美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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111. ザギンでシースー

「決まった……?」

 

 リリカの声が、掠れていた。

 

 いつもの張りのある声ではない。空気が抜けていくような、消えかけのような声。

 

 胸の傷から血が溢れている。シアンの剣が消えた後に残されたのは、胸を貫通した穴だった。ローブの布地が赤黒く染まり、そこから止めどなく血が流れ出している。致命傷だ。普通なら。

 

「決まったわ」

 

 リーシェはリリカの身体を抱き寄せた。

 

 軽い。こんなに軽かったのか、この子は。自分の半分の魂を持つ少女は、こんなにも軽い身体で、あの化け物の前に立ったのだ。

 

「だから治療するから、じっとしてなさい」

 

「……痛いのよ、は、早く……」

 

「当たり前でしょ、馬鹿」

 

 声が震えないように、気をつけた。泣くのは後だ。今は治すことだけに集中する。

 

 リーシェの右手が淡い光を帯び、リリカの傷口に当てられた。治癒の権能が流れ込み、裂けた肉が、砕けた骨が、断たれた血管が、少しずつ修復されていく。光の粒子が傷口に降り積もり、血の赤を押し戻すように、金色が広がっていく。

 

 リリカは痛みに目を細めながら、薄く笑った。

 

「……ねえ、私たち、勝ったのよね?」

 

「勝ったわよ。あんたのおかげで」

 

「私たちって、いいコンビじゃないかしら? ふふっ」

 

 傷口から血を流しながら、痛みに顔をしかめながら、それでもリリカは笑っている。この子はいつもそうだ。どんな時でも笑う。折れない。負けない。

 

「コンビ? あんたは私でしょ?」

 

 リーシェが生真面目に返すと、リリカは肩をすくめた。

 

「はぁ……。私ってこんなんだったかしら?」

 

「そうよ? もう忘れたの? ふふっ」

 

 二人の間に、小さな笑いが零れた。

 

 痛くて、疲れて、ぼろぼろで。全身のあちこちが腫れ、服も焦げ、裂けていて。血と汗と泥にまみれていて。

 

 でも――勝った。

 

 あの化け物に。宇宙最強の名を冠する六翼の天使に。月を落とし、大地を焼き、空間を切り裂く存在に。

 

 半分の魂を二つ合わせて、勝った。

 

 

         ◇

 

 

 治癒を終え、リリカが何とか自力で立ち上がれるようになった頃、リーシェは収納空間の中身を確認した。

 

 最後の瞬間、リーシェはシアンを収納したはずだった。手応えはあった。確かに何かを収納した感覚があったのだ。

 

 だが――収納品一覧に、シアンの名前はなかった。

 

「……いない」

 

「えっ?」

 

 リリカが驚いて覗き込む。一覧のどこにもシアンの名前は表示されていない。魔王城の残骸、月、その他もろもろの収納品は全て残っているのに、肝心のシアンだけがいない。

 

 収納された後に、自力で脱出したのか。それとも、そもそも収納そのものをキャンセルしたのか。あの存在なら、どちらもありえた。

 

 代わりにそこにあったのは、一枚の招待状だった。

 

 蒼い光を帯びた、薄い一枚のカード。見たことのない素材で作られていて、手に取ると羽根のように軽い。表面にはこの世界の文字と、その下にレテの文字の両方で何かが書かれていた。

 

 手に取った瞬間、蒼い光がふわりと灯り、シアンの声が空間に響く。

 

「合格よ」

 

 あの声だった。

 

 明るく、軽やかで、どこか残酷で――しかし今は、不思議な温かみを帯びている。

 

「あんたたち、面白かった。久しぶりに楽しかったわ」

 

 楽しかった。数多の文明を滅ぼし、百戦錬磨の敵を葬ってきた存在が、「楽しかった」と。その一言がどれほどの重みを持つのか、リーシェには分かる気がした。悠久の時のもたらす退屈を知る者だからこそ。

 

「銀座で歓送会やったげるから、レヴィアたちとおいで。待ってるから」

 

 声が消えた。

 

 蒼い光が淡く揺れて、やがてそれも消えていく。カモミールの残り香と、招待状の微かな蒼い輝きだけが残された。

 

 二人は招待状に書かれた文字を、改めて読み直した。日時。場所。そして「歓送会」の三文字。

 

 顔を見合わせる。

 

「歓送会……?」

 

 リリカが首をかしげた。

 

「やった……!」

 

 リーシェの声が震えてしまう。目の奥が、急に熱くなった。

 

「レテに帰れるんだわ……」

 

 歓送会。送り出す会。つまり、帰してもらえるということだ。あの気まぐれな熾天使(セラフ)が「合格」と認めて、帰還を許可した。

 

 帰れる。

 

 レテに。桃色の空の下に。カルヴィンおじさまのいる神殿に。あの演奏室のグランドピアノの前に。

 

 リーシェの頬を、涙が一筋伝った。

 

「でも、レヴィア……って誰?」

 

 リリカが招待状の文字を指でなぞった。

 

「我のことじゃ!」

 

 重低音が、辺りに響き渡った。

 

「へ……?」「あっ!」

 

 あの声。あの時、空を覆い、大地を震わせた声。

 

 見上げた夕空を、黄金の輝きが横切っていた。

 

 ドラゴン。

 

 金髪おかっぱの少女が変じた、あの巨大な竜。漆黒の鱗に黄金の光を纏い、夕焼けの空を悠然と旋回している。真紅の瞳には敵意はなく、むしろ親しげな光が灯っていた。

 

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