美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
虹色に輝く門。世界の半分を覆うほどの、とてつもない門。その虹色の光が灰色の月を照らし、クレーターの一つ一つを七色に染め上げている。
月が、門に触れ――吸い込まれ始めた。
表面から削り取られるように、灰色の岩肌が虹色の光に呑まれていく。端から、端から、とめどなく。数百キロ、数千キロの岩塊が、砂時計の砂のように収納空間に流れ込んでいく。音はなかった。ただ、世界が軽くなっていく感覚だけがあった。
「ぐっ……あああぁぁっ!!」
リーシェの全身に激痛が走った。
これまで収納したどんなものとも桁が違う。魔王城とも。ドラゴンとも。何もかもと。身体が内側から引き裂かれるような負荷。骨が軋み、血管が悲鳴を上げ、細胞の一つ一つが限界を叫んでいる。鼻から血が噴き出し、両腕が千切れそうなほど震える。
でも、止めない。
止められない。
ここで止めたら、トトが死ぬ。大将が死ぬ。王都の全ての人たちが死ぬ。
もちろん、どうしようもない連中もいる。でも、だからってあの街を消させてたまるか。
「リーシェ! 身体が持たないわよ!」
背中でリリカが叫んでいる。リリカの手も震えている。権能を流し続ける負荷が、リリカの身体にも及んでいるのだ。
「うるさい……! 黙って……力、貸してなさいよ……!」
「くぅぅぅ……」
リリカは唇を噛み、リーシェの背中に当てた手にさらに力を込めた。
月が、半分になった。
空を覆っていた灰色の岩肌が、目に見えて小さくなっていく。重力の乱れが収まり始めた。空に舞い上がっていた木の葉が、ゆっくりと落ちてくる。鳥たちが混乱した鳴き声を上げながら、地上に戻ってくる。
三分の一。
四分の一。
大地の震動が止んだ。川の水が元の流れに戻り始めた。空に昇っていた土砂が、ぱらぱらと地面に降り注いでいく。
そして。
最後の一欠片が、虹色の光に吸い込まれた。
月が、消えた。
空から――消えた。
巨大な収納空間の門がゆっくりと閉じていく。虹色の光が薄れ、消え、そこにはただ――何もない、広い夜空があった。
月があった場所に、星々が瞬いている。さっきまで灰色の岩肌に覆われていた空が、どこまでも深い群青色をたたえ、無数の星がちかちかと光を放っている。
静寂が、降りた。
風すら止んでいた。世界が、今起きたことを信じられずに息を止めているかのような、深い静寂。
「…………やった?」
リリカが呆然と呟いた。
「やった、わよ……」
リーシェの膝が折れた。
がくん、と。全身から力が抜け、四つん這いに崩れ落ちる。両手が地面について、湧いてきた鼻血が滴り落ちていく。視界が明滅している。意識が遠い。身体中のあらゆる場所が悲鳴を上げている。
でも、地面はここにある。
人々は、生きている。
「あっはっはっはっは!」
空から、笑い声が降ってきた。
心の底から楽しそうな、子供のような笑い声。怒りもない。苛立ちもない。純粋な、混じりけのない歓喜。
「すっごーい! 月をナイナイしちゃうなんて! あんた面白いわね! きゃはははは!」
シアンの声だった。六枚の翼が月のなくなった夜空に輝き、光の粒子が星に混じってきらきらと舞い散っている。自分の切り札を破られたことすら楽しんでいる。この存在にとっては、全てが遊びなのだ。
リーシェは地面に手をついたまま、歯を食いしばった。
月を収納した代償は大きかった。身体中が軋んでいる。権能の使いすぎで指先の感覚がない。立ち上がれるかどうかも分からない。
でも。
まだ終わっていない。
シアンは、まだそこにいる。
「リーシェ……立てる?」
リリカが隣に膝をつき、肩を貸そうとしてくれた。リリカの顔も蒼白で、鼻血の跡が乾いていたが、緋色の瞳だけは折れていなかった。
「……立てるわよ」
リーシェはリリカの肩に手をかけ、よろめきながら立ち上がった。
「立たなきゃ、いけないんだから……」
リーシェは空を睨んだ。
月を消した夜空に、六枚の蒼い光翼が輝いている。碧い瞳が、変わらず笑っている。
戦いは、まだ続く。
◇
「じゃぁ、次行ってみよーーう!」
シアンは嬉しそうに腕を振り上げた。まるで自慢の出し物を披露するプレゼンターのように、心底楽しそうに。完全に遊んでいるのだ。月を収納されたことすら、次の出し物への前振りにしか思っていない。
振り上げた人差し指の先に、小さな光が灯った。
最初は蛍火ほどの、儚い輝きだった。
「くっ!」
「次は何よ!?」
二人が身構えた次の瞬間、その光が膨れ上がった。
蛍火が松明になり、松明が篝火になり、篝火が――太陽になった。
シアンの指先に、太陽が宿った。
世界が、白く塗り潰された。
宵闇に沈みかけていた大地が、昼の明るさを超え、さらにその先へ。影という影が消え失せ、全ての色彩が白に飲まれていく。目を閉じてもまぶたを透過して網膜を焼く、圧倒的な光量。
「まずい!」
「逃げな――」
空間跳躍をしようとした。リリカの腕を掴み、この場から離脱しようとしたが――間に合わなかった。
二人が跳躍の権能を起動するより一瞬早く、白い光が二人を呑み込んだ。