「錦山組所属の神田強です。お会いできて光栄です、会長」
「忙しい中よく来てくれたな。さ、座ってくれ」
真面目に働いてたら突然組織のトップに呼ばれました、神田強です。ワシの目の前には行儀良く座る大誤算、じゃなかった堂島大吾がいる。
たしか峯と同い年だから、2007年時点で31歳くらい? 三十路で組員三万人のトップに立たされるとか並大抵の気苦労じゃないわな。2のチンピラ姿から3のオールバックスーツへの変貌とか、舐められないように努力したんだろうなと思う。ワシなんかいまだにスーツ姿がこれじゃない感が漂って似合わんのに。
で、軽い挨拶から始まって、俺もムショ暮らしやったけど不自由だよなーという思い出トークを挟みつつ、調子はどうよ的なジャブが繰り出される。呼ばれた理由は予想した通り、
「最近ずいぶんと儲けているようだが、やり過ぎてはいないか?」
よそのシマを荒らすんじゃないよ、という釘差しである。正直そういわれても仕方がないというか、駄目出しされるのが思っていたより遅かったな、という感想。何故かというと、
峯くんが張り切り過ぎたのがよくない。
極道デビュー初日から部外者が持ってちゃおかしいマル秘資料満載のプレゼンかますとは思わなかったよ! 聞く前からポカンとしてた碇代行が吸ってたタバコを股間に落として転げ回り、何だなんだと詰めてた若衆達が駆け込んできて惨状を目撃したせいで全員いたたまれない空気になっちゃったから、
「今日のところはこれくらいにしときましょう。な、峯? 代行も熱意だけは買ってやってください。ワシからもよく言って聞かせますんで。みんなもそれでいいよな? な? な?」
勢いで押し切って解散させたワシの気遣いを褒めてほしい。その後しょぼくれた峯を慰めつつ行きつけらしいバンタムのダーツに付き合ってやったのも含めて。三連続ブルでドヤ顔かます姿は年相応でちょっと和んだ。
だが奴は⋯⋯さらに弾けた。
翌朝、ヤクザスーツで颯爽と現れた峯は、昨晩のミスを取り返す勢いでエンジンを加速させた。錦山組が所有するシマに加えて、それらと競合するライバル店、つまりは他所のシマとの比較分析まで加えた中長期プランに沿った資料を上乗せ。錦山組の机はペーパーの山と化した。
昨晩で終わったはずの資料爆弾が炸裂し、今度こそ碇代行の顔面を宇宙猫に変える。
「も⋯⋯いい。わかった。わかったから好きにやれ! だが、運転資金は捨ててもいいシマだけだ! シノギを上げてるシマを使うのは許さねぇからな!? わかってんのかお前らぁ!?」
「へい。必ず損はさせません」
「お任せください。十倍のシノギにしてみせます」
深々と頭を下げる峯の口元が吊り上がっているのを、ワシは見逃さなかった。
峯の狙いはひとつ。『シマの拡張に充てる財源は錦山組の資産である』と責任者の碇に確約させる事。間違っても峯のカタギ時代の稼ぎは使わせない。昨日の峯が持参した手土産に味をしめられては困るからだ。それはそれとしてプレゼンテーション攻勢で反論を封じたのは峯の趣味だと察している。
ここからワシと峯のふたりで神室町中のシマを巡る攻防、厳密にはインサイダーまがいのM&A取引による利益確保とそれを担保にしての闇金融取引、さらには落ち目のキャバクラへのテコ入れも兼ねた経営改善プランニングと、アドベンチャーパートだけで20時間はかかりそうな物語を進めているのだが、長すぎるので割愛する。
⋯⋯薄々わかっていたのだが、峯はやり過ぎる癖がある。
同じ東城会系の組が所有するシマを狙う時、建前上は穏便に話をつけるために相手の事務所へ訪問する。この時の役割分担として、峯がビジネスのメリットを説明する善玉役、ワシが背後に控える悪玉役を担当するのだが。
三回に一回くらいの確率で峯が正論の暴力で相手を怒らせてしまい、暴力担当のはずのワシがなだめすかしてクールダウンさせるという、どっちが善玉なのかわからなくなる事態に発展。どうにか商談をまとめた後、峯のお気に入りの店で反省会という体で愚痴を聞く流れになっている。
なお、これまでに経験した最悪のケースとして、さんざん結論を先延ばしにされた上でやっぱり無し、持参した一億円を迷惑料として徴収するという『返し』をくらい、組員総出の乱闘が勃発。こちらも碇代行まで引っ張り出しての総力戦となった。金属バット片手に戦うあの人がいちばんスッキリしてた。
そんな失敗が何度も重なった後の夜、珍しく悪酔いした峯がグラスを握り潰しながら罵った。
「ヤクザもカタギと変わりはしない⋯⋯! どいつもこいつも、やれ血の約束だの仁義だのと並べておきながら、結局は自分の欲を満たすためにしか動かない! 金では解決できないとのたまう目の前に札束を積んでやれば、忠誠を誓った親さえ裏切る! ⋯⋯俺が求めた極道も、所詮その程度なのか」
そのままダウンした峯を背負い、港区の高級マンションまで届けた記憶も新しい。出迎えに来た眼鏡っ娘の秘書が目に見えて動揺していたあたり、ここまでの醜態は初めて見たのだろう。
自宅まで運んでやった後、神室町まで徒歩で帰りながら、ワシはつくづく思った。
あれを心酔させる堂島大吾、すごくすごい(語彙力)
ここ数か月でワシは悟った。ワシには無理や⋯⋯あの無駄に才能とイケメンとフィジカルと金を持ち合わせたこじらせ系ダークヒーローに、気の利いた言葉をかけてやれるような器量がない。そんなワシに出来るのは、鬱憤が溜まったらストレス発散の相手になってやるだけ。というか、死因そのものな相手にこれ以上干渉していいのか判断できない。もう今更な気もするが。
他にあるとすれば、峯義孝にとっての運命の縁、堂島大吾との絆ランクを早急に上げさせてやるくらいしか……待てよ、むしろそれが正解なのでは? 堂島大吾という光属性を峯義孝の闇属性にぶつける事で中和させ、こじらせっぷりを改善してもらう。遠回りなようで、一番手っ取り早いかもしれない。
人はそれを『厄介ごとの押し付け』というのだが、ワシにはこれ以上の案が思いつかんかった。
◇
「御指導ありがとうございます。碇代行に伝え、組の方針を改めます」
神妙に頭を下げる神田強を、堂島大吾は怪訝に思いながら見つめていた。
(意外だな。もっと不満そうな素振りを見せると思ったが)
大吾の経験上、上司からの説教を受けたヤクザの反応は大別して二種類。暴力で生き抜いてきたタイプは、あからさまに反抗の意思を見せる。その一方、頭がよく回るインテリタイプは、組織への貢献を引き合いに出して追認を得ようとする。
錦山組から問題のふたりを呼び出すにあたって、大吾も組員の来歴は詳細に調べてある。神田のような暴力至上主義者なら、シノギが上がっとるんやからええやろが、とでも叫んで有耶無耶にするのが珍しくない。てっきりそう来ると踏んでいたのだが。
「会長の危惧するところ、すべて他意はありません。我々は分断されたシマの利益の健全化を目指して行動したつもりですが、目的の達成とひきかえに複数の組との軋轢が生じてしまいました。幸い継続的なアガリの回収は見込めるようになったので、今後はメリットの拡大よりもデメリットの解消を第一に動きます。これは碇代行ともコンセンサスのとれた錦山組の共通認識とお考えいただきたい」
暴力系ヤクザがカタギのサラリーマンじみた答弁をすらすらこなすという、あまりにもちぐはぐな絵面である。これがムショ帰りのヤクザか? 俺の入っていたムショとは別のナニカ、どこかの研究所でロボトミー手術でも受けたんじゃ? 大吾は内心混乱している。
「わかっているなら、俺から説教する必要はない。いまは組織の立て直しが喫緊の課題だ。同じ組織の中でこれ以上抗争を起こすような事態は避けてくれ」
「はい⋯⋯恐れながら、会長。叱責を受けた身でありますが、ひとつお願いがあります」
「なんだ?」
神田強が姿勢を整え、深々と頭を下げる。
「───峯義孝を、よろしく頼みます」
家族を案じる熱意がそこにあった。
「一連の騒動、たしかに私と峯のふたりが主動となっていたのは事実です。強引な手段であったのも認めます。しかし、そうせざるを得なかった。すべては衰えた組の解散を防ぎ、身内である組員を路頭に迷わせないための苦肉の策です。そのためのプランを峯に立案させたのは、この神田強の責任に他なりません。もし峯義孝に処分があるのなら、それは私に課すよう、伏してお願い申し上げます」
神田強、峯義孝。
堂島大吾の脳裏に、ふたりの名前が深く刻まれた瞬間である。
◇
東城会本部での用事を済ませた後、神室町に戻った峯義孝は鬱屈とした様子で天下一通りを歩いていた。夕方五時を過ぎ、町は夜の歓楽街へと変わりつつある。ホストやキャバクラの客引きが熱を帯びるのも、遠い世界の出来事のように感じる。
失望。
自身の中で抱いていた夢が色褪せた。あるいは、張りつめた熱意が冷えた。会長室を辞してから、峯の心には小さくない穴が空いたままだ。それを塞ぐためにはどうすればいいのか。行きつけのバーにキープさせた酒か、三ツ星レストランのコースか、それとも女か。わからない。すべて違うような気がする。
こんなはずではなかった。
血の繋がらない相手でも父と敬い、命さえ惜しまずに捧げる、絶対の絆。形のないもの。不変の証。表社会で見つからなかったものが、裏社会にならあると信じた。だから飛び込んだ。
生ぬるい空気。
ヤクザもカタギと変わらなかった。信じられないくらいの馬鹿が多いのは察していたし、話題が合わずに孤立するのも予想していたが、そんな事はどうでもよかった。あの夜に見た光景、何人もの子が親のために命をなげうつ姿。それを見たかった。
どこにもない。
親に尽くすはずの子は、平気で親を裏切っていた。子を育てるはずの親は、情け容赦なく使い潰していた。街の裏側には、組が解散して路頭に迷い、どこにも居場所のない人間が山ほどいる。彼らのほとんどは使い捨ての鉄砲玉として雇われるか、アンダーグラウンドの非合法なショーの材料にされるか、どのみちろくな死に様を迎えない。
堂島大吾。
関東を代表する極道組織。組員三万人を率いる会長。その男なら違うと思った。彼に会うために、これまで策を巡らせてきた。当初の予定とはだいぶ違ったが、ようやくマンツーマンの会談までこぎつける。待ちに待った瞬間、得たものは────
「おう。帰ってきたんか、峯」
「───神田の兄貴」
天下一通りの中央に、男が立っていた。片手を上げてニッカリ笑う。帰ってくるのを待っていたらしい。
「そろそろやと思ってな、シマの見回りの締めに合わせたんや。楽しみにしてたやろ、六代目と会うの⋯⋯ま、その様子じゃ収穫無しっちゅう感じやけど」
「⋯⋯」
「そないに気ぃ落とすな。一度会って話しただけで全部わかるなんて事はない。肚の底まで割ったら別やけどな。それまで気の遠くなるくらい時間がかかるかもしれん。それでもきっと後悔はせんはずや。あの会長には、ワシらがついていくだけの器がある」
自分には見えない何かを見通すような、その眼差しが。
いまはなぜか、無性に腹が立った。
「神田の兄貴。ひとつ、お願いがあります」
「⋯⋯いうてみ」
「本気でやってください。セレナの裏で、いま、私と」
一瞬だけ目を見開いてから、神田強はゆっくりと頷いてみせた。弟分の八つ当たりくらい、兄貴分がすべて受け止めてやる、といわんばかりに。