鋼鉄の龍はヒーローとなる   作:カラミナト

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バディ

 昼休みの技術室は、すっかり冬機と発目明の「定番の場所」になっていた。

 昼食を早々に済ませると、冬機は教室を抜け出してこの部屋に向かう。

 技術室の奥にある作業台。そこは常に何かしらの金属部品やコード類で散らかっており、その中心に発目がいる。

 冬機は彼女の作業を邪魔しない位置にパイプ椅子を置き(もちろん、背もたれのない特注の椅子を自分で持ち込んでいる)、そこで本を読んだり、伊都から送られてくる簡単なデータ処理のタスクをこなしたりしている。

 時折、発目が顔を上げて意見を求めてくる。

「ねえ鋼城くん、このモーターの出力、あと二十パーセント上げたら焼き切れるかしら」

 冬機は本から視線を外し、作業台の上のモーターに意識を向ける。

 『機械操作』の個性が、瞬時にモーターのコイルの巻き数と銅線の太さを読み取る。

「……冷却ファンを追加しない限り、三分でショートする。現在の筐体サイズではファンの追加は物理的に不可能だ」

「むきー! やっぱりか! じゃあ外付けの水冷ユニットにするしかないわね!」

 発目はすぐに手帳に新しい設計図を書き殴り始める。

 彼女が作っているものは、冬機のためのサポートアイテムとは限らない。自動でゴミを拾うロボットだったり、無駄に火力が高いトースターだったりと、用途不明の「ベイビー」たちだ。

 それでも、冬機は彼女の作業を見ているのが嫌いではなかった。

 彼女の思考プロセスは、常に「もっと速く」「もっと強く」「もっと面白く」という明確なベクトルを持っている。その純粋なエネルギーの奔流に触れていると、自分の中の冷たい論理回路が、少しだけ熱を帯びるような気がするのだ。

 

 その日の昼休みも、いつものように技術室にいた。

 発目は、小型のドローン──冬機が公安の仕事で使っているものとは違う、おもちゃのようなもの──のプロペラを調整していた。

「ねえ、鋼城くん」

 発目が、ふと手を止めてこちらを向いた。

「あなたのその『機械を操る』個性。前にも少し聞いたけど、接続するって、具体的にどういう感覚なの?」

 またその話か、と冬機は思った。

 以前にも「会話するような感覚」と答えたことがある。だが、彼女の技術者としての探究心は、それだけでは満足できないらしい。

「……言語化するのは難しい。電気信号のやり取りを、脳が都合よく解釈しているだけだと推測される」

「その『解釈』の仕方が知りたいのよ! 視覚的なの? それとも聴覚?」

 発目は身を乗り出してきた。ゴーグルの奥の十字の瞳が、爛々と輝いている。

 冬機は少し考えた。

 

 ──そういえば。

 

 前世でも、自分の内面や感覚について、他人に説明することはあっただろうか。

 「どこが痛い?」「どうして悲しいの?」

 そう聞かれたとき、言葉を尽くして伝えようとした記憶が微かにある。

 だが、この世界に来てからは、そんな機会はほとんどなかった。

 施設では、ただ結果(データ)だけを求められた。

 公安では、伊都に対して必要な報告(事実)しか話さなかった。

 今、発目に「どういう感覚か」と、極めて個人的な内面を聞かれている。

 自分の感覚を他者に伝わる形に変換(エンコード)する。その作業を行うと、曖昧だった自分の輪郭が、少しだけはっきりする気がした。

 

「……両方だ」

 冬機は、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

「接続した瞬間、その機械の構造が、ワイヤーフレームの立体映像のように脳内に浮かび上がる。そして同時に、彼らが発する微弱な電流のノイズが、ある種の『音声』として聞こえる」

「音声! どんな声!?」

「機械によって違う。古いモーターは低く唸るような声だし、最新の半導体は高く澄んだ声だ。俺が『動け』と信号を送ると、その声が『了解』と返してくるような錯覚がある」

 冬機は自分の手をじっと見つめた。

「感情はない。ただ、そこには絶対的なルールと、物理法則に従う『誠実さ』がある。だから、対話ができる」

 発目は黙って聞いていた。

 いつもなら、すぐに手帳にメモを取るか、「なるほど!」と大きな声を出すところだ。

 しかし今は、ペンを持ったまま、少し不思議そうな顔をして冬機を見つめている。

「……返事が来る、か」

 発目はぽつりと呟いた。

「それって、機械と友達になってるみたいね」

「友達? ……いや、彼らはただの物質だ。友人という定義には当てはまらない」

「そう? でも鋼城くん、機械の話してるとき、少しだけ顔が柔らかくなるわよ」

「……」

 冬機は自分の顔を触った。

 鋼の指先からは、表情筋の動きは読み取れない。

 自分がどんな顔をしているのか、自分ではわからない。

「私、今まで機械の『性能』や『構造』しか見てなかった」

 発目は手元のドローンを見下ろした。

「でも、鋼城くんの話を聞いてたら、個性ありきで、その『会話』を前提とした設計を起こしてみたくなったわ。ただ機能を満たすだけじゃなくて、あなたが接続したときに『気持ちいい』って思えるような、最高のベイビーをね」

「……俺のために、設計するということですか」

 冬機が聞くと、発目は即座に首を横に振った。

「ううん、違うわ」

 彼女はきっぱりと言い切った。

「あなたのためじゃなくて、私がやってみたいからよ。あなたのその特異な感覚を組み込んだら、もっとすごいものが作れる気がするから。私の好奇心のため!」

 他人のためではない。自分の探究心のため。

 その明確な区別を、発目は当然のように、なんの悪びれもなく言い放った。

 

 冬機は、少しだけ目を伏せた。

 

 ──そういえば。

 

 前世でも、こういう人間がいた気がする。

 「なんとなく好きだから」「やってみたいから」という、極めてシンプルで自分勝手な理由だけで動く人間。

 公安での時間、伊都や他の捜査官たちは、みんな複雑な理由で動いていた。

 組織の命令、社会の正義、あるいは責任感。

 冬機自身も、「自分の居場所(生存圏)を確保するため」という打算的な理由で動いている。

 発目明の理由は、それらとは全く違う。

 ただ、作りたいから。あなたの個性が面白いから。

 それだけ。

 その「それだけ」という明快な理由が、複雑な事情を抱えて生きている自分には、少しだけ眩しかった。

 そして、その身勝手さが、ひどく心地よかった。

 「あなたのために」と恩を着せられるより、「私のためにあなたを使う」と言われた方が、冬機にとっては対等な取引として受け入れやすかったのだ。

 

「……それでいいです」

 冬機は顔を上げ、頷いた。

「あなたの好奇心の対象として、俺のデータは全て提供します。存分に使ってください」

「言ったわね! 後悔しても遅いわよ!」

 発目がニヤリと笑った。

 

 そして、数週間後。

 中学三年の進路面談が近づいてきた頃。

 いつものように技術室で作業をしていた発目が、唐突に言った。

 

「ねえ鋼城くん。雄英受けるわよね? ヒーロー科」

「はい。その予定です」

「推薦でしょ?」

「そうです」

 伊都が手配してくれた公安推薦枠のことだ。発目にも、特異な個性の持ち主として推薦を受ける予定だとは伝えてあった。(公安の裏事情までは話していないが)

「じゃあさ」

 発目はスパナを置き、冬機の方に向き直った。

「私と、バディになりましょう」

「……バディ?」

「そう! ヒーロー免許試験に向けての、正式なパートナー!」

 発目は目を輝かせた。

「雄英高校には、ヒーロー科とサポート科の生徒が組んで、実技試験や演習を行う『バディシステム』があるの。サポート科の生徒は、バディのヒーロー科生徒の身体データや個性を分析して、専用のアイテムを開発する。そして、ヒーロー科生徒はそれを装備して戦う!」

 冬機はそのシステムを知識としては知らなかった。前世の記憶(物語)の中では、緑谷出久たちがサポート科と直接バディを組むような明確な制度は描かれていなかった気がする。

 だが、この世界にはそういう仕組みが存在するのだろう。

「……なぜ俺と」

 冬機は聞いた。

「雄英のサポート科は、中学の技術室とは予算が桁違いなの! 学校の設備と最新のレアメタルを使えば、今とは比べ物にならないすごいベイビーが作れる。それを最大限に活かすためには、私のぶっ飛んだアイデアに耐えうる、頑丈で特異なボディが必要なのよ!」

 発目は身を乗り出した。

「あなたのその鋼の身体と『機械操作』の個性。条件を満たす個性体で、私が知っている中で最高に面白い素材は、あなただけ。それだけ!」

 まただ。

 「それだけ」。

 損得の話だ。彼女は自分の目的を達成するためのパーツとして、冬機を選んだ。

 情けでも、友情でもない。

 ただ、「面白いから」。

 

「……俺でなくていいのでは、と聞こうと思いましたが」

 冬機は小さく息を吐いた。

「あなたのその『面白い』という評価基準なら、俺が最適解だと理解しました」

「でしょ!? だから組むしかないのよ!」

 発目が両手を広げる。

 冬機は少しだけ考えた。

 雄英に入学すれば、より過酷な戦闘訓練や、本当のヴィランとの戦いが待っている。

 公安の仕事でも、これからは直接行動が増えるだろう。

 今の身体のままでは、限界が来る。

 自分のスペックを限界まで引き出し、さらにその先へ拡張してくれる技術者が、専属でついてくれる。

 これは、冬機にとっても計り知れないメリットのある取引だった。

 

「……わかりました。バディで受けましょう」

 冬機が答えると、発目は「やったーーー!!!」と叫んで飛び上がった。

「よーし! じゃあさっそく、仕様書を送るわよ!」

「……仕様書ですか」

「そう! あなたの身体の最新データ、個性の出力限界、あと好みのデザインとかも! 全部まとめて提出して!」

「好みのデザインは特にありませんが。機能的であれば」

「ダメ! ヒーローは見た目も大事なの! 私のベイビーを装備して世界にアピールするんだから、最高にクールじゃなきゃ!」

 発目はもう、手帳に新しい設計のラフを描き始めていた。

 その横顔は、純粋な喜びと熱狂に満ちている。

 冬機は、そんな彼女を見ながら、自分の口の端がわずかに上がっていることに気づいた。

 笑い方は、まだわからない。

 でも、これが「嬉しい」という感情が表情筋にアクセスしようとしている状態なのかもしれない。

 

「……善処します」

 冬機が言うと、発目は振り返らずに「そこは『イエッサー!』でしょ!」と突っ込んだ。

 

 その日の放課後。

 相川と一緒に駅に向かって歩きながら、冬機はバディの話をした。

「へえー、発目と組むのか。あいつ、ちょっと変人だけど、腕は確かだもんな」

 相川は感心したように言った。

「ああ。彼女の設計は合理的だ」

「お前ら、似た者同士って感じするわ。なんか、言葉なくても通じ合ってそうだし」

「言語コミュニケーションは行っている。通信プロトコルが少し特殊なだけだ」

「だからそういう言い回し!」

 相川が笑って、冬機の肩を叩く。

「でもさ、よかったな。中学で俺っていう『友達』ができて、高校に向けて発目っていう『相棒』ができた。お前、どんどん人間関係豊かになってんじゃん」

 人間関係。

 施設にいた頃は、自分はただの「機能」だった。

 今、自分は誰かの「友達」であり、誰かの「相棒」になろうとしている。

 自分が世界に繋ぎ止められている感覚。

 「……そうだな」

 冬機は、夕暮れの空を見上げながら、短く答えた。

 鋼の身体は重いが、足取りは不思議と軽かった。

 明日もまた、技術室に行こう。

 そして、自分のデータを彼女に渡そう。

 そこから生まれる新しい未来が、今はただ、楽しみだった。

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