美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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110. 沈黙する世界

 そう、この魔法陣は二重底だったのだ。一枚目を壊すと奥から本命が現れる――。

 

 黄金の光の鎖がシアンの四肢に絡みつく。光の檻が展開され、シアンの身体を空間ごと固定していく。

 

「かかったわね! ソイヤー!」

 

 リーシェはニヤッと笑い、魔法陣のそばに立つと、光の鎖に女神の権能を更に注いで補強していった。

 

「――っ!」

 

 初めて、シアンの表情に驚きが走った。想定外の拘束。それも女神の権能の拘束であり熾天使(セラフ)では破るのに手間取る強度を持っていた。

 

「効いてる……!」

 

 リリカが間髪入れずに攻撃に転じた。空間断裂。空間そのものに亀裂を走らせ、その断裂面でシアンの身体を切り刻もうとする。

 

 しかし、シアンは動けないままでも、視線だけでその断裂を片端からキャンセルしていった。リリカが空間を裂けば、シアンが熾天使(セラフ)の権能でそれを修復する。裂いて、修復。裂いて、修復。無限の応酬。

 

 拘束が軋んでいる。時間がない。

 

 リリカの目が、鋭くなった。これが通用しないのは織り込み済みだ。

 

 ――ここからが、本番。

 

 リリカは断裂攻撃を止めた。代わりに、その手に光を集める――。

 

 女神の権能と、自らの魔法を融合させた光の剣。純白に輝く刃が虚空に顕現する。

 

 シアンはそれを見て、あざ笑う。

 

「あら……剣で来るの? 本気?」

 

 拘束が限界を迎えていた。鎖が一本、また一本と弾けていく。

 

「くぅぅぅ……」

 

 リーシェは必死に鎖に権能を注ぐが、シアンの抵抗の方が強かった。

 

 シアンは右手が自由になると、青白い光の剣をブンっと振る。

 

「面白い。いいわよ、付き合ってあげる」

 

 まだ拘束は残っているが、シアンは腕が自由になればもう十分だとばかりに剣を振るう。

 

「ソイヤー!」

 

 リリカは一気に宙を駆け、剣を振りかぶると目にも止まらぬ速さで打ち込んだ。

 

 光の剣同士が激突する。

 

 一合。剣のぶつかる衝撃波で渓谷の壁が両側とも吹き飛んだ。

 

 二合。大気が引き裂かれ、真空の衝撃波が周囲数キロの大地を抉った。

 

 三合、四合、五合――。

 

 打ち合うたびに世界が壊れていく。剣と剣がぶつかる度に空間に亀裂が走り、物理法則が悲鳴を上げるように歪んでいく。

 

 だが、剣の技量はシアンが圧倒的に上だった。

 

 リリカの剣は力で振っている。対してシアンの剣は、悠久の時間が磨き上げた技の結晶だった。一撃一撃が最短距離で、最小限の力で、最大の効果を生む。百戦錬磨という言葉の重みが、その剣筋にはっきりと刻まれていた。

 

 六合目で、リリカの剣が弾かれた。

 

「くぁっ!」

 

 七合目で、リリカの肩が切り裂かれた。

 

「ガハッ!」

 

 そして――。

 

「ほいっと、残念でしたーー!」

 

 シアンの蒼い光の剣が、リリカの胸を貫いた。

 

「ゴフッ!」

 

 時間が止まったように感じた。

 

 リリカの口から、小さな息が漏れる。

 

 シアンの剣がリリカの胸を貫通し、背中から蒼い光の切っ先が突き出ていた。勝負あり。シアンの意識は勝利に酔っていた。

 

「あぁっ!」

 

 リーシェはその惨劇に真っ青になる。

 

 しかし、リリカの緋色の瞳が煌めいた。

 

 ――行くわよ、リーシェ。痛いのは、私が引き受けるから。

 

 剣で勝てないことは最初から分かっていた。分かっていて剣を取った。すべてがフェイク。何重にも重ねた偽りの攻撃の、その最奥にある本当の狙いは――自分が刺されること。

 

 リリカの手が、自分の胸を貫いているシアンの手首を、強く握った。

 

 万力のような力で。命を燃やすような力で。

 

 シアンの目が見開かれた。

 

「……何を」

 

 リリカが、笑った。血の混じった笑みだった。

 

「あんた最強だからさ……自分の一撃が当たった瞬間には、防御なんて考えないでしょ?」

 

「くっ!」

 

 慌ててリリカの手を引き上がそうともがくシアン。だが、その背後で空間が裂ける。

 

 裂けた空間の向こうから、リーシェの右手が飛び出した。

 

「しまった!」

 

 百戦錬磨のシアンが、初めて経験する「想定外」。

 

 リーシェの右手がシアンの背中に触れた。

 

 今度は、弾かれない。

 

 シアンの手はリリカが離さない。

 

「くぅっ!?」

 

 シアンの顔に焦りが走った――。

 

 リーシェの唇が、静かに動く。

 

「――ナイナイ」

 

 世界が沈黙した。

 

 シアンの身体が、収納空間に呑まれていく。足先から、指先から、光の粒子のように吸い込まれていく。抗えない。キャンセルの暇がない。

 

 呑まれゆくシアンが、最後に見たもの。

 

 それは、涙を流しながら微笑むリーシェの顔だった。

 

「――やられた」

 

 シアンの声から、怒りは感じられなかった。むしろそこにあったのは、嵐の後の空のような清々しさだった。

 

「ただのお嬢様だと思ったのに……面白い……」

 

 蒼い光がすうっと消える――。

 

 シアンの姿が、完全に消えたのだ。

 

 渓谷に、静寂が降りた。

 

 

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