美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「ぐわぁぁ!」「きゃぁぁぁ!」
爆発、という言葉では足りない。
空間ごと焼き尽くすような灼熱のエネルギーが、シアンの指先を起点に球状に炸裂した。半径数キロメートルにわたって、世界が蒸発した。
山が消し飛んだ――尾根から頂上まで、岩盤ごと気化して消滅した。そこにあったはずの数百万トンの岩と土が、一瞬で蒸気になって空に昇っていく。
森が蒸発した。巨木が。下草が。鳥が、野生動物が。何百年もかけて育った生態系が、瞬きの間に消え去った。
大地がガラスのように赤黒く溶け、まるで火山の溶岩だまりのようになり――徐々に固まっていく。
まさにこの世の終わり――。
最後に残ったのは、鏡のように滑らかな漆黒のガラスの大地だった。
もちろん物理攻撃無効は張っていた。
それなのに、身体が焼けるように痛い。
純粋な物理ではなかった。熱でも光でもなかった。
まるで黒いスケートリンクのようになってしまった大地に、二つの身体が転がっていた。
「くっ……」
リーシェは右目の視界が真っ赤に染まっているのに気づく。
血だ。額のどこかが裂けて、流れた血が右目を覆っている。左目だけで世界を見る。黒いガラスの大地が、歪んで見える。
左腕が動かない。
感覚がない。肩から先が、自分の身体ではないような感覚。折れているのか、それとももっと酷いことになっているのか。確かめる余裕すらなかった。確かめたくなかった。
よろよろと起き上がる。右腕一本で身体を支え、膝を地面について、それからゆっくりと上体を持ち上げる。
膝が笑っていた――。
全身の至る所が腫れ、焦げ、ひび割れている。
ゆっくりと隣を見た――。
リリカが倒れていた。
仰向けに。目を閉じて。動かない。
杖は折れて、数メートル先に転がっていた。赤い髪が黒いガラスの上に散らばり、その上に灰が薄く積もっている。ローブは半分焼け落ち、白い肌には赤黒い火傷の跡が何筋も走っている。
「リリカ……!」
声が掠れた。喉が焼けている。
返事がない。
リーシェは右腕だけで這い寄った。左腕を引きずりながら、黒いガラスの大地の上を。どこからか流れている血の跡が一筋、リーシェの後ろに残っていく。
リリカの顔に触れた。
温かい。
胸が、微かに上下していた。
生きている。
――でも、意識がない。
「はい、いっちょ上がりー! きゃははは!」
どこか遠くで、シアンの笑い声が鈍く響いた。
楽しくて仕方がないという声色。獲物を追い詰めた猫が、しっぽを振りながら次の一手を考えている声。自分の攻撃がどういう結果を生むのかを楽しんでいるだけで、殺すつもりはない。でも、死ぬのなら、それはそれまでだったということ。そういう声だった。
リーシェは震える右手でリリカの身体に触れる。
「ナイナイ」
リリカの身体が、虚空に吸い込まれていった。収納空間の中なら安全だ。これ以上の攻撃は届かない。
一人になった。
黒いガラスの大地の上に、リーシェだけが残された。右目は血で見えない。左腕は使えない。全身がぼろぼろで、立ち上がるのがやっとだ。
それでも、立った。
空間跳躍。
東へ飛んだ。着地して、痛みが全身を貫く。歯を食いしばって次の跳躍。南へ。着地。激痛。跳躍。西へ。着地。血が目に入る。拭う暇もなく跳躍。北東へ。
方角に法則性を作るな。パターンを読ませるな。ランダムに。不規則に。右目が見えない分だけ着地の精度が落ち、何度も転びかけたが、そのたびに歯を食いしばって跳び直した。
三回。四回。五回。
五回目の跳躍を終えた場所は、名も知らぬ山の中腹だった。さっきの焼け野原からはかなり離れている。木が生え、川が流れている。世界がまだ生きている場所。
シアンの気配は、感じない。
追ってきていないのか。それとも、気配を消しているだけなのか。分からない。分からないが、もう限界だった。
見上げれば月のない夜空――。
自分が収納してしまった月。あの灰色の岩塊が浮かんでいたはずの場所に、ただ星々だけが瞬いている。
綺麗だな、と思った。
月のない夜空は、こんなにも星が綺麗なのだ。
リーシェは最後の手段を使う。
「ナイナイ」
自分自身を、収納した。
一年前、渋谷のビルの屋上で天使に追い詰められた時と同じ手段。自分の存在ごと、収納空間に畳んで仕舞い込む。外からは見えない。追跡もできない。
リーシェの身体が足先から透明になり、夜の山に溶けていく。
視界が暗転する。意識が、遠のいていく。
闘いは終わっていない。シアンはまだ健在で、レテはまだ危機の中にある。リリカは収納空間で眠っている。この身体はぼろぼろで、右目は見えず、左腕は動かない。
でも。
生きている。
まだ、生きている。
リーシェの存在が完全に虚空に沈み、山の中腹には何も残らなかった。
夜風が一度だけ吹いて、草を揺らした。
それだけだった。