美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「こっちが探知した瞬間に、その信号を辿ってくる。今も探知してくるのを待ち構えてるに違いないわ」
リリカは確信を持った瞳で言い放つ。
「探知したらこっちの居場所がバレる。でも探知しないとあいつの居場所もわからない……。いや、しても分からなかったのか……。はぁぁぁ」
八方塞がりだった。
見つけられない敵とどう戦えばいいのか。見つけようとした瞬間に位置がバレ、最悪の攻撃を受ける。
沈黙が落ちた。
薄暗い収納空間の中に、カモミールの残り香だけが漂っている。二人の呼吸と、遠くで収納した月の重力がかすかに空間を歪ませ、低い唸りだけが響いている。
リーシェはリリカを見た。リリカもリーシェを見つめる。
黒い瞳と、緋色の瞳が交わる。同じ魂を持つ二人。同じ恐怖を抱え、同じ絶望に直面している二人――。
やがて、何かを思いついたようにリリカが口を開いた。
「……ねえ、じゃあ、こういうのはどうかしら?」
その声は静かだった。
だが、緋色の瞳にはさっきまでの不安が消えていた。代わりに宿っていたのは、首席賢者としての知性の光。追い詰められた末に、一つだけ見つけた針の穴のような活路を睨む、鋭い光だった。
◇
策を聞いたリーシェは、息を呑んだ。
「えっ……?! そんなこと、ダメよ!」
声が裏返った。両手を振って全身で否定する。
確かにこれが唯一の勝ち筋かもしれない。まともにやって勝てる相手ではないことは、さっきの戦闘で嫌というほど思い知らされた。空間を砕いても、二人がかりで挑んでも、シアンの笑みすら消せなかった。
だから、正攻法ではない道を行く。相手が想定しない角度から、一点だけを突く。
理屈では分かる。
しかし。
心が拒んでいた。
この策は、リリカが傷つく策だから。
リリカが、囮になる策だから。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずよ?」
リリカは真剣な目でリーシェを射抜いた。冗談の色は一滴もない。緋色の瞳が、静かに、だが揺るぎなく光っている。
「私はあんたの半分よ、囮くらいやるわ」
「でも……」
「でも、じゃないの」
リリカの声が、強くなった。
「あんたが迷ってる間にも、外では時間が動いてる。シアンが待ちくたびれて癇癪を起こしたら、次こそ本当にこの星が終わるわ。トトも。大将も。王都の全員も消されるのよ?」
リーシェは唇を噛んだ。
リリカの言葉は正しかった。ここで躊躇しているのは、自己満足の優しさだ。リリカの命を道具にしたくないという感情は、リーシェの弱さであり、今この瞬間には邪魔なものでしかない。
「……分かったわ」
リーシェは頷いた。
目の奥が熱い。泣きそうだった。でも、泣かなかった。
他に道がないのなら、この道を行くしかない。
「絶対に、成功させるわ」
「当たり前でしょ。あんたは私なんだから」
リリカがにっと笑った。
その笑みは――レテS時代のリーシェが浮かべる笑みそのものだった。
リーシェは拳をぎゅっと握りしめる。
薄暗い収納空間の中で、二つの決意が静かに固まっていった。
◇
険しい渓谷だった。
切り立った断崖が両側にそびえ、谷底には涸れた川の跡が蛇行している。日の光もろくに届かない、暗い裂け目のような地形。
リーシェは収納空間から出ると、この渓谷に降り立った。
そして仕掛けを丁寧に施す。何十億もの命運のかかった仕掛け――ミスは許されない。
「こんなもので……いいかしら?」
「上出来よ! あいつの驚く顔が楽しみだわ。ふふっ」
リリカはぐっとサムアップする。
「じゃあ……、行くわよ!」
リーシェは覚悟を決めて、探知の権能を放った――。
世界に波紋が広がる。自分の位置を知らせる、狼煙のような探知。来る。必ず来る。
十秒。
二十秒。
渓谷の上空が、蒼く光った。
「あーあ、やっと出てきた。今、この星ごと吹っ飛ばそうと思ってたんだゾ? くふふふ」
シアンが、渓谷の上空でゆったりと羽ばたく。蒼い光翼が左右に広がり、谷全体を蒼白い光で浮かびあがらせた。その姿はまさに天から降臨した神々しい天使だった。
シアンの目が渓谷の底を見下ろす。リーシェとリリカの姿を視認し、そして――崖の岩肌に刻まれた、隠蔽工作の施された巨大な魔法陣にも、当然気づいた。
「ふぅん……罠ね」
シアンは微笑んだ。嘲るような、しかしどこか愉しげな笑み。
「この程度で私を止められると思ってるの? 期待はずれだわ。終わらせてあげる」
シアンは崖に向けてエネルギー弾を放ち、魔法陣を吹っ飛ばす。
崖が一気に崩落していった。
シアンは青い輝きの剣を空間の裂け目から取り出し、構えると、光翼を畳む。一直線に急降下で襲い掛かろうとしたのだ。
ところが――。
崩落する崖の岩々の奥から隠された魔法陣が顔を出し、眩く金色に輝いた。