美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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102. 空界粉砕

「来るわ」

 

 リリカが下方を睨んだ。緋色の瞳が鋭く細められ、杖を握る手に力がこもっている。

 

 シアンは空間跳躍を使わなかった。

 

 使えるのに、使わない。

 

 六枚の光翼をふわりと畳み、全身をばねのようにしならせて――純粋な脚力だけで、爆発的に跳んだ。

 

「きゃははは!」

 

 飛び上がった瞬間、地表が砕けた。シアンが蹴った地面が放射状にひび割れ、亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。その衝撃波が大気を叩き、少し離れた場所にいた金髪少女とトトの身体を木の葉のように吹き飛ばした。トトが咄嗟に金髪少女を庇い、二人とも地面を転がっていく。

 

 シアンは弾丸のように上昇してくる。

 

 その顔に浮かんでいるのは――笑み。

 

 獲物を追う者の、嗜虐的な喜び。碧い瞳が爛々と輝き、口元が三日月のように歪んでいる。楽しくて仕方がないのだ。女神クラスと戦えることが。

 

「リリカ!」

 

「わかってる!」

 

「私から行くわ! 空界(ディメンション)粉砕(クラッシュ)!」

 

 リーシェは両手を前に突き出し、女神の権能を解放した。ブワっと光背が展開され夕空に輝きを放つ。

 

 空間が――割れた。

 

 文字通り、目の前の空間がガラスのように亀裂を走らせ、パリパリと砕けていく。割れた空間の破片は透明な刃となり、夕暮れの光を屈折させて虹色にきらめいている。その切っ先はあらゆる物質を、あらゆる概念を切断する。物理法則の外側にある、神の領域の凶器。

 

 砕けた空間の破片が、上昇してくるシアンに向かって降り注いだ。

 

 数百、いや数千の透明な刃。それが滝のようにシアンを呑み込もうとする。

 

 しかし――。

 

「おっほぅ!」

 

 シアンは嬉しそうに笑うだけで速度を落とさなかった。

 

 その身体が蛇のように細く、しなやかに変形した。骨格も筋肉も無視した、生物としてありえない軌道。破片と破片のわずかな隙間を、するするとすり抜けていく。刃が青い髪を掠め、頬を撫でるほどの至近距離を、水のように流れ通過していく。

 

「――嘘でしょ!?」

 

 リーシェは歯を食いしばった。数千の刃の隙間を、目で追うことすらできない速度ですり抜けていくなんて。

 

「させないわ!」

 

 リリカが叫んだ。すり抜けていった空間の破片に意識を繋ぎ、女神の権能で制御を奪い取る。通過した破片がシアンの背後で一斉に反転した。数千の刃が、今度は背後から殺到する。

 

「もう一丁! 空界(ディメンション)粉砕(クラッシュ)!」

 

 リーシェも破片を倍増させる。

 

 前方からはリーシェの破砕。後方からはリリカの折り返し。

 

 完璧な挟撃だった。同じ魂から生まれた二人だからこそ可能な、言葉なき連携。互いの意図が、思考が、手に取るように伝わる。

 

 シアンの唇が、弧を描いた。

 

「あら、やるじゃない」

 

 一瞬止まると光翼を一気に広げ、大きく羽ばたいた。

 

 それだけだった。

 

 たった一度の羽ばたき。優雅で、軽やかで、まるで蝶が羽を揺らすような何気ない動作。

 

 だがその一撃が生んだ衝撃波は、前方からも後方からも迫っていた数千の空間破片を、全てまとめて粉砕した。砕けた破片がさらに細かく砕け、光の粒子となって夕暮れの空に溶けていく。一瞬だけ、空が満天の星空のように瞬いた。

 

「ざーんねん! きゃははは!」

 

「信じらんない……」

 

「あんなのどうやってやんのよ!?」

 

 困惑する二人の前に、シアンが一気に間合いを詰めてくる。碧い瞳が楽しそうに笑っている。

 

「まだまだ!」

 

 リーシェはまだ諦めない。

 

神域(セイクリッド)崩波(ブレイカー)!」

 

 両手を前に突き出し、空間衝撃波を放った。

 

 今度は点ではなく面の攻撃だ。空間そのものが高速に圧縮され、見えない壁となって押し寄せていく。触れたものを無差別に押し潰す。線で避けられるなら、面で叩く。このシンプルな衝撃波は女神の権能でも止められない。

 

 衝撃波がシアンに迫る。今度こそ避けられない。面で来る以上、どんなに身体をしならせても、すり抜ける隙間などない。

 

「あら……?」

 

 シアンはつまんなそうに口をゆがめた。

 

 当たる。

 

 そう思った瞬間――シアンの姿が消えた。

 

 空間跳躍。

 

「後ろ!」

 

 リリカが叫んだ時には、もう遅かった。

 

 二人の背後に出現したシアンが、無造作に腕を振っていた。蒼い光が弧を描き、空間そのものを切り裂く。大気が悲鳴を上げ、次元に亀裂が走る。

 

 だが、リーシェはそれを読んでいた。

 

 面で来たら跳ぶしかない。跳ぶなら背後に出る。背後に出るなら――。

 

 リリカの腕を掴み、一瞬早く空間跳躍。山の向こう側へ飛ぶ。

 

「あっぶない!」

 

「何なのよアレ!」

 

 しかし、跳躍した先に。

 

「ざーんねん!」

 

 シアンがいた。

 

 蒼い光の刃を、既に振りかぶった状態で。

 

 読まれていた。跳躍先を、完全に。リーシェが山の向こうに跳ぶことも、その着地点も、全て見透かされていたのだ。

 

 

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