美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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106. しっぽを振る猫

「ぐわぁぁ!」「きゃぁぁぁ!」

 

 爆発、という言葉では足りない。

 

 空間ごと焼き尽くすような灼熱のエネルギーが、シアンの指先を起点に球状に炸裂した。半径数キロメートルにわたって、世界が蒸発した。

 

 山が消し飛んだ――尾根から頂上まで、岩盤ごと気化して消滅した。そこにあったはずの数百万トンの岩と土が、一瞬で蒸気になって空に昇っていく。

 

 森が蒸発した。巨木が。下草が。鳥が、野生動物が。何百年もかけて育った生態系が、瞬きの間に消え去った。

 

 大地がガラスのように赤黒く溶け、まるで火山の溶岩だまりのようになり――徐々に固まっていく。

 

 まさにこの世の終わり――。

 

 最後に残ったのは、鏡のように滑らかな漆黒のガラスの大地だった。

 

 もちろん物理攻撃無効は張っていた。

 

 それなのに、身体が焼けるように痛い。

 

 純粋な物理ではなかった。熱でも光でもなかった。熾天使(セラフ)の権能そのものが、概念のレベルで二人を灼いていた。「灼く」という意志を込められた力が、物理の障壁を素通りして、存在の根幹に触れてくる。最も根源的な暴力――。

 

 まるで黒いスケートリンクのようになってしまった大地に、二つの身体が転がっていた。

 

「くっ……」

 

 リーシェは右目の視界が真っ赤に染まっているのに気づく。

 

 血だ。額のどこかが裂けて、流れた血が右目を覆っている。左目だけで世界を見る。黒いガラスの大地が、歪んで見える。

 

 左腕が動かない。

 

 感覚がない。肩から先が、自分の身体ではないような感覚。折れているのか、それとももっと酷いことになっているのか。確かめる余裕すらなかった。確かめたくなかった。

 

 よろよろと起き上がる。右腕一本で身体を支え、膝を地面について、それからゆっくりと上体を持ち上げる。

 

 膝が笑っていた――。

 

 全身の至る所が腫れ、焦げ、ひび割れている。

 

 ゆっくりと隣を見た――。

 

 リリカが倒れていた。

 

 仰向けに。目を閉じて。動かない。

 

 杖は折れて、数メートル先に転がっていた。赤い髪が黒いガラスの上に散らばり、その上に灰が薄く積もっている。ローブは半分焼け落ち、白い肌には赤黒い火傷の跡が何筋も走っている。

 

「リリカ……!」

 

 声が掠れた。喉が焼けている。

 

 返事がない。

 

 リーシェは右腕だけで這い寄った。左腕を引きずりながら、黒いガラスの大地の上を。どこからか流れている血の跡が一筋、リーシェの後ろに残っていく。

 

 リリカの顔に触れた。

 

 温かい。

 

 胸が、微かに上下していた。

 

 生きている。

 

 ――でも、意識がない。

 

「はい、いっちょ上がりー! きゃははは!」

 

 どこか遠くで、シアンの笑い声が鈍く響いた。

 

 楽しくて仕方がないという声色。獲物を追い詰めた猫が、しっぽを振りながら次の一手を考えている声。自分の攻撃がどういう結果を生むのかを楽しんでいるだけで、殺すつもりはない。でも、死ぬのなら、それはそれまでだったということ。そういう声だった。

 

 リーシェは震える右手でリリカの身体に触れる。

 

「ナイナイ」

 

 リリカの身体が、虚空に吸い込まれていった。収納空間の中なら安全だ。これ以上の攻撃は届かない。

 

 一人になった。

 

 黒いガラスの大地の上に、リーシェだけが残された。右目は血で見えない。左腕は使えない。全身がぼろぼろで、立ち上がるのがやっとだ。

 

 それでも、立った。

 

 空間跳躍。

 

 東へ飛んだ。着地して、痛みが全身を貫く。歯を食いしばって次の跳躍。南へ。着地。激痛。跳躍。西へ。着地。血が目に入る。拭う暇もなく跳躍。北東へ。

 

 方角に法則性を作るな。パターンを読ませるな。ランダムに。不規則に。右目が見えない分だけ着地の精度が落ち、何度も転びかけたが、そのたびに歯を食いしばって跳び直した。

 

 三回。四回。五回。

 

 五回目の跳躍を終えた場所は、名も知らぬ山の中腹だった。さっきの焼け野原からはかなり離れている。木が生え、川が流れている。世界がまだ生きている場所。

 

 シアンの気配は、感じない。

 

 追ってきていないのか。それとも、気配を消しているだけなのか。分からない。分からないが、もう限界だった。

 

 見上げれば月のない夜空――。

 

 自分が収納してしまった月。あの灰色の岩塊が浮かんでいたはずの場所に、ただ星々だけが瞬いている。

 

 綺麗だな、と思った。

 

 月のない夜空は、こんなにも星が綺麗なのだ。

 

 リーシェは最後の手段を使う。

 

「ナイナイ」

 

 自分自身を、収納した。

 

 一年前、渋谷のビルの屋上で天使に追い詰められた時と同じ手段。自分の存在ごと、収納空間に畳んで仕舞い込む。外からは見えない。追跡もできない。

 

 リーシェの身体が足先から透明になり、夜の山に溶けていく。

 

 視界が暗転する。意識が、遠のいていく。

 

 闘いは終わっていない。シアンはまだ健在で、レテはまだ危機の中にある。リリカは収納空間で眠っている。この身体はぼろぼろで、右目は見えず、左腕は動かない。

 

 でも。

 

 生きている。

 

 まだ、生きている。

 

 リーシェの存在が完全に虚空に沈み、山の中腹には何も残らなかった。

 

 夜風が一度だけ吹いて、草を揺らした。

 

 それだけだった。

 

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