鋼鉄の龍はヒーローとなる   作:カラミナト

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発目明との出会い

 中学二年生になった春。

 冬機の学校生活は、すっかり安定した軌道に乗っていた。

 クラスメイトたちも冬機の異形や「天然クール」な振る舞いに慣れ、相川を中心に適度な距離感で交流が続いている。学業成績は常にトップ。伊都から与えられる公安の裏仕事も、より高度な情報処理を要求されるようになったが、冬機はそれらを完璧にこなし続けていた。

 だが、冬機の中には常に「もっと機能的になりたい」という欲求があった。

 自分の身体は強力だが、不完全だ。

 特に、背鰭による放熱と、重い鋼の尻尾による重心の偏り。これらの物理的制約を「自分の形」として受け入れてはいたが、改善できるならしたいという思いは常にあった。

 しかし、公安の技術部にそれを要求する気にはなれなかった。彼らの設計思想は「任務遂行のための兵器化」であり、冬機の日常の快適さなど考慮されないとわかっていたからだ。

 

 そんなある日の昼休み。

 冬機は相川と弁当を食べた後、図書室へ向かうために校舎の裏手にある特別教室棟の廊下を歩いていた。

 普段は人通りの少ない静かな場所だ。

 ふと、技術室のドアが少しだけ開いているのが視界の端に入った。

 何気なくガラス越しに中を覗く。

 

 一人の生徒が、作業台に向かっていた。

 女子生徒だった。ピンク色のドレッドヘアを、無造作に後ろで束ねている。

 彼女は、何か古いモーターのような機械を分解し、細かい部品を整然と並べていた。その横には、手書きの複雑な図面が散乱している。

 冬機は足をとめた。

 彼女の作業の様子が、あまりにも「機能的」で美しかったからだ。

 工具を持つ手つきに迷いがない。部品を分類し、計測し、記録する一連の動作が、まるで洗練されたプログラムのように流れるように行われている。

 気がつけば、冬機はドアの隙間から中に入っていた。

 自分の身体が発する微かな金属音を消すことも忘れ、彼女の手元に引き寄せられていた。

 

「……何を作っているんですか」

 

 背後から声をかけた。

 普通なら驚いて振り返るところだが、その女子生徒は工具を持ったまま、首だけをクルリとこちらに向けた。

 ゴーグルを額に押し上げた、特徴的な瞳。黒目に黄色い十字の模様が入っている。

 彼女は冬機の異形な姿を見ても、全く動揺しなかった。

 

「見る!?」

 

 答えるよりも早く、彼女は身を乗り出してきた。

 「どうぞ」と許可を出す間もなく、彼女の口から機関銃のように言葉が飛び出す。

「これはね、廃品のモーターを使った小型のホバーユニットの試作機! 推力重量比を極限まで高めるために、コイルの巻き数を再計算して、ネオジム磁石の配置をミリ単位で調整してるの! でも今のままだと起動時に熱を持ちすぎて、五分でショートしちゃうのが課題なんだけどね!」

 彼女は早口で捲し立てながら、自分の設計図を冬機の目の前に突きつけた。

 冬機は瞬時にその図面をDNAコンピュータで解析した。

 言っていることはわかる。理論は破綻していない。ただ、素材の限界と設計のバランスが取れていないだけだ。

 

「……ここの配線、逆の方が効率が上がりませんか」

 冬機は、図面の一箇所を鋼の指先で示した。

「逆?」

 彼女はピタリと動きを止め、図面と冬機の指を交互に見た。

「なんで?」

「現在の配線だと、コイルに流れる電流が磁界と干渉して、無駄な熱エネルギーを生んでいる。直列ではなく並列に繋ぎ直し、電流の向きを反転させれば、熱損失を三十パーセントはカットできるはずです」

 冬機は「機械操作」の個性で培った、電流と磁界に対する直感的な理解を言語化して伝えた。

 彼女は数秒間、図面を睨みつけていた。

 やがて、彼女の十字の瞳がカッと見開かれた。

「……あっ!」

 彼女は持っていた工具を放り投げ、猛烈な勢いで手帳に計算式を書き殴り始めた。

 カリカリカリ!と鉛筆が紙を削る激しい音。

「なるほど! そうか、磁界の干渉! 並列にして抵抗を下げれば、発熱を抑えつつ推力を維持できる……いける! これならいけるわ!」

 彼女は計算を終えると、バッと顔を上げ、冬機を指差した。

「あなた、名前は!?」

「……鋼城冬機です」

「私は発目明! 未来の超一流サポートアイテム開発者よ!」

 発目は冬機の手を取り、ブンブンと激しく握手した。

「鋼城くん! 私たち、バディになりましょう!!!」

 

「待って」

 

 冬機は冷静に口を挟んだ。

「……何のバディですか」

「いろいろよ! あなたのそのアドバイス、ただの知識じゃないわね。私の個性の『ズーム』で見たけど、あなたのその鋼の腕、ただの義手じゃない。神経が通ってて、生体電流が流れてる。さっき図面を見たとき、あなたの目から微弱な電磁波が出てた。機械に干渉する個性でしょ!?」

 発目の観察眼と推理力は、恐ろしく鋭かった。

「……そうです。機械操作です」

「どこまで操作できるの?」

「接続できる機器なら、大抵のものは」

「ドローンは?」

「使います」

「レーザーは?」

「……使いません」

「じゃあ作りましょう!!!」

 発目はバン!と机を叩いた。

「あなたの個性と私のアイデアがあれば、最高にキュートでクレイジーなベイビー(発明品)がたくさん作れるわ! 私にはインスピレーションと設計図がある! あなたにはそれを最適化する演算能力と、実際に試すための最高の被検体ボディがある!」

 

「……話が飛びすぎています」

 冬機は少しだけ眉をひそめた。

「飛んでないよ! 筋道通ってる!」

 発目は胸を張った。

 確かに、論理は通っている。この子は、人間関係すらも「機械の設計」のように合理的に組み立てようとしているのだ。

 自分と似ている、と冬機は思った。

 感情や建前ではなく、機能と目的の一致で繋がろうとしている。

 ただ、その思考速度が常人の数倍速いだけだ。

 

 そのとき、発目が突然、冬機の右腕──鋼の装甲で覆われた篭手を、両手でガシッと掴んだ。

「ちょっと待って! これ、鋼の密度が異常に高い! 関節の可動域は何度? ショックアブソーバーは入ってるの?」

 彼女は冬機の腕を撫で回し、関節を曲げたり伸ばしたりして構造を確かめ始めた。

 冬機は一瞬、防衛本能で手を振り払おうとしたが、止まった。

 彼女の手に、悪意が全くなかったからだ。

 あるのは、純度100パーセントの好奇心と、技術への熱狂。

 施設での無機質な計測とも、街の人間が向ける「恐れ」や「物珍しさ」とも違う。

 測られている。でもそれは、恐怖の対象としてではなく、**「設計への感嘆」**としてだった。

「……関節の可動域は、人間の腕とほぼ同じです。ショックアブソーバーはありません。超高張力鋼の素材特性だけで衝撃を吸収しています」

「マジで!? じゃあ反動がダイレクトに関節に来るじゃない! 馬鹿な設計ね!」

 発目はあっさりと、鋼城機巧の設計を否定した。

「……一つずつ答えますから、少し落ち着いてください」

「全部教えて!!! あ、ちょっと後ろ向いて!」

 発目は冬機の背後に回り込んだ。

「背鰭! これ、放熱フィンだ! 冷却機能があるの?!」

「はい。体内の過剰な熱を逃がすためのものです」

「すごい! でも付け根のクリアランスが甘いわね。これだと服を着たときに引っかからない?」

「……引っかかります」

「でしょ!? ああもう、もったいない! せっかくの素晴らしい素材なのに、ユーザビリティが最悪よ!」

 

 発目は手帳を取り出し、猛烈な勢いで冬機の身体の特徴と問題点をスケッチし始めた。

 冬機は、その様子を背中で感じながら、奇妙な感覚に包まれていた。

 

 ──そういえば。

 

 前世でも、誰かに自分の身体や持ち物をじっくりと見られることはあった。

 大抵は「変な服着てるな」とか、そういうネガティブな視線だった。

 自分の身体を見る目は、大体いくつかに分類できる。驚き、恐れ、同情、物珍しさ。

 発目明の目は、そのどれでもなかった。

 「よくできた設計だ。でも改良の余地がある」という、技術者としての目。

 この種類の目を向けられたのは、初めてだった。

 自分の「異形」を、悲しむべき欠損でも、恐るべき武器でもなく、ただの「ハードウェアの仕様」として扱ってくれる。

 それが、ひどくむず痒くて、でも、決して悪くなかった。

 むしろ、心地よかった。

 

「よし!」

 発目は手帳を閉じ、冬機の前に戻ってきた。

「鋼城くん! やっぱり私たち、組むべきよ! 私はあなたのその不便な身体を、私のベイビーたちで最高に快適で最強のボディにアップグレードしてあげる! その代わり、あなたは私の発明品のテストパイロットになるの!」

 それは、明確な「取引」の提案だった。

 伊都と交わした取引と似ているが、もっと明るく、建設的なものだ。

「……俺にとって、メリットはありますか」

「あるわよ! 服を着るときに引っかからない背鰭カバーとか、重い尻尾のバランスを自動で取るバランサーとか! 私が全部作ってあげる!」

 発目は自信満々に言い放った。

 冬機は少し考えた。

 公安の技術部に頼めなかった日常の不便さを、この中学生が解決してくれるというのか。

 いや、彼女の情熱とさっきの図面を見れば、口だけではないことはわかる。

 何より、彼女と一緒に機械の最適化を議論するのは、純粋に「楽しい」と感じている自分がいた。

「……わかりました」

 冬機は答えた。

「あなたの提案を受け入れます。テストパイロットの件、承諾します」

「やったーーー!!!」

 発目が飛び上がって喜んだ。

「じゃあさっそく、放課後から測定を開始するわよ! 覚悟しなさい!」

 

 こうして、冬機と発目明の、奇妙な協力関係が始まった。

 それが後に、雄英高校の入学試験を揺るがし、冬機の運命を大きく変える「バディ」への第一歩になるとは、このときはまだ誰も知らなかった。

 

 その日の放課後。

 冬機は約束通り、技術室を訪れた。

 発目はすでに準備を整えており、巻き尺やノギス、謎のセンサー機器を机に並べて待っていた。

「遅い! 時は金なり、開発はスピードよ!」

「チャイムが鳴ってから三分しか経っていませんが」

「三分あれば新しいアイデアが十個は浮かぶわ! さあ、上着を脱いで!」

 冬機は言われるがままに制服の上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になった。

 発目は容赦なく冬機の身体を測り始めた。

 腕の太さ、装甲の厚み、背鰭の角度、尻尾の重量バランス。

 彼女の手つきは相変わらず無遠慮だったが、不思議と嫌悪感はなかった。医者の診察を受けているような、あるいは車の整備士に車体を任せているような感覚だ。

 

「ねえ、鋼城くん」

 背鰭の付け根の寸法を測りながら、発目がふと声をかけてきた。

「あなたのその『機械を操る』個性だけどさ。接続するって、どういう感覚なの?」

 冬機は少し考えた。

「……機器が応答する感じです。会話するような」

「会話?」

 発目の手が止まった。

「そう。電圧を上げろと信号を送れば、『了解、上げる』と返ってくる。構造に無理があれば、『これ以上はショートする』と警告が来る。ただの電気信号のやり取りですが、俺にはそれが、言葉のない対話のように感じられます」

 発目は大きく目を見開いた。

「それ、すっごく面白い! 機械に『意識』があるみたいな感覚ってこと!?」

「意識かどうかはわかりません。感情はありませんから。でも、返事は来ます。そして、彼らは絶対に嘘をつきません」

 冬機は、自分の個性に対する率直な思いを語った。

「……返事」

 発目は手帳に何かを書き込んだ。

「私ね、今まで機械の性能や構造しか見てなかったけど。個性ありきで、その『会話』を前提とした設計を起こしたことはないわ。……やってみたい」

「俺のために、新しい設計をするということですか」

「ううん、違うわ」

 発目はきっぱりと言った。

「あなたのためじゃなくて、私がやってみたいからよ。あなたの個性を組み込んだら、もっとすごいベイビーが作れる気がするから!」

 他人のためではない。自分の探究心のため。

 その明確な区別を、発目は当然のように言い放った。

 冬機は、そのエゴイズムに少しだけ呆れ、そして安心した。

 

 ──そういえば。

 

 前世でも、自分の内面や感覚について、誰かに深く話したことはあったかもしれない。

 でも、この世界に来てからは初めてだ。

 施設では、話を聞いてくれる相手がいなかった。

 公安では、伊都に対して必要な報告(事実)しか話さなかった。相川とはくだらない話をするが、個性の深い部分について語ったことはない。

 今、発目に聞かれて、自分の感覚を言葉にしている。

 自分のことを話すと、曖昧だった自分の輪郭が、少しだけはっきりする気がした。

 「あなたのためじゃない」と言い切る彼女だからこそ、冬機は余計な気を使わずに、事実だけを話すことができた。

 

「……それでいいです」

 冬機は頷いた。

「俺のデータは全て提供します。あなたの設計の最適化に寄与できるなら、俺の身体を使って構いません」

「言ったわね! 後悔しても遅いわよ!」

 発目はニヤリと笑い、再び巻き尺を手に取った。

 

 その日から、冬機の日常に「技術室での時間」が追加された。

 公安の仕事と学業の合間を縫って、発目の突拍子もないアイデアを聞き、シミュレーションを手伝い、試作品のテストに付き合う。

 忙しくなったが、不思議と疲労感はなかった。

 むしろ、自分の機能がフルに活用されているという充実感があった。

 

 ある日の夜、セーフハウスで伊都に報告した。

「……学校で、発目明という生徒と協力関係を結びました」

 伊都は夕食の片付けの手を止め、振り返った。

「発目明? あの、設計書を送ってきた子ね」

「はい。彼女の技術力は本物です。俺の日常的な物理的障害を解決するデバイスの開発を請け負ってくれることになりました」

「そう。それは良かったわね」

 伊都は微笑んだ。

「相川くんに続いて、また新しい繋がりができた。……学校に行かせて正解だったわ」

「彼女との関係は、相川との『友人』という定義とは少し違います。機能要件が明確な、利害の一致によるパートナーシップです」

「はいはい、わかったわよ。理屈っぽいのは相変わらずね」

 伊都は苦笑しながら、食器を洗い始めた。

 

 冬機は自室に戻り、発目から渡された「第一期開発計画書」という名の殴り書きのメモを見た。

 そこには、着替えを補助する治具や、背鰭用のクッション材など、冬機が日々感じている些細な不便さを解消するためのアイデアがびっしりと書かれていた。

 「あなたのためじゃない」と彼女は言ったが、結果的にこれは、冬機のための設計だ。

 誰かが、自分のために技術を使ってくれる。

 その事実が、冬機の中で新しい「嬉しい」の形を作り始めていた。

 鋼の身体は、少しずつ、周囲の温度を取り込んでいく。

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