鋼鉄の龍はヒーローとなる   作:カラミナト

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ヒーロー ホークス

 「現場に行きたい」という冬機の要望に対して、伊都がすぐに明確な答えを出すことはなかった。

 しかし、彼女の采配によって、冬機の任務の質は少しずつ変化を見せ始めていた。

 単なる遠隔支援や情報収集から、より現場の最前線に近い、あるいは現場の指揮官と直接連携を取るような仕事が増えてきたのだ。

 その一つが、あるヒーロー事務所との合同作戦だった。

 

 ターゲットは、違法な個性ブースト薬「トリガー」の密輸ルートの一つ。

 海上の貨物船を舞台にした、深夜の摘発作戦。

 公安からは伊都のチームが後方支援と事後処理を担当し、実際の制圧は特定のヒーローに委託された。

 そのヒーローの名は、ホークス。

 若くしてトップヒーローの座に登りつめようとしている、速すぎる男。

 冬機は前世の記憶で彼を知っていた。「剛翼」の個性を持ち、飄々とした態度の裏に冷徹な計算と公安への従順さを隠し持つ、複雑なキャラクター。

 この作戦において、冬機はホークスの「目と耳」を補佐する役割を与えられていた。

 

 貨物船が停泊する港から数キロ離れた崖の上。

 公安の指揮車両の中で、冬機は端末に向かっていた。

 四機のドローンを貨物船の上空に展開し、船内の通信ネットワークと監視カメラシステムに侵入済みだ。

『あー、もしもし。こちらホークス。公安のオペレーターさん、聞こえる?』

 インカムから、少し間延びした、軽薄そうな声が響いた。

「こちらコード・ウィンター。感度良好です」

 冬機は伊都に指定された仮のコードネームで応答した。

『ウィンターねえ。声が若いな。新人さん?』

「……はい。本番の誘導を担当します。現在の船内の配置データを、あなたのバイザーに転送します」

 冬機は無駄話を切り捨て、即座にドローンが収集した熱源データとカメラ映像を統合し、ホークスへと送った。

『おお、これは見やすい。船倉に五人、甲板に三人、ブリッジに二人。……で、ブツは船底の隠しスペースか。完璧じゃないの』

 ホークスの声に微かな感嘆が混じる。

『これ、公安のAIシステム? それともそういう個性?』

「個性です」

『へえ。どんな能力?』

 作戦行動中だというのに、世間話でもするかのように聞いてくる。

「……機械操作です。接続した機器を遠隔で制御し、情報を統合できます」

『なるほどね。便利だ。じゃあ、俺が突入したら、監視カメラの映像を都合よく編集しといてくれる? 証拠映像は残しつつ、俺の動きがかっこよく映るアングルで』

「……善処します」

『真面目か!』

 ホークスが軽く笑うのが聞こえた。

 

 作戦が始まった。

 ホークスの動きは、まさに「速すぎる」の一言だった。

 ドローンのカメラが彼の軌跡を追いきれない。赤い羽根が閃いたかと思うと、甲板にいた三人のヴィランが声も出さずに倒れ、壁に縫い付けられていた。

 冬機は、ホークスの動きに合わせて船内の環境をコントロールした。

 彼が向かう先の扉の電子ロックをコンマ一秒の遅れもなく解除し、逆に逃げようとするヴィランの退路は防火扉を下ろして塞ぐ。

 ホークスが部屋に飛び込む瞬間に照明を落とし、彼の暗視バイザーだけが機能する状況を作る。

 『いやー、快適快適! ドアが勝手に開くって素晴らしいね! まるで王様になった気分だよ』

 ホークスは戦闘中にもかかわらず、余裕の口調でインカムに話しかけてくる。

 冬機はそれに答えず、ただ淡々と処理を続けた。

 二人の連携は、初めてとは思えないほど噛み合っていた。ホークスの圧倒的な機動力と、冬機の完璧な空間掌握。

 わずか五分。

 貨物船内のヴィランは全て無力化され、違法薬物のコンテナが確保された。

 『制圧完了。お疲れさん、ウィンター君。いや、君のおかげで過去最速記録更新かもしれないよ』

 

 作戦終了後、事後処理のために伊都と冬機は港の現場へと向かった。

 パトカーの赤色灯が回る中、ホークスは押収されたコンテナの上に座り、退屈そうに羽を揺らしていた。

 伊都が歩み寄る。冬機はその後ろに付き従った。

「ご苦労さま、ホークス。迅速な対応だったわね」

「どうも、統道さん。まあ、俺の羽と、そこの優秀なオペレーター君のおかげですよ」

 ホークスはコンテナから飛び降り、伊都の後ろにいる冬機を見た。

 その瞬間、彼の飄々とした笑顔が、ほんの一瞬だけピタリと止まった。

 冬機の姿。

 銀髪。金色の目。胸と腕を覆う鋼の装甲。そして、黒いタクティカルベストの隙間から覗く背鰭と、重厚な尻尾。

 どう見ても「普通の新人オペレーター」ではない。異形型の個性というだけでは説明がつかない、生々しい改造の痕跡。

 

「……え、これ子供? いくつ?」

 ホークスは目を丸くして、率直に聞いた。

「……十二です」

 冬機が淡々と答える。

「十二!? マジで? さっきの神がかったハッキングと誘導、君がやってたの?」

「はい」

「すごいな公安。児童労働スレスレじゃん。いや、アウトか?」

 ホークスは伊都をチラリと見たが、伊都は表情を変えずにスルーした。

「彼は特例の協力者よ。能力は証明されたでしょう」

「証明されすぎですよ。俺、本気でAIだと思ってましたからね」

 ホークスは再び冬機に向き直った。

 その金色の鋭い瞳が、冬機の全身を上から下まで、スキャンするように観察しているのがわかった。

 ただの好奇心ではない。

 相手の「本質」を見抜こうとする、プロヒーローとしての、あるいは公安の暗部を知る者としての目。

 

「ねえ、君」

 ホークスが、冬機の顔を覗き込むようにして言った。

「さっきの作戦中、一度も呼吸が乱れなかったよね。俺が通信で話しかけても、タイピングの速度がミリ秒単位で一定だった」

「……それが一番効率的だからです」

「だろうね。でもさ」

 ホークスは首を傾げた。

 

「おっかしいな。怖い顔、一個もしないじゃん」

 

 その言葉に、冬機は小さく瞬きをした。

「……怖い顔、ですか」

「そう。現場でさ、特に裏の仕事が絡むようなヤバい現場だと、普通はちょっとは出るんだよね、何かが。怖いとか、緊張とか、あるいはヴィランを制圧したときの興奮とか」

 ホークスは自分の頬を指差した。

「いくら後方支援で安全な場所にいるとはいえ、十二歳の子供が実戦の空気に触れてるんだ。少しは顔が引きつったり、声が震えたりしてもおかしくない。でも君には、それがない。凪いでる。完全に」

 冬機は、自分の内側を確認した。

 今日の作戦。

 怖かったか?

 いや、怖くはなかった。対象はただの密輸グループで、こちらの戦力が圧倒していた。シミュレーション通りの結果が出ただけだ。

 でも、もし想定外の事態が起きていたら?

 先日のように、ヒーローが殺されそうになっていたら?

 

「……怖かったです」

 冬機は、先日の一件──自分の腕が震えたあの夜の記憶を引き出し、それを言語化した。

「現場の脅威度が許容範囲を超えたとき、手が震えていました。筋肉の痙攣として」

「……は? 今?」

「いえ、以前の別の作戦で。今は止まっています。今日の作戦はリスクが低かったので」

 ホークスはポカンとした顔で冬機を見て、それから小さく吹き出した。

「いやいや、そういう意味じゃなくて! 『怖かったです』って過去形で、しかも筋肉の痙攣とかデータみたいに説明されてもさ。今、俺と話してるこの瞬間も、君、全然怖い顔してないよ」

 

 冬機は少し考えた。

 怖い顔。

 どういう顔だろう。眉をひそめ、目を見開き、口元を震わせる。

 それを意図的に作ることはできるかもしれない。表情筋の動かし方くらいは知識としてある。

 でも、それを自然に出力する回路が、自分にはない。

「……そうですか」

 結局、そう返すしかなかった。

 ホークスは少しだけ呆れたように頭を掻き、そして小さく笑った。

「まあ、いいか。そういう個性(キャラ)ってことね。俺は好きだよ、君みたいな無駄のない仕事をするタイプ。……また会うかもな、ウィンター君」

「冬機です」

 冬機は本当の名前を名乗った。

「お、冬機ね。覚えた。じゃあね」

 ホークスはひらひらと手を振り、赤い羽を広げて夜空へと飛び立っていった。

 

 ホークスは上空を飛びながら、眼下のパトカーの群れを見下ろしていた。

 彼の思考の半分は、先ほどの異形の少年に向けられていた。

 冬機。

 面白いな、と思った。

 「手が震えていました」と、自分をまるで他人のように客観視して報告するあの態度。

 怖がっているのに顔に出ないのか。それとも、恐怖という感情を「情報」としてしか処理できないのか。

 どっちにしても、普通の子供じゃない。公安の匂いが染み付いている。

 統道主任が、あんな危うい爆弾のような子供をどういうつもりで手元に置いているのか。

 ただの便利な道具として使っているようには見えなかった。あの冷徹な主任が、少年の背後で少しだけ庇うような立ち位置を取っていたのを、ホークスは見逃していなかった。

 「……まあ、俺が口出しすることじゃないか」

 ホークスは夜風に吹かれながら、その考えを風に流した。

 

 帰還後、セーフハウスのリビング。

 冬機は温かいお茶を飲みながら、伊都に簡単な報告を行っていた。

「作戦のシステムログはサーバーにアップロード済みです。……あと、ホークスと少し話しました」

 伊都がタブレットから顔を上げた。

「何か言われた?」

「怖い顔をしていない、と言われました」

 冬機はそのまま伝えた。

「現場の空気に触れているのに、感情の動きが見えないのがおかしいと」

 伊都はしばらく黙った。

 マグカップに視線を落とし、何かを考えるような、あるいは何かを飲み込むような間があった。

「……そうね」

 伊都はただ一言、それだけを言った。

「俺は、おかしいですか」

 冬機は聞いてみた。

 施設にいた頃は、自分が普通だと思っていた。外に出て、統道と暮らし、こうしてプロヒーローと接するうちに、自分の「欠落」の輪郭が少しずつ見えてきている。

 自分は、人間としてどこか致命的に削れている。

 その事実を、客観的なデータとして再確認したかったのだ。

「おかしい、という言葉の定義によるわね」

 伊都は静かに答えた。

「統計的に見て、同年代の平均的な精神構造から逸脱しているかという意味なら、イエスよ。あなたは普通じゃない。でも、それが『悪いこと』だとは私は思わない」

「悪くない?」

「あなたのその『凪いだ心』は、武器になる。パニックにならず、常に最適解を弾き出せる。だからあんな高度な支援ができるのよ。感情に振り回されて失敗する人間なんて、世の中には腐るほどいるわ」

 伊都の言葉は、相変わらず合理的だった。

 冬機の欠落を否定せず、むしろ機能として肯定してくれる。

 それが、冬機にとってはどれほど救いになっているか、彼女は知っているのだろうか。

「……ただ」

 伊都は言葉を継いだ。

「あなたがいつか、本当に『怖い』と思えるものに出会ったとき。あるいは、『嬉しい』と心から笑えるものを見つけたとき。そのとき、あなたのその武器がどう変化するのか……私は、少し見てみたい気もするわね」

 それは、冷徹な公安の主任としてではなく、一人の大人としての、不器用な願いのように聞こえた。

「善処します」

 冬機がいつもの定型句で返すと、伊都は小さく吹き出した。

「そこは善処するところじゃないわよ」

 

 冬機は自分の手を見た。

 鋼の指先。

 怖い顔ができない。感情がうまく乗らない。

 でも、この手で人を助けることはできる。

 ホークスのような「本物のヒーロー」ではないかもしれない。

 それでも、自分にしかできないやり方で、この世界に干渉することはできるのだ。

 

 あの日の作戦で感じた、「現場に行きたい」「直接助けたい」という欲求。

 それは、ホークスの圧倒的な力を見たことで、より具体的なイメージとして冬機の中に定着しつつあった。

 いつか、自分も。

 画面の向こう側ではなく、空の真下で。

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