ガツン! と脳天に雷が落ちたようなショックが走る。
「あだぁっ!?」
原因は自分を囲む三人のチンピラ。同じ臭い飯を食べることになる、ムショ暮らしのお仲間である。ただし仲は最悪。初日から「先輩として上下関係を叩き込んでやるよ」とかいいながら集団で襲ってきたのを半分ほど倒したところで、隠し持っていたらしい凶器の一撃。目から火花が飛んだ。
痛くない⋯⋯いや違う、あまりの衝撃に脳が痛覚をシャットダウンしてる。かわりにプレゼントされたのは、存在しない記憶。今世ではあり得ないイメージが湯水のように湧いては消える。死に際の走馬灯だろうか。
「クソが! 無駄に抵抗しやがって、刑務官が来ちまう!」
「今日の担当は⋯⋯ダメだ、あいつじゃ話が通じねぇぞ」
「いいからトンカチ隠せ! もみ消すのも限度があんだよ!」
あ。
あー、あ。
マジか。
マジかぁ。
神田強じゃん、俺。
房内に駆け込んでくる刑務官達を前に、125kgの図体で仰向けにぶっ倒れながら、俺は残酷な現実に打ちのめされるのだった。
◇
神田強。
東城会直系の錦山組に所属する若衆。180cm・125kgの力士じみた巨体に天女の入れ墨を背負ったスキンヘッド。自動販売機も担いでぶん投げる力持ち。
ヤクザゲーとして有名になったシリーズ『龍が如く』のナンバリング3で登場したキャラで、主人公の桐生一馬と深い因縁のある組織・錦山組の三代目を襲名する⋯⋯のだが。
この男、極道の親分とは到底思えない、典型的なチンピラであった。頭で考えるより先に手が出る、酒と金と女と喧嘩が大好きなイケイケ野郎。目先の欲のためなら兄弟分も平気で差し出せる、どうしようもないクズ人間。
組長として権力を得ると一層拍車がかかり、同じ東城会系のシマでも平気で奪い、逆らえば暴力で潰してのける。東城会の会長の座を狙っていると口にしてはばからず、実際に六代目会長の堂島大吾が行方不明になると真っ先に疑われる始末。
なお、リメイクでは可愛げのあるところもフォローされたが、それ以上の酷さも追加されたのでむしろマイナス面に振り切れてしまった。
これだけでも十分アレなのに、神田というキャラクターの印象を決定づけてしまった衝撃的なシーンがプレイヤーに披露される。
ゲーム中盤に『堂島の龍』こと桐生一馬に挑んでボッコボコにやられた神田強はその後すっかり登場しなくなり、このまま誰からも話題にされずフェードアウトしていくのかなと思われたところで、弟分にあたる東城会直系白峯会の会長・峯義孝がとてつもないインパクトを引き起こす。
「神田のような男、必要以上に大きくしてしまったのは私です」
手土産として持参したジュラルミンケース。札束でも入っているのかと思わせながら、ゆっくりと開封していく峯。中身を確認した瞬間、その場に居合わせた全員が驚愕する。
「これでケジメとさせてください」
通称・神田.zip。
ゆっくり神田。
お前の末路はこんなんだぞ? と未来視を叩き込まれた男、神田強。それが俺の今世である。
泣きてぇ。
◇
起きたら病院に搬送されてて内心ビックリした。普通なら医療房とかいうのに移されるんじゃないのかと看護師に聞いたら、なんと三日間も失神していたらしい。突然存在しない記憶が流れ込んできたショックで脳がぶっ飛んだんだろう、おそらく。
担当医を呼びに離れるのを見つつ、俺は盛大な溜息を吐いた。
(よりによって神田。神田かぁ……嫌だなおい。最期は首ちょんぱで退場じゃん)
如くシリーズの生死判定はわりかし緩いというか、シリーズが進むにつれてどんでん返しが頻繁に起こる。過去作で死んだはずのキャラが後になって実は生きてました、助かりましたが発生するのだ。名前を変え、姿を変え、所属する組織も変えて生き残る。そのほとんどが表舞台には戻らず、影の人間となっている。なお桐生ちゃんは除く。
ただし、そのどんでん返しの恩恵を受けられるか否かのラインは極めて曖昧。人気キャラなのはもちろんだが、作中で明確なイメージダウンに繋がるシーンの当事者であった場合───民間人を殺したり───可能性がゼロまで下がる。
その点でいえば、無印『龍が如く3』の神田にはチャンスがあった。強姦罪で収監された暴力男ではあったが、描写されたシーンだけなら民間人に手を出してはおらず、彼の性癖である「嫌がる女性に無理やりマッサージ(なんと本当にマッサージしかやらないことが発覚)」を受けて感謝する女性までいたのである。
ところがリメイクで追加されたムービーにおいて、神田は明確にラインを越えてしまった。それを見たプレイヤーは察してしまうのだ。
『あ、神田は死ぬのね』
と。少なくとも俺はそうだった。
はぁ~~~~~~~~~~~
溜息が止まらない。ただでさえ神田強として生きてきた記憶に別の記憶が混ざって混乱してるのに、最期はゆっくり饅頭ならぬゆっくり神田になっておしまいだと知らされたのだから。本当に勘弁してもらいたい。
どうしたもんかなぁ。ヤクザを辞めるったってツテがないし、一般人になろうにもレイプ犯の前科者だぞ。学歴も中卒止まりで親族とも絶縁。だったらまだヤクザを続けたほうがマシかもしれない。十年後ぐらいに大解散で無職になるけど。
いや、待てよ? 組の中で適当なインテリヤクザにフロント会社作らせて、そこに社員として経歴ロンダリングすればどうにかなるか? それが出来そうなのは⋯⋯峯じゃん。でもあいつ俺の死因じゃん。駄目やんけ!
あ~~~~~~~も~~~~~~~~~!
(もういいや。寝よう。明日の事は明日の俺にぶん投げとけ)
その後、CTスキャンで異常なしと診断された俺は即日でムショに戻されるのだった。忙しすぎんか。え、ストレッチャーで横着しないで歩いて帰れ? はいはい、従いますよって。我々は一般人の血税で生かされてますさかいに。トホホ⋯⋯
◇
俺⋯⋯もういいか。ワシの入っていた房は要調査の対象になって全員が取り調べの上で懲罰房行きだった。新顔が来て早々に夜中騒乱、凶器を隠し持っての暴行、グループを結成しての犯行なので言い逃れもできない。おまけに刑務官も何人か抱き込んでいたのがバレたとかで、所内全体が浮ついている。娯楽が少ないのでスキャンダルを楽しむのだ。
じゃあこっちも懲罰かと覚悟していたら、まだ初日なのに加えて加害者側があまりにも悪質のためお目こぼしする、というか身内の不祥事でそれどころではないとして免除。別の房に入る事になった。
「そんなわけで、ワシ、神田強や。よろしくな」
「あ、あぁ。なんか見た目のわりにフレンドリーっていうか、ぐいぐい来るのな」
ムショ入りしょっぱなでやらかした問題児として話題になってしまったので遠巻きにされ、仕方なく誰かいないかと探したところ、房内でなんとなく孤立していた若いのに絡んでみる。最初は不愛想だったが、その日の内には砕けた態度で話すまでになった。さては根っからの陽キャだなこいつ。
で、名前を聞いて仰天。
「俺は春日一番ってんだ。4年前に直系の坂木組と揉めちまってな、そこの奴をハジいてここに来た」
主人公やんけ!!!
ムショなので当然パンチパーマでもレゲエカットでもない、丸坊主だからまったくわからなかったが、よく見たら日本人離れした彫りの深い顔立ちをしていた。うわ、マジか。ワシが別房行きになったら一番と同房になるとか凄い偶然。そういや刑期15年、一回暴れて延長込みで18年だった気がする。桐生ちゃんが10年だから倍近い期間を過ごしたわけだ。
話の流れでワシのムショに来た経緯を説明。レイプ犯のくだりで眉間に一瞬だけ皺が寄ったのは仕方ない。桃源郷育ちで水商売の女達と接する機会の多かった一番には許せないだろう。
とはいえ、以前のワシならともかく、記憶の戻ったワシはほぼ別人である。シャバに戻ったとして性犯罪をやろうとは思わないし、その手の店に金を払って世話になりたい。だって性病とか怖いし(正直)。どうせやるなら、しっかりと保証されたプロを頼りたい。もちろん暴力などもってのほかである。サービスを受けるこちらも敬意を持って嬢に接しなければならない。
⋯⋯ということを、記憶云々だけ伏せて熱く語った結果、強張っていた一番の顔がだんだん困ったようになり、最後には可哀そうなものを見る目になっていた。何やねん。
「嘘ついてねぇってのはわかるぜ。けど、そんな考えの出来るあんたがなんでレイプなんてやっちまったんだ? 聞いてた話と全然違うじゃねぇか」
「ちなみにどんな話やった?」
「あー⋯⋯メシと酒と女とケンカが好きなクズで、嫌がる女にマッサージしてぶっ壊すのが趣味の、典型的なチンピラヤクザだって。別の組から来た奴があちこちで噂ばらまいてんぞ」
すごい、100%真実しかない。思わず笑ってしまうほどの救いようのなさだ。そりゃダメだわ、どんでん返しの救済対象になるわけがない。どう贔屓目に見てもネタ枠が関の山だろう。
まぁ、そんなどうしようもない男になってしまったのがワシなので、今さらチェンジも許されない。ワシの刑期は約2年、出所の日までに神田強として生き残る道を探すしかないだろう。悲しいけどこれヤクザゲームなのよね⋯⋯主人公でも次回作であっさり死ぬGTAよりはマシだと思いたいが。
これからよろしく~、と頼んでその日は終わった。明日からは刑務でお仕事をこなす毎日だ。この体格だし、間違いなく力作業の担当だろう。出所後に受け取る報奨金のために頑張るとしますかね。
※神田の正確な刺青は天女・おかめ・楓。それぞれの意味は諸説あり、
天女:愛・不老不死・死神・成功を求めての死
おかめ:福を呼ぶ
楓:遠慮・変化・節制
うん⋯⋯ってなる