今すぐだ」

「……え?」

 

 息巻く甚爾のあまりに突拍子もない要求に、珍しく全も虚を突かれた顔をしていた。

 その場に居合わせた直哉を含む炳の面々も、何を言っているのだと耳を疑う。禪院家最強の相伝術式を、ぶっこ抜けだと?

 

「理由を聞いてもいいかな、甚爾さん」

 

 全の問いに、甚爾は心底イライラした様子で頭を掻きむしった。

 

「まずは、あの偏屈なジジイどもの一部が鬱陶しい。……『恵ならいつか“魔虚羅(まこら)”で全を打倒し、古き良き禪院家を取り戻せるんじゃねえか』とかなんとかコソコソ吹き込もうとする動きが出始めてやがる」

「あー……」

 

 全が納得したように頷く。

 実力至上主義に塗り替えられたとはいえ、未だに全のやり方に反発し、かつての血統主義時代を美化する老人たちは水面下でごく僅かに残っていたのだ。

 恵が持つ『十種影法術』における最強の式神『八握剣異戒神将(やつかのつるぎいかいしんしょう)魔虚羅(まこら)』は、かつて六眼と無下限呪術を持った五条家当主と相打ちになったという圧倒的なバケモノである。

 老人たちが「全を打倒し得る希望」として担ぎ上げようとするのも無理からぬ話だった。

 

「まあ、それだけなら無視するなり片っ端からシバいて回れば済む話なんだが……致命的なのはそっちじゃねぇ。こっちだ」

 

 甚爾は、ムスッとした顔でぶら下げられている恵を指差した。

 

「こいつ、変に負けず嫌いなところがあってよ。……ガキ同士の稽古で露骨に手加減された上でも真希に負けそうになったからって、『布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)』し始めやがった」

「……えっ」

「危うく大惨事だ、俺がしばいて無理やり停止させたから良かったものの……。こいつにこんな物騒な術式を持たせておいたら、いつか絶対にやらかす……」

 

 同年代の女の子に負けそうになったからといって、自爆同然に最強の式神を呼び出そうとする三歳児。

 その光景を想像した全は、数秒の静寂の後、「あははははは!」と腹を抱えて大爆笑し始めた。

 

「なるほど! それは危ないね、たしかに! うんうん、分かったよ甚爾さん、僕が引き取ろうか」

「頼むわ。ついでに、もうちょっと安全で、こいつに合った術式でも適当に見繕って入れてやってくれ。……これでも、俺のガキだからな」

「任せてよ。とっておきの、面白い術式を見繕ってあげる」

 

 かくして、『禪院の宝』であったはずの十種影法術は全の手によってあっさりと『簒奪』された。

 そして。全から、十種影法術とは別の『安全で面白い生得術式』を与えられた恵は、広間で真希や真依たちと混ざりながら、実に無邪気に、そして楽しそうにその力を振るい始めていた。

 

「こっちのほうが、たのしい!」

 

 そう言って笑う恵の姿。

 自分の宿敵であり、絶対に努力で乗り越えてみせると誓ったはずの()()()()()()()()の一人が。

 早々にその特別を手放し、あまつさえ新しい術式で無邪気に駆け回っている。

 

「……なんやねん、それ」

 

 直哉は、大広間の隅から壁に背を預け、またしても無量空処を食らった猫のような顔でその光景を眺めていた。

 怒りでも、嫉妬でも、落胆でもない。

 なんとも言えない、ひたすらに複雑で脱力するような感情だけが、直哉の胸の中に虚しく渦巻いていたのであった。

 




甚爾「そういや、お前当主なのに正室すら作ってないのはどうなんだ」
全 「え? 跡継ぎ目指せるわけでもないのに作ったら可哀想じゃない?」
甚爾「永遠に当主するつもりなのかよ……」

■禪院直哉
ついに初登場した、ここではドブカスに育たないかもしれない男。
甚爾くんに脳を焼かれ、全にトラウマ混じりの憧憬を懐き、真希と恵に複雑な感情を懐きつつも前を向き続ける新時代の禪院家の象徴みたいなやつ。
今回は玉懐前後くらいまでの禪院家の様子を彼の目線からざっと流しました。

■扇夫妻と真希/真衣
原作よりはかなり関係がいいが、最初は真希だけをちやほやしてた。
あれ? なんか……やっぱ真希これだめじゃない? ってなりかけてた所を釈魂刀で覚醒させられたため、扇ご満悦。
原作と違い、流石にワンチャンもない当主への執着は切り捨てたため、せめて御三家の男として子の「格」位はと思っていたら甚爾級になった真希に満足。
・真希(4)
4歳でパーフェクトフィジギフに。
女中になるより、戦闘部隊に入りたい!ってなる。
・真衣(4)
何か別の術式を後にもらうことになる。
多分、戦闘員になりたいわけではない。
今なら多分、女中さんルートもそんなに悪くないはず。

■甚爾夫妻と恵
母親は禪院家で働く女中さんの一人。
夫婦仲は良好、甚爾くんも丸くなったなあ……ってなってる。
DQ5で嫁関係なく勇者として産まれてくるのと同じ理屈だとしてください。
あるいは超解釈で女中さんの旧姓が伏黒だった事にしても構いません。
○○津美紀ちゃんはどこかに居るでしょうが、残念ながら姉弟ではなくなってしまいました……仮に再婚した母が蒸発したとしても、甚爾くんではない父親の元に身を寄せるか、あるいは施設に入るかして羂索くんの目に止まってないかもしれません。

・恵(3)
真希ちゃんに軽くあしらわれて意地になって由良由良しかける。
びっくりしたパパに頭をしばかれて中断、十種は没収された。
「こっちのほうがたのしい!」ってなった術式がなにか……今の段階では全く考えてません!!!



釈魂刀使った真希真衣分離は時々二次創作で見かけるやつ。

さて、今回で一旦一区切りとさせてもらいます。
ストックも尽きましたし、懐玉以降の流れを改めてよく考えなくてはいけません。
なぜならとっくに原作の流れは木っ端微塵なので……。
たくさんの感想、評価、ここすき、そして未だに維持されてる日間/週間1位本当にありがとうございます!
初めて取れたので大変嬉しゅうございました!

次回はおそらく「懐玉」相当の話になるはずです。
それではまたいつか!
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