【完結】神田.zipにはなりたくない   作:翔々

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この小説で書く範囲は外伝・Dark Tiesで納まります。本編まで書いたら十万字を超えてしまう


極道への登竜門

 

(誰だこいつは)

 

 暇してるならあいつの迎えに行ってこいや、と錦山組から送られてきた若衆ふたりは、通用口から現れた男を見た瞬間、別人ではないかと疑った。

 

 彼らの知る二年前の神田強という男は、控えめにいっても恰幅が良いとしか表現できない、だらしなく太った肉体にYシャツをインナー無しで直に着るような強面のチンピラだった。髪の毛一本残さないスキンヘッドはヤクザとしての貫禄こそ十分だが、顎周りのだぶついた脂肪が不潔さを強調してしまう。少なくともキャバクラでは受けない。

 

 いったいこの二年で何があったのか。身体についた余分な贅肉はシュッと引き締まり、残った脂肪はむしろ巨躯を印象付けさせる。野良犬じみていた形相には理性の光が宿り、こちらを眺める双眸はいたって穏やかである。あの出会いがしらにビンタをかましてくる暴力男の面影がいっさい失われてしまった。

 

 これがあの神田強なのか? 実は何かのドッキリじゃないか? 

 

 凝視する若衆ふたりを前にして、空いた方の手が上がる。

 

「お疲れさん。せっかくの休みにすまんの」

「い、いえ! お勤め御苦労様でした、神田の兄貴!」

 

 中腰の会釈、極道式の挨拶を返すふたりが頭を上げた瞬間、神田の手が翻る。

 

(ビンタが来る!)

 

 ビクッ、と硬直するふたりだったが、いつまでたっても痛みがない。恐々としつつ閉じた眼を開けると、福沢諭吉が自分達を見つめていた。

 

「お駄賃や。ふたりでメシでも食っとき」

「は⋯⋯はっ!? あ、ありがとうございます?」

「今日はもうついて来んでもええぞ。組にはワシだけ顔を出しとけば済むやろ」

 

 手をひらひらと振りながら、推定・神田強が悠々と去っていく。その後ろ姿を呆然と見送りながら、若衆ふたりは手の中の一万円札を見た。

 

「⋯⋯なぁ、夢でも見てんのかな、俺?」

「わからん⋯⋯何があったらああなるんだ?」

「ムショって怖いところなんだな⋯⋯」

 

 『刑務所は極道者に人格改造を施して真人間にしてしまう凶悪な施設である』という、間違っているようである意味正しい認識がふたりの中で生まれるのをよそに、ひとりの男が颯爽とその場を後にする。陽光に照らされたジュラルミンケースの輝きがいっそう際立っていた。

 

 

 

 

 尾けられているでござるの巻。

 

 ワシは別に勘が鋭いとか、鼻が利くとかいう技能はない。そういう動物じみたチートは主人公勢の特権である。後ろからの奇襲を避けて反撃するなんてスキルがあったら、ムショ入り初日にトンカチをくらったりはしないのだ。

 

 そんなワシでも気づいてしまうくらいには、後ろにピッタリと付いてくる峯義孝のストーキングは雑だった。ギッシリと札束の詰まったジュラルミンケースを引っさげて歩く高級仕立てのイケメンとか、どう考えても目立つに決まっている。

 

 ワシが神室町入りして天下一通り・泰平通り・中道通りとブラつく間、向こうは三回もチンピラに絡まれている。そのたびにコンビニやら自販機で暇つぶしに励む羽目になった。

 

「ほーん。名古屋錦栄町のから揚げチェーン店か。で、こっちが北海道月見野のキャバクラ。あっちは何や、福岡永州街のもつ鍋? ええなぁ、前まで無かった店がごろごろ入っとるやんけ⋯⋯アカン、よだれが出そうや」

 

 ムショ帰りで歓楽街の誘惑に負けそうなヤクザを演じているが、本当に負けてしまうかもしれん。二年間の禁欲生活は精神的にキツかったらしい。この辺で切り上げた方がいいだろう。

 

 中道通りの裏から、神田強が常連だったピンク通りへ。酔っ払いと客引きをあしらいつつ、路地から路地へと迷いなく進む。曲がり角の先に出来た人目につかない空きスペースに差し掛かったところで、ひょい、と振り向く。

 

「ここでええやろ。ワシに用でもあるんか、兄ちゃん」

「!」

 

 こちらから絡んでくるとは思わなかったのか、一瞬だけ顔を強張らせる男がそこにいた。

 

 身長はワシよりも高い185cm。脂肪とは無縁の、ソリッドに仕上げた細身のマッチョなボディ。眼光は鋭く、ホスト顔負けに整った顔が闇の中で艶めいている。ブラウンカラーのテーラードジャケットにVネックのカットソーは皺ひとつなく、それでいて成金趣味の厭味ったらしさがない。服に着られているのではなく、服を着こなしているからこその格好良さ。

 

 文句無しのイケメンである。これと並んで歩いたら大抵の奴はチンパンジーかゴリラだろう。町を歩くだけで嫉妬してくださいといわんばかりのカリスマが漂う。そりゃあ敵も多いわ。

 

「ムショからずっと尾けてたやろ? そない重そうな荷物まで提げて、いい加減疲れたんと違うか?」

「⋯⋯わかっていたのなら、早めにいってくれればいいものを」

「それじゃあ面白うないやんか。こんなどこにでもいるチンピラヤクザをわざわざストーキングする奴なんて、訳アリに決まっとるからな。チンピラ相手の立ち回りもお見事や。シュートボクシングっちゅうやつか? ええ動きしてたで」

 

 峯のフットワークは恐ろしく速い。桐生のボクシングスタイルと比べても二割増し、技によってはそれ以上のスピードでチンピラ達を沈めていった。試合だったらゴング開始即K.Oの秒殺記録が乱立しただろう。

 

 ただし、まだ完成されてはいない。

 

「お褒めいただき光栄です。では、私の話を───」

「その前に、な?」

 

 片手にぶら提げていたバッグを道脇に放ってから、肩をグルングルン回す。まずは右、続いて左。ゴキッ、ゴキッ、と人体が発したとは思えない異音が響き、峯の眉間に皺が寄った。

 

「長いことムショに入っとったからな、身体が鈍ってしゃあないんや。ちょうどええから相手してくれ。ああ、カタギを病院送りにはせんから安心せえ。そっちは本気で殴ってもええからな」

「⋯⋯つくづくヤクザという人種は理解できない。いや、だからこそやりやすいのか?」

「なにをブツブツいっとんねん。だいたい、自分でわかっとるんか?」

 

 

 

 

 

 

 

「嬉しそうに笑っとるで、カタギの兄ちゃん」

「───お手並み拝見しますよ、神田さん」

 

 

 ワシが両の掌を開いて大きく構えるのと、ほんの少しだけ口唇の端を歪ませた峯義孝が拳を固めてスマートに構えるのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

「シュッ!」

 

 始まって早々、一足飛びに距離を詰めた峯が左のジャブを放つ。相手の動きを止める牽制も兼ねた一撃であり、ここから肘を縮めて連撃の左ジャブ、右ストレート、左フックと繋げる峯のコンビネーション。街のチンピラでは為すすべなく地面に沈められる起点の拳が、遠慮なく顎を襲う。

 

 ゴッ、と鉱物を殴ったような音が、峯の左拳から伝わった。

 

「ぐっ⋯⋯!?」

「良いパンチや。けど、ハンカチくらい巻いたほうがええな。殴った拳の方がイカれるで」

 

 トンカチで頭を殴られてもヒビ一つ入らない、人間離れした頑丈な肉体。生き馬の目を抜く神室町でワシのような男が生き残れた、シンプルかつ明確な理由である。首まわりを固めて衝撃を吸収するくらいは平然とやってのける。

 

 ならば、といったん距離を離しざまに、峯の下半身が素早く回転する。至近距離から中距離、こちらもオーダーメイドにあつらえた黒革靴の右脚が鋭く奔る。狙いは正中線、みぞおち狙いの足先蹴り───と見せかけた、再度の顎。

 

「さすがにそれはもらいとうないわ」

 

 靴先が顎に触れるよりも先に、ワシの両掌が峯の右足首を捕まえる。あとワンテンポでも遅かったら間に合わなかった。そのまま中吊りに引っ張ろうと力を込めたところで、驚愕の動きを峯が見せる。

 

「シャッ!」

 

 残された左足一本で華麗に跳躍するや、ノーガードになったワシの右側頭にハイキックを叩き込んだのだ。まさかの軽業にたたらを踏んで脱力した隙に右脚が抜かれ、峯がふわりと着地する。

 

 いちいち憎たらしいほどに華がある。魅せる男ぶりに思わず笑ってしまった。

 

「やるやんけ。ワシも神室町は長いが、そんだけ動けるカタギは初めて見たわ」

「言葉の割には、まったくダメージが無いようですが。自分の非力さを見せつけられて嫌になりますよ」

「そこらの連中なら気絶しとるから安心せぇ。じゃ、次はワシの番やな」

 

 一歩、二歩、三歩分の距離を取る。およそ五メートル、お互いの攻撃が届かない間合いまで離れてから、深く、大きく息を吸う。

 

 吸って、

 吸って、

 吸い続ける。

 

 たっぷりと吸い込んだ酸素を全身に巡らせてから、盛大に吐き出す時には、二回りほど膨らみの増した巨体が峯の前に出現していた。

 

「パンプアップしただと⋯⋯!?」

「ほな、いくでぇ! せいぜい気張ってみろや!!」

 

 ここからは何も考えない。下手に思考を挟めばタイムロスになるからだ。いちおうカタギの峯でも十分にかわせるだろう水準までセーブする。これぐらいはやってのけんと、如くシリーズでは生き残れんからな。

 

 頑張ってくれや、峯。

 

 




Q.パンプアップの効果はどれくらい?
A.神田強がミニマム嶋野太(元は195cm・149kg)くらいになる。戦闘後は萎む。
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