禪院全「全ては僕の為に」   作:羂索ハードモード

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ぽぽ、ぽぽぽぽぉ……



08.簒奪者の実験-術式ア・ラ・カルト

「ぽぽぽぉ。ぽぽぽぽぽぉー」

 

 うららかな春の陽気が差し込む、禪院家本邸の広大な中庭。

 かつては因習と血の匂いが染み付いていたその場所で、今、何とも形容しがたい奇妙で和やかな光景が繰り広げられていた。

 

 ぽかぽかとした陽だまりの中、特級仮想怨霊『八尺様』の術式による分体――およそ百八十センチほどの背丈を持つ白いワンピースの女呪霊、通称『六尺様』が、胸に一人の幼い男児を抱いてキャッキャと楽しそうに揺れていた。

 抱かれているのは禪院甚爾の息子であり、全によって十種影法術を抜き取られた代わりに安全な術式を与えられた恵である。

 大の大人が泣き叫ぶような怪異の腕の中だというのに、恵はすっかり懐ききった様子で満足げに笑い、六尺様の麦わら帽子に触れて遊んでいた。

 

「ぽっぽぽぽぽぽぽー!!」

「まてまてー!」

 

 そのすぐ近くでは、さらに小さな分体――身長わずか六十センチほどの『二尺様』が、短い手足を高速で回転させ、獣のような前傾姿勢で「ピャーッ!」と信じられない速度で庭を駆け回っていた。

 それを追いかけているのは、同じく幼い少女――禪院真希である。

 全の荒療治によって双子の呪縛を絶たれ、完全なる『天与呪縛』として覚醒した彼女は、まだ四歳の幼児でありながら、地を蹴るたびに芝生を抉り飛ばすほどの圧倒的な脚力で、特級派生の呪霊と文字通りの鬼ごっこを繰り広げていた。

 

 子供たち――これからの禪院家を背負って立つであろう次世代の「宝」たちが、呪霊を遊具代わりにしながら実戦さながらの身のこなしを鍛え上げる。

 それが、今の禪院家における「日常の風景」であった。

 

 ――そして、その微笑ましい(?)子供たちの遊び場から少し離れた、本邸の巨大な鍛錬場では。

 

「ふぅむ……」

 

 当主・禪院全によって招集された一族の精鋭たちが、額に汗を浮かべながら、ある実験の真っ最中であった。

 

「『瞬発』+『身体自在』+『メトロノーム』」

 

 上半身裸になり、筋骨隆々たる肉体を晒した特別一級術師・禪院直毘人が、低く呪文のように唱えながら構えを取った。

 現在、彼の魂からは長年連れ添った相伝術式『投射呪法』が一時的に取り除かれ、全のインベントリに保管されている。その空いた枠に、()()()()()()()()を放つために使用している三つの補助術式が、寸分違わず同じ構成で埋め込まれていた。

 

「――嵌合術・黒点調律

 

 直毘人の巨体が、瞬発の術式によって爆発的な初速を生み出し、瞬時に訓練用の巨大な呪骸人形の懐へと潜り込む。

 身体自在の術式が筋肉の連動を極限まで最適化し、メトロノームの術式が呪力衝突のタイミングをミリ秒単位で測る。

 そして、直毘人の全霊を込めた右拳が、人形の胸部へと叩き込まれた。

 

 バスンッ!!

 

 空気を圧縮して弾けさせたような、重く鋭い破裂音が鍛錬場に響き渡る。

 直毘人の打撃を受けた呪骸人形の胸部は大きく陥没し、背中側から中身の綿と呪符が吹き飛んだ。一級術師の全力打撃として見れば、申し分のない絶大な破壊力だ。

 

 ――だが。

 そこに、空間を歪ませるほどの()()()()は、一片たりとも生じていなかった。ただの、純粋で強力な呪力打撃による結果でしかなかったのだ。

 

「おかしいな……」

 

 その光景を腕組みをして見守っていた当主たる禪院全が、心底不思議そうに首を傾げた。

 

「すべての術式は、設計図通りにちゃんと働いているはずだ。……なぜ、黒閃が起きない?」

 

 今回の集まりは、全が思いついた一つの壮大な計画――『禪院家すべての術師に、最低一回は黒閃を経験させる』という無茶苦茶なボトムアップ計画の、第一回実証実験であった。

 黒閃を経験した術師とそうでない術師とでは、呪力の核心に対する理解に天と地ほどの差が生まれる。ならば、自分が黒閃を意図的に出すために使っている「術式のセット」を丸ごと貸し出して打たせれば、誰でも簡単に黒閃を経験でき、一族の底上げに繋がるのではないか。

 あまりにも合理的で、そして呪術の常識を完全に舐め腐った発想だった。

 

 だが、現実はそう甘く行くはずもなく——。

 

「だから言ったろう。それで出せる()()()()()()()()()()()のだと」

 

 直毘人が、ふうと息を吐きながら手ぬぐいで首筋の汗を乱暴に拭った。

 

「ほら、さっさとワシの投射呪法を返さんか。他人の借り物の術式では、どうにも背中が痒くてかなわん」

「はいはい」

 

 全が不満げに口を尖らせながら歩み寄り、直毘人の胸に手を当てて『簒奪』と『禅譲』を行う。

 三つの補助術式が回収され、代わりに馴染み深い投射呪法が戻ってくると、直毘人は「あぁ、これだ」とばかりに肩を回して安堵の息をついた。

 

「パッパであかんなら、当主サマ以外は無理やろなあ」

 

 鍛錬場の壁に寄りかかり、つまらなそうにぼやいたのは禪院直哉だ。

 彼もまた、直毘人の前に同じ術式セットを借りて、ムキになって何度も人形を殴りつけていた。だが、結果はただ人形を数体スクラップにしただけで、黒い火花は一度たりとも散らなかったのである。

 

「術式によるタイミングの補正は確かに感じるんやけどな……。なんちゅうか、最後の最後、呪力がぶつかる瞬間の()()()がどうしても合わへんねん。あれは術式の補助だけでどうにかなる領域ちゃうで」

「そうかい? メトロノームの補助を受けて呪力を流すだけなのに。簡単だろう?」

「その()()ができんから黒閃なんやろが」

 

 呆れたように突っ込む直哉の横で、扇や甚壱といった特別一級の重鎮たちも、やれやれと首を横に振っていた。

 彼らは全の強さを誰よりも理解しているがゆえに、この結果にもある意味納得していた。

 

「……黒閃に関する書物をどれほど漁っても、意図的に出すのは不可能であると結論付けられている」

 

 戻ってきた投射呪法の呪力循環を確かめながら、直毘人が重々しい口調で語る。

 

「あの五条家の『六眼』を持ってしても、黒閃を狙って放つことは不可能だと言われとるのだ。それを、補助術式の組み合わせだけで擬似的に()()にまで昇華させた……お前のその、異常なまでの呪力操作と感覚がバグっておるだけだ」

 

 術式はあくまで道具に過ぎない。

 三つの術式が極限の初速と連動とタイミングを提供したとしても、最後の壁を越えるためには、それを統御するセンスが不可欠だったのだ。

 弘法筆を選ばずと言うが、この場合は『弘法の筆を他人に貸しても、弘法と同じ字は書けない』という、至極当然の理屈であった。

 

「ちぇっ。せっかく名案だと思ったのになあ。これなら一族全員の基礎火力を底上げできると思ったのに」

 

 全は不満そうにため息を吐く。

 自分の感覚が他人に共有できないという事実が、彼にとっては少しばかり不本意らしい。

 

「お前なぁ、ただでさえ術式を集めて一族を魔改造してるのに、訓練の過程で黒閃を経験できるなど、それこそ呪術界すべてがひっくり返るぞ」

 

 少し離れた場所で、壁を背にして木刀を肩に担いでいた懐刀――禪院甚爾が、鼻で笑いながら口を挟んだ。

 彼は呪力を持たないため最初からこの実験の対象外であり、ただの退屈しのぎの見物人として参加していた。

 

「まあ、お前のその狂った頭の中身まで他人に『禅譲』できねぇってことが分かって、総監部のジジイ共も少しは安心すんじゃねーの」

「甚爾さんまでそんなこと言う。僕はただ、みんなのポテンシャルを最大限に引き出してあげたいだけなのに」

「その最大限の基準が、お前の中じゃバグり散らかしてんだよ」

 

 甚爾が呆れたようにため息をつくと、直毘人たちも一様に深く頷いた。

 

「まったく、どいつもこいつも……」

 

 全は、不満げにため息をついた。

 彼にとって、この「黒閃量産計画」は、一族の火力を手っ取り早く底上げするための画期的なアイデアだったのだ。それが個人のセンスという名の壁に阻まれたことが、どうにももどかしい。

 

「そもそも、だ」

 

 木刀を弄んでいた甚爾が、鼻で笑いながら指摘した。

 

「お前のその『簒奪呪法』で他人の術式を引っこ抜いて、別の奴に押し込むって事自体が、本来なら脳が焼き切れて死ぬレベルの無茶苦茶なんだよ」

 

 本来、呪術師の生得術式というものは、肉体——()()()()()()()に刻み込まれていると考えられている。

 もしそれを強引に引き抜いたり、そこに他者の術式を後天的に無理やり上書きしたり、ましてや複数詰め込んだりすれば、人間の脳のキャパシティが耐えきれずにショートし、廃人になるか絶命するのが呪術界の常識だ。

 

 だが、全の『簒奪呪法』の手にかかるとその常識すらも書き換えられてしまう。

 彼が奪い、そして他者へと与える術式の在り処は、物理的な脳髄ではなく、魂の奥底に広がる()()()()そのものへと強引に移し替えられるのだ。

 魂というより抽象的で広大な器へ術式を定着させることで、脳への致命的な負荷は劇的に軽減される。これが、全が禪院家を術式のキメラ軍団へと作り変えることができた最大のカラクリであった。

 

「まあ、そうなんだけどね。それでも、限界はあるみたいだし」

 

 全は、集められた重鎮たちを見渡した。

 生得領域に定着させるとはいえ、方向性の全く違う複雑な術式を複数同時に積むことは、やはり魂にとっても強い負荷となる。

 以前、全が行った「術式複数搭載・限界突破実験」によって明らかになった事実だが、禪院家の一般の術師であれば、全く異なる系統の術式を積めるのは、せいぜい『二つ』が限度だった。それ以上積むと、呪力操作がひどく乱れ、まともに戦えなくなってしまう。

 

 今回、この鍛錬場に集められた直毘人や直哉、甚壱といった面々は、その中でも例外的に、方向性の違う術式を()()()ほどまで同時に抱え込める、魂の器がデカい精鋭中の精鋭たちなのだ。

 

「でも、皆の中でも扇のおじちゃんはちょっと面白かったよねえ」

 

 全がからかうように視線を向けると、壁際で腕を組んでいた禪院扇が、ふんぞり返るようにしてニヤリと――いや、かなりドヤ顔で顎を上げた。

 扇の持つ生得術式は、刀身に炎を纏わせる『焦眉之赳(しょうびのきゅう)』。

 以前の限界突破実験の際、扇には、全のインベントリから「火の鞭」「火吹き」「火の玉」「火の輪」といった、炎属性に特化した系統の近い術式ばかりを集中的に注ぎ込んでみたのだ。

 

 すると驚くべきことに、扇は自身の焦眉之赳含めて()()()()もの炎系術式を同時に定着させることに成功したのである。

 

「当然だ。私の中に宿る炎の才覚が、それらの術式を容易く呑み込んだまでのことよ」

 

 扇は今でもその時のことを誇らしく思っているらしく、いたくご満悦な表情で言い放った。

 彼に注ぎ込んだ炎系術式は、全のストックの中では比較的使いどころの少ない()()()ばかりだったため、全はそのまま扇に気前よく進呈してあげたのだ。

 今や扇は刀から炎を出すだけでなく、口から火を吹き、指先から炎の鞭をしならせ、火の玉を連射するという、ちょっと曲芸じみた戦い方ができるようになっていた。

 そのラインナップから、扇は裏で密かに「一人サーカス」と呼ばれている。

 

「恐らくは形や性質の近い術式であれば、魂がそれらを『まとめて一つの拡張された術式』として認識して受け止めているのではないか?」

 

 扇のドヤ顔を横目に、禪院甚壱が冷静な分析を口にした。

 

「属性が同じであれば、呪力の出力や操作のベクトルも似通ってくる。だからこそ方向性がバラバラな術式を三つ積むよりも、同じ系統の術式を五つ積む方が魂のキャパシティへの負荷が少ないのだろう」

「なるほどね。パズルみたいに、同じ色のブロックなら一つの大きな塊として処理できるってわけか。甚壱さん、冴えてるじゃないか」

 

 全が感心したように拍手を送ると、甚壱は「当然だ」とばかりにふんと鼻を鳴らした。

 こうして、禪院家は全という特異点を中心に日々呪術の理を解き明かし、実戦的な人体実験を繰り返すという呪術界において最も進んだ――そして最も狂った研究機関と化していたのだ。

 

 ――そんな、大人たちのマニアックな呪術談義が白熱していた、その時。

 

「ピャーッ!!」

 

 鍛錬場の外、中庭の方から甲高い奇声が響いた。

 見れば、真希に追い詰められて中庭の壁際まで逃げていた二尺様が、捕まる寸前でポンッと音を立てて分裂し、()()()()()()へと姿を変え、左右に分かれて猛ダッシュで逃げ出したのだ。

 

「あっ……!」

 

 目の前の標的が突如として二つに割れ、しかも左右の死角へと逃げたことで。

 まだ四歳の幼女である真希は、どちらを追うべきか一瞬だけ判断に迷ってしまった。

 

 だが、彼女の『天与呪縛』として覚醒した肉体は、すでに大人の術師をも凌駕するトップスピードに乗っていたのだ。

 脳の判断が追いつかないまま、ブレーキをかけることもできず、真希の小さな身体は――。

 

 ドゴォォォォンッ!!!

 

 そのままの凄まじい速度で、中庭を囲む本邸の分厚い土壁へと、真っ向から激突した。

 

「「「!?」」」

 

 鍛錬場で話し込んでいた全や直毘人たちが、一斉に音のした方へと視線を向けた。

 本邸の壁が、地震でも起きたかのように大きく揺れ、内側からバリバリッと何か重たい調度品が倒れて砕ける音が響き渡る。

 四歳の女児が衝突しただけとは、到底信じられないほどの轟音と破壊力。

 

真希!

 

 先ほどまでドヤ顔で炎の術式の話をしていた扇が、血相を変えて中庭へと飛び出した。

 壁には、真希の小さな身体の形に深々とヒビが入り、土煙が舞い上がっている。

 その土煙の中から、頭をさすりながら、よろよろと立ち上がる小さな影があった。

 

「いてててて……。あーあ、逃げられちゃった」

 

 真希はあんな大激突をしたにも関わらず、血一滴流すことなく、ただ「ぶつかったおでこが少し痛い」程度の様子で不満げに頬を膨らませていた。

 恐るべき天与呪縛の頑強さである。

 

「こ、この馬鹿者が……! 怪我はないか!」

 

 扇はため息まじりにそう怒鳴りながらも、すぐに駆け寄って真希の小さな身体をヒョイと抱き上げた。

 そして土埃を払ってやりながら、ポンポンと背中を軽く叩いてあやし始める。

 

「まったく、己の速度を制御しきれんで壁に突っ込むなど、鍛錬が足りておらん証拠だ。……痛むなら、後で薬を塗ってやる」

 

 口では厳しいことを言っているが、その顔には、かつて彼女が真依と繋がっていた頃に向けられていた冷酷な失望の影は微塵もない。

 完全な天与呪縛として目覚め、毎日規格外の成長を見せる娘の姿に、扇は父親として、そして武闘派の術師として確かな愛情と期待に近い情を持てるようになってきていた。

 

「へへっ、だいじょーぶ! 父さま、もう一回走ってくる!」

「これ、待たんか! 壁の修理代がいくらかかると思っているのだ!」

 

 扇の腕の中でジタバタと暴れる真希と、それを宥めようと四苦八苦する扇の姿。

 そして、その横で「ぽぽぽぽぉ……」と困ったように揺れている八尺様の分体たち。

 

「……」

 

 そんな賑やかな光景を、鍛錬場の入り口から眺めていた甚爾は、木刀を肩に担ぎ直しながら、フッと鼻で笑った。

 

 

 再び真希に追われ始めた二体の一尺様は、ピャーッ! と慌てたように軌道を変え、中庭の端で恵をあやしていた本体――六尺様の足元へと潜り込んだ。

 

 ズプン、と。二体の小さな分体が、六尺様の白いワンピースの下へと溶け込むように吸収される。

 その瞬間、六尺様の身体がメリメリと音を立ててぐんぐんと伸び、人間の限界を遥かに超えた完全体たる特級仮想怨霊――『八尺様』の威容を取り戻した。

 

「ぽぽ、ぽぽぽぽぉ……

 

 二メートル半はあろうかという巨大な白い女が、深い声で鳴く。

 麦わら帽子の奥、不気味なほどの巨顔が、腕の中にいる幼い恵の頬へとすりすりと頬ずりをした。

 

「たかーい! たかい!」

 

 怪異に頬ずりされながらも、恵は恐れるどころか、八尺様の目線の高さ――本邸の屋根にも届きそうな視界にキャッキャと大喜びで笑い声を上げていた。

 やがて、その高い視界から、中庭の端で扇から下ろされ、再び走り出そうとしている真希の姿を見つける。

 

「あっ! マキちゃーん!」

 

 恵が短い腕を振ると、八尺様はゆっくりと膝を折り、訓練所の隅に設けられた砂場の上に、壊れ物でも扱うかのような丁寧な手つきで恵を下ろした。

 

「マキちゃん! くみてしよ!」

 

 地面に降り立つなり、恵はトテトテとまだ短い足で駆け出していった。

 真希もまた、「いいよ! 負けないからな!」と負けん気をむき出しにして、幼い二人が砂場で取っ組み合い――彼らなりの組手と称したじゃれ合いを始めた。

 

 ――バシッ! ドカッ!

 

 四歳の幼児同士の遊びとはいえ、その内容はとても一般家庭のそれとは思えないほど高度で、そして異質だった。

 

「えいっ!」

 

 恵が小さな手を振りかぶった瞬間、彼自身の足元から伸びる黒い影が、まるで生き物のようにうねり、実体を持って立ち上がった。

 影は鞭のようにしなり、あるいは盾のように硬化して、真希の放つ大人顔負けの重いパンチや蹴りを器用に受け流し、弾き返す。

 

 変幻自在の影の防御と、そこから繰り出される不規則な反撃。

 本来の『十種影法術』のような式神を召喚する力はない。だが、自身の影を直接物理的な質量として操り、攻防一体の武器として使役するその戦い方は、幼いながらもすでに恐るべきセンスと才覚の片鱗を見せつけていた。

 

「…………」

 

 その光景を、鍛錬場の入り口から腕組みをして眺めていた甚爾が、ふと隣に立つ全へと視線を向けた。

 

「おい、全」

「ん?」

「恵の奴に与えたあの術式。……あれ、なんかお前のコレクションの中でも『特別』な出どころなんだっけか」

 

 甚爾の問いに、全は砂場でじゃれ合う子供たちを見つめたまま、口角を三日月に吊り上げて、クスクスと笑い声を漏らした。

 

「まあね。特別といえば特別だし、偶然の産物というか、ただの副産物というか」

 

 全は、インベントリの中に無限に広がる『おもちゃ箱』の底を思い返すように、指先で顎を撫でた。

 

「禪院家って、昔から相伝の『十種影法術』の血筋があるでしょ? そのせいか、一族の中には『影針』だとか『影の鞭』だとか、影法術のなりそこないみたいな、そういう小粒な影系術式を持った連中がいっぱいいたんだよね」

 

 全が当主となって一族を再編した際。

 役に立たない、あるいは本人の適性に合わない「ゴミのような小粒術式」は、片っ端から簒奪され、インベントリの肥やしとなっていた。

 

「そういう、同じ『影』の属性を持った小さな術式のかけらを、ちょっと……色々と試行錯誤してたらね」

 

 全は、あえて言葉を濁し、詳細な経緯を語るのを避けた。

 属性の近い術式同士をどうやって()()し、昇華させたのか。そのある種禁忌めいた狂気の手法は、まだ誰にも――甚爾にすら、明かす気はなかった。

 

「まあ、おいそれと意図的にできる事じゃないからね。ほとんど運みたいな経緯で、いくつもの影の術式が綺麗に混ざり合って、一つの強力な形にまとまって手に入ったのが……あの『操影呪法(そうえいじゅほう)』ってわけさ」

 

 十種影法術から「式神召喚」という複雑な要素を完全に削ぎ落とし、純粋に「影そのものの物理的使役」に極振りして最適化された、ある意味で十種よりも扱いやすく、実戦的な生得術式。

 恵という、元々十種影法術を宿して生まれてきた『影の器』を持つ天才児だからこそ、その合成術式をまるで手足のように初見から完璧に使いこなしているのだ。

 

「なるほどな」

 

 甚爾は、砂場で真希の蹴りを影のクッションで受け止め、そのまま影の手で真希の足を掬って転ばせている息子の姿を見て、小さく鼻で笑った。

 

「式神遊びで自爆しようとするよりは、よっぽど健全で、こいつに合ってるかもな」

「でしょ? 僕もそう思うよ。……それに」

 

 全は、目を細めて恵と真希を――そして、『投射呪法』の鍛錬に打ち込み始めた直哉の気配を思いながら、楽しげに呟いた。

 

「これからの禪院家は、退屈しなさそうだからねえ」

 

 最強の矛となる天与呪縛の少女。

 最強の盾と刃を併せ持つ影の申し子。

 そして、それらを絶対の速さで叩き潰そうと燃える歪な天才。

 

 呪術界の暗雲が徐々に立ち込める中、ここ禪院家だけは、次代の特異点たちが互いの牙を研ぎ澄ませる、熱狂の坩堝と化していた。

 

 

 

おまけ!原作と大きく違いそうな人のみ

 

【禪院家内部秘匿資料:『灯』による『炳』評価レビュー】

■評価者プロフィール

灯A(男性):元『炳』。全の就任に伴う『術式再編』にて、強力な生得術式を没収され、扱いの単純な下位互換に替えられた。

灯B(男性):全の就任以前から『灯』に所属する中堅。堅実な呪力操作が持ち味。再編後はより使い勝手がいい術式をもらった。

灯C(女性):元・女中。全に「いい気性をしている」と見出され、戦闘向きの術式を与えられ『灯見習い』から正式に『灯』へと昇格した異例の経歴を持つ。

 

・禪院 全

★★★☆☆(星3.5)

灯A:術式はいいけど使いこなせてないと没収された。人の心とかないんか? そしてそれ以上にずっと微笑んでるのが怖い。

灯B:君、もう一個行けるでしょとか言って術式押し込もうとするのマジやめてほしい。ずっとニコニコしてるけど逆に怖い。

灯C:気が強いことを初めて褒めてもらえた。貰った術式はそんなに強くないけど、使いやすいから気に入ってる。笑顔が素敵。ワンチャンないかな。

 

・禪院 甚爾

★★★★☆(星4.5)

灯Aごめんなさい許してください……。

灯B:昔から強いらしいのはなんとなく知ってたけど、実際まともに戦ってるの見たら強すぎて引くレベルだった。正直ちょっと憧れる。

灯C:イケメンだし無闇に女中を下に見たりもしなかったから好きだった。気付いたら結婚してた……。あの感じで愛妻家なのもギャップ萌え、でも博打癖はあの稼ぎじゃなきゃ許されてないと思う。勝ったという話を聞いたことがないし。

 

・禪院 扇

★★☆☆☆(星2.1)

灯A:最近余裕が出てきたと思う。性格悪いのは変わってない。

灯B:訓練と称して火の輪くぐりさせようとしてくるのやめてほしい、これのせいで髪の毛燃えた。

灯C:最近丸くなったと思う。真希ちゃん自慢がウザい。真依ちゃんが彼の中で空気すぎて正直見てて可哀想。

 

・禪院 直哉

★☆☆☆☆(星1)

灯A:ガキの頃は相伝である事で威張りくさっていたが、今は単純に強い事で威張りくさってる。ぶっちゃけ今のほうがムカつく。

灯B:ストイックだとは思う。適当な組手の相手がいないと俺ですら相手させられる。俺が一方的にボコボコにされるだけだからやりたくないのに。

灯C:『その術式でその程度なら厨房戻ったらええんちゃう?』とかよく言ってくるのがムカつく。術式入れ替えてもらって試行錯誤してた時も『前のがまだマシやな』とか『術式が可哀想や、返してき』とか言われてまじムカついた。




■全
術式で確定黒閃が出せると思いこんでる異常者。
実際は彼のセンス自体が足りない部分を補っているため再現性がなかった。
無理に術式を追加しようとする禅譲ハラスメントが問題視されている。呪力量低めで呪力操作や体術が巧みな人が主なターゲット。
キャパを超えて禅譲されると
+1 軽い目眩や吐き気
+2 重い吐き気、頭痛、痺れ、平衡感覚異常、幻覚・幻聴
と増やす毎に重くなっていく。+2 を超えて試してはいないが、最終的に人間性を喪失したり死んだりするかもしれない。

そしてなんと偶然術式を合成する方法を見つけ出したが、成功率が低く、夢いっぱいのままややレア度の高い術式を投入してゴミにした。ちょっと泣いた。

一族には『絶命時、身に宿すすべての術式を全に献上する』という縛りを結ばせる事になっており、十種取得を急がなかったのはそのためというのもある。
これにより任務先で一族の人間が殉職すると誰よりも先に全が気付く。
顧客もこれを結べば大幅にサービスするシステムができた。

■甚爾
色々と詳しいのは幼少期なんとか待遇改善のためにできることはないかと勉強したから。全が当主になるまではなんともならなかった。

■扇大サーカス
原作で第三位の炎使いである炎の申し子。
『術式は相性が良ければたくさん積める』の一例。
燃える刀、火の玉、火の鞭、火の輪、火吹きと変幻自在なようでなんか微妙。
無理ゲーすぎて当主への執着は諦めがつくと、次は子の優秀さを誇る事にした。
当主の懐刀と同じになれる可能性を存分に見せ始めた真希のことを、一端に愛せるようになってきた。我が人生の誇りよ……。

■真希ちゃん
今は扇から期待と誇りの眼差しで見られてよく構われるけど、もう少し小さい頃の失望の眼差しと雑に扱われていた事は忘れていない。
真依への扱いが空気なのも相まって父さまのことはあまり好きじゃない
恵はライバル、妹は好き、母さまも好き。当主様はなんとなく怖い……。

■出番のない真依ちゃん
別に冷遇まではされてないし、構い方がほぼ訓練一択なので「お姉ちゃんだけ父さまに構われて……」といった感じにはなっていない。父さまのことは別に好きでも嫌いでもない。お姉ちゃんは好き、お母さまも好き。父さまは別に好きでも嫌いでもない。やっぱ割と嫌い。当主さまはなんか怖い……。

■恵くん
操影呪法、と名付けられた特殊な出処の術式をもらった。
影を実体化させ自由自在に操れる攻防一体の術式であり、イメージ次第で色々とできるので彼にとってはこちらのほうが十種より楽しいらしい。
後に八尺様に性癖が歪められるかもしれない。両親は好き、八尺様は好き、真希はライバル、真依はあまり絡みがない。当主さまはちょっと怖い……。

■八尺様
見た目がそんなにおどろおどろしくないので頑丈な遊び相手として子どもたちと遊ばせたりする用途に使われることがある。
全がよく出してうろつかせるため禪院家の男の一部の性癖を歪めている。
基本的に小さな生き物を愛でるのが好き、特に男の子。捕獲地の伝承で語られてたくらい好き。恵くん好き♡

感想で突っ込まれがちな黒閃や術式関連への解釈回でした
なんか原作と違うぞ?ってのは全がおかしいって事にしておいてください
私が原作の設定見落としてたり忘れてたり勘違いしてたりもありますが

もうそもそろ懐玉投稿出来るかも……?
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