【完結】神田.zipにはなりたくない   作:翔々

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怨嗟は廻る

 

 運命は収束する。

 

 神田強に宿る意識が願った通り、峯義孝はこの後、自身を狙う凶弾から堂島大吾に庇われる事で、あまりにも強い光に灼かれる。それは恩人から受けた思いと同じく、彼の人生が終わるその時まで、魂に刻み付けられる傷痕になった。

 

 願いには対価が発生する。

 

 定められた脚本を書き換える代償は悲劇であると、昔から相場が決まっている。敵であったはずの存在が味方になれば、欠けた穴を埋めるために、過剰なほどの敵が生まれる。たとえそれが意図しないものであったとしても。

 

 ツケを払う時が来たのだ。

 

 この夜の犠牲は、きっと、それだけの事でしかない。

 

 

 

 

 東都病院一階のエントランスは、文字通り血の海に染まっていた。

 

 峯と大吾を襲ったグループは身代金目的だったため、自暴自棄とはいえ殺さないだけの歯止めが利いていた。おかげでふたりの助かる可能性は高かったともいえる。

 

 だが、こちらに集まった百人、そのすべてが元錦山組の構成員であり、ほぼ全員が武闘派である。自分達を使い捨て、のうのうと生きる幹部への恨みは、殺しても飽き足らないほどに強かった。

 

 お前だけは絶対に許さない。

 

 殺意渦巻く鉄火場。神田が盾になるように突撃し、碇は援護に回る形で戦争が始まる。

 

「手こずらせやがって、この、死にぞこないが⋯⋯!」

「う、あ⋯⋯う」

「碇の兄貴⋯⋯!」

 

 碇新平は必死で戦った。くすぶり続けた彼の極道人生で、いまこの時がもっとも輝いていた。襲撃者から奪ったピストルで神田を狙う狙撃手を排除し、弾切れになってからは庇われながらもドスで奮闘し、敵の落としたヤッパを振り回して背後を守り続ける。足手まといになってたまるか、そのちっぽけなプライドだけが彼を支えていた。

 

 裏口に回っていたグループが押し寄せたところで、肉体が限界を迎えた。塞ぎかけていた頭の傷が開き、おびただしい血が噴き出して止まらなくなる。もはや死に体であった。

 

 膝をつく碇新平を背にした神田強は、鬼神と化した。

 

「百人いたんだぞ⋯⋯!? 嶋野組で鳴らした古参に、クーデターの連中まで集めたんだ。それを全員ぶちのめすだと? てめぇ如きが四代目の真似かよ、神田ァ!」

「グァッ……!」

 

 残る数名を沈めたところで、意識を取り戻したリーダー格が碇を抱え上げ、頭部に銃を突き付けたのだ。命懸けの修羅場に放り込まれ、血の匂いに冷静さを失った結果というには酷である。

 

 右肩に銃弾が二発。一発は抜けずに残っている。

 全身七か所に深い斬り傷を負い、左腕にはドスが貫通したまま。

 骨折、ヒビ、打撲は数えきれず、息をするだけで激痛が走る。

 

 どんなに頑丈でも、殺し合いのプロの集団相手では限度がある。その劣勢を覆してのけた神田は人外の領域に届きつつあった。だが、もはや打つ手がない。碇を盾に一歩、また一歩と男が迫る。

 

「そこに座れ。ドスを抜こうと思うなよ」

 

 男の指示に従って膝をつく。隠していた武器も乱戦の中で使ってしまい、身一つの素手だった。頭から流れる血で真っ赤に染まった視界。神田への恐怖と、恨みを晴らせる悦びで歪んだ男の顔が揺れている。

 

 カチリ、と引き金に指が掛かる。

 

 赤い世界の中で、碇新平が嗤った。

 

「死ねや三下ァ!!」

 

 凶器は碇の手元にあった。

 

 入院着の袖内に隠し持っていたメスをすべり落とし、掴みざまに反転。動けないものと油断していた男の首を横薙ぎに切断する。パックリと裂かれた切断面からスプリンクラーのように鮮血が噴き出し、崩れ落ちる碇に降り注いだ。

 

 男が血の海に倒れるよりも早く、神田は碇を助け起こす。

 

「兄貴!」

「ヘッ⋯⋯甘く見やがって。だからクビにされるんだ、バカ野郎め」

 

 助け起こす神田の腕の中で、碇が気持ちよさそうに笑う。手の平から伝わる体温が、信じられない早さで失われていく。だがどうして? 頭の傷は開いたが、他に傷はないはず⋯⋯

 

 足元を見る。

 

 力を失って投げ出された碇の下半身、右脚の太腿に、黒々とした穴が穿たれていた。どくどくと血が流れ、愕然とする神田をも血に染めていく。

 

「倒れてる、うちに、な。撃たれちまった。動脈かな⋯⋯もう、無理だ」

「なにを言っとるんですか! ここは病院です! きっと何とかなるはずや!!」

「いいんだ⋯⋯なぁ、神田」

 

 白くなった碇の手が、自身を支える神田の手を掴む。触れたかどうかもわからない力が、不思議なほど強く感じられた。

 

「ありがと、な」

「⋯⋯」

「代行なんか、くだらねぇって、思ってた。でも⋯⋯お前と、峯が、きた。おかげで⋯⋯さいごに、たの、し⋯⋯」

 

 神田の手を掴む力が一瞬だけ強くなり、やがて、何も感じられなくなった。

 

「⋯⋯兄貴?」

 

 神田を見上げる碇新平の顔には、すべての苦しみから解放された、安らかな笑みが浮かんでいた。

 

 慟哭。

 

 

 

 

 この世のものとは思えない絶叫が響く病院のエントランスに背を向けて、ひとりの男が病院から離れていく。クリムゾンカラーのロングコートを翻し、闇夜に艶光るレザーのスラックス、皺ひとつない黒のドレスシャツをまとう。

 

 元錦山組のヒットマン、荒瀬和人である。

 

 携帯電話を取り出し、相手に掛ける。

 

「予定通りだ。碇のヤツは俺が済ませた」

『神田はいいんですか? 錦山組のトップですが』

「俺が破門された時、あいつはムショの中だ。恨みはねぇよ」

 

 それより、と続ける。

 

「そっちはどうなった、新崎?」

「順調ですよ。集まった雑魚はみんなやられました。遠藤達も騒ぎにまぎれて始末済みです。これで俺達の存在にたどり着く者はいない。晴れて復讐代行サービスのノウハウは荒瀬さんのものというわけだ」

 

 いくつかのやり取りの後、電話を切る。止めていたバイクにまたがった荒瀬が、ゲラゲラと大声で嗤った。

 

「⋯⋯待ってろや、桐生一馬。てめぇが沖縄でのうのうと暮らす間に、俺は俺だけの組織を作ってみせる。せいぜい死ぬまでの時間を潰してな、クソったれが」

 




次回が最終話。本日22時に投稿予定です
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