【完結】神田.zipにはなりたくない   作:翔々

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敵の名は

 

「おっ、ステップの新連載あるじゃん。ラッキー」

「お前ほんと漫画好きだよな。俺も人の事いえないけど」

 

 上司からのお使いを果たした若衆がふたり、立ち寄ったコンビニで雑誌を読みふけっていた。所属する組は連日てんやわんやの有様だが、暮らしていけるだけの小遣いは十分にもらえるので趣味に回す余裕がある。

 

 今日の仕事はシマの巡回を数軒と、最近本部に詰めるようになった兄貴分へ重要書類を直接届けるだけの簡単なもの。いっそ電子メールで送ったらいいのでは、と組長にたずねたら、ウィルス仕込まれたらどうすんねん、とよくわからない答えが返されたので紙媒体は必須だ。

 

 ふたりの所属は錦山組。数か月前、刑務所まで神田を迎えに行ったのがずいぶん昔のように感じる。あの日から組は一変し、激動の毎日を送っていた。

 

「今日も小遣いくれたし、本部から直帰していいって許可も出たし。偉くなってもあの人は変わらねぇよなぁ。いや、変わり過ぎた結果がアレなんだけど」

「いまでも別人じゃないかって思う時がたまにある」

「俺もそう」

 

 錦山組がカチコミを受けた日、事務所にいた碇代行は応戦するも流れ弾が頭部を傷つけて昏倒し、一命は取りとめたが病室から出られない。倒れた碇をかばおうとした元若頭は心臓を撃たれて即死。詰めていた若衆もほとんどが命を奪われている。当日非番のふたりは運が良かった。

 

 警察と救急が慌ただしく動く中、呆然と座り込む組員達を叱咤激励したのは神田強と峯義孝だった。コネのあるマル暴にいくらか握らせて騒ぎを最小限に留めさせ、碇が東都病院に入れるように手配。混乱の中で事務所内を調べ、カチコミの狙いと犯行グループを絞り出す。

 

 いまだに『返し』をするという話が出ないので、敵の見当がつかないのだろう、とふたりは考えている。

 

 組は現在、碇新平が不在となったために予定されていた襲名式をキャンセルし、若頭の神田強が代行を兼任。弟分であり右腕の峯義孝は補佐をしつつ、神田の肝煎りで六代目会長・堂島大吾の側近に抜擢され、忙しい日々を送っている。今日も神田からプレゼントされたバーボンと胃薬を複雑そうに受け取っていた。嬉しさ半分、しんどさ半分だろう。

 

「でもなぁ、あれだよな。世知辛いっつうか何つうか」

「あん?」

 

 雑誌をめくりながら、ひとりが続ける。

 

「碇の兄貴と元若頭がやられてさ、組がヤバくなるって思うだろ普通。手が回らなくなるとか、シマが減るとかさ。でも、全然そんな事なかったじゃん。あの人達がきっちり回してくれて、次の日からいつも通りでいろっていわれてさ。俺、てっきり一週間くらいは休みだーって思ってたんだよ」

「俺は三日くらいパチンコ遠征してやろうかなって予定組んでたわ」

「さすがにそれは薄情過ぎるだろ⋯⋯」

 

 ドン引きした片方が微妙に距離を取りつつ、雑誌を戻した。

 

「要するにさ、いなくても問題なかったわけじゃん、あのふたりって。神田のカシラと峯の兄貴がいてくれたら、それで組は回るんだよ。やられたのが逆ならもっとヤバかったわけで」

「あー⋯⋯まぁ、なぁ? 実際そうだもんな」

「だからさぁ、俺なんかは思っちゃうんだよな。世の中キツいなって。俺達にしてみりゃ、代行と元若頭なんて組織の役員クラスだろ。そんな人達でも、別にそこまで重要じゃなかったってはっきりしちゃうんだから。カチコミよりそっちの方がショックだぜ」

「⋯⋯本当になぁ」

 

 カチコミが明けて以来、神田代行は三日に一度のペースで碇新平を見舞っている。意識は戻っているが、自身の受けたショックから立ち直れずに消沈したままだという。古参組員から聞いた話では、妻子とも離婚調停が進んでいるらしい。その相談まで神田代行が引き受けているのだから、面倒見が良すぎてこっちの方が心配になってしまう。

 

 錦山組は現在、次の幹部会に備えて上納金の仕上げにかかっている。すでに本部との段取りは終えており、神田強が正式に三代目へと就任し、峯義孝が若頭となる予定である。

 

 何事もなければ、の話だが。

 

 

 

 

 東城会の幹部会を明日に控えた夜。面会時間の終了が迫る頃、東都病院のVIP用の個室で横たわる碇新平のそばに、沈痛な面持ちで立つ神田強の姿があった。

 

「予定していた上納金の七億円、きっちり用意できました。カチコミで死んだ組員達の遺族にも弔慰金は支払い済みです。本部に詰める峯からも、万事滞りなしと連絡が入ってます」

「おう」

 

「抜けた組員の穴もどうにか塞がりました。育てるのに多少時間はかかりますが、一年もすれば使いものになる見込みです。これで当面はしのげるでしょう」

「おーう」

 

「⋯⋯ほんで、明日の幹部会で、三代目が決まります。このままいけば、ワシに⋯⋯ワシが三代目になるでしょう」

「おーう!」

 

 奇声をあげながら、ゲタゲタと笑う碇新平。何がそこまで嬉しいのか、本当に嬉しいのかもわからない。あのカチコミの日に銃弾が頭部を傷つけて以来、感情のブレーキが外れやすくなっていた。医者の見立てでは改善の見込みがほとんどなく、今後まともな指示や判断を下せなくなる可能性も覚悟してほしいとまで宣告された。

 

 現在、彼と妻子は離婚調停に入っている。離婚を決意したのは碇新平であって妻子ではない。不自由になった家族を支えたいと話すふたりに、まだ犯人が見つかっておらず、身内を巻き込んでしまうのだけは絶対に避けたいと碇本人が病床の身で説得し、ここ数か月の荒稼ぎで蓄えた財産のほとんどを慰謝料名義で渡してしまった。

 

 ゲ、ゲ、ゲ、と笑っていた碇が、別人のように黙り込み、やがて叫ぶ。

 

「神田ぁ!」

「はい」

「いつまで俺に気ぃ遣ってんだ」

 

 ここ数日は見られなかった、明瞭な意識が戻ったようだった。

 

「俺らはカタギじゃねぇ、極道だ。てめぇの意地張って、張って、張り続けたもん勝ちの世界で生きる人間なんだよ。どんなにみじめな最期を迎えるにしてもだ! ⋯⋯俺は、それを忘れちまってた。ヤクザのくせに、楽な生き方を欲しがっちまったんだ。それだけの話なんだよ、結局はな」

 

 筋肉の衰えた拳が、ゴッ、と腹を殴る。芯に響くような重さがあった。

 

「お前が継げ。お前がでかくしろ、初代の錦山彰よりも。お前があの人を越えるんだ。わかったなぁ!?」

「⋯⋯へい!」

「その調子だぁ! あ、いっとくけど真島組の組長には気をつけろよ。絶対お前にケンカ売ってくるからな。それとなく断れるように今から言い訳を百個考えとけ」

「そんなにですか」

 

 お互いに笑みがこぼれる。ヤクザらしくない和やかな空気の中、病室の扉が開く。面会時間の終了の知らせか、と神田が振り向いた瞬間、

 

 覆面姿の握るピストルが、碇に照準を合わせようと動いていた。

 

「てめぇ!!」

 

 怒声とともに碇が枕を投げつける。視界が塞がれるのと同時にトリガーが引かれ、ベッド脇の花瓶が砕け散った。男が態勢を立て直すよりも先に神田がタックルを仕掛け、銃を持つ手首を全力で掴む。

 

 ベキリ、

 

 おぞましい音が響いた後、覆面の内側から甲高い悲鳴が聞こえた。

 

「ふんっ!」

 

 棒立ちになった男のみぞおちにボディブローがめり込む。内側で破裂音。痛覚の限界を超えたショックによって気絶した男を掴み、盾にしてから叫んだ。

 

「碇の兄貴! ワシが先に出ます!」

「おう! ピストル持参とは気が利いてるぜ、この見舞客!」

 

 開いたままの扉から一歩出た瞬間、両側から光る得物が突き込まれる。左に男を突き飛ばしてカバーし、右にのみ対処する。形状から見てナイフではなくドス。紙一重で腹のすぐ横を刀身が奔る。

 

 踏み込みと同時に伸ばされた腕を掴み、あり得ない方向へ曲げた。ポグッ、と音を立てて肘、続けて肩関節が外れる。再び絶叫。聞く暇がないので顔面をフェイスクローから壁へと叩きつける。神田強版のヒートアクションである。

 

 左側に押しやった男をどかした襲撃者が、無防備な背中へと迫る⋯⋯が、壁に押し付けた男を掴んだままの神田は、力まかせに男をほうり投げた。すでに動き出していたために回避できず、男の足が止まる。

 

「どうりゃ!」

 

 鍛えた上で125kgとなった神田の巨体が宙を舞い、ドロップキックでふたりまとめて数メートル吹っ飛ばす。ボウリングのピンよりも派手に転がり、ピクリとも動かなくなった。

 

「片付きました。動けますか、碇の兄貴」

「⋯⋯待て。こいつ、どっかで見覚えがあるな」

 

 しっかりした足取りの碇新平が、味方のナイフを腹に受けて死んだ覆面男を見下ろす。布地に覆われた下の形相は、地獄の苦しみで歪み切っているだろう。

 

 じっと睨んでから、あいつだぁ! と叫んだ。

 

「思い出した! 俺を撃った覆面とそっくり同じ柄だ! この野郎、替えもしないで使いまわしてやがる! サツも返しも知ったこっちゃないってか、ふざけやがって!!」

「あるいは、覆面ひとつ買えない切羽詰まった連中っちゅうわけですか」

 

 怒りのあまりに死体を踏みつけていた足が、ピタリと止まった。

 

「⋯⋯うちが破門した連中か?」

「ドスの握りは本職でした。恨まれる心当たりが多過ぎて見当もつかんですな」

 

 組を追い出された恨みを忘れられず、その日の食事にも困る生活を送った連中が、徒党を組んでヤクザ事務所を襲撃した。殺したはずのトップが生き残ってしまったので、念を入れて再度殺しに来た。

 

 動機としてはわかりやすい。 

 

 だが、そんなに簡単な話なのか?

 

「ケェッ!」

 

 ストレスを抑えられなくなった碇が、もう一度覆面男の胸を蹴飛ばした。はずみで転がり落ちた携帯電話が細かく振動している。着信を知らせるバイブ機能だろう。

 

 拾い上げた神田が開くと、メールの送り主の欄が一行、簡潔に表示されていた。

 

「復讐、代行、サービス⋯⋯?」

「なんだぁ? 今時のカタギはそんなのまでビジネスにするのか!」

「間違いなく半グレのシノギやと思いますが⋯⋯」

 

 幸いキーロックはされておらず、受信箱にも大量のメールが削除されずに残っている。隣で碇がのぞき込む中、一番上の未読メールを選択する。

 

“1階総合受付に来い。裏口の車は使えないと思え(添付アリ)”

 

「⋯⋯神田ぁ。他に連れてきたか?」

「新入りのふたりです。空手とボクサーくずれで、そこそこはやれますが」

 

 添付画像がじれったくなるほどに遅く表示される。

 

 破壊された黒いセダンの中に、額を撃ち抜かれた若衆ふたりが詰め込まれていた。

 

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