美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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1. クビ? タルいわ……

「お前なんかクビだクビ! このブスがぁぁ!」

 

 ギルド前の広場に、金髪の男の怒声が響き渡った。

 

 夕暮れ時である。茜色に染まった空の下、ダンジョン探索を終えた冒険者たちが三々五々と帰路につく中、Bランクパーティ『黄金の剣』のリーダー、ガルドは顔を真っ赤にして叫んでいた。

 

 その視線の先には、一人の少女が立っている。

 

 黒髪のロングストレート。絹糸のようになめらかな髪が、夕風に静かに揺れていた。白磁の肌に、吸い込まれそうなほど深い黒の瞳。整った顔立ちは、街ですれ違えば誰もが思わず振り返るほどの美貌だった。

 

 ――なのだが。

 

「……わかりました」

 

 少女、リーシェは、半開きの目で生返事をした。表情は微塵も動かない。声には抑揚の欠片もない。まるで明日の天気の話でも聞いているかのような、徹底的な無関心がそこにはあった。

 

「リーダーが飯誘ったらふつう喜ぶもんだろ?! 俺のおかげでパーティに居れるんだからよ!」

 

「サービス残業はお断りなので」

 

「サビ残って……このガルド様との食事が残業かよ!」

 

「お給料出ないなら残業では?」

 

 正論だった。だが正論ほど人を逆上させるものはない。ガルドの顔が、夕焼けよりも赤く染まっていく。

 

「あーもういい! 二度とこの街で働けねえようにしてやるからな! このブスがぁぁぁ!」

 

 ガルドは唾を飛ばしながら叫んだ。周囲の冒険者たちが遠巻きに眺めている。その視線は同情でも軽蔑でもなく、痛いものを見る目だった。

 

「モテない男はみっともねーな」

「あんだけ美人だとそう簡単には落とせねぇって」

「一度でいいからお相手してほしいもんだぜ」

「おめーじゃ無理だって!」「ガハハ! 無理無理!」

「なんだとぉ!」

 

 リーシェはそんな騒ぎなど意に介さず、手のひらをリーダーへ伸ばした。

 

「今日までのお給料をください……」

 

「払うわけねーだろ! 気分悪くさせた罰だ!」

 

「……そうですか」

 

 それだけ言って、リーシェは表情を変えることもなく(きびす)を返した。

 

「ちょっと美人だからっていい気味だわ!」

 

「涙でも見せたらどうなのよ!」

 

 様子を見守っていたパーティ仲間の、女冒険者たちの嫌味な声が背中に刺さる。だがリーシェは振り返らなかった。その声は彼女の耳を素通りして、夕暮れの空気に溶けていくだけだった。

 

 

       ◇

 

 

 宿への帰り道は、不思議と静かだった。

 

 喧騒を抜けると、石畳の路地には人影もまばらで、リーシェの足音だけが響いている。彼女はふと足を止め、昇り始めた月を見上げた。

 

 満月だった。銀色の光が古い街並みを照らし、石壁に淡い影を落としている。どこかの家の窓から、子供の笑い声が聞こえてきた。夕餉(ゆうげ)の匂いが風に乗って漂ってくる。

 

 この街の人々にとっては、いつもと変わらない夜の始まりなのだろう。

 

「……変なの。作り物みたい」

 

 この世界の月は、いつもそうなのだ。光っているのに、温度がない。輝いているのに、心に届かない。まるで精巧な絵画を眺めているような、そんな隔たりがある。

 

 本物の月は、もっと違う色をしていた気がする。もっと優しくて、もっと近くて――誰かと一緒に見上げていた気がする。

 

「……なんだっけ」

 

 思い出せない。リーシェには記憶がないのだ。

 

 気がついたら、草原に倒れていた。黒のジーンズにぶかぶかの白いTシャツにジャケット、というこの国にはあまりない服装で転がっていたのだ。

 

 青い空と、どこまでも続く緑の海。傍らには淡く光る輪のようなものがあって、触れようとしたら、指先をすり抜けて消えた。あの光は何だったのだろう。

 

 名前だけは覚えていた。リーシェ。でもそれが本当に自分の名前なのか、今となっては分からない。誰かがそう呼んでくれていた気がするのだが――その声も、顔も、霞の向こうに消えてしまっている。

 

 この世界の全てが、どこか遠い。人々が必死に求める金も、名誉も、冒険も――何一つ、心に引っかからないのだ。まるで演劇の舞台装置の中を歩いているような。自分だけが薄い膜一枚隔てた場所にいるような。

 

 クビになった。仕事がなくなった。お金が入らなくなった。

 

 それが大変なことだというのは、頭では分かる。明日からの宿代はどうする。食事は。この街で生きていくには、金がいる。そんなことは、誰に言われなくても分かっている。

 

 でも、胸の奥が何も騒がないのだ。心臓は静かに脈打ち、呼吸は穏やかなまま。まるで他人事のように、自分の窮状を眺めている自分がいる。

 

「……タルい」

 

 ただ、それだけだった。

 

 口から漏れた言葉は、夜の空気に溶けて消えた。

 

 考えても仕方がない。それより早く宿に帰って、カモミールティーを淹れたい。あの金色の液体を陶器のカップに注いで、立ち上る湯気を眺めながら、ゆっくりと口に運ぶ。甘くて優しい香りが鼻腔をくすぐると、少しだけ心が()ぐのだ。

 

 理由は分からない。でも、あの香りを嗅いでいるときだけ、自分がここにいてもいいような気がする。この世界で唯一、確かだと思えるもの。

 

 リーシェは小さく欠伸をして、宿への道を急いだ。背後では、まだ月が静かに輝いている。作り物めいた、冷たい光を放ちながら。

 

 

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