美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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105. 自慢の出し物

 虹色に輝く門。世界の半分を覆うほどの、とてつもない門。その虹色の光が灰色の月を照らし、クレーターの一つ一つを七色に染め上げている。

 

 月が、門に触れ――吸い込まれ始めた。

 

 表面から削り取られるように、灰色の岩肌が虹色の光に呑まれていく。端から、端から、とめどなく。数百キロ、数千キロの岩塊が、砂時計の砂のように収納空間に流れ込んでいく。音はなかった。ただ、世界が軽くなっていく感覚だけがあった。

 

「ぐっ……あああぁぁっ!!」

 

 リーシェの全身に激痛が走った。

 

 これまで収納したどんなものとも桁が違う。魔王城とも。ドラゴンとも。何もかもと。身体が内側から引き裂かれるような負荷。骨が軋み、血管が悲鳴を上げ、細胞の一つ一つが限界を叫んでいる。鼻から血が噴き出し、両腕が千切れそうなほど震える。

 

 でも、止めない。

 

 止められない。

 

 ここで止めたら、トトが死ぬ。大将が死ぬ。王都の全ての人たちが死ぬ。

 

 もちろん、どうしようもない連中もいる。でも、だからってあの街を消させてたまるか。

 

「リーシェ! 身体が持たないわよ!」

 

 背中でリリカが叫んでいる。リリカの手も震えている。権能を流し続ける負荷が、リリカの身体にも及んでいるのだ。

 

「うるさい……! 黙って……力、貸してなさいよ……!」

 

「くぅぅぅ……」

 

 リリカは唇を噛み、リーシェの背中に当てた手にさらに力を込めた。

 

 月が、半分になった。

 

 空を覆っていた灰色の岩肌が、目に見えて小さくなっていく。重力の乱れが収まり始めた。空に舞い上がっていた木の葉が、ゆっくりと落ちてくる。鳥たちが混乱した鳴き声を上げながら、地上に戻ってくる。

 

 三分の一。

 

 四分の一。

 

 大地の震動が止んだ。川の水が元の流れに戻り始めた。空に昇っていた土砂が、ぱらぱらと地面に降り注いでいく。

 

 そして。

 

 最後の一欠片が、虹色の光に吸い込まれた。

 

 月が、消えた。

 

 空から――消えた。

 

 巨大な収納空間の門がゆっくりと閉じていく。虹色の光が薄れ、消え、そこにはただ――何もない、広い夜空があった。

 

 月があった場所に、星々が瞬いている。さっきまで灰色の岩肌に覆われていた空が、どこまでも深い群青色をたたえ、無数の星がちかちかと光を放っている。

 

 静寂が、降りた。

 

 風すら止んでいた。世界が、今起きたことを信じられずに息を止めているかのような、深い静寂。

 

「…………やった?」

 

 リリカが呆然と呟いた。

 

「やった、わよ……」

 

 リーシェの膝が折れた。

 

 がくん、と。全身から力が抜け、四つん這いに崩れ落ちる。両手が地面について、湧いてきた鼻血が滴り落ちていく。視界が明滅している。意識が遠い。身体中のあらゆる場所が悲鳴を上げている。

 

 でも、地面はここにある。

 

 人々は、生きている。

 

「あっはっはっはっは!」

 

 空から、笑い声が降ってきた。

 

 心の底から楽しそうな、子供のような笑い声。怒りもない。苛立ちもない。純粋な、混じりけのない歓喜。

 

「すっごーい! 月をナイナイしちゃうなんて! あんた面白いわね! きゃはははは!」

 

 シアンの声だった。六枚の翼が月のなくなった夜空に輝き、光の粒子が星に混じってきらきらと舞い散っている。自分の切り札を破られたことすら楽しんでいる。この存在にとっては、全てが遊びなのだ。

 

 リーシェは地面に手をついたまま、歯を食いしばった。

 

 月を収納した代償は大きかった。身体中が軋んでいる。権能の使いすぎで指先の感覚がない。立ち上がれるかどうかも分からない。

 

 でも。

 

 まだ終わっていない。

 

 シアンは、まだそこにいる。

 

「リーシェ……立てる?」

 

 リリカが隣に膝をつき、肩を貸そうとしてくれた。リリカの顔も蒼白で、鼻血の跡が乾いていたが、緋色の瞳だけは折れていなかった。

 

「……立てるわよ」

 

 リーシェはリリカの肩に手をかけ、よろめきながら立ち上がった。

 

「立たなきゃ、いけないんだから……」

 

 リーシェは空を睨んだ。

 

 月を消した夜空に、六枚の蒼い光翼が輝いている。碧い瞳が、変わらず笑っている。

 

 戦いは、まだ続く。

 

 

         ◇

 

 

「じゃぁ、次行ってみよーーう!」

 

 シアンは嬉しそうに腕を振り上げた。まるで自慢の出し物を披露するプレゼンターのように、心底楽しそうに。完全に遊んでいるのだ。月を収納されたことすら、次の出し物への前振りにしか思っていない。

 

 振り上げた人差し指の先に、小さな光が灯った。

 

 最初は蛍火ほどの、儚い輝きだった。

 

「くっ!」

 

「次は何よ!?」

 

 二人が身構えた次の瞬間、その光が膨れ上がった。

 

 蛍火が松明になり、松明が篝火になり、篝火が――太陽になった。

 

 シアンの指先に、太陽が宿った。

 

 世界が、白く塗り潰された。

 

 宵闇に沈みかけていた大地が、昼の明るさを超え、さらにその先へ。影という影が消え失せ、全ての色彩が白に飲まれていく。目を閉じてもまぶたを透過して網膜を焼く、圧倒的な光量。

 

「まずい!」

 

「逃げな――」

 

 空間跳躍をしようとした。リリカの腕を掴み、この場から離脱しようとしたが――間に合わなかった。

 

 二人が跳躍の権能を起動するより一瞬早く、白い光が二人を呑み込んだ。

 

 

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