美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
収納空間の中は、薄暗かった。
果てのない空間。天井も壁も床も、あるようでないようで。遠近感が狂い、自分がどこに立っているのか、浮いているのか、判然としない。ただ薄暗い空間が永遠に広がっている。音も風もない。時間の流れすら曖昧だ。
リーシェはリリカを収納空間の別の領域から呼び出した。
リリカの身体が虚空から現れ、ゆっくりとリーシェの前に横たわる。目を閉じたまま。呼吸は浅い。ローブは焦げ、火傷の跡が痛々しく残っている。
リーシェは動かない左腕を庇いながら、リリカの頭をそっと自分の膝の上に載せた。赤毛が膝の上に広がっていく。灰と血で汚れた髪。さっきまでこの髪を風になびかせながら、一緒に月を支えていたのだ。
右手で、女神の治癒の権能をリリカに注いでいく。
柔らかな光がリリカの身体を包んだ。金色の粒子が傷口に降り積もり、焼けた皮膚を覆い、ゆっくりと修復していく。リーシェ自身もぼろぼろだったが、自分の治療は後回しだ。まずリリカを。
治癒しながら、不思議な感覚に囚われていた。
リリカに触れていると、自分の記憶ではない映像が瞼の裏に浮かぶ。
魔導院の窓から見た夕焼け。禁書庫の埃っぽい匂い。初めて首席賢者に就任した日の緊張。それらはリーシェの記憶ではない。リリカが生きてきた一年間の記憶だ。
逆に、リリカの中にもリーシェの記憶が流れ込んでいるのかもしれない。麦畑で目覚めた朝。トトとの出会い。大将の酒場の喧騒。ガルドに殴りこまれた夜――。
魂が半分同じだからだろうか。治癒の権能を通じて、二人の境界が淡く溶けていく。どこまでがリーシェで、どこからがリリカなのか。その輪郭が、ぼんやりと曖昧になっていく。
そしてシアンの常軌を逸した攻撃――怖い。
それがリーシェ自身の感情なのか、リリカから流れ込んできた感情なのか、もう区別がつかなかった。怖い。シアンが怖い。あの存在の桁外れの力が怖い。月を落とし、大地を焼き、それでもまだ笑っているあの碧い瞳が怖い。
でも、同時に別の感情も流れ込んでくる。
負けたくない。帰りたい。みんなを守りたい。その感情が自分のものなのかリリカのものなのか、やっぱり区別がつかない。多分、両方だ。
「……ん」
膝の上で、リリカのまつ毛が震えた。ゆっくりと目が開く。緋色の瞳が、ぼんやりとリーシェの顔を捉えた。
「……生きてる?」
「生きて……る、みたいね。おかげさまで」
リリカの声は掠れていた。喉が焼けているのだろう。それでも口角がわずかに上がった。
リリカはきょろきょろと周りを見回し、果てのない薄暗い空間を認識した。
「ここ……収納空間?」
「そう。外は多分まだ安全じゃない」
「そっかぁ……うっ!」
リリカは身体を起こそうとして、顔を歪めた。治癒は進んでいるが、まだ深い部分の損傷が残っているのだ。それでも無理に上体を起こし、座り直して、リーシェの顔を正面から見た。
緋色の瞳が、わずかに揺れた。
「……あんた、目」
「片方見えないだけ。大したことない」
「大したことあるでしょ」
リリカの声に怒りが混じった。リーシェの右目を覆う鮮血の痕と、だらりと垂れ下がった左腕を見て、その目が潤んだ。
「なんで自分を先に治さないのよ、バカ」
「リリカの方が重傷だったでしょ」
「バカ……」
リリカはそっとリーシェのほほに触れる――。
まだ震えている手で、治癒の権能を起動する。金色の光がリーシェの顔を包み、右目の傷を修復し始めた。血の膜がゆっくりと溶けていき、リーシェの視界が戻ってくる。赤い世界が少しずつ色を取り戻していく。
「ドジ踏んだわ……ごめんなさい……」
リリカは治癒を進めながら、きゅっと口を結んだ。戦闘中に意識を失うなんてあってはならないことだった。
「あなたは私でしょ? 謝んなくたっていいわ」
リーシェはそっけなく返す。
「そうね。ふふっ」
リリカが笑った。小さな、でも温かい笑い。
リーシェもつられて笑った。血で汚れた顔のまま笑うと、乾いた血が頬で引きつれて、少し痛かった。でも、痛いくらいがちょうどいい。生きている証拠だ。
薄暗い収納空間の中で、二人の笑い声だけが静かに響いた。
◇
「それより、あの化け物どうすんのよ」
リリカの治癒で何とか前向きになれたリーシェは、大きく息をつき、思考を巡らせた。
今のままでは勝てない。
彼女は戦うために生まれてきたような化け物だ。数多の文明を滅ぼし、百戦錬磨の狡猾な敵を全て葬ってきた存在。正面からぶつかっても、裏をかいても、策を弄しても、全て見透かされる。
「ほんと、化け物。とんでもない奴よね」
リリカは肩をすくめた。
「何しろ