【完結】神田.zipにはなりたくない   作:翔々

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プロットに書きかけのものがあったので仕上げてみた幕間一つ目。今日の夜・明日の昼にも投稿して完全におしまいになります


幕間・一

 

『神田強の福利厚生改善計画』

 

 

 錦山組はかつての勢いを取り戻した。

 

 それは有益なシマ争いに勝利するだけでなく、潰れかけたテナントの経営改善という地道なものから、大規模修繕の迫る建物をエリア丸ごと再開発に巻き込む大掛かりなビジネスまで、幅広く手掛けるようになったおかげである。このあたりの手腕は峯の薫陶を受けた膳場が半泣き状態で発揮しており、若衆から舎弟頭へと昇進する日は近い。

 

「俺ヤクザなんですけど、下手なカタギより働いてませんか!?」

「逆に聞きたいんやが、なんでこれだけ出来るのにカタギやらんかったんや」

「高校デビュー失敗から孤立して中退コースだからです」

「あっ⋯⋯」

 

 その場にいた全員の視線が生暖かくなった。涙をこらえながら次の営業先に飛んでいく膳場の背中を見送りながら、もうちょっと優しくしてやろう、と組員一同が頷いたのはさておき。

 

 毎月潤沢な利益が入るようになり、資金繰りに余裕が出来たおかげで事務所の雑居ビルを全階丸ごとリノベーション(価値向上)。会議室に倉庫といった施設は手直し程度だが、組員への福利厚生目的の娯楽室に加えて最新式のトレーニングジム設備を導入。カチコミ食らっても生き残れるだけの力を持て、という神田からの圧を受け、組員達は日夜ビルドアップに励んでいる。峯おすすめのプロテインも毎週箱詰めでお届け。

 

 追加された施設でもっともスペースを割かれたのは、一フロアまるごと使った学習室であった。

 

「大海原資格学校の営業部に交渉してな、役に立つライセンスの教材を片っ端から用意してもろたんや。パソコンも複数台あるからPCスキルにも対応可能。こんだけあればまぁええやろ」

 

 満足げに頷く神田強。なお、もっとも長時間利用しているのが責任者の組長なので、組員の誰も「ヤクザが勉強なんて出来るかいな」などと文句はいえない。オヤジが絶対の極道社会は超絶ブラックである。

 

 とはいえ、ある程度察しの良い組員はいるもので、西野や宮内といったカタギに馴染める面々は神田の意図に薄々気づいている。

 

「あんまり言えねぇんだけど、アレだよな?」

「だよなぁ⋯⋯」

 

 

 

「「ムショだろこれ」」

 

 

 

 漢・神田強、組事務所を更生施設に魔改造する。

 

 オヤジが鍛えろといったら鍛え、勉強しろといったら勉強するのが組員の役割である。逃げ出せば破門。ガッコーからリタイアした先でベンキョーさせられるとか地獄かよ、と多くの組員は頭を抱えるも、面倒見がいいのもまた極道であり、基本的には見捨てず高卒級まで育て上げる。学長は神田。そもそも怖すぎて逃げられない。

 

 基礎学力が身に着いたと判定されれば、そこから簿記や英会話、PCスキル、建築技師や電気設備、さらには特殊運転技能まで、本人の希望と適性も込みで徹底的に仕込む。資格ひとつ取ったら解放されるとその気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ、とばかりに履歴書を埋めさせる。組員は泣いた。でも勉強する、だってパンプアップしたオヤジ(最近130kgに増量)が睨んでくるから。

 

 せっかく取った資格は使わなければもったいない? よろしい、ならば実践だ。ペーパーカンパニーで実体のなかった会社に組員を移し、一般社会に溶け込ませつつ経験を積ませる。カタギに迷惑をかけた? 組長直々の面談が行われ、こんこんと諭された組員は態度を改めてお土産片手に謝罪行脚。決して手を抜く事は許されない、だって営業車にオヤジが同伴してくるから。めちゃくちゃ忙しいのに。

 

 ⋯⋯あまりにも過剰な程の熱意。その異常性に、多くの組員は疑問を抱いている。なぜオヤジはこんな真似をするのか。今時カタギだってここまで真面目にはやらない。これではまるで、

 

 自分達ヤクザが、カタギになっても生きていけるように⋯⋯?

 

「神田の兄貴。何か思うところがあるので?」

「万一や。無ければそれに越した事はないがな」

 

 十年後の大解散。その後に訪れる、万単位の失業者と半グレの隆盛。彼らを少しでも拾い上げるための布石であると、いまの時点では誰も知らない。ようやくマシになった英会話スキルを駆使して、海外の日本人街と連絡を取るようになった事も。

 

 それはそれとして、膳場は今日も走り回っている。舎弟頭に昇格した彼の飲むコーヒーは、苦い。

 

 

 

 

『新入社員・神田強』

 

 

「アカン、これもダメや。何の足しにもならん」

「最重量なんですが⋯⋯つくづくオヤジは怪力っすね」

 

 バーベルを元の位置に戻しながらボヤくワシに、若衆の長谷部がジト目で返してくる。3本編では若頭として桐生さんにボコられていたが、いくらなんでも能力が足りないので育成中。腕っぷしはいいから事務と管理が伸びてほしい。

 

 せっかくトレーニングルームを設けたので組長のワシも利用したところ、130kgになったワシのマッスルは限界の壁を越えたのか、導入した設備では負荷にならんかった。営業先で絡まれがちだからと鍛え始めた膳場がバケモノを見る目でワシに視線を送ってくる。しゃあないやん、片手で持てるんやから。

 

「アスリート向けのジム御用達の業者から用意させた一式なんで、これ以上はないですわ。神室町中を探しても無駄になりまっせ。他をあたりましょう」

「そういわれても⋯⋯あっ」

「オヤジ?」

 

 周囲を気にしなくて、協力してくれそうで、普通ではないトレーニングができる場所。あれでもない、これでもないと考えを巡らせる内に、該当する先がひとつあった。が、本当に大丈夫かちょっと、いやかなり不安。でもそこしかない。

 

「⋯⋯ちょい出かけるわ」

「へい。仕事はやっときますんで、ごゆるりと」

 

 

 

 

 で、数時間後。

 

『お前らぁ! 錦山組の神田組長、直々のお願いやでぇ! たっぷりこき使ったれや!!』

「へい親父!!!!」

 

 こんにちは、真島建設にアルバイトで採用された神田強です。肉体労働と重機の操作、あと現場指揮が得意です。シフトが変則で申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願いします。

 

 そういえばあるんだわ、ナンバリングで2~3の間に存在する巨大建設現場。人の目につかなくて、働いてるのがほぼ全員ヤクザの無法地帯。何を隠そう、神室町ヒルズ建設予定地が。

 

 社長の真島吾朗こと真島の兄さんとは幹部会で面識があったので、理由を話したら二つ返事で了承。安全メットと作業着を渡されてその日の内に勤務開始となった。いや早いな? 今日からこいつも同僚やからな、と説明された西田が仰天してて可哀相。

 

 ワシの仕事はいたって簡単。本来ならクレーンを使って運搬する重量物を人力で運ぶ、それだけである。いやもう、カシラになってから仕事が増えすぎて頭が回らなかったんで、身体を動かすのに集中できてめっちゃ助かる。

 

 ⋯⋯カタギなら絶対許されない案件が多発してるけど。ごたくはいいから安全帯つけんかい! タバコは喫煙スポットで吸えや! 新入りのはずのワシが怒号を飛ばす異様な空間。真島の兄さんは笑ってばかりで注意しない。西田が半泣きで若衆をどやしてる。

 

 決められたノルマをこなした後、トレーニングの本命がワシを待つ。

 

「おう、頼まれたモンは用意したで。エンジンはかからんから誤作動の心配はないが、本当にやれるんか? 元手はタダやから構わんけど」

「これぐらいやないと負荷にならんのや。助かったで、真島社長」

 

 入念なストレッチで体をほぐしてから、目の前に置かれた中型トラックの廃車を見据える。作業を終えて歓談していた連中がどよめく真ん中で、真島の兄さんが口端を吊り上げて笑っている。期待してるんだろうなぁ、きっと。

 

 ならば応えてみせよう。

 

 トラックのフロントバンパーの下に両手をかけてから腰を落とし、全力が出せるフォームを探り当てる。指の先から足首、すね、膝、もも、腰の下半身から上半身にかけて、ベストな状態をキープ。気合は入った。重労働で熱も灯ったまま。コンディションもいい。

 

「ふんっ⋯⋯!」

 

 ゆっくりと、しかし着実に、4トントラックの最も重い前面部が地面から離れていく。無積載でも2トンはある重量物が、たったひとりの男の手によって持ち上げられる現実離れした光景に、周囲のどよめきは悲鳴に変わりつつあった。

 

 バラエティ番組でも『人間がトラックに挑戦』といった企画は珍しくない。ただし、あれは車体を押すものであって、タイヤと総重量の1~3%程度の筋力があれば可能と科学的に証明されている。持ち上げるものでは断じてないのだ。

 

 その常識が、いま破壊される。

 

「ぬっ⋯⋯ぐっ、があああああああっ!」

 

 全身の筋肉が膨れ上がり、血管をどくどくと脈打たせながら、バンパーを膝、腰、腹の位置まで浮かせる。すべらないよう脚のフォームを直しつつ、ようやく胸までいったところで、真島の兄さんが奇声をあげた。

 

「ヒャハハハハ! ええでええで、最後までやれや! 潰されるんやないぞ神田ァ!!」

「い、わ、れ、ん、で、もぉ⋯⋯!」

 

 車体を頭の上にまで持ち上げて、ジリジリと上半身を送り込む。腰を大きく落とし、力が抜けないように注意しつつ膝を曲げて、相撲の投げにかかる姿勢を取った。

 

「やったろうやないかぁ!!!!」

 

 己の力のみで片側にひっくり返した瞬間、グラリと揺れるほどの地響きが建設現場を襲った。腰のひけていた若衆が何人か尻餅をつき、西田はあんぐりと口を開けたまま戻らない。

 

 真島吾朗は────嬉しそうに嗤っている。新しいおもちゃが見つかったからか、あるいは失った身内を思わせる怪力の持ち主に巡り合ったからか。

 

「何を呆けてるんやお前ら! ビックリ人間の誕生の瞬間やぞ!! 拍手して褒め称えんかい!!!」

 

 オヤジの叱責を受けて、ドン引きしていた若衆達が我に返ってひとり、またひとりと手を叩き出す。やがて周辺一帯に響き渡る歓声となり、タオルとスポーツドリンクが差し入れされるまで、全身汗みずくの男が胴上げされるのだった。

 

 後日、真島建設に騒音迷惑のクレームが入った。社長は無視し、西田が謝りに向かう、真島建設のいつもの日常である。

 

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