【完結】神田.zipにはなりたくない   作:翔々

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住めば都のムショ暮らし

 

【朗報】 ムショ暮らし、健康になる 【キャラ変不可避】

 

 漫画やらドキュメンタリーで知っていたが、刑務所での生活はむちゃくちゃ健康的である。

 

 朝7時に起きて夜9時には就寝、栄養バランスの考えられた三食きっちりもらえて、週2~3回は軽運動の時間が設けられる。刑務作業で仕事も与えられるので、社会貢献の意識も多少は持つ事ができる。

 

「わかっとったけど、筋トレも基本しかできんなぁ。そりゃダンベルなんぞあったら凶器になるし、しゃーないか」

「俺には⋯⋯十分⋯⋯重てぇんだけどな⋯⋯!」

「一番だけだとワシには軽いな。おーい、そこの暇してそうなの。ちょっとワシの上に座ってくれや。これでワシひとり分にはなるやろ」

 

 房内にはテレビが設置されていて、1~2時間は視聴が可能。どの番組を見るかは房内の多数決かリーダー格の独占で決める。刺激的な内容の番組は制限されているので、もっぱら国営放送か人気ドラマに絞られる。

 

「そういやドラえ〇んの声優が代わったで」

「マジで!?」

 

 希望すれば図書室も利用できて、資格取得のための勉強も許されている。中卒なら高卒資格、中退者なら高卒認定のための対策をしてくれるし、刑務選択で工務を選べば溶接・木材・クリーニング等の職業訓練もさせてもらえる。英検・漢検・宅建まで勉強できるのだから、いたれり尽くせりとはこういうものか。

 

 ヤクザとして生きてきた神田強の意識は拒絶反応を起こしているが、正直シャバで暮らすよりよっぽど人間的な暮らしが送れるといっていい。出所後すぐに再犯する輩が出るのも無理はなかった。

 

 確か『ショーシャンクの空に』だったか。あまりにも長年ムショ暮らしをしたせいで出所後の社会に馴染めないシーンがあったのを思い出す。この生活をン十年も送ればそうなってしまうのもわかる。だって楽だもん。

 

「あい・あむ・あ・ぼーい。でぃす・いず・おくとぱす」

「男塾かよ」

 

 作業後の暇な時間はもっぱら一番を巻き込む毎日である。他に乗ってくれる奴がいないし⋯⋯一番も孤立気味だから付き合ってくれるのだが、基本的にノリがいいのでまず断られない。

 

 あと、前世らしきイメージで気づいたのだ。一番って8でハワイ行くじゃん。だったら今のうちに英語に慣れておけば、将来助けになるのでは? と。

 

 ワシも覚えて損はないので、暇つぶしがてら勉強に励む。だって峯の奴が英語ペラペラだから⋯⋯CIAだのブラックマンデーだのとサシで交渉するとかどんなインテリやねん。二年ちょっとじゃ付け焼刃にもならんが、日常会話くらいはこなせんとアカン。ヤクザもグローバルな時代やからな!

 

 で、男ふたりが頭を悩ませながら日々過ごしていると、だんだん察するようになる。

 

「お前、カタギの方がええな」

「えっ」

「多芸過ぎるわ。なんやの、ワシがひいこら英語勉強しとる内に漢検・ガーデニング・フードコーディネートまで取得しおって。お前こんなんやったら普通にシャバでシノギ上げるやろ」

 

 春日一番、めっちゃ要領がいい。地頭がいいとかのレベルでなく、何かひとつを始めたらそれを取っ掛かりに拡大するセンスが半端でなく高いのだ。この逸材を眠らせていた荒川組はやる気がないというか、マジで本編が開始するまでクサクサしていたのだろう。息子関係のゴタゴタで手が回らなかったのかもしれない。

 

「あとな、SE〇A検定2級ってなんやねん。これを取ってどう活かすんじゃ? ゲーム開発か? いくつもハード潰したような会社の資格になんの意味が」

「神田、ストップだ。それ以上いけねぇ」

「モガモガ」

 

 禁忌を洩らしかけた口を両手で塞いでくる一番にあらがいつつ、ワシは思った。

 

 文字通りの身一つでハワイに放り出されても生き残って大事件を解決するような男に「英語を多少話せるようになっておけば後々楽だろう」なんて気遣いはいらんかったかもしれん。そもそも最初から言語の壁を越えて現地民とコミュニケーションとってたもんな。

 

 究極の陽キャとは一番みたいな奴をいうんやろ、きっと。

 

 

 

 

 月日が過ぎるのは早い。ムショの中で神田強として目覚めるとかいう罰ゲームのスタートから、あっという間に2年が経った。それはつまり、ワシが刑期を終えて出所する日が近いというだけでなく。

 

「うっ⋯⋯ぐ、うぅっ⋯⋯ぐぅぅぅぅぅ⋯⋯!」

「泣くなや⋯⋯ワシまで泣きたくなってくるやないか」

「だってよ、2年だぜ!? ずっと一緒にやってきた仲間が旅立つんだ! こんなに嬉しい事なんてねぇさ! ああ、でも⋯⋯俺は!」

 

 同時に、一番との別れも近いという事や。

 

 ワシの刑期は2年で終わる。一番は15年だったのがトラブルを起こして18年に延期された。今が2007年で、一番の出所は2019年だから、あと12年。ワシと過ごした6倍をこの中で生きる。それがどれだけ長く、苦しい年月になるのか。

 

 模範囚として刑期短縮される可能性はほとんどない。一番自身がそれを理解している。だからこそ考えてしまう。別れにふさわしくない言葉が浮かんでしまう。人間なら当然のことだ。

 

 それを飲み込んでしまえるのが、春日一番という男の善性であり、美徳である。

 

「ヘヘッ⋯⋯先にシャバで待っててくれよな、神田! 俺はもう二度とここで暴れたりなんかしねぇ! きっちり刑期満了してやる!!」

「ああ、待っとるで、一番。そん時は韓来の焼肉でも一番星のラーメンでもおごったるからな。折れずに過ごすんやで」

「あぁ~~~~~⋯⋯くっそ、思い出しちまった。食いてぇなぁ、ちくしょう!」

 

 もしかしたら、この先二度と会えないかもしれない。ワシはそれを知っている。一番も無意識の内に察している。理由は知らなくても、ワシが何かに備えているのがわかる。野生の勘みたいな才能を一番は持っている。

 

 満面の笑顔で見送ってくれる一番に感謝しながら、ワシは房を後にした。

 

「5324番。時間だ」

「おう」

 

 ワシの囚人番号が呼ばれる。いよいよその時が来た。入所前に持参したバッグと2年分の報奨金が入った封筒を受け取り、通用口まで先導される。来た時とまったく変わらない景色の中を歩きながら、扉までたどり着いたところで、刑務官が一言。

 

「二度と戻ってくるんじゃないぞ」

「それホンマに言うんか!?」

 

 思わず突っ込んだら笑っていた。ちょっと嬉しくなった。

 

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