鋼鉄の龍はヒーローとなる   作:カラミナト

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学校生活の不便

 中学に入学して二週間が経とうとしていた。

 新しい環境というものは、常に莫大な情報処理を要求する。時間割に合わせて移動し、数十人のクラスメイトの顔と名前をデータベースに登録し、教師の板書をノートという物理的な紙媒体に転写していく。

 学業の難易度自体は問題ではなかった。DNAコンピュータの演算能力をもってすれば、中学校のカリキュラムなど数秒のダウンロードで完了する程度のデータ量でしかない。

 冬機にとって最大のネックとなっていたのは、情報処理ではなく「物理的なハードウェアの適応」だった。

 つまり、学校の机と椅子だ。

 

 木製の天板に、スチールパイプの脚。大量生産された規格品の椅子。

 背中に七枚の鋼の背鰭を持つ冬機にとって、この椅子は致命的に相性が悪かった。

 背もたれに寄りかかろうとすると、一番下の大きな背鰭がプラスチックの背板にぶつかり、姿勢が固定されてしまう。無理に体重を預ければ、椅子そのものが壊れるか、あるいは背鰭の付け根に不快な圧迫感が生じる。

 だから冬機は、常に背筋を伸ばし、机に両肘をついて前傾姿勢を維持しなければならなかった。

 一コマ五十分の授業ならまだいい。しかし、それが一日六コマ続くとなると話は別だ。重心を前に置き続けることで、腰部と大腿部の人工筋肉に継続的な負荷がかかり、夕方になる頃には微細な駆動ノイズが鳴り始める。

 

「鋼城、お前ずっと同じ姿勢だけど、疲れないの?」

 休み時間、隣の席から声が降ってきた。

 相川奏多だ。彼は自分の椅子にだらっと寄りかかり、足を投げ出しながら冬機を見ていた。

「疲労は蓄積している。現在の腰部の筋肉負荷は、規定値の六十パーセントを超えている状態だ」

 冬機はノートから顔を上げず、淡々と事実を答えた。

「六十パーセントって、それヤバいのか?」

「稼働に支障はない。ただ、この姿勢を維持するためのエネルギー消費効率が悪いというだけだ。背もたれという機能が使えない以上、自力で姿勢制御を代行するしかない」

「お前、本当言い回しがメカっぽいよな」

 相川はケラケラと笑い、自分の椅子の背もたれをポンポンと叩いた。

「この背もたれ、お前にはただの飾りってことか。外してやろうか?」

「学校の備品を破壊するのは規則違反だ。それに、背もたれがないと構造的な強度が低下し、俺の体重を支えきれなくなる確率が高い」

「ああ、そっか。お前、尻尾もあるし、めちゃくちゃ重そうだもんな」

「三百キロ弱ある」

「マジかよ!? この椅子、よく耐えてんな!」

「着席時の荷重分散には気を使っている」

 

 そんな会話が、ここ数日、休み時間のたびに繰り返されていた。

 給食のエプロンを手伝ってもらったあの日から、相川は毎日、当たり前のように冬機に話しかけてくるようになったのだ。

 彼にとっては、冬機の鋼の身体も、機械めいた物言いも、単なる「面白い特徴」の一つでしかないようだった。

 周りのクラスメイトたちがまだ冬機との距離感を測りかねている中で、相川だけは最初からその距離をゼロにして踏み込んできていた。

 

「なあ、鋼城」

 相川が、ふと真面目なトーンで言った。

「俺たち、席も隣だし、給食の班も一緒だしさ」

「そうだな。出席番号の都合上、配置がそうなる」

「だからさ、友達になろうぜ」

 

 相川の言葉に、冬機はペンを動かす手を止めた。

 友達。

 その単語が、DNAコンピュータの処理回路の中で一瞬だけ宙に浮いた。

 

 ──そういえば。

 

 前世でも、新しい友達ができるときは、こんなふうだっただろうか。

 記憶を探ってみる。幼稚園や小学校の低学年の頃なら、「友達になろう」と言ったり言われたりしたかもしれない。だが、中学生くらいの年齢になると、そんなふうに正面から直球で言われた記憶はあまりなかった。

 いつの間にか一緒にいる時間が長くなり、共通の話題で盛り上がり、気づいたら「友達」という関係性になっていた。そういうグラデーションのような過程が普通だった気がする。

 だから、相川のこのストレートな申し出に、冬機は少しだけ戸惑った。

 悪い戸惑いではない。

 ただ、入力されたコマンドに対して、どう返すべきか最適解が見つからなかったのだ。

 

「……わかりました」

 数秒の沈黙の後、冬機は頷いた。

「おお! マジで!? やったぜ!」

 相川が嬉しそうに身を乗り出してくる。

「ただ、一つ確認したい」

「ん? なんだよ」

「友人としての『機能要件』を定義してほしい」

「は?」

 相川が間の抜けた声を出した。

「友人になることで、互いにどのようなタスクが発生するのか。行動の制限や、情報共有のレベル、緊急時の支援義務などはどう設定されているのか。それを明確にしないと、俺は適切に稼働できない」

 冬機は至って真剣だった。

 公安の仕事でも、伊都との生活でも、まずはルールと役割が定義されていた。だから上手くやれている。「友達」という曖昧な概念を運用するためには、仕様書が必要だと思ったのだ。

 相川は数秒間、ポカンと口を開けて冬機を見つめていた。

 やがて、肩を震わせ、腹を抱えて笑い出した。

「ぶははははっ! なんだそれ! 機能要件って! お前、マジで面白いな!」

「……俺は面白いことは言っていない。必要な確認だ」

「だからそういうとこ! いいよ、仕様書な! えーと、そうだな……」

 相川は笑い涙を拭いながら、天井を見上げた。

「『休み時間にくだらない話をする』。これ必須タスクな」

「了解した」

「あとは『困ってたらなんとなく助ける』。それと『お互いの弁当のおかずをトレードする権利を有する』。こんなもんだろ!」

「……非常に曖昧な定義だが、理解した。それに準じて行動する」

「お前、本当にその喋り方崩さねえのな!」

 相川は再びゲラゲラと笑い、冬機の鋼の肩をバンバンと叩いた。

 冬機はその衝撃を感知しながら、小さく息を吐いた。

 機能要件は曖昧だが、「友達」という関係性は成立したらしい。

 施設を出てから、初めて手に入れた対等なつながりだった。

 

 相川との日常は、冬機にとって新鮮なデータ収集の連続だった。

 彼は本当によく喋る。そして、冬機のどんなに冷徹で機械的な返しにも、決して怯んだり引いたりしなかった。

 ある日の昼休み、二人は中庭のベンチに座って購買で買ったパンを食べていた。

 冬機はいつものように、カロリーと栄養素が効率よく摂取できるという理由で選んだ、味気ないプロテインバーを齧っている。相川は焼きそばパンだ。

 

「なあ、鋼城って、なんで笑わないの?」

 

 焼きそばパンを頬張りながら、相川が不意に聞いてきた。

「怒ってるとかじゃなさそうなのはわかるんだけどさ。いっつも同じ顔してるよな」

 冬機はプロテインバーを飲み込み、相川を見た。

 金色の瞳には、やはり何の感情も浮かんでいない。

「……笑い方が、わからないです」

 冬機は事実を述べた。

「え?」

「表情筋を動かして口角を上げるという物理的な動作は可能だ。だが、どのような感情的入力があったときにその動作を出力すべきなのか、その回路が欠落している」

「いや、回路とかじゃなくて。楽しいときとか、面白いときに、自然に笑っちゃうもんだろ?」

「その『自然に』がわからない。俺のシステムには、感情を表情に変換するプロトコルが存在しないようだ」

 冬機は自分の顔を指差した。

「だから、笑い方がわからない。不気味に思わせているなら、謝罪する」

 

 相川は、少し黙った。

 焼きそばパンを持ったまま、冬機の無機質な顔をじっと見つめている。

 冬機は、彼が離れていくかもしれないと思った。

 中学生という多感な時期に、感情の通じない、笑うことすらできない異形の相手と付き合うのは、気味が悪いだろう。

 仕様書に「一緒に笑う」というタスクが追加されれば、自分はエラーを吐くしかない。

 

 しかし、数秒の沈黙の後、相川は言った。

 

「……なんか、面白いな」

「面白い?」

「おう。普通の奴なら『俺、笑うの苦手なんだよね』くらいでごまかすところを、『回路が欠落している』とか『プロトコルが存在しない』とか、大真面目な顔で言うんだもん。それがすげえお前らしくて、面白い」

 相川はニカッと笑った。

「無理して笑わなくていいんじゃね? その無表情で淡々と突っ込んでくるのが、鋼城の持ち味ってことで」

 

 冬機は、相川のその言葉を脳内で反芻した。

 「面白い」。

 自分のこの欠落を、気味が悪いと遠ざけるのではなく、持ち味として肯定してくれた。

 伊都が「あなたの凪いだ心は武器になる」と言ってくれたのとは、また少し違う。あれは機能としての評価だったが、相川のこれは、存在そのものへの受容だった。

 面白い、という反応が来ると思っていなかった。

 その予想外の入力が、なぜか全く悪くなかった。

 

「……そうか。では、このインターフェースのまま維持する」

「だから言い方! インターフェースってなんだよ!」

 相川が吹き出し、膝を叩いて笑う。

 冬機は笑えなかったが、胸の奥のどこかが、少しだけ温かくなるのを感じた。

 

 しかし、その「感情」というものは、学校生活において時として厄介な障害となることがあった。

 その日の午後は、国語の授業だった。

 担任でもある相田先生が、黒板に大きく課題を書いた。

 

 『作文:最近の出来事と、そのときの自分の気持ち』

 

「えー、今日は作文だ。中学校に入学して二週間。新しい友達ができたこと、部活が決まったこと、勉強が難しくなったこと。なんでもいいから、最近あった出来事を一つ選んで、そのとき自分がどう感じたかを四百字詰め原稿用紙二枚にまとめなさい」

 生徒たちから「えー」「めんどくさい」という不満の声が漏れる。

 冬機は静かに原稿用紙とシャープペンシルを用意した。

 書くこと自体は苦ではない。DNAコンピュータは、指定された文字数に合わせて論理的な文章を自動生成することなど一瞬でやってのける。

 問題は、テーマだった。

 

 『自分の気持ち』。

 

 冬機の手が、原稿用紙の最初のマス目の上でピタリと止まった。

 最近の出来事。

 入学式のこと、相川に話しかけられたこと、新しい靴を買ってもらったこと。出来事はいくつもある。

 だが、そのときの「気持ち」を書けと言われると、処理がフリーズしてしまうのだ。

 「嬉しかった」「楽しかった」「悲しかった」。

 そういう一般的な感情のラベルを、自分の体験にうまく貼り付けることができない。

 

 ──そういえば。

 

 前世でも、作文は苦手だった気がする。

 夏休みの読書感想文や、遠足の思い出。あのときは、「先生が喜ぶような、それらしい気持ち」を想像して、適当に嘘を書いていた。

 「気持ちが思いつかない」というより、「うまく文章にできない」という悩みだった。

 でも、今は違う。

 嘘を書こうと思えば、いくらでも書ける。

 『新しい友達ができて、とても嬉しかったです。これからも仲良くしたいです』。

 そんな定型文を出力するのは簡単だ。

 しかし、今の冬機は、自分の行動や認識を極めて正確に記録し、出力するという強迫観念に近い論理回路を持っている。

 事実と異なるデータを提出することは、システムのエラーを意味する。

 何かはあるのだ。

 相川と話して、胸の奥が温かくなったこと。

 伊都に靴をもらって、少しホッとしたこと。

 でも、その「何か」の正確な名前がわからない。

 前世の言葉を使おうとすると、今の自分に合わない気がする。今の自分は、もっと冷たくて、もっと静かな何かを感じている。

 どう書けばいい?

 

 授業時間の半分が過ぎた。

 周りの生徒たちは、カリカリと鉛筆を走らせている。隣の相川は「部活の仮入部で先輩が怖かった」というようなことを書いているのが、ソナーの微小な振動から読み取れた。

 冬機の原稿用紙は、まだ真っ白だった。

 

「どうした、鋼城。書くことがないか?」

 巡回していた相田先生が、冬機の席の横で立ち止まった。

 冬機は顔を上げた。

「……出来事はあります。ですが、感情を言語化するプロセスでエラーが発生しています」

「えっ? エラー?」

「はい。自分の内側にある状態を、『嬉しい』や『悲しい』といった既存の単語にマッピングすることができません。不正確なデータを出力するべきではないと判断し、待機状態にあります」

 相田先生は、ポカンとした顔で冬機を見つめた。

 中学生が作文で詰まっている理由としては、あまりにも異質だったからだ。

「あー……」

 先生は少し困ったように頭を掻いた。

「難しく考えすぎじゃないか? 思ったことを、そのまま素直に書けばいいんだよ。カッコいい言葉なんて使わなくていい。たとえば、今日給食のカレーが美味しかった、とかでもいいんだ」

「『美味しい』は味覚情報に対する評価であって、感情ではありません」

「いや、そこを厳密に分けなくても……」

 先生はため息をついた。

「まあいい。お前が最近経験したことで、一番記憶に残っていることはなんだ?」

 

 記憶に残っていること。

 冬機は思考を巡らせた。

 中学校に入学してからのことではなく、もっと前。この世界で意識をはっきりと持った、あの廃工場での日々のこと。

 施設を逃げ出し、冷たいコンクリートの上で丸まっていた夜。

 屋根の穴から降り注いでいた、雨。

 鋼の装甲を叩く、コンコン、タンタンという音。

 

「……雨の音です」

 冬機は答えた。

「雨? 最近、雨降ったっけ?」

「少し前のことです」

「そうか。じゃあ、その雨の音を聞いて、どう思ったんだ?」

 どう思ったか。

 濡れるのは嫌だった。でも、音は悪くなかった。

 前世の自分と今の自分が、一つに繋がったような気がした。

 それを、どう表現すればいい。

「……嫌いでは、ありませんでした」

「よし、それだ」

 相田先生はポンと手を打った。

「『雨の音が嫌いではなかった』。そこから書き始めてみなさい。なぜ嫌いじゃなかったのか、どんな音だったのか。事実を並べるだけでも、立派な作文になる」

 事実を並べるだけ。

 それなら、できる。

 

 冬機はシャープペンシルを握り直し、書き始めた。

 

 『少し前、廃工場にいたとき、雨が降った。

 屋根の穴から水が落ちてきて、俺の鋼の装甲に当たった。

 硬い音がした。一定のリズムがあった。

 濡れることは、熱を奪われることでもあり、本来なら避けるべき事象だ。俺は雨が嫌いだと思っていた。

 しかし、装甲を通して骨に伝わるその振動は、不快ではなかった。

 むしろ、周囲のノイズを遮断し、思考を安定させる効果があった。

 何もない場所で、ただその音を観測している時間は、俺にとって必要なものだったと推測される。

 結論として、あの夜の廃工場の雨音は、嫌いではなかった。』

 

 文字数は四百字にも満たなかったが、冬機はそこで筆を置いた。

 これ以上書くことはない。これが、あのときの自分の正確なデータだ。

 

 授業の終わり、提出された原稿用紙を回収しながら、相田先生が冬機の作文に目を通した。

 先生はしばらくその文章を見つめ、複雑な表情を浮かべた。

 中学生の作文としては、あまりにも乾いていて、論理的すぎた。廃工場にいたというのも、先生にとっては意味不明だっただろう。

 だが、先生は赤ペンで直すことはしなかった。

「……少し変わった視点ね」

 先生はぽつりと言い、冬機の原稿用紙を束の最後に入れた。

「でも、お前の『素直さ』は伝わってきたよ」

 減点はされなかった。

 冬機は小さく頷いた。

 自分の出力したデータが、とりあえず社会のフォーマットに受理されたことに、少しだけ安堵した。

 

 放課後。

 冬機は相川と一緒に、桜が葉桜に変わりつつある通学路を歩いていた。

 西日が、二人の影をアスファルトに長く伸ばしている。

「なあ、鋼城。お前、国語の作文、何書いたんだ?」

 相川がカバンを肩に掛け直しながら聞いてきた。

「雨の音についてだ」

「雨? なんだそりゃ。ポエムか?」

「いや。鋼の装甲に対する雨滴の衝突による振動が、思考の安定に寄与したという分析レポートだ」

「だから! そういう言い方!」

 相川は呆れたように笑い、冬機の背中を軽く小突いた。

「お前、本当にそれ作文で出したのかよ。相田先生、どんな顔してた?」

「『変わった視点だ』と評価された」

「そりゃそうだろ。お前、絶対将来、変な学者とかになるぜ」

 学者。

 鋼城機巧。

 その言葉が頭をよぎったが、冬機はすぐにそのデータをキャッシュから消去した。

「俺は、ヒーローになる予定だ」

 冬機は淡々と言った。

「雄英高校に進学し、プロヒーローの免許を取得する。それが現在の長期目標だ」

 相川は目を丸くして、それから大きく頷いた。

「おっ、雄英か! やっぱそうだよな。お前のその『機械を操る』個性、マジでチートだもんな。絶対受かるって!」

「合格率は未知数だが、成功確率は高いと見積もっている」

「俺は普通科かなー。粘着じゃ戦闘は厳しいし」

 相川は自分の指先を見つめながら、少しだけ自嘲気味に言った。

「でも、お前がテレビでヴィランをボコボコにしてるのを見るの、楽しみにしてるぜ。『あいつ、俺のダチなんだぜ』って自慢してやるからな」

 

 ダチ。

 友達。

 相川は、本当に俺のことをそう定義してくれているのだ。

 冬機は、自分の歩く足元を見た。

 伊都に買ってもらった黒いローファーが、アスファルトを規則正しく叩いている。

 痛くない。守られている。

 靴が足を守ってくれるように、この「学校」という場所と、「相川」という存在が、冬機の中の脆い部分を少しずつ補強してくれている気がした。

 

「……期待に応えられるよう、善処する」

 冬機が言うと、相川はずっこけた。

「そこは『任せとけ!』だろ! お前、マジで感情のプロトコル更新しろよ!」

「検討する」

「検討すんな、今やれ!」

 二人の声が、夕暮れの街に溶けていく。

 

 その夜、セーフハウス。

 夕食の後、伊都が淹れてくれたお茶を飲みながら、冬機は学校での出来事を報告していた。

「……相川という生徒と、友人関係を構築しました」

 伊都はマグカップを持ったまま、少し驚いたように目を瞬かせた。

「友人? あなたが?」

「はい。向こうから定義を提案してきたので、機能要件を少し調整して合意しました」

「……機能要件って。契約でも結んだの」

「口頭での合意です。主なタスクは、休み時間の会話と、相互支援です」

 冬機が大真面目に報告すると、伊都はふっと息を吹き出し、肩を震わせて笑った。

 伊都が声を上げて笑うのを、冬機は初めて見たかもしれない。

「ごめんなさい、おかしくて。……でも、よかったわね。早かったじゃない」

「はい。彼のコミュニケーション能力が高いのだと推測されます」

「そうね。あなたみたいな難物を面白がってくれる子がいて、運が良かったわ」

 伊都は笑いを収め、優しい目で冬機を見た。

 

 伊都は、マグカップの温もりを感じながら、目の前の子供の報告を聞いていた。

 友人関係を「機能要件」や「合意」という言葉でしか説明できない。その歪さは相変わらずだ。

 でも、確実に変わってきている。

 施設から拾い上げたばかりの頃の、あの底知れない虚無の瞳。

 それが今、誰かと関わることを「タスク」と言いながらも、どこか誇らしげに報告している。

 彼の中にある冷たい鋼の回路に、少しずつ、人間の血が通い始めているのを感じた。

 公安の暗部で兵器として飼い殺すのではなく、表の世界の学校というシステムに放り込んだ自分の判断は、間違っていなかった。

 いつか彼が、本当の意味で「笑い方」を思い出す日が来るかもしれない。

 伊都は、そんな淡い期待を胸の奥にしまい込んだ。

 

「学校の椅子はどう? 背鰭、痛くない?」

 伊都が思い出したように聞いた。

「物理的干渉はありますが、前傾姿勢で対応しています。問題ありません」

「そう。無理なら特注の椅子を手配することもできるわよ」

「不要です。これが俺の座り方なので」

 冬機は淡々と答えた。

 不便さを「自分の形」として受け入れている。

 伊都は小さく頷き、「そう」とだけ言った。

 

 冬機は自室に戻り、制服を脱いだ。

 机の上に置かれた、相川に直してもらった小さな部品を眺める。

 明日もまた、学校に行く。

 授業を受け、給食を食べ、相川と話す。

 その予測可能なルーティンが、今はとても心地よかった。

 机の前に座り、新しいオイルを取り出す。

 鋼の指先に一滴垂らし、ゆっくりと馴染ませる。

 明日はもっと、上手く動けるように。

 人間としての機能を、少しずつ、最適化していくために。

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