「代行、どうなるんですかねあのコンビ? 本部に呼び出しくらったそうですが」
「どうもこうもねぇだろう。現に上納金は何十倍にも跳ね上がってんだからな! 新参者の会長が不満に思おうが、組織としちゃ万々歳さ。悔しいなら同じかそれ以上の額を用意してみろってんだ」
最近タバコでなく葉巻を吸うようになった碇新平が、側近である元若頭の男と談笑する。相変わらず机の上半分はペーパーの山だが、こないだ峯に押し付けられたノートパソコンのおかげでだいぶ減った。これで自分もインテリヤクザの仲間入りだな! と高笑いしたものだ。
「あいつらは有言実行で稼いでくる。その分だけ敵も増えたがな⋯⋯お前も若頭の座を神田に譲っちまったが、不満はねぇのか?」
「そりゃ最初は思うところはありましたよ。ですが、同じ仕事をやれといわれたら絶対に嫌です。命がいくつあっても足りやしねぇ。神田も代わりに割のいいシマを任せてくれましたしね、それで手打ちです」
神田がずば抜けているのは怪力だが、組織内のヘイトコントロールも巧みである。金を稼ぐ分、憎まれ役もやるし骨折り損の交渉もする。おかげで利益の配分で揉める頻度がずいぶんと減った。新入りの分際であまりにも尖り過ぎている峯がどうにか受け入れられているのも、本人の実績はもちろん、神田のフォローが大きかった。
「代行もでしょ? 最初はシノギがでか過ぎて下剋上されるって怒ってましたね」
「あいつらのやらかしでストレスがヤバいのは変わってないがな⋯⋯!」
元若頭の指摘は正しい。すずめの涙ほどの資金だけ渡して放り出したコンビが億単位のアガリを稼いで来た上に、それを元手にもう一桁増しのビジネスまで手掛けるといってきた。こいつらどこまでやるんだと怖くなり、一時は始末まで考えたほどである。
が、ここでも神田のファインプレーが光る。
「前に代行が狙っていた千両通りのビルが取れました。何もしなくても安定して利益が出る優良物件です、ええところに目を付けましたな。ここはワシらでなく代行のシマに固定しときましょう」
「〇×組からこないだの『返し』の詫びとしてゴルフの会員権を渡されたんですが、ワシが打つと球が破裂するんですわ。代行、よかったら会員になりませんか? 与党の代議士さんも通っとる穴場ですよ」
「気晴らしに家族で観光でもしたらどうです? 東京デスティニーランドの無料パスポートが手に入ったんで、遠慮なく行ってきてください。仕事は峯とやっときますんで」
いちいち痒いところに手が届く抜かりなさ。きめ細やかなヨイショが碇新平の琴線に触れ、しょうがねぇなと割り切れる程度には恩恵を享受している。たまに胃薬の世話にはなるが、ここまでやってくれる部下を失いたくない程度には情が湧いてしまった。
「もう錦山組は地盤固めさえすりゃ安定するんだ。これ以上よその組と揉め事を起こす必要もないし、あいつらだって理解してる。あとは段階を踏んで組の暖簾分けで独立させて、仲良しこよしのなあなあでいいんだよ! 俺も正式に三代目を襲名すると決まったしな!」
すべては順調に進んでいる。東城会によし、錦山組によし、他の組にもよしの三方よし。誰も損などしていないではないか。
新しい葉巻に火を灯しながら、碇新平は有頂天に笑い続ける。自分は勝ち組の椅子に座れたのだと信じて。
◇
「どや? 鬱憤は晴れたか、峯?」
「⋯⋯おかげ様で。ずいぶん付き合わせてしまいました」
全身汗だくで“いい汗かきました”って顔の峯がワシに向かって頭を下げる。うん、まぁ⋯⋯せやろな。
シュートボクシングを5分。
闇覚醒スタイルで5分。
良いとこどりの5分。
15分間、ぶっ通しで相手をし続けたワシは全身ボッコボコである。今回ばかりはこっちもビンタを何発か当てたが、ダメージよりも仕切り直しが目的だったので痛みは少なかったはず。兄貴分としての意地で表には出さないが、ぶっちゃけへたり込みたいくらいにはしんどい。ムショから出た後も休まず鍛え続けて本当に良かった。そして痛感する。
カタギを辞めてからの成長曲線がおかしい。
これがヤクザ'sブートキャンプの成果なのか。初戦だと3分で息を切らしていたのが、たった数か月で五倍のスタミナに成長。素手で一発殴っただけで拳を痛めていたのに、とうとう最後まで痛がるそぶりを見せなくなった。むしろ何十発と殴られ続けたワシの方が痛い。急所にだけは当たらないようずらして正解だった。
⋯⋯ゲーム本編で、峯のボディブローをくらって沈む神田強の姿。鍛えていなかったら、あれを再現してしまっただろう。そうなれば間違いなく峯はワシに幻滅する。頼れる兄貴という虚像を失い、闇堕ち一直線に突き進んでしまう。それだけは避けなければならない。大吾との絆ルートを完走させるまでは、絶対に。
もっと鍛えなアカン、とワシが覚悟を決め直していると、息を整えた峯がペットボトルを差し出してきた。
「ミネラルウォーターです。未開封ですので、ご心配なく」
「似たような事があった気がするなぁ?」
「やられっぱなしは主義に反するので」
笑って受け取る。あ、めっちゃ美味しい⋯⋯これ自販機じゃなくて店売りの高いやつ⋯⋯。
一息に飲み干して潰し、ごみ箱に捨てるところを眺めていた峯が口を開く。
「神田の兄貴は」
「ん?」
「なぜ、堂島会長をそこまで評価するんです?」
一度だけ口をつけて栓をした峯が、ワシを睨むように見据えた。
「あの人には、足りないものが多すぎる。堂島組の跡取りという家柄はともかく、組の解散後はほとんどカタギだ。ヤクザとしての実績もなく、風間組以外に頼れる力もない。話に聞く四代目も沖縄に拠点を移してしまい、東京には来られない有様。力も実績もコネもない、どうしてそんな男を持ち上げるんですか」
まったく容赦がない。次から次へと繰り出される駄目出しの数々に、聞いているワシの方が大吾さんを可哀そうに思えてくる。しっかし、これだけのないない尽くしから六代目としてふさわしくなるんだから、やっぱり傑物だよなぁ。4で迷走しちゃうのも成長痛みたいなもんだろうし。
それに、と峯が続ける。
「⋯⋯偽善者なんですよ。口にするのは家族だの、身内だの、団結だの、青臭い理想論ばかり。いまどきカタギでさえ掲げないようなお題目をヤクザのトップが唱えて、何も知らない下っ端を洗脳する。そいつらを盾にして自分の血は流さない。あの人の使い捨ての駒になるなんて、私は御免だ」
心底忌々しい、とでもいいたげに、峯が眉間に皺を寄せながら吐き捨てる。生の感情を剥き出しにした形相は、普段の能面じみたポーカーフェイスからは想像できないほどに荒れていた。
内心の激情が強すぎるあまり、峯本人が自身の変化に気づかないほどに。
(これも遅れてきた青春っていうんかなぁ)
峯の過去について、本人がワシに話した事は一度もない。ベンチャー企業の会長という一言だけで、どんな経緯があったかはいっさい伏せている。ワシの場合は存在しないイメージのせいで全部知っているんだけども、怪しまれないように知らんし興味がない風に装っている。藪蛇を突っついて爆発するのも怖い。
だもんで、この場で諭すのもおかしいし、上司を敬えと説教するのもアレなので却下。何より峯がそんな一般論を求めてはいないだろう。それらを踏まえた上で、ワシにいえるのは。
「荒療治やな」
「は?」
困惑したような顔つきになった峯が聞き返す。まだポーカーフェイスに戻れない。
「人間の本性はな、土壇場・瀬戸際・崖っぷちで露わになるもんや。余裕がある時はいくらでもおべんちゃらが利くし、心にもない事を並べて煙に巻ける。でもな、誰も頼れない、自分が動くしかないっちゅう時にこそ、本当の自分がはっきりするんや。その姿こそが『嘘偽りのない自分自身』やとワシは思っとる」
何かそれっぽいことをつらつら話す、いまのワシの姿が正しくそれである。ぶっちゃけ二年前のムショで目覚めてからずっとこの調子だけど、今さらキャラ変する方が大変なんで貫かせてもらう。
「峯。お前、もし六代目を信じきれんっちゅうなら、一番近くで見張ったらええ。堂島大吾っちゅう男がどんな人間か、どんなナリか、あの時の言葉に嘘はないか。いっそ監視するつもりで働くんや。そうしたら、絶対に機会が来るで。剥き出しの堂島大吾を、とびっきりの特等席で見る時がな」
あ、ちょっと峯の心が動いてるっぽい。『自分が離れて錦山組は大丈夫か』と『そんなストーカーみたいな真似しなきゃいけないのか』の間で揺れてそう。あと、本部での仕事内容についてはいっさい不安に思ってないのが伝わる。さすがの自信家だわ。
「タイミングもええしな。錦山組は昔の勢いを取り戻したし、碇代行もあの調子なら三代目として十分働ける。お前が本部詰めになってもある程度は回せるように都合もつく。六代目も有能な側近はいくらでも欲しいはずや、その内あっちから離さんようになるで」
さっき峯がけなしてたけど、頼りになるコネが少なくてマジの人手不足だろうからね本部。なのに襲撃くらって護衛も兼ねた側近が大量に死ぬし、補充しても研修の手間がかかる。即戦力の峯が入るなら、大吾さんも相当楽になるだろう。
峯の顔つきも普段の無表情に戻りつつある。頭の中でブンブンと思考が渦巻いているのだろう。これなら大丈夫と判断して、ワシはよし、と声をかけた。
「あくまで思い付きやからな? 今すぐ決めなくてええ。今日のところは組に戻って報告だけ済ませようや。なんだかんだで代行もワシらを気にかけてくれとるしな。はよ家に帰して家族サービスさせんと、いい加減離婚されるかもしれん」
「⋯⋯そうですね。新しい胃薬を見繕いましょうか」
「あの人の胃は保つんかな⋯⋯」
ふたりでセレナの裏から天下一通りへ移る。薬局ならミレニアムタワーの通りから行くか、と歩き出したところで、見慣れた男が走り寄ってきた。
「か、カシラ! それに峯の兄貴も!」
「⋯⋯膳場? どないしたんや、そない慌てて?」
錦山組で唯一のITヤクザを自称していたが、峯が入ってからは便利にこき使われている若衆である。峯の要求にそこそこ応えられる人材なので、ワシ的にもいてくれてありがたい。たぶん峯の立ち上げる白峯会に引き抜かれそう。
そんな膳場がなぜ天下一通りにいるのか? セットした髪型は乱れ、お気に入りのブランドだと自慢していた色付きの眼鏡にはヒビが入っている。よく見れば、縞入りのスーツのところどころが傷ついているように⋯⋯?
「カチコミです! おふたりの不在中に事務所がやられました! 碇代行が重体、元若頭も胸を撃たれて動かないんです! どうか急いでお戻りください、お願いします!!」